間奏曲集

間奏曲集
―主題なき変奏-
作品
2
太田将宏
Les Interludes – Variations sans Sujet – Opus 2 : Masahiro Ota
目 次
0. 前書きに代えて ........................................................................................................3
0.1 Sine Nomine.............................................................................................................3
1. 第一集 .......................................................................................................................5
1.1 Claudio Monteverdi (1567 – 1643) ........................................................................5
1.2 Henry Purcell (1659 – 1695) ..................................................................................7
1.3 Georg Friedrich Händel (1685 – 1759) ..................................................................9
1.4 Wolfgang Amadeus Mozart (1756 – 1791) ...........................................................11
1.5 Ludwig van Beethoven (1770 – 1827)..................................................................13
1.6 Carl Maria von Weber (1786 – 1826) ..................................................................15
1.7 Franz Schubert (1797 – 1828) .............................................................................17
1.8 Richard Wagner (1813 – 1880).............................................................................19
1.9 Leos Janàcek (1854 – 1928) .................................................................................21
1.10 Claude Achille Debussy (1862 – 1918) ..............................................................23
1.11 Richard Strauss (1864 – 1949) ...........................................................................25
1.12 Alban Berg (1885 -1935) ....................................................................................27
1.13 Francis Poulenc (1899 – 1963) ..........................................................................29
1.14 Gian Carlo Menotti (1919 - ) .............................................................................31
1.15 Aribert Reimann (1936 -) ...................................................................................33
2. 第二集....................................................................................................................35
2.1 Interlude ................................................................................................................35
0. 一段落..................................................................................................................37
0.2 Sine Nomine ..........................................................................................................37
3. 第三集....................................................................................................................39
3.1 Claudio Monteverdi (1567 – 1643) .....................................................................39
3.2 Henry Purcell (1659 – 1695) ................................................................................41
3.3 Georg Friedrich Händel (1685 – 1759) ................................................................43
3.4 Wolfgang Amadeus Mozart (1756 – 1791) ...........................................................45
3.5 Ludwig van Beethoven (1770 – 1827)..................................................................47
3.6 Carl Maria von Weber (1786 – 1826) ..................................................................49
3.7 Franz Schubert (1797 – 1828) .............................................................................51
3.8 Richard Wagner (1813 – 1880).............................................................................53
3.9 Leos Janàcek (1854 – 1928) .................................................................................55
3.10 Claude Achille Debussy (1862 – 1918) ..............................................................57
3.11 Richard Strauss (1864 – 1949) ...........................................................................59
3.12 Alban Berg (1885 -1935) ....................................................................................61
3.13 Francis Poulenc (1899 – 1963) ..........................................................................63
3.14 Gian Carlo Menotti (1919 - ) .............................................................................65
3.15 Aribert Reimann (1936 -) ...................................................................................67
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0. 前書きに代えて
0.1 Sine Nomine
以前、古代ギリシャ旋法の音階を眺めていて、何だ、lydia 旋法というのは、C-dur と同じでは
ないか、と疑問に思ったことがある。教会旋法で言えば、これは hypolydia に相当する。そのよう
に私が誤解した理由は簡単である。Dominante の位置に注意を払わなかったからである。言訳
になるが、その古い本には、その位置や、導音の位置などは書かれていなかった。無いものに
は注意の払いようがない。そんな環境の中で、私の音楽の勉強は始まったのである。ついでに
言えば、教会旋法の hypolydia と ionia(C-dur に相当する)の違いは、Dominante の位置だけ
である。Henricus Glareamus(1488?-1563)の<Dodecachorden>によって紹介、提唱された、
aeoria と ionia の両旋法により、初めて、この系統の音階の Dominante の位置が Tonika に対し
て五度と文献的に(公式的に?)定まったのである(対応する二つの変格旋法の場合は六度で
あった)。その五度の Dominante と導音の位置、役割によって、今日普通に言う転調の手法が
成立した事は周知であるが、E. Ansermet の言う、旋律は Dominante に向かう弾道である、とい
う言葉は、その辺の事情を説明したものであろう、と私は推察する。
これは、私の推測であるが、長調と短調は、古ゲルマンの音楽、或は、彼らの感性の特質では
なかったか、ということである。この推測を肯定するも、否定するにも、私の手には負えない問題
なので、これは学者先生に任せえるとして、少なくとも今言えることは、Ansermet が言った、調性
は、ヨーロッパ文明の(草子地:と言うことは、彼にしてみれば、人類の)到達した必然の帰結、と
いう言葉(Entretiens sur la Musique) は、二重の意味で当を得てないということである。
第一に、もし、彼の見解が正しかったとすると、それならば、何故、長調や短調が、<
Dodecachorden>以前の、人類の長い歴史のなかで忌避されてきたのかが解らなくなる。存在
の可能性としては、他の旋法と同程度であった、としか私には思えないのであるが、その忌避は
、それこそ世界的な規模で視られた現象であった(草子地:実は、<Dodecachorden>以前に、
局地的ではあるが、その事例があったことは、私でさえ知っている)。
第二に、どのような旋法のどのような旋律であれ、Dominante の位置が何処にあるかに関わら
ず、旋法を特徴づける Dominante の音の繰り返しの回数などは相対的であるということ、つまり
は、旋法と調性の違いも、また、相対的でしかない、ということである。調性は、彼の言うようには
、キリスト教文明とは何らの関りがなかった、と私は結論づけたい。
古代は遠く、分らない事が多い時代である。これは、限られた文献の記述に間違い、誤読がな
いとしての話であるが、古代ギリシャに於いては、現在、我々が謂う低い音は高い音であったし
、高い音は低い音と呼ばれた、と聞く。また、Platon の<Symposion>に読まれる如くに、人間の
至上の<愛>は稚児に対するそれであった。何ものでも、眼に見えるものは本来の Idee の影
であって、それ自体ではない、とする意味で、何ものをも産むことのない<愛>が最上とされた
のであろう。ただ、それだけでは、何故、それを語ったのが女性の Diotima とされたのかが、私
にとっては、今なお、不明である。Homosexuell の人ならば、もう少し解るのかしらん。
ギリシャだけではない。学者が指摘している様に、ユダヤ、キリスト教とイスラム教に共通の<
聖典>である旧約に於ける律法は、優勢保護の見地からして、極めて合理的であった、とのこと
である。不思議なのは、それが古代人に如何にして認識できたか、ということなのだ。どう考えて
みても、少なくとも幾世代を経なければ判らない事実だからである。例えば、本当に Methúselah
が 969 年生きた事でも信じない限り説明のしようがないではないか。
音楽に於いても同様である。世界には、一般的に、五音の音階と七音の音階が自然発生した
が、それらが Oktave の 12 音の中で補集合をなしている、という事は、考えてみると不思議だと
しか言いようがない。
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ところで、私には、古代に於いては、恋愛至上主義は無かった、と思われるのである。例えば、
Jephthah の娘の言葉に見るように、それは、むしろ、生殖至上主義とでも言うべきものであって、
その個と集団、部族の間に、古代以後は、もはや存在しないところの祝福された調和があったの
ではないか、と私は想像する(草子地:私は、古代には<自ずから起きる愛>は無かった、など
とは書いた覚えはない。差異の存在の認識は、差異の存在の理由に先立つことは自明であり、
後者は無くとも指摘することは無意味ではない、と思う)。
蛇足(コーダ):
私の次女が junior high school から帰ってくるなりに、サインノマインて何、パパァ、と私に聞い
た。すぐに、私は、彼女の疑問が分かったので、笑いを噛殺しながら、何処で見たの、加代ちゃ
ん、と聞き返したところ、学校のコーラスでメンバーに配られた楽譜に書かれてあった、とのこと
である。みんな、What's that? What's that?って言っていた、とつけ加えたのは、解らなかったの
は彼女だけではない、と言いたいかららしい。詠み人知らず、ということだよ、と言ってからかった
ところ、案の定、何それ、と不服そうな顔を見せた。日本語が通じないのではしかたがないので、
これは、ラテン語で、スペイン語で言えば、まあ、sin nombre ということかな、フランス語ではsans
nom……、と大体の説明をしておいた次第であった(草子地:英語のwithoutやドイツ語のohn
eでは説明し難かったのである 。次女は、Extended Frenchの学生であるが、スペイン語を少
しだけ知っている)。
学校の先生は説明をしなかったの、と聞いたけれど、次女の返事は、はかばかしくはなかった
。私の想像するのに、先生は、多分、sign no mine と発音されたときに、それが sine nomine に
ついての質問であることが分からなかったのでは、ということである。彼ら Européens は、人の名
前や様々な番号を記憶することにかけては、私たちから観ると、天才か!、と思われる人が多い
が、こうした一寸した発音の違いを想像力で補って理解する、ということができない人が多い。こ
れは、言語の発音についてだけではない。個人が確立しているようにみえる反面、相手の気持
ち、立場を思いやる、というのに欠けている人の方が、むしろ、普通である。これでは、個の確立
ではなくして、自我の確立ではないか。
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1. 第一集
1.1 Claudio Monteverdi (1567 – 1643)
これはどうしたことか。どの時代の、どの作曲家の音楽を聴いても、私は、近頃 ambivalent な
反応をしている自分を感じるのだ。
Claudio Monteverdi の<<Lamento d’ Ariana>>を聴き始めたとき、その Lasciatemi morire
、のところで、何か間の抜けた、あるいは、虚ろな響きを聴いて、私は疲れているのか、と途惑っ
た。実は、morire、と唱われる処に平行五度があったのである。Monteverdi のことであるので、こ
れは、彼が意識してのことである、と私は信じる。つまり、これは、見捨てられた Arianna の内面
の空虚としての意味がある、いや、生半可な sentimentalisme 以上に効果があるとすら思えるの
ではあるが、私には、何か、かなわないなあ、といった印象を拭いきれない。J.S. Bach も言った
ように、やはり、平行五度や平行八度は聴き苦しいのであろう。私は、無論、ここで、Monteverdi
に苦情をいっているのではない。この lamento は、オペラの Aria としては、超一級である、と私
も思う。こうした効果は、所謂絶対音楽では出番が無いであろう。
次なる問題は、私が Teseo に捨てられた Arianna に何処まで切実に同情しなければならない
かにあろう。それは、私には荷がかちすぎる。東洋人の男性である私の心が動くなどというのは、
もともと無理だったのではなかったか。かといって、好奇心を満たすだけにしても、感覚的には
耳障りという障害がある。平衡五度に感動するわけにはいかないのでる。しかし、彼女への同情
が無ければ感動も無いであろう。さらに言えば、これは、現代のヨーロッパ人にとっても、いや、
baroque 初期のイタリア人ですら、程度の差こそあれ同様なのではないか。
作品が立派である、という認識と、それが私(たち)に感動をもたらす可能性は、不幸にして乖
離している。このことは、一つの作品の水準は、好きとか嫌いとか、あるいは、その作品の有用性
(草子地:つまり、感動を求めてそれを聴こうとする人にとっては、感動そのもの)とは別の平面に
ある、ということの例証にもなるであろう。
音楽は、けっして、世界共通の言語などではない。異なる時代にも亘る言語ですらなかった。
それでは、ヨーロッパ音楽の伝統とは、そもそも、いったい何であったのであろうか。
小澤征爾が言っていたことであるが、彼が若い頃、東洋人がヨーロッパの音楽をする意味、可
能性について問われたとき(草子地:そういうことを聞く田舎者は世界のどこにでもいるものであ
る。)、音楽は、世界の共通の言語であるからと、(草子地:当たり障り無く)返事をしていたところ
が、近頃では、何か自分が壮大な実験をしているのではないか、と思うようになってきたそうであ
る。
壮大な実験、これは、彼だけのことではないであろう。それにしても、ようやく我々が西洋音楽
を扱うことに関して欧米(を超える)水準に達した今日の、この倦怠は何であろう。かといっても、
我々が邦楽に戻るなどとは、一般的に言って、非現実的であり、できない相談である。バスク語
を話せ、と言われた方が、まだしも抵抗が少ないのではないか。
とはいえ、短二度の導音などの無い音楽に、何か、或る懐かしさを感じるのは何故であろう。平
行五度の空虚を東洋人でも感知されるのと同様に、その懐かしさを感じとるのには西洋人であ
っても変りはないであろう。音楽が世界共通の言語などではないとしても、双方が communiquer
できないほど異質なものを基礎にしているわけではない、といったとしたら、結論としては平凡す
ぎるのか。
それにしても、不思議なことではある。私自身、長二度や増二度の導音のある音階による音楽
など、何時、何処で、聴いたことがあったか、まったく記憶に無いからである。少なくとも、今まで
に、長、短調の音楽を聴いた回数や時の長さは、旋法や五音音階のそれに較べては比較にな
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らないほど多く、長かったはずである。何故か、調性音楽には、そのような懐かしさは感じさせな
い風がある。
いつだったか、小澤征爾と H.v. Karajan の指揮する M. Ravel の<<Boléro>>を聴き較べ
たことがあった。小澤の演奏は、英語で言う too square であったが、Karajan のそれは、フランス
人でもないのに、何とも、sexy で妖艶ですらあった。やはり、小澤のような指揮者でさえ日本人
では及びがたいところが今なおある。
一方、まだ P. Oundjian が第一ヴァイオリンを奏いていたころの東京クオルテットがトロントに来
たときの Ravel の演奏は、未だかつて聴かれたことのない程の名演であった。ただ、その時の解
説者による、何故か Oundjian だけに対するインタヴュでの質問で、最後に聞くが、ただひとりで
日本人に交じって演奏するのをどのように感じているか、というのがあった。想像力の欠如した、
この程度の mentalité の人間もここでは多いのである。Oundjian が如何に答えるかを期待してい
たのであろうか。答えようが無いではないか。彼らの演奏以外には。それ以外の、どうでもいいこ
とを聴きたがるのは、下賎な野次馬根性であろう。
そういえば、J.S. Bach は、BWV 855 の Fuge に於いて、二箇所にわたって壮大に平行八度を
用いている(草子地:第 19-20 小節と第 38 小節)。これほどあからさまにやられると、良いも悪い
もない。ただ、ぎくりとして、あいた口が塞がらない、といった効果がある。この Fuge は、この曲集
の中で、唯一の二声の Fuge である故に、よけいにめだつ。
蛇足(コーダ):
私は、何々至上主義、といったものが嫌いである。例えば、恋愛至上主義。だいたい、恋愛感
情などというものは、ある年頃の男女の肉体に触発された心理現象にすぎないのではないか。
そもそも、成熟した夫婦が、夫婦であるのにもかかわらずに仲が良い、などというのは、どこか異
常ではないか。長い間、生活を共にしていて、まだ互いに sexualité を感じたとしたならば、それ
は近親相姦に近くはないか。J.S. Bach は、前妻、後妻と共に仲が良かった様子であるので、私
はここを書いていて、少し、困っているが。
芸術至上主義も同じ。人生は芸術を演出する時空ではない。
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1.2 Henry Purcell (1659 – 1695)
J.E. Gardiner の J.S. Bach の演奏は、何か国籍不明の音楽のようで、私には、いまひとつ馴染
めない。J.-F. Paillard のそれは、フレンチ訛りが強すぎる。P. Schreier の演奏はどうか。あまりに
旋律を声楽的に唱わせすぎて、構成感(勘)に乏しいように私には感じられる。やはり、K.
Richter を超える人は、未だ現れていない、と私は思う。ただしかし、Gardiner による G.F.
Händel や H. Purcell となると話はちがう。今度は、Purcell の<<The Fairy Queen>>を聴い
た。
Fairy は、未だかつて日本には存在しなかった。しかしながら、我々の fairies に対する image
と西欧人のそれとには大差がないであろう。ただ、私には、田園劇そのものとなると、あの有名な
W. Shakespeare の<A Midsummer Dream>でさえ、何処が良いのか皆目わからないのである。
これは、かつて、F. Mendelssohn-Bartholdy の朗読つきの<<A Midsummer Dream>>全曲
を聴いたときもそうであったが、Purcell の作品の Gardiner による素晴しい演奏に耳を傾けなが
らも、これは感覚の違いによるものか、需要の差、つまり都市生活者の、どのみち浅はかな田園
への憧れのあり方の違いなのか、などと考えてしまうのである。
そもそも、Shakespeare の戯曲、特に悲劇には、人間の理想、思想や哲学的な解釈などはない
。そこにあるのは、人間を冷徹に、ありのままに見つめる眼があるだけである。それ故に、救いも
ない。そこに気がつくまでは、私は、Shakespeare の凄さ(草子地:形至上学を構築できない英国
人の限界でもある)を知らなかった、といってもよい。
解釈されない人間、つまり、彼の戯曲の登場人物は、それ故に、近代の心理劇や状況劇をも
超えた実存的な典型なのである。
考えてもみよう。もし、そこに、中途半端な思想などがあるとしたならば(草子地:以下、中途半
端でなければ話は全く別になる。L.N. Tolstoy は、彼なりに有効に Shakespeare を批判していた
。)、登場人物が救われようが、或は、亡びようが、その崇高な死によって(草子地:或は、崇高で
はない死によって)、勧善懲悪の次元で取り扱われたことになってしまうであろう。庶民は、そうし
た低次元のお説教などには興味を示さないものである。言葉を変えて言えば、そこに彼、
Shakespeare の戯曲に対する需要があった、とも言えるのではないか。権力者は、時として、そこ
のところを取り違える。それ故に、喜劇、或は、悲劇の中の喜劇的な episode の存在意義もあっ
たかと思われる(草子地:もっとも、英国では、Shakespeare の当時、王侯貴族もまた、彼の作品
を観劇していたそうである。それは、むしろ、彼らの mentality が大衆と同程度であったからなの
であろうか)。
だが、私には田園劇という分野が理解できない。フランスの貴族の倒錯した snobisme としてな
らば分かることは解る。けれど、あの Shakespeare の田園劇は楽しんだことがなかった。もしかし
たら、多分、未だ私の知らない歴史風俗的なわけがあったのかもしれない。問題は、現代の我
々が、どういう価値観をそれにもてるかにあろう。私は、Purcell が第一級の音楽をつけただけに
、それが気になるのである(草子地:彼の使用した libretto は、Shakespeare の original に多少の
変更を加えたものである)。
英国でオペラが振わなかったのは、Shakespeare が偉大すぎて、演劇が自足、自立していたか
らではなかったであろうか。Purcell の音楽にしても、私には、どちらかというと、器楽の作品の方
が違和感なしに楽しめる。
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彼の作品のなかでは、<<Dido and Aeneas>>が唯一のオペラである、と言われている。<
<The Fairy Queen>>は、semi-opera とか dramatic opera に区分されることが多い。Masque
という言葉も適用されている。それは、オペラの定義の問題であり、その範疇を何処にまで広げ
るかにあろう。もし、Singspiel がオペラに入るのならば、semi-opera をオペラに入れてもしかるべ
きだ、と私は考えるのであるが。では、operetta はどうする。
Gardiner による J.S. Bach の Kirchenkantaten 全曲録音を、故あって、Deutsche Grammophon
が中止した後、彼は、自身で新しい会社を設立して録音、販売を続行している。LP 時代の H.
Rilling や G. Leonhardt-N. Harnoncourt の全曲録音以来、レコード会社は CD での再発売しか
してきてなく、DG での中止を残念に思っていた矢先のことであった。Gardiner の意気に感じ、さ
っそく探しに出かけたのだが、CD 二枚で一組の製品しか発売されていない。何せ、Bach の
Kantaten は 200 曲近く現存しているので、私(たち)、聴き手としては、重複してもなお、異なる演
奏家で聴きたい Kantaten と、すでに所持しているので重複を避けたい作品があるのが当然で
あって、二枚一組では、いらぬ重複になる可能性がより高い。再考を求めたい。結局、BIS の M.
