FAURE FRT 156 AW

瞬間
- 書簡集 -
太田将宏
1
Augenblick : Masahiro Ota
2
序 (謝辞に代えて)
私は、六年前に<<音楽に関する四部作>>を書き終えて、もう書くことが無いと思ったのですが
、何故か、五年前に<<あれかこれか>>が続き、これでおしまい、としながら、四年前になって<
<愛と生命の摂理>>、そして、その後に、この書簡集を思い立ちました。まずは、私宛に書簡を送
ってくださった全ての方々に私の感謝の意を表示させて頂きます。
この書簡集は、<<音楽に関する四部作>>、<<あれかこれか>>及び<<愛と生命の摂理
>>を発表した後での諸氏からの感想、批評、罵倒に関しての私からの返信を集めたものでありま
す。斯様に交信している間に気がつきましたことは、皆様に触発されての私の返信に書かれてある
記述の方が、お蔭様をもちまして、私の三つの著作そのものにある文章よりも、(私なりに)越えての
水準にある文章もできあがり、また、内容では重複して書かれていても更に適切な表現によってなさ
れているか、とも思われる部分も散見されることなのでした。それが故に、此処 に纏めて編集するの
も無意味ではない、として発表させて頂くことに致した次第です。
私自身は、私の私信に於いての発言であっても、私の名前が明記されている限り、誰が何処にて
も引用、公開されてもかまわない覚悟で書いてきましたが、さて、諸氏の書簡を直接に発表すること
の承諾が得られない可能性もあるかとも予想されるが故に(いや、実際、一人の人が自分の名前を
出さないでくれ、と連絡してきたこともありまして)、これは往復書簡集ではなく、(最後の<結>にあ
る二つの例外を除いて、)私からの発信、返信のみを収録することにしたのでありますが、しかしなが
ら、そこかしこにある諸氏からの書簡からの引用に関しては、そのままの掲載をご寛恕、ご容赦願い
たい所存であります。ただ、それら、引用された文章の諸氏の文体、表記、その他の言葉使い等に
関しては一切手を加えない、という方針を堅持するつもりですが、それらの引用を最小限にするが為
もあり、私の地の文にての後日の訂正、私自身の地の文をも含めての挿入(太字)、引用文の部分
的削除(…(前略)… 、…(中略)… 、…(後略)… )の箇所が多々あることをお断りしたく存じます
。此処で、挿入文についてなのですが、口答その他での対話もあった宛先の人々と私に比して、こ
の書簡集をお読みになる方々の多くが経過を知る由が無い第三者でいられると予期されるが為、当
初の文節中に適宜、説明を要するが為の挿入である、ということを宛先にある方々は了解願います。
加えて、更に、後日、この書簡集を編集する際に考察したことは、適宜、MEMORANDUM として追
記致しております。こうした意味では、この書簡集もまた、私の新たな創作作品とした一面がある、と
申すのが適当なのかも知れません。また、一方、、この著作には、宛先の方々との書簡の往復の経
緯もあり、重複した記述が現れるのを避けることができ難いということに於いて、そうした文章につい
ては、理由は多少は違っても、何か S. Kierkegaard の私家版の機関誌<<瞬間>>にも似てきたよ
うに見ておりますが、如何でしょうか。
先に、私宛に書簡を送ってくださった方々に私の感謝の意を表示させて頂ましたが、私に一通もお
便りを寄せられなかった方々には、各々方、忸怩たる思いと共に反省を促すところでもあるのです。
しかし、一方では、この書簡集は今後も更なる加筆、拡張の可能性が大でありますので、心を入れ替
えられて、お便りをお寄せ下さることを平にお願い致す次第でもあります。この書簡集に掲載された
方々及び未だ掲載されない方々もまた、宜しく、更なるお便りをお送り願います。その意味でも、今
日現在では、この著作は open-ended なので print なさらない方が適当か、と推測いたしておりますが
、それは読者の方々にお任せすることに致します。
3
目次
序 (謝辞に代えて) ..................................................................................................3
目次 ............................................................................................................................4
哲学 - この世話がやける混迷 .............................................................................5
世界 - この世話がやける体制 ...........................................................................54
支那人 - この世話がやける人民 .......................................................................60
