3.フィリピンの投資環境と日系企業動向 【はじめに・一般概況】

アジアフォーラム21
ANNUAL REPORT
3.フィリピンの投資環境と日系企業動向
日本貿易振興機構(ジェトロ)
海外調査部アジア大洋州課
倉沢 麻紀
【はじめに・一般概況】
フィリピンは今とても経済が好調で政
治も安定していて、日系企業からの関心が
高まって進出も進んでいます。しかし、長
期的に見るとアジアの中ではとても成長
が遅れていて、日系企業の進出も進まなか
った国です。今日はなぜ成長が遅れたのか、
ということを自分なりの解釈をお話しさ
せて頂くとともに、今の好調なフィリピン
をご紹介したいと思います。
早速ですが、本日はこのようなテーマで
始めさせて頂きます。
まずフィリピンの一般概況です。フィリ
ピンが注目されている点をご紹介します。
二つ目にマクロ経済、三つ目に消費市場と
ありますがマーケットとして見た時のフィリピンをご紹介します。四つ目はフィリピ
ンで活躍する日系企業の動向について、最後に投資環境、フィリピンのビジネス環境
のメリットと留意点についてお話させて頂きます。
まず始めにフィリピンの一般概況です。ASEAN(東南アジア諸国連合)の中で見る
とフィリピンの特徴というのは、この人口の多さかと思います。最近のニュースでは
人口一億人を突破したというニュースもありますが、ASEAN の中ではインドネシア
に続いて二番目に多い人口規模になっています。地図を見て頂いても分かる通り、面
積自体は日本の 0.8 倍くらいで、7,000 以上の島からなっています。首都はメトロマニ
ラ、マニラ首都圏で北の方にあります。二番目に大きな都市がセブです。ご記憶にあ
る方もいらっしゃると思いますが、去年フィリピンは大きな台風が通り約 7,000 人以
上の被害を出しています。被災地となっているのが、サマール島、レイテ島等の右側
の土地です。他、ASEAN の中でのフィリピンの特徴としては、宗教は、カトリック、
キリスト教が中心の国です。大統領は、ベニグノ・アキノ3世が 2010 年から務めて
います。
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では、簡単に歴史と今の政権についてお話させて頂きます。フィリピンの歴史とい
うのは植民地の歴史と言っても過言ではありません。スペインに 16 世紀に植民地化さ
れますが、それ以前は一つのフィリピンという国はありませんでした。スペインの植
民地、アメリカの植民地と続き、第二次世界大戦中には日本の植民地となり、戦後初
めて独立しますが、1965 年から約 20 年間に渡ってマルコス大統領の独裁政権が続き
ます。1986 年に 2 月革命とありますがピープルパワーとも言われています。このピー
プルパワーによって民主政権に移行して今に至ります。マルコス政権の時の独裁政権
だったことを反映して今のフィリピンの大統領制は6年1期再選なしとなっています。
6年ごとに政権、大統領が代わるような政治になっています。それは独裁政権を防ぐ
というメリットもありますが、一方で、デメリットとして長期的な政策運営が今まで
なされて来なかった、というふうにも言われています。
2010 年から就任しているアキノ大統領ですが、国民から高い支持率を得ています。
その要因は、主に汚職撲滅・クリーンな政権を目指していることと、経済が好調に回
っていることがあります。具体的にこの政権の重点ポイントを書いた資料の 4 ページ
右側をご覧下さい。特に日系企業に関係の深い経済分野では、例えば太字の PPP によ
るインフラ整備事業等があげられます。PPP というのは、プライベート・パブリック・
パートナーシップの略で、民間の資金を活用してインフラ整備を進めようとするもの
です。アキノ政権もインフラの整備がされていないことが、フィリピンのビジネス環
境の外資を呼ぶ阻害要因になると認識していますので、こういう所に力を入れていま
す。
もう一つあげられるのが産業別ロードマップの策定です。具体的には各産業セクタ
ーについて成長戦略を作ろうとしています。例えば、自動車産業については現地生産
に対するインセンティブを企業に与えて現地生産を拡大しようとしています。これら
の政策は実はなかなか計画通りには進んでいませんが、国内の雇用を拡大するために
このような経済政策が必要と始まって、このような政策は画期的だと言われています。
例えば、前政権と比較してもアキノ大統領の支持率が高くて人気がわかりますが、
前の政権のアロヨ大統領は、汚職の問題や国軍と癒着の問題があり、国民からの支持
率は大変低かった大統領です。歴代そのような大統領はフィリピンでは多く、その為
に国民の反政府デモが起きたり、クーデターの未遂事件が起きたり政治が不安定にな
っていたこともあります。その点、アキノ大統領はミンダナオの和平問題に力を入れ、
