バンコク - 出版文化国際交流会

第 8 回バンコク国際ブックフェア
名 称
8th Bangkok International Book Fair
会 期
3 月 26 日 ( 金 ) ~ 4 月 6 日 ( 火 )
入場時間
10:00 ~ 21:00 初日のみ 18:00 ~ 21:00
会 場
Queen Sirikit National Convention Center
展示面積
20,000㎡
主 催
タイ出版社・書店協会 (The Publishers and Booksellers Association of Thailand 、略して PUBAT)
テーマ国
日本
出 展 数
423 社 ( 国内:403、海外:20)
ブース数
919 ブース ( 国内:864、海外:55)
参 加 国
18 カ国
アメリカ、イギリス、イラン、インドネシア、韓国、シンガポール、
台湾、中国、チェコ、ドイツ、日本、フィリピン、フランス、ブルネイ、
ベトナム、マレーシア、ラオス、リビア
入 場 者
約 160 万人
入 場 料
無料
報告:梶原 千歳 [( 社 ) 出版文化国際交流会 事務局 ]
はじめに
タイの携帯電話普及率をご存じだろうか。タイ統計局が 2008 年に行った情報通信技術 (IT) に
関する調査によると、52.8%。コンビニ店舗数は日米に次ぐ第 3 位、バンコク市内のいたる所に
セブンイレブン、ファミリーマートや ampm が出店している。2006 年に開港したスワンナプー
ム国際空港は東南アジアのハブ空港として機能し、今年 8 月には市内と空港を結ぶ高速鉄道エ
アポート・レール・リンクの開業が予定されている。空港からホテルへの移動途中、ちょうどそ
の試運転を目にした。広い空を一直線に走る鉄道が波打つ巨大な建造物に乗り入れる様は近未来
的だ。ホテルまでの 40 分、
高速道路には新車や高級車ばかり。高層ビルが所々に見え始めるころ、
気が付けば渋滞の中にいた。夕方のラッシュで、信号待ちに捕まる。信号機の上には巨大テレビ
画面を通してコマーシャルが流れ続ける。街中に入ると、びっしりと並ぶ商店や屋台が、日が沈
むにつれて繁盛しそうな雰囲気だ。
70 タイ
開会式
ブックフェア開会当日、3 月 26 日 ( 金 )、40 度近い猛暑だった。午前 10 時半から日本年の
プレス発表があり、午後 3 時にはシリントーン王女ご臨席のもと、開会式が行われた。式の後、
王女様は会場を視察、日本文化展示ブースでは日本書籍出版協会の山下正専務理事がご案内し、
日本共同ブースでは、書家の木下真理子氏がパフォーマンスを行った。王女様が来られるとあっ
て、会場は物々しい雰囲気。むやみに出入りもできず、開会式への出席者数、王女様が視察され
る間の館内への入場も厳しく規制された。王室に対する国民の畏敬の念はとても強い。開会式や
ご視察の模様は一部始終テレビ放映された。なお、日本からは、小町恭二在タイ日本大使及び同
夫人、書協の金平優副理事長 ( 医学書院 ) をはじめ、出版関係の役員が出席された。開会式後、
主催者のタイ出版社・書店協会 (PUBAT) が同協会の 50 周年記念を兼ねレセプションを開催、招
待国である日本からは、金原氏の挨拶、箏の演奏が行われた。
ブックフェア概要
前日の設営日と言い、開会式と言い、主
催者の運営力には恐れ入った。熱い国は概
して穏やかだし、タイの男性はあまり働か
ないと聞いたことがあるし、ブックフェア
も街の市場みたいに混沌としているので
は ( 勝手な偏見でごめんなさい、今やタイ
の中産階級は日本のそれを凌ぐ豊かさと言
われます )、だから多少予定通り事が進ま
なくてもそういうものだとしてやろう、と
思っていた。が、全くの取越し苦労だった。
ブース設営業者の仕事は丁寧な分かなり
ゆっくりだが、こちらの要望には期待以上に応えてくれる。主催者のしっかりとした運営は開会
式の模様通り。会場も国立会議場とあって、格調高く立派だ。開会式が行われたボール・ルーム
や講演会などに使われるミーティング・ルームは、まるでホテルの宴会場のような豪華さ。第 8
回バンコク国際ブックフェアは、同時に、ナショナル・ブックフェアとして 38 回を数える。来