日本人 - この世話がやける人々 .......................................................................62
女性 - この世話がやける種族 ...........................................................................65
子供 - この世話がやける怪獣 ...........................................................................69
音楽 - この世話がやける学問 ...........................................................................74
絵画 - この世話がやける幻影 ....................................................................103
言葉 - この世話がやける手段 .........................................................................108
執筆 - この世話がやける苦役 .........................................................................111
出版 - この世話がやける苦闘 ....................................................................125
科学 - この世話がやける仮説 ....................................................................135
宗教 - この世話がやける錯綜 .........................................................................164
教会 - この世話がやける集団 .........................................................................169
超越 - この世話がやける存在 .........................................................................176
結 ............................................................................................................................184
参考文献 ................................................................................................................186
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哲学 - この世話がやける混迷
K.T. 先生
ご無沙汰いたしておりますが、先生は如何がお過ごしでしょうか。
…(中略)…
昔、西欧の(名前は忘れましたが)ある学者が、S. Kierkegaard とG.W.F.Hegeとの違いは、それ
ほど大きくない、と言っておりましたが、問題は、そこにはないのではないでしょうか。Kierkegaard が
問題にして批判をしていたのは、Hegel だけではなく、その取り巻きや亜流の輩であり、Kierkegaard
は、それが故、「私を止揚しないで欲しい、私は媒介というものを怖れる(J.-P. Sartre 流に言えば、
即時化を怖れる)」、と叫んだのではないでしょうか。また、国際連合、UNESCO での Kierkegaard に
関するシンポジュウムがあったとき、当時のデンマルクの大使が、我々は彼の名文を原語で読むとい
う特権をもっている、と(実質的にはそれだけ)を述べておりましたが、私はそれを聞いて、「預言者は
故郷では受け入れられない」、と言った Jesus の言葉を思い出しておりました。これまた、問題は、そ
こにはないでしょう。この大使は、Kierkegaard の時代に生きていたとしたならば、彼を受容れていた
でしょうか。それについての言及は全くありませんでした。このような学者や大使の発言を後知恵とい
うのですよねぇ。一方では、これも昔なのですが、カント哲学者であった樫山錦四郎先生が、
Kierkegaard は、決して難しくない。彼の気持ちになって読めばよく解る、と話していたことを、今、私
は想起しております。私は、そのとき以前に私の知る限りの日本語に翻訳された Kierkegaard の著作
(<<哲学断片後書>>を除いて)の全てを読んでいたのですが、全く樫山先生の談話の通りだと
思ったものでした。
…(後略)…
太田将宏 (2008 年 7 月 16 日)
