「顔を測る」-実験心理学的研究からの試み (PDF:502kb)

静岡で光る学術の種
∼大学ネットワーク加盟校の研究者紹介∼
人の知覚・認知機能を研究する
「顔を測る」 −実験心理学的研究からの試み
■静岡英和学院大学人間社会学部
永山
沖縄県生まれ
ルツ子
准教授
専門:実験心理学 (博士)
広島大学大学院教育学研究科博士課程後期修了後、
日本学術振興会特別研究員、 広島県立保健福祉大学
講師を経て、 2004年より静岡英和学院大学講師、
2007年より准教授。
実験に協力してくれた娘と私
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はじめに
よって、 求められる周波数帯域が異なることを示し
ていると考えられる。
私は大学院時代から一貫して顔の研究をしている
が、 「専門は実験心理学で顔の認知を研究していま
図1
オリジナル画像と空間周波数画像
す」 と答えると、 「?」 と不思議な顔をされる。 高
校に出張授業へ行くことが多いが、 ほとんどの先生・
生徒たちは、 心理学=カウンセリングというイメー
ジを持っていて、 心理学≠実験のように感じるよう
だ。 今回は、 実験心理学という分野を少しでも理解
していただければと思い、 私の研究の一部を紹介す
上記のような基礎的研究だけではなく、 顔に対す
る。
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3 子どもの顔は危険行動を抑制するのか?
空間周波数画像を用いた研究
携帯電話のカメラで撮影した時など、 多少ぼやけ
る人間の反応をもっと応用的場面から研究できない
か、 そう考えていた時、 新聞記事が目に入った。 交
通事故を減らそうと、 ドイツ・ベルリン市が、 子ど
ていても表情や人物が何となくわかることがある。
もの写真入りの看板を通学路などに掲げ、 効果を上
我々が顔画像を判断する時どのような情報が必要な
げている、 というものだった。 この標識が速度超過
のか。 顔画像を構成する空間周波数成分に注目し、
者を減らせた原因として、 運転者にとって子どもの
顔判断の際には、 どの周波数帯域が重要なのかを調
顔画像が行動に影響した可能性がある。 そこで、 子
べてみた。 その結果、 図1中の画像は、 低空間周波
ども・青年・高齢者の顔画像を提示することにより、
数成分のみを持つように加工した顔画像だが、 表情
危険行動が抑制されるかどうかを確かめた。 実験で
判断をしやすい画像であること、 図1右の中間域の
は、 実際の場面に近づけるために、 TVゲーム機、
周波数成分のみを持つ画像は、 人物同定しやすい画
カーシミュレーションソフトを用いた。 実験参加者
像であることがわかった。 つまり、 顔判断の違いに
は、 テレビ画面に映し出されるカーシミュレーショ
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ン画面を見ながら、 ハンドルを操作した。 その際、
れた。 その結果、 男性参加者は、 顔の性別判断の際
画面の左隅に子ども、 青年、 高齢者の顔刺激を提示
にも体を無視することができず、 さらに、 体が女性
した。 その結果、 実験参加者に対しては顔刺激に注
だと性別判断を素早く行うことができた。 男性は、
意を向けさせなかったにも関わらず、 追突回数が、
顔だけでなく体の性別をも重要視している可能性が
顔刺激の種類によって異なった。 特に子ども顔を提
示唆された。
示した時に、 青年顔条件より追突回数が少なかった。
実際に顔写真を提示しなくても、 子ども顔あるいは
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顔の認知と脳機能の関係
大人顔をイメージさせた場合でも同じ結果が得られ
今までの研究では、 顔画像を提示することにより、
たことから、 子ども顔は、 危険行動を抑制させるの
人の判断を行動的面から測定してきた。 先程のカー
ではないかと考えられる。 交通安全のポスターに若
シミュレーション実験は行動抑制、 顔や体の性別実
い女優さんを起用する場合が多いが、 飲酒運転など
験などは報酬価値などの認知活動と関連があること
の危険性を訴えるには子どもの顔を用いた方がよい
が示唆されている。 最近、 行動抑制や報酬価値など
のかもしれない。
の前頭葉機能活動について、 近赤外分光法 (nearinfrared spectroscopy: NIRS) という非侵襲的脳
図2
シミュレーションソフトでの運転例
イメージングを用いた研究が多く行われている。 N
IRSは、 自然な状態での脳活動を計測でき、 かつ安
全に測定できるという点が評価されている。 現在、
本学実験室にあるNIRSを用いて、 前頭葉機能認知
課題を課した際の、 顔課題に及ぼす影響について脳
活動の観点から検討している。
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異性と決定する要因は顔か?体か?
図4
NIRSによる実験風景
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まとめ
人は顔だけではなく、 体も見ている。 通常、 顔と
身体の性別は一致しており、 顔だけを見れば体を見
なくても性別がわかる。 しかし、 顔と身体の性別が
必ずしも一致しない状況もある。 そこで、 顔性別判
断の際に体の性別が、 体性別判断の際に顔の性別が
影響するのかどうかを検討した。
図3
顔・体の性一致刺激と顔・体の性不一致刺激
私の研究のほとんどは、 顔画像などを用いて人の
知覚・認知機能を測定している。 実験の方法もパソ
コンによる認知実験だけでなく、 実際にTVゲーム
機によるドライビングシミュレーションや、 NIRS
を用いた脳活動の観点から検討するなど結構多岐に
わたっている。 今後も実験心理学的手法による応用
実験では図3のように、 画像はCGで作成し、 実
験参加者は、 顔の性別判断時には体は無視するよう、
研究の基礎データを示していきたいと思っている。
(静岡英和学院大学准教授
永山
ルツ子)
一方、 体の性別判断時には顔は無視するよう教示さ