Suzuki のものを一つ買って帰ってきた。鈴木は、全曲録音をめざしているのであろうか。
蛇足(コーダ):
坪内逍遥の翻訳、<Hamlet>の、ながらうべきか否か、それが思案のしどころだ、というのは名
訳である。そして、誤訳である。原文の和訳は不可能に近い。どうしても、その実存性が薄めら
れる。一方、フランス語の raison d’ être は英訳が難しいと思う。ある British が、それは、文脈で
どうにでもなる、と負け惜しみを言っていたが、ごまかすな。その概念すらをもってないくせに。
J.P. Sartre たちもまたドイツ語の中性代名詞 es を使わざるをえなかった、フランス語には中性
代名詞が無いからである。
一方、いにしえのプロッシャの Friedlich der Große は、ドイツ語は、馬丁の言葉だ、と言ってい
たとのことである。
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1.3 Georg Friedrich Händel (1685 – 1759)
魔が差す、という表現が日本語にはある。旧約では、その魔も神から来るのである。
さて主の霊はサウルを離れ、主から来る悪霊が彼を悩ました(サムエル記上 16 章 14 節)。
そうした神の気紛れの系譜は、カインからエフタ、サウルからさらに、新約にいたって、あの<
生まれてこなかった方がよかった>聖イスカリオテのユダ(草子地:書き間違いではない。彼はイ
エスに選ばれた人間であった。)に至る。
次の日、神から来る悪霊がサウルにはげしく臨んで、サウルが家の中で狂いわめいた――(サ
ムエル記上 18 章 10 節)。
Oratorio in three acts <<Saul>>を作曲した G.F. Händel もまた気紛れであった。その気
紛れさかげんをこぼした、この作品の台本作家 Charles Jennens の手紙が残っている。それによ
ると、Händel は<Hallelujah>を第一幕第一景の終りから、オラトリオの最後に移そうと頑張った
、とのことである。Jennens が Händel を説得できたのは幸いであった。この作品は<<Saul>>
であって<<David>>ではないからである。
さてサウルが家にいて手に槍を持ってすわっていた時、主から来る悪霊がサウルに臨んだの
で……(サムエル記上 19 章 9 節)。(草子地:これら三回の旧約からの引用は、私の性格が執
拗であるからではない。しつこいのは旧約の神である。)
旧、新約を通して、自殺の記事が見られるのは、サウルと聖イスカリオテのユダの場合のみで
ある。Jennens-Händel の作品に於いては、サウルの自殺は間接的に語られるだけで、無割礼の
者に殺される、という彼の怖れの言葉は語られてはいない。また、神から来る悪霊、という言葉も
でてこない。この旧約中で最も陰惨な記述の中で、私が最も心引かれるサムエル記上 28 章
20-25 節は、無論、省略されている(草子地:この処は、直接に旧約を参照されたい)。否、むし
ろ、僅か二年のサウルの治世に、旧約がこれだけの章節を割いている事の方が驚きであろう。
超越を前にして、人間の側に選択の主体性があるか否かの深刻な命題は、人間の思考し得
る論理全ての集合に入っていない、と私は考える。この問題を考えようとすると、即座に、集合論
の矛盾に陥るからである。数学ですらもまた、自然にあるものの発見ではなく、人間の思考技術
に於いての発明である、と私は思うようになって来ている。
人の心の奥深い処に何が潜んでいるかは、私自身も暗がりのような自分の心の底を覗き込もう
としたが、分り得ないものである。自分のことは自分が一番知っている、というのは嘘ではないか
。尤も、自分より他人の方が知っている、という訳でもないけれど。一方、<我が内なる道徳律>
などは、少なくとも、私に関しては、考えられない。しかし、こうした不安の無い人は、業が浅いか
、無神経、無自覚、無頓着のどれかではないか。
<<Saul>>は 1738 年の作であり、<<Jephtha>>は 1751 年の作品である。かの Händel
にして、旧約の本当の物凄さに近づくのには 12 年を要した、ということか。ちなみに記すと、あ
の有名な<<Messiah>>は、1741 年の作品である。それにしても、一つの作品を理解する為
には、その作品の背景を知る必要がある、等とひとは気軽に、考えなしにいう。
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<<Saul>>、<<Messiah>>と<<Jephtha>>に共通しているのは、各々が皆、三部構
成であり、第三部が epilogue の趣をもっている事である。
<<Saul>>について言うと、acompagnato という recitative と air の中間のような語りの形態
を採用していることがある。これは、それだけを取り出せば、recitative よりは音楽的な表出に於
ける可能性があるか、とも思われる反面、少なくとも、この作品では、全体を一本調子のトーンで
塗り潰している、といった印象を拭えないとも私は感じている。Recitative と air の対比が鮮明で
はないからである。
しかしながら、Merab と Michal の性格づけは、音楽の上でも良く振り分けられているではない
か。特に、後者は、何か、<<Jephtha>>の Iphis を予想する、されるところがあって興味深い
。Jennens は苦情を言っていたが、Händel は、No. 21 の recitative で carillons を使ったそうであ
る。
それはそうと、Händel の作品では、オペラではなくオラトリオであっても(enter)とか(exit)などと
のト書きが多いのが面白い。何故だろうか。
蛇足(コーダ):
サムエル記等の成立はソロモン以後、女性の手、想像されるのにソロモンの王女の一人による
編纂を経ている、という説があった。これも興味深い。
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1.4 Wolfgang Amadeus Mozart (1756 – 1791)
W.A. Mozart の<<Le Nozze di Figaro>>の序曲は、ソナタ形式の提示部を繰り返している
だけである。そして、第一幕が、あっけらかんと揚がる。あたかも、展開部は、オペラの本体であ
る、とでも言うように。まったく、Mozart って何て奴だ。この単純な効果は、誰もが考えつくようで
いて、誰もが為さなかった省力であった。さらに、この序曲は recycle でもあったのである、。L.v.
Beethoven 何ぞは、ソナタ形式の序曲で解放のファンファーレを二度も鳴らしている。さっき聴い
たのは何だっけ、と戸惑い、迷うのは私だけではあるまい。C.M.v. Weber の序曲(複数)は、寄
せ集めであるので、始めからそのことは問題にならなかった。自分の考えたこと全部を言いたが
るのが Beethoven だとしたら、こんな按配でいいか、としたのが Mozart だったのであろう。自分
の知っていること全部を、考えなしに言いたがる馬鹿が Weber かも知れない。
Figaro に平手打ちを加える Susanna は、仮装していることによって彼女の identity(草子地:こ
の言葉も翻訳し難い)が顕在化する。その効果は、L. da Ponte の台本による演劇的な効果であ
って、音楽のそれではない。しかしながら、彼女は、音楽とともに健康的である(草子地:翻訳す
るとこういう文になる)。それにもかかわらず、彼女の identity は、逆説的にも、二重性をおびざる
を得ない。その一つは、彼女の婚約者がいるのにも拘わらずに言い寄る男に対するそれであり
、かたや、仮想の女を口説く彼女の婚約者に対するそれである。それ故に、彼女の identity は、
双方向性を持たざるを得ない。Susanna が自己の identity を自己の外に求めるか、自己の内に
求めるかの問題、ということでもある。その微笑ましい分裂によって buffa は成立し成功する。
しかし、さらに、ことの本質は普遍的ですらある。Susanna の行為は、彼女が小間使いであった
が故に微笑を誘うのであって、もし、彼女が伯爵夫人であったとしたら似つかわしくはない、と誰
だって、当然、思うであろう。しかしながら、似つかわしいかどうかということは、その一人の人格、
identity とは何らの関りがない、と言ってしまえば、自己の身分、階級や自己の属する集団に自
身の identity を求めることは不毛である、という事も明らかになろう。私は、ここで、近代と現代を
交ぜっ返しているのでは決してない。仮面を被ることによってのみ自己が顕現される、という事
は、現代に於いても全く同様ではないか。J.-P. Sartre も、ボーイは、ボーイを演出する、と書い
ていたではないか。
それとも、自己の identity を自己の内に基礎づける、ということは真実可能なのであろうか。自
己の根拠を自己自身に置く、それが、かつては、主体性などという言葉(草子地:今、気がつい
たのであるが、この奇妙な日本語は他国語に翻訳し難い。Subjectivity? Subjectivité? Forget
them!)で楽天的に語られた時代もあった(草子地:今でもそうか)。そんな根拠が有り得たとして
の話にすぎないではないか。存在は、その現れである。人は私を……のように見るが、本当の
私は違う、等と甘ったれない方が良い。もっとも、……の方が正しい、ということにもならないが。
Identity の問題に対する教会当局の返事は、分かりきっている。私が、もはや教会に行かない
のは、その理由の一つに、教会は信者の identity を教会という集団、組織に帰属させる(草子
地:超越にではない。)ことを強いているからである。
そんな事は無い? では、教会内での、あの<Communio>のあり方、やり方は何であろう。基
本的には、これは飲食であるはずである。既に洗礼を受けている信者が、未だそれを受けてい
ない信者、ないしは、信者以外の人々を、会食に於いて疎外すること等は、異教徒でもしてはい
ない、と Jesus はいうであろう。私は、そのように確信しているのである。少なくとも、別席を設ける
べきであろう。飲み食いできる輩と、それらをを与えられない人々を同席させる、ということは飲食
の席に於いて無礼である。性行為における初夜権と同様に野蛮である。私は、洗礼を受けたこ
とのある人間であるが、しかし、今は、聖餐を受け(られ)ない人々の側に立ちたいと思っている。
ある Baptist 教会の牧師が、それは未信者に対する教育上の意味がある、と言っていた。私は
、それを増上慢心と呼ぶ。組織維持のための論理、弁法であるのであれば、それは偽善である
11
。繰り返すが、Jesus は、そのようなことは異教徒でも言わない、と言うであろう、と私は信じる。だ
いたい、未信者、という呼び方自体が、予定調和を前提としているではないか。
Susanna は、はたして、<<Cosi fan tutte>>の<fan tutte>の中には入らないのであろうか
。それよりも、色恋などは、本来からして、その程度の錯覚だった、と認める方が人間の在るがま
まを理解することになるのではないか。
あるいは、Susanna は、Figaro と結婚することによって、彼女の identity が確立するのであろう
か。Figaro の妻は Figaro の妻を演出するであろう。それは、他者に依存する、ということではな
い。何せ、Perch' io son la Susanna, e tu sei pazzo、と言い放っても彼を選択していた彼女であ
るのだから。このオペラは、<<Le Nozze di Susanna>>である、とした方が良かったのではな
いか。
<<Cosi fan tutte>>の序曲は、さらに傑作である。序曲の途中で笑い声と共に幕が揚がり
、それから劇の進行中に序曲は終わるのである。
L.v. Beethoven は、<<Le Nozze di Figaro>>や<<Cosi fan tutte>>を書いた Mozart
を批判し許さなかった。彼が評価して好んだのは、<<Die Zauberflöte>>であったのだ。これ
は、典型的な自己欺瞞である。自身は貴族の娘以外は弟子にとらなかったし、言い寄りもしなか
った俗物のくせにして。
蛇足(コーダ):
Masahiro、 WASP て何だか知っているか、とある白人が私に聞いた。Yeah … と返事をする
と、俺は WASP であるけれど、それを意識しない、とその俗物は続けた。私は、I am proud of
being Japanese. However if I were Chinese I would be proud of being Chinese と言うと、彼は怪
訝な顔をした。彼らの mentality は、一般的に言って、その程度である。
12
1.5 Ludwig van Beethoven (1770 – 1827)
L.v. Beethoven の<<Fidelio>>(Op. 72)は、初演の当時から幾多の論議を呼んできた。そ
れがとりもなおさず、この四つの序曲をもつ彼の唯一のオペラが、他ならぬ Beethoven の作品で
あるが故であることは、とかく忘れられがちであるのではないであろうか。
その議論の一つに、夫婦愛などをテーマとしたオペラが成功するはずがない、というのがあっ
た(草子地:結婚したことのない彼、Beethoven が描く夫婦の理想像?などと半畳を入れるのは
やめよう。こんなことは、結婚などをしていないからこそ出来るのであるから)。しかし、たとえ登場
人物が夫婦ではなかったとしても、恋人同士であったとしても、話の筋道は大体つくであろうの
に、それを、ことさらに、夫婦とした台本を使用したところに、私は、むしろ、Beethoven の破天荒
な意思、意欲を感じるのである(草子地:その、彼らしい作品の説得力の力強さだけは、私にとっ
て、私が結婚する前も後も変りがなかった)。
この作品は良い作品ではあるが、それでも、W.A. Mozart のオペラに較べれば、太陽を前にし
た星である、ということを誰かが言っていた(草子地:巧く表現したものである)。それはそうであろ
う。舞台は、貴族の館などではなくして、監獄の中での出来事である。何も、Beethoven の作品
に、Mozart の音楽を聴こうとすることもなかろう。そんな風な聴き方は、Mozart だって野暮だと
言うであろうし。
第三に、これは、この作品に限らないが、Beethoven の声楽の扱い方に対する批判が後をた
たないことである。しかし、思い切って乱暴に言ってしまえば、彼は、彼のやり方で人声を扱った
までで。それはそれで完成されたものではなかったか、と私は思うのである。器楽的で、唱うのに
無理がある? 当り前であろう。苦悩を唱うのには苦しい発声も必要である。彼が、譲歩に譲歩
を重ねて、何度も書き直したのは、その苦悩を聴いて欲しかったからであろう。繰り返すが、
Beethoven は、Beethoven の声楽を書いたのであって、それが器楽的である、ということではある
まい。それを言うのならば、J.S. Bach の声楽曲だって充分に器楽的である。彼も、Mozart も同
様な批判を受けたことがあることはあったが、それは途絶えて、Beethoven のそれだけが、今日
なお指摘されている。奇妙なことには、誰も、Beethoven の Fuge は、あまりにも和声的だ、などと
は言わない。Beethoven は、Beethoven の Fuge を書いた、ということは受け入れられている。
しかし、このオペラの筋書きには重大な欠陥がある。もし、Florestan が Fernando の呼ぶように
<Mein Freund!>であったのなら、何故、Leonore は、あれだけの苦労、辛苦、危険を冒す必要
があったのか、ということである。そもそも、直接 Fernando を訪れ、事情を説明すれば、それで
すんだことではなかったか。
それにも拘らず、抑圧からの解放、これは、常に現代的、現在的である。ただ、その解放が
Don Fernando の鶴の一声では成らぬことを知るのには、人類は、未だ、一世紀余りを要した。さ
もなくば、この作品中に Don Fernando などが出て来る幕などは無かったであろう。これを、また
、Beethoven のせいにはすまい。そもそも、彼といえども、何らの見通しの無い時代には、強固
の意志に貫かれた、信仰にも近いような信念なくしては、理想などはもち得ないではないか。そ
の意味では、共和主義者 Beethoven は古典的であった。
現代的であること、現代人であることは、必ずしも幸いなことではない。今、ソヴィエト社会主義
連邦共和国や東欧諸国で起きている事態、あれは何であろうか。この様にして、この二十世紀
最大の実験は無に帰するのであろうか。それでは、革命に血を流した勇敢なる闘士は浮かばれ
ないであろう。それこそ、Stalinisme による犬死に、それで終わるのであろうか。
犬死、と言えば、先の太平洋戦争で散った兵士たちの死もまた、全て犬死であった。遺族は、
それぞれに、戦死者に何らかの意味を見い出したいと思い、それもまた当然すぎる心情ではあ
13
ろうが、私は、敢えて言いたい、それは犬死であったと。それである故にこそ、その無意味な悲
惨を繰り返してはならない、と。犬死という認識ではなかったら、その悲惨さは権力によって薄め
られるのである。はっきり言おう。遺族団体は、現在、政府に媚びる圧力団体に堕しているでは
ないか。言うべきことが言える間に、言うべきことは、きちんと言う、それしか出来ない私である。
また、私は共産主義者でもないが、それを強調するまでもあるまい。
それにしても、私の知る限り、Beethoven の失恋の相手は、貴族の令嬢ばかりであった。奇妙
な共和主義者ではあった、と思わざるを得ない。しかしながら、彼の message は、いまだ有効で
ある。
追記(コーダ):
仮に、USA という国が世界で一番悪い国だったとすると(草子地:仮定文で書かないで理由も
言わねば道義に反する。理由が余りに多すぎるので、煩雑になるが故に、仮定文にしたのであ
る。)、アメリカ人というのは、世界で一番悪い連中である、ということになるであろう。何故かと言
うと、USA は、一応は<民主主義の国>(草子地:見られる通り、括弧つきである。)である、とい
うことになっているからである。故に、政府は悪いけれど、その国の国民は悪くはないなどと、あ
たかも独裁者のいる国に対するようには言えないであろうからである。せめて、国民は、政治家
を選び、投票する権利はあるけれど、その投票には、何らの道義的な責任もない、と開き直って
言うほどには、ずうずうしくはない、と期待したい。その道義的な責任を果たす手段が見つかり難
い、ということだけが、私のみる民主主義の欠陥ではあるが、だからと言って、責任も手段も全く
無い、とは言えないであろう。さもなくば、民主主義とは、全くの衆愚主義である。問題は、むしろ
、その自覚がアメリカ人に無い、ということであろうか。
(1990 年 12 月 12 日。2006 年 5 月 29 日改訂。)
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1.6 Carl Maria von Weber (1786 – 1826)
C.M.v. Weber の<<Der Freischütz>>(Romantische Oper in drei Aufzügen)は、音楽の教
科書にも載っているほど令名が高いのであるが(草子地:まさか、W.A. Mozart の<<Cosi fan
tutte>>を教科書に載せるわけにいかないので、<<Der Freischütz>>を人畜無害と見做
して採用しているわけではないであろうが)、私は、物心ついてからこのかた、このオペラの上演
に出会ったことが無い。LP、CD も目ぼしいのは少なく、話題になった C. Kleiber の全曲盤を買
い損ねてから、私が手に出来た LP は、その抜粋版(DG 2537 020)だけである。その内容は:
Ouvertüre
Erster Akt;
Walzer, Szene und Arie <Nein, länger Trag’ ich nicht die Quaken>
Arie
<Schweig, damit dich niemand warnt>
Zwiter Akt;
Duett
<Schelm! halt fest!>
Arie
<Kommt ein schlanker Bursch gegangen>
Terzett
<Wie? Was? Entsetzen!>
Dritter Akt;
Kavatine
<Und ob die Wolke sie verhülle>
Volkslied
<Wir winden dir den Jungfernkranz>
Jägerchor
<Was gleicht wohl! auf Erden >
これだけであった。三幕のオペラであっても、序曲を入れたとしても、九曲しか聴きどころがな
い、ということだろうか。多分そうであろう。この作品は、あの有名な序曲でもっている、ということ
か。このオペラに歴史的な意味があっても、あまり上演されない訳が解ったような気がする。
どうも、Weber は不遇である。現在、比較的によく演奏される彼の作品は、<<
Klarinettenkonzert in f-moll>>(Op. 73)と<<Klarinettenkonzert in Es-dur>>(Op. 74)ぐ
らいなものではないか。いや、前者はともかく、後者は、私は FM 放送でも聴いた記憶がない。
これは、多分、レコードの fill-up 用として扱われているのであろう。
これまた有名な<<Aufforderung zum Tanz>>も、今あまり流行らない。ほんのたまさか、10
年に一度ぐらい、FM で聴いても、それは、H. Berlioz が 1841 年に編曲したオーケストラ用での
演奏である。
一昔前には、たいていの演奏会の聴衆の中に、例の Walzer が終るとたんに、拍手をする人が
何人かいたそうである。健康な反応ではないか、と私は思う。
この作品にある、休止符を間に挟んだスラー、それが良くて、好くて何回も原曲のピアノの楽
譜を開いて眺めたことがあった。その優美な曲線の楽譜に較べれば、誰の演奏にしても、おし
なべて粗野に聴こえた。それ故か、私にも弾いて試してみる勇気がなかったほどである(草子地
:嘘つけ。あの頃は、あれを弾く技術が無かったではないか。いや、その後も遠ざかっているの
で、半分は本当である)。
意識は、それの無いところのものである
――J.P. Sartre。
そう言れても、学の無い私には解らなかったが、何故か、かの譜面が想い浮かんだ。
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水墨画に、一瞬みる色彩。
見渡せど、花も紅葉もなかりけり浦の苫屋の秋の夕暮 ――藤原定家。
一般的に言えば、休止符を中に入れても、そのスラーには意味がある。それによって、音符の
アッタクや強拍、弱拍の位置が微妙に変るからである。そんなことを、演奏に於ける nuance など
と言うのであろう。いや、それよりも何よりも、私は、あの譜面にローマン派を感じたのである。所
謂<古典派>と所謂<ローマン派>の、有るか無きかのささやかな違いなどは、いつしか歴史
のなかで埋もれてしまうかも知れないにしても。
時代の嗜好を創っているのは、名も無い聴き手、すなわち聴衆の側であろう。その意味では、