場者へのサービスも年々向上しており出展社間の評判も良い。
初日の一般公開は午後 6 時からとなったが、2 日目からは通常通り午前 10 時から午後 9 時ま
で。他のブックフェアに比べて夜が遅いのは、日中は暑く外出を控えるからだろう。3 月から 5
月はタイでも一番暑い暑季 ( 暑季、雨季、乾季の 3 つの季節がある ) に当たるが、この時期に開
催するのは、学校の休みとなるからだ。出展社数は 423 社、その多くが割引販売を行う。20%
~ 70%割引、20 バーツ ( 約 60 円 ) や 40 バーツ ( 約 120 円 ) 均一のワゴンセール、Buy 1 Get 2
など。来場者サービスにはカートの貸し出しや、宅配コーナーも用意されており、抱えきれない
ほどの本を購入していく読者も。タイでは、3 月の国際ブックフェアの他に、7 月には児童書フェ
タイ 71
ア、10 月には Book Expo と呼ばれる国内のブックフェアが開かれている。割引購入できるのは
ブックフェアのみのため、地元の人は冗談交じりに、タイ人は年 3 回しか本を買わないと話す。
期間中の売上高は 1,250 万ドル、92 円 / ドル (4 月時点 ) で計算しても 11 億 5,000 万円に上
る。来場者は計 12 日間で、延べ 160 万人。年 3 回しか、というのもあながち嘘ではないのかも、
と思ってしまう。
出版社の販売に懸ける意気込みも半端ではない。くまがい杏子氏 ( 小学館 ) の翻訳も取扱う少
女マンガ大手のブリス出版や、若者に人気のファンタジー文学を揃えるパール出版、少年マンガ
が豊富なサイアム・インター・マルチメディア社では、幅広なブースに若い店員がずらりと並び、
威勢の良い呼び込みに溢れかえる来場者、叩き売りの様相 ( 良い意味で ) を見せる。活気の良さ
ではマンガ人気に劣るが、ゾーン A、ゾーン B、ゾーン C と別れたホールには、多数の中小出版
社も出展しており、昨今はコンビニやオンラインでの販売が増加しているとは言え、ブックフェ
アは大きな販路となっている。
マンガ学習書に店頭で没頭する子ども、人気キャラクターと嬉しそうに写真を撮る兄妹、会場
の地べたに座り込み買った本を早速開く子どもに大人。中学生や高校生も、ショッピング・モー
ルへ行く代わりに ( 酷暑のタイ、お休みの日はモールへというのが若者の流行りらしい )、ブッ
クフェアへ出かけるという気軽さだ。会場は市内中心部に近く、地下鉄が乗り入れる。バンコク
国際ブックフェアがまさに市民のための一大フェアだということが分かる。通常のブックフェア
は 5 日程度の会期だが、バンコクでは 12 日間というのも、決して長くはないのだろう。
タイの出版統計
タイ出版社・書店協会 (PUBAT) から、2008 年の出版統計が発表されている。また、実態につ
いては、
竹内より子氏の
『タイの子どもの本事情』
( 国際子ども図書館の窓 10 号 2010 年 3 月刊行 )
や国立国会図書館調査員・増田真氏の『タイの出版界の状況について』( アジア情報室通報 第 5
巻第 4 号 2007 年 12 月刊行、2009 年 7 月更新 ) に詳しい。
・出版社:512 社
ただし、PUBAT 会員社のみのカウント。うち 285 万ドル以上の売り上げがある大手は 36 社、
86 万ドル以上の中規模出版社は 50 社、それ以下の小規模出版社は 426 社。大手の中には、出
版だけでなく、印刷・取次・小売まで一括する社もある。
・書店:2,483 店
店頭には売れ筋の図書しか置かれておらず、書店数も少ない。地方では、書店も図書館もなく、
教科書さえ不足しているのが現状。
・新刊点数:13,348 点 / 年
人気の分野は、自己啓発、マンガ、ファンタジー小説、ホラーなど娯楽性が高いもの。また、
タイは韓流ブームの真っただ中だ。(2005 年に放映された『宮廷女官~チャングムの誓い』を皮
切りに映画や K-Pop、ファッションやコスメにも人気が高まっている。)
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・販売金額:5 億 4,000 万ドル (2008 年統計発表当初の同年見込み )
