ガラス板における光の干渉 埼玉県立不動岡高等学校 SSC 物理 干渉班 代表 3年 秋池 菜々子 1 要旨 教科書によると、一枚のガラス板での上面と下面の反射では干渉縞は生じないとされているが、一枚のスラ イドグラスを真上から覗き込んだところ、干渉縞が観察できた。この現象に関する文献を探したが、該当する ものは存在しなかった。そこで、今回これを研究した。 まず干渉縞を詳しく観察し、光源は顔による反射光であり、これがガラス板に入射し、ガラスの上面と下面 で反射した光が干渉することにより、干渉縞ができる、という仮説を立てた。そして、ガラスの厚さ、屈折率、 光の波長、入射角の関係式を求めた。アイフォンのカメラの周りに方眼紙を貼りつけ、これによる反射光をガ ラスに入射させ、アイフォンとスライドグラスの間の距離を変え、写真を撮り、実際の縞の間隔を求めた。 距離を変えたいずれの写真も同心円状の干渉縞が観察できることがわかった。仮説の通り、ガラスとカメラ の距離を変えても干渉縞の直径はほとんど変化しなかった。このことから、干渉縞の間隔は角度によってのみ 決まることがわかった。撮影した写真より干渉縞の半径を実測し、仮説の式が正しいことを証明した。 今回観察された干渉縞は顔や紙が面状の光源となり、ガラスの上面での反射光と下面での反射光の干渉によ り生じたことが分かった。そして、その干渉縞は光の入射角によってのみ決まり、同心円状になることも説明 できた。 2 はじめに 教科書によると、 「膜一枚による光の干渉は薄膜の場合のみ、特定の波長の光が強め合って、色づいて見え る。膜が厚いと強め合う条件を満たす波長の光が多数存在し、特定の色に色づいて見えなくなる。」との説明 がある。しかし、1枚のスライドグラスを机の上に置き、真上から覗き込むとスライドグラス上に写りこんだ 目の周りに、同心円状の干渉縞が観察できた。スライドグラスの厚さは 1mm 以上あり、薄膜とは言えない厚 さである。この現象に関する文献を探したが、該当するものは存在しなかった。この干渉縞は果たして薄膜に よる干渉と同じ原理で生じているのだろうか。この現象を解明したいと思い、詳しく調べてみることにした。 3 薄膜による干渉について 教科書によると、「薄膜に光が右図のように入射すると き、薄膜の表面で反射する光と、薄膜に入射してその裏面 で反射する光とが重なりあう。この2つの光が同位相で重 なれば強めあい、逆位相で重なれば打ち消しあう。薄膜に 白色光が当たるとき、膜の厚さや目と薄膜の位置関係によ り強めあったり打ち消しあったりする光の波長(色)が異 なる。膜面がさまざまに色づいて見えるのはこのためであ る。 」と記述されていた。 4 観察 干渉縞はガラス板やアクリル板で観察することができた。また、光源については水銀ランプ、カドミウムラ ンプ、ナトリウムランプで観察することができた。 写真左はスライドグラスに水銀ランプを用いた場合、写真中はスライドグラスにカドミウムランプを用いた 場合、写真右は厚さ約 2 ㎜のアクリル板にナトリウムランプを用いた場合の干渉縞を撮影した写真である。 本研究ではこれ以降、ガラス板を研究の対象とし、光源についてはナトリウムランプを用いることにした。 干渉縞の様子を詳しく観察した結果、観察される干渉縞には以下の特徴があることがわかった。 ・ガラスに映りこんだ目を中心とする同心円状に見えた ・干渉縞は中心から離れるほど間隔が狭くなっていく。 ・ガラスと目の間の距離を変えても見た目では同じ大きさの干渉縞が見えた。 ・光源がガラスに直接当たる場合には見えづらく、ガラスに直接当たる光をさえぎるとはっきりと見えた。 ・より厚いガラスで観察された干渉縞の間隔は狭く見えた。 厚さ約 1.5 ㎜のガラスにできた干渉縞 5 仮説 以上の観察結果より、次の仮説を立てた。 「光源は顔による反射光である。これがガラス板に入射 し、ガラスの上面と下面で反射した光が干渉することに より干渉縞ができる」 この仮説が正しいとすれば、以下の関係が成立する。 ガラス板の厚さを𝑑、空気に対するガラスの屈折率を𝑛、 屈折角を𝑟とするとガラス上面の反射光とガラス下面の 反射光の光路差は2nd cos 𝑟と表すことができる。