敬愛なるベートーベン

立ち読み映画劇場
敬愛なるベートーベン
土田一宏
敬愛なるベートーベン
土田一宏
皆様お元気ですか。
こちらもいまのところ風邪もひかずになんとか過ご
しております。
先週は元気でいた85歳の叔父(母の弟)が突然な
くなり悲しみにくれまた上尾での葬儀のため大変忙
しい週でした。
前の週1月11日(木)の午後にシアターN渋谷で
観た「敬愛なるベートーベン」―Copying Beethoven
の感想を遅くなりましたが、お届けします。
公演が終わりに近いせいか観客は少なく中年のご夫人、若い女性のただの3人で、終わってか
らこんなすばらしい映画をたった3人で観るのはもったいないと意見が一致しました。
脚本・製作はクリストファー・ウィルキンソン、監督はポーランド出身の女流アニエスト・ホラ
ンド。
耳が不自由となった晩年のベートーベンを支えた架空の若い女性写譜師―copyistアンナ・ホ
ルツの感動の物語である。 ストーリーは1827年の冬ウィーン
郊外のベートーベンのもとに急を聞いてアンナ・ホルツ(ダイア
ン・クルーガー)を乗せた馬車が到着した。
死の床にあるベートーベンを見舞う
ためであった。ここでストーリーは3
年前の回想場面に移っていく。
音楽出版社の責任者シュレンマー(ラルフ・ライアック)は長年
にわたりベートーベンが乱暴に書きなぐった譜面を清書する大事な
コピイストの仕事をしてきたが年と病気には勝てずこれ以上続ける
のが困難であることを悟り音楽学校にこれを引き受ける候補者の派
遣を頼んでいた。
やってきた若いアンナ・ホルツをみてシュレンマーはベートーベンはけだものーBeastで手に
負えないぞと追い返そうとするがアンナは依頼主がベートーベンであることを知りぜひ協力した
いと申し出る。アンナは写譜したコピーを持ってベートーベンのもとを訪れる。
彼は音を聞くために耳のまわりに大きな覆いをつけて音を必死に聞きながら作曲しており耳の悪
化が進んでいるように見えた。若いアンナをみた彼は怒るが第九シンフォニーの演奏がまじかに
迫っており時間の余裕がないため彼女に写譜させてみる。出来上がってきたコピーの間違いを彼
女に指摘した彼は逆に彼女から「ベートーベンだったらこの長調を単調に間違えるわけはない」
ときっぱりといわれる。ベートーベンは彼女のただならぬ才能を見抜き写譜を任せることを決意
する。
彼女は田舎からでてきて伯母の女子修道院で生活をしながら音楽学校に通っている。伯母は若
いころあのサリエリのもとで歌手をめざして勉強していた経歴の持ち主だがいまは修道院の院長
として修道女を見守っている。 毎日ベートーベンのもとで夜遅くまで仕事をしているアンナを
心配しているがアンナは大作曲家と一緒に仕事をできる喜びをかみしめて充実した日をすごして
いた。アンナは恋人の建築家マルティン(マシュー・グート)とはそれでもよく会っているが彼
は現在ドナウにかかる橋の設計に取り組んでいる。
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土田一宏
ある日アンナはいつもの地味な修道衣を脱ぎ胸もあらわにあられもない姿で乱雑なベートーベ
ンの部屋の掃除をしていると彼の甥のカール・ヴァン・ベートーベン(ジョー・アンダーソン)
がいきなり入ってくる。伯父にお金の無心にきたのであった。この甥をベートーベンは1人前の
ピアニストにするためによい先生をつけて勉強させているが才能がなくばくちに溺れベートーベ
ンの部屋から金を盗むことさえあった。
いよいよ第九シンフォニーが完成し初演の日がやってきた。
ベートーベンは最近耳が悪化がすすみ指揮をしてトラブルをい
るが今回はどうしても指揮をするというベートーベンを懸念し
たシュレンマーはマルティンと一緒に客席にいるアンナを呼び
出し舞台に上がり曲のテンポをしぐさでベートーベンに教える
ように頼む。演奏はフィナーレの「歓喜の歌」とともにクライ
