局所的な「危機対応」では不 分 複数のトラブルが

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【第5回】 2014年11⽉10⽇ 齋藤ウィリアム浩幸 [内閣府本府参与、科学技術・IT戦略担当]
局所的な「危機対応」では不⼗分
複数のトラブルが同時に起きる事態に備えよ
エボラ出⾎熱の封じ込めに
各国の懸命の努⼒が続く
エボラ出血熱の世界的な感染拡⼤が危惧されています。
アフリカで流行し始めた当初、世界各国の医療関係者たちと議論する機会がありました
が、⽶国の医者は「医学が優れているから感染拡⼤は防げる」「問題ない」と、抑え込み
に⾃信を持っていました。
⼀⽅、アジアの医者も「⿃インフルエンザやSARS(重症急性呼吸器症候群)で経験
しているから感染拡⼤は食い⽌められる」という認識でした。
しかし、そうした楽観的な雰囲気は、⽶国内でエボラ出血熱患者の対応にあたった医療
関係者の⼆次感染が相次いだことで吹っ飛んでしまったようです。私の⽶国やアジアの友
⼈も今ではエボラ出血熱をとても恐れています。
幸い、エボラ出血熱に⼆次感染した⽶国の看護師2⼈は完治しましたが、アジアの友⼈
が今危惧しているのは中国とインドでの感染拡⼤です。
中国では、10⽉半ばから11⽉初旬にかけて「広東フェア(中国輸出⼊⾒本市)」が開
催されましたが、ここには毎年、世界中から約20万⼈のバイヤーが訪れます。その1割が
アフリカから。さらに、世界各国から中国⼈が⼀⻫に帰国する旧正⽉が控えています。
さらに危険と⾔われているのがインドです。⿃インフルエンザやSARSも経験してい
ないし、中国よりも医療施設が整っていないからです。
でも、私がこんな話をするのは、皆さんを不安にさせたいからではありません。こんな
時こそ冷静に状況を把握し、ムダにパニックにならないようにすべき、と⾔いたいので
す。
リスクと向き合い
冷静に⾒極めることが必要
たしかにエボラ出血熱は怖い病気ですが、空気感染はしませんから、インフルエンザよ
りも感染リスクは低いのです。
インフルエンザで毎年、⽶国では2〜3万⼈、⽇本では1万⼈ほどが季節性のインフルエ
ンザによって直接、または他の病気を引き起こして命を落としていると推計されていま
す。毎年それくらい死亡するリスクがあるにもかかわらず、予防接種を受ける⼈は多くあ
りません。
対してエボラ出血熱はどうでしょうか。⽶国では⼆次感染による死者は1⼈も出ていま
せん。もはや、どちらのリスクが⼤きいかは⾔うまでもないでしょう。エボラ出血熱は、
患者の血液や体液、嘔吐物、排泄物に触れ、その⼿で⽬鼻⼝の粘膜を触ったりしなけれ
ば、基本的には感染しません。
ですから、精神的に感じる「⼤きな脅威」レベルのものなのか、今にも身体や生命に危
害が生ずる恐れがある「危険」レベルのものなのかを、冷静に⾒極めるべきなのです。
これは危機対応の重要な要素です。
「9.11」発⽣時、
リーダー不在のFRBがとった作戦
今回は「危機対応」というテーマでお話ししていますが、私が最近聞いた、非常に興味
深いエピソードを紹介しましょう。それは、2001年9⽉11⽇に⽶同時多発テロ事件が起
きた時のFRB(⽶連邦準備理事会)の対応に関すること。FRBの関係者が「あれは本
当に悲しい出来事だったが、10年以上経ったので、ぜひ伝えるべきだ」とあえて話して
くれたストーリーです。
金融の中⼼地ウォール街を狙い撃ちしたテロ攻撃は、⽶国の金融当局者にとってまさに
不意打ちでした。攻撃された時、FRBのグリーンスパン議⻑とナンバー2(いずれも当
時)は、スイス・バーゼルのBIS(国際決済銀行)で開催されていた主要10ヵ国中央
銀行総裁会議に出席した帰りの飛行機の中。ブッシュ⼤統領は、フロリダの⼩学校で⼦ど
もたちに本を読んでいました。
つまり、リーダーが誰もいなかったわけです。そうしたなか、ワシントンDCに勤務し
ていたFRBの「ナンバー3」は即座にある作戦の実行を決意しました。結果的にそれ
が、⽶国と世界の金融システムを崩壊から救ったのです。
作戦とは、その1年前の「2000年問題」で起きると予想された金融クラッシュに備え
るために考えられたオペレーションだったのです。
⻄暦2000年になると、コンピュータが誤作動する可能性があるとされ、コンピュータ
システムが⿇痺することによる社会的な混乱が危惧されていたのが2000年問題です。
この問題に対応するため、FRBではあらゆる金融機関とコミュニケーションをとり、
