サル釣り名人 それはまだ私が飼育係の駆け出しとして地方のとある動物園でアルバイトをしていた頃、大先輩から「今と なれば笑い話だけどよ~」と聞かされた、もう何十年も前の話です。 動物園の事務の職員であった大先輩は、休園日にサル山のニホンザルたちを見ながら、良くないことを思い つきました。「こいつらちょっとからかって、遊んでやろ」 ・・・といっても、大したことを思いついたわけではありません。その辺にあるひもと餌に与えるリンゴを ひとつ持ってきて、ひもの先にリンゴを結びつけ、そろりそろりとサル山の中に降ろしました。ちょっと長さ が足りなかったのでひもを探しましたが、それ以上ひもは見つからなかったので、仕方なく自分のベルトをぬ いてひもに継ぎ足しました。 サルたちは最初ちょっと警戒したものの、ひもの先のリンゴに気がつくと、何頭か威勢のいいのが寄ってき て、じっとリンゴを見つめています。もう少しで届きそうなところまでリンゴがおりてきたのを見てサルがぴ ょんとはね、リンゴに飛びつこうとするとさっとひもを引き上げ、リンゴを取られないようにして、 「イッヒッ ヒ~、バカだね~」とサルをからかう・・・、決して趣味の良い遊びではありませんね。 リンゴをぎりぎりの所までおろすほど面白いし、サルも何回か繰り返されるともう諦めたようなそぶりを見 せながらも、突然飛びつこうとしたり・・・、そのやり取りに夢中になっている時、思っても見ない突然のア クシデントが発生しました。 身軽な若いサルが何を思ったのか、リンゴを取るのでは なく、いきなりひもをつかみ、あろうことかするすると 登ってきて、最後はその事態に咄嗟の反応ができずに ぽかんと見とれてしまった釣り人の頭を踏み台にして、 外に脱出してしまったのです。 「あちゃ~」 逃げだして自由になったサルを、自分一人ではどうする こともできるわけがありません。「何と言って謝ろうか。 それよりどうしてこういうことになったのかを、どうやって 説明しようか。怒られるだろうな~。それに何をやって いるんだよとバカにされるだろうな~。うまいこと捕まえる ことができるかな~。サルをバカにしたばちがあたったなあ~」 ところが事態は思いもかけない良い方に、あっけなく 解決しました。そのサルはサル山の外に出てはみたものの、 後に続いて仲間たちが次々と逃げてくるわけではなく、 きっと見知らぬ環境に心細くなったのでしょう、サル山の 周りをぐるっと何周か回った後、自分から仲間のいるサル 山の中にぴょんと戻ったのでした。 はたしてこの釣り人にはツキがあったと言えるのでしょうか? 「逃がした魚は大きいっていうけどよ~、逃げたサルはよ~・・・」 、特におちはありませんでした。
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