育 児 休 暇 体 験 記

育 児 休 暇 体 験 記
平成23年4月 取得
宇佐市副市長 中原健一
一、育児休暇を取得するまで
1. 育児休暇って何?
私は育児休暇として14日間(平日10日間+土日2回)を取得しました。今回、私が取得
した育児休暇は、休暇制度としては、出産補助・育児参加のための休暇といわれるもの
です。妻が出産をする時に準備を手助けしたり、出産後に上の子供の育児を助けたりす
るために認められている休暇で、宇佐市の職員には全部で平日10日間を有給で取れる
ようになっています。厳密に言えば、現在の私は副市長という特別職の身分なので、休暇
制度を使ったわけではないのですが、一般職員にならって平日10日間の休暇を取得し
ました。
宇佐市で育児休暇を取得するのは珍しい、と言われましたが、市の職員の方も、この休
暇制度は活用されています。平成22年度で約9割の方が平均で6日取得されたというこ
とです。しかし、私のようにある期間育児に専念するために、約半月の間一度にまとめて
休暇を取る例は、宇佐市では恐らく初ということとなりました。
ちなみに、私の妻もそうですが、産後に1年などの長期にわたって育児のために仕事を
休む制度があります。これは、育児休業と呼ばれているもので、最大3年間取得可能で
すが、基本的に無給で、最初の1年だけ共済から約5割の手当てが支給されるもので、
私が取った有給の短期の育児休暇とは異なります。
2. なぜ取得したのか?
私は、ご存じのとおり、宇佐の出身ではありません。転勤族のため、地元に親戚もいま
せん。そのため、妻の出産は普通に考えれば里帰り出産となるのですが、そうなると出産
前後の数か月は、長女も含めて別居になってしまいます。しかし、副市長の仕事をしてい
ると、土日も様々な行事に出席しないといけないので、子供の顔を見るために遠方の里
へ出かけるということは、なかなかできないと思います。そこで、夫婦話し合いの結果、今
回は第2子を宇佐で出産することとなりました。そうなると、妻が出産で入院している数日
間を中心に長女の面倒を見たり、家事をしたりする人間が必要ですが、周囲に両親(子
供から見ると祖父母)などの親戚もいません。どうしようか、それなら私が育児休暇を取ろ
う、という発想になったのです。ちなみに、私の総務省の先輩方で県庁勤務時に育児休
暇を取得した方がいらっしゃったことも背中を押してくれました。
こう言うと、周りに手助けしてくれる祖父母がいる人は取得する必要がないように思わ
れるかもしれませんが、出産は、まずは子供の親である夫婦での一大事です。出産時の
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大変なことも、楽しいことも、夫婦の宝となる貴重な経験や思い出になると思いますので、
そんな大事な機会を祖父母に譲るのではなく、できることなら自分で経験したいという気
持ちもありました。
3. どうやって取得するのか?
2週間も職場を空けることになりますので、取得には、周囲の理解ということが何より大
事です。取得の2か月前ぐらいから、職場の内外で様々な方と雑談をする中で、今度子
供が生まれるという話題になった時をチャンスに、育児休暇を取ってみたいと思っている
ことを、それとなくお話しして、その反応を見て周囲(上司、直接の部下、人事担当、私の
場合は議会など)が理解してくれるかを探っていました。これから取得を考えている人は
安心していただきたいと思いますが、育児休暇に対して、せいぜい無関心の人はあるか
もしれませんが、反対する人はまずいません。私の場合も、皆さん、やめておいた方がよ
いとおっしゃるような方はありませんでした。そのため、取得を決意することができました。
取得の1か月ぐらい前には、唯一の上司である市長に休暇取得の許しをいただきたいと
お話ししたところ、快くご了解いただきました。そして、次に直属の部下となる市の部課長
さんの会議で、休暇を取ることをお話しするとともに、決裁や相談は計画的に前倒しでや
っていただくこと、休暇予定期間中の行事は日程変更不可能なものは部課長さんの代理
出席で調整しておいていただくこと、しかし、休暇中も宇佐にいるので、災害等の緊急時
にはちゃんと登庁するので何かあれば携帯電話で連絡可能なことを説明して、協力をお
願いしました。あとは、取得の日に向けてできる限り仕事を前倒しで終わらせるよう努力