マックスに達し観客は総立ちとなり大成功に終わる。聴いてい
た甥のカールも感動に咽ぶ。パトロンのロシアのルドルフ大公
も大喜びでベートーベンとアンナを祝福する。その夜アンナは
恋人のマルティンと街に消える。
翌日ベートーベンのもとを訪れたアンナは彼から写譜師アンナと名前が書かれている楽譜を見
て感激する。ここで初めて自分の作曲した曲を彼に見せる。演奏した彼はこれは「おならの曲
だ」と酷評する。ひどく傷ついた彼女はベートーベンのもとを去ろうするが彼はアンナを必要な
自分に気づき謝りこれからいっしょにこの曲を合作していこうとなだめて引き止める。
以後アンナは傾倒しているベートーベンの写譜をするかたわら自分の作曲にもアドヴァイスをう
けることになる。耳が不自由になってからかえって音楽を理解できるようになったのは音楽は神
の意思を聴きこれを譜面にあらわすのだということを自覚したためであるとアンナに告げ第九の
成功後ベートーベンは弦楽四重奏曲「大フーガ」に取り組んでいる。
ある日アンナはマルティンからドナウにかかる橋の設計が完成したので橋の模型を観に来てほ
しいと招待される。一目これをみたアンナは出来がよくないことを直感する。訪れたルドルフ大
公もあまり評価しなかった。ここにベートーベンが来て一目観て駄作だとけなし模型をこわして
しまう。怒ったマルティンはアンナに向かって無礼なベートーベンのもとで仕事をするのは許さ
ない、続けるのならこれからつきあいはできないとい
う。アンナはマルティンとの恋をあきらめベートーベン
のもとでいっそう作曲と写譜に打ち込んでいく。
ベートーベンの体を拭いてあげたり身の回りの世話に
も余念がない。アンナの曲が次第にベートーベンに似て
いくのをみたベートーベンはアンナに無心になり魂を開
いて神の心を聞けと諭す。 る。やがて「大フーガ」が完
成し演奏の日を迎えた。難解な曲の途中で観客は次々と
席を立つ。最後まで残っていたルドルフ大公も「耳が相
当悪くなっているようだ」と言い残して帰ってしまう。
ベートーベンは病気と失意のため会場で倒れる。アンナは駆け寄り介護する。それから以後も病
床に付き添ったアンナはベートーベンの作曲に献身的な手助けをする。譜面を書けなくなった
ベートーベンは口述で音符をアンナに伝える。神に心を聞き最後に神と一体となった最後の曲が
完成してフィナーレを迎える。
すばらしい音楽映画で感動した。ハイライトの第九のフィナーレはベートーベンとアンナの息
がぴったり合っている様子がよく伝わってきた。
監督のアニエスト・ホランドは初めて作品をみたが優れた才能にはびっくりした。
ベートーベン役のエド・ハリスは1950年米国生まれ、コロンビア大、オクラホマ大で映画の
道に入った演技派である。数年前観た「スターリングラード」でロシアの狙撃兵ヴァシリー・ザ
イツェフ(ジュード・ロー)の敵役となった冷酷なナチスのケーニヒ少佐を好演して強い印象が
残っており今度もそれを裏切らない演技をみせてくれていた。喜びと苦悩が交錯するベートーベ
ンの晩年の姿をよくとらえていた。
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土田一宏
アンナ役のダイアン・クルーガーは1976年ドイツ生まれ、イギリスのロイヤルバレーにい
たが怪我で断念しその後トップモデルとして成功し映画界入りした。2年前に観た「トロイ」で
はトロヤ戦争の原因となったトロイ王妃ヘレンの役でその類まれな美貌に圧倒されたが今回の役
ではそれを内面に秘めて芯の強い女性を好演していた。
撮影はハンガリーのブダペストで行われ当時の雰囲気がよくでていた。第九の録音はベルナル
ド・ハイティンク指揮のアムステルダムのコンセルトヘボー交響楽団のデッカ版から採取したと
いう。
このすばらしい映画を公演の最後に偶然観られたことはじつに幸運であった。
(07年1月記)
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