かの曲、<<Aufforderung zum Tanz>>は、流行り廃りのある<通俗名曲>の一つであったの
かも知れない。ただ、私は、大衆を信じるなどとは、そういう言いまわしが流行っていたときにも言
わなかった。今だって、<大衆>どころか、<人類>でさえ信じかねているからである。
私は、<<Der Freischütz>>が<通俗名曲>ではないのを望み、いつか、全曲を聴くことが
できる機会を待っている。
蛇足(コーダ):
唯二人だけの踊り手の世界には、ピアノ版の方がふさわしくはないか。そのピアノの音でさえ、
その二人にとっては無いところのものであった、などと言えば、それは茶化しすぎか。
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1.7 Franz Schubert (1797 – 1828)
小さな川を日本語では小川と言う。では、小さな小川は、何と言うか。言いようが無いし、言う必
要も無かったし、今も無いので、言葉も無い。ところが、それがドイツ語にはあるのである。<
Bächlein>である。その Bächlein に身投げして死んだ若者がいたとしたら、それは茶番劇であ
ろう(草子地:私は、常識的に、そう思う。それは、私が多少なりとも泳げるせいではない)。信じら
れないことに、それを書いた三文詩人が、実際に、いたのである。
F. Schubert の<<Die Schöne Müllerin>>(D. 795)の作品の範囲では、判然としない水車
屋の娘の心変りについて、原詩集の Epilog では、娘の非情と、若く誠実な水車屋を想い出し
……と、おくばせながら補足されている、とのことである。つまり、私が読む限り、聴く限りは、娘
の非情なるものは本文の中では暗示されているだけである。それも、その若者の言葉を通して
にすぎない。とりようによっては、始めから全てが若者の一人想いだった、と読むことも出来るの
である。それは、娘の非情でも何でもなかったのかも知れないのだ(草子地:私はこのへぼ詩人
の意図に頓着しているのではない。彼の意図に拘わらず、結果としては、そうこうとしてしか読め
ない、と言っているのである)。そんな風にしか描かれていなかった失恋なんぞは、他人、私にと
っては喜劇以外の何ものでもないではないか。子供の作文であっても、Epilog で後出しをする、
などというやり方は、でっちあげ、と言われて仲間に笑われるであろう。Epilog は、無論、作曲さ
れていない。
一般に、ある時代のある様式で書かれた作品は、何々は、明らかに、何々を暗示する、といっ
た時代的、或は、社会的な約束事もあるであろう。私は、わざと、それを考えないで書いている。
そんなものは、今日でもあり、詩人の時代のそれとも、さして、大差ないであろうからである。仮に
、それを踏まえたとしても、この詩人の書き方では、あの若者を笑いものにしている、としか受け
取られないではないか。これは、誤解ではない。書かれてあるものを、書かれてある通りに読め
ば、そうなるということである。
ただ、私は、この Interludium で、この詩人の悪口を書くことなどは目的としていない。この駄作
が、駄作であるのにもかかわらずに、Schubert によって如何に傑作に変身したか、を書きたいの
である。そのためにも、この連作が、如何に、箸にも棒にもかからない詩であることを強調したの
である。本題に入ろう。
Schubert の音楽にある、あの薄明にも似た、肌寒いような情緒は、この<<Die Schöne
Müllerin>>にも聴くことができる。そして、それは、単なる失恋の痛手を超えて、後に<<
Winterreise>>(D. 911)に至っては、さらに普遍的な感覚、凄絶な孤独感にまで達することに
なる。それは、仮に、恋が成就したとしても(草子地:現代日本語には過去完了形が無いので、
この仮定文は書き難い)、もはや、けっして癒されることのないところにまで達することになるので
ある。
その絶望感を、無常感、と呼んでも良いであろう。繰り返すが、Schubert の作品は、その域に達
することになっていくのである。
不思議なことである。唱われている詩自体は、その水準にはない。では、音楽だけの力量によ
るのであろうか。それも、また、違う、と思われる。言葉なしで聴いても何とか聴けるに足るのは、
せいぜい、<<Variationen über Trockne Blumen>>の素材としてぐらいなものであろう(草子
17
地:私にとってドイツ語が母国語ではないのが、むしろ、幸いなときもある。わざと、言葉の理解
なしに、例えば、<<Die Schöne Müllerin>>を聴くこともできるからである。Text を眼で追うこ
となしに聴けばそれですむのである。私の家の両隣のドイツ人には、こんな芸当はできないであ
ろう)。
私が指摘しようとしているのは、言葉と音楽の弁証法的に止揚された領域のことであるが、
Schubert の凄いところは、それを、むしろ、言葉の無い音楽にまで波及させたことである。言葉
の引力から解き放たれた抽象としての情緒が、言葉によって変形させられない素材としての旋
律、和声が、どのような音楽作品として結実したか、我々は、すでに、知っているではないか。私
の知らないのは、それを彼が意識的に自覚してやったかどうかだけである(草子地:二次的な問
題ではあるが、創造者の創造過程というのは気になるものである)。
いまどき、男が、恋愛至上主義などを口外したならば、馬鹿と思われるか、色気違いかと罵ら
れるのがおちであろう。ところが、多くの女は逆である、と私は見ている。もっとも、女だって、あら
れもなく、それを口で言うのは稀であろう。ただ、罠を張って見張っているだけである。それでな
ければ、女の心変わりにおける、ある種の人格の不連続性のようなものは、説明のしようがない
ではないか。それが、女の利害に結びつこうが、自分の好きな者(物)が正しいとする態度としよ
うが、Die Schöne Müllerin も Carmen も正体は何の違いも無い、と私には眺められるようになっ
てきた。ますます、いいとこ取りだけをしたがる女が増えて、若い男の生き難い世の中になってき
たのは、日本も、ここカナダも同様であろう。しかしながら、若者は、失恋を恥じる必要はない、と
彼らに言いたい。失恋、失業、疾病などは、不幸であっても恥ではない、という理解だけは、現
代人の古代人に優る認識であるからである。そうでない人間は、男女にかかわらずに、現代に
徘徊しても原始人であろう。
蛇足(コーダ):
Schubert のおかげで有名になった、その三文詩人の名は、Wilhelm Müller である。Die
Müllerin の親戚か。
18
1.8 Richard Wagner (1813 – 1880)
R. Wagner の<<Tannhäuser>>全曲を聴いたのは、考えてみれば、二十年ぶりだった。彼
の作品のなかでは、このドラマに一番,正悪(或は、聖俗)二元論が全面に出ている、と私は思う
。そうした二元論も、清純な女性による救済も、馬鹿馬鹿しくなる程に primitif な romantisme で
あるが、それも、遡れば、C.M.v. Weber の<<Der Freischütz>>、つまり、ドイツ民族楽派の
狼煙に初源を見つけることができる。ドイツ語によるオペラの悲劇と喜劇の未分化、ということに
ついて言えば、そもそも、W.A. Mozart の<<Die Zauberflöte>>からして、その通りであった
のである。
どのような本を読んだところで、また、どのような音楽を聴いたところで、その人の人生とはいか
ないまでも、生活に何らの影響も関係もないのではないか、といった類の人々もいるものだ、と
思うようになってきた(草子地:そうは思っていなかった頃の私は、喜劇的に純情であった、とも
いえる)。そうした人にとっては、音楽とは、単に、たまたまあいた一、二時間をうめるための余興
にしかすぎない。その後は、何も残らない。それの何処が悪い?悪くはないが,うそぶくな、と私
の心は呟く。
私も同類だ、と思う時と思わない時がある。思わない時、というのは、文章や音楽作品による、
私に残された傷痕を省みた時であるが、自分のことなどを書いてもはじまらない。
全くもって、この人生を覆う巨大な無意味さに対して、音楽でもしなければ、短いようで長たら
しい時間の間がもたないではないか。そういう時には、Wagner の楽劇が絶好なのである。誰も、
古ゲルマンの神々を、もはや、信仰の対象とはしないように、彼の思想なるものを自己のそれの
依りどころとはしてはいないからである。
私は、第一級の演劇の台本はオペラには向かない、と思う。それにしても、台本だけを取りだ
して言えば、Wagenr の作品の場合は、素人の水準ではないか。私には、そこに、支離滅裂な筋
書きと幼稚な思想まがいしか見ることができない。F. Nietsche から T. Mann に至るまで、
Wagner の思想に関する様々な論評があるが、それらのどれを読んでも、私には、彼の思想の
現代に於ける普遍的な有効性を見い出せないのである(草子地:ある意味では、これが一番危
険でもある)。
それにも拘らず、我々が、現在、彼の作品を聴くのは、その音楽に於いての交響的音響の適
用に、今なお、魅力を感じるからではないであろうか。全く、彼の偽対位法の効果は他の追従を
許さない。そこでは、無茶苦茶な筋書きが音楽の文脈で抽象化されて、音楽の本流、支流と共
に頂点を創る。それこそ、それは、Wagner 現象、とでも呼ぶべき一つの現象であって、その音
楽史上の有効性を除いたのなら、彼は、大言壮語するだけの矮小化したドイツ音楽の作曲家に
しかすぎなかったことになるであろう。
言い表す語彙、つまり、言語の粗い網目によっては音楽を表現する手段がない、という事実は
、何も、逆に、音楽は何ものをも表現しない、ということを意味し得ない。音楽は、音楽の表現す
るものを表現している(草子地:私は、ここで、音楽は Wagner の楽劇の荒唐無稽な筋書までを
表現している、などとは書いてはいない)。彼の Leitmotiv は、聴き手の記憶に頼る補助的な手
段でもあるが、一方、その交響的な響きが筋書きの Text と、ある地点で出会う時、音楽が筋書
きを説明するなどということではなく、抽象化された筋書きが音楽を支えている、という効果を感
得するのである。そうした音楽に於ける経過には、もはや、Recitativ は使用できないことは明白
であろう。
19
Recitativ、これは、Bach の受難曲に於けるような理想的な適応例があったにも拘らず、ことオ
ペラになると、Singspiel の台詞から Sprechstimme に至るまで、特にドイツ語による作品では、解
決の難しい問題であるらしい。Wagner 流の解決を先送りした和声に乗せた旋律による説明部
分も、長すぎる人生でもない限り、付き合うのに困難を覚えるのは、私だけではあるまい。
処女を犠牲に供する事は、いにしえの社会に於いて、洋の東西を問わなかった。ドイツに限ら
ず、ヨーロッパの処女崇拝は、原始までに遡るのであろうか。そうであったとすると、キリスト教の
彼の地に於ける土着とは、その表層にすぎなかった事になろう。新約に於いて、Lukas のみに
見る処女懐妊の記述は、最も古代ヨーロッパ的であることは、その宛先によっても明白であろう。
それとも、処女性を殆ど問題にしなくなった現代人は、古代人の知恵を失いつつあるのであろ
うか。
蛇足(コーダ):
よくある平凡な話であるが、我が家の次女が私を批判して言った。人それぞれなんだから。
Bach を聴かないでロックを好きな人は、それはそれでいいの、とのことである。家内も娘に同調
して、自分の好みを人に押し付けるのは良くない、だと。だから、私は民主主義が嫌いなのであ
る。頭の悪い、汗臭くて、むさくて、未熟な若者たちが、がなりたてる雑音と、J.S. Bach の清澄な
音楽を同列にしているのが大衆社会化状況である。どれだけ彼らが、自ら知らずして、先人の
業績、例えば、J.P. Rameau の<和声楽>に負っているか、を考えてみるがよい。
私は、誰にも、何ものをも押し付けたりしてはいない。しかし、私の思うことを主観的に愚妻や
豚女に話してもしかたがないので、Bach を聴くような人が、この前、downtown で暴動があった
時、looting をしていたかい、と聞き返しておいた。ロックならともかく、例えば、Bach の音楽が入
っている CD などが略奪された、などという話は、誰も聞いたことがないであろうからである。
誰にでも等しい権利があるのならば、保護は期待しないほうがいい。義務と責任も科するべき
である。甘ったれた、いいとこ取りはやめたほうがいい。
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1.9 Leos Janàcek (1854 – 1928)
J.S. Bach の Kantate<<Aus der Tiefen rufe ich, Herr, zu dir>>(BWV 131)を聴いていて
、ふと、最初の Coro の出だしからして気になるところがあった。Aus der Tiefen の Tiefen のとこ
ろである。この単語は、Tie が長母音で fen は短母音である。それが逆になって唱われているの
である。聴いていた CD は、M. Suzuki の指揮する Bach Collegium Japan による演奏によってい
た。それで、ついでがあったので、H. Rilling, Bach-Ensemble の CD を買い求めてきて聴いて
みた。結果は、鈴木のと同じであった。鈴木さん、貴方を疑って、失礼をいたしました。でも、こう
したことは、Bach の作品では、あまりないことなのです。
W.A. Mozart の<<Messe in c-moll>>(K. 417a (K. 427))の Kyrie では、彼の他の Messen
とは異なり、eleison を e-lei-son ではなく、イタリア式に e-le-i-son と唱わせている。それが、耳
にひっかかっていたのが、後になって、意識にのぼり、あらためて自覚した。音楽では、そういう
こともあるのである。
私のもっている Janàcek の<<Tagebuch eines Verschollenen>>は、E. Haefliger と K.
Griffel の唱うドイツ語版の LP(DG 2543 820)である。この LP では、R. Kubelik がピアノを弾い
ている。私は、それに興味をもって買い求めたのである。それに、私は、モラヴィア語は Liska(
女狐)という言葉しか知らない故もあった。しかしながら、私には、これが、いまひとつ、何かが足
りないように、よそよそしく聴こえるのである。
L. Janàcek の音楽は、やはり、モラヴィア語の抑揚、rythme を知らないと充分には分かり難い
のではないであろうか。私には、好きとも嫌いとも言いかねるところがある。私にとっては、そこに
何らかの、異民族、異言語の他者にも通じる普遍的なものがあるかどうかすらを感じる以前に止
まらざるを得ないのである。ただ、もしも、仮に、私がモラヴィア語に親しかったとしたならば、逆
に、私は彼の音楽を普遍的には聴かないことになりはしないか、とも考えている。
そうではないのだ。モラヴィア語は、出発点に於ける素材にしかすぎない。その結果としての幾
つかの音形が、種子のように芽をふいて、意外な方向に沢山の枝がのびていく、そのような楽曲
の仕組みを聴くべきなのであろう。言葉だけではない。森の小鳥の声、木々のざわめき、それら
がみな種子であった。それに似たような種子を設定して、それを素材とする作曲法は、今日でこ
そ、日本の作曲家、例えば、武満徹らの作品によっても我々の身近になった技法でもあるが、
Janàcek の時代に於いては、西欧的な音楽形式、或は、伝統的な構成法とは、まさに異質なも
のであり、それに徹したという意味で、彼独自のものであったであろう。外に開かれていながら、
終わるべき時には、しかるべき形で終結する彼の音楽を、私も、確かに、面白いと思ったことが
あった。あたかも、人生とは、そうしたものである、と語られたように、結論は有るか無しかである。
結論などは簡潔でよい。結語の長たらしい作品などを味わう気がするであろうか。しかしながら
、ついでに書くのであるが、L.v. Beethoven の音楽は、結論がのた打ち回っているのではない。
結論ですら、未だ、過程として闘争を続けているのである。その限りでは、そもそも、結論などは
無理であったような、つまり、例え失敗に終ったとしても偉大なる失敗作に属する、といった作品
もある、と私は判断しているのである。
終結部に達して、それまでの過程としての解法を、初めて、新たな視点から想起することがで
きる。いや、それ以前に、ソナタ形式に於いて、再現部での第二主題が主調で回帰するのを知
覚するのは、まさに、記憶力の問題であって、絶対音感のそれではない。それが何調である、と
知覚することは、必ずしも、その効果、意味を感じとることにはならないからである。絶対音感な
21
どは無くとも、そうした弁証法的な総合は、知覚可能であり、その際に、聴き手の意識は、記憶
力による回想と共に、過程を問題にしているのである。それとも、絶対的な tempo の感覚が無け
れば、例えば、B. Bartók の黄金分割は感知できないのであろうか。要は、正確な想像力と鋭敏
な記憶力の問題である。音楽は、記憶に反映した imagination による空間芸術である、とさえ言
える、と私は考えているのである。
ここで、真理とは、真理にいたる過程である、という S. Kierkegaard の言葉を、何故か、私は思
い出すのであるが、それを引き合いに出すのは、少しばかり強引すぎるか。
<<Tagebuch eines Verschollenen>>は、音楽的散文であって韻文ではない。作曲家自身
、彼の愛人に書き送った手紙によれば、多分、これは、連作歌曲と言うよりは音楽小説、という方
が適当である、と書いていたとのことである。とにあれ、Janàcek の作品は、これに限らず、形式
によって整理されない音楽であろう。しかし、例えて言えば、レンガの壁に這う蔦は、方形のレン
ガの組合せによる壁の構造が背景にあるので自由に伸びられるのではないか。その壁に相当
する背景が、いつも聴きとれるとは限らないところが、私にとっては、もどかしいのだ。個別を通し
て普遍的なるもの、と言われても、やはり、彼の音楽は、当分の間、外国語である。
蛇足(コーダ):
カナダに来て、しばらくたって、ふと、私には語学の才が無い、と気がついた。時すでに遅し、
ではあったが、たまたま、女優の岸恵子が何かの随筆に、外国語が上手な人は、何か、主体性
に欠けているように思われる、と書いてあるのを見て、我が意を得た思いがした。が、冷静に考
えてみれば、外国語が下手な人は主体性がある、などと彼女が書いたわけではないことも確か
である。
22
1.10 Claude Achille Debussy (1862 – 1918)
一つの作品を聴くということは、その作品の特長、趣向、つまり、例外的な何ものかを聴く、とい
うことではないであろうか。一人の作曲家の個性とは、その人の、それまでに書かれた全作品の
、例外的なものの総体が即自化したものだ、とも言えよう。V.E. Frankl は、過去のこととなった、
という在り方は、もしかすると、存在一般のなかで最も確かな存在形式であるのかも知れなく、そ
のように<Vergangenheit>になった存在に対しては、<Vergänglichkeit>は、もはや、何の手
出しも出来ないからである、と言っていた(Trotzdem Ja zum Leben sagen)。これが音楽、芸術作
品に限らないことは、その文脈からしても明白である。
C.A. Debussy の<<Pelléas et Mélisande>>は、何を読んでも理解の援けにはならない。断
っておくが、私は、何も、何かを読んで、この音楽を理解しようなどと試みているいるのではない
。この作品を、今日までに書かれたフランス語によるオペラから除いたとしたら、残るは屑ばかり
である、と言ってもいいぐらいのことは、直接に音楽を聴く事によって認識しているつもりである。
この作品の、他のどの作曲家による、どのオペラより孤立している在りようは、C. Monteverdi の
<< Orfeo>> A. Reimann の<< Lear>>までの隔たりよりも広大に、私には、感じられるの
である。つまり、この作品は、オペラの何たるかの概念の変更を暗示する作品であり、そこに理
解が必要とされる、と考えるのは私だけではなかった(という事だけは、いろいろ読んで解った)。
Debussy 自身は、私は美の法則に従おうと努めた、と平凡に書いている。そして、その法則は
劇的な音楽に関する限り、奇妙にも、忘れ去られているようにみえる、と続けていた。それでは、
彼の言う美の法則とは何であろう。このオペラの登場人物は、時代遅れの伝統による気ままな言
語ではなく、自然な人が唱うように努めている、とのことである。Debussy は、何も、言葉の扱い
方のみを彼の関心事としたわけではあるまい。配役が登場する際に、何も、オーケストラが科を
作る必要はない。……配役が動き語る、そこでの音楽的な情景と雰囲気を創れば、それで充分
である、と別なところで語っていた。
何の事はない。Debussy 以外の人だって、この程度の事は言ったであろう。要は、彼は、彼の
やり方で徹底してやった、という事にすぎないのではないか。私もまた、彼のフランス語の扱い
方には魅せられている一人ではあるが、それであっても、彼の言うところの美の法則は、彼の美
の法則であって、それ自体には普遍性は無いであろう、とも思うのである。しかしながら、それが
効果的に具体化されたときに、今日なお新鮮であるという意味で前衛的ですらある一つのオペ
ラが残された、という事である。
船山隆の分析、記述(黄昏と真昼のドラマ――<ペレアス論>、現代音楽 1 音とポエジー(
草子地:これは Mélisande を無視した標題であろうか。))に見るように、この作品では Leitmotiv
の手法すら適用されている。それをも含めて、Debussy は、彼のやり方で個性的な作品を創造し
た、という事は、彼のやり方に何か例外的な所為があった、としなければならないことになる。
Debussy にとっては、美しさとは、意味の無いもの、意味づけられないもの、であったのであろ
う。もう一度だけ、彼の言葉を借りてこよう。
私は、長く重苦しい段落を課するのではなく、場所が変り、気分が変る、つまり、登場人物が議
論するのではなく、生命と運命に自身を委ねるような台本を夢見る。……その登場人物たちは、
どの時間にも、どの場所にも属さない。
23
これは、Debussy の趣味であろう。とはいえ、我々もまた、何処から来て何処に行くのか知らな
い存在である。その薄明の中に、ある懐かしさを感じるのは、私だけではあるまい。それでも、人
生は、美しかった。これほど、Debussy 好みの台本は無かった、と私は思う。
音楽は、自然に、自然にと流れていく。Leitmotiv が用いられても、R. Wagner の楽劇に聴くよ
うな無理に引き伸ばされた旋律はない。無論、Aria と recitativo の段落もない。これを、Debussy
自身は、音楽の arabesque と言っていたそうである。
何をあかそう。私は、このオペラが全てのオペラの中で一番に好きなのである。しかしながら、
もし、人生に意味が無いとしたならば、音楽なんぞにも、それが無いのは当然ではないか。
演劇の台本は、Marice Maeterkink による。彼の象徴するものは、単純なものが多いと思う。<
<青い鳥>>は、<幸福>であった。さて<<Pelléas et Mélisande>>は?
