フランスで原子力をめぐる大きな2つの論争が…… 渡辺 一敏(翻訳家) フランスでは最近、原子力をめぐって とみなされている。 2つの大きな論争があった。一つはフラ 会長と読者の対談は11月8日号に掲載 ンスの電力市場を実質的に独占している された。内容は多岐にわたるが、この中 EDF(フランス電力)のプログリオ会 で会長は、原子力については以下のよう 長兼 CEO の発言が招いた論争で、会長 な点を強調した。 はフランスが脱原子力を選択した場合に フランスは原子力のおかげでエネル 100万人の雇用が失われる恐れがあると ギー独立性を維持してきた。需給最適 断言した。他方は社会党と環境派政党 化を目的として電力の輸出入は行って (いずれも野党)の間で展開されている いるものの、基本的にドイツやイタリ 論争で、こちらも原子力政策をめぐって アなど隣国から電力を輸入しなくても 展開されている。双方とも福島原発事故 自給自足は可能である。 以後のエネルギー政策再検討という大き 原発の耐用年数は当初は40年と想定さ な課題が背景となっていることはいうま れていたが、多くの国で延長が決まっ でもないが、同時に来年の春に予定され ており、アメリカでは70年になった。 ているフランスの大統領選挙および総選 フランスでも60年への延長が検討され 挙と政権交代の可能性という政治的緊張 ている。原発の機器は交換され、最適 の高まりを反映してもいる。 化され、近代化され続けているので、 プログリオ会長の発言はル・パリジャ 30年前の創設当時とはまったく異なっ ンという日刊紙がオーガナイズした読者 た設備に更新されている。 との対談の場でなされた。ル・パリジャ フランス最古のフェッセンハイム原発 ンというのは名前からも分かる通り、パ の耐震性は強化されており、運転の継 リを中心とする首都圏のローカル紙だが、 続に危険はない。 全国版も発行しており、合計で発行部数 福島原発はアメリカの GE がターン は50万部前後(2 009年調べ)。1000万部 キー契約により納入し、東京電力が運 を超えるような全国紙がある日本の感覚 営していたものだが、フランスでは からすると50万部というのはずいぶんマ EDF が設計から運転までを管理し、 イナーに感じられるだろうが、フランス 世界のあらゆる原子力事故を分析して では無料紙を別にすると50万部を超える 常時原発の安全性を強化し続けている。 新聞はほかにほとんどなく、ル・パリ 福島原発事故の教訓は、原発の安全は ジャンは有料紙では最大手と考えてよい。 政府と事業者という2人のプレイヤー 大衆紙ではあるが、比較的上質な新聞だ に依存しているということで、日本で −16− は首相が辞任したし、東電も存続でき 下請け企業の能力回復に時間がかかる ない可能性が大きい。原子力プログラ ことが一因。当初の計画では新世代原 ムの継続を決めた国は、イギリス、オ 発を40カ月で実現することが予定され ランダ、中欧諸国、ブラジル、チリ、 ていたが、これは非現実だった。ただ トルコ、南ア、ロシア、ベトナム、ア し、新原発の建設が複雑で困難がある メリカ、中国などだが、いずれも福島 からといって、それだけにとらわれて、 の教訓を取り入れつつ、原子力が将来 原子力の進化という大きな課題を見 のエネルギーミックスの一部をなすべ 失ってはならない。 きだと判断している。 フランスが脱原子力を決定した場合、 プログリオ会長は今春以来、繰り返し 原子力にかえて石炭、ガス、石油など フランスの原発の安全性を強調し、原子 を用いるため、温室効果ガスの排出量 力の継続を擁護しており、上記の発言内 が50%増加するだろう。また代替発電 容は概ね予想通りだが、脱原子力により 手段を構築するために4000億ユーロの 100万の雇用が失われるというくだりは 投資が必要になり、その結果電気料金 これまでになかった点で、反原子力派か は2倍に高騰するだろう。また雇用面 らの反論を招いた。 では原子力産業の直接・間接雇用40万 環境派政党「欧州エコロジー・緑の党 の喪失に加えて、エネルギー消費の大 (EELV)」のリバジ欧州議会議員は、脱 きいアルミニウム部門などの企業が国 原子力は段階的に実施されるので、今日 外に移転し、50万の雇用が脅かされ、 明日にいきなり原子力関連の雇用が消え さらにフランスを起点とする原子力産 るわけではなく、プログリオ会長が提示 業の国際的発展で創設されるはずだっ した数値は無意味だと反駁し、さらに、 た10万の雇用も失われるので、合計で 原発の解体作業は数十年から数百年にわ 100万の雇用が失われる。