クリーンな政治を目指していることに革新的だと言われています。国内の情勢が安定
したことで海外からの評価も高まり、投資も呼び込み、株価も上がり、経済の好調も
あり、好循環が生まれている状況です。
次は、フィリピンのここ数年での投資環境の変化や、現在の状況をです。2011 年ぐ
らいからフィリピンは投資先として、再評価、再注目されているといえます。背景に
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は、中国や他の ASEAN の投資環境の事情があります。チャイナプラスワンという言
葉が出てきてから数年経ったので、皆さんも良くご存じだと思いますがもう一回おさ
らいしますと、日系企業にとって中国の投資環境はかなり厳しくなっていて、中国で
の生産のコストが見合わなくなっているので ASEAN に投資が移っているのですが、
他の ASEAN の国でも同じような問題を抱えています。賃金上昇はどこの国でも共通
の問題ですし、タイでは政治が不安定であるとか洪水の問題、インドネシアでは労働
争議等の問題もありました。翻ってフィリピンを見ると、労働者供給も十分、人件費
上昇が緩いなどのビジネス環境があり、企業の注目も集めています。それにプラスし
て政治が安定していること、マクロ経済が好調であることがフィリピンの注目を後押
しする状況になっています。
【フィリピンのマクロ経済状況】
続きましてマクロ経済について簡単に説明致します。まず、GDP(国内総生産)成
長率ですが 7 ページ左側の折れ線グラフをご覧下さい。2011 年は低かったのですが、
去年は 7.2%とアジアの中でも最高水準を記録しました。この GDP を産業別と需要項
目別に分けてみると、フィリピンの経済構造が見えてきます。
まず、7 ページの真ん中の産業別の GDP をご覧下さい。これから分かるフィリピン
の特徴は、第三次産業、サービス業の構成比がとても高いことです。その要因は、サ
ービス業が好調であるわけですが、特にコールセンター等の IT・BPO 産業(情報技
術・ビジネス・プロセス・アウトソーシング)と言われる産業が特に貢献しています。
途上国では一般的に第一次産業から第二次産業が発展して、次に第三次産業が発展す
る、発展形態をとると言われていますが、フィリピンの場合は第二次産業の製造業が
発展せず、第一次産業から第三次産業に移ってしまったと言われています。そのため
に国内で雇用がなかなか生まれず、雇用吸収率の高いような産業が発展しなかったと
いう問題があります。フィリピンの今の失業率は7%で、アジアの中で比べてもとて
も高く、不完全雇用率という数字がありますが、これは労働人口の中で自分は完全に
雇用されていないと感じる人達の割合ですが、これが約 20%という高い数字になりま
す。繰り返しになりますが、この第二次産業が発展しなかったところがフィリピンの
失業率が高い要因になっています。しかし、それが外資にとっては豊富な労働力が確
保できることにつながっています。
次に右側の需要項目別に見ると、フィリピンの特徴は個人消費の割合が高いことで
す。これが好調な消費市場を支えている要因です。
製造業が発展しなかったということを申し上げましたが、それについてもう少し詳
しくご紹介します。1985 年からの経年でアジア五カ国の直接投資額を折れ線グラフで
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示したものです。フィリピンは一番下の緑色の折れ線グラフです。例えば、タイやマ
レーシアは 1980 年代の後半から、周辺国、特に日本から外資企業の投資を呼び込む
ことで経済発展したと言われています。一方で、その時代フィリピンはどうだったか
と見ると、マルコス政権の独裁政権下末期にあり政治はめちゃくちゃで、そのために
投資は呼び込めなかったと言われています。その後、民主政権に移行しても長期的な
政策がなされずに、政策の一貫性に欠けて投資誘致策を打つことができませんでした。
特に、フィリピンは民主政権で6年1期制ですが、その6年の中でも実質的に政策運
営できるのは4年ぐらいだと言われています。なぜかと言うと、政権に就いた最初の
1年は自分達の政権の正統性を示す為に前政権の批判をすることが多く、6年間の最
後の1年間は次期選挙に向けた野党との争いになる為、着実に政策を実行するのは実
質4年ぐらいと言われています。
このような状況で政策運営があまりなされなかったのですが、下から二つ目の地場
企業もサービス業に偏重でありました。フィリピンでは大きな財閥がいくつかあり、
スペイン系の財閥やチャイニーズの財閥がありますが、政治が不安定だった為に短期
的にキャッシュを回収できるようなサービス業に偏重になる傾向がありました。
国内に産業がないと国民はどうするかというと海外へ出稼ぎ労働に出ます。フィリ
ピンの国民の 10 人に一人が海外で働いていると言われています。その人たちの海外送