蛇足(コーダ):
このオペラは、単純に言って、姦通劇である。私は、道学者ではないので、それを倫理的実存
の立場から否定しようなどとはしない。もし、否定するとするならば、むしろ、それは、終局的には
、美しくも無いからである。Debussy その人を含めて、人のありのままを肯定し、それを、美の法
則などとする見方には、私は、終局的には、組したくはない。生命と運命、などと言っているが、
何のことはない、それは、終局的には、単なる primitif な本能でしかないではないか。本能至上
主義、とでも言っていい。不倫、姦通にともなう緊張感も無しに、いい気なものだ、と思うだけで
ある。何故かと言えば、S. Kierkegaard も、精神とは、霊的なものと肉的なものの総合である、と
書いていたが(Die Kränke zum Tode)、私は、むき出しの肉的なもの、本能そのものには、<美
>などを感じなくなりつつあるからである。それは、終局的には、醜悪ではないのか。
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1.11 Richard Strauss (1864 – 1949)
R. Strauss の<<Salome>>は、その四年後に書かれた<<Elektra>>と共に一幕物のオ
ペラである。どちらも symmetrisch な構造をなしているが、あえて比較すれば、前者が多調的で
あるのに対して、後者は無調的である、と言えよう。特に、後者に於いて、解決されない不協和
音の重畳が著しいことは、よく指摘される通りである。この二つの作品を書いていた頃の Strauss
は、まだ、音楽史の先端にいた。
各々の構成は、概ね、次の通りに整理できるであろう。双方共に、間奏が多いのが、特に、目
立つのであるが、私は、それに好感を持っている。
<<Salome>>
序
第一部
第二部
第三部
(Narraboth、 Page と兵士たち)
間奏
Salome と Jokanaan
間奏
Herodes と Salome
ユダヤ人の会話
Herodes と Salome
間奏(Salome の踊り)
Herodes と Salome
間奏
Salome と(Jokanaan)
<<Elektra>>
序
第一部
第二部
第三部
第四部
(女中の会話)
間奏
Elektra と Chrysothemis
間奏
Clytemnestra と Elektra
間奏
Elektra と Chrysothemis
間奏
Orestes と Elektra
Leitmotiv の表現主義的な使用と相まって、上記の構成は、ほぼ、音楽の上での構成に対応
する、と見てもよいと思われる。また、前者は、ロンド形式に、後者は、ソナタ形式に類似している
ことが、明らかに見てとれるはずである。なお、各部分の全体に対する均衡の見事さも指摘した
いところではあるが、台本のせいか、長すぎると感じられるアリアもあることはあるので、私はそれ
を強調しない。
<<Elektra>>の第二部の終りのアリアは、通常の上演では途中で切り上げられている(草子
地:レコードでも、私のもっている Karl Böhm 盤では省略されている。私の知る限り、省略の無い
のは Georg Solti 盤だけである)。
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<<Salome>>の台本は、あの有名な O. Wilde のフランス語の原本から、H. Lachmann とい
う人がドイツ語に翻訳したのを、R. Strauss 自身が、さらに、切り縮めたものである。
第二部にある三回の Herodes と Salome の会話の中で、各々が、また、三回の彼の誘い、願
望や申し出と、それに対する彼女の返事から成り立っているのを聴くのも興味深い。
第三部の終り近くで、月が影り、奴隷の灯した松明の光の中で、Salome が皿に乗せられた
Jokanaan の首、唇に接吻する場面には、台本、音楽ともに名人芸の効果がある。血生臭く、凄
惨で嫌なところではあるが、私は、それは、Salome が処女であったからだ、と解釈している。<
清らかな処女>、などと言う世間の俗物の先入観に対する Wilde の嘲笑が聴えてくるではない
か。
<<Elektra>>について言えば、あの作品の頂点は、Ekektra が、Orestes が Orestes であ
ること、に気がついた瞬間の喜びの叫びにある、と私には感じられる。その後は、全部、長い
epilogue ではないか。その直前の、Die Hunde auf dem Hof erkennen mich, und meine
Schwester nicht?、と言う台詞は、演劇的には名科白であるが、Strauss の音楽は、ただ通り過ぎ
るだけであった。
ここで、Dramaturgie として考えてみたいことがあるのに気がついた。この作品とは限らずに、
例えば、C.W. Gluck の<<Iphigénie en Tauride>>であっても、主役や準主役の配置が、姉
と弟であって、兄と妹の組合せが他にも見当たらないことである。そして、さらに付け加えるなら
ば、姉と弟では、常に姉が主導していることである。兄と妹では Drama にはならないのか。兄と
弟、というのも私には思いあたらない。ただ、姉と妹は、作品の中の Episode として、この作品に
も、G.F. Händel の<<Saul>>にも見られ聴かれるところである。このあたりに、Strauss のオペ
ラでは女性が title role を唱う作品ばかりである理由があるのではないか。
蛇足(コーダ):
マルコによる福音書第 15 章 40 節に、突然、Salome の名前が、もう一度、現れる。私は、この
Salome は Herodias の娘であるところの、あの Salome であった、と解釈せざるを得ない。
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1.12 Alban Berg (1885 -1935)
貴方は一年中風邪をひいているじゃないの、と愚妻は言うが、風邪と十二指腸潰瘍は職業病
みたいなもの、と半ば諦めている。それが悪いか、と彼女に言い返したものの、この偏頭痛は如
何にもならない。私としては、それが、風邪のせいなのか、乱視のせいなのか、はたまた、不眠
のせいなのか、いつも、はっきりしないのである。一年のうち、何日さわやかな気分でいられただ
ろうか、などと思ってみたりしているのだ。
何も深刻なことは無い。私なんぞに深刻なことはあり得ようが無い、と自分に言い聞かせて日
一日と送っているのであるが、私を躓かせるものは、いつも、向こうの方からやってくる、というよう
な感触がしないでもない。
埴谷雄高が、病むべくつくられながら健やかにと命ぜられて……と、時々、あちらこちらに書い
ていたのを散見してきたが、……の後には、いつも、何も続いてはいなかった。それ故に、私は
、それを言うまい、と思っていたのであるが、いつまで、この頭痛と折り合っていけるのか。
A. Berg の<<Wozzeck>>を聴く。このオペラには、何故か、身につまされる想いがする。日
々の生活の様々な局面と、Wozzeck のそれに対する反応、対処のし方が、何か、私のそれに似
ているからか。私は、ドラマの登場人物に自分を擬える、などという悪趣味はもっていないつもり
であるが、少しは考えてみたい。
境遇や社会的な階層、役割は異なっているようであるが、似ていると言えば似てもいる。私だ
って、専門職などと言えば、聞えは多少良くても、要するに、部下の一人もいない下っ端だ。
次に、何故か、彼、私の神経が疲れきっている。それに、人間としての自尊心も、最小限だけ
ではあるが、もっているつもりであるが、何故か、それ故に、それすら踏みにじられ(そうにな)る
立場におかれることが多い。あたかも、彼、私の存在が他を刺激し、そういう状況を誘発するよう
に時が、事態が進むのである。
私だって愚妻が、Man kan viel sehn, venn man zwei Augen hat und wenn man nicht blind ist
und wenn die Sonne scheint.、などと開き直ったとしたら殺意を抱くであろう。いや、私は、人間と
しては、さほど偉大ではないし、Wozzeck ほどには実直でもないので、ピンタを張るぐらいで自
分を誤魔化してしまうかもしれない。これは皮肉ではない。<偉大なる>国家は、何処でも、合
法的に殺人を行っているのである。今でも。
Wozzeck は、ただ、ほっといて欲しいのだ。私も、ただ、静かにしていたいだけなのだ。にもか
かわらず、彼の医者も上官も、ということは、世間は、国家権力(をかさにきた下士官ふぜい)は、
彼を余計な慰みにする。こういう俗物は、何処にも、いつの時代にもいるものである。また、鼓手
長のようなごろつきも世の末までのさばっているであろう。その悪辣さよりも、むしろ、無神経さか
げんに、私も、似たような状況で、同じような争いを起してきた。いや、それを起したのは、私では
なかった。彼らである。こういう手合いは、よくて多少の善意で(草子地:私は、今、とてつもなく
譲歩して書いているつもりである。)愛想良くものを言ったとしても、その親切ごかしは、Wozzeck
のような、まともな人間を傷つけるものである。
ここで一つだけはっきりとして来たことがある。こうした状況に行き合わせたならば、おかれたな
らば、こうこう、こういうふうに対処しないと、私は、私の identity を保てない、という私のうちにある
或る種の拘りである。私は、所謂人格者なんぞではないし、むしろ、そんな者ではありたくないの
である。
Wozzeck には、そうした意識は無いであろう。可哀そうに、律儀な彼は、もっと惨めに、追いつ
められている。
一方、彼の同僚の Andres は違う。何故か、彼は、そうした立場に遭遇することが無いのである
。彼には、<カインの印>がない。そういう人間も、私は、不思議に思うのではあるが、いることは
いるものである。
27
ところで、このオペラは、器楽形式の導入でも有名であるが、それ故に、絶対音楽(草子地:そ
んなものが、もし、あるとしての話である。)と舞台音楽の総合を言うのには、未だ、隔たりがある、
と私は考える。無論、Berg が、そこまでを企てていたかどうかは、別の問題である。彼自身は、
私が、こうした新しい試みによって、オペラの芸術形式を改革した、と言う主張を断固として拒否
することができるし、しなければならない、と述べていた。
Passacaglia、 ソナタ形式、Scherzo や ロンド形式などの個別的な適用は、その一つ一つはとも
かくとして、その配列、つらなり方は、絶対音楽とはほど遠い。しかも、作曲家自身が、幕が開い
た瞬間から、最後にそれが閉じるまで、聴衆のなかの唯一人にとて、様々な Fuge、…
Passsacaglia を意識させてはならない、と書いていた。私は、勿論、ここで何も、絶対音楽の優位
などを言うつもりは毛頭ない。この悪夢のような筋書きに、音楽はよく調和している、と思っている
。
ただ、Berg は、私は、このオペラに於いて、音楽形式に関して、如何に多くのことが見出せる
か(草子地:ここまでは解る。)、如何に全てが厳格に論理的に<構成された>か(草子地:ここ
で解らなくなる。)、あらゆる細部にわたって、如何に技術的に巧妙に作られているかを知っても
らいたい、と自負してもいたが、この引用は先の二つの引用の中間にあるので、理解が論理的
に不可能である。
しかし、このオペラの素晴しさは、言語に絶する。ただし、どのように素晴しいかの記述は、本
文に譲る。そして、この作品の分析は多くの書籍に見られるので、ここには書かない。
蛇足(コーダ):
悪たれて言えば、Orfeo だって、彼の新妻、Euridice が長生きしたら、我々のようになるに決っ
ているのだ。
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1.13 Francis Poulenc (1899 – 1963)
Credo quia Absurdum
Title role という言葉がある。演劇やオペラの title にある人名を指し、それを演ずる役割を言う
。<<Orfeo>>にては Orfeo を唱う歌い手であり、<<L’ incoronazione di Poppea>>では、
Poppea の役である。無論、<incoronazione>のことではない。
では、F. Poulenc の<<Dialogues des Carmelites>>ではどうであろうか。Title に、何らの人
物名もないのである。そういえば、彼の<<La Voix Humaine>>も同様であった。
このオペラ<<Dialogues des Carmelites>>の title role は、繊細な Blanche でもなく、天真
爛漫な Constance でもない。それは、<Dialogues (複数)>そのものである、としか言いようが
ないではないか。そのことは、libretto をたどりながら、この作品を聴けばよく解る。各々が個人と
しての自身に忠実でありながら、断頭台での死にいたる迄、他者との対話を続け、互いに他を
信じ、なおかつ、ある者は、逃れえる死をも自ら進んで甘受する、というドラマである。
Blanche を信じる Constance を他の修道女たちは、明るく、無邪気に、そして、暖かく笑ってい
た。理由らしい理由などは無かったからである。信じる、ということには、理由など始めから存在し
(ようも)なかったからである。
実を言うと、白状すると、私は、このオペラを最後まで聴き通すのが辛い。Act Troisième、
Quatrième Tableau、Place de la Révolution の断頭台の場面である。<Salve Regina>が始まる
前の行進曲が、困ったことにも、これまた美しく、聴き惚れているうちに、風を切って、首切りの刃
が落ちて来る。この antiphona を背景に。
昔、ある映画の場面に手術のシーンがあった。あ、いけない、と思って立ち上がったのが悪か
った。貧血でそのまま倒れてしまったのである。小説などで切腹の描写などに行きかうと、読み
続けるのが辛いだけではなく、自分には、こうした事は出来ない、といった、ある後ろめたいよう
な気持ちにもなるのである。しかしながら、敢えて言えば、こうした私のような人間が増えた方が、
この世がいくらかは静かになるのではないか、という気がしないでもない。
私は、antiphona、<Salve Regina>の歌詞には反感に近い感情をもっていた。いや、もってい
る。聖母 Maria が Regina(coelorum)であるなどとは、何ら、新、旧約中に根拠が無いからである
。しかし、それは、この作品の中では別問題である。この antiphona の効果は、筆舌に尽くしがた
い。
私がこの作品に感じいるのは、名も無い修道女たちの平静で、そして、晴朗で、さらに、従容と
して死に赴く崇高な態度、姿である。私には、Poulenc の教会音楽には、あの有名な<<Gloria
>>を含めても、あまり好きな作品が無いが、このオペラは、私にとっては、最高の、そして、深
刻な宗教(的)音楽でもある。そして、Aristotole の言った悲劇による katharsis などとは、ほど遠
い、いや、それを超えている。
この話は、実話に基づいているとのことであった。神は、悪魔の力をも支配、利用する。いや、
悪魔よりも悪魔的である。
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ついでではあるが、<<La Voix Humaine>>の title role は、<la voix humaine>そのもの
である。この標題の日本語訳は、<声>にしても<人間の声>にしても酷すぎる。<人の声>
ぐらいが適当であろう。英訳は<Human Voice>である。
蛇足(コーダ):
自分に忠実、などといった台詞は、<亡国的>な女子大生でも言うであろう。本来、それは、
自分の本能まる出し、などということではなく、どのような状況にあっても、他をも裏切らない、とい
うことをも内包している、と思っていることを書いた。
<亡国的>な女子大生だけではない。日本で TV を点けてみよう。人前で、<切ない>との
歌詞を唸って演歌を歌っている。或いは、<恥かしい>と甘え、媚びるように通俗音楽を歌って
いる。そういう、あたしは、可愛いでしょ、と言いたい下心は丸見えである。私は、単純な人間で
あるので、本当に切なかったのならば、歌なんぞは歌えないだろうし、本当に恥かしかったのな
らば、何で、人前で、それを歌っているのだろう、と思わざるを得ないのである。それを容認する
ばかりか、共感して浸りきっている聴衆も同類ではないか。私は、観ている方が、聞いている方
が、気恥ずかしくなる、というのが正常な感覚だ、と思うのであるが、彼らは、こんな下賎なものに
自他共に生理的な嫌悪を感じないのであろうか。彼ら全体が、その風土が<亡国的>な女子
大生を生み出しているのであろう。私は、そうした自己欺瞞を自分に許さない。私は、心情的に
は、日本からの亡命者なのであろうか。
文明とは躾の総体である、と司馬遼太郎も書いていた。
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1.14 Gian Carlo Menotti (1919 - )
一昔前までは、夕餉時には、誰でも、他家に電話を掛ける事を、それとなく差し控えたものだ
った。それが今日この頃では一体なんだ。私が、たまたま、家に居る折などに、家内が夕食の支
度に忙しい時に、或は、夕食中に、ところ構わずに電話が鳴り響く。急用でもないのにも拘らず
に、こうした事をすることは、相手に対して無礼だ、とは思わないのだろうか。特に、日本人の主
婦に多い。
家内は、こちらが側が、今、電話で話をするのに適当な状態にあるかどうかなどは、相手方は
知る由も無い、などと言って連中を弁護するばかりか(草子地:知らないのだったら掛けるな、と
私は言いたい。知らないから掛ける、という mentality が私には気に入らない。)、けっこう長電話
を続ける事すらある。
私が日本にいたときには、電話と自動車と TV は持たない主義であった。それらを使用する人
々の平均的な mentality を信じていないからである。それがどうだ、今は、ここカナダでは、女房
や娘どもに妥協したので、それら全部があるのだ(草子地:その後は、留守番電話と PC と皿洗
い機を持たない主義に後退したのであるが、今、PC を使ってこれを書いている。残念である)。
G.C. Menotti の<<The Telephone>>を聴きながら、ふと、電話にかかわる fetishism らしき
ものは、女性に特有なのではないか、と考えた。我が娘も、明日、学校で合うにきまっている友
だちに、長々、長々、長々と電話での話を続けている。
Menotti のオペラは、何故か、昨今、流行らない、と思っていたら、先日、FM でこれを放送して
いたのである。Pathos も何も無い、典型的なアメリカ人の、他愛も無い台本と、それにつり合った
音楽で、批判精神も全く無く、opera bouffe などという上等な作品では決してない。取柄と言え
ば、せいぜい、唱われている英語が易しい、というぐらいのことか。私は、この批判精神の無さ、
というか、登場人物の Ben 個人に矮小化した喜劇のあり方に、作品の底の浅さを感じるのであ
る。この、僅か二十分余りの寸劇オペラは、あの有名な<<The Medium>>を fill-up する為に
書かれた、とのことである(草子地:私の LP(Columbia Y2 35239)も同様である)。フランス語で
<L’ Amour à Trois>と副題がつけられていたそうであるが、皮肉にも、その気が利いた
subtitle が、この作品の限界を表現していると思う。この無害な作品に目くじらを立てることもない
、などと言う人がいたならば、私は、そんな人と付き合いたくはない。この世の中、無害であること
ほど有害であることは無いからである。
考えてみれば、こちらとしても、無理してまで、相手の都合で、相手の話に付き合う義務も必要
も無いのである。自分の家に居るのである。今は、誰とも話す気持ちになれない、いや、君とは
話す気持ちが無い、という事ですら、本来は、理由として充分であるはずである。実は、いつか、
それを言った時、Then、 when can I speak?と聞き返した阿呆がいた。こちらが相手の話に応じ
ることを、あちらが勝手に前提とした態度である。Never! と言って、電話を切った。相手の(私の)
時間を貰えるかどうかを、まず最初に尋ねることの方が先決であり、最小限(草子地:最大限で
はない。心の優しい私は、ひとに多くを期待しない。)の礼儀であろう。そうした無神経な人間は
、これは、日本人とは限らない。しかしながら、こちらの社会にいて、こちらの連中のすることに、
無批判に迎合して、過剰にそれに倣うのもまた、私の家内を含めて、日本人の女に多いのは、
私の非公式な統計によると確かなようである。これは、電話だけとは限らない。
どの道でも、まずは、第一に歩行者の為にあるはずである。本来は、歴史的には新参者の自
動車の為ではない。自動車などを運転する連中の粗雑さ、横暴さは歩行者の立場から見ると目
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に余る。まるで雲助ではないか。それ故、私は五十歳を過ぎるまで、ここカナダでの自動車運転
免許証を取らなかった。さらに、本当を言うと、日本の免許証は学生時代に取ってあった。それ
は、取る事が目的であって、自動車なんぞを運転する事が目的ではなかったのである。出来さ
えすれば、しなくともよいのである。貴族の趣味である。
同様に、誰にとでも、相手と話をする為には、まずは、会見の手続きをしてから面談するのが
基本であろう。それを省略する序でに、最低限の礼儀までを省略する輩が多すぎる。今さっき、
また、電話が鳴った、この間奏曲を中断して、電話を取ると、開口一番、どこかのおばさんが、
Mr. Ota, Can you speak English? ときた。You should’ve asked me if I was available to talk、
first、と言って電話を切った。See?
蛇足(コーダ):
ことは、電話だけではない。私は、電燈なんぞを発明した人を殊更に憎む。何故ならば、その
おかげで、夜も長く働き続けなければならなくなったからである。今は夜、私は、これを電燈の下
で書いている。大体、電気などと得体の知れないもの(物?波動?)は使用しないにこしたことは
無いのであるが。
32
1.15 Aribert Reimann (1936 -)
私には、積極的に、何か良いことをしよう、などという気持ちは微塵もない。ただ、消極的に、こ
うしたことはしまい、といったことは、無い訳ではない。いや、むしろ、多いのかも知れない。
その一つに、本人の前で言えないような批判は、その本人のいない処では言わない、というの
がある。ただ単に、陰口を利かない、ということではない。悪口も陰口も、人並み以上に言おう。
ただ。それは、本人の前でするか(草子地:それ故、多くの知人を失った。)、本人が、たまたま
居合せない場合には、それを口に上らせる前に、本人の前で同じことが言えるかどうか、と確か
める一瞬を自分に課しているだけのことである(草子地:これは必ず本人に伝わる、と私が推測
するような話相手には、彼(女)を利用することもある。これは、私が悪辣だからではない。話し相
手も、本人も知的にその程度であるからである)。
さて、もし、私が Giuseppe Verdi を前にする機会があったとして(草子地:無論、この文は仮定
法である。)、私は、私は彼の音楽が嫌いだ、と言え得るであろうか。嘘ではない。私は、彼の音
楽が嫌いなのである。私は、ここで、彼の音楽は良くない、とか、彼の作品は程度が低い、などと
は、それこそ、全く書いてはいない。逆である。彼こそは、一流の演劇の台本を使用して一流の
オペラが書けた、唯一例外的な稀有な作曲家であった。その超一流の台本とは、William
Shakespeare の<<Othello>>である。何故、一般的には、そのような逆説が成立するのであ
ろうか。それは、一流の台本は、演劇の台本として過不足なく自立しているからだと思われる。そ
の Shakespeare の台本に拮抗する才能を、作曲家としてもっていたのは Verdi だけだ、と私は
思っていたし、今も、思っている。しかし、繰り返すが、私は、このオペラも好きではない。
さて、私は、それだけに、A. Reimann の<<Lear>>には期待していた。そして、聴き終えて
、ほとんど満足した。ほとんど、という欲求不満を覚えたのである。彼の作曲技法のことなどは、
私が書くまでもないであろう。それは、過剰、と言ってもよい。そうなのだ、過剰なのである。全て
が聴えなければならない作品を、全てが聴えるように演奏し、全てが聴えるように録音した LP(
Deutsche Grammophon 2709089)であった。そこには、隠し味、といったような nuance は全くなく
、全てが、眩いばかりに明白であった。私は、それに、逆説的にも、充分な満足が得られなかっ
たのである。ただし、D. Fischer-Dieskau が言語明瞭に唱ったのは、これは、べつに彼の落度で
はないはずである。ただ、むしろ、このオペラに於いては、あの歳で、生々しいばかりの美声で
あることが、私は気になった。これは、Reimann の計算違いか。現代音楽の辛いところでもあろう
。
かつて、A. Berg が形式上の配慮を必要以上と思われるまでに彼の作品に施していたのにも
拘らず、それが露にならない演奏を求めていたのは、ある種の(擬似的な)調性からの吸引力の
故である、と私は考えている。ひるがえって、調性音楽が全盛の時代の唯一の利点は、全くもっ
て、音楽に伏線とか脇役とかの要素が存在しえたことではないか。
さて、本題に入ろう。<<King Lear>>の悲劇は、Lear 一族の絶滅にあるのではない。それ
は、人間とは、Lear とは限らずに、変らないものである、という処にある。
劇の始り、領土分けの場面で、Lear は、彼の三人の娘の誰をでも愛していたであろうか。劇の
結末、Howl, howl, howl, howl! O! you are men of stone: she’s gone for ever. I know when one
is dead, and when one lives: she’s dead as earth.、気をつけよう、ここでも、Lear は、他者を責め
てはいるが、自責や後悔は全くない。Cordelia の死を嘆いてはいるが、それは、Shakespeare が
注意深く書いているように、彼女への愛情を意味していない。Cordelia の悲劇は、これまた彼女
に限らないが、Lear を変えるほどの存在感をもち得ない処にある。それらは、悲劇の原因では
決してなく、それらが悲劇そのものであった、と私は解釈している。比較するのも酷ではあろうが
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、その意味で、Reimann の<<Lear>>は Shakespeare の<<King Lear>>の水準に達して
いない、と私は思ったのである。
蛇足(コーダ):
ある日本の西洋哲学者が、源氏物語、あれはたいしたことないよ、と言ったのを憶えている。こ
ういう人を典型的な学者馬鹿という。(西洋)哲学の思考を基準にするとしたならば(草子地:また
、この文は仮定法である。)、源氏物語がたいしたものではないことは、私にですら明白である。
あの作品の凄さは、そんな処にはない。作者は(草子地:ここからは直説法)、私は、未だかつて
、女の誰をでも本当に愛した男を見たことが無かった。それどころか、自分の息子、娘ですらを
愛した男を、一人だに知らない、と言っているのである。そうした世界を描ききった芸術としての
文学がこの作品である、と私は評価しているのである。それは、作者の意図ではないにしても、
これは、男の孤独でもある。
私がまだ小学生の頃に、国語(草子地;嫌な言葉だ。<日本語>でいい。)の先生が、……で
は、作者は何を言わんとしているのか、と生徒たちに質問したときに、私は、ひそかに、そんなこ
とが他の言葉で言えたのならば、作者は、手っ取り早く、それを言っていただろう、と呟いたのを
思いだす。あの哲学者は、この国語教師の程度である(草子地:逆も真である)。
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34
2.