これはまた たるため、原子力関連の雇用をそちらに 国内総生産(GDP)を0.5ポイントか 振り向ける可能性があることにも言及し ら1ポイント押し下げることになるだ た。社会党のルデオ下院議員も、代替エ ろう。 ネルギーの発展がもたらす雇用創出も考 フラマンビルで建設中の EPR(欧州 慮しつつ、全体的な雇用の増減を現時点 加圧水型炉)は当初の計画よりも4年 で正確に予測することは誰にもできない 遅れで2016年に稼働を開始する見通し。 と指摘。 遅れはフラマンビルの EPR がフラン EELV のデュフロ党首は、プログリオ スで建設される次世代原子炉の第一号 会長の主張通りに脱原子力が4000億ユー である上に、フランスでは過去20年間 ロの投資を必要とするとしても、原子力 にわたり原発が新設されなかったため、 を継続し、老朽化した原発をリプレース −17− する場合のコストは2030年までにそれを びてきた点は注目される。プログリオ会 さらに1000億ユーロ上回るだろうと反論 長自身も「こういったことすべて(脱原 し、雇用面でも1キロワット時当たりの 子力に伴うコスト増や雇用喪失)は決し 雇用創出は再生可能エネルギーのほうが て想像不可能ではなく、技術的には実現 原子力より3倍大きいと指摘した。 可能、選択可能で、その場合はたいへん フランスのような原子力大国が脱原子 なことになると言いたい」と語っている。 力を実施した前例がない以上、信頼でき 現政権(中道右派)は原子力継続を明確 るデータはないのが実情で、プログリオ に支持しているが、来年の大統領選挙で 会長があげた数値も、EELV があげる数 政権が交代した場合にエネルギー戦略が 値も、確固たる根拠を欠いている点では こうむる変化については、予想が難しい 同じであり、この論争は水掛け論で終わ 状況が生じており、原子力関連の事業者 る可能性が強い。ただし、自信家の会長 も緊張感を強めている。ちなみにドイツ、 にしてなお、脱原子力のコストと雇用へ スイス、イタリアなどに続いて、ベル の影響に関する発言では「私の確信を披 ギーも次期政権を形成する6政党が脱原 露するので、あとは各人が判断していた 子力を選択したが、それにより、同国の だきたい」とわざわざことわっていると 原発を運営しているフランスのエネル ころをみると、100万雇用の喪失という ギー大手 GDF スエズ(ベルギー子会社 シナリオは客観的なデータの裏付けに乏 エレクトラベルが国内7基の原発を運 しいとの印象が強い。 営)の原子力事業は将来性が危ぶまれる そもそもフランスの原子力産業の雇用 状況となっている。ましてやフランスが 数自体をめぐっても識者の見解は一致し 脱原子力に踏み切るようなことがあれば、 ていない。直接雇用は10万から1 2万5000 EDF やアレバが窮地に立たされること と推定されるが、原子力機器大手のアレ は必至だ。 バ社は最近の調査で、直接・間接雇用を ただし、大統領選挙と総選挙で共闘す 合計すると41万になるとしており、プロ るはずの社会党と環境派政党 EELV は、 グリオ会長の発言は無根拠ではない。し まさしく原子力政策をめぐって対立を深 かし、脱原子力が決まったら、これらの めており、野党陣営の分裂に乗じて、中 雇用が完全に失われるというのは単純す 道右派与党が政権を維持する可能性も除 ぎる結論だろう。ましてや残りの60万雇 外できない情勢となっている。 用の喪失については、いっそう論拠が曖 社会党はアメリカ式の予備選を実施し 昧だ。 て、オランド前党首を来春の大統領選挙 ただ、このようないささか安易な発言 の公認候補に指名した。オランド候補は が即座に熱い政治論議に発展してしまう 現時点での世論調査では来年5月に大統 ほど、脱原子力という構想が現実味を帯 領に当選する可能性が大きく、その場合、 −18− 6月の総選挙でも中道左派連合が勝利す のどこであれ、もはや原子力リスクの継 ることが予想される。ただし、脱原子力 続を軽々しく擁護することは誰にもでき を党是とする EELV と、完全な脱原子力 ない」と結んだ。ジョリ候補は1 0月20日、 には慎重な構えを保つ社会党の間には以 滞在先の東京で、社会党が脱原子力を選 前から温度差がある。また両党の選挙協 択しないなら、選挙協力はないと言明し 力をめぐる交渉では、弱小政党である たが、これに対して社会党側は EELV の EELV のほうが社会党に対して強気な要 脱原子力構想は非現実的であり、社会党 求を突き付けることが多く、社会党は従 は EELV からの押しつけには応じないと 来からこれに苛立ちを見せてきた。 反発した。 