金額は、資料左側のグラフにあるように毎年伸びていて GDP の約1割に相当してい
ます。先ほどの GDP の説明の中で需要項目別に見ると民間消費が好調だと申し上げ
ましたが、国内に産業がなくても出稼ぎ労働者の送金によって消費市場は潤うという
ような構造になっています。
この金額を国別で見るとアメリカが多く、このアメリカやカナダは比較的教育を受
けた人たちが出ており、例えば介護士とか看護師などです。サウジアラビアやアラブ
等中東に出稼ぎに行くのは男性の場合はエンジニアであったり、女性の場合はメイド
が中心になります。
貿易から経済をご紹介すると、フィリピンの輸出のグラフをみると、品目別には毎
年それほど特徴は変わりません。電気機器が中心になります。フィリピンの場合は電
気機器等の部品を輸入して、それを国内で加工して完成品を海外に輸出する貿易形態
が中心になります。国別に見ると日本が一位となっていますが、過去5年間日本が最
大の輸出国で、この点からも日本のプレゼンスが高いということがわかって頂けると
思います。
輸入品目は電気機器の他に燃料等が多く、輸出先はだいたい中国、アメリカ、日本
等が均衡している状況です。
日本とフィリピン間の貿易については、特に電気機器の中でも半導体の輸出入が中
心になります。
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次に今のフィリピンのようすを紹介します。首都のマニラの中でも日本で言う丸の
内にあたるようなビジネス街があり、そこがマカティと呼ばれています。マカティは
今不動産ラッシュの状況でこのようにオフィスビルやコンドミニアムがどんどん建っ
ております。9月にフィリピンに行かれるなら、このような状況を見て頂けると思い
ます。フィリピン全体とかマニラの中でもマカティや一部のビジネス街だけがどんど
ん経済成長している様子がご覧になって頂けると思います。
【消費市場としてのフィリピン】
次に消費市場についてお話します。まず、人口規模から見た消費市場です。アジア
各国の人口ピラミッドですが、フィリピンは左上ですが、一目瞭然でインドと同様に
きれいなピラミッド型をしています。20 歳未満の人口がこの9ヶ国の中でも 44%と
とても高く、若い人口層が多いことが分かって頂けると思います。人口ボーナスとい
う考え方がありますが、若い人口が多い時期はもっとも経済成長しやすいと言われて
います。フィリピンはまさに今人口ボーナスの時期でこの恩恵を受けていると言われ
ています。これがフィリピンの今のマーケットであり、これから成長性が期待できる
マーケットでもあり、また豊富な労働力の源泉となっています。
この人口をもう少し詳しく分析するために、左側の一人当たり GDP で所得水準を
比べてみると、アジア各国が所得が伸びていることがわかりますが、フィリピンは少
しネガティブな見方になりますが、他のアジアの国と較べるとあまり伸びが高くなく、
2000 年ぐらいには中国やインドネシアより少し高かったものの現在は追い越されて
いることが見て分かると思います。
フィリピンの人口を所得によって上から5つに分けて、
A 層から E 層に定義すると、
所得が一番高い A 層 B 層はだいたい人口の1%くらいです。フィリピンは一般的に社
会格差が大きい国だと言われています。それを今データでお見せできませんが、街の
様子からも良く分かると思います。マカティのようなビジネス街はすごい成長してい
る一方で、スモーキーマウンテンと言われるスラム街も多くあります。このように所
得格差の大きい国ですが、A、B 層や C 層の富裕層の消費市場はとても良く伸びてい
ると言われています。現地で小売業をしている日系企業に聞くと A、B 層や C 層とい
うのがサービス業に従事している人が多く、サービス業が国の中で好調な為に、彼ら
の所得が上がっていると聞きます。
消費が高まっていることを示す一つの指標に、自動車がよく売れていることがあり
ます。フィリピンの 2013 年の新車の売上台数は 20 万台で過去最高を記録しています。
これを絶対値で見ると、タイは 130 万台売れています。インドネシアは 120 万台、マ
レーシアは 65 万台、など毎年売れているので、絶対値としてはかなり少ないですが、
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毎年の伸び率はかなり高いです。前年同期比で比べると約 16%伸びています。今年に
入ってからも自動車の販売台数の伸び率はとても高く、前年同月比の約 20%の伸び率
を記録しています。この棒グラフを見て頂くと、少しテクニカルな話になりますが、
2011 年から販売台数が減っているように見えますが、実は 2011 年から国内シェア3
位のヒュンダイがこの統計から抜けてしまっている為に少なく見えますが、ここに 20