するのみでした。
もう一つの準備としては、休日に長女と二人だけで出かける機会を徐々に増やしていき
ました。長女はどうしても今までは妻が横にいる生活に慣れていましたので、妻が入院し
て環境が激変してしまわないよう、私との二人生活のお試し期間を置いたのです。また、
長女は、保育園に通い始めました。共働き夫婦でなくても、出産前後にだけは認められて
います。出産後は私が送り迎えしないといけないので、私も時々、朝送っていって練習し
ました。
4. 出産
休暇は出産予定日の4月4日(月)の前の2日(土)からを一応想定していました。しか
し、土日は何もなく過ぎました。出産後はしばらく外食できないので、妻の希望に応じてト
ンカツなどを食べに行って過ごしていました。その日曜の夜、予定日の4日の未明、午前
1時半頃だったと思います。トイレの方でゴソゴソ物音がするのに目を覚ましました。どう
したのかと音の主の妻に声をかけると、「破水したかもしれない」とのこと。急いで寝ぼけ
眼を起こしながら身支度を始めました。妻が産院に電話したところ、すぐに来るようにと指
示があったので、まだ眠っている長女も連れて3人で車で向かいました。妻はそのまま分
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娩室に入ったので、私と長女は病室でテレビを見ながら待機することとなりました。何とか
長女を寝かしつけて、朝5時前になっても出産まで時間がかかりそうだったため、私も仮
眠をしていました。6時過ぎに目を覚ますと、看護師さんが病室に来て、そろそろ生まれそ
うとのこと。仮眠している間に一気に陣痛が進んだようです。長女が幸い眠ったままだっ
たので、私は出産の立ち会いが認められました。長女のときは里帰り出産でしたが、連休
中の出産だったので立ち会うことができました。そのため、今回は2度目でしたが、本当
に出産の直前に合流して、数分で出産だったのでやや拍子抜けしてしまいました。長女
が御許山からの朝日を浴びながら寝ている中、無事次女が生まれました。親戚に連絡す
るとともに、職場にも連絡をして、いよいよ育児休暇スタートとなりました。
二、育児休暇中の生活
1. 妻入院中-長女との二人生活-
休暇期間中の前半は、妻は産院に入院していますので、長女との初の二人生活の期
間でした。だいたい以下のような生活でした。
6:00
起床、朝食準備、保育園に持っていく物を準備したり、日誌を書いたり。
7:00
長女起床、朝食、着替え。当然ながらオムツ替えから全てやらないといけ
ません。時々、「ママ-」と泣き出したり。
8:30
出発、二人で産院へ。少し妻と遊ばせる。
9:00過ぎ
長女を保育園へ。私は帰宅して新生児を迎える環境をつくるために家を大
掃除。
12:00
休む間もなく産院へ。マグカップなど、妻に頼まれた物を届ける。
12:30
昼食。一人なので手抜きでコンビニのサンドイッチなど。
13:00
再び、今度は洗濯その他の日常の家事。
16:15
時間に慌てながら娘を保育園に迎えに。そのまま二人でスーパーで食材
を買ってから、産院へ。
18:30
帰宅、急いで料理をして夕食、入浴
21:30
夜泣きしないか緊張しながら二人で就寝。まだ1歳11か月の娘ながらに、
父親に迷惑をかけてはいけないと、責任を感じているようで、素直に布団
に入って、これまでしたことがないのに「パパと手をつないで」就寝。
2. 三人生活
妻が帰宅後は、引き続き家事は私がやるものの、苦労していた部屋の大掃除は終わ
っており、一日3回の病院通いからも解放されて、長女が保育園に行っている日中は、少
し余裕が出るはずでした。しかし、長女が風邪をひいて保育園には行けず、妻と新生児
が寝ている部屋から隔離して別の部屋で看病していた私も風邪をうつされたことによって、
体調が悪い中で家事と長女の育児に追われる結構しんどい毎日となりました。
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長女と一緒に夕食準備中
三、育児休暇中のあれこれ
1. 休暇という言葉の誤解
「今度、半月の間、育児休暇を取ります」と職場の人から聞いたら、何を想像するでしょう
か?いいなあ、横になっている奥さんと赤ちゃんの寝顔を見ながら、にこにこ笑って眺め
て過ごすのかあ、と想像しませんか?そこまで極端ではないものの、私も普段の仕事の
