Page 1 博士(農学) 三 浦 孝 之 学位論文 題名 細胞外マトリックスを介

博士(農学)二浦孝之
学 位 論 文 題 名
細胞外マトリックスを介した
ミオスタチンの活性制御機構に関する研究
学位論文内容の要旨
ミオスタチンは筋細胞の増殖・分化を抑制し骨格筋量を規定している増殖因子である。
ミオスタチンは筋細胞で産生され、活性のない潜在型として細胞外マトリックスに分泌さ
れた後、酵素的分解を受け活性型ミオスタチンとなる。この活性型ミオスタチンが、筋細
胞表面に存在する受容体に結合することでシグナルが核に伝わり筋細胞の増殖や分化が制
御されている。ミオスタチンが筋細胞の増殖や分化を抑制する機構については明らかにさ
れつっあるが、細胞外マトリックスに分泌されたミオスタチンの活性がどのように調節さ
れているかについてはほとんど明らかになっていない。細胞外マトリックスは細胞の物理
的支持だけでなく、細胞の接着、移動、増殖、分化などに重要な役割を果たしている。近
年、いくっかの細胞外マトリックス分子は増殖因子と相互作用し、その活性を調節してい
ることが明らかにされている。そこで、本論文では、細胞外マトリックス成分を介したミ
オスタチンの活性制御機構を明らかにすることを目的として、活性型ミオスタチンと相互
作用する細胞外マトリックス成分の探索ならびにミオスタチンの筋細胞増殖阻害活性に及
ば す 細胞 外 マト リックス成分 の影響を検討 し、以下の知 見を得た。
1
.活性型ミオスタチンと相互作用する細胞外マトリックス成分を表面プラズモン共鳴法
による分子間相互作用解析装置を用いてスクリーニングした結果、S
m
a
l
ll
e
u
c
i
n
e
r
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h
p
ro
t
eo
g
l
yc
a
n
sファミリーに属するデコリンおよぴフィブロモデュリンは活性型ミオス
タチンと亜鉛イオン存在下且つ中性pH
域で相互作用したが、同じファミリーに属する
ピグリカンについては活性型ミオスタチンとの相互作用は認められなかった。また、
ヘパラン 硫酸プロテオグリカンならびに糖タンパク質であるラミニンおよぴフィブロ
ネクチン も活性型ミオスタチンと亜鉛イオン存在下且つ中性p
H域で相互作用すること
が明らかとなった。
2
.活性型ミオスタチンと相互作用を示した細胞外マトリックス成分について、反応速度
論的解 析を行った結果、解離定数はデコリン、ヘパラン硫酸プ口テオグリカン、ラミ
ニンおよびフアブロネクチンで1
0
8
M
、フィブロモデュリンで1
0
1
0
M
であった。また、
デコリンからグリコサミノグリカン鎖を除去したコアタンパク質についても活性型ミ
― 124 -
オスタチンとの相互作用が認められ、その解離定数、結合速度定数および解離速度定
数はグリコサミノグリカン鎖が結合したデコリンとほとんど同じであった。以上の結
果は、活性型ミオスタチンはコアタンパク質を介してデコリンと結合していることを
示唆している。
3
. 本研究 で調べた 細胞外 マトリッ クス成分と活性型ミオスタチンとの相互作用には1
0
州以上の亜鉛イオンの存在が必須であったが、他の2価金属イオン(カルシウムやマ
グネシウム)存在下では両者の相互作用は認められなかった。近年、亜鉛イオンと結合
するいくっかの細胞外マトリックス成分が報告されており、これらの細胞外マトリッ
クス成分は亜鉛イオンが結合するとその高次構造が変化することが明らかにされてい
る。亜鉛イオンが結合した細胞外マトリックス成分はその高次構造が変化したことで
活 性型 ミ オス タ チ ンと 相 互 作用 で きるよう になった ものと考 えられた 。
4
.活性型ミオスタチンと相互作用することが明らかになった細胞外マトリックス成分を
対象に、これらの細胞外マトリックスがミオスタチンの筋細胞増殖阻害活性に及ばす
影響についてC
2
C1
