張 - 北陸大学

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北陸大学 紀要
第31号 (2007)
pp. 157∼164
〔原著論文〕
「ウツクシ」と「ウルハシ」の語意について
張 新 英 *
A study of the meaning of “utsukushi” and “uruwashi”
Ying Zhang Xin *
Received October 31, 2007
Abstract
In Modern Japanese, “utsukushi” and “uruwashi” are written as “utsukushii” and
“uruwashii”. But as for how they were used in the past, I will give a simple research on the
meaning of “utsukushi” and “uruwashi” based on the usage examples in dictionaries of the
Jyouko Period ,Chuko Period and Chusei Period (the Nara Period, Heian Period and the period
from the Kamakura Shougnate to the Muromachi Shougnate in Japanese History).
Chinese character consists of three parts—shape, pronunciation and meaning. In the first
section, I will talk about these two Chinese characters “mei” and “li”, mainly focusing on their
meanings. In section two, I will focus more on Japanese words “utsukushi” and “uruwashi”.
From the usage examples of the word “uruwashi” in different periods of time, we know that
nowadays the meaning of “uruwashi” and “utsukushi” has become quite similar. However, in
Jyoko Period, the word “uruwashi” was mostly used to express the feeling of appreciating the
neatness and dignity of someone or something; When it comes to the Chuko Period, it was used to
describe the grandeur and magnificence of an object’s appearance; Further, in the Chusei Period,
“utsukushi” then tended to be used for expressing emotions and feelings.
During the study of Chinese characters “mei” and “li” and Japanese words “utsukushii” and
“uruwashii”, I come to understand that the meaning of “mei” and “li” has not changed much in the
development of Chinese language, yet the Japanese words “utsukushii” and “uruwashii” have
developed distinct meanings as times changed. In addition, I was impressed by various language
expressions about Japanese aesthetics in different times during my study of the word “utsukushi”,
and I will make in-depth study in the future. As far as the word “uruwashi” is concerned, since I
have not yet read the examples thoroughly, I will deepen my understanding towards it in further
studies.
*
国際交流センター
International Exchange Center
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張 新 英
「ウツクシ」と「ウルハシ」の現代語は「美しい」と「麗しい」である。しかし従来この二
つの言葉がどのように使われてきたか,上代から中古,さらに中世あたりまでの辞書の用例に
より,「ウツクシ」と「ウルハシ」の語意について,大筋をさぐっていく。
一.「美」と「麗」について
漢字には必ず,形,音,義の三つがあるが,ここで,義を中心に見ていきたい。
1.漢字の「美」について
「美」について,辞書により,以下の諸説をあげることができる。
a.『古代漢字彙編』(木耳社 白川静 小林博)によれば,「美はもとは羽飾の美をいう
字であったらしく,卜文の字形がもし美の原字であるとすれば,
,
卜
それは神
事の時の舞人の姿であったと見られる。後,頭部が羊形となるのは,あるいは善義など
の字形に近づいたものであろう。いずれにしても,それらは皆,宗教的な意味をもつも
のとして,価値的な語に移行したものであることは疑のないところ」ということである。
b.『漢字語源辞典』
(学燈社 藤堂明保著)によれば,
「美は甘なり,羊十大の会意……味
と同じく微妙な口ざわりを意味した。善にも羊を含み,義にも羊を含む。羊は美味の代
表として音符に用いられる。『論語』「八
」─「すでに美を尽くせり。いまだ善を尽さ
ず」はその用例で,広く感覚的な微妙な味わいの意に用いられる」ということである。
c.『字統』(白川静 平凡社)によれば,「美は象形で,羊の全形。下部の大は,羊が子
を生むことを
という時の大と同じ意で,羊の後脚をも含む形である。『説文』に「甘
し」と訓し,「羊に従ひ,大に従ふ。羊は六畜に在りて,主として膳に給するものなり。
美と善と同意なり」とする。羊大に従うというも大はその下体である。美は羊の肥美の
状を示し,神に薦むべきものである。善・義・美は皆羊に従い,善は羊神判によって勝
利をえたもの,義は犠牲に用いて,完美なるもの,美も神に供薦すべきものをいう。そ
れで,形の美肉味の美をいう。さらに移して人の徳行や自然風物の美しいことを言う。
卜文にまた人が頭に羽飾を加えている字形があり,その羽飾は羊角の状と異なって,先
端が左右に外に垂れ,また美と釈しうる字であるが,名詞に用いており,用義を知りが
たい。いま美の字は,羊形の字によるもので」ということである。
d.一方『漢語大字典』(四川 湖北辞書出版社)によれば,以下のように書いてある。
『説文』 ①美,甘也。从羊,从大。
②徐鉉等曰:羊大則美。
③李孝定『甲骨文字集
釋』:疑象人飾羊首之形。
まとめ:
以上の諸説から分かるように「美」についての説文は皆同じであることを共通している
が,『古代漢字彙編』では美について,卜文の字形からも「美」を解いてある。また『字
統』にも説文,卜文以外に「美は羊の肥美の状を示し,神に薦むべきもので……形の美,
肉味の美をいう。さらに移して人の徳行や自然風物の美しいことを言う」という独自な解
釈をしたことに注目されるべきであろう。
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「ウツクシ」と「ウルハシ」の語意について
説文では「美」は羊十大を合わせて,うまいという意を表し,その後,よい,みめよ
い等の意に中国語として転じるようになってきたという。だから,今でも漢語の「美」
はあいかわらず,「大きな」ものの美しさを表現していることは否定できない。例えば,
サクラ草,カスミ草と牡丹と一緒に並べれば,多くの中国人はサクラ草,カスミ草より,
恐らく牡丹に美しさを感じるだろう。牡丹に対して,
「很美」
(大変うつくしい)といい,
サクラ草などに「很可
」(大変かわいい)というだろう。
2.漢字の「麗」について
麗について,辞書により,以下の諸説をあげることができる。
a.