2007 年の 5 億 2,286 万ドルに比べ 3.28%の増加。2003 年から 2006 年にかけては年率 10%
以上の成長が見られたが、2007 年は前年の政治的情勢不安により 3.9%の伸び率に留まった。
国民一人当たりの年間図書購入金額は 8.56 ドル、年間読書量は 2 冊。タイはもともと口承文化
の国であり、地道な読書推進活動により本の普及が進んできたのはここ 10 年とのこと。
日本年
日本年開催に当たり、日本書籍出版協会を中心に、バンコク国際ブックフェア実行委員会が編
成され、2009 年の 10 月、11 月、12 月と計 3 回の実行委員会が持たれた。図書や文化展示に
加え、イベント開催について話し合われ、会場には 2 つの日本ブースが設営された。現地メディ
アの関心は高く、新聞・テレビ等から計 270 余件の取材があった。
日本年主催
日本書籍出版協会
日本年共催
出版文化国際交流会、国際交流基金
実行委員会
出版社を中心に 19 名で構成。委員長は東京大学出版会・山口雅己氏
後援
在タイ日本国大使館
協力
紀伊國屋書店、泰日経済技術振興協会 (TPA)
協賛
日本雑誌協会、自然科学書協会、出版梓会、大学出版部協会、
日本児童図書出版協会
・共同ブース (90㎡、ゾーン B)
共同ブースには、図書の展示、販売に加
え、イベントスペースが設けられた。図書
は書協が会員社、関係団体に呼び掛け、目
標の 500 冊を超える 550 冊 (65 社 ) が出
品された。なお、これには本会が国際交
流基金とともに出品した『Japanese Book
News』61・62 号掲載図書、日本で出版さ
れたタイ関連図書の計 87 冊が含まれる。
また国際交流基金バンコク日本文化セン
ターは現地の紀伊國屋書店を通し英文の日
本関連図書を集書、提供した。出展図書の
分野は次の通り。①人文・社会、②自然科学、③文学、④児童、⑤芸術、⑥趣味・実用、⑦辞事
典・学習・語学、⑧雑誌・ムック・コミック、⑨日本文化・催事関連、⑩日本関連図書 ( 英文 )、
⑪タイ関連図書
90㎡の共同ブース内には、30㎡の販売スペースが設営され、紀伊國屋書店バンコク支店が出
タイ 73
展した。タイではクラフト関係や料理本、ビジュアルなものが良く売れるそうだ。特にクラフト
関係はストリートベンダーに人気がある。韓国でも日本の手芸本が大手書店に平積みされている
が、内容が良いのと日本語が分からなくても詳細な図説で理解できるところが魅力で、タイでも
同じように反響がある。多少値段が高くても欲しいものは買う、購買力は中産階級が急増加する
インドと同じだ。ちなみに、タイの大卒初任給は 4 万 5 千円。
イベントスペースでは、折り紙、浴衣の着付け、風呂敷の使い方、という誰でも楽しめる参加
型ワークショップがほぼ毎日行われた。これらワークショップは、現地の泰日経済技術振興協会
(TPA、通称ソーソートー ) が担当した。TPA は 1973 年、元日本留学生・研修生が中心となり、
タイ産業発展のため、日本の最新技術の普及や人材育成を目的に設立された公益法人。語学学校
を持ち、出版事業も行っている。日本語堪能で日本文化に親しいメンバーが、丁寧に解説しなが
らワークショップを行う。
来場者はとても積極的で、参加型イベントは大成功、集客にも繋がった。
・文化展示ブース (60㎡、ゾーン A)
共同ブースとは離れたメインゲート近く
に文化展示ブースが作られた。ここには他
に、特別展示や 100 名収容のオープン・
ステージが設置されている。文化展示ブー
スでは、マンガ家・くまがい杏子氏の複製
原画 6 点に加え、第 3 回国際漫画賞 ( ポッ
プカルチャーの文化外交への活用の一環と
して、海外で漫画文化の普及活動に貢献す
る漫画作家を顕彰するための賞。外務省主
催 ) で最優秀賞を受賞したジャクラパン・
ハイペック氏と入賞のポンパット・ペチャ
ラット氏の作品を展示、また、第 43 回造本装丁コンクール 2008 受賞作品、風呂敷、木下真理
子氏による書道作品が展示された。
・イベント
共同ブース内でのワークショップの他、ゾーン A のオープン・ステージやミーティング・ルー
