ASEAN諸国の外食事情と日本食の浸透について

ASEAN 街角事情
第二回
ASEAN諸国の外食事情と日本食の浸透について
常陽銀行 シンガポール駐在員事務所
ASEANはEUよりも大きな人口を抱え、域内には6億人の市場があるとされています。2015年
末にはAEC(アセアン経済共同体)の経済統合も予定されており、今後も経済市場の発展が期待
されています。
もっとも、ひと口にASEAN諸国といっても、国によって人口規模や経済力が異なり、国民の生
活水準も様々です。例えば、東京23区と同程度の大きさのシンガポールは、2013年の人口が約
540万人ですが、国民1人当たりのGDPは約55,000 USドルと、日本の約39,000USドルを上回っ
ています。
そのシンガポールの隣国マレーシアは、人口が約3,000万人、国民1人当たりのGDPは、10,000
USドル強です。
日本をはじめ世界各国から企業が進出するなど経済成長の著しいベトナムは、人口が約9,200万
人、国民1人当たりのGDPは約1,900USドルです。首都ハノイで約3,000 USドル、経済都市と言
われるホーチミンでも約4,000 USドルと言われています。
民族や文化の違いに加え、こうした生活水準の違いが、3国の外食事情に影響しています。一方、
近年では、日本の外食産業や現地の人による日本料理店の進出が各国で目立ってきました。今回は、
3国の外食事情と日本食の浸透につい
てご紹介します。
1.シンガポール
シンガポールの主要民族は、中華系
(74%)
、マレー系(13%)、インド系(9%)
となっています。このため、中華料理、
マレー料理、インド料理のレストラン
が中心ですが、フランス料理などの西
欧料理や、エスニック料理、日本料理
の店も多く、世界各国の料理が楽しめ
ます。
【シンガポールの代表的な食事】
同国の中華系民族が特に好む料理がバクテー。
骨付きポークリブを漢方のハーブとともに煮込んだスー
プ。シンガポールに比較的多く住んだ華人(潮州系)労働
者が食べたのが始まりとされる。
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国土が狭く、娯楽も少ないため、シンガポール人には食事や旅行が欠かせません。結婚しても
夫婦共働きが一般的で、可処分所得が高く、外食中心の食生活なので、ホーカーセンター(日本
の屋台に相当)や、レストランが数多くあります。
その一方で、食料自給率がほぼゼロで、海外からの輸入に頼っているため、物価は日本より高
く感じられます。ホーカーセンターでは5ドル(約450円)前後で食べられますが、日本の刺身定
食やラーメンなどは、15 ∼ 20ドル(約1,350 ∼ 1,800円)と、日本の2∼3倍の値段になります。
さて、シンガポールの日本食の現状ですが、健康志向や日本人気の高まりにより、大型ショッ
ピングモールには必ずと言っていいほど日本食専門店街があり、多くのシンガポール人で賑わっ
ています。また、米、味噌、ホウレンソウなどの野菜に加え、メロン、酒、さらにゆず胡椒など
も国内で手に入り、レストランでも様々な日本食のメニューを注文できます。
「日本食は健康志向で、安全・安心」との考えが浸透し、シンガポールでは日本食に参入する事
業者が急増しています。シェア拡大を目指す日本の食品業者からは、「日本国内と同様、地域間の
競争が激しい」、
「日本食フェアが多くあり過ぎて、現地の商社も食傷気味」などの声も聞かれます。
【本格的な日本料理】
オーチャード通り(日本の銀座中央通りに相当)
にある高級日本料理店のランチ。値段は約 30 ドル
(2,700 円)
。味は日本で食べるものと同じ。
【日本料理】
日本食専門店の店内に並べられたおにぎり。
具にはゴマやひじき、ワサビが使われている。現
地の嗜好を取り入れ、味付けは濃い目。
2.マレーシア
マレーシアの主要民族は、マレー系(67%)、中華系(25%)
、インド系(7%)となっており、
マレー料理、中華料理、インド料理などが一般的に食べられています。