第二集
2.1 Interlude
これらの私の曲集は、七年ほどで書きためたものを、十年余り塩づけにして、取り出した後に、
香辛料などを加えて、PC で再生しつつあるものである。それ故に、賞味期限を過ぎている曲目
もあるのではないか、と気がかりではあるが、仮に素材は古くとも、提供した話題、提起した問題
は未だ有効である、と思われるので、曲目自体を破棄することは極力避けることにしている。た
だ、新たに付け加えられた加筆、変更、薬味などの故に、始めに書かれた年月を記すのも、もは
や無意味になり、年月順に配列するのも不可能になってしまった。何故、今見るような配列をす
ると決めたのかは、曲目の数と共に聴き手の想像に委せることにする。
このように書き続けていて、一つだけ果せないでいることは、常に出典を明記する事であった。
私には書籍やレコードに対する fétichisme がないので、それらが散逸してしまい、それが充分に
できない、と自らに言訳をしている次第である。それと、私がそれらを所持しているよりも、他の人
が持っていた方が意味がある、と思って、それらを手放したということも多々あった。不思議なこ
とに、何かを参照して確かめようと思うときに限って、それらを手放した直後だったりする。
それと、脚註や訳註は一切入れないことにした。それは、私自身が様々な書籍を読んでいる
際に、何とも、鬱陶しく感じられるところであるからである。
それよりも何よりも、言葉を伴う音楽、オペラや歌曲について書いていると、つい、話が音楽より
も言葉のほうに寄ってしまう。私は、それを言葉の引力と呼んでいるが、人と人の communication
に於いては、やはり、言葉というものが一番に強力なのではないか、と思うようになってきた。
しかしである。
誤解、という言葉の意味が誤解されているのではないか、と思われる昨今である。書かれてい
ること、言われたことを、それなりに、書かれているままに、言われたままに、そのままに受け取っ
た、ということは、正しく理解したのであって、それは<誤解>ではないはずである。自身の言語
的な不備を省みず、相手が、自分の期待した通りに反応しないのを<誤解>と言うのは、自分
の知的怠慢を棚に上げている、という甘えであろう。さらに、話の真偽に関ることを後出しに出し
て、結果論に持ち込むような無礼な人が、政治家だけではなく、また、話し手の年齢に関係なく
増えてきたと思われる。それが、多くの場合に無意識であると見受けられるのは、文明人として
躾けられたことが未だかつて無かったのか、と疑ざるを得ない。あることを伝達するのに、例えば
、A 、B と C を言わなければならないとする。その時に、C が欠けていたとしたならば、聞き手と
しては、C という情報の存在の可能性が意識の内に在り得ない限りは、A と B で判断しなけれ
ばならないのは当然ではないか。その判断は誤解ではない。一方、聞き手の方にも早とちりを
する人が多くなったように見受けられるのが気がかりである。
しかしである。
ある人が、私の書いたものを読んで、いや、聴いて、書かれている音楽を聴きたくなった、と言
っていたが、それが、今までで一番うれしかった。あの作品は、このように聴けば面白い、という
ように、いつも、書けていたら幸いである。私の読んだ音楽に関する文章には、あれこれの作品
はああなっている、こうなっている、という記述だけに終止したり、作曲家や演奏家に対する讃辞
、追従に行数、頁数を費やしているのも多かった。対象とする作品の理解に関係の無い作品成
立の背景としての、毒にも薬にもならない記述も、また、煩わしいものである。
35
私には本文を書く才能もない。だから、このようなものを書いている。しかし、私は、批評の自立
、などと戯言を言った文壇のボスよりはましなつもりである。文壇も可笑しかったし、そのボスはも
っと笑止である。
哲学は文学の端女である、と中世のヨーロッパで言われてた、と聞くが、その当否はともかくと
して、批評や analyser は、所詮、その対象の端女である、と私は謙虚に確信しているのである。
その位置、その場所で最善をつくしたい。
蛇足(コーダ):
実存が存在に先立つかぎり、もともと、人生には、主題などは無いのではないか、と思うこの頃
である。
J.P. Sartre は、いつか倫理学を書く、と言っていたのであるが、書かずにして逝ってしまった。
書けるかな、と私は思っていた。書けたはずがない、と今の私は思っている。人間を超えた何ら
かの超越的な存在を拠り所、基礎にしない倫理などは存在しえないのではないか(草子地:私
は、ここで、超越が存在する、とかしないとかは、一言も言ってはいない)。
その倫理的実存も、超越を前にしては限界がある、と S. Kierkegaard は、すでに指摘していた
。F.M. Dostoyevsky の、もし、神がいなかったとしたならば、我々が創り出さなければならない、
という文章もまた有名である。
司馬遼太郎は、人生には何の意味もない、とそろそろ人は気がついてきたのではないか、と書
いていたが、私には、その答えは、大上段に言ってしまえば、自分の生命よりも大事な何かがあ
る、と信じるかどうかに、究極的には関っている、という予感がある。これだけは、事実の問題で
はなくて、意志の命題であろう。
私のような無力な人間は、ただ、何とか、この世界の市民の一人としての自分の持分だけは果
たしたい、と思うだけである。
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36
0.
一段落
0.2 Sine Nomine
十九世紀の後半、幸いにもイタリアやドイツとは違って、フランスのような音楽の後進国では旋
法は生き残っていた。フランス人には M. Luther の Choräle はおろか、<O, du lieber Augustin
>に対してすら反撥を感じていたのではないか、と思われるふしがある。音楽は長調でも短調で
もない、と言ったのは、他ならぬ若い日の C.A. Debussy であった。そして、東欧にもまた旋法の
落胤がまだ残っていたのである。Pentatonique ですらも生き残っていたのである。そして、
Debussy は、全てを並置して利用した。彼の音楽を聴いての曖昧模糊とした印象は、一曲一曲
にあるのだけではなく、その全体的な多様性にあるのではないだろうか。どちらにしても、A.
Schoenberg 流の主題にしろ、Debussy 風の旋律にしても、それらの尽きるのは予想以上に早か
った。さらに、そのことは、B. Bartók に対してすら、ほぼ当てはまる。それ故に、彼らには真の意
味での後継者はいない。それどころか、彼らの存命中に彼らの資産は使い果たされた、とすら
言えよう。
乱暴に言ってしまえば、七音音階と五音階は、Oktav の十二音の集合の中で、補集合をなす
部分集合である。とすれば、半音階としての十二音は、自然に根拠があるのだ、と言えよう。一
方、強度やアタックには、そのような条件は無い。ということは、variante の数は無限となるはず
である。さすれば、恣意的に選んだ数値で構成された音楽作品と、偶然性を始めから予定した
作品には、聴き手にとっては、何らの差異を感知できないのは、むしろ当然であろう。
O. Messiaen の<<音価と強度のモード>>を聴きながら、このようなことを考えていた。高橋
アキの演奏の LP で、この作品を聴く機会があったのであるが、また、実験的な作品として歴史
的な意味があったのかも知れないが、正直に言って、この作品は面白くない。
先に進もう。O. Messiaen の発想には、Oktav の中の音を七音に限定しなければ、未だかつて
存在しなかった旋法が人工的に創り出せる、というところから始ったのではないか。それによって
、移調可能とか不可能の概念が導入され、次に、rythme の可逆とか不可逆という類似した問題
に発展したのではなかったか。発想からして、フランス人の調性ではなく旋法にこだわる音楽の
伝統を継承しているという一面が見てとれる、と私には思われる。しかし、ここでまた、疑問は繰
返される。何故、世界の圧倒的に多くの地域で、五ないしは七の音による音階のみが自然発生
したのであろうか。それは、Messiaen の責任ではないであろうが、気にかけることも無くていいの
であろうか。そして、それ故に、彼は I. Xenakis に向かって、君の場合は、(音楽の)伝統的な技
術は不要である。君は数学を知っているからだ、と言えたのだ、と私は推測する。
前の世代を否定するのに忙しい、というような態度は、P. Boulez にも当てはまる。彼の主張を
要約すれば、音価やアタックを音高と同様に扱うのならば、音列を主題的に使うのは、まやかし
である、ということになろう。旋律の自然な起伏による dynamisme には、もはや頼れない無調の
音楽は、また、捻じ曲げられた、あるいは、粉砕された旋律としか感知されないような、音の連な
りに過ぎない全面セリーの音楽には、強弱記号を煩雑に書き入れねばならなくなった。いや、そ
れ以前の、Boulez が非難した、音列を主題的に使った作品であってすらも、音価やアタックに
関する組織化が要請されるようになったのも、成り行きとしては当然であった、と私には想像され
る。一方、Schoenberg が、多少なりとも、過去を振返るのは、彼の水平、垂直の対立を解消した
、と言われる十二音技法が、伝統に対して、どのような意味をもっているのかを検証するのには
当然すぎる態度であり、そこに、主題としての音高の優位を設定したという時代性があった、と見
る方が穏当ではないか。他人の業績を貶めるのは最小限にしたらどうか。あえて言えば、Boulez
の名前が忘れ去られる日が来たとしても、Schoenberg の名は憶えられて残っているであろう。そ
の音楽に於ける革命性の次元が異なるからである。
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G. Ligeti などによる微分音について書けば、私の思うところ、それは、民衆の音楽に元来あっ
たようなそれではなくして、音高をも十二という数の箍を外そうとする意図ではなかったか、という
ことがある。しかしながら、よくあることではあるが、そうした技法を正当化するために民族音楽を
引き合いに出すのは、後知恵のなせる業ではないのか、と私は邪推もしているのである。G.
Ligeti などによる微分音や tone cluster は、確かに、新しい音響を創り出している。また、私見に
よれば、tone cluster は十二音音楽に於ける、垂直の連なりが、その発想の起源ではなかった
か、ということもある。しかし、それらの組織化には、まだまだ、前途は遠い、という印象を私は受
けているのである。むしろ、それ故に、tone cluster はともかくとして、微分音には将来の希望が
もてるかもしれない。
しかし、残念ながら、現在は、反動の時代であるようではないか。自分が安全地帯にいて、他
の人に石を投げるようなことは、私の真意ではないのであるが、何か、無限の自由から始って、
無限の不自由に終るのではないか、と私は気にもなっているのである。J.P. Sartre は、人間には
自由としての存在のしかた以外の他の存在のしかたは在り得ない、と書いていたが(Etre et
Néant)、その彼の<自由>の定義は、無意味以外の何ものでもないであろう。
むしろ、I. Stravinsky が、<<L’ Histoire du Soldat>>のなかで、tango、waltzer や ragtime
で為したようなことを拡張して、例えば、W. Marsalis の blues のようなものを加えて、古典組曲の
ような様式の音楽が出来ないのであろうか。前衛の tango だってあるではないか。
蛇足(コーダ):
ところで、W. Furtwängler は、R. Wagner の<<Tristan und Isolde>>の、どの小節をとって
みても、調性の確定できない処は無い、と言っていたが、調性が確定していたのならば、彼の託
宣に従って、この作品を調性的に聴かなければならないのであろうか。
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3. 第三集
3.1
Claudio Monteverdi (1567 – 1643)
C. Monteverdi の最初のオペラ<<Orfeo>>を聴いた。私は、イタリア語が殆んど解らない。
ラテン語よりも苦手であるので、イタリア語のオペラは敬遠、いや、無視し続けてきた。この短い
人生に、そう何もかも出来ない、と思ったのである。それに、G. Puccini や G. Verdi などの所謂
イタリア オペラをあまり好かない故でもあった。しかしながら、いくら何でも、Baroque 初源の<<
Orfeo>>に(草子地:音楽史上初めてのオペラということではないが)知らないふりはできかね
た。
筋書きは、要するに、イザナギとイザナミの命の話である。旧約の<Genesis>にある Lot の説
話にも似ていなくはない。不思議なのは、洋の東西を問わずに、振返るという行為が最愛の者
を失わしめる、という古代人に共通した発想である。時折り、考えてみるが、私にはそれがよく解
らない。
とにあれ、この作品の結末は、あっけらかんとして、happy end で終わっている。いい気なもの
だ、とすら言えよう。しかしながら、音楽は、新鮮で素晴しかった。また、楽しみが一つ増えたこと
も嬉しいことである。
という訳で、今度は<<L’ incoronazione di Poppea>>の LP を買ってきた。これは、
Monteverdi の最後のオペラだそうである。そして、これもまた、形の上では happy end ではある
が、一寸と待てよ、と言うところである。
先ず、すぐに気がつくことは、<<Orfeo>>に於いては、男は男声で、女は女声で唱われ、
<<Poppea>>に較べて健康的とすら言えようが、後者に於いては、Nerone がソプラノ(カステ
ラート?)、Arnalta(乳母)がテノールで唱われている。小姓がソプラノであるのは、近代になって
も例があるが、女どうしでいちゃついているような気がしないでもない。要するに、一貫して男女
の愛の退廃を表現しているように聴きとれる(草子地:無論、音楽が退廃している訳ではない)。
いや違う。この drama での真の悪役は Amore ではなかったか。感覚的に、私のボーイ ソプラ
ノ嫌いが影響しているのかも知れないが、一方、神(々)の人間を支配する、そのしかたに何か納
得できない、と感じとることは、Aeschylus の<Aias>などに観られる如く、ヨーロッパ人の潜在的
な、ということはキリスト教以前からの伝統なのではないか、と私は思うのである。
Monteverdi がそれに対して意識的であったかどうかは私は知らない。しかしながら、七十五歳
にして、これほどまでに官能的な音楽を書いた彼ではあったが、一面では、その彼方には彼の
覚めた眼が見え隠れしている、と感じられるのである。
Ottone、Nerone そして Ottavia、主要な登場人物の全部が、他者の死を望んでいた。Drusilla
でさえ、思い違いではあるが、他の死を願っていた。これは、よく考え抜かれた筋書きである。最
も退廃からは遠く、健康的な彼女の愛も至上ではない、ということであろう。それら全てが<
Amore>の故であったのである。唯一人、<愛>に何らの関係もなく描かれている Seneca のみ
が、自らの死を喜んでいた。
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そういえば、L. Tolstoy も彼の小説<復活>のなかで、愛が、愛が、愛が、と繰り返す恋愛至
上主義の女学生を喜劇的に描いていたが、当人にとってはとにあれ、恋愛感情などというもの
は、所詮、発情期の男女の心理現象にすぎない、ということか。
それを連想させる場面が、このオペラのなかにあるのである。<自ずから起きる愛>に対する
皮肉な視線は、第一幕第五景の Arnalta と Ottavia や第二幕第五景の小娘と小姓の遣り取りに
見て取れる。あたかも、退廃なしの<愛>などは、この世に存在しない、と言わんばかりである。
なお、散逸した第二幕第四景には、非常に erotique な場面があった、と想像される。
とにあれ、<<L’ incoronazione di Poppea>>の台本は、Giovanni Francesco Busenello の
手になることを記さねば、片手落ちで不公平ということになろう。そして、その text を選んだのは
、他ならぬ Claudio Monteverdi であったのである。
ところで、この二人の視点は、例の小姓に悪しざまに言われている Seneca のそれと、どの程
度に重なるのであろうか、と気になるところではないか。
蛇足(コーダ):
H. Purcell の<<The Fairy Queen>>の第三幕では、<<Poppea>>とは逆に、男どうしが
いちゃついている。Mopsa をカウンタ テノールが唱っているためである。日本の歌舞伎の女形
を TV で大写ししたようで、見る、聴くに耐えない。
ついでに書けば、私自身は、少し慣れれば、アルトの声域まで発声が出来る。しかし、私はカ
ウンタ テノールの声が嫌いなのである。J.S. Bach の Kirchenkantaten などでも女性のアルトで
はなく男性のカウンタ テノールが唱う傾向になってきた。アルトが失業してしまうのではないか、
という私の心配は、よけいなお世話か。
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3.2 Henry Purcell (1659 – 1695)
長女が日本語の勉強をしながら、ひとり言を言っている。それも大声で。黙って聞いていると、
次のようなことをしゃべっていた。
あれえ!安い、という字には女が入っているぅ。It’s not fair!…、だけど…、勇ましい、という
字には男が入っている。じゃあいいか。
分かってないんだなあ、と思って説明を始めると、勇ましいというのは、やかましいということだ
、と言張ってきかない。姦しいという字には、女が三つも入っているよ、と言って早々とひきあげ
たが、私は、良い父親であろうか。
家内を含めて、そうした女三人に囲まれて過ごしている私ではあるが、それでも女性(少女)
ばかりで途惑う音楽作品がある。何と、コーラスを別にしても、七人のソプラノ、一人のメッツオ ソ
プラノと唯一人のバス バリトンによるオペラである。その作品は、H. Purcell の<<Dido and
Aeneas>>である。この少女歌劇を第一級のオペラとすることには、私も異論、異存がないが、
さて、それを聴く段になると、持て余してしまうのである。
日本も英国も島国である。後者は、世界を荒らし回ることに成功したが、前者は、結局は、失
敗した。しかし、そんなことは、今、本質的なことではあるまい。もっと共通しているのは、ある種
の感傷癖であろう。J. Dawland の<<Lachrynae or seven Tears figured in seven passionate
Pavans>>以来の sentimentalism のことを私は言っているのである。
次女は、Act I の<Harm’s our delight>>だとか、Act III の<Destruction’s our delight>
の libretto を読んで笑っていた。今どき、女学生が感傷的だ、などと言ったなら笑いとばされる
であろう。わが娘たちの世代が、Act III の<When I am laid in earth>を聴いて涙ぐむ、などと
は私の想像の彼方である。ただ、ああいう素材を男子学生が上演しよう、などという発想は、現
在に於いても、過去に於いても皆無である(あった)であろう、ということは考えられよう。
雄々しい、という言葉が何か肯定的であり、女々しい、という言葉に否定的な感触があるのは
、性差別以外にも理由があるのではないか。例えば、boyish な少女には、それなりの魅力があ
っても、girlish な男について、何か異様なものを感じるのは、むしろ、我々の感性が健全である
からであろう。私は、やはり、人類の意識の中で、或いは、古代以来の無意識の中で、男の性を
人の標準とする(した)事には、根拠がある(あった)と思わざるを得ない。
これを言うと、私の娘、特に長女は怒る。パパは二人の娘がありながら、と息巻くのである。標
準は、標準であって、優越性は必ずしも意味しない、というようなことを言ってごまかすが、いま
だ不満げな顔をしているのである。
このオペラでは、Sailor をソプラノが美しく唱っている。
この作品には、紛失した一曲を含めて、九曲ものダンスが入っている。それらの短い挿入曲
は、学芸会の雰囲気をいやがうえにも盛り立てている。いわば、高級なお遊戯、とでもいった作
品ではあるが、私としては、父兄でもないのにもかかわらず、Chelsea の Josias Priest’s
Boarding School に紛れ込んだような居心地の悪さを感じないわけではない。
言葉を変えて言えば、このオペラは、それほどまでに出演者、演奏家にそって書かれた職人
芸としての傑作である、とも言えよう。
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蛇足(コーダ):
家内についても何かを書かないと彼女が僻むかもかもしれないので一言:
―― 僕は、僕の曲をどのように弾いて下さっても構わない。やっぱり、それは演奏家のなか
で自分自身を新めてぶつけるわけだから、それは、僕にとって嬉しいというほかの何ものでもな
い。ただね、例えば、三分十五秒にあるフレーズがあるとするでしょう。それは、やっぱり、始まっ
てから三分十五秒という音楽的な体験を経てきたうえでなければ、絶対に演奏できないフレー
ズなんだな。その意味で、ここからここまでを取ってつなぐというやつ、あれは、どうしても、辛い
ね。―― 三善晃がレコーディングについて語った言葉である。
その通りであろう。そして、それは、聴き手にとっても同様である。愚妻には、これが解らない。
この人は非常に不思議な人で、私が、今は家の中が静かだから音楽を聴こう、として聴き始める
と、必ず(草子地:必ずである。)、二回からトコトコと降りてきて皿洗い等をし始めるのである。そ
して、音楽が一時中断された後には、どうしてそれが聴き続け難いのか、それを理解できかねる
らしいのである。多分、Sokrates の奥方に近い人柄の女ではないか、と私は、密かに推察してい
る次第である。
そういえば、Purcell は、夜、帰宅したときに、奥方の締め出しにあって、それがもとでの肺炎
で死亡した、と伝えられている。男性は、女性よりも繊細である、ということか。
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3.3 Georg Friedrich Händel (1685 – 1759)
カナダに来てからこのかた、何故か。G.F. Händel の音楽がさほど好きではなくなった一時期
があった。この、だだっ広い国にいるせいか、彼の音楽が隙間だらけに聴えたのである。それに
もかかわらずに、先日、Oratorio<<Jephtha>>の LP を買ってきた。二人の娘の父親である
私が、この説話に関心がある、ということもあったが、何故、晩年の Händel が、それに興味をもっ
たかに興味をもった故でもあったのである。
簡単に言ってしまえば、旧約にも人身御供があった、という事である。そして、この物語は、さら
に古い時代の伝承、Abraham と Isaac を想起させる。違いを整理してみたい:
1.
2.
3.
犠牲に供され(ようとす)るのは、Abraham の場合は息子であったが、Jephtha のときは
娘である。
前者にとっては、犠牲は神の命じた事であったが、後者に於いて、それは誓願の一部
であった。
前者に於いては、犠牲は執行される事なく救済されたが、後者では完遂される。そこ
では、S. Kierkegaard の言う<Abraham の不安>は無い。その代償としての自責があっ
た、と私はおもう。古代の重層、とでもいうような形態を見るように感じるのである。Isaac
は終始、沈黙していた。
この旧約の記述、士師記第十一章と Händel の作品の筋書き、Thomas Morell の libretto を
Händel が若干変更したものとを較べると、それらの違いを無視できないので、それも記しておこ
う:
1. 後者に於いては、Iphis(Jephtha の娘)や Zebul(Jephtha の異母兄(弟?))などの名前
が創作されているが、それらは、旧約には見られない。 旧約に Jephtha の娘の名前がこの
説話の最後まで記されていないのは、当時の女性であったことを考慮に入れても、第四十節
などを読むと意外、むしろ、異様である。なお、Storgè(Jephtha の妻)、Hamor(Jephtha の娘
の恋人)と天使は、人物そのものが(草子地:天使を人物といっていいかどうか知らないが)
Morell の創作である。
2. 後者に於いて、Iphis は犠牲に供される事なく、生涯、処女性を保つことを条件に救わ
れる。これは、明らかに、十八世紀の英国に於ける宗教的 sentimentalism であろう。旧約に
は、明確に、(her father)did with her according to his vow which he had made. She had
never known a man. And it became a custom in Israel that the daughters of Israel went year
by year to lament the daughter of Jephthah the Gileadite four days in the year.
