いのちとつながるマインドフルネス01

いのちとつながる
マインドフルネス
NPO 法人マイセラ・ジャパン
理事長 手塚 郁惠
マインドフルネスってなに?
私たちのふだんの生活は、ともすれば毎日忙しく、外側のことばかりに注意を向けてい
るのではないでしょうか。次から次へと仕事に追われ、あれこれと考えているのではない
でしょうか。ひとりで、自宅でくつろいでいても、インターネットやメールに気を取られ
たり、音楽を聴いたり、テレビをつけたりして、シーンとすることを避けているかもしれ
ません。こんな生活をしていると、いつも外部の雑音にさらされ、自分の中で何が起こっ
ているのか、何を感じているのか、わからなくなってしまうでしょう。
ちょっと落ち着ける場所で、リラックスして、自分の内面に注意を向けてみましょう。
まず、聞こえてくる音に耳を傾けます。今まで聞こえてこなかった遠くの音や、かすか
な音も聞こえるかもしれません。小鳥の鳴き声、風の音、電車の音なども聞こえるかもし
れません。
それだけでも、とても静かな、心地よい感じになるかもしれません。その感覚を、その
心地よさを、ゆっくりていねいに感じてみましょう。
こんどは、自分のからだの感覚に注意を向けてみましょう。
もしかすると、胸がモヤモヤしているとか、肩が重いとか、感じるかもしれません。注
意を向けてみると、いままであまり感じなかったことに気づくかもしれません。その感覚
もていねいに感じてみましょう。
そのうちに、自分の中にわけのわからない、かすかな不安や不満足な感じがあるのに気
づくかもしれません。今までは、このような感じはなるべく早く流すように、感じないよ
うにしていたかもしれません。それを感じたら、重い気分になったり、どうしていいかわ
からなくなったりするので、感じることを避けていたのかもしれません。
そして、すぐにあたまがはたらき始めるのです。
「これは何だろう? 何が不安なのだ
ろう? どうしたらいいのだろう?」……このようないつもの習慣的な思い方が、ぐるぐ
るとあたまの中をめぐるかもしれません。
私たちはいつもあたまで考え、思いわずらい、推測したりしているかもしれません。マ
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インドフルネスは、リラックスして、そのようなあたまのはたらきをちょっとやめて、い
まのからだの感覚に注意を集中します。それは、いまここに起こっている、否定できない
真実なのです。
私たちのマインドフルネスの特徴
私たちのマインドフルネスのほかにも、いろいろなマインドフルネスや瞑想があるでし
ょう。これまでにさまざまなことを学んでこられた方は、それがかえって邪魔になること
があります。
「マインドフルネスって、これなのね」という、自分のわかっているわかり
方でわかってしまう、ということがあるのです。そうすると、外から見える形は同じで
も、内面でやっていることは、まったく違っているということもあります。
「リラックスしていい気持ちになることが目的ではない」
リラックスできない感じも、緊張感も、いまここで起こっている大切な感覚です。
それにはきっと意味があるのです。
「特別な意識状態になることではない」
マインドフルネスは、ある意識状態に入ることではなくて、いま、からだの中に起
こっている感じに気づくだけです。
「何かをわかるためにするのではない」
マインドフルネスとは、起こってくることに、ただゆだねること。ただ瞬間、瞬間
に起こってくる感覚に気づくことです。何かをわかろうとしなくていいのです。
ムイシキからの気づきとは、いきなり、何の脈絡もなく、ふと出てくるものです。
ムイシキやいのちは、人間の理解を超えた、人間を超えたはたらきなのです。私たち
はマインドフルネスにより、そのはたらきが出てくるスペースを開けているだけで
す。
“わからないでいること”は、私たちが体得すべき重要なポイントのひとつです。
ほんとうは、わからないでいい、わかるはずがないのです。
「やさしさ、あたたかさ、気持ちよさなどを感じるのが目的ではない」
自分がなりたいような感覚になるのが目的ではなく、起こってくるすべてを、その
まま認め、受け入れていくのです。
「自分の求める何かが出てくることを期待するのではない」
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何も出てこない、というとき、何を感じているのでしょうか。静かな、いい感じ?
何か、ちょっと不安? 何もない感じをていねいにゆっくり感じてみましょう。ほん
とうにからだの感じがまったくないのでしょうか。
このように私たちのマインドフルネスは、座禅、瞑想、内観、神様、天使、光の存在、
チャクラを通す、気の流れをよくする、といったことを目指したり、何かに頼ったりする
ことではありません。ただ、自分にいま起こってくる“実感”に気づいて、それに注意を
向けていくことなのです。自分の内なる事実に気づくだけなのです。自分のいまの感覚
は、自分の中の否定できない事実なのです。
感覚のめざめ
私たちはこれまで、知識や思考、推測、分析など、頭で考えることをとても大切な人間
の能力だと思ってきました。かつては、客観的であることが正しいことで、主観的なもの
は信頼に値しないとまで考えられていました。
しかし、いまは違います。理性、知性、論理、科学、技術だけでは、人間のいちばん尊
いもの――愛、共感、喜び、真実、生きる意味などが失われてしまうのです。感覚にめざ
め、感性を高めるときに、全体的な人間として生きることができるのです。
からだの感覚には、五感といわれる聴覚、触覚、視覚、味覚、嗅覚、そしてさらに内部
感覚、直感、インスピレーションなどがあります。
私たちが自分の内外の刺激から感じる、自分自身のすべての感覚――それは、自分の中
の事実そのものです――に、しっかりと目を向け、それを意識化し、言語化できるとき、
生き方そのものが変わっていくでしょう。それは、感じるものに対する感性を高めること
であり、すべての感覚を開くことです。そのとき、知性も感性を調和したものとして、本
来のはたらきに戻ることができるでしょう。
マインドフルネスで、からだの感覚をゆっくり、ていねいに感じることを習慣としてや
っていくと、ほかのすべての感覚も開かれていくのです。からだの一つひとつの感覚にゆ
っくりとどまって、ていねいに、じっくり感じてみる――それだけでも、すべてのものに
対して、はっきり意識できるようになっていくでしょう。そして、私たちの意識状態が変
わると、すべてのものの見え方が変わり、世界の彩りが変わってくるでしょう。
マインドフルネスは、すべての感覚の目覚めを導き出す、きわめて効果的な生活術(ラ
イフ・アート)だといえます。
人がほんらいの自分を取り戻し、いのちとつながるのは、ここから――感覚のめざめか
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ら――始まります。
いのちは自分から生まれてくる
いのちをサポートするワークを続けていると、出生前後のことがよく出てきます。それ
らの体験では、どうもいのちは自分が生まれたくて生まれてくるようなのです。
いのちはすさまじいほどの生命力をもち、どんな困難や苦悩の中でも生きようとしま
す。それはもう自分の力ではなく、いのちそのものからあふれ出るすさまじい力なので
す。
そして、生まれてくるときの自分の感覚がよみがえり、自分のいのちが自分から生まれ
てきたことに気づくとき、その人の根源からの変容が起こるのです。
すべての人の中には、自分で生きていく「いのちのちから」があります。
「いのち」に
は、真実の愛と叡智が存在するのです。
「いのち」に対する真実の愛に出会うことによって、
「いのち」は甦るのです。
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