学位論文題名

博 士 ( 農 学 ) 赤 坂 卓 美
学 位 論 文 題 名
農地景観における同所性コウモリ類3種の行動と
生息場選択に関する研究
ー景観保全と再生の指標として―
学位論文内容の要旨
農地景観は、人為景観の中でも最も大きな変化を遂げた景観のーっであり、生物群集
の保全が重要な課題となっている。近年、農地景観における種多様性および個体群への
影響を緩和する景観要素として、河川や河畔林、耕地防風林、そして、用水路などの重
要性が指摘されている。しかし、これらの知見は、限られた地域および分類群に関する
ものであり、広大な農地景観に生息する生物群集の保全のためには、未だ情報が不足し
ている。特に哺乳類に関しては、多くの種で、必要な生息環境が明らかになっていない
のが現状である。また、既存研究の多くは、保全計画を立てる際に必要な、対象種の行
動目的およびスケール効果を考慮していなぃ。さらに、重要な環境における多種共存の
メカニズムも把握していなぃ。したがって、これまでの知見のみでは、効率的な保全計
画をたてるのは困難である。そこで本研究では、農地景観に生息する哺乳類群集のなか
でコウモリ類に注目し、重要な生息環境を行動目的とスケール効果を考慮して明らかに
し、その景観要素における多種共存のメカニズムを把握することを目的とした。さらに、
コウモリ類にとって重要であることが明らかになった景観要素について、自然再生事業
の効 果 を検 討 し、 今後 の 再生 事 業で 考 慮す べき 内 容を 提 示した。
コウモリ類にとって重要な土地被覆区分を抽出するために、同所性コウモリ類3
種(ド
ーベントンコウモリ、カグヤコウモリ、ウスリホオヒゲコウモリ)を対象に、各種の生
息環境選択を行動圏と餌場の両スケール(広さ;Ex
t
e
nt
)
から明らかにした。また、餌場
に関 し て は、 4つ の 解像 度 (5
0m、 1
50m、250m
、 そ し て350m)
か ら 最 適な 餌 場の範 囲
を検討 した(解 像度;Gra
in
)。コウモ りの夜 間の活動は、2
0
0
6年および2
0
07
年5
月∼9
月、北海道十勝地方の農地帯において、テレメトリー法により各種1
0
個体の繁殖雌を対
象に追 跡し、GI
Sを用い て土地被覆区分図(宅地、農地、草地、広葉樹林、針葉樹林、
河畔林 、そして 河川)に 記録した。これを用いて1
0
0%最外郭法により行動圏を推定し
た。選択された土地被覆区分は、種によって様々であったが、全ての種において行動圏
と餌場では、異なる土地被覆が選択された。行動圏では全ての種、餌場ではカグヤコウ
モりを 除く2種で共通 して河川が好まれていた。カグヤコウモりは餌場に関してはジェ
ネラリ ストであ った。最 適な餌場の範囲は、ドーベントンコウモりで5
0m
および15
0
m
、
ウスリ ホオヒゲ コウモり で5
0
mであり、両種とも解像度の増加と共に関係する土地被覆
区分は減少した。以上の結果から、河川は共通して重要な土地被覆区分であるものの、
コウモリ類の生息環境選択は、スケール依存性を示すことが明らかになった。したがっ
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て、コウモリ類の保全管理には、河川に配慮した階層的な指針が求められる。また、餌
場 に 関 し て は 、 50m四 方 単 位 を 考 慮 す る 必 要 が あ る こ と が 示 唆 さ れ た 。
河 川におけ る3種(ドーベントンコウモリ、カグヤコウモリ、そしてウスリホオヒゲ
コ ウモリ) の共存 メカニズ ムを明 らかにす るために、2
0
04
年∼2
0
0
7年5月∼9月、同調
査地に存在する河川からランダムに6
0箇所の調査地点を抽出し、カスミ網を用いて各出
現 種構成に おける 3
種の 飛翔高度選択(0
∼4
m
の間)および出現時刻を調査した。また、
粘着トラップを用いて昆虫目の垂直分布も同時に調査した。ウスリホオヒゲコウモりと
カグヤコウモりが同時に出現するケースは認められなかったが、それ以外全ての組み合
わせの出現種構成が確認された。確認された全ての出現種構成において種間における時
間的な住み分けは生じていなかった。一方、飛翔高度は、各種の好む餌昆虫目の垂直分
布 と関係し ており 、双翅目 および 水生昆虫 を好むドーベントンコウモりは1
.5
m
以下、
双 翅目、甲 虫目、 そして鱗 翅目を 好むウス リホオヒゲコウモりは2
.