K.T. 先生
…(前略)…
さて、「それから先日の歴史と偶然の問題ですが、ぼくも太田さんが考えるとおりだと思います。た
だホモサピエンスとしての人間の辿る過程は幾つか選択肢が決まっていて、その一つをたどることに
なるだろうと。だからサルトルのエクジステンスみたいに自由と選択と実存だけで人間も歴史も決まる
のではなく、生じる事象の遅い早いはあれ、人類破滅の可能性も含めて、大筋の道筋は幾つか決ま
っていると思っているのです。これは物理学、生物学的に可能性というか蓋然性というか、シャルダン
の『現象としての人間』ほど脳天気ではくとも、ホモサピエンスの運命みたいなのがある気がしますね
」 ――― 、とのご意見についてですが、「選択肢」について、私は幼少の頃から気になっているこ
とがあるのです。ここでは特に、人間の思考の可能性の範囲について(先生は、他の人のようには、
これは言葉の遊びだ、とは思われないと思われますので、)簡単に記述させて頂きます:
全てを肯定する、ということは実現の可能性が無くても(それをおくとして)、論理的な可能性はあり
ますが、しかし、全てを否定する、ということは論理的な可能すらも無いのではないでしょうか。何故
かと言えば、後者にて(可能性が)ある、と言った瞬間、それは肯定だからなのです(同様なことを私
の<<音楽に関する四部作>>や<<あれかこれか>>にも少し違った表現で書きましたですね)
。それが故に、私は、J.-P. Sartre の、何も選択しないということも一つの選択だ、という態度を肯定で
きないのです。典型的な例で解明いたしましょう。何ものか(例えば超越的な存在)を信じるか、信じ
ないか、の選択に於いて、実は、もう一つの選択肢が隠れているのですね。それは、現時点では選
択を決定しない、という選択肢なのですね。それを選択したときに、何も選択しなかった、とは言えま
せん。言換えるとして、本来は、何かを信じるのでもなく、何かを信じないのでもない、というのは矛
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盾なのでして、それを指して、何をも選択しないということも選択である、というのは、Sartre の強弁で
しょう。私は、それは、実質に於いて、選択することの先送りに過ぎない、と解釈しております。例とし
て述べるならば、日光、華厳の滝に答申した藤村操の「いわく不可解」、についても彼の自殺による
問題の先送り、いや、実際は、自己陶酔にもとずいて先送りすらをも放棄した見切り発車のような無
自覚、無責任な演技、だったと私は見做しております。彼の自殺も、私の思考停止としての現時点で
は選択を決定しないという選択肢も誤魔化しであり、五十歩百歩かも知れませんが、私は、彼よりも
私の方がより事態の深刻さを認識していた、と自認しているのです。時代性もありましょうが、問題を
認識、把握する精度が違いますね。懐疑のlevelが違うと言っても良いでしょう。私のは、誤魔化しで
あっても、先送りではあっても選択の可能性は残るとしていたのであり、私にとっては、事実、Jesus の
十字架がありました。ただ、それが故に、意識は反射、反射するものである、ということが新たな苦悩
となって現出したことは以前にお話した通りでしたが。*
先生は、いつぞや、私の<<音楽に関する四部作>>について、開き直っている様な気がする、
と仰いましたが、私は、何も自分自身を肯定しなくても人生はおくれるのではないか、として誤魔化し
続けてきた次第だったのです。いや、それよりも何よりも、何か人間存在の思考は、限られた方法論
の中にしか無いとして、そして、それらが限られている限りは、むしろ、それが故に、それらの外に別
の思考による意向、意思がある可能性(だけ)を予感したのです。それが超越による摂理なのかも知
れない、と受け入れられるようになるまでは、何十年をも要しました。それについては、私の<<あれ
かこれか>>の第三部の拙文にありますが、今では、それだけが私に可能な選択であった、としか
言えないのです。Internet で<<現象としての人間>>の概略(だけ)を読みましたが、この宇宙が
瞬時に創られようが、6 日で創られようが、何億年で創られようが、それは程度の問題で、そんな解釈
の違いは如何でもよい、と感じました。この地点で、私は思考停止をしているのでしょうか。
上記に於いては、私の粗雑な論理の記述になったか、と思われますが更なる教鞭をお願いいたし
ます。
太田将宏 (2008 年 8 月 5 日)
* この件については、筆者の<<あれかこれか>>を参照願います。
S.M. 様
先日、この季節の例によって美麗なカードを頂きました。毎年どうも有り難うございます。ただ、今回
ほど落ち込んでいる S.M. さんのお便りでは考えさせられることが多く、何とお返事したらよいか考え
あぐねております。私より S.M. さんの方が心理学、精神病理学にはお詳しいようでしょうし、また、次
のようなことも思い出しているので、クリスチャンくずれの私の立場などは、あまり興味をもたれないか
、と予想もされているのです。S.M. さん、憶えておられますか、私がまだ日本にいたときの昔ですが