2
筋細胞を用いて検討した。先ず、活性型ミオスタチンと相互作用を
示した細胞外マトリックス成分を活性型ミオスタチンと一緒に亜鉛イオンを含む培地
に添加して筋細胞の増殖を調べた結果、いずれの細胞外マ卜リックス成分を添加して
もミオスタチンによる筋細胞増殖阻害作用を抑制することはできなかった。この実験
系では、細胞外マトリックス成分は遊離の状態で培地中に存在しており、両者が相互
作用したとしても活性型ミオスタチンの受容体への結合を阻害できなかったのかもし
れない。そこで、生体における細胞外マトリックスと筋細胞の位置関係を考慮に入れ
た筋細胞培養系を確立し、コラーゲンマトリックスに固定化されたデコリンがミオス
タチンを捕捉することによって筋細胞増殖阻害活性を抑制するかどうか否かを検討し
た。その結果、コラーゲンマトリックスに固定化されたデコリンによって活性型ミオ
スタチンの培地中ヘ拡散は抑制され、ミオスタチンの筋細胞増殖阻害活性は抑制され
た。以上の結果は、細胞外マトリックスに固定化されているデコリンが活性型ミオス
タチンを捕捉してその受容体への結合を制御することでミオスタチンの筋細胞増殖阻
害作用を調飾している可能性を示唆するものである。
本研究では、活性型ミオスタチンと相互作用するいくっかの細胞外マトリックス成分を
初めて見いだした。また、筋細胞培養系を用いて、コラーゲンマトリックスに固定化され
たデコリンが活性型ミオスタチンを捕捉することによってミオスタチンの筋細胞への作用
を抑制することを明らかにした。ミオスタチンは筋細胞で産生され細胞外マトリックスに
分泌された後、オートクリンあるいはパラクリンによって筋細胞に働く。筋形成時の骨格
筋組織の細胞外マトリックスにはデコリンが豊富に存在していることが明らかにされてい
る。したがって、筋形成時の骨格筋組織でミオスタチンとデコリンが細胞外マトリックス
で物理的に相互作用できる可能性は高く、本研究の結果は、細胞外マトリックスによる活
性型ミオスタチンの捕捉がミオスタチンの活性制御機構のーっとして存在している可能性
を強く示唆するものである。
―1
2
5―
学位 論文審査の要旨
主査 助教授 西邑隆徳
副 査 教 授 服部 昭仁
副査 教授 中村富美男
副 査 教 授 島崎 敬一
学 位 論 文 題 名
細胞 外マト リックスを介した
ミオス タチンの活性制御機構に関する研究
本論 文 は 、4章 か ら 成り 、 図 3
0、 表 2
、文献7
0を 含 む総 頁 数 1
02の 和 文論 文 であり、
他に参考論文1編が付されている。
骨格 筋 量 を規 定 し て いる 増 殖 因子 で あ るミ オ スタチ ンは、 筋細胞で 産生さ れ細胞外
マトリ ックスに 分泌され た後、オートクリン的に筋細胞に働き、その増殖や分化を抑制
する。 ミオスタ チンが筋 細胞の 増殖や分 化を抑 制する機 構につ いては明 らかにされつ
っあるが、細胞外マトリックスに分泌されたミオスタチンの活性がどのように調節されて
いるか にっいて はほとん ど明らかになっていなぃ。そこで本論文では、細胞外マトリッ
クス成分を介したミオスタチンの活性制御機構を明らかにすることを目的として、ミオス
タチン と相互作 用する細 胞外マトリックス成分の探索ならびにミオスタチンの筋細胞増
殖阻 害 活 性に 及 ぼ す 細胞 外 マ トリ ッ ク ス成 分 の影響 を検討 し、以下 の知見 を得てい
る。
1
.ミ オスタ チンと相 互作用 する細胞 外マト リックス成分を表面プラズモン共鳴法によ
る 分 子 間 相 互 作 用 解 析 装 置 を 用 い て 探 索 し た 結 果 、 small leucine− rich
p
r
ot
e
o
gl
y
c
a
n
ファミリーに属するデコリンおよぴフアブロモデュリンはミオスタチンと
亜鉛イ オン存在 下且つ 中性pH
域で 相互作 用した。 しかし 、同じフ ァミリーに属す