5m
以上を飛翔して
お り、全て の出現 種構成において2種の利用する空間は異なっていた。しかし、餌昆虫
に対してジェネラリストと推測されるカグヤコウモりは、単独で出現する際には、全飛
翔昆虫が最も豊富な高度(1
∼2
m)
を飛翔するものの、水面付近に特化した採餌様式(ト
ローリング)を有するドーベントンコウモりの出現により飛翔高度を大幅に上昇させた。
また、その飛翔高度は、ウスリホオヒゲコウモりの出現には影響しなかった。カグヤコ
ウモりとウスリホオヒグコウモりの共存メカニズムは定かではないが、餌資源の嗜好性
の 違いによ り共存 しているのかもしれない。このように、河川における3
種の飛翔高度
は、餌資源に対する嗜好性および採餌様式の違いによって決定されており、垂直的な住
み分けによって共存していることが明らかになった。
低地河川におけるドーベントンコウモりの餌場を保全するために、本種の採餌活動に
影響する餌変量(個体数またはバイオマス)および餌昆虫の発生起源(水生または陸生)
を明らかにした。また、標津川において実施された再蛇行化実験地において、流路の再
蛇行化が水生昆虫量の増加を介して、コウモりの餌場の質を向上させるか否かを検証し
た 。2
00
4年5月∼9月、飛 翔昆虫 を、マレ ーゼトラ ップを用いて標津川の蛇行および直
線区で採集した。コウモりの活動は、両区の各マレーゼトラップの近くでバットディテ
クターにより記録した。ドーベントンコウモりの採餌活動は、バイオマスよりも個体数、
そして陸生よりも水生の飛翔昆虫に強く関係していた。水生の餌資源に対するドーベン
トンコウモりの強い依存性は、常に水生飛翔昆虫の個体数が陸生飛翔昆虫よりも豊富で
あ ったこと が原因 であると考える。また、ドーベントンコウモりは、6
月を除く全ての
月で、蛇行区よりも直線区で活発に活動しており、その活動量は水生飛翔昆虫の個体数
の 季節的な 分布と 同調していた。これは再蛇行化後2
年目の結果であり、蛇行区の河畔
林はまだ発達していないことが原因であると推測された。この研究成果により、低地河
川における水生飛翔昆虫は、ドーベントンコウモりに対して、季節を通じて重要な餌資
源であることが明らかになった。河川環境の人為的改変による、更なる水生昆虫量の減
少 は 、 本 種 の 保 全 に 対 し て 確 実 に 悪 影 響 を 及 ば す こ と を 意 味す る 。
本研究では、農地景観におけるコウモリ類の生息環境に関し、景観スケールにおける
環境選択から多種共存メカニズムに至るまで解析し、保全策に対して具体的提言を行っ
た。具体的には、コウモリ類の生息環境においてローカルな地点ではなく空間面に広が
るランドスケープとしてとらえることの重要性、および単一のスケールのみからの知見
に基づく保全計画の危険性を提示した。また、これまでの保全計画では、実施されるこ
とが非常に稀であった、重要な環境における多種共存メカニズムの解明、およぴ陸生動
物を対象とした河川再生事業の効果検証の必要性を明示した。これらにより、農地帯に
生息するコウモリ類における河川環境の重要性を明らかにした。また、特に河川形状の
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再生に偏る自然再生 手法に対して、河川ならびに氾濫原形成プロセスの再生が、河川を
中心とする流域環境 再生の鍵であることを示すとともに、今後の河川環境の復元におけ
る評価は、水生生物 種と同様に積極的に陸生生物種についても行うことが重要であるこ
とも示した。
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学 位論文審査の要旨
主査
副査
副査
副査
教授
中村太士
教授
丸谷知己
研究員
平 川 浩 文 (森 林総 合研 究所 )
助教
根岸淳二郎
学 位 論 文 題 名
農 地景観に おける 同所性コ ウモリ類 3種 の行動 と
生息 場 選 択に 関 す る研 究
一 景観 保全 と再 生の指 標と して ―
本 論 文 は 、 図 16、 表 5含 む 総 頁 数 89の 和 文 論 文 で あ り 、 他 に 参 考 論 文 10編 が
添 えられ てい る。
農地景 観は 、人為景観の中でも最も大きな変化を遂げた景観のーつであり、生物
群 集の保 全が 重要な課題となっている。しかし、特に哺乳類に関しては、多くの種
で 、必要 な生 息環境すら明らかになっていたいのが現状であり、保全計画を立てる
際 に必要 な、 対象種の環境利用目的およびスケール効果を考慮していない場合がほ
と んどで ある 。さらに、生息環境に同所的に棲む生物の共存メカニズムにっいても
明 らかに なっ ておらず、効率的な保全計画をたてるのは困難である。本研究では、
農 地景観 に生 息する哺乳類群集のなかでコウモリ類に注目し、重要な生息環境を環
境 利用目 的と スケール効果を考慮して明らかにし、その景観要素における多種共存
の メカニ ズム を把握することを目的としている。さらに、コウモリ類にとって重要