万台くらいプラスすると実際の数字になると言われています。そのように統計を見る
と 2010 年から 11 年は少し落ちたものの、12 年、13 年と過去最高を記録して伸びて
います。
次は消費市場を紹介します。マニラの中でもビジネス街では、コンビニやレストラ
ン、特にショッピングモールがどんどん建設されています。日本食ブームもあり、ラ
ーメン屋や日本食レストラン等もどんどん出来ています。
【日系企業の動向】
続きまして、日系企業の主な動向を紹介します。
また統計ですが、フィリピンの海外直接投資統計を見ると、2009 年はリーマンショ
ックの影響でかなり減っていますが、その後の 2010 年からは大きく安定して伸びて
いるのが分かります。国別で見ると、日本は第三位の投資国でした。ですがイギリス
のバージン諸島はタックスヘイブンがかなり含まれていると言われているので、実質
日本が第二位の投資国です。2009 年から 12 年の統計を見ても日本が最大の投資国だ
ったので、貿易に引き続き投資も見ても日本が大きなプレーヤーであることが分かり
ます。
投資の統計から日系企業の動向を見たいと思います。2008 年までは日本からの投資
は停滞期でした。2009 年は投資額がかなり増えていますが、これは一つの大きな資源
系の案件があり、投資が伸びたからです。2010 年は既に進出している日系企業の拡張
投資が多くありました。フィリピンには電気電子部品を作っている日系企業が多く、
リーマンショック回避があり、ハードディスクドライブや半導体の事業が高まったこ
とでこのような企業が拡張投資をしています。2011 年は、フィリピンにとって一つの
投資の大きなターニングポイントとなった年です。前年から電気機器メーカーの拡張
投資をしていることに加えて、2011 年は新しく大手メーカーの進出がありました。例
えば、キャノンやブラザー工業等プリンターを作っているメーカーの進出がありまし
た。エプソンは既に進出していましたが、この年に拡張投資を決めて新たにプロジェ
クターの生産を始めました。フィリピンの今までの投資を見てみると、このような大
手メーカーの進出がなかったのでこの年が一つの契機になったと言われています。
2012 年からはこのような大型投資はあまりなかったのですが、周辺産業への投資や
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チャイナプラスワンと言われるような、中国に進出している企業の移転投資も増えて
います。このように金額で見ると 2013 年が 2012 年より少ないように見えます。金額
としては少ないのですが企業の進出件数で見ると増えています。
PEZA とは後で紹介しますが、フィリピンの経済特区庁のことです。この経済特区
庁には日系企業の7割から8割くらいが登録していますが、ここに登録している日系
企業の件数を見ると 12 年、13 年と右肩上がりで伸びています。大型投資は 2012 年
からあまりないのですが、中小企業の進出は引き続き伸びているのが分かるかと思い
ます。
最近フィリピンに進出している企業の特徴を4つにまとめました。まず、
(1)サプ
ライヤー進出の兆しですが、最近進出したエプソン、キャノン、村田製作所、ブラザ
ー工業等の大手メーカーに追随して現地で大手メーカーに納品するようなサプライヤ
ーの進出の検討が増えています。今このようなサプライヤーの進出がどんどん増えて
いるわけではないのですが、まずはシンガポールから輸入販売をしたり、現地の企業
に生産委託をするようなケースが増えています。
(2)最近進出する日系企業の特徴で
すが、IT・BPO 企業の進出です。IT・BPO というのは、IT は IT(情報技術)
、BPO
はビジネス・プロセシング・アウトソーシングの略です。冒頭の経済のところで申し
ましたが、主にコールセンター等がこのような分野に当たりますが、フィリピンの成
長産業の一つになっています。主にどういう産業かというと、例えば IT 系業務の下請
けです。コールセンターはまさにそうです。例えば日本のアニメをフィリピンで絵を
おこすのを現地で委託したり、後はメディカルトランスクリプトと言われる、先進国
でお医者さんがカルテを読んでそれをカルテとして文字に書き起こすという産業も
IT・BPO の中に含まれます。日系企業の投資を見ると設計関連、家具とか住宅の設計
図を作るようなアウトソーシングが多くあります。その他にソフトウェア開発やウェ
ブ開発の分野でも日系企業は多く出ています。
(3)の特徴は、自動車メーカーの生産・
販売の強化ということが挙げられます。先ほども自動車の消費のところで自動車が売
れているという統計を見ましたが、それに後を追うように現地で生産しているメーカ
ーもどんどん生産体制・販売体制を強化しています。特に、特徴的なのは三菱自動車