るビグリカンにっいてはミオスタチンとの相互作用は認められなかった。また、ヘパ
ラン硫酸プロテオグリカン、ラミニンおよびフアブロネクチンもミオスタチンと亜鉛イ
オ ン 存 在 下 且 つ 中 性 pH域 で 相 互 作 用 す る こ と が 明 ら か と な っ た 。
2
.ミ オスタ チンと相 互作用 を示した 細胞外 マトリックス成分について、反応速度論的
解析を 行った結 果、解離定数はデコリン、ヘパラン硫酸プロテオグリカン、ラミニン
およびフアブロネクチンで10
―8
M
、フアブロモデュリンで1
0
・l
o
M
であった。また、デ
コリンからグリコサミノグリカン鎖を除去したコアタンパク質にっいてもミオスタチンと
の 相 互 作 用 が 認 め ら れ 、 その 解 離 定数 、 結 合速 度 定 数お よ び 解離 速 度 定 数は グ
リコサミノグリカン鎖が結合したデコリンとほとんど同じであった。以上の結果から、
´
ミ オスタ チンはコ アタン パク質を介してデコリンと結合していることが示唆された。
3.本研 究で調 べた細胞 外マトリ ックス 成分とミ オスタチンとの相互作用には1
0F
iM
以
上 の 亜 鉛イ オン の存在 が必須で あった が、他の 2
価金 属イオ ン(カル シウム やマ
グ ネシ ウ ム )存 在 下 では 両 者 の相 互 作 用は 認められ なかっ た。近年 、亜鉛イ オン
と 結合す るいくっ かの細胞外マトリックス成分が報告されており、これらの細胞外
マ トリッ クス成分 は亜鉛イオンが結合するとその高次構造が変化することが明らか
に されて いる。亜 鉛イオンが結合した細胞外マトリックス成分はその高次構造が変
化 し た こと で ミ オス タ チ ンと 相 互 作 用でき るように なった ものと考 えられ た。
4. 細胞 外 マ トリ ッ クス成 分がミ オスタチ ンの筋 細胞増殖 阻害活 性に及ぼ す影響に つ
いて C
2C
12
筋 細胞を用 いて検 討した。 ミオス タチンと相互作用を示した細胞外マト
リッ クス成 分をミオ スタチンと一緒に亜鉛イオンを含む培地に添加して筋細胞の増
殖を調べた結果、いずれの細胞外マトリックス成分を添加してもミオスタチンによる
筋細 胞増殖 阻害作用 を抑制 すること はできな かった 。この実 験系で は、細胞外マ
トリ ックス 成分は遊 離の状態で培地中に存在しており、両者が相互作用したとして
もミ オスタチ ンの受容体 への結合 を阻害で きなかっ たものと 考えられた。
5. 生 体に お け る細 胞外マト リック スと筋細 胞の位 置関係を 考慮に 入れた筋 細胞培養
系を確立し、コラーゲンマトリックスに固定化されたデコリンがミオスタチンを捕捉
す るこ と に よっ て 筋 細胞 増 殖 阻害 活 性 を抑 制する かどうか 否かを 検討した 。その
結果、コラーゲンマトリックスに固定化されたデコリンによってミオスタチンの培地
中 ヘ拡 散 は 抑制 さ れ 、ミ オ ス タチ ン の 筋細 胞増殖 阻害活性 は抑制 された。 以上の
結果から、細胞外マトリックスに固定化されているデコリンがミオスタチンを捕捉し
て その 受 容 体へ の 結 合を 制 御 する こ と でミ オスタ チンの筋 細胞増 殖阻害作 用を調
節していることが明らかとなった。
以上の ように、 本論文 は、ミオスタチンと相互作用するいくっかの細胞外マトリックス
成分を 初めて見 いだし 、また、新たに開発した筋細胞培養系を用いて、コラーゲンマト
リックスに固定化されたデコリンがミオスタチンを捕捉することによってミオスタチンの筋
細胞への作用を抑制することを示し、細胞外マトリックスを介したミオスタチンの活性制
御機構に関する新知見を得ている。
よっ て 審 査 員一 同 は 、三 浦 孝 之が 博 士 (農 学) の学位 を受ける に十分 な資格を 有す
るも の と 認 めた 。