人口の7割弱を占めるマレー系はイスラム教徒のため、酒や豚肉を口にしません。彼らは、ハ
ラルと呼ばれる、イスラム法で定められた正規の手順で調理された精肉や食品しか口にできませ
ん。
初めてマレーシアに出張した際に、スーパーで豚肉や酒類が目立たないように店の奥に置かれ
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ている状況を見たとき、新鮮な驚きを覚えました。一方で、中華系やインド系、外国人は、飲酒
や豚肉も食べることができるため、お店によって雰囲気が変わります。
マレーシアでも、日本食のレストランは増えています。定番の「すし・刺身」、「天ぷら」、「す
き焼き」
、「鉄板焼き」だけではなく、「ラーメン」、「うどん」、「牛丼」、「豚カツ」などの大衆向け
専門店も増え、日本食の裾野が広がりつつあります。
特に、2010年以降はラーメン店の進出が相次ぎ、シンガポールに続き、マレーシアでもラーメ
ンブームが到来しています。
日本食を好んで食べるのは、主に富裕者層、中華系マレーシア人ですが、専門店が増えるに従い、
マレーシア中間層向けの市場にも新たな広がりが出てきています。「日本食は高級」といったこれ
までのイメージが変わって行くかどうか注目されます。
【代表的なマレー料理】 【日本居酒屋】
マレーシアのマレー系家庭では一般的な米料理 すしの具材は、サーモン、カニや天ぷらなど種
であるナシレマ。米にココナッツミルク、塩を 類が豊富。
加え、タコノキ属の葉で風味をつけて炊く。
3.ベトナム
ベトナムには54の民族が住んでおり、
そのうち90%弱がキン族(ベトナム族)
とされています。
夫婦共働きが一般的で、1人あたり
の平均月収は日本円で2∼4万円と言
われています。ベトナムに旅行した際、
主食の米やフォー(米麺)、さらに炒め
た魚や肉などをライスペーパーで包ん
だものを一緒に食べて、1食あたり200
円程度で済んだ際には、大変驚いたも
【日本料理】
うどん汁の中にフォー(米麺)が入っている。
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のです。
ベトナムにおける日本料理店は、在
住日本人数の伸びが顕著となった2007
年前後から増加傾向にあります。まだ
高級なイメージのある日本料理ですが、
ベトナム人富裕者層を対象とした人気
の日本食レストランも、都市部を中心
に見られるようになってきました。現
地の嗜好を取り入れ、日本人客よりも
ベトナム人客の方が多いお店もありま
【ベトナムの代表的な食事】
チキンと香菜のたっぷり入ったフォー(米麺)
す。
4.今後の日本食市場の展望
ASEAN諸国では、日系企業が製造した日本茶も甘いお茶です。
「日本茶は渋いもの」との先入
観にとらわれず、現地の嗜好にあった商品や食べ方を提供することが需要拡大につながっている
ようです。
また、市場が成熟しているシンガポールでは、値段さえ気にしなければどんな日本食でも食べ
られる一方、これから大きく経済発展すると見込まれるベトナムでは、まだ十分に日本食が浸透
していない状況です。進出を検討する日本の企業には、輸出の対象国やどの層(海外在留日本人、
現地富裕者層、現地中間層)に売り込むのか、どのように売っていくのかなど、これまで以上に
明確な戦略が必要といえそうです。
〔参考文献〕
1.日本貿易振興機構(ジェトロ)の各種調査とHP ・シンガポール日本食品消費動向調査
・マレーシア日本食品消費動向調査
・ベトナム日本食品消費動向調査
・ジェトロHP(各国の外食産業の動向等)http://www.jetro.go.jp/world/asia/
2.CLAIRメールマガジン 東南アジア日本食事情レポート①∼⑦
3.現代ベトナムを知るための60章 今井昭夫、岩井美佐紀 編著 明石書店
4.Pho Haru https://www.facebook.com/phoharu?fref=photo
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