です。三菱自動車はフィリピンの中でシェア第二位ですが、去年フォードが持ってい
た工場跡地を買収して工場を移転して生産を拡張しようとしています。
(4)の特徴は、
サービス業系の企業が消費市場を狙った進出も増えています。例えばコンビニで見る
と、今まではセブンイレブンとミニストップが出ていましたが、新たにファミリーマ
ートとローソンが投資を決めました。それからユニクロも現地でどんどん店舗を増や
しています。
続いてフィリピンに進出している日系企業の所在地を主に見てみたいと思います。
2011 年の少し古い数値で恐縮ですが、これが最新になります。フィリピンには約 1,100
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社の企業が出ていますが、その半分がマニラ首都圏の首都にいます。そのマニラから
車で1、2時間行った所にカビテ州・タグナ州・バタンガス州とありますが、ここに
日系企業の工業団地が集積していまして、製造業企業がこの辺りに多く出ています。
この辺りを合わせると約 400 社企業がいるのと、セブ島に約 150 社の光学系の部品を
作っている企業や IT 企業が中心に進出しています。
カビテ州・ラグナ州・バタンガス州の日系企業が集積しているエリアを地図で表し
たものです。工業団地をディベロッパーとして日系企業も進出していて、例えば、左
下のファーストフィリピンインダストリアルパークを運営しているのは住友商事で、
その横のリマテクノロジーセンターを運営しているのは丸紅です。
日系企業の経営実態をアンケートからご紹介します。これはジェトロで行っている
アンケート調査ですが、このような国に進出している日系企業にアンケートをとって、
営業見込みが黒字になるか赤字か均衡か聞いたものです。去年の最新の調査ではフィ
リピンに進出している日系企業の 70%が黒字で、それを経年で見ると右側になります。
他のアジアの国に比べて黒字の企業の割合は少なかったのですが、最近伸びて来てい
るのが分かると思います。日系企業に聞いてみると、企業の進出が増えていることで、
現地の製造業は現地での取引が増えていると良く聞きます。大手メーカーの進出が進
むことで現地での納品や取引が増えている。それで黒字になっている企業が多いのか
と分析しています。サービス系の企業だと消費市場が活発で車が売れていることもあ
り、各種ショッピングセンター等がどんどん出来ている事で消費の高まりもあって、
サービス業系の企業も売り上げを伸ばしていると聞いています。
最近の投資案件について特徴的なのは、フィリピンの場合では電子機器関連の企業
が多いことと、最近は自動車市場が好調ということで輸送機器関連の企業が増えてい
ます。またインフラ系も企業が進出したり、サービス業系の企業の進出も進んでいま
す。
【投資先としてのフィリピン】
続いて投資環境です。このように進出が増えているフィリピンですが、企業はフィ
リピンのどの辺にメリットを感じて進出しているのかということと、まだまだ問題の
多いフィリピンですが、どういう所に問題があるのかということを紹介します。
フィリピンのビジネス上のメリットについて、ジェトロが行っている調査から現地
の企業に、どういう所にフィリピンのメリットがあるのか聞いたものです。一位、言
語・コミュニケーション上の障害の少なさ。二位、従業員の雇いやすさ。と、あるこ
とから、フィリピンの場合は労働市場に対する強化がとても高いと言えます。そのポ
イントを右側にまとめています。
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労働力供給・人権費については、この供給が充分であるとか、人件費上昇が緩いと
いうことが挙げられます。
二つ目の国民性・気質に対しても評価が高いです。製造業の場合、一般的にアジア
では、ワーカークラスの手先が器用とか、目が良いとか、我慢強い等が一般的に言わ
れていて、フィリピンにもそれが当てはまります。ワーカーはそのような良さ、特徴
がありますが、それにプラスαでフィリピン人の気質に関しても評価が高いと思いま
す。例えば、明るく楽観的である、ホスピタリティがある等です。私も個人的に感じ
ますが、フィリピンはスペインの植民地化の影響もあってラテン的な気質があると思
います。フィリピンの人と話すと素直で何を考えているのか良くわかるという特徴が
あります。
三つ目の英語でビジネスが可能というのは言わずもがなですが、英語人材が豊富な
のはフィリピンの投資環境のメリットです。現地に行くと分かると思いますが、フィ
リピンの方々は英語を良く喋ります。例えば、タクシーのドライバーや製造業で働く
一般ワーカーのレベルでも英語でのコミュニケーションが可能です。日常会話は現地
語で話していますが、英語はかなり普及しています。その為に、製造現場等では英語
