パニック障害 ― 認知行動療法(第 2 世代)からのアプローチ ― ◆パニック障害ってどんな病気? パニック障害では、かならずパニック発作が起こります。 パニック発作とは以下の基準を満たすものです。 ■パニック発作の症状 ある時間内に、強い恐怖感や不快感と共に以下の症状が 4 つ以上、突然あらわれて、10 分 以内にピークに達する状態です。 □心臓がドキドキする □汗をかく □体や手足の震え □呼吸が早くなる、息苦しい □鼻がつまる 自律神経系症状 □胸の痛みまたは不快感 □吐き気、腹部のいやな感じ □めまい、ふらつき、頭が軽くなる、気が遠くなる感じ □しびれやうずき感 □寒気またはほてり □現実でない感じ、自分が自分でない感じ □コントロールを失うことや、気が狂ってしまうのではないかという心配 精神症状 □死ぬのではないかと怖くなる ここで大事なことがあります。 パニック発作は体の病気によるものではない、ということです。 つまり、内科的な検査を行なってもどこにも異常がみられない、ということが前提です。 なぜなら、体の病気でも発作と同じような症状は、よく見られるからです。 1 身体の機能を調節するものに自律神経(交感神経と副交感神経)があります。 ■交感神経 昔人は野生に生きていました。サバンナの草影に隠れて近くにいるライオンに気づいた とします。さあ大変です。緊急事態が生じたので、一刻も早く動けるようにならなくては いけません。そのために交感神経系を興奮させます。そうすると、怪我をしても出血が少 なくなるように、血管が縮みます。血液をたくさん流すために、血圧を上げて、心拍数を 増やす(ドキドキする) 。呼吸も早くなり、物を掴んでも滑らないように汗も出てきてきま す。緊張して体は固くなります。 状況の変化にすばやく対応できるよう、体が準備をしています。いわば交感神経系は危 険から本能的に身を守るためのメカニズムなのです。 ・普段はこんな時に交感神経系がはたらきます 活動している時、不安・恐怖・怒りなどストレスを感じている時。 ・パニック発作が初めて起こる前の状態 仕事で疲れていた。前日、よく眠れなかった。体調が悪かった。お酒を飲み過ぎた。 ■副交感神経 睡眠中、リラックスしている時。 血管は広がり、心拍数は少なく、筋肉もゆるんでいる。 交感神経系は通常危険が回避すると元の安定した状態に戻ります。 しかし、現代は仕事や家庭、人間関係の悩みなどで起こる、不安、怒り、恐怖などの感情 に長期にさらされ続けることが少なくありません。慢性的なストレスにさらされると、交 感神経の緊張が続き、免疫系やホルモン分泌の働きが低下するなど様々な症状が起こりま す。 「パニック障害」 =パニック発作が起こることを恐れる状態 2 ■パニックのしくみと誤った考え 少し動悸を感じる 何かおかしい ひょっとしたらパニック発作が来るのか 不安になる 悪循環 私は倒れて さらに、心臓が高鳴り 死んでいくんだ 息切れがして胸が痛む 身体感覚を誤って破局的に解釈! 図 1 パニック発作の悪循環 パニック発作はちょっとした身体の状態の変化に気づくことから始まります。そこで、 またパニック発作が起こるのではないかと考え、不安が増します。不安になると交感神経 が活性化され、さらにドキドキしたり、汗をかいたり、息苦しくなったりします。 ・パニック障害で2次的に問題になるのが次の 2 つです。 発作を恐れるあまり、以下のような問題が生じてくるのです。 認知行動療法は ここに効きます ■予期不安 パニック発作を何度か経験すると「また今度パニック発作が起こるのではないか」と考え、 常に不安な状態になってしまう。 →発作になるのを避けるため、身体感覚に常に注意を向けています。ちょっとした体調の 変化が気になってしまいます。交感神経が常に働いており、結果的に発作が誘発されや すくなります。 ■広場恐怖(回避行動) 「外で発作が起こったらどうしよう」と考え、過去に発作が起こった場所を避けたり、 バス、電車、人ごみなどを避け、社会生活に支障がでることがあります。 3 ■脳では何が起こっているの? 前頭葉 パニック発作を繰り返すと 予期不安や広場恐怖が起きるよ うになる 青班核 扁桃体 扁桃体から恐怖が伝わるとノルア 不安、恐怖を感 ドレナリンが放出される。 じると興奮する 心拍を早くしたり、血圧を高める。 図 2 パニック時の脳の状態 パニック発作は脳内の不安に関する神経系の機能異常に関連している。 ノルアドレナリン系の活性化 セロトニン系・ドーパミン系の機能低下。 薬でバランスの調節 ・扁桃体の異常興奮 不安・恐怖の中核である扁桃体が興奮し、青斑核をはじめとする自律神経核を興奮させ発 作となる。 ・抗うつ薬(SSRI):ジェイゾロフト・パキシルなど ノルアドレナリンの活性を和らげる神経伝達物質-セロトニンの分泌を促します。飲み続 けることにより、発作が起こりにくくなります。ある程度の期間飲むと、発作自体が起こ らなくなります。 ・安定剤(ベンゾジアゼピン系):デパス、ユーパン、セルシン@など ノルアドレナリンの活動性を調整する GABA という神経伝達物質の活性を高める作用があ ります。発作を抑えます。効き目は数時間です。 通常は徐々に服薬を減らし、最終的には使わなくなります。 4 ■注意はどこに向いている? 例)ふだん友達と話している時 周りの 音 周りの 風景 パニック発作が起き始めた時 周りの 様子 9% 会話の 内容 相手の 声 動悸、 呼吸な ど身体 の感覚 91% 相手の 表情 図 3 パニック発作が起こった時の注意の向き パニック発作を何度か経験すると、ちょっとした体の変化に敏感になっています。動悸、 めまい、息苦しさにいったん注意が向くと、そこにばかり注意が向いてしまいます。そう なるとますます、症状が大きくなります。 その悪循環を断ち切るためには、そこから意識をそらします。 対処法① □意識を他の部分にも向ける 「足の裏が地面についている感覚を感じて下さい。手で周りの触れるものに、触ってみま しょう(壁、椅子の手すり、など) 。外に意識を向けてみましょう。今何が見えますか(何 の色が見えますか) 。今何が聞こえますか。今あなたは何を感じていますか」 ■過呼吸 呼吸の回数が増えて、血中の炭酸ガスが減少し、血液が正常な範囲を超えてアルカリ性に 傾いてしまう。体内の血管が収縮し、脳を含む各器官に酸素が運ばれにくくなる。こうし てめまい感、ふらつき、息切れや現実感の喪失を感じる。 交換神経系の暴走を 止めるには そのなかでコントロールできる部分は呼吸です。まずはゆったりとした呼吸ができるよ うに練習してみましょう。そして実際パニック発作が起きそうな時に、ゆったりとした呼 吸をしてみましょう。 5 対処法② □呼吸法 ・鼻から息を細く吸う(4 秒) 。 ・口から息をゆっくり吐き出す(6 秒) 。 ・吐く息の方が長くなるように、心がける。 ※息を吸う秒数はもっと短くてもいいです。自分で無理のない、自然に行える長さを見つ けましょう。 対処法③ □リラクゼーション(別紙) 漸近的筋弛緩法 or 自律訓練法 いずれの方法も筋肉の緊張をほぐし、体の力が抜けた状態になります。つまり、意図的 に副交感神経を活性化させリラックスした状態を生み出しているのです。 対処法④ □考え方を変える パニック障害の患者さんに特徴的な考え方の1つに、体の反応に対する誤った考え方があ ります。 今、動悸がしてきた! ×このまま死んでしまうのではないか →○パニック発作で死ぬことはない ×心臓に異常があるのではないか →○検査したけど異常はなかった ×気を失って倒れるのではないか →○落ち着いていれば気を失うことはない このように冷静に考えれば、それ程不安にはなりません。 ※酸素をたくさん吸っている状態では気を失うことはない。気を失うのは、血圧が低下 して、脳に十分酸素が行き渡っていないからである。精神的なショックを受けると脳に血 液が行かなくなり、一時的に意識を失ってしまうことはある。しかし、パニック発作では たいてい気が遠くなる感じがするだけで、本当に失神してしまうことはほとんどない。 このように冷静に考えれば、それ程不安にはなりません。 これだけは覚えておいて下さい。 パニック発作で死ぬことはありません。 6 パニック発作は始ってから 5~10 分でピークに達します。その後は何もしなくても発作 は自然に治まっていきます。通常は 60 分ほどで落ち着きます。どんなに長くても 90 分で 治まります(図 4) 。 5-10 分 ~60 分 ~90 分 不 安 の 強 さ 時間 図 4 パニック発作の時間と経緯 例えば、電車に乗っていてパニック発作が起こったとします。「大変なことが起こった。 すぐに降りなくては」と思い、次の駅で電車から降りました。すると、不安もすぐに治ま ります(図 5) 。しかし、発作に対する不安は続いたままです。 5-10 分 不 安 の 強 さ ここで電車をおりる。 ~60 分 降りると不安はスーッ と下がる。 (回避行動) 不安が自然に下がるのを体 験していないために、発作に 対して常に不安を感じてい る状態(予期不安が残る) 時間 図 5 パニック発作の時間と経緯(途中でその場を離れる) 7 ■予期不安をなくすには Q 予期不安がなくなるのはいつか? A 予期不安は自然にはなくならない。 実際に発作が起きたとき、何もしなくても発作が自然に治まるという経験をして、始 めて予期不安(発作に対する不安)が減ります。そして何回も自然に治まるという経 験を繰り返すと、予期不安自体がなくなります(図 3) 。 安定剤(抗不安薬)を使うと発作自体は治まります。なぜなら安定剤は体の緊張をゆる め、副交感神経を優位にするからです。でも、薬で発作は防げても、 「またいつか発作が起 きるのではないか」という不安(予期不安)は薬では、なかなか消えることはありません。 なぜなら、こう考えるからです。 