『古代漢字彙編』(木耳社 白川静 小林博)によれば,
「
は麗の初文にして象形字。
「旅行也」と訓ずるも,麗を旅行の義に用いた用例はない。麗は両皮を列するので附麗
の義となり,その毛色よりして,美麗の意となる。儷皮を字の原義とすべき」というこ
とである。
b.『漢字語源辞典』(学燈社 藤堂明保著)によれば,「
は「両
(二つ並ぶ)なり,
両々あい付する形に従う」ということで麗は旅行(連なり行く)なり」鹿の性,食を見
て,急ならば,必ず旅行す。鹿十
声」……ミカは群生して,じゅずつなぎに動く習
性があるので,鹿を加えた」ということである。
c.『字統』(白川静 平凡社)によれば,「象形:麗という字の上部の
が麗の初文で鹿
皮を並べた形とされるが,卜文,金文は鹿角を主とする字と見られる。(説文)に「旅
びて行くなり,鹿の性,食を見ること急なれば,則ち必ず旅び行く」といい,
する。
声と
は古文の形。また「禮,麗皮もて納聘す。蓋し鹿皮なり」とは婚礼の納徴と
する意。字形が鹿角を主とするものとすれば,字の初義は(詩,小雅,魚麗)「魚
麗る」(周礼大司寇)「凡そ萬民の罪過ありて,いまだ
(法)に
に
らざるもの」。また
[礼記 祭義]「既に廟門に入りて,碑に麗ぐ」などの用義字が,字の初義に近い。「儀
礼 土昏礼」に「納徴に玄
束帛儷皮」とあり,結納として
皮を用い,[注]に「両
鹿皮なり」という。これより伉儷(夫婦)の意となり,ならぶ意となる。また美麗の意
は鹿角についていうべきものであろう。鹿皮も美麗であるが,鹿角は他に比すべきもの
がない。甲骨文に鹿頭に刻辞したものがあり,おそらく「うけい狩り」をして獲たもの
であるらしく,大事を記念する意味の文を刻している。〔書,偽古文費誓〕に「佳麗」
の語がみえるが,みな戦国期以後の用法である。「竝ぶ」の訓は,
皮として用いるに
至ってからのものであろう」ということを書いてある。
d.一方『漢語大字典』(四川 湖北辞書出版社)によれば,以下のように書いてある。
『説文』
也。
麗,旅行也。鹿之性見食急則必旅行。从鹿,
,古文;
,篆文麗字。
声。『禮』麗皮納聘,蓋鹿皮
李孝定《甲骨文字集釋》「
此字之古文是也。麗既以古文為声,則从鹿必属後起。
謂
声」之
,諸家以為即
之本義訓両訓
,麗字从
鹿,当為鹿之旅行之専字。
まとめ:
以上から分かるように漢字の麗は象形文字である。麗について,a,b,c,dの諸説
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はほぼ同じであるが,c『字統』は象形,説文の以外に卜文の解釈があり,この点におい
て他の説と違うことに注目されるべきであろう。漢語としての「麗」は「
」同じで,
日本語の「ウルハシイ」,「つい」などの意味で使われている。
二.日本語の「ウツクシ」と「ウルハシ」について
1.ウツクシ(上代)
『時代別国語大辞典上代編』(三省堂)によれば,以下のように解いてある。
うつくし(愛)(形シク)いとしい,かわいい。
用例:
① 本
に花は咲けども何とかも于都倶之妹がまた咲き出来ぬ(孝徳紀 大化五年)
●
●
●
●
② 妻子見ればめぐし宇都久志(万葉集 八〇〇)
●
●
●
●
③ 宇都久志伎小目の笹葉にあられ降り(播磨風土記 賀毛群)
●
●
●
●
④ 娃美女貝字豆久志乎美奈(新撰字鏡)
●
●
●
●
⑤ 于都倶之枳吾が若き子を置きてか行かむ(斉明紀四年)
●
●
●
●
このように,上代に(時代別国語大辞典)おける「ウツクシ」は夫婦の間や,父母,妻子,
恋人に対する肉親的な親愛の感情を表現していた。例えば,①は母が妹に,②は夫が妻に,③
は小目にあるいは笹葉に,④は女性に,⑤は若き子に対してウツクシを使っていた。用例から
分かるように①は親の子の情,②は夫婦間の感情,③は小目,あるいは笹葉などの景色に,④
と⑤は女性,若き子,つまり弱小な者に対する表現である。また③を除けば,他の用例は全部
人間に対て「ウツクシ」を使ったが,③だけは笹葉で植物だった。
次ぎは『萬葉集総索引』(単語篇 正宗敦夫編 平凡社)により,ウツクシと呼んでいる用
