自動車の車内照明が運転者の視認性に及ぼす影響 AE11005 稲葉智洋 指導教員 1. はじめに 入倉隆 2.2 実験条件 近年、蛍光灯や電球に変わり、小型軽量なLEDや湾曲 実際の道路や車の光環境を計測し、実験条件を設定し 可能な有機ELなどの新光源が一般に普及してきた。これ た。 実験条件を表 1に、 実験パ ターンを表 2に示す。 により自動車前照灯も著しい進歩を遂げたが、車内照明 50km/h走行時の停止距離32m前方の路上に縦横20cmの落 は大きな変化をしていない。これは、警察庁監修の「交 下物が落ちている状況を想定する。 通の教則」にて夜間運転中は車内照明の消灯が推奨され [1] ここでは、道路照明が消灯している状況を“郊外”、 ている ように、車内照明の夜間利用が歓迎されていな 点灯している状況を“都心”と呼ぶ。路上落下物の鉛直 いためである。その要因として、車内照明の光がダッシ 面輝度を視標輝度、路面輝度を背景輝度、ダッシュボー ュボード(フロント窓下の内装)に入射、反射光が窓面 ド中央での照度を車内照度とする。 に映り込むことによる、前方の視認性低下が考えられる。 表1 実験条件 一方で、これらの新光源を車内照明として使用した際 被験者 12人(20代男性) [2] の快適性の研究が行われている 。また、調光調色が可 [3] 能なため、車内の新たな演出も提案されている 。 道路照明による車内照度 同時に、車内照明の積極利用によって、視認性と快適 車内照明による車内照度 また、視認性は道路照明にも影響されるため、本研究で は2つの道路照明環境下において、車内照明が運転者の 2. 実験方法 条件2 : 0.25lx 条件3 : 0.50lx(実車計測値) 条件4 : 0.75lx モニタ上の視標サイズ 視認性に及ぼす影響を検証する。 なお、車内照明は天井一灯のルームランプとする。 点灯(都心): 40lx 条件1 : 0lx(消灯) 性の両立が課題となる。しかし、車内照明による視認性 への影響の程度に関する研究はほとんど行われていない。 消灯(郊外): 0lx 1cm×1cm 表2 実験パターン 実験No. 条件 道路照明 車内照明条件 呈示画像 実験1 郊外 消灯 1→2→3→4 図2 実験2 都心 点灯 1→2→3→4 図3 2.1 実験装置 日産自動車のティーダをモデルとして、運転席を摸擬 した実験装置を暗室内に製作した。(図1) 郊外は背景輝度が低く、視標はヘッドライトの光によ り高輝度なため、逆シルエット視で認識される(図2)。 都心では、道路照明によって背景輝度が高く、視標輝度 が低いシルエット視で認識される(図3)。 郊外では視標輝度が上昇、都心条件では視標輝度が低 下することで、背景との輝度対比が増加する。 図1 実験装置概要図 被験者の周りを暗幕で覆い、前方にはティーダ用の窓 図2 逆シルエット視標 図3 シルエット視標 2.3 実験手順 ガラスを設置した。被験者はあご台に頭を乗せて、窓ガ (1) 暗順応を10分間行う。 ラス越しにモニタ上の呈示画像を注視する。被験者後方 (2) 表2の実験1を実施。車内照明条件1から開始。 の車内照明や前方の道路照明によってダッシュボードが (3) 30秒間前方に順応する。 照らされ、さらにその光が窓面に反射する(映り込む)。 (4) 輝度対比を1秒毎に断続的に増加させる。被験者は、 図4の郊外条件のグラフにおいて、車内照明によって 視標の存在認知ができた時と視標形状が正確に認 車内照度が増加するに従って、視標の存在認知に要する 知できた時に手前のキーボードのEnterキーを押す。 輝度対比が単調増加している。しかし、分散分析の結果、 (5) 視標形状を正確に認知している状態から輝度対比 車内照明による車内照度間の主効果の有意差が出なかっ を1秒毎に断続的に減少させる。被験者は視標形状 たため、今回の実験では車内照明による視認性への影響 が認知し辛くなった時と存在が認知できなくなっ が確認できなかった。都心条件では、車内照明による車 た時に手前のキーボードのEnterキーを押す。 内照度間の有意差は得られなかった。これは、車内照明 (6) 再度、(4)と(5)を繰り返す。 に比べて道路照明による窓面からの反射光が非常に強い (7) 車内照明条件2,3,4の順で、(3)から(6)を行う。 ことが原因と考えられる。 (8) 実験2を実施。車内照明条件1にし、1分間順応する。 (9) 道路照明を点灯したまま、(4)から(7)を行う。 図5の郊外条件のグラフを見ると、車内照明による車 内照度0lxにおいて他の条件より大きな輝度対比を要し ている。これは形状認知において最初の実験であったた 3. 実験結果および考察 め、各被験者が「視標形状を正確に認知した」とするま 被験者が視標の存在や形状を認知できる限界輝度対比 でに高い輝度対比を要したと考えられる。車内照明によ を、モニタ上の視標と背景の輝度値を用いて(1)式より る車内照度が0.25lxから0.75lxにおいては、視標の存在 算出する。この値が大きいほど視認に大きな輝度対比を 認知と同様に輝度対比は単調増加している。 要しており、視認性が低いと評価できる。視標の存在認 図4と図5より、存在認知と形状認知の双方において、 知に要した輝度対比を図4、形状認知に要した輝度対比 車内照明による車内照度によらず、常に都心条件の方が を図5に示す。エラーバーは標準誤差を示す。 低い輝度対比で視認できている。郊外条件に比べて都心 条件は道路照明による車内照度が高い。そのため、窓面 輝度対比C 輝度対比C= |視標の輝度−背景の輝度| からの反射光が非常に強いが、都心条件の方が視認性は (1) 背景の輝度 高いことが示唆された。これは、明順応によって視対象 を背景から識別できる最小の輝度対比が小さくなったこ 0.45 0.4 0.35 0.3 0.25 0.2 0.15 0.1 0.05 0 とが要因と考えられる[4]。 4. まとめ 都心や郊外での光環境を摸擬し、自動車運転者の前方 の視認性を検討した。その結果、以下の結論が得られた。 ① 郊外条件 都心条件 0 0.25 本実験において、車内照明による視認性への影響 は確認できなかった。 ② 0.5 0.75 道路照明の消灯している郊外に比べ、道路照明が 点灯し、明順応している都心の方が視認性は高い。 車内照明による車内照度[lx] 図4 視標の存在認知に要する輝度対比 [1] 2.1 郊外条件 都心条件 1.8 輝度対比C 参考文献 1.5 財団法人全日本交通安全協会, 「交通の教則」, 第6章, 第3節 (2012) [2] 朝倉啓, 「特定空間における照明手法に関する研 究―住宅および車内の照明環境―」, 芝浦工業大 1.2 学大学院修士論文・視覚情報研究室(2008) 0.9 [3] 0.6 パイオニア株式会社, 報道資料 http://pioneer.jp/corp/news/press/2011/pdf/0518-1.pdf 0.3 [4] 0 0 0.25 0.5 車内照明による車内照度[lx] 図5 視標の形状認知に要する輝度対比 0.75 H. Richard Blackwell, ‘Contrast Thresholds of the Human Eye’, JOURNAL OF THE OPTICAL SOCIETY OF AMERICA,Vol.36,No.11,November 1946
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