忙しさから解放されて、家族とゆったりとした時間を過ごせるのでは、というイメージが何
となくありました。しかし、実際は、心の充足があったのは事実ですが、忙しさや負担から
考えると普段の仕事の方が良いや、というのが実感です。
一日のスケジュールを上に書きましたが、妻が入院中は、長女の朝・夕食や風呂の世
話をしたり、産科病院へ妻の様子を見に行ったり、部屋の大掃除や日常の家事をしたりと、
一日中、文字通り腰を落ち着ける間もなく働いています。妻は病院にいて長女は保育園
にいて、で余裕の生活なのでは、と思われそうですが、大間違いでした。これで長女が日
中、保育園に行っていなくて、世話をしながら家事をしていたとすると、こちらが倒れてし
まいそうです。
そんな実態と違うイメージを持ってしまう原因の一つは、育児“休暇”という名前ではな
いかと思います。このようなイメージが先行してしまうと、そんなお休みは取りづらいなあ
と思う人が減らないのではないでしょうか。自分が取得した際に周囲の人と話をしていて
も、言葉の中に「休めていいですね」というニュアンスを感じることが結構ありました。休暇
という言葉が与える誤解に引きずられずに、取得する本人も、周囲の人もいてほしいと思
います。「一人で働かないといけなくて大変ですね」と周囲から言われるぐらいにならない
といけないと思います。
2. プレッシャー
上記と逆の話をしますが、育児休暇を取得するということを取得前に新聞の記事にして
いただけました。周囲への周知やPRの上で、ありがたかったですが、その反面、これだ
け大々的に取り上げていただいたからには、模範となるような育児休暇にしなければ、と
いうプレッシャーも感じました。その結果、掃除や料理など結構頑張りましたが、頑張りす
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ぎて疲れたというのも事実です。それで寝込んでしまっては、家事ができる人がいなくなっ
て、まさに家族の危機になってしまいますので、あまり気負いすぎずに、できる範囲でや
るという心構えも大事だと思います。
3. 本当に休暇が必要か
これまで男性の育児休暇は一般的ではありませんでした。それでも子供は生まれ育っ
てきたわけですから、そもそも男性の育児休暇は不要なのでは、という素朴な疑問があり
そうです。もちろん、両親と同居していない夫婦だけの核家族化が進んだり、農業や自営
業のように日中に働きながら空いた時間で子供の世話や家事をすることのできない、会
社勤務のサラリーマンが増えたり、夫婦共働きが多くなって夫は仕事で妻は家事という役
割分担ではなくなってきたりと、かつてとは違うライフスタイルとなっていることは無視でき
ません。私たちの親の世代が育児をしていた時とは違うことが多くなっているという事実を
無視して、「以前は男が休まなくても出来ていた」と言ってはいけないと思います。
また、上でも書きましたが、実際に育児休暇を取ってみて感じたのは、長女との二人だ
けの生活、家事を自分が第一の責任者となる生活というのは、「家庭・家族」と「自分」の
関係を考える上で、本当に貴重な経験です。それまでも育児や家事を積極的にやってい
るつもりでしたが、やはり自分が唯一の責任者となると、認識が全く異なります。長女との
距離もぐっと近づいてきます。そのような大事な時間であることを、これまでの男性は経
験することができなかったわけです。祖父母と同居されている方であっても、こうした貴重
な時間を譲ってしまうのではなく、自分で過ごしていただいた方が良いと思います。育児
休暇を取得するのは、職場との調整など、面倒も多いですが、それに見合うだけの経験
ができると思います。
4. オオカミ少年
育児休暇を取得するに当たっては、事前の段取りが大事です。職場の人にはある程度
前からお話をして、△月○日から×日の間、休暇を取るのでと説明して、その期間中の
仕事が上手く回るように段取りをしておかないといけません。しかし、冷静に考えると難し
さに気付くのですが、赤ちゃんは予定通り生まれるとは限りません。予定日から 1 週間前
になったり、後になったりするのは日常ですし、場合によっては1ヶ月出産がずれたという
話も聞きます。私の場合は、予定日よりもひょっとすると1週間ぐらい前から休むかもしれ
ない、と職場には言っていました。そうした期間のズレへの用意が必要です。ところが、そ
