博士(薬学)桐山賀充 学位論文題名 カ ル シ ト ニ ン の 脳 お よ び下 垂体 に おけ る 発 現とその生理的意義 学位論文内容の要旨 1. 序論 カ Jレシトニン (CT)は、32アミ ノ酸残基からなるべプチドホルモンであり、 血 中カルシウ ム濃度の 調節を担 うホルモ ンとして 知られて いる。現在、C Tの 臨 床応用とし ては、骨 粗鬆症や 悪性腫瘍 に伴う高 カルシウ ム血症などの治療 に 用いられて いる。一 方、CTば丶 脳室内投 与による 鎮痛作用 、下垂体からの 副 腎 皮質 刺 激 ホル モ ン(ACTH)お よび p・ endorphinの分泌の 促進、食 欲の抑 制 など多岐に わたる中 枢作用を 有してい る。CTによ る鎮痛作 用が、熱刺激や 機 械刺激に対 してより も炎症に 対して強 く発現す ること、 CTの脳室内投与に よ り、血中ACTHが 上昇する ことなど から、末 梢での免 疫反応に対して、CTが 中 枢 神経 系 ま たは 、 内分 泌 系 を介 し て 作用 する可 能性があ る。そこ で、CT の 産 生と 生 理 作用 さ らに 、 中 枢神 経 系 およ ぴ内分 泌系にお けるCTの役 割を 明 らかにする ことを目 的として 、invitroとinvivoの両 者の系を用いて検討 し た。 2. ヒ ト グ 1Jオ ブ ラ ス ト ー マ 細 胞 株 A172に お け る CTの Interleukin 6 ( IL-6)産生 細胞 レ ベ ルで CT受容 体 (CTR)の 存 在 が確 認され ているの はアスト ロサイ ト である。し たがって 、ヒトグ リオブラ ストーマ 細胞株A172を用いて、中枢 神 経系におけ るCTの役割 を検討し た。A172細胞 において 、CTはI L-6を産生さ せ ることが見 出された 。CTは用量 依存的に cAMPを上昇さ せ、IL6の産生量と よ く対応して いた。さ らに、PKA特 異的阻害 薬である H89がCTによるIL6の産 生 を抑制した ことから 、CTはセカ ンドメッ センジャ ーである c AMP生成を介し て 、IL-6を産生さ せると推 定した。 CTと CGRPは、アミノ 酸残基数 が同程度 で、N末端 側および C末端側に類似し た 構造をもっ ている。 したがっ て、CTとCGRPは 、互いの 受容体とも結合して そ の作用を発 現してい る可能性 がある。 CTおよぴCGRPの 各々の受容体に対す る ア ンタ ゴ ニ ストで あるsCT(8-32)と hCGRP(8-37)を用いて、 cAMP生成を 指 標に検討し た結果、 CT、CGRPは各々 各自の受 容体を介 してその作用を発現 し ていること が明らか になった 。 3.lipopolysaccharide (LPS) 投 与 に よ る 炎 症 モ デ ル ラ ッ ト の 作 成 ラ ッ ト に LPS( 5mg /kg bodyweight) を腹 腔 内に 投 与 し、 炎 症 モデ ル ラ ッ トを 作 成 した。 ラットの 体温は、平 常時では 38 ℃である が、LPS投与 1.5時 間 後 には 、37℃ま で体温が 下降した。 3時間後に は、コン トロール と 同じ体 温まで回 復したが 、4時間後 には、コ ントロール に比ベO. 5℃前後の 体 温の 上 昇 が認 め られ た 。血中ACTH値 は、平常 時では、 5pg/ml以下であっ たが、 LPS投与1.5時 間後に約 200 pg/mlまで上昇し、その後減少していき、 12時間後 には、約 35 pg/mlまで減少 した。下垂体において、ACT Hの前駆体で あるPOMCの mRNAの発現を 調べたと ころ、LPSによるPOM C mR NAの発現は変化し ていな かった。 一方、下 垂体にお いて、LPS投与3時間後にILlt3、IL-6 およ OcTNF -aのmRNAの発 現が認め られた。 このことは、下垂体においても、サイ ト カイ ン 誘導 の ネッ ト ワー ク が存 在す る こと を 示唆 し てい る。 4. LPS投 与 ラ ッ ト 下 垂 体 に お け る CT mRNAの 誘 導お よ び血 中 CT値 の 変 動 RT- PCR法 に よル ラ ット の嗅球以 外の脳全 域および 下垂体に おいて、CTR mRNAが 検出 さ れ た。 