――(Judges 11, 39-40) と記されている。近代の軽薄さは近代の宗教にも影響している、と
いうことか、或いは、その逆であろう。
さて、あの傑物 G.F. Händel が、何故、身体の不調と失明への不安を忍びながらも、この作品
の完成を期したのであろうか。それどころではない。彼は、1752 年の初演の後、1753、1756、
1758 年に、再三にわたってこの作品を改訂しているのである。この、彼の手になる最後の
Oratorio を初めて聴いたとき、私は、何か、この作品には Händel 独特の力強さに欠けているよ
うな印象をもった。こういうときには、レコードはありがたい。自分の不明を幾度も補填できるから
である。
43
この傑作は、作曲家の辞世の言葉であろう。そのように音楽が創られているのである。この作
品は、<It must be so.>という言葉で始まる。そして、その言葉は、第二幕第四景の Jephtha
の recitative で確認されている。この凄い recitative を何と呼べばよいのであろうか。この曲は、
baroque 時代のみならず、全ての opera や orarorio のなかでも異彩を放つ、と言っても過言で
はないであろう。そして、この recitative に続く chorus で<Whatever is, is right.>と繰り返し、
繰り返し唱われるのである。ただし、これは、Morell の台本では<What God ordains is right.>
、となっているとのことである。Händel がそれを変更したのは、ただ単に作曲上の都合によるだ
けではないであろう。
Jephtha は、Händel の他の opera や orarorio の主人公と違って、無性格の英雄、木偶の坊で
はなかった。Iphis は、私もまた、彼女の清純さ、天真爛漫さ、そして、気高いまでの素直なあり
方、姿には心がひかれるけれど、それでも、旧約の、The daughter of Jephthah ほどの存在感は
感じられない。やはり、この作品は、題名どおり<Jephtha>であって<The daughter of
Jephthah>ではないと思う。
一体全体、登場人物の全部が善男善女で、なおかつ drama が成立する、などという破天荒な
ことがあってよいのだろうか。それとも、隠された敵役は、Ammonites ではなくて、神そのもので
はなかったか。また、古代人と現代人の差異は、その幸、不幸の明暗の落差の違いにある、と誰
かが言っていたが、その衰退した現代人の一人である私が、もし、Jephthah の立場に立った、
立たされたとしたならば(草子地:ここは仮定法である)、せめて、自殺する勇気だけはもちたい
ものである(草子地:ここは仮定法ではない)。たとえ、それが律法で禁じられていた(草子地:こ
こは仮定法である)としてもである。
追記(コーダ):
誰も指摘しないようであるが、J.S. Bach には、旧約に準拠した、或は、旧約を素材とした作品
が少ない。その辺りも G.F. Händel とは対象的である。
44
3.4 Wolfgang Amadeus Mozart (1756 – 1791)
Demonisch な Mozart、という理解はもう古い、と誰かが言っていた。古いか新しいか、という問
題ではないであろう。とにかく、<<Don Giovanni>>(K. 527)の基調は、d-moll である。同じく
d-moll の<<Requiem>>(K. 626)を引き合いに出す迄もなく、このオペラが、死と隣り合わせ
になっている官能を表出していることは、確かに感じられる。
それと同時に、この作品は、opera giocoso である。Opera buffa でも opera seria でもない。石
像の登場などは、まさに、漫画であるけれど、A. Berg が R. Wagner を引用しているように、
Wagner は、Mozart のこの部分を引き合いに出したことがあった。Opera giocoso なるものの曖
昧さは、第一幕にある、あの有名な Menuetto を聴いても感知できる。あの Menuetto は官能の
頽廃の極致であろう。私が Kierkegaard の言う、官能の直接性を感じたのは、皮肉にも、この部
分に於いてであった。
しかし、私がまだ少年だった頃、この曲の出どころを知らないで、これをヴァイオリンで奏いて
いたときは、こんな曲の何処に取り柄があるのか、と訝ったのを憶えている。次には、オルガン用
の、その次にはピアノ用の楽譜を見たり、弾かされたり、この曲が編曲されて種々の本に載って
いた、そんな時代もあったのである。
あの平凡な Menuetto が、ひとたび、オペラの中で処を得ると、これ程までに淀んだ雰囲気を
表現できるのは、まさに、驚きであった。これを、練習用にか、子供に弾かせる、というのは無神
経、無教養、無自覚、悪趣味も過ぎていた、と今にして憤りすらを感じている。
私は、道学者ではない。そして、ユダヤ教もキリスト教も、元来は、一夫一婦制などを肯定も否
定もしてはいない、と判断している。それにしても、人類は、よくも飽きもせずに、こうした色事を
続けるものである。それを、あるがままに作品にして提出する、その意図の根源が demonisch で
はなくして何であろう。要は、男も女も皆こうしたものであるかどうかを認めるかどうかにあろう。私
は、こんなものであろう、と思っているのであるが。
蛇足(コーダ):
諸悪の根源は、やはり、一夫一婦制にある。そのうちに、ここカナダでは、重婚の禁止は信教
の自由に反する、とイスラム教徒が主張しだすのではないか。いや、それ以前に,それは信条の
自由に反する、という意味で人権の侵害である。
大体、信教の自由だけではなく、職業の選択の自由すらも無く、不自由な生活を強いられて
いる人間、日本の天皇に側室(複数)を世話をしても良いではないか。そして、皇室からは、相
続税を取るべきではない。彼らは、人間であっても国民ではないからである。これは、天皇制を
維持するのであれば、を前提としての話である。
45
Gimell
姦淫についての Jesus の定義は、<マタイ福音書>第五章 27 節以下に充分に明瞭、明白に
記されている。<ヨハネ福音書>第八章に見られる姦淫の女の説話は、その定義ゆえの論理
的な帰結である。全ての人間が罪びと(草子地:私は、この訳語には疑問を感じるが。)である、
というのは、その定義から導かれる故に、それは、宗教的な前提にとどまる。それが意に介され
ない世俗では、それはそれとしての終始一貫した世界がある。
W.A. Mozart の<<Don Giovanni>>は、石像を登場させることによって、論理の自立を放
棄している。或いは、させられている。S. Kierkegaard の言う<美的実存>と<倫理的実存>の
間には整合性が無いからである。彼の言う<官能の直接性>は、同じく彼の言う<詩人の愛>
を言い変えたのに過ぎないであろう。その意味でも、R. Strauss の<<Rosenkavalier>>は、
W.A. Mozart の<<Cosi fan tutte>>に連なっている。
それ故に、人間は矛盾した存在だ、とは知的怠慢の人が指向停止をする為に良く言われる言
葉ではあるが、それが何処の段階で言われているのかだけは問題として残るにしても、一面で
は道理がある。もともと矛盾している生身の人間、例えば Mozart を、後世になって結び直そうと
する努力が成功したためしがなかったではないか。それとも、後世になると、後知恵で、彼が全
部見えて理解できる超越的な立場が獲得されている、とでも言うのであろうか。Kierkegaard 自
身も、私を止揚しないでくれ。私は、媒介を怖れる、と言っていたではないか。
中途半端に<美的実存>と<倫理的実存>の間を迷い、彷徨せざるを得ない人間のあり方
について、Kierkegaard は、苦悩だけが真実だ、と述べていた。以下の彼の言葉(Die Kränke
zum Tode)は全て正しい。ただ、私は、<絶望>とは存在論的な概念であって、倫理のそれで
はない、と判断している。
精神は、それ自身に関係する一つの関係である。
精神は肉的なものと霊的なものとの総合である。人間は精神である。
死に至る病とは絶望である。絶望とは罪(草子地:的外れのこと)である。
その<総合>がなし得ない限り、苦悩だけが真実なのだ、と私は読む。我々が依りどころとす
る何ものも、この世に存在していないことは、初めから当たり前の事実ではなかったか。
ただ、この時代に、この世界で、例えば、飢えている人に出会ったときに、我々は我々のできる
事をするしかないのだ。これも、初めから当たり前の事ではなかったか。私は、自分は Nihilist だ
、と称して、この瞬間に呼吸している人間の、その存在論的な矛盾だけは容認できない。
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3.5 Ludwig van Beethoven (1770 – 1827)
歯科医の治療台の上にいる。人の好い歯科医さんには悪いけれど、全くもって、こうした時
間は私の人生の中で無駄になっている。意地でも何かを考えなければ、良い歯をもっている人
に較べて損をする。
何故、ひとは、L.v. Beethoven は、旋律を書けなかった、などと言うのだろう。もっとも、高橋悠
治は、Beethoven は、それを書けば書けた、と書いていたけれども。
確かに、<<Simphonie in d-moll>>(Op. 125)の終楽章の旋律は、いただけない。とてもで
はないけれど、素面では人前には持ち出せないような代物だ。だから、それは、sempre piano で
、おずおずと導入される。ただし、このやり方は効果的で、この旋律が、静かに美しく流れるのは
、認めざるを得ない(草子地:この手法は、J. Sibelius が<<Finlandia>>(Op. 26)で踏襲して
いる)。しかし、ここだけである。後は、とりわけ、これが咆哮するようになると、如何にもいただけ
ない。
さらに困ったことがある。この楽章の出だしの Recitativ によって否定された先行三楽章に成り
代って出てきたはずのこの旋律が、散々、オーケストラによって鼻ずらを引き廻された挙句、とど
のつまりは Bariton の気張った声によって、またまた否定されるのである。すると、誰だって、まと
もに聴いていた人は、自分は、今まで何を聴いていたのだろう、と一瞬、眩暈がするような戸惑
いを感じるはずだ、と私は思うのであるが、誰も、それを言わない。それどころか、W.
Furtwängler は、他の作曲家の作品とは異なり、Beethoven の音楽は、自分が今、何処にいるの
かが常に明瞭である、と言っていたほどである、
例は、いちいち書かないが、Beethoven の作品には、こうした二重否定だけではなく、二重肯
定も散見されるのである。いや、例を一つだけでも書かなければ中途半端か。では、例えば<
<Ouvertüre Leonore III>>(Op. 72a)などは、形式的に整えようとして、劇的には失敗してい
るのではないか、と私は感じるのである。何でも二度も重ねて興奮すれば良い、というものでもあ
るまい。
ただ、考えなければならないことがある。やはり、ソナタ形式に向いた旋律、変奏曲に向いた旋
律などがあって当然だ、ということである。例を Fuge にとろう。J.S. Bach 晩年の<<Das
Musikalische Opfer>>(BWV 1079)の主題の堂々たる美しさは、誰もが認めるところであろう。
しかしながら、この Friedlich der Große によって与えられた主題が、どちらかというと Fuge には
向いてないことも、容易に認められるのではないか。Bach だからこそ処理できたものの、結果は
、Ricercare まで後退している。一方、同じく Bach の最晩年の<<Die Kunst der Fuge>>(
BWV 1080)の主題はどうであろうか。これこそ、Fuge を構成する為に、よく考えられて用意され
た、典型的な Fuga の主題であろう。ついでに書くと、<<Das Wohltemperierte Klavier>>(
BWV 846-893)の Fugen の主題の多くは、短いので、何か、いきなり stretta で始まっているよう
に感じるのは、私だけであろうか。
さて、あの Beethoven の出来損ないの Choral は、一体何なのだろう。苦しまぎれに言うのであ
るが、やはり、変奏曲の主題であろう。そういえば、諸井誠は、この第四楽章は、ソナタ形式と変
奏曲の複合、重畳だ、というようなことを言っていた。そのように見ようとすれば、そうとも観られな
いこともないのであるが、それにしては、変奏の幅が小さいし、それに、展開部でも再現部でも
第一主題が現れないソナタ形式などは前代未聞であろう(草子地:諸井誠は、何の分析でもソ
ナタ形式にしてしまうか、それに関連づけてしまう)。それとも、この楽章の第一主題は、あの、二
度にわたって否定された三つの主題、旋律のきれっぱしであるが故に、幾らなんでも三度めに
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は登場しない、とでもいうことなのか。それにしても、否定された三つの楽章の方が、終楽章より
は均整が取れていて美しい、と感じるのは、私だけではない、と思うのである。何か朦朧としてい
る第三楽章でさえ、終楽章よりもましであろう。単純に言ってしまえば、私は、このような大衆を前
にして大芝居を打つ様な作品が嫌いなのである。
大体、この作品を演奏する段になると、オーケストラは、合唱を添え物、そのメンバーを extra、
つまり、その他大勢と観ているだろうし、合唱は合唱で、オーケストラを前座、ないしは、伴奏と
看做しているのではないであろうか。
Seid umschlungen, Millionen! Diesen Kuss der ganzen Welt! … 嫌だね。そんなことになった
ら、いったい、何処に亡命すればいいんだ。私は、世界が一つになることなどには大反対である
。この世界全体が、例えば、超大国によって全体主義になったりしたら息が詰まるではないか。
むしろ、この世界の多様性を喜ぼうではないか。
ついでに書けば、私は、嘘も方便、というのが嫌いである。話の相手を舐めきっているからであ
る。しかし、一つだけ便法として妥協しているものがある。それは、<国籍>である。
私は、それよりも、何といっても、彼、Beethoven の最後の三曲の Klaviersonaten(Op. 109,
110, 111)に心がひかれる。これらでは、手塚治虫も言っていた通り、清澄な世界が、いや、宇
宙が、崇高なまでに開けている。寂寥感や、諦観すらを超えて。
蛇足(コーダ):
喜劇は終わってはいない。この自称 Choral は protestant の讃美歌集に収録されている。
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3.6 Carl Maria von Weber (1786 – 1826)
C.M.v. Weber の<<Der Freischütz>>(Romantische Oper in drei Aufzügen)の序曲は、私
にとって、懐かしい音楽である。私が受洗した頃、あの四本のホルンで奏される有名な旋律は、
私の愛唱の讃美歌にあった。しかし、今日この頃、この序曲を聴くと、何のことはない、この序曲
には、ただ、美しい旋律が並べられているだけではないか、と思う反面、その順序に、何か絵巻
物を眺めているときにも感じるような、ある洗練された流れをも聴きとられ、次は何だったっけ、と
の期待と、ああこれだった、とのつながりに、これでいいのかな、とか、これだから新鮮なのだ、と
、私は戸惑いを感じるのである。
冒頭の pp からクレシェンドするユニゾンの全音符と、それに続く弱奏の弦の伴奏音形で、例
の旋律が二本づつのホルンで交代して唱われる、などは、一方のよい例であろう。この全音符
の Carlos Kleiber – Staatskapelle Dresden(Deutsche Grammophon 2537 020)による演奏は、こ
の音だけで、背中に冷水を浴びせられた様な戦慄がはしる。
それだけではないのだ。序曲だけではなく、この作品全曲を聴くときに、私は、何か、気恥ずか
しい思いがするのである。それは、このオペラの台本も音楽も余りに健康的な故か、いや、そうで
はないのである。
筋書きについて言えば、これは、典型的な引き立て役が存在する劇である。Agate と Ännchen
は、例えば、H. Purcell の<<Dido and Aeneas>>の Dido と Belinda に平行している。W.A.
Mozart の<<Die Zauberflöte>>でも同様であるが、こうした主人公と脇役の一種の作法は、
何か、ヨーロッパに於いての、階級的なものを思わせる。多くの場合、主人公の側の地位の方が
高いからである。そして、それは、時代を超えて、一つのパターンとして存在しているのである。
それ故に、私は、このパターンを<超様式>と呼んでいる。
劇作に於いて、そうした作法が効果的に適用されるほど、非現実として réalisme から遠ざかる
。そして、それが意識的であるかどうかを問わずして、殊更に、無難なおとぎ話にしたい、或いは
、そうする必要を感じた台本作家の意図になっているのではないか。多分に、作家、聴衆ともに
無意識であろうけれど。
私には、様式とは、どのようなものであれ、réalisme とは対立するもの、réalité を隠蔽するもの
であるように思われる。<<Der Freischütz>>に即して言えば、仮に réalisme に拘らないとし
ても、この作品には、聴き手としての私の居場所がないのである。
全作品を観たり聴いたりした訳ではないので、確かなことは言えないが、一流の台本作家、例
えば、近松門左衛門とか W. Shakespeare は、脇役を登場さしても、このような引き立て役などに
する、いや、少なくとも、引き立て役がこれだけの役割を果しているような台本は書かなかったの
ではないか。しかしながら、彼らには彼らの作法が、やはりあって、それは réalisme では割り切
れないものである。ちなみに言えば、réalisme らしい réalisme は、有声映画ならいざしれず、舞
台劇では今も昔も不可能であったのではないか。一例として挙げれば、舞台では、現実の普通
の会話よりも大きな声を役者が張り上げなければ客席の隅々まで声が通り届かないということが
ある。そうした約束事が洗練されていない局面に遭遇したときに、私たちは、何か気恥ずかしい
思いがするのではないか。
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Weber の作品に話を戻すと、何か、学芸会の劇でも観ているのではないか、といった気持がし
ないでもないのである。この作品の音楽について言えば、オペラが序曲の引き立て役のようでは
ないか。それを、竜頭蛇尾、と言う。
追記(コーダ):
G. Bizet の<<Carmen>>の初版を聴くと、recitatif がなく、台詞で語られている部分が多い
。これは、フランス語による Singspiel か、と思わせるほどであったが、意外にも、<<Der
Freischütz>>と primitif な言葉の扱いで共通したところがあるのではないか。
前者の場合は、フランス人の作曲家によるスペインを舞台にした作品であり、後者は、ドイツ,
オーストリの作曲家によるボヘミヤを舞台にした作品であった。違いは、前者は cosmopolitan で
あるが、後者は、必ずしも悪い意味ではなくて local である。
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3.7 Franz Schubert (1797 – 1828)
Charles Baudelaire の<Les Fleurs du Mal>には、A. Berg の<<Der Wein>>以外に、さし
てめぼしい曲付けがなされている作品が見当らない。<<Der Wein>>でさえ、まあ、Berg の
代表作とは言い難いであろう。それも、Baudelaire の詩が、かえって、超一流である故か。
それに較べると surréalistes の詩は、音楽付けがよくなされ、有名な作品も多い。一寸挙げて
みるだけでも、A. Schoenberg の Albert Giraud の詩による<<Pierrot Lunaire>>、A. Berg の
<<Altenberg Lieder>>、W. Lutoslawski の<<Trois Poèmes d’Henri Michaux>>や P.