EELV のジョリ大統領候補は10月に訪 社会党と EELV の軋轢は次世代原子炉 日し、福島原発などを視察して帰国した EPR(欧州加圧水型炉)の建設を継続す 後、左派系日刊紙リベラシオンに寄稿し べきかどうかという点をめぐるオランド た。その中で同候補は日本当局による事 候補の発言がきっかけとなっていっそう 故への対応を厳しく批判した上で、「本 尖鋭化した。EPR の建設が直面してい 当の責任はもっと川上に位置している。 る一連の問題についてはすでに8月に取 それは政治体制や、技術水準などの違い り上げたので繰り返さないが、オランド にかかわりなく、原子力に関して不透明 候補は EPR の建設継続を支持する姿勢 さと嘘がまかり通りっていることだ。日 を表明し、EELV の猛反発を招いた。な 本でもフランスでも、原子力発電計画は お、フラマンビルがあるバス=ノルマン 民主的な議論の埒外で開始し、ほとんど ディー地域圏では、雇用への配慮もあっ 信仰のようになっており、原子力村のテ て、EPR 建設への支持が強く、地元の クノクラートが司祭役を担っている。日 社会党議員などからはオランド候補に強 本でもフランスでも、息切れしたソ連で い圧力がかかっている。 起きたような事故がほかでも起きる可能 オランド候補は11月7日に国営テレビ 性があるとは誰も考えていなかった」と 放 送 局「フ ラ ン ス 2」に よ る イ ン タ 指摘、「脱原子力を決定することは、こ ビューで、電力生産に占める原子力の比 のような悲劇がある日我々の身にも起き 率を減らすべきだとの考えを示し、原子 るリスクを削減することに繋がる。これ 力の比率を現在の7 5%から2025年には は至上課題であり、全員で決定すること 50%にまで引き下げたいと語った。その で、明日には危険を遠ざけることができ 一方で、同候補は、全ての安全基準が遵 る」とした上で、「私はほかの大統領候 守されることを条件に、フラマンビルの 補者にも福島への旅を勧めたい。私も同 EPR 建設は維持する方針を表明した。 行して、原発事故の実験台になった人々 ジョリ候補はその前日(6日)、EPR を紹介する用意がある。福島以後、世界 建設の中止について1 1月19日までに合意 −19− が成立しなければ、社会党とは協力しな たが、これはいささか不正確で、大多数 いと一種の最後通牒をつきつけていただ の原発の着工は1970年代に遡る。しかし、 けに、オランド候補の発言は、EELV と 多くの原発がミッテラン大統領の1期目 の決裂を意味するものとも受け止められ に送電網に接続されたことは事実であり、 た。 また10基前後は確かにミッテラン大統領 EELV 側ではジョリ候補もデュフロ党 の下で建設が開始した。社会党には反原 首も8日、合意形成の期限までまだ10日 子力の伝統がないことは否定できず、 間の猶予があり、オランド候補の発言に EELV との協力実現にはラディカルな発 過剰反応はしたくないと慎重に対応して 想の転換が必要になる。 いるが、双方の間で妥協形成が難しく サルコジ大統領は「原子力がもたらす なったことは否定できない。社会党側で 競争力を放棄したら、フランスには何が は妥協案として、EPR 建設を一時的に 残るのか」、「石油もガスもないフランス 休止し、その間に独立機関による監査を のような国で、原子力を何で置き換えれ 行うことを示唆している模様。 ばいいのか」と問いかけているが、こう 野党陣営の分裂に勢いを得たサルコジ した挑戦に対する回答も含めて、オラン 大統領は同じく8日、「国家元首として、 ド候補が説得力のあるエネルギー戦略を 原子力継続の方針は変更しない」と言明 提示できるかどうかが、大統領選挙の行 し、過去に社会党のミッテラン大統領 方を左右する重要な要因となるだろう。 (パリ在住) (任期は1981年から1995年まで)も原子 力推進を支持したことに言及した。サル コジ大統領はほとんど全ての原発がミッ テラン大統領の決定で建設されたと語っ 「地球号の危機」ニュースレター No.378 2011年11月20日発行 発 行 財団法人 大竹財団 新住所 〒1 0 40 - 031 東京都中央区京橋1−1−5 セントラルビル1 1F TEL 0 33 - 2723 - 900 FAX 033 - 2741 - 707 メールアドレス [email protected] ホームページ http://www.ohdake-foundation.org 定 価 1部200円 送料90円 年間購読料2,000円(送料含) 購読申込先 (財)大竹財団 振込銀行 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