一 方、 CTmRNAはコ ン トロ ー ル およ びLPS投与 したラッ ト の脳 で は 検出 で きな か ったが、 下垂体に おいて、 CTmRNAが発現して いる こ とが 分 か った 。 LPS投 与ラ ットの下 垂体にお けるCT mRNAは、 6時間後に 発現が 誘導され 、12時間後 まで発現 は持続し ていた。LPS投 与ラット の血中 CT値は、 平常時に おいて、 40 pg/ml前後であ ったが、 LPS投与後3時間 から6 時 間に お い て、 50 pg/mlまで上昇 し、その 後、減弱 すること が分かった 。 5. 下 垂 体 星 状 濾 胞 ( Folliculo- Stel late, FS) 細 胞株 TtT/GFにお け るC Tの作用 ラット にCTを過剰 投与する と、FS細胞 において、下垂体腺腫が発現する。 さらに 、FS細胞は アストロ サイトに 類似している。これらのことから、FS 細 胞にグ リア細胞 と同様に CTRが存在し 、CTがC TRに結合することにより情報が 伝達さ れると推 定した。 マウスFS細 胞株TtT/ GFにC Tを添加すると、用量依存 的 に細 胞 内 cAMPが上 昇 した。 また、CGRPを 添加した 場合も、 同様に細胞 内 cAMPの 上昇 が 認 めら れ た。っ ぎに、sCT (8-32)と hCGRP (8-37)を用いて CT および CGRPによるcAMP生 成につい て検討した結果、FS細胞においても、CT お よびCGRPは 各々独自 の受容体 を介して cAMP を増加させていることが明らかに なった 。また、 FS細胞に11-lpお よびlTNF-Qを添 加すると 、著しくIL-6が増 加する ことが認 められた 。さらに 、CTはこれらのサイトカインによるIL6の 産生を増強させることも明らかになった。 6.結論 1)グリ ア細胞に おいて、 CTが独自の 受容体に 結合し、cAMPを セカンドメッ センジャーとしてIL6を産生させることが見出された。 2) LPSを投与したラットにおいて、下垂体のCT m RNAの発現が上昇した。この CTmRNAの 発 現 の上 昇 は血 中のCT量 の増加を 伴ってお り、CTが甲 状腺だけで は なく 下 垂体 か らも 血 中に 分 泌さ れる 可 能性 を 示唆 し てい る。 3) LPS投与ラットの下垂体において、111p、I Lー6およびtTN F-am RN Aの発現 が誘導されることが分かった。 4) FS細胞において、C TがIL -6 を産生させた。さらに、CT がIL-l t3 およびT NF・ aによるIL6産生を増強させることも見出された。 下垂体 において 、IL-6はACTH、プ ロラクチンなどの各種ホルモンの誘導を 起こす 重要な因 子のーつ である。 ACTH、プロラクチンなどの下垂体ホルモン は炎症 に深く関 わってい ることか ら、CTはIL6の産生を介して、炎症の際に 重要な役割を担っていることが推定された。 ― 557一 ・ 学位論文審査の要旨 主査 教授 徳 光幸 子 副査 教授 栗 原堅 三 副査 教授 野 村靖 幸 副査 助教授 大熊康修 学位論文題名 カルシトニンの脳および下垂体における 発現 とその生理的意義 カルシトニンは、32アミノ酸残基からなるペプチドホルモンであり、血 中カルシウム濃度の調節を担うホルモンとして知られている。一方、カルシ トニンは、脳室内投与による鎮痛作用、下垂体からの副腎皮質刺激ホルモン (ACTH)およびendorphinの分泌の促進、食欲の抑制など多岐にわたる中枢 作用を有している。 本論文提出者は中枢神経系および内分泌系におけるカルシトニンの役割を 明 らか にす ること を目 的と して 研究を 行い、以下の成果をおさめた。 1.細胞レベルでカルシトニン受容体の存在が確認されているヒトグリオブ ラストーマ細胞株A172を用いて、中枢神経系におけるカルシトニンの役割 を検討した。A172細胞において、カルシ卜ニンはIL−6を産生させることが 見出された。カルシトニンは用量依存的にcAMPを上昇させ、IL−6の産生量 とよく対応していた。さらに、プロテインキナゼAの特異的阻害薬であるH89 がカルシトニンによるIL―6の産生を抑制したことから、カルシトニンはセ カンドメッセンジャーであるcAMP生成を介して、IL−6を産生させると推定 した。 2.