でのコミュニケーションがワーカークラスで一人一人出来ることで、技術移転が早い
とも言われています。三つ目の法律・公文書などはすべて英語で公表されるのも日系
企業にとってはビジネスのし易さになっていると思います。現地語で、法律・公文書
が出されることはまずなくて、すべて英語で出されるのでビジネスはやり易いと思い
ます。英語が普及している所と、フィリピン人の気質に関係しますが、私も個人的に
思うのは日本人が片言の英語で話しても辛抱強く聞いてくれると思います。日本人が
英語を話す時に臆する必要はありません。辛抱強く聞いてくれて、そういうところが
コミュニケーションの取りやすさになると思います。
それでは、労働人口についてもう少し詳しく見ていきたいと思います。生産年齢人
口は労働力がその国の中でどのくらい推移していくかを経年で見たものですが、フィ
リピンは 2060 年までこの生産年齢人口が上がると言われています。日本をはじめア
ジア各国で少子高齢化が進む中で、フィリピンはこれからも長期的に労働人口が増え
ていく、労働力が豊富ということです。
それを日系企業の賃金、人件費から見てみたいと思います。製造業・作業員につい
てみると、フィリピンは今はインドネシアより少し安いくらいです。2、3年前は中
国やインドネシアよりも賃金が高かったのですが、ここ数年で逆転しています。
賃金上昇についてジェトロが行っている調査によると、毎年、例えばインドネシア・
ミャンマー・ベトナムは 10%台で賃金上昇していますが、フィリピンは毎年5%くら
いと落ち着いています。フィリピンのインフレ率は、ここ数年3%から4%で安定し
て推移しているので賃金上昇はそれプラスアルファくらいです。失業率が7%と高い
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ことや、労働人口がこれからも増えていくことから考えても今後もフィリピンの人件
費は急激には高くならないと見込まれています。
賃金について 2009 年から 2013 年を各国で比較したものです。2009 年時点で中国
=100 とした場合の各国の賃金の指数をみると、フィリピンでは 102 で中国よりも少
し高かったのですが、ここ4年間で逆転して最近では中国を 100 とした時に 66 まで
落ちています。
労働市場の特徴ですが、労務管理の点から説明します。労働争議ですが、フィリピ
ンの場合は特に 90 年代とかそれまでは労働争議も活発でしたが現在は下火です。労働
組合を持たない日系企業も多く、商工会議所のデータでは労働組合を持っている企業
の割合は2割ぐらいという数字が出ています。労働市場が買い手市場ということもあ
り、買い手側に優位となっている状況で労働争議が少ないわけになっています。だか
らと言って、日系企業が労働環境に力を入れていないということではなく、番外編に
も書いてある通りクリスマスパーティや社員旅行なども欠かせない日系企業のイベン
トになっています。フィリピン人の国民性として家族や宗教を大事にするという国民
性があるので、日本の家族経営がまだ受け入れられる素地がありますので、こういう
ところは欠かせない、マストなイベントとなっています。
離職率についてですが、労働市場が買い手ということもあり、ワーカークラスでは、
他の国に比べて離職率は問題になっていません。一方で、エンジニアやマネジメント
クラス、管理職クラスは転職志向や上昇志向が強く、海外に出稼ぎに行ってしまうこ
ともあり、離職率は高く日系企業では問題になっています。
他のフィリピンのビジネス環境のメリットとして、優遇措置が豊富であることが挙
げられます。今、ASEAN の国を見てみると、ただの輸出加工型の企業でその国で物
を作って、それを輸出する企業の形態でこの投資の恩典を受けることは難しくなって
いますが、フィリピンではまだその辺の優遇措置は充実しています。フィリピンの輸
出加工型で企業が進出する場合に登録する所はフィリピンの経済区庁と言います。日
系企業の7割から8割ぐらいが登録しています。このフィリピン経済区庁の優遇措置
として一番大きいのが法人税の免税で4年から8年あります。その他の優遇措置は、
輸出入の手続きが簡素化されることや VAT(Value Added Tax 付加価値税)や他の
税金が免除になる等があげられます。女性長官のデリマさんは、PEZA の中の汚職を
無くし、強いリーダーシップを持ちフットワークも軽く、日系企業から頼まれたこと
はすぐに対応して企業からの評価や信頼も厚い方です。フィリピンの政治の問題とし
て、過去政権や大統領が代わるとその下の大臣クラスや長官クラスも代わり政策が長
く続かないことがあると先ほども申し上げましたが、デリマ長官の場合は過去4年間
の大統領が任期を持っている内、ずっと彼女が長官として努めています。そういうと
ころからも PEZA の政策やサービスは長期的に安定して行われてきています。デリマ