例である。
①
橘の古婆乃波奈里我於毛布奈牟已許呂宇都久志伊氏安禮波伊可奈(三四九六 東歌)
②
天地のいづれの神を祈らばか有都久之母に麻多已等刀波牟(四三九二 防人の歌)
●
●
●
●
●
●
●
●
③ (大君の命畏み)宇都久之気麻古我手離り(四四一四 防人の歌)
●
●
●
●
④ (わが背なを築紫へ遣りて)宇都久之美於脾
●
●
●
●
⑤
惠得吾念妹者(二三五五)
⑥
愛美君爾副而山道越来奴(三一四九)
●
●
波等可奈々阿也爾可毛禰牟(四四二二)
●
●
まとめ:
以上『萬葉集総索引』
(単語篇 正宗敦夫編 平凡社)におけるウツクシの用例である。
用例から分かるように「ウツクシ」は宇都久志,有都久之,惠,宇都久之などで表してい
る。①は男が小女に,②は壮丁が母に,③は防人が真子に,④は妻が壮丁である夫に対し
てウツクシと言っているが,景色に対してウツクシという例えばなかったのである。用例
③は特殊の例であるかもしれない。
以上の用例で,上代におけるウツクシは親が子を,また夫婦,恋人が互いにかわいく思
い,情愛をそそぐ心持をいうことが分かり,決して美を表現する言葉ではなかった。
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「ウツクシ」と「ウルハシ」の語意について
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2.ウルハシ(上代)
『時代別国語大辞典上代編』(三省堂)によれば,以下のように解いてある。
うるはし[愛,麗](形シク)風景などが美しい,壮麗である。容姿などが端麗,端正であ
る。心がうつくしい。誠実である。
用例:
① たたなづく青垣山ごもれる大和し宇流波斯(記景行)
●
●
●
●
② 見欲しきは雲居に見ゆる愛十羽の松原(万葉集 三三四六)
●
③ 言門はぬ木には女りとも宇流波之吉君が手馴れの琴にしあるべし(万葉集 八一一)
●
●
●
●
④ 宇流波之み我が思ふ君は瞿麦が花になそへて見れど飽かぬかも(万葉集 四四五一)
●
●
●
●
⑤ 先是天稚彦在於葦原中国也与味耜高彦根神善(神代紀下)
●
●
↓
まとめ:
このように,上代(時代別国語大辞典)におけるウルハシは①は青垣山に,②は十羽の
松原に,③は(琴を引く)君に,④は君に,⑤は天稚彦と味耜高彦根との仲に対してウル
ハシを使った。①と②は景色に対する表現で,美しい,壮麗であることを言う。③は琴を
引く君に対して讚めたたえ,ご立派のことであろう。④も讚めたたえ意味として使ってい
るのであろう。⑤は仲がいいという意味であろう。
以下は『万葉集總索引』(単語篇 正宗敦夫編 平凡社)によりウルハシとよんでいる
用例である。
① 宇流波之等安我毛布伊毛乎於毛都追(三七二九)
●
●
●
●
② 宇流波之吉伎美我(手)奈禮能許等爾之安流倍志(八一一)
●
●
●
●
③ 戀々而相有時谷愛寸事盡手四(六六一)
●
●
④ 伊末能麻左可母宇流波之美須禮(四〇八八)
●
●
●
●
⑤ 濱清浦愛見神世自千船奏(一〇六七)
●
●
⑥ 吾背子之言愛美出去者(二三四三)
●
●
まとめ:
以上は『万葉集総索引』におけるウルハシの用例である。用例から分るようにウルハシ
が宇流波之,宇流波之,愛寸,愛千流波之,愛見,愛美で表わしている。
現在,うるわしいという言葉はうつくしいとかなり近い意味になっているが,以上の用
例から分るように,「うるわしい」はその起りを尋ねると,
「うつくしい」とはまったく違
っている。『時代別国語大辞典 上代編』(三省堂)の用例によればウルハシは上代では①
と②の用例のように風景の美しさに対する形容として使われている。また,③と④の用例
のように相手を讚めたたえる時に使われている。このほかに⑤の用例のように仲がいいと
かなどでも使われている。
次に『源氏物語』により,ウツクシとウルハシの用例を見ていきたい。
3.ウツクシ(源氏物語)
① 男君達十なるは殿下し給ふ,いとうつくし,人にほめられて,かたちなどようはあら