で あるこ とが 明らかにをった景観要素について、自然再生事業の効果を検討し、今
後 の再生 事業 で考 慮す べき 内容 を提 示し てい る。
1, 同 所 性 コ ウ モ リ 類 3種 の 生 息 場 選 択 性 と 行 動 圏 サ イ ズ : 選 択 性 の 特 異
性 に着目 して
同 所 性 コ ウ モ リ 類 3種 ( ド ー ベ ン ト ン コ ウ モ リ 、 カ グ ヤ コ ウ モ リ 、 そ し て ウ ス リ
ホ オヒ グコウモリ)の生息環境選択に重要を土地被覆区分を行動圏と餌場の両スケ
ー ル か ら 明 ら か に し た 。 ま た 、 餌 場 に 関 し て は 、 4っ の 解 像 度 (50m、 150m、 250m、
そ し て 350m)か ら 最 適 な 餌 場 の 空 間 範 囲 を 検 討 し た 。 そ の 結 果 、 選 択 さ れ た 土 地
被 覆区 分は、種によって様々であったが、全ての種において行動圏と餌場で異なっ
て い た 。 し か し 、 行 動 圏 で は 全 種 、 餌 場 で は 2種 が 河 川 を 好 ん で い た 。 ま た 、 最 適
な 餌 場 の空 間 範 囲は 、 ドー ベ ント ンコウモ りで150m以下、 ウスリホ オヒゲコ ウモ
り で50mで あり、両 種とも解 像度の増 加と共に 関係する土 地被覆区 分が減少 した。
以上の結果から、コウモリ類の生息環境選択はスケール依存性を示すため,、保全に
は 河川 に配慮し た階層的 な指針が 求められ ること、そ して餌場 に関して は、50m四
方 単位を考 慮する必 要がある ことを論 じている 。
2.同所 性 コ ウモ リ 類3種に お け る出 現 種構 成 と 飛翔 高 度 選択:ギ ルド内に おける
種共 存のメカ ニズムの 解明
河川 に お ける 3種 の 共存 メ カニズム の解明を 目的に、 各出現種構 成におけ る3種
の 飛 翔高 度 選 択(0∼4mの 間) と餌資源 である昆 虫の垂直 分布を明ら かにした 。そ
の結 果、確認 された全 ての出現種構成においてドーベントンコウモリ(1.Sm以下)
とウ スリホオ ヒグコウ モリ(2.5m
以上)の飛翔高度は異なっており、各種の飛翔高
度は 、餌資源 となる昆 虫目の垂 直分布と 関係して いた。一方、餌資源に対してジェ
ネラ リストと 推測され るカグヤ コウモり は、単独 で出現する際には、全飛翔昆虫が
最 も 豊富 な 高 度( 1∼ 2m)を飛 翔するも のの、水 面付近に 特化した採 餌様式( トロ
ーリ ング)を 有するド ーベント ンコウモ りの出現 により飛翔高度を大幅に上昇させ
た。 また、そ の飛翔高 度は、ウ スリホオ ヒゲコウ モりの出現によって影響を受けな
かっ た。以上 から、河 川におけ る3種の飛 翔高度は 、餌資源に 対する嗜 好性およ び
採餌 様式の違 いによっ て決定さ れており 、垂直的 な住み分けによって共存している
と結 論してい る。
3.ドー ベ ン トン コ ウモ り の 採餌活動 に対する 蛇行河川 復元の影響 :コウモ りの餌
場の 評価指標 の検討も 含めて
低地 河川にお けるドー ベントン コウモり の餌場の 保全を目的に、本種の採餌活動
に影 響する餌 変量(個 体数また はバイオ マス)お よび餌昆虫の発生起源(水生また
は陸 生)を明 らかにし た。また 、標津川 において 実施された再蛇行化実験地におい
て、 流路の再 蛇行化が 水生昆虫 量の増加 を介して 、コウモりの餌場の質を向上させ
るか 否かを検 証した。 その結果 、ドーベ ントンコ ウモりの採餌活動は、水生昆虫の
個体 数に最も 強く関係 していた 。また、 本種は、 6月を除く全 ての月で 、蛇行区 よ
りも 直線区で 活発に活 動してお り、その 活動量は 水生飛翔昆虫の個体数の季節的な
分布 と同調し ていた。 これは再 蛇行化後 2年目の結 果であり、 蛇行区の 河畔林は ま
だ発 達してい ないこと が原因で あると推 測してい る。この研究成果により、低地河
川に おける水 生飛翔昆 虫は、ド ーベント ンコウモ りに対して、季節を通じて重要な
餌資 源である と論じて いる。さ らに、河 川環境の 人為的改変による、更なる水生昆
虫 量 の 減 少 は 、 本 種 の 餌 場 の 保 全 に 対 し て 悪 影 響 を 及 ぼ す と 結 論 し て いる 。
以 上のよう に本論文 は、農地 景観にお ける同所 性コウモリ 類3種の行 動と生息 場
選 択を多次 元スケー ルで明ら かにした 。さらに 、共存するメカニズム、そして河川
再 生の指標 としての コウモリ 類の重要 性を示し たことは、基礎研究の分野のみなら
ず 、生物に よる復元 指標の発 展に大き く寄与す るものであり、その成果は学術・応
用 両面から 高く評価 される。 よって審 査員一同 は、赤坂卓美が博士(農学)の学位
を 受けるの に十分を 資格があ るものと 認めた。