カルシトニンとcalcitoningenerelatedpeptide(CGRP)は、アミノ酸 残基数が同程度で、N末端側およびC末端側に類似した構造をもっている。 したがって、カルシトニンとCGRPは、互いの受容体とも結合してその作用 を発現している可能性がある。カルシトニンおよびCGRPの各々の受容体に 対するアンタゴニストであるサケカルシトニン(8−32)とヒトCGRP(8−37) を用いて、cAMP生成を指標に検討した結果、カルシトニン、CGRPは各々各 自 の受 容体 を介し てそ の作 用を 発現し ていることが明らかになった。 3.ラットにlipopolysaccharide (LPS)を腹腔内に投与し、炎症モデルラッ ト を 作成 し た。 ラ ッ トの 体 温 は、 平 常時 で は 38℃ であ る が 、LPS投 与 1.5 時 間 後に は 、37℃ まで 体 温 が下 降 した 。 3時 間 後に は 、コ ン ト ロー ル と同 じ 体 温ま で 回復 したが、 4時間後に は、コン トロール に比べ0. 5℃前後の体 温 の 上 昇 が 認 め ら れ た 。 血 中 ACTH値 は 、 平常 時 で は、 5pg/ml以 下 で あっ た が 、LPS投 与1.5時間 後 に 約200pg/mlま で上昇 し、12時間 後には、 約35 p g/mlまで 減 少し た 。 下垂 体 に おい て 、ACTHの前駆体 であるPOMCの mRNAの 発 現 を調 べ たと ころ、LPSに よるPOMCmRNAの発 現は変化 していな かったが 、 LPS投 与3時間 後にIL− lB、ILー6およ びTNFーaのmRNAの 発現が認 められた 。 この ことは、 下垂体に おいても 、サイトカ イン誘導 のネットワークが存在す るこ とを示唆 している 。 4.RT― PCR法によル ラットの 嗅球以外 の脳全域お よび下垂 体において、カル シ ト ニン 受 容体 mRNAが検出さ れた。一 方、カル シトニン H1RNAはコント ロー ル お よび LPS投与し たラット の脳では 検出でき なかった が、下垂 体に、カル シ ト ニン mRNAが 発現 し て いる こ とが 分 か った 。 LPS投与 ラ ット の 下 垂体 に お け るカ ル シト ニ ン mRNAは、 6時 間 後に 発 現 が誘 導 され 、 12時 間 後 まで 発 現 は 持続 し てい た。LPS投与 ラットの 血中カル シトニン 値は、平 常時におい て、 40pg/ml前後で あったが 、LPS投与後 3時間から6時 間において、50pg /ml まで 上昇し、 その後、 減弱する ことが分か った。 5.ラ ットにカ ルシトニ ンを過剰 投与すると、下垂体星状濾胞細胞に下垂体腺 腫が 発現する 。これら のことか ら、マウス下垂体星状濾胞細胞細胞株T tT/G F TtT/ GFに カ ルシトニ ンを作用 させると 、用量依 存的に細 胞内cAMPが上 昇し た。 また、CGRPを 添加した 場合も、 同様に細胞 内cAMPの上昇が認められた。 っぎ に、サケ カルシト ニン(8ー 32)とヒトCGRP( 8ー37)を用いてカルシト ニ ン およ び CGRPによ る cAMP生 成に つ いて 検 討 した 結 果、 TtT/ GF細 胞 にお い て も、 カ ルシ ト ニ ンお よ ぴ CGRPは 各 々 独自の 受容体を 介してcAMPを 増加 させ ているこ とが明ら かになっ た。ILーlBおよ びTNF―Qを添加すると、IL− 6が 増 加 した が、 さらに、 カルシト ニンを添 加すると 、これら のサイトカ イ ン に よる IL−6の産 生が著し く増強さ れること も明らか になった 。以上のこ と か ら、 カ ルシ トニンが 下垂体か らも分泌 され、ILー 6の産生を 介して、炎 症の 際に重要 な役割を 担ってい ることを突 き止めた 。 以上 の新知見 およびこ れらの研 究を遂行す るために 考案した研究手法はカ ルシ トニンの 新しい中 枢におけ る作用を見 いだし、 作用機構の解明に寄与し たも のである 。審査員 一同はこ れら一連の 研究を高 く評価し、本論文提出者 が 博 士( 薬 学) の 称号を受 けるにふさ わしいと判 断したもの である。
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