薬を飲んで発作は抑えられている →×薬を飲まないともっとひどいことになっていたはずだ。 (誤った考え方) →×薬を飲まないと発作は抑えられない。 さっきの図をもう一度思い出してみて下さい。最初の 10 分でピークに達しますが、何もし なくても、発作は緩やかに治まっています。 それを考えるとこう考えるのが正しいようです。 →○薬を飲まなくても自然に収まっていくんだ。人間の体はそういう風に出来ている。 (正しい考え方) また、呼吸法、リラクゼーションを行えば、多くの場合、発作が起きそうでも、発作まで は発展しません。 5-10 分 不 安 の 強 さ ~60 分 ~90 分 1 回目 2 回目 3 回目 時間 図 6 パニック発作の時間と経緯(何度も治まるまでその場にいる) 8 治療の後半でちょっとした身体的変化(動悸、息苦しさ)がしてきた段階で安定剤を使 用することは回避行動にあたります。動悸、息苦しさが生じてきた時こそ、予期不安を減 らしていく絶好のチャンスなのです。 不安や恐怖にさらされると、最初は強い不安・恐怖を感じますが時間と共に減っていき ます。このように、不安に感じているものに立ち向かうことをエクスポージャー(暴露療 法)と言います。 ■内部感覚エクスポージャー 身体の感覚を恐れてはいませんか? 身体感覚を恐れるため、それを極端に回避した生活を送る人がいます。パニック発作と同 じような身体感覚を起こしても、時間が経てば治まることを体験しましょう。 ・椅子をぐるぐる回して頭がユラユラする感覚(めまい)を経験する ・走ることで心臓がバクバクする感覚を経験する ・過呼吸酸素の吸いすぎで頭がクラクラするのを経験する 1秒吸って1秒吐く。1分間に 30 回程度の過呼吸を行う。手足がしびれたり、目の前が ぼやける、気が遠のくなどの体験をする。その後、しばらく息を止めると元の状態に戻 る。 ・息止めによる息苦しさを経験する ・カフェイン(コーヒー)をたくさん飲む ■苦手な場所に出かけてみよう! まずは不安階層表を作成します。それにのっとり、行動実験を繰り返します。 □不安階層表の作成 不安を感じる状態を 0 から 100 の状態で書き出してみます。 (全く不安を感じない場面 例) 0 点、 一番不安を感じる場面 100 点) 100 新幹線に 3 時間乗る 90 特急に 1 時間乗る 80 各駅停車に 60 分のる 70 快速に 20 分乗る 60 快速に 1 駅乗る 50 各駅停車に 10 分乗る 30 各駅停車で 1 駅乗る 20 駅のホームに立つ 10 駅まで行く(改札前まで) 0 家にいるとき 9 不安階層表で 50 あたりからエクスポージャーを行ないます。 最初は不安が強いですが、しばらくその場に留まると不安が減ってきます。50 だった不安 が 20 ぐらいまで減れば、もう少し不安が強い場面にチャレンジします。 そのような経験を積み重ねながら、それまで抱いていた苦手な場所への印象がどう変わっ たか、整理します 「地下鉄に乗ったら必ず発作が起きる」→「これまでは起こっていない」 「息苦しさは発作の前兆」→「落ち着いて深呼吸をすると治まる」 「不安が大きくなる前に対処しなければ」→「慌てなければ、次第に落ち着いてくる」 ◆エクスポージャーをうまく行うためのポイント ・不安がたかまってきても、あわてずに不安が治まるまでその場にとどまる ・不安の変化に目を向ける ・最初は家族と一緒でもよい。徐々に一人で行う ・焦って次のステップに進むのではなく、「もう大丈夫!」と思えるまで繰り返し練習する ・取り組みの記録を毎回とり、振り返りをしっかり行う(できた点に注目する) ■どれくらいを目指せばいい? 完全に発作を抑えることを目標とすると、とてもつらい道を歩むことになります。 なぜなら、ちょっとした身体感覚の変化でも「すぐに抑えなきゃいけない」と思い、その ことに注意を奪われるからです。パニック障害が慢性化した患者さんは「とにかく発作を 抑える」ことが目標になってます。常に身体の感覚をチェックし普通の人なら気にならな い変化もキャッチします。人生の一番の感心事が「発作を起こさないこと」になっている のです。これでは人生を楽しめません。 目指すべきは… 救急車で運ばれる、もしくは意識を失いかける発作が起こらなければいい。 ここを目指しましょう。いままでの学んだことを適応してみれば、まず大発作が起こるこ とはありません。起こったとしても死ぬわけではありません。それくらいの、開き直りが 必要です。 いかがでしたでしょうか。パニック障害を治すためには正しい知識をもつことが何よ りも大事です。発作が起こった時の対処法を身につけ、少しずつエクスポージャーを行 います。そして、 「自分の力でうまく対処できた」と思うころには、発作は起こらなくな ります。勇気を持って一歩を踏み出しましょう。明るい未来が待っています。 10
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