れがあまりにも浸透しすぎたのか、予定日の1週間ぐらい前から職場に行くと、私の姿を
見てなぜいるのかと驚いたり、まだ休まないのかと冗談を言ったりする人が出てきました。
完全に「オオカミ少年」扱いです。たまたま予定日通り生まれてくれたので良かったですが、
これで予定日よりも1週間も遅れていれば、結構職場でいたたまれなかったようにも思い
ます。海外旅行に行くのと違って、育児休暇はスケジュール通りいかないのが普通、とい
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うことも理解が深まってほしいと思います。
5. 私は不要?という不安
育児休暇を取得するに当たっては、当然ながら、ある期間、自分が職場を不在にして
も大丈夫なように準備をしたり、周囲に理解をしてもらったりします。しかし、それがスムー
ズに行けば行くほど、逆に「自分は職場で必要とされていないのでは」とか「自分は居ても
居なくても良いぐらい評価が低いのか」という不安が出てくるものです。さすがに副市長に
対して「あなたが職場にいなくても大丈夫だから、安心して休みなさい」と言う人はいなか
ったので、私が襲われた不安感はたいしたことはありませんでしたが、それでも、この矛
盾した不安を払拭することはできませんでした。副市長という立場ではなく、一般職員の
立場のときであったら、鬱になるぐらい不安だったのではないかと思います。冷静に第三
者の立場で考えればすぐに分かりますが、休んで良いよというのは、周囲から自分が大
事にされている証拠でもあるので、矛盾した不安を抱えないようにしないといけません。ま
た、周囲の人も、あまり「どうぞどうぞ休んでください」という部分だけが強調されないよう、
言い方にご配慮いただけると、休暇取得者も嬉しいと思います。
6. 育児休暇へのリアクション
育児休暇を取得したい、という周囲への打診を早い時期から始めていました。それに
対する周囲の反応は、というと、もちろん個人個人で違いますが、押しなべての印象とし
ては、男性、特にもうお孫さんがいらっしゃるような世代の方は、最初の頃はあまり反応
がなく、「ふーん」と聞き流すような無関心が多かったように思います。おそらく男性の育
児休暇がどういうものなのか、前例がないだけに、実感として頭に浮かばなかったのでは
ないかと思います。それに対して、女性は「是非取りなさい」と言ってくれる方が多かった
ように思います。自分の出産・育児の時の大変さ(とその時に仕事に専念していた男性へ
の恨み?)が思い出されて、今の時代は男性も仕事に専念せずに子育てをすべき、とい
う実感があるのだと思います。しかし、新聞に記事にしていただいて女性を中心に話題と
して広がった後は、男性も内容が理解できたようで、男性からの反応も一気に大きくなり
ました。
7. 閉じ込め事件
最後に、育児休暇中の失敗の思い出を。長女を保育園に迎えに行き、その後二人で
病院にいる妻と新生児に会いに行った後のこと。病院を出て、早く家に帰って夕飯を作ら
なければと焦っていました。駐車場の車に長女を乗せて、後部座席のチャイルドシートの
ベルトを締めようとしたところ、長女は、母親と会った興奮が冷めないのか、嫌がって車内
をうろうろと逃げ回り。困ったなと思い、後部ドアをロックして、いらいらしながらドアを閉め
た瞬間に、あっと顔が真っ青に。逃げ回る子供を追いかける過程で、子供が落ちたらいけ
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ないとドアすべてにロックをかけており、鍵は車に付けたまま。子供を車内に閉じ込めてし
まったのです。幸いエンジンをかけていたので、エアコンがかかっていましたが。冷静を装
って、携帯電話でJAFに連絡したところ、遠方から来るので30分以上はかかるとのこと。
極力平気なふりをして、車内の子供ににこやかに笑顔を送っていました。初めは子供は
車内をうろうろして楽しそうでしたが、ある時から異変に気づいてしまい、当然泣き始めて
しまいました。病院内の妻に話せば心配させるので、早く到着をと祈るような気持ちで一
人待っていたところ、ようやくJAF到着。あっという間に救出してくださいました。涙でぐち
ゃぐちゃの子供に何度も詫びながら、疲れ果てて帰路につきました。
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