Boulez の René Char の詩による<<Le Marteau sans Maitre>>などがある。ただ、私にとって
、表現主義と超現実主義の相違が、いまひとつ、はっきりしないのは、わたしの学識、教養が足
りないせいか。
私は、常識的な人間なので surréalisme の詩や散文詩は理解できない、と思っていたし、今も
思っている。それとも、私、或いは、我々の時代が、いまだ、surréalisme に消化不良をおこして
いるのであろうか。それでも、あたかも音楽を楽しむように読んでみることもないではなかったが、
それであったのなら、何も、音楽を聴けばよいのではないか。ただ、困ったことには、私が音色に
関しては、色聾、色盲に近いことであるのが難点なのだ(草子地:これは、これを書いていた時
点での私の懸念で、その頃は、音色の方までに意識を寄せる余裕が無かったのである。今日こ
の頃は、音楽を聴いていて、むしろ、音色の方に意識が傾く。それは、退行であろうか、とあらた
に懸念される)。それでも、上記に例として挙げた作品などを聴くと、不思議なことに、奇妙なこと
に、ただ詩を読んでいるときとは違うのである。詩そのものを読んでいたときに感じた、ささやか
な反感に近い私の中の反応が、何か好感情に変るのである。これを、作品が解った、と言っても
いいのかどうかは知らないが、言葉で説明し難いからといって、作品の把握ができていない、と
したならば、音楽作品の理解、というのは一体何処にあるのであろうか。さらに、ここまで来ると、
言葉がある作品と、ない作品の違いは一体何であろう、とあらためて考えざるを得ない。そもそも
、何らかの違いがあるのだろうか。
F. Schubert の<<Winterreise>>(D. 911)中の第 23 曲<Die Nebensonnen>を、旅をして
いる若者の発狂、と解説している文があった。Surréalistique な解釈も、特に、nun sind hinab die
besten zwei、の文節に関して眼についた。また、zwei が想われ人の二つの瞳をさしている、など
と言い切った解説(草子地:besten の故か?)が、特に日本では多いが、そうだったとしたならば
、W. Müller が三文詩人である例証が、また一つ増えたことになろう。一方、drei Sonnen は、単
なる自然現象である、という説明もあった。
重要なことは、それらが全てである、という意味で、それらのどれもでもない、ということである。
Schubert の作品は、そうしたことはどうでもいい、という水準にまで達しているではないか。それ
ら全て、ということは、時代を超えての surréalistique な感触をも容認する、ということでもある。こ
れは、言葉を伴う音楽作品の抽象性としては、極めて高い水準にあるのではないか。私は、そ
の抽象性を、創造者としての作曲家が作品に与え得る限りの普遍性、と呼ぼう。その音楽作品
の抽象性に、言葉だけを単独に朗読されている限りでの surréalisme の詩が及ぶかどうか、それ
が私の疑問なのである。
いや、それよりもなによりも、私が<Die Nebensonnen>に心ひかれるのは、この曲のつつまし
い簡素さにある。全 24 曲の中、ただこの曲だけが一節だけで終わっている。そして、それで全
てを言い尽くしているのである。原調は A-dur である。この曲の、特に、C-dur に転調した際の
、何か、身につまされるような、緊張した開放感に、短調よりも深刻な Schubert の長調を(草子
地:第一曲<Gute Nacht>のそれは有名であるが)私は感じるのである。もっとも、先に引用し
た処で、a-moll に再転調しているのであるが、それも、言葉との関連で効果的である。
コーダ(蛇足):
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King James の欽定訳では、日本語訳でいう聖霊(草子地:私はヘブライ語もギリシャ語も全く
知らない。)を Holy Ghost と訳していた。現在の英語訳では、普通一般には、Holy Spirit となっ
ている。では、ghost と spirit の違いは何であろうか。同じなのか。ちなみに言えば、英語の
ghost とドイツ語の Geist は語源は同じである。しかし、ドイツ語では、M. Luther のドイツ語への
翻訳以来、現在でも Der Heilige Geist である。では、Geist と Seele は、どこが違うのか。
それを私の家の隣に住むドイツ人に聞いてみた。残念ながら、彼の説明は解らなかった。分り
ようがなかった。言葉の nuance だけではなく、言葉(複数)相互の意味の区分けが言語相互で
異なるからである。
S. Kierkegaard の<Die Kranke zum Tode>の原書は、無論、デンマルク語であるが、私はデ
ンマルク語を読めない。それでも、それをドイツ語訳で読んだ方が日本語訳を読むよりも判りや
すかった。ドイツ語の言語空間で解った、ということは、日本語のそれで解ったことにはならない
のであろうか。いや、それよりも、そもそも、私は解ったのであろうか。そういえば、私は、I. Kant
の<Die Kritik der reinen Vernunft>の日本語訳を放り出してから何十年にもなる。
私のように考えたのなら、いや、思ったのなら、何らの論理を言葉で構築することはできないで
あろう。しかし、言葉だけでものを考える、というのも確かではない。例えば、<私の家>を考え
るときに、ワタシノイエ、などと頭に浮かばせるのではなく、せいぜい、ワ……イ…と、あとは居間
や台所とかの薄ぼんやりした image ぐらいが脳裡に浮かぶぐらいなものではないか。
J.P. Sartre が来日したとき、何ものでも言葉で表現できる、と彼への質問に答えて言っていた
。私は、彼のようには言葉について楽観的になれない。音色については、音楽の形式や構成、
旋律、和音や rythme を言葉で言い表すのに較べても、言葉で表現するのは難しいのではない
か。
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3.8 Richard Wagner (1813 – 1880)
誰かが、Wotan は、世界一の大馬鹿野郎だ、と言っていたが、彼は間違えている。Wotan は、
世界で二番目の馬鹿である。
その Wotan が登場する、R. Wagner の<<Der Ring des Nibelungens>>を延々と聴いてい
たときのことである。この支離滅裂な筋書きのなかでも、Wotan と Brünnhilde の別れの場面、Die
Walküre – Akt III の終りは、私にとっても感動的であった。
娘と別れるときの父親の気持ちに、いつの日にかは、私自身も避けられない時が来る、という
自覚とともに、妙に共感して、しんみりとしてしまったのであった。柄にもなく、そんな気持ちにな
ったのは、娘を思う父親よりも、父親を想う娘の気持ちの方が深いのではないか、ということが、
たまたま、私どもにも共通しているように思いあたったからである。平和な時代に、平和な地域に
住んでいる私の単なる感傷、と言ってしまえば、それまでのことではあるが、今際の時に、私は、
ひとめでも私の娘たちに会いたい、と想うのではないか、と予想もしたのである。その意味では、
私は、日本に住む私の両親には親不孝をしている、と思う。どちらの臨終にも、多分、間に合わ
ないであろう。
ところが途端に隣の部屋から下手なピアノの音が鳴り響いてきたのである。すかさず、うるさい
!と呶鳴りつけて、そちらに行ってみると、長女が弾いているのを次女が眺めている、まるで絵
のような情景が目に入ったのである。次女が、心配そうな顔で私を見た時、今はピアノは駄目だ
、と短く言って引きあげたのであるが、その時に、何故か、私の心をかすめたのは、親があっても
子は育つ、という坂口安吾の言葉であった。
私が音楽に於ける感情の表出や、それに伴う気ままな連想、或いは感想を、自分の心の中の
動き、蠢動として感じはしながらも、さほど、それを信用していないのは、そのあたりに理由があり
そうである。一つの音も聴き逃すまい、と集注して、緊張して、しかし、忙しく Wagner の音楽に
耳を傾けていた時とはいえ、私の心の中は、娘(たち)に対して、少なからず狂暴になったからで
ある。
大量殺人を為すガス室の、ガス噴出のボタンを押す NAZIS の役人でさえ、一方では、L.v.
Beethoven の交響曲を聴いて感動し涙すら流す、と誰かが言っていた(草子地:鬼の目に涙)。
話が大袈裟になってきたであろうか。そうではないはずである。私が、たまたま、その NAZIS の
役人の立場にいなかっただけなのだ、と思うのである(草子地:私は、これを大袈裟と言う、或い
は、思うような人とは付き合いたくはない。そういう類の人は、常に、本質問題を、無自覚に、程
度問題に還元するからである。もはや、自分に残された時は多くはない、そういう人間に割く時
間は、もはや、無い、と自覚するのが、私のような老人見習いの思慮、見識であろう)。
J.P. Sartre は、飢えた人々に対して文学は何かができるか、と問いかけたことがあったが、音
楽は文学と同様に、否、それ以上に無力であろう。私は、こういう短絡的な思考は好きにはなれ
ないが、そうした限界が芸術と言われているものの一面であることについては、冷静に受け止め
、錯覚は避けるべきだ、と思うのである。何故なら、その無力な芸術を、自らの利益、権力の為に
利用、管理している人々が、NAZIS の時代だけではなく、今日なお存在しているからである(草
子地:繰り返すが、私は、これを大袈裟と言う、或いは、思うような人とは付き合いたくはない。そ
ういう類の人は、常に、本質問題を、無自覚に、程度問題に、すれ変えるからである。もはや、自
分に残された時は多くはない、そういう人間に割く時間は、もはや、無い、と自覚するのが私のよ
うな老人見習いの思慮、見識であろう)。
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気になることが一つある。何故か、この数年来、<<Tristan und Isolde>>ではなく、この<
<Der Ring des Nibelungens>>がより多く上演、或いは、録音されるようになってきたことである
。一頃前と反対であるのは、所謂クラシック音楽(草子地:嫌な言葉だ)にも流行り廃りがあるの
であろうか。音楽史上さらに重要である前者の上演は、最近、ほとんど聞くことがない。そういえ
ば、<<Lohengrin>>はさらに聞かれなくなっている。これが、二十世紀の世紀末という今日こ
の頃に関係しているかどうか、と考えるのは思い過ごしであろうか。
どちらにしても、Wagner の解決を引き延ばされた旋律、さっさと recitative でかたずけてくれな
いか、と思うことが私には多い。とりわけ、二度目に聴いているときは(草子地:私は、今書いてい
るものを書くのに忙しい。書き終わったら、オーロラを見に北にいく。そして死ぬ)。
コーダ(蛇足):
今さら言うまでもないが、世界で一番の大馬鹿野郎は、かく言う私である。しかし、私は、全人
類を愛するけれど、となりで眠っている奴の鼾は我慢ならない、という類の人間ではないつもりで
ある。家内の鼾が我慢ならないからではない。<全人類>などを愛していないからである。
もう一つ気になっていることがあった。日本の古事記でも、ギリシャ神話でも、北欧の神話でも
、多神教の神々を支配する神は、何故か、第一世代の神ではない。長女が私に威張るのは仕
方がないか。
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3.9 Leos Janàcek (1854 – 1928)
古畑銀之助が<ある晴れた日に>(No. 41)の誌上に:<スタバート.マーテル>は<悲しみ
の聖母>と歌謡曲の題みたいに低俗意訳されていますが、ラテン語辞典にある直訳<母は立
いたり>とするほうが、ひとを思索に誘う深い意味を表すのではないでしょうか。事は悲しみどこ
ろではないのですから。――と書いている。その通りだ、と私も思う。私自身の気持ちとしては、
<佇む聖母>ぐらいに翻訳したいところであるが、どちらにしても、言葉は、もっと大事にしたい
ものである。いや、歯に衣を着せないで言おう。私は、よくあることであるが、<Stabat Mater>を
<悲しみの聖母>などとするような日本人の mentalité を嫌悪する。そして、誰の編纂か私は知
らないが、古畑氏の<ラテン語辞典>の訳は、厳密に言えば、直訳ではない。誤訳である(草
子地:これは、古畑氏に文句を言っているのではない)。遠慮して言っても、誤訳に近い意訳で
あろう。直訳は<母は立っている>である。時制が間違っていることは、私の乏しいラテン語の
知識でも歴然としている。
こういう例もある。Moravia 語の(草子地:以下、c、r と s の文字は正確な Moravia 語の文字で
はないときがある。許されたい。)<<Liska Bystronozka>>(直訳:早足の女狐)が。A. Berg
の<<Wozzeck>>の場合と似た事情から、<<Liska Bystrouska>>(直訳:早耳の女狐)と
変り、それを L. Janàcek がオペラとして作曲した際に<<Prihody Lisky Bystrousky>>(直訳
:女狐、早耳の冒険)と題したいきさつがあった。それがドイツ語に翻訳されたとき、<<Das
schlane Füchslein>>(この誤訳を誤訳のまま直訳すると:ずるい子狐)となり<女>が消えてし
まったが、面白いことに、さらに英語に重訳されて<<The Cunning Little Vixen>>と、それは
英語の語彙の故であろうが、魔法のように、偶然に<女>が復元されている。くどくなるが、話は
、まだ続く。以前に誰かが<<ずるい女狐>と日本にて日本語に翻訳したが、今では普通<<
利口な女狐の物語>>と題されている。A. Schoenberg の<<Verklärte Nacht>>が<聖めら
れたる夜>と一度は、ほぼ正しく翻訳されたものの、それが、いつの間にか<浄夜>などと言う
訳の解らない言葉にすれかえられてしまったのに似ているのである。こういうことは、意図的であ
ろうとなかろうと、日本人の意識、或いは、意識下に問題がある故ではないか。Moravia 語->
ドイツ語->英語への言葉の変遷は、間違い、不注意、無神経の故であろうが、日本語への翻
訳では、ずるい、が利口に変ったり、<物語>などの余計な言葉が、飴をしゃぶらせるように挿
入されたりして、それを嫌らしいとは、日本にいる日本人は感じないのであろうか。
ことは表題だけではない。武士の情けで名前はここに出さないが、このオペラについて次のよ
うな解説があった:森に住む女狐ビストロウシュカは猟番につかまるが逃げだし、恋をし、子供を
生み、密猟者の弾丸に当たって死ぬ。しかしその後には母にそっくりな子狐が…自然は永遠だ
。――ときたものだ。この作品の場合には、それほど深刻ぶってもしかたがないとはいえ、ことは
、そんな綺麗事ではない。この女狐は、言ってみれば、純情な阿婆擦れなのである。自然は永
遠だ、などという陳腐な通り一遍の sentimentalisme からは、はみ出でている。
日本の評論家たちからは、何も本質的なことを学んだ覚えがないが、多くの知識はかき集める
ことができた、と私は思っていた。少なくとも、海外の(草子地:今の私にとっては、海内か?)情
報の紹介の労に対しては評価したく思っていたが、昨今では、それも疑わしくなってきた。古畑
もまた、日本の評論家は不勉強である、と書いていたが。
要約には注意を要する。私がまだ小学生の頃、国語(草子地、日本語のことか?)の授業で、
……以上を通して、作者は、何を言わんとしているか、などという質問を受けたか、読んだかした
記憶がある。この種の質(愚)問には、どこかに罠があるのではないか、と幼い心にも訝しく、警
戒したものである。こういう、いらぬお節介を<読書指導>などと、教師は言っていたのではなか
ったか。
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作者は、何を言わんとするか、それが一言や二言で言えるのであれば、紙数を費やすことなく
、作者は、それを書いていたはずである。それを、誰かが代行して、より簡単に言換え得るなどと
いう、多分に無意識であろうが、無神経で官僚的な傲慢さは作者にたいして失礼、いや、無礼
である、ということなどは、子供でさえ感じとれるものである。その自覚のなさは、役人の知的怠
慢である。私も可愛げのない子供であったであろうが、質問した人、機関 ― 子供にとっては、
学校は、権力で有る ― ほどには文学を含めての芸術作品に対しては小賢しくなかった、という
ことである。
短ければよい、要約すればよい、ということではなかろう。例えば、一つの和歌を解説しよう、と
試みるならば、その文章は、その和歌そのものよりも長くなるであろう。当然であり、かつ、評論
は文学よりは、決して、上位にはない、ということである。本来は芸術である文学の、よくて哲学
的な言い換えに何かの意味があるのだろうか。その無意味さが、大学の文学部の文学や音楽
学部の音楽学を成立、維持させている。それだったら、何故、例えば、哲学をやらないのであろ
う、と私は訝しく思うのである。哲学は、本来、面白い学問なのに。それにしても、上記の例は、
それ以前の話であろう。
蛇足(コーダ):
私の娘たちは、こちらの日本語の学校で、土曜日の午前だけ日本語を勉強しているが、そこ
で使用されている日本からの<国語>の教科書には、今でも、あの種の質問が書かれている。
いや、さらに踏み込んで、……を読んで何を感じたか、などというのもあった。こうなったら、官民
挙げての情操管理である。正しい感じ方なるものまでが指導されるのか。<良い子>は、教師
の意向を察して、それに迎合する。
私は、無論、カナダの全部の English / Français の授業を見聞きしたわけではないが、私の知
る限り、何が書かれてあったか、を生徒に聞くに止まるようである。もちろん、感じたことを話すの
は、生徒の自由であり、また、生徒は自主的に、積極的に、きちんと発言している。なによりも、
健康的である。
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3.10 Claude Achille Debussy (1862 – 1918)
ああ、Debussy の音楽だ、と胸が震えると思う間もなく、死体の腐臭が漂うような、淀んだ雰囲
気を感じた。C.A. Debussy の<<La Chute de la Maison Usher>>(草子地:原作、原題は、
E.A. Poe による<The Fall of the House of Usher>である。)を聴いたのである。
私は、かつて、Poe の原作を原語で読んだことがあったかどうか、自分のことながら定かではな
い。日本語訳では読んだことがあったが、何せ、少年時代のことであったので、全て忘れている
。どちらにしても、さほどの深い印象を受けてはいなかった、ということか。
加えて、私は、このオペラの libretto を辞書なしで読めるほどには、フランス語に堪能ではない
。いや、それ以前に、この作品は、Prélude(lent et douloureux)に続いて、話の筋(草子地:そん
なものがあった、としてのことであるが)には直接関係のない Madeline の Aria(草子地:Aria と言
うと、Debussy は気を悪くするかも知れないが)が唱われるのである。
それら故に、私が感じた雰囲気は、この作品の登場人物たちの近親相姦、衰弱や発狂を言葉
で読み取ってでは、少なくとも、それだけではなかった筈である。むしろ、私は、初めは途惑い、
その後、病的な対象、素材を、これほどまでに、そのままに、病的に表出されている事実に次第
に愕きが広がっていくのを自らに知覚したのである。言葉を変えて言うならば、もし、病的な音楽
というものがあるとしたら、この Debussy の未完の作品は、その最たるものであろう。それは、多
分、原作が病的なせいだけではあるまい。
音楽が如何にして病的たり得るのであろう。それは、適切にも、中途半端に Leitmotov を使用
している、その作品の創り方にあるのではないか。Debussy 流の Leitmotiv の使い方は、<<
Pélleas et Mélisande>>にもあり、どちらにしても、登場人物の identity を希薄にする、という効
果がある。オペラ<<Pélleas et Mélisande>>を聴く限り、Golaud と Mélisande が完全に姦通
にいたったかどうかは、後で Mélisande を信じるように聴き手は誘導されているにしても、実は、
定かではない(草子地:私は、当時の演劇作法、暗喩、隠喩などを知らないので、聴いた通り、
読んだ通りにしか書けないのである)。どちらにしても、Mélisande は、Debussy の言ったように、
どの時間にも、どの場所にも属さないで、ただ、流されているだけではないか。それが、彼の言う
、生命と運命に自身を委ねる、という、何らの意味の無い美の法則らしい。その Pélleas と
Mélisande と、未完成のオペラの範囲では定かではないが、近親相姦と思われる Roderick と
Madeline の違いは、程度の違いにすぎない。それら、登場人物の存在の軽やかさに於いては、
大差が無いではないか。誰も言わないが、これが Debussy の唯美主義の実体であろう、と私は
考えている。
R. Wagner に倣って(草子地:私は、敢えてそう書いている。)、番号附きの Aria を廃した
Debussy ではあったが、Leitmotiv の採用(草子地:その使用自体は、これまた Wagner にならっ
ている、と、私は、敢えてそう言う。)のあり方
は、随分に異なっている。Debusy の Leitmotiv の適用は、対象を指示しないで、ひかえめに暗
示するにとどまっている、ということである。どちらにしても、それが行き着いたときは、eros の頽
廃をも通り越した病的な作品の領域に入らざるを得ないのではないか。緊張感のない不倫など
は、最終的には、美しくもないからである。
<<La Chute de la Maison Usher>>の Libretto は、多分、C. Baudelaire のフランス語訳か
らの作曲者自身による改作である。第一景と第二景それぞれに Madeline の aria が一度だけ唱
われるが、それは、S. Mallarmé による<The Haunted House>のフランス語訳<<Le Palais
Hanté>>からの引用であり、充分に効果的である。
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Debussy の自作についての言及は、常に舌足らずで、彼自身が言いたいことを表現しきれな
かった、という憾みがあったのではなかったか。その分、こちらで考える楽しみが残されている、
とも言えよう。
未だかつて世に存在しないものは、彼にとっては、音楽で表現、実現するほかは無かった。そ
れが、彼の言う、石をも涙せしむ音楽であったのであろう。
蛇足(コーダ):
私は、S. Kierkegaard の華麗なる弁証法に長いあいだ幻惑されてきた。しかし、今は、倫理的
実存は、彼の言ったようには、美的実存を前提とはしていない、できない、と思うようになった(草
子地:Debussy だったら、Mélisande に倫理的実存を求めるのは野暮だと言うであろう)。その前
提は、Kierkegaard の時代的な制約であった、と私は考える。一方は他方と対立関係にある、と
いう意味で These と Anti-These の依存が成立するのであって、そこには序列などは無いでは
ないか。彼にとって、美的実存は無論のこととして、倫理的実存と宗教的実存には断絶がある、
としたことは正しかった。しかし、美的実存も、倫理的実存も、どちらも宗教的実存を指し示す、と
するしかないではないか。それでなければ、<雅歌>は、旧約の中での存在意義がないではな
いか。さもなくば、<雅歌>は、外典とすべきであろう。それは、Kierkegaard の責任ではないけ
れど。
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3.11 Richard Strauss (1864 – 1949)
娘殺し、夫殺し、母親殺し、と続く惨劇の最後の悲劇である<Elektra>に於いて、実際に母親
を殺害した Orest よりも、Elektra の方に存在感を感じるのは、何故であろうか。この印象は、古
代のギリシャ悲劇を読んでも、R. Strauss のオペラを聴いても変らない。
Hofmannsthal – Strauss の<<Elektra>>が書かれたのは、Strauss が 45 歳のときであった
、とのことである。作曲技法に於いて時代の先端にいること自体が目的たり得るか、或いは、彼
がそれを意図していたかどうか、それらはさておいて、この作品は、充分に前衛の役割を果して
いた、と思われる。
作品は、要するに、声楽附きの交響詩である。音楽は切れ目なしに続く。それと、Leitmotiv の
適用に、楽劇の形式的発展をこの曲全体に見てとることができよう。そうしたことは、序曲の無い
ことを含めて<<Salome>>と同様である。
台本について言及すれば、これは、演劇の台本としても一流のそれであり、随所に見事な科
白がちりばめられている。例えば、Aegisthus が暗殺される際の、彼の Hört mich niemand?、との
悲鳴に対する Elektra の Agamemnon hört dich!、と叫び返す言葉である。しかし、ここで、何故
か、Agamemnon の Leitmotiv が聴かれない。
これが、少し私が気になることなのだ。それは、この場面には限らずに、こうした台詞の演劇的
な効果が、オペラとしての効果に反映していない、という点である。つまり、言葉の頂点と音楽の
頂上にずれがあるのである。全てを満足させる、ということは、壮年期にある Strauss の力量をも
ってしても難しかった、ということか。
さて、世の批評家に対して、私は、ひとこと言いたいことがある:
Gedankenexperiment としての話ではあるが、もし、Strauss が<<Salome>>や<<Elektra
>>を<<Rosenkavalier>>の後で書いたとしたら、貴方がたは、何も Strauss を批判しなかっ
たであろう、ということである、私自身も、何故、彼が<<Elektra>>の後で、後ろ向きに反転し
たのかが理解できない。ただ言えることは、彼としては、<<Elektra>>の後で<<
Rosenkavalier>>を傑作として書くことは、また Gedankenexperiment の話ではあるが、<<
Antigone>>を<前衛的に>書くことよりも、むしろ、難題への挑戦のむきがあったであろう、と
いうことである。不満があるのだったならば、自分の好きなものを自分で創造してみればよいの
だ。私は、今、ここで、貴方がたに対して、それをしているではないか。だから、生来いまだかつ
て、何ものをも創造したことのない人たちは、始末におえない。
仮に、Strauss が充分には真面目な人間ではなかったとしても、それは、彼の作品が真面目で
ないことを意味しない。さらに、作品の題材、例えば、Till Eulenspiegel が不真面目であることは
、その交響詩が不真面目であることにならないのも同様である。これらの逆も真であろう。
W.A. Mozart の<<Don Jovanni>>を讃美した評論家が、R. Strauss の<<Rosenkavalier
>>に言いがかりを言うのは、典型的な自己矛盾である。私も<<Rosenkavalier>>は好きに
なれないのであるが、それは、ただ単に、私の嗜好の問題であることを自覚している。或いは、
<<Rosenkavalier>>は、何故、そのどこが、またまた Gedankenexperiment の話ではあるが、
例えば、それも、そんなことがあったとしての話であるが、<<Don Jovanni>>に及ばないのか
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、そのような話題であるのならば、私は貴方がたに貸す耳と、目と、時間をもっているつもりであ
る。
<<Salome>>や<<Elektra>>の方が、Strauss の作品、特にオペラのなかでは例外的な
のではないか。
蛇足(コーダ):
長女のかえでにピアノを教え始めてから、かれこれ十年になるので、もうピアノはやめてチェロ
に専念するか、そろそろ、他の先生についてピアノは続けるか、どちらにしてもいいよ、と言った
時、長女の返事は、まだ、今のまま、両方を続ける、ということであった。すかさず口を挟んだの
は、偶然に近くにいた次女の加代子で、Kaede, you are crazy!せっかく Daddy がやめてもい
い、と言っているのに、何でまだやるの、と叫んだのである。
あえて言ってみれば、長女の性格は Elektra に似ていなくもない。次女は、さだめし、その妹
の Chrysothemis であろう。Antigone とその妹に擬えてもよいかも知れない。ちなみに言えば、
我が愚妻は、どう観ても、Clytemnestra であろう。
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3.12 Alban Berg (1885 -1935)
A. Berg の<<Lulu>>を久しぶりに聴いた。彼には、彼の家の女中との間に、女児がいたそ
うである。未婚の母は、終生、口を噤んでいた、とのことであった。この三幕は、彼の告白であり、
懺悔ではないか。
パンドラの箱の中に残ったのは、希望であって、英知でも幸福でもなかった。そして、この世で
は、希望は、意識を媒介として願望に、肉体を媒介として欲望に変身せざるを得ない。希望は
瞬間的である。
ある破滅的な美、戦りつ的な Eros を前にして英知が如何に無力であるか、幸福が如何にみ
すぼらしいかを知ることは、一つの自己認識であり、現実認識でもある、と私は思う。その瞬間は
倫理の彼方にある。それ故に、その衝動は、本源的に暗い。私は今、人間だけがもつ、生殖と
は切り離された性のことを言っているのである。Lulu が加害者であるのか、被害者であるのかの
議論は、ここでは成立のしようがない。
何故か、まがりなりにも、知性があるが故に人間の性は暗い、それが旧約の失楽園の意味で
はないか。現代人は、その古代人にはあった直感にもとづく認識を欠いている。しかし、遠い木
霊のように微かに感じるときもある。私は、その暗さを怖れない人たちの感性を信じない。倫理を
、ではない。感性を、である。
Lulu と、肖像画の Lulu と、どちらが本当の Lulu であろうか。Lulu 自身は、最後には、肖像画
を拒否した。願望から希望への後戻りはできないからである。その Lulu は、誰をも愛しはしなか
った。人を愛する、ということは、ひとつの天性であって、それのできる人と、できない人があるの
ではないか、確とは知らないが、Berg 家の女中は前者ではなかったか、と微かに私には思われ
る。しかし、Lulu は違った。Lulu にとっては、第二幕の第一景で彼女自身が言うように、一切が
全て取引である。最後に、破綻して衰弱した Lulu が、取引を諦めたとき、その相手によって殺さ
れることになる。
もはや、願望も欲望も無くなった、やくざな老人 Schigolch だけが、醒めた眼で一部始終を眺
めていた。どうにもならないことは、どうにもならないからである。そして、最後に残ったのは、今
際の Gräfin Geschwitz の満たされることの無かった空疎な願望だけであった。それを愛、と言っ
ていいのかどうか。
原作は、F. Wedekind の<Erdgeist>と<Büchse der Pandora>である。A. Berg の音楽につ
いては、大岡昇平が次のように書いている(ルイズ ブルックスと「ルル」):
1979 年のパリ上演のレコードを聞いて――オペラが、劇の台詞、動作、感情に、あますところ
なく、音楽を付けているのに感嘆した。レシタチーヴォを全曲
にわたって、音楽化したようなもので、この作品が「オペラ様式の完成」として評価される理由を
いくらか理解した。――
私の LP(Pierre Boulez – Orchestre de l’Opéra de Paris, Deusche Grammophon 2711 024,
2740 213)も同じ演奏である。これを聴いていて、いつもギクリ、と衝撃を受けるところがある。第
三幕第一景の中で、Lulu が、Martha、と Gräfin Geschwitz を冷ややかに呼ぶ、その Teresa
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Stratas の声にである。この短い言葉だけで、Friedrich Cerha による全三幕完成版の意味があ
った、とすら私は感じた。
第三幕の補筆に反対していた Karl Böhm は、三幕では長すぎるのではないか、と言っていた
が、この作品の完成前に逝った Alban Berg 自身の意図は、三幕物のオペラであった。過去の
下らない論争は、私にとってはどうでもよい。気がかりなのは、その後、この作品の上演が途絶え
てしまったように見受けられることである。<<Wozzeck>>の方は、上演、録音ともに耳にして
いるが、<<Lulu >>の新規上演は、二幕にしろ三幕にしろ、私は寡聞にして知らない。
Lulu は、Berg の音楽の最も美しいページよりも美しいはずである。しかしながら、彼の音楽に
は、彼女を指し示すのに充分な説得力があると感じる。美丈夫 Berg の繊細さが、彼が十七歳
の時の経験と、その結果を、彼自身に忘れさせるはずはない、と私は思うのであが、少し甘すぎ
る見方か。
Berg 自身は、Alwa に同情していた、と言われている。しかし、いくらなんでも、Berg には、Alwa
に自己投影するような青臭さはないであろう。私は、彼の分身は、もし、劇中に存在するとしたな
らば、Jack(the ripper)だったのではないか、と密かに疑うのである。そして、その Jack は、Dr.