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さんももう高齢ですので、辞められてしまうのがフィリピンの投資環境の最大のリス
クと日系企業からは言われています。それの逆説になりますが、デリマさんが辞めら
れたとして、デリマさんが築いてきた汚職のない体質やサービスが PEZA の中に根付
いているので、彼女が辞めても PEZA の組織の良さは続かれていく、とも言われてい
ます。
ビジネス上の課題、日系企業がどういう所にビジネスの問題を介しているか、とい
うのを紹介すると、一番大きいのがインフラの未整備です。特徴として2位から6位
の税制面の問題や法制度の未整備や行政手続きの煩雑さなどです。行政とか政策運営
に関わるものが多いという特徴があります。
インフラの未整備ですが、フィリピンで挙げられるのは電気料金がかなり高いとい
う所です。このように棒グラフで比較すると、これは業務用ではなく一般用の電気料
金ですが日本と同じくらいと言われています。大量に電力を使うような業種はフィリ
ピンでの製造に向かないと言われています。一方で電力供給は工業団地が優先的に電
力を供給されていますので、長く停電になるようなことは問題なく、瞬電などもあり
ますが少なくなっていると聞いています。最近進出される日系製造業はジェネレータ
ーを持たずに進出する企業も多くあります。他のインフラとしては港湾や道路や空港
などのさまざまな未整備が問題になっています。
そのインフラの未整備をアキノ政権の政策もあって、整備を進めていると申しまし
たが、こういう高速道路はどんどん整備が進んでいます。行かれた方はご存じだと思
いますが、インドネシア等はかなり渋滞がひどいと思いますが、フィリピンは高速道
路ではそのようなことはなく、かなりスムーズです。工業団地内も道路や電気、水道
の基礎インフラは整っています。一方で、一般道はまだまだはひどい状況です。雨が
降ったりすると排水処理がなっていないためにこのように水が道路に溜まったりしま
す。ビジネス街のマカティの中は、経済がどんどん成長していることもあり、このよ
うな渋滞の状況はひどくなっています。
次に、今フィリピンで問題となっているトラック規制を紹介します。これは、フィ
リピンのインフラの未整備の問題と、政府の政策運営の問題が合わさったものです。
もともとトラック規制は 2 種類あり、資料オレンジ色のマニラ首都圏にトラック規制
がありますが、日系企業にとってはあまり大きな問題ではありません。今、問題にな
っているのは、2014 年の2月から始まったマニラ市内トラックの問題です。地図で見
ると黄色の部分でトラックの規制が敷かれています。マニラの主要港はマニラ港で、
日系企業のほとんどがこのマニラ港を使っています。このマニラ市でトラックの規制
をしている為に、マニラ港の物流がかなり止まっていてスムーズに動かないという問
題があります。マニラ港に着いた貨物がトラックの規制によって道路を使える時間が
限られている為に、マニラ港からうまく貨物を取り出せないとういう問題が起こって
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います。具体的に日系企業から聞いてみると、今まで工業団地からマニラ港まで、ト
ラックが一日に3往復していたのが、今では1往復しかできないという状況になって
いるそうです。
ではなぜマニラ市はこのようなトラックの規制をしているかと言うと、マニラ市の
今の市長エストラーダはフィリピンの二期前の大統領でしたが、産業界は物流が止ま
ってしまうトラック規制に対してかなり怒っていて即時撤廃を求めていますが、この
エストラーダ市長は市内の交通渋滞を緩和したい為、トラック規制を撤廃するような
方針を示していません。産業界ではかなり問題となっているので、例えばアキノ大統
領等が市長に対して止めろと一言言えば済むような問題ですが、フィリピンの場合は
そのようなことがうまくいかない状況です。
トラック規制とセットでいつも話されるのが、フィリピンの港湾のポテンシャルで
す。中心港のマニラ港が問題となっている為に、周りの港のスービック港やバタンガ
ス港に貨物を動かせないか、と日系企業や船会社が検討しています。特にバタンガス
港は日系企業が集積している土地から近いこともありまして、かなりポテンシャルが
あると言われていましたが、インフラが整っていないとか、国際航路があまりなかっ
た為に使われてこなかった、という事情がありました。しかし、トラック規制の問題
があるのでこれからバタンガス港がどんどん使われていくのではないか、と言われて
います。
フィリピンの他のビジネス環境上の問題ですが、特に税務・税制の問題が日系企業
から挙げられる声が多くあります。特に今のアキノ政権になってから租税を強化しよ
うという政府の政策もあり、企業に対する税務調査もかなり厳しくなっています。税