ムでは、12 の催事が行われた。
[ 生け花実演 ]
泰日経済技術振興協会 (TPA) 協力。タイの Nawarat Lekhakul 先生が担当。
[ くまがい杏子氏サイン会 ]
少女マンガ家。小学館協力。自身、国内外問わず、初となったサイン会。ファンクラブの女の
子たちの姿も。
[ 松原秀行トークショー ]
児童書作家。講談社、
Nation 協力。代表作『パスワード探偵シリーズ』のパズルを使って、ファ
ンと交流。
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[ よさこい踊り ]
泰日工業大学の学生が出演。当地では、
よさこい選手権も開催されており、学生の
間で大人気。
[ 鈴木光司トークショー・サイン会 ]
作家。角川書店・角川映画・ブリス出版
協力。
『リング』
、
『らせん』
、
『ループ』と
ホラー好きのタイで話題を呼んだ。サイン
会では 250 名が行列をなした。
[ 児童書編集者ワークショップ ]
福音館書店の作田真知子氏、伊藤康氏が
一般来場者を対象に絵本作りについてのセミナーを開催した他、現地の児童書編集者と意見交換
の場を持った。
[ 木下真理子氏ワークショップ ]
書家。ひらがなを来場者と一緒に。テーマは「古代日本の文化とエコロジー」、40 名が参加。
[ ミルキィ・イソベ氏とテラワット・ワインヤラット氏の対談 ]
装丁家・デザイナー。タイのブックデザイナーと予算から装丁テクニックまで本音トークを繰
り広げた。
[ ウティット・ヘーマムーン氏講演会 ]
作家。国際交流基金主催。
『ラップレー、ケンコーイ』で日本の芥川賞に当たると言われる東
南アジア文学賞を受賞。バンコク国際ブックフェア直前に国際交流基金の招聘で初来日、東京、
福岡、大阪、函館で講演会を行った。3 月 18 日に開催された同基金・東京本部の講演会では、
自身の生い立ちや芸術から文学を志すことになった経緯を語った。バンコク国際ブックフェアで
は、“Mystery of Japan” と題し、日本滞在の感想を述べた。
[ 日本語初級講座 ]
国際交流基金主催。日本人とタイ人講師による 1 時間の講座。挨拶の仕方などを楽しく紹介。
[ 日本語検定の傾向と対策セミナー ]
国際交流基金主催。
[ 日タイ出版社懇談会 ]
テーマは、
「印刷出版と電子書籍:コンテンツ、技術、マーケティングの挑戦」。書協と
PUBAT を中心に、フィリピン、マレーシア、ドイツ等からも参加があった。
まとめ
海外からは日本を含めて 18 カ国の参加があり、図書の展示紹介やグッズ販売など形態は様々。
韓国からは大韓出版文化協会、ドイツからはフランクフルト・ブックフェアが出展し、自国の作
品を紹介した。また台湾からは、Linking Publishing Co., Ltd. が日本の共同ブースに匹敵する面
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積で出展し、約 2 万冊出品、精力的に 2 割引販売を行った。同社社長は、台湾出版協会の会長
も務め、フランクフルト・ブックフェアなど海外の図書展に積極的だ。こういった中、国際ブッ
クフェアで「日本」をアピールすることは必須と言える。
ブックフェア会期直前に始まったタクシン元首相派とアビシット現政権の対立に関して、現地
で影響を受けることは全くなかった。デモについてはタイではこの時期よくあることと聞き楽観
視していたが、帰国してから状況は悪化、ここまで混迷するとは予想だにしていなかった。現地
でお世話になった国際交流基金や紀伊國屋書店の駐在の方々、TPA や学生アテンダントの顔を
思い出すと、1 日も早い終息を願ってやまない。
今回の日本年では、充実した出展にはネットワークが欠かせないことを再認識した。書協指揮
のもと、アテンダントの一人として参加させて頂いたが、書協の綿密な事前準備に加え、国内や
現地関係者の協力を幅広く得たことが成功を導いた。今回深まった関係を礎に、関係団体や現地
とのネットワークを密にし、次回出展に生かしたい。
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