Schön の分身でもあった。Berg がそれを自覚していたかどうかなんぞは、知る由も無いけれど。
観念小説、という言葉があるが、ドイツ語のオペラには、観念オペラ、とでもいうべき作品が多
い。私を長い間、迷わせていたのは、Schigolch の、Sie kann von der Liebe nicht leben, weil ihr
Leben die Liebe ist.、との言葉であった。この場合の<Liebe>の意味が、如何にも曖昧で、重
要なところだ、と思いつつも解釈できないで困っていたのである。孫引きになるかと思われるが、
大岡によると、これは検閲を考えてあいまいにした、とのことである。英語の love にしろ、ドイツ
語の Liebe にしろ、色情、情欲、肉欲といった意味もある。言葉自体が曖昧なのである。Prolog
に於ける口上も同様であろう。ただし、Lulu が凶暴性をおびて破壊的になる時は、自身を破滅
から守るときに限られていた。それでも、最後には、その凶暴性すらを放棄していたので、それ
を別にして。
蛇足(コーダ):
もう一つ気になることがあった。このオペラでの Neger の描き方である。何せ、カルピスの商標
にすらに言いがかりをつける人種がこの世界にはいるからである。
62
3.13 Francis Poulenc (1899 – 1963)
音楽は、その libretto の text を支えるものでしかない、とは私は思わない。一方では、libretto
のない LP/CD の故に、つまり、私にとっては、台詞ばかりかト書きをも読む機会が無かったが為
に、どういうことになったかの例を挙げよう。いや、例として出した事象に間違いがあったとしても
、ここで主張されていることが、必ずしも間違っている、ということにはならない、という例でもある
。
C.A. Debussy の<<Pelléas et Mélisande>>を聴いて、私は、曲がりなりにもフランス語をや
っておいて良かった、と思った。言葉が分かるので、むしろ、私自身がびっくりしたくらいであっ
た。特に、Mélisande の、たどたどしい話し方の可愛らしさがよく判る。
その程度の私のフランス語では、libretto なしでは、F. Poulenc の<<La Voix Humaine–
Tragédie Lyrique en un Acte>>は解り難い。残念ながら、私の LP には、Jean Cocteau による
texte が付いてなかったのである(EMI C 069-12052)。Soprano は、この作品の初演を唱った
Denise Duval で、これは、1979 年に再演した時の録音である。素晴しい声で美しいフランス語
を聴かせる soprano である。
そんな私の語学力でも、たった一人の登場人物の哀しみ、せつなさは感じとられる。女の未練
、と言ってしまえば、それまでであるが、それに、現代の女は一寸違うのではないか、と思わない
でもないが、最後の Je t’aime の繰り返しには、私でさえ胸がしめつけられる想いがした。やい、
笑うな。
ところで、誰かが、彼女は電話が切れた後に自殺する、などと解説していたのを日本で読んだ
ことがあったが、その根拠は何であろう。そんな様子、そぶりが無いことは、私の乏しいフランス
語の理解力でも明白である。
ついでではあるが、F.M. Dostoyevsky の<罪と罰>についても、主人公は、Sophia の前で自
分の罪を後悔する、などと書かれてもいないことをいう人が散見されるが、こういう先入観、或い
は、後入観?というか、思い入れに出会うと、私は、何故か、実に、なんとも、遣り切れない思い
がする。或いは、単なる早とちりかも知れないが、そういう人は意外に多く、私は、内心うんざりし
ているのである。早とちりは、おおかたの場合、無意識の<高慢と偏見>を前提としている。英
語の prejudice の本来の意味は、早とちりではないであろうか。
このオペラの初演の後で、その後、彼女は如何しただろうか、等ということが話題になったかも
知れない。よくある話題である。Jean Cocteau が、俗物たちの下らない好奇心に対して、彼女は
結局は自殺するよ、等の返事を与えたということもあり得たことである。浅学の私には、全く、知る
由も無いことである。しかしなお言えることは、もし、Cocteau が、彼女の自殺が必然であると思
い、なおかつ、それが現存する劇の結末よりも重要である、と考えたとしたならば、彼は、それを
台本に書いていたはずである、ということである。なんと陳腐な結末になってしまうことであろうか
。
以上は、私の想像であり、仮定にすぎず、まったく間違いだらけなのかも知れないが、さて、本
題に入ろう。
もし、Cocteau が、冗談紛れにせよ、彼女は自殺する、と言っていたとしたならば、それが一つ
の権威になったであろう。音楽に限らず、歴史は、案外に、そ
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うした偶然によって創られていく、という一面があるのではないか、と私は疑うのである。その(仮
定の)文献の前には、自殺などをするには、あまりに高貴な女性だった、とする私の想像力は無
力になるであろう。この世界では、より多く愛する側が必ず敗北するのも確かだ、と私は思ってい
るのであるが。
私が Marxist の言う<歴史的必然>なる言葉に違和感、いや、むしろ、疎外感を感じるのは、
その一点に於いてである。もし、超越が存在しないとすると、歴史的必然、いや、どのような必然
もまた存在しない、と考えざるを得ない。しかし、私は、ここで、神は存在する、などとは書いては
いない。早とちりは困る。
Poulenc は、Le rôle unique de LA VOIX HUMAINE doit être tenu par une femme jeune et
élégante. Il ne s’agit pas d’une femme âgée que son amant abandonne.――と書き残していた。
さて、以上は、libretto なし、とりわけト書きを見る機会がなかった故の結果である。実は、科白
には無いが、ト書きに彼女の自殺が示唆されていたのであった。私は、不本意にもこの作品を
誤解させられていた。しかし、この LP は、正しく理解したつもりである。何故ならば、ト書きを LP
では聴くことができないことなんぞは当然であるからである。もっと正確に言えば、この作品を誤
解したのは私ではない。EMI の欠陥商品である。私は、誤解したものを、そのままに正しく理解
したのである。それ故、この間奏曲の間違への指摘、欠陥についての苦情、その他は EMI に寄
せられたい。
蛇足(コーダ):
そういえば、先日、愚妻が時おり買ってくる三文雑誌を読むともなく眺めていたおり、ある北米
の女性が、もし男性の数が女性の数に不足するのならば、女性(複数)が男声(単数)を共有(
share)すればよい、と、あっけらかんと発言しているのが眼に留まった。
話は逸れるが、Leah と Rachel は、どのような気持ちで Jacob を share していたのであろうか。
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3.14 Gian Carlo Menotti (1919 - )
私が所持している G.C. Menotti の<<The Medium>>の LP では、作曲家自身が解説をし
ている。これは幸いだ。私は、学者や評論家の書いた文章より、作曲家の綴った文章の方を好
む。やはり、創造の現場にいる人々のそれは、多くの場合に、文章に於いても有効な構成力が
あるのである。説得力も、彼らの労作が背景にあるが故に、他の人々のそれとは違って感じられ
る。客観性に於いてすら、自作、他作を問わず、多くの評論家よりは優っている。
意外なのは、演奏家の書いたものである。I. Stravinsky や P. Boulez のような、作曲家であり演
奏家である人たちを除いては、著書にしても対談にしても、概ね、楽屋裏の話や有名人の
episode に終始して、自他共の時間を浪費している。彼らは、多分、おさらいに忙しく、考える余
裕がないのであろう。ただ、何でも例外はあるもので、Mitsuko Uchida の語っていることは興味
深い。彼女は、よく考えているピアニストである。
しかし、Menotti は、たいしたことを書いてはいない。それでも、次の一節だけは拾い物であっ
た:
Although the Opera was not composed until 1945, the idea of The Medium first occurred to
me in 1936 in the little Austrian town of St. Wolfgang near Salzburg. I had been invited by my
neighbors to attend a séance in their house. I readily accepted their invitation but, I must
confess, with my tongue in my cheek. However, as the séance unfolded, I began to be
somewhat troubled. Although I was unaware of anything unusual, it gradually became clear to
me that my hosts in their pathetic desire to believe, actually saw and heard their dead
daughter Doodly (a name, incidentally, which I have retained on the Opera). It was I, not they,
who felt cheated. The creative power of their faith and conviction made me examine my own
cynicism and led me to wonder at the multiple texture of reality.
私がこのオペラに興味をもったのは、欧米の霊媒とは如何なる者か、との好奇心があったから
である。私は、ひとは笑うかも知れないが、サムエル記上 28 章に登場する口寄せの女の存在を
信じてもいるのである。ただし、私は、同時に、そうした不思議な事象を幾つ並べても、超越の存
在の証明にはならない、ということも弁えているつもりである。
此処、Canada で、この十年の間に、神を見た、という女性の二人を見聞きし、それが、たまたま
、私も知っていた人たちなので、私は、内心、うんざりしているのであるが、彼女ら、神までを口
寄せする霊媒が嘘を言っている、と迄は私は言わない。言えないのである。そもそも、不思議、
不可思議、更に奇跡とは日常性には無く例外的であるからである(草子地:別に、彼女たちが怖
いからではない)。人は例外に接したとき、奇跡を連想する。その連想は超越性を予感する。た
だし、それは、ただ単なる予感に留まらざるをえない。そもそも、何ものかの非存在を証明するこ
とは、何ものかが存在することに較べ、一つのことを除き、不可能と言えるほどに難しいことなの
である。その唯一つの例外とは、超越の存在の肯定命題としての証明であるが、そこでは、比類
なき絶対、という否定が命題に含まれるが為、否定命題にも還元できるが故である。私が、うんざ
りしているのは、あの二人が各々自分が見たものを新、旧約に関連づけているからである。超越
が存在するとしたならば、それは絶対的な存在である。絶対的とは、それが我々の思惟の彼方
にある、ということである。超越が存在するとしたならば、他の存在のしかたでは在り得ない、とい
うことである(草子地:私は、ここで、超越が存在するとも、しないとも書いてはいない)。我々が思
い描ける存在は、或いは、我々の網膜に写る、写った影像は相対的なのである。超越は、我々
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が見る対象ではないことを、旧約は、神を見る者は死ぬ、と表現し、それは、信じる対象であるこ
とを、新約が、見ずして信ずるもの、と言い表しているのである。見たもの、見えるものを神とする
こと、それが偶像礼拝である。S. Kierkegaard の<不安の概念>でも読め、と言いたい。
また、自然科学に於いてでさえも、それは、経験的に存在を確認された対象についての合理
的な解釈であり、何ものかの非存在までを証明する方法論はもたない、と私は考えている。序で
に書くならば、時代遅れの宇宙永遠説に擬えるかが如くの安易な科学の進歩の無限性の主張
にも根拠が無いのである(草子地:私は、此処で、科学の進歩は有限である、とは書いてはいな
い。ただ、経験に照らし合わせて無限に見える、つまり、経験則に過ぎない、と書いているので
ある。繰り返すが、無限であるとも、無限ではないとも書いてはいない)。それは、更に、自然科
学のみならず、一切の学問の進歩についても同様なのである。例えば、A と非 A であるところの
B の双方が存在するとしたらそれは矛盾である、という類の証明はできよう。しかし、それは、A
ないし B、或いは、両方の非存在の証明にはならない、ということである。現象としての現実なる
ものに原理、原則があるとすること自体が経験則を出ることのない仮定に過ぎなく、それらは、常
に後知恵に過ぎないが故である。
さて、Menotti は、誰の冷たい手が霊媒 Baba の喉に触ったかを、結局は、謎として残している
。これを Naba の心理の問題としてだけに見ることは、彼の言葉、multiple texture of reality が受
け入れない、と私は判断している。
音楽は、過不足なく、この興味深い芝居につり合っている。しかし、私自身は、こうした made in
USA の音楽によく聴かれる折衷的な作曲技術での創作に、反感までは持たないものの、好感を
感じるのは無理だと思った。ただ、Doodly が登場する時の音楽は、充分に spooky で効果的で
あろう。
蛇足(コーダ):
私がキリスト教徒であるかどうか、という問題ですら、究極的には、最終的には、超越の命題で
あろう。
66
3.15 Aribert Reimann (1936 -)
<Magnificat>の中に、Esurientes implevit bonis:et divites dimisit inanes、という節がある。そ
れを聴いて、見て、あ、そうか、Inane とは女の人の名前ではなかったのだ、と気がついた。A.
Reimann の<<Inane, Monolog für Sopran und Orchester>>の標題を、教養に欠ける私が理
解していなかった次第である。私のドイツ語の辞書には、この言葉が載っていなかったので、
title role の固有名詞だと思った故である。それを憶えていたので、今度は、フランス語の辞書を
参照した。<Magnificat>の文によって、語源がラテン語らしいと想像したのであったが、やはり
、無かった。私は、ラテン語の辞書をもっていないのである。無駄だろう、と思ったが、英和の辞
書を覘いてみると、以外にも、あったのである。<Magnificat>の文脈から予想した通り、空虚な
、うつろな、無知な、……、とあった。確認のために Webster を引いてみたところ、語源は、やは
り、ラテン語の inanis であるそうな。この言葉を、<不在>、と翻訳しても、たいした差し障りもな
いであろう、と私は思う。まったく、Reimann は、世話がやける標題をつけたものである。
A. Schoenberg の<<Erwartung>>は<Monodram>(草子地:一人芝居?)、と銘っていた
。F. Poulenc の<<La Voix Humaine>>はオペラであった。別に、三題噺を提供するつもりで
はないが、上記の作品全部に共通しているのは、登場人物が一人だけ、それも soprano の
drama であるということである。いや、作品の標題が如何にあれ、もっと本質的なところで共通し
ているのは、何ものかの不在である。言い換えれば、何ものかの不在の場、状況を設定するの
に、女声、とりわけ、soprano が適用された、その例が、たまたま、三つもあった、ということである
。これらの例は、余りにも恣意的にもち出されているのであろうか。では、登場人物を男に替えて
見ても drama は成立するか否かを Gedankenexperiment してみればよい。実人生に於いてはあ
り得ることでも、drama にするのは不可、もしくは、何ぞの意味ある作品を創造するのは非常に難
しいであろう。難しい、と譲歩して書いたのは、抒情詩の世界があるからである。しかしながら、そ
れとても、かけがえのない対象の不在をうたったものではなくして、その喪失を嘆いたものであろ
う。F. Schubert の<<Winterreise>>(D. 911)は、何処まで行っても唯ひとりでしかあり得ない
自身の存在の在りかたを、あそこまで深く唱った作品である。もはや、その対象の存在を再び得
たとしても、自身の虚無は埋められようがないところにまで行きついてしまったからである。
男が、何ものかの不在を嘆くのは、かつて自分を愛してくれた、という意味でのかけがえのない
者の喪失のときに限られよう。その典型は、Cordelia の死体を前にした Lear の姿である。例外
的にも、誰も、彼は未練がましい、とは言わないであろう。しかし、繰り返すが、それは、自分が
愛する対象の不在では決してない。かつて自分を愛してくれた人の喪失である。これは、女が
現在の自己の存在を、自分を愛する他者の存在、非存在に依存するのとは逆である。
ところで、上記の三つの作品を聴いていて、何か、不幸な女性を覗き見しているような錯覚に
陥るのは、私だけであろうか。私は、レコードで聴いているのであるが、やはり、立ち聞き、という
よりは、覗き見の感じである。各々の作品と、その演奏の表出力を評価したいのは山々ではある
が、それよりも気になるのは、何故、そうした少し後ろめたい気分になるかである。男性は、こうし
た登場人物に感情移入し難いからだ、とも言えようが、それにしては、これらの作者といえば、全
て男性であるので、ことは単純ではない。こうした女性を表現したい、という男性の欲求は、いっ
たい何処から来るのであろうか。それも、哀しい女性を。
ただ言えることは、Schoenberg の作品は、女性の共感を得ようとして書かれたのではないので
はないか、ということである。そして、Manuel Thomas による Text の Reimann の作品は、眠って
いる子供に語りかける母親から始り、不在の相手を口汚く罵る女に終わる女性の独り言であるが
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、この作品の聴き手は、男であれば、罵倒は母性を引き立たせるように、女であれば、母性は罵
倒を強調しているように感じ入るのではないか。
三倍泣けます、とは、昔見たことのある浪花節の広告である。確かに泣いて、泣きつくした果て
に、気持ちがすっきりすることのあることは、幼児だった頃の私を思い起こせば、私にも思いあた
ることがある。Aristoteles の言う katharsis である。ただ、私は、わざわざ泣きに行くということなど
は、その動機に於いて矛盾している、と思うのである。私も人並みの感情はもっていると思うので
,泣くことも今後あるかもしれないが、泣きたいから何かの作品に接する、ということを、少年時代
に、あの grotesk な広告に嫌悪を感じて以来、自分自身に禁じてきた。そうした人生もあってよ
かろう。ただ、それ故に、私ひとり、しらけきっているのかも知れない。
蛇足(コーダ):
S. Kierkegaard は、女は精神をもたない、と書いていた。やはり、男と女は異なる人種である。
男が一人芝居なんぞをやったら、それは喜劇であろう。それは、男が精神をもっているからか。
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著者: 太田将宏
初版: 2006年10月
改定: 2014年 5 月