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ねど,いとらうらうしう,物の心やうやうしり給へり。(真木柱)
(源氏が筝の琴ヲ)かき合はせばかり弾きて,(紫の君二)さしやり給へれば,元怨
じに果てず,いとうつくしう弾き給ふ。(紅葉賀)
③ 抱き取り給えば,いと心やすうちみて,つぶつぶ肥えて,白く美し(柏木)
④ かくて,大学の君はその日の文うつくしう作り給ひて(玉
)
⑤ (紫上ハ)ちごうつくしみし給ふ御心にて,あまがつ(子ドモノ形ヲシタ人形)など
御手づから作りそそくりおはするも(若菜上)
まとめ:
ウツクシについて以上の用例から分るように①は愛らし,かわゆらしの意味として使わ
れているのであろう。②はかわいらしい態度で,③は美麗なりの意味で,④は岩波古語辞
典に「見事である」の用例に引かれているのである。日本古典全書に「上手に」日本古典
文学大系に「立派に」などと解く説は全く見あたらない。でも,④の大学の君は当時十三
歳である。一生懸命に詩賦作りに立ち向っている十三歳の貴公子の顔つき。態度を「かわ
いく」あるいは「かわいらしく」といったものと見てもよいであろう。⑤は生まれたばか
りの明石姫君腹の若君に対して「こどもかわいがり」ということで使っていらのだろう。
4.ウルハシ(源氏物語)
① もろこしの后の飾りをおぼしやりて,うるはしくことごとしく,輝くばかりととこの
へさせ給へり(若菜上)
② あまりうるはしき御有様の,とけ難く恥づかしけにのみ思ひしかづまり給へるをさう
ざうしくて,(帚木)
③ さすがに寝殿の内ばかりはありし御しつらひ變らず,つややかに掻いて掃きなどする
人もなし(
[玉小櫛]なしハ,決テナクノ誤也,)塵が積れども,まぎるることなきう
るはしき御住まひにて,明かし暮らし給ふ(蓬生)
④ 丑寅の町に,かの一條の宮を渡し奉らせ給ひてなむ,三條殿と夜ごとに十五日づつう
るはしう通い住み給ひける(匂宮)
まとめ:
以上の用例から分るように①,②,③,それぞれ端正,端麗などの意を表わしている。
④は几帳面の意味として使われている。④はつまり,両方の女のとことへ十五日ずつきち
んと通いになったのである。
このようにウツクシとウルハシの用例を通覧すると,『源氏物語』における「ウツクシ」
は小さい者(年齢小さい者・形の小さい者)に対する「かわいらしい」という気持をあら
わす語であって,他の意を持たないと考えてよいのであろう。一方ウルハシは上代の「美
しい風景」の形容,相手を「ご立派」と形容したことから,端正,端麗,几帳面に変わっ
てきた。
こうしたウルハシ,ウツクシの意味は上代から中古まで変移したが,中世に入ってはど
う変わっていくかを次の用例から見ていきたい。
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「ウツクシ」と「ウルハシ」の語意について
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5.ウツクシについて(室町)
『時代別国語大辞典 室町編』(三省堂),小学館によれば,以下のように解いてある。
ア,「目下の者の様子などが目上の人の心に愛情や,慈しみの情を起こさせるようなさまで
ある。また目上の人が,そういう心情を抱いている状態である。
用例: めでたきわか君をまうけ給ひぬ,みめかたち,よにうつくしく,中将殿のおさ
なだちにたがはせ給はずとて(短編二小伏見物語上)
イ,物事が普通一般に認められる美の条件を備えていて,それに接する人に感覚的な快感を
与える様子・状態である。
用例: 姫君一人もち給へるが,…桃李のよそほひこまやかにして,春の花よりも,う
つくしく,芙蓉のまなじりあざやかにして,秋の月にことならず(短編=小伏
見物語上)
ウ,「いつくし」への連想から事態が整っていて端正さが認められるさまである意を表わす
連用修飾語として用いられ,物事がそのように行われるさまをいう。
用例: 歯ノウツクシクナラブハ,見ヲアミ連タル如シ。(蒙求抄)
まとめ:
以上の用例から分るようにウツクシにおける「アの①」幼少な者(わか君の)容姿が見
るからにかわいい様子である。また(わか君に接して,かわいがりたいという気持を抱く
様の時に「うるくしく」を使ったのであろう。)「イの①」は姫君について,「桃李のよそ
ほひこまやかにして,春の花よりも,うつくしく…」は姫君の容貌・姿態などがきれいで
魅力的な 様子の時に「うつくしく」を使った。「ウの①」は歯並びについて,歯の個々
配列などが整然としていて,
「…見を並ぶようにきれい。
」という時に「うつくしく」を使
った。
ウツクシの時代別の用例を通覧すると分るように,上代では肉親の愛から,中古では小
さい者への愛へ変わってきた。この時にちいさいものに対して,かわいらしさ,弱小さ,
可憐さをいつもひそめにあると見ていいのであろう。しかし,室町になると,前に述べた
用例のように小さい者(もの)に対して,美への愛に変移してきた。つまり,ウツクシは
ようやく完全な美そのものを表わすようにと移り変わってきたのである。「弱小さ」にそ
れなりのうつくしさがあるようになってきた。
このようにウツクシは上代から,平安までさらに室町に至って,その意味も変わったこ
とから,現代語のウツクシイとは何を言うかについて考えさせる。
つまり現代語で「美」を表現する時に,その範囲の大小があるのではないかということ
である。例えば「男性美」について,日本語では「ある男は美しい」という表現はほと人
ど耳にしたことはない。しかし,少年,少女,女性に対して,その「美」を表わす時によ
く使われている。つまり,現代語で「美」を表現するときに,弱小なるものに対して,
「かわいらしい」という気持が根本にあるのではないかと思う。「うつくしい」という言葉
の裏に平安時代の影があるだけでなく,室町時代の影もあることを私に認識させると同時
に日本人の美に対する感覚について,さらに興味を持つようになってきた。
一方,室町になるとウルハシはどのように使われていたか,調べたところ,『時代別・
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国語大辞典(室町編)』(三省堂,小学館)にはのっていないことが分った。一つの手掛り
として『世阿弥伝書用語索引』(中村格 笠間書院)を調べたところ,三カ所に使われて
いた。
① 「うるはしく音曲を知れる人とは…」(曲付次第)
② 「ウルハシキ音曲の上果二八成々ジキ也」(音曲声出口伝)
③ 「うるわしき為とはいかが申すべき」
まとめ:
以上はウルハシの時代別の用例を通覧すると分るように,「ウルハシイ」という言葉は
今日では「ウツクシイ」とかなり近い意味になっている。しかし,上代では「ウルハシ」
は整って立派だ,端正だということを讚めたたえる気持をあらわす言葉なのだった。中古
になると,外見的な立派さ,儀式ばった感じ,几帳面に用いられた。さらに中世になると,
心に対する感じ方,きちんとした,足らないところがなく,すみずみまで立派であるの意
などに使われていた。何より,用例を十分調べていないので,ウルハシについて,これか
ら勉強し,よりこの言葉を理解していきたい。
最後に,漢字の「美と麗」日本語の「美しいと麗しい」を調べるうちに私は感じたのは,
説文の後から現在まで,漢語として,美と麗について,その意味はあまり変わっていない
ようである。しかし,それとくらべると日本語の「美しい」と「麗しい」が時代により,
意味はずいぶん違うことが分かった。また,「ウツクシ」という言葉から日本人の美につ
いて各時代のとらえ方などに引かれ,これから,別の機会に深く追求していきたい。
参考文献
白川静 小林博『古代漢字彙編』(木耳社)
中村格『世阿弥伝書用語索引』(笠間書院)
『時代別国語大辞典 室町編』(三省堂)
正宗敦夫編『万葉集總索引』(単語篇 平凡社)
藤堂明保著『漢字語源辞典』(学燈社)
白川静『字統』(平凡社)
『漢語大字典』(四川 湖北辞書出版社)
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