よって、 2つ反射光が弱めあう条件は入射光の波長を𝜆として 2nd cos 𝑟 = 𝑁𝜆 (𝑁 = 1、2、3 ⋯ ) と表せる。ここで隣り合う 2 本の暗環の光路差の差を取 ると 厚さ約 3 ㎜のガラスにできた干渉縞 (𝑘は中心から𝑘番目の暗環) 2𝑛𝑑 cos 𝑟𝑘 − 2𝑛𝑑 cos 𝑟𝑘+1 = 𝜆 𝜆 よって cos 𝑟𝑘 − cos 𝑟𝑘+1 = 2𝑛𝑑 sin 𝑖 の関係が成り立つ。左辺について(1 + 𝑥)𝑛 = 1 + 𝑛𝑥 (𝑥 ≅ 0)、 = 𝑛 の関係を用いて変形すると、 sin 𝑟 1 1 cos 𝑟𝑘 − cos 𝑟𝑘+1 = √1 − sin2 𝑟𝑘 − √1 − sin2 𝑟𝑘+1 = (1 − sin2 𝑟𝑘 ) − (1 − sin2 𝑟𝑘+1 ) 2 2 1 1 2 2 2 2 = (sin 𝑟𝑘+1 − sin 𝑟𝑘 ) = 2 (sin 𝑖𝑘+1 − sin 𝑖𝑘 ) 2 2𝑛 したがって、 𝑛𝜆 sin2 𝑖𝑘+1 − sin2 𝑖𝑘 = (𝑘 = 1、2、3 ⋯ ) 𝑑 𝑛𝜆 が成立する。つまり、sin2 𝑖𝑘 は公差 の等差数列であり、初項を C とするとその一般項は 𝑑 𝑛𝜆 2 sin 𝑖𝑘 = (𝑘 − 1) + 𝐶 (𝑘 = 1、2、3 ⋯ ) 𝑑 となる。 この式から言えることは ・この 2 つの反射光が弱めあう条件は入射光の角度のみに依存している。 ・板の厚さが厚いほど干渉縞の間隔は狭くなる ・干渉縞の間隔は中心から遠ざかるほど小さくなる。 の3点である。 6 実験 仮説で求めた式を検証するために、実験では、屈折率 n、波長λ、ガラスの 厚さ d、入射角 i を測定する必要がある。 屈折率 n、波長λについては資料の値を利用する。 ガラスの厚さ d についてはマイクロメーターで測定する。 入射角 i は、あらかじめ L を決めて、カメラで干渉縞を写真に記録し、そ のときの R を測定することにより算出する。 【使用器具】 ・ナトリウムランプ ・スライドグラス(東新理興 SGMT 検査用ガラス) ・iphone5C(カメラとして使用) ・2mm方眼用紙 ・ラボジャッキ ・マイクロメーター(スライドグラスの厚さ測定に使用) 【実験方法】 1.方眼用紙アイフォンにはる(写真左) 2.写真のように器具を設置する(写真中) 3.アイフォンのズーム倍率を最大にし、干渉縞にピントを合わせて、アイフォンの下面からガラスまでの距 離(L)を 60 ㎜、90mm、120mm として3種類の写真を撮る(写真右) 4.写真を拡大して干渉縞の直径を測り、半径 R を求める。 1において、方眼用紙をスライドグラスの下に敷いて撮影を行ったところ、干渉縞にピントを合わせること ができなかった。そこで方眼用紙をアイフォン本体に張り付け、それによる反射光をスライドグラスに入射さ せ撮影を行ったところ、うまくいった。 7 結果 スライドグラスの厚さ d =1.41 ㎜、スライドグラスの屈折率 n =1.52(旭硝子資料より) アイフォン下面からガラスまでの距離 L ごとに撮った写真は以下のようになった。いずれの写真も同心円 状の干渉縞が観察できる。ピントは干渉縞に合わせたので、方眼紙の目盛にピントは合っていないが、等間隔 に目盛が写り込んでいる様子が観察できる。(中心の暗い部分はカメラのレンズ部分) L=60 ㎜ L=90 ㎜ L=120 ㎜ ※スライドグラスのメーカーである東新理興に問い合わせたところ、スライドグラスに使われているガラスは、 旭硝子の板ガラス(ソーダガラス)であることがわかった。そこで旭硝子の資料の屈折率を使用した。 8 考察 1 撮影距離と干渉縞の大きさ 撮影した干渉縞の様子をわかりやすくするために色相、コントラストを調整し、解析に使用した。 下の写真は干渉縞の大きさを比較するために加工した写真を中心で半分に切り、L の異なる写真を左右に並 べたものである。撮影距離 L が大きく変化しても干渉縞の直径は同程度になっていることがわかる。 L=60 ㎜ L=90 ㎜ L=120 ㎜ L=90 ㎜ 干渉縞の直径に若干のずれが生じている。これは干渉縞にピントを合わせたとき、カメラのレンズの位置の 変化で画角が変化したためと考えられる。