務調査の時の担当官による明らかな汚職というのはかなり減っているそうですが、担
当官が一年間ごとに代わってしまうことにより手続きが煩雑になっているとか、税務
調査に対して取れる所から取ってやろうという厳しい姿勢があって、かなり指摘事項
が増えているという問題も聞いています。
また、他の問題として外資規制が厳しいということがあります。特にフィリピンの
場合は小売業に対する外資規制が厳しく、企業が独自で進出しようとする場合は資本
金が 250 万ドル以上必要となります。ほとんどの日系企業はこれをクリアできずにフ
ランチャイズ形式で進出している所が多いです。
外資規制と繋がりますが、土地保有規制も厳しいということがあります。外国人や
外国法人の土地保有は禁止されていますので、日系企業は合弁でペーパーカンパニー
を作って建屋を持つ必要があります。
最後に治安について紹介します。これはフィリピンのビジネス環境上の課題ではあ
りませんが、企業からの問い合わせも多く、関心も高いと思うので紹介します。現地
に住んでいる日系企業に聞くと、フィリピンの治安は日本で思われていたりイメージ
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アジアフォーラム21
ANNUAL REPORT
を持たれているほど悪くないと聞きます。私も大学生時代フィリピンに一年間住んで
いましたが特に危険な目に遭ったことはありませんでした。しかしイメージの悪さは
付いて回るものだと思っています。やはり歴史的なこともあり、1986 年に起きた若王
子事件や 2000 年代に入っても今まで政治が安定しなかった為に、爆破事件が起こる
等問題がありました。一般犯罪を見てみると、日本人が関わる事件が減っていること
と、報道でも日本人が巻き込まれたような事件はあるとは思いますが、普通にビジネ
スをしている駐在員がこのような事件に巻き込まれることはありません。ビジネス街
であるマカティや工業団地周辺は治安も問題ありません。事件・事故に巻き込まれる
のはマニラの中でも歓楽街と言われるようなエリアで、そういう所で遊んでいる旅行
客やフィリピンに永住しているような日本人がそのような事件に遭っていると思いま
す。
【まとめ】
まとめとして、今日のお話と今後のフィリピンがどうなっていくかを簡単にまとめ
ますと、今日紹介したようなフィリピンの投資環境の魅力は今後も高まっていくと思
います。少なくともアキノ政権が政権を持っている 2016 年までは、今の安定した経
済や政治情勢も変わらずに続いていくでしょう。それ以降も政治関係なく政策拠点の
優位性や市場の魅力は増していくのではないかと思います。
二つ目の今後のフィリピンを見る上でのポイントは、アキノ政権の運営がこれから
どこまで実行されていくかということです。冒頭にも申し上げましたが、産業ロード
マップやインフラの整備は政府が力を入れようとしているもののなかなか進んでいま
せん。産業ロードマップについても自動車の現地生産に対するインセンティブを与え
ようとしていると申しましたが、これも自動車産業界からはかなり待たれていますが、
なかなか実際には決まってきません。そういうところはインセンティブが決まればど
んどん自動車生産や製造業自体も拡大していくと見込まれていますので、このような
政策がどこまで今後実施されていくのかがポイントになるかと思います。
三つ目の次期総選挙に向けてですが、先の話になりますが、次の大統領はどういう
政策運営をするか、というのも一つのポイントになると思います。今の人気の高いア
キノ大統領は一期再選なしなので、2016 年の5月には総選挙があり政策が終わります。
これから長期的にフィリピンを見ていくポイントとして、次期政権においてどこまで
今の政策運営・政策課題が引き継がれていくかにあると思っています。
次は参考までに出版物の紹介をさせて頂きます。最近出版されたばかりの JETRO
の出版物です。
「ASEAN・南西アジアのビジネス環境」という本で、ASEAN とイン
ドなどの南西アジア各国のビジネス環境をまとめたものです。具体的には、各国のメ
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ANNUAL REPORT
リットと、ビジネスする際の難しさが書いてあります。ビジネス上の難しさについて
は具体的に深堀して、どういうところに問題があり、どういう解決策があるかを紹介
しているものになります。私もフィリピンのパートを書いています。ぜひ関心のある
方はご覧いただけたらいいかなと思っています。雑多な説明となりましたが、私から
は以上となります。ご静聴ありがとうございました。
(平成 26 年 8 月1日開催)
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