特定のリスクでなく、複合的、同時的な危機にどう対応するかを想定したプログラムを作
成していたそうです。
たとえば、電話回線や携帯電話の停⽌、証券システムや銀行システムのダウン、ATM
の故障、紙幣の搬送停⽌など、想定されるあらゆる事態に備えて、被害を最⼩限にとどめ
るプランを⽴てていました。
それはまさに、9.11⽶同時多発テロ事件で⽶国と世界が直面した事態だったのです。
危機対応がビジネスに
新たな価値をもたらすことも
この教訓から学ぶべきなのは、2000年問題のように、複数のトラブルが同時に起こる
ような事態を想定して対策を考えておくことが非常に重要だということです。
とくに⽇本は、地震、津波、噴⽕、台風などさまざまな天災が頻発する国であり、加え
て⿃インフルエンザ、⼝蹄疫、SARSなど、中国やアジアを含む伝染病のリスクもあり
ます。何か単独で対応策を考えていても、事件が重なればたちまち身動きがとれなくなり
ます。
起こらないかもしれないリスクに備えるなんて、ムダな投資と考える⼈もいるでしょ
う。しかし視点を変えれば、危機対応のための⽅策は、別の価値づくりにも役⽴てること
が可能なのです。会社や社員を守るだけでなく、企業の競争⼒も⾼める――これからの時
代、そんな発想⼒が求められます。
また、⽶国の⼤⼿製薬会社は、過去に⼤きな災害に遭い、社員の安否確認に⼿間取った
反省から、社⻑が何⼗億円もかけて「危機管理センター」を作ることを決意しました。役
員会では「いつ起こるか分からない事態に備えて、なぜこれほどのコストをかけるのか」
と⼤反対されましたが、社⻑の決断は揺るぎませんでした。
そして、危機管理センターが実際に稼働してみると、社員の安否確認システムがビジネ
スにも活用できることが分かったのです。
以前は顧客から「すぐに来てほしい」という依頼があると、必ず本社から社員が出かけ
ていました。でも、このシステムで社員が今、世界各国のどこにいるかがリアルタイムで
わかるようになったおかげで、近くにいる社員を急行させることできるようになったので
す。
結果、社員間のグローバルなコミュニケーションが⼤きく改善したうえ、業務効率や顧
客満足度も⼤きく向上。危機管理センターへの投資コストは3年半でペイできたそうで
す。
サイバーセキュリティ対策も
全体を俯瞰する視点が重要
サイバーセキュリティ対策にも、同じことがいえます。
強固に⾒えるセキュリティ機能にも必ず突破する⽅法はあり、ハッカーの侵⼊を防ぐ完
璧な防御策は、残念ながらありません。セキュリティに関していえば、世界にはハック
(不正侵⼊)されていることに気づいている企業と、気づいていない企業の2種類しかな
いというのが、私の考えです。企業経営者はそのことを踏まえ、組織全体としてセイバー
セキュリティを構築する必要があるのです。
今こそ、硬直化した組織やサービスに横串を刺し、ゼロベースで設計し直すチャンスと
とらえるべきです。ムダや不便を取り除き、効率的かつ便利に改善しようとする努⼒は、
ハッカーがつけいる隙を限りなく狭める対策となるでしょう。
セキュリティ対策という狭い枠組みで考えるのではなく、ビジネス全体を俯瞰する視点
も重要です。サイバーセキュリティを面倒でつまらないもの、またコストのムダと考える
のは⼤きな間違いです。サイバーセキュリティ戦略とビジネス戦略をうまく融合させるべ
きです。
たとえば、「IoT(Internet of Things=モノのインターネット)」時代というこ
とで、空調機や冷蔵庫などの家電もインターネットと接続されるようになっていますが、
セキュリティが追いついていません。
今後は、設計段階から使用時のセキュリティについて検討し、製品やサービスにセキュ
リティ機能を組み込んでいくことが必要です。これからの時代、セキュリティの⾼い製品
やサービス、企業を選ぶユーザーが増えていくことでしょう。
現状、⽇本のサイバーセキュリティは⽶国などに⽐べて遅れています。ただ、それだけ
にこの分野で誰も想像していないイノベーションを起こし、海外に輸出できるグローバル
な産業に育てられる可能性も秘めているのです。成⻑戦略の中にいかにセキュリティ戦略
を取り⼊れていけるかがカギになるでしょう。
では具体的にどんな⽅法があるのか。次回はそのあたりについて、詳しくお話しするこ
とにしましょう。
(構成/河合起季)
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