しかし、L を 1.5 倍、2 倍に変化させたにも関わらず、ずれは微小 であり、干渉縞は光の入射角に依存していると言える。 9 考察 2 sin2 𝑖𝑘 = (𝑘 − 1) 𝑛𝜆 𝑑 + 𝐶 (𝑘 = 1、2、3 ⋯ )について アイフォン下端からガラス板までの距離を L とする。 アイフォン下端からカメラの主点までの距離∆𝑥は大きくとも数㎜程度 と考えられるため、𝐿 ≫ ∆𝑥 が成り立つ。したがって、今回は∆𝑥は無視 し、𝐿を主点からガラスの上面までの距離とする。 まず、𝑘番目の縞の半径𝑅𝑘 を求める。右図よりtan 𝑖𝑘 = 𝑅𝑘 𝐿 ここで𝑖 ≅ 0なので、tan 𝑖𝑘 = sin 𝑖𝑘 が成り立つ。よってsin 𝑖𝑘 = 𝑅𝑘 𝐿 である。 写真を A4 版に拡大し、写真上の暗環の直径を測定し、写真に写り込ん だ方眼より実際の𝑅𝑘 を算出、さらにsin 𝑖𝑘 を求める。右の写真は写り込ん だ方眼紙の線に沿っての線を描き、測定に利用したものである。 L=120mm の写真を解析した結果は以下のとおりである。 なお、写真を A4 版に拡大したところ実際の 1mm は写真上の 11.9mm に相 当した。 写真上での直径[mm] 干渉縞の半径𝑅𝑘 [mm] sin 𝑖𝑘 × 10−2 1 65 2.72 2.27 2 98 4.11 3.42 3 123 5.16 4.30 4 142 5.95 4.96 5 159 6.66 5.55 6 174 7.29 6.08 7 188 7.88 6.57 𝑛𝜆 2 仮説で sin 𝑖𝑘 = (𝑘 − 1) + 𝐶 (𝑘 = 1、2、3 ⋯ ) が成り立つと考えた。この式においてsin2 𝑖𝑘 を𝑘の関数と k 𝑑 みなすと、𝑘とsin2 𝑖𝑘 は一次の関係である。したがって、𝑘を横軸、sin2 𝑖𝑘 を縦軸にとったグラフは直線となる。 そこで、グラフを描きその傾きを求めたところ、傾きは 6.31×10-4 となった。 kとsin^2(i)との関係 0.005 0.004 sin^2(i) 0.003 0.002 y = 6.31E-04x - 8.42E-05 0.001 0.000 0 -0.001 1 2 3 4 5 k 6 7 8 𝑛𝜆 仮説の式より、傾きは であるから、これに n =1.52、λ=589×10-9m、d =1.41×10-3m を代入して値を算 𝑑 𝑛𝜆 出すると 𝑑 = 6.35 × 10−4となり、グラフの傾きと一致する。 したがって、本研究の仮説が正しいことが分かった。つまり、今回観察された干渉縞はガラスの上面と下面 で反射した光が干渉した結果生じた干渉縞である。 10 おわりに 今回観察された干渉縞は顔や紙が面状の光源となり、ガラスの上面での反射光と下面での反射光の干渉によ り生じたことが分かった。そして、その干渉縞は光の入射角によってのみ決まり、同心円状になることも説明 𝑛𝜆 できた。さらに干渉縞の測定から を精度よく求められることも分かった。これは屈折率 n、光の波長λ、ガ 𝑑 ラスの厚さ d のうち 2 つの値が既知ならばもう 1 つを精度よく求められることになる。これを用いれば、特 に板の屈折率を精度よく求めることができる可能性がある。 教科書には、薄膜でなければ干渉縞は生じないとの記述があるが、特定の条件下では、薄膜とは言えないガ ラス板でも干渉縞は生じ、教科書の記述は全く正しいわけではないということがわかった。 今回の実験において、カメラとしてアイフォンを利用したが、これはアイフォンの下端からカメラの主点ま での距離は大きくとも数ミリ程度、つまり L に比べて微小であるために無視することができた。 厚さの異なるガラスでの干渉を観察したが、今回は正確な屈折率のわかるガラスは一種類のみであったため、 一種類の厚さのガラスでしか考察ができなかった。今後の課題としては、厚さの異なるガラスでも測定を行う ことと、ナトリウムランプの可干渉距離についても調べたいと思う。 11 参考文献 國友正和ほか、「改訂版 高等学校 物理Ⅰ」 、数研出版、2012 国立天文台、 「理科年表」 、丸善、1995 旭硝子、 「板ガラスの物理的・機械的性質」 、総合カタログ資料編 p2-3-1、2012
© Copyright 2024 Paperzz