、私が、そうは言っても S.M. さんも超越の掌の内にある、と言ったとき、そういう言い方はよくない、と
私に抗議なさいましたね。確かに正当な抗議でした。今の私でしたら、もし、超越が存在するならば、
という条件から話を始めたでしょうに。しかし、それが存在しなかったとしても、それはそれでもともとで
はないですか。これは、ご存知でしょうが、あの有名な<Pascal の賭け>ですね。しかし、私の心情
から言えば賭けではなく、いつしか無理なく自然にそうなってしまったのです。
私は、ある面では、怠惰、いいかげん、ずぼらなところがありまして、人生とは何か、とか、人生に意
味があるか、とかの解決ができない問題は超越的な存在に委せよう、としているのです。誰かが、真
剣になることは大切であるが、深刻にならない方が良い、といっておりましたが、解決が不可能な問
題は、そいつをおいらが考えるんですかい、として開き直っているのです。故池田晶子が、自分が今
此処にいるということほど不思議なことはない、と書いておりましたが、その不思議なるものは回答が
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存在しない疑問の一つであると判断しております。人の生命よりも重要な信念、理論、理想、つまり、
人生に意味があるかどうか、それもまた同様でしょう。私の主観から言えば、私は、この人生に失敗し
たのではないかと悔やんでもいるのですが、このリハーサル無しのぶっつけ本番の人生で、何であ
れ失敗したから意味が無いのではなく、失敗しなかったとしても、もともと、意味があったかどうかすら
も解らないではないですか。また、人生に充実感が無ければ意味が無いのではなく、あったと思って
も、それはいい気なものでしかないでしょう。私は、人間存在は、元来、それらのことを解りえる論理
手段をもっていなかった、と現在は確信に近い見解でいるのです。S.M. さんは、「謎が謎のまま死ん
でいく」、と仰っていましたが、そんなの、当り前のことで、今更何を、と言ったら失礼でしょうか。 以上
は、私が書き続けてきたことの繰り返しでもありますが、結論は、もし、Jesus の十字架が無かったとし
たならば、という前提を抜きにして今回は書いてきましたが、S.M. さんを説得しようというような意図は
皆目もございません。ただ、私は、自分の生涯に意味があったかどうかすらを超越の判断に委せよう
としている者なのですが、仮に、私が無に帰するとしても超越の栄光は燦然として輝いている、という
諦めに私の死ぬ準備としての覚悟ができるかどうかが懸案なのですが、淋しいという本音は辛くも消
えないものですね。
これは一般論ですが、男は、いつでも自分の家に帰れるように、女房、子供をしつけておく、という
のが私の持論なのです。此方での私の知人の独りが、女房とは何も話すことが無いと言い、彼の奥
さんは、主人と旅行に行っても面白くもない、などと言っておりましたが、反面、私と家内は、互いに
話すことが多く、連れだって旅行もよくします。そのかわり(陰惨な)喧嘩も多いのですよ。S.M. さんと
お会いして話をしていた際に?、と思われることも無かったわけではないのですが、私自身は開けっ
ぴろげでも、およその家庭のことははかり知れないので黙っておりました。今も、S.M. さんご夫妻は
如何ですか、などと聞く私ではないのです。しかし、これだけ辛い心境にありながら、引退しない、し
たくない訳がいまひとつ分らないので、上記のように突き放した書き方しかできないのですが、悪しか
らずお取り願いできますか。
太田将宏 (2009年12月17日)
S.M. 様
S.M. さんからドストエフスキーの<<罪と罰>>を中心として書かれたmailを頂きました。どうも有
り難うございます。また、期せずして<<愛と生命の摂理>>の前半を読んでくださったとのことで嬉
しく、感謝しております。
…(中略)…
さて、私の<<愛と生命の摂理>>についての S.M. さんの論説についての私からの返答なので
すが、今回は、少し整理させて頂たく存じます(むしろ、S.M. さんへの質問になりますか)。
私は、まず、<<罪と罰>>の「ラスコーリニコフは,自分が天才的で社会的に有能になりうる人物
だと信じており」,との切り出しからでして、おや、と思ってしまったのです。ただ、これは S.M. さんだ
けではなく、そう解釈する人が一般的にも多いようですが、私の読み取りでは、ロジオンは、それへの
確たる自信、確信がないが故に、「ナポレオン」であろうとして、なろうとして老婆を殺害した、とでもい
うところなのです。ただ、その犯行に至るまでには、別の社会的、心理的、また状況の推移がもたら
す要因が煩雑になる程に綿密に記述されているのですね。それらが故に、彼がソーフィアの部屋で
彼女と語った時には、(亀山郁夫氏によるならば)五つぐらいの理由を並べなければならなかったの
だ、と私は理解していたのですが、如何でしょうか。
S.M. さんがおっしゃる「差異」についてのご意見には私も同感しております。ただ(同じことを言って
いるのかもしれませんが)、二つのことを付け加えできませんでしょうか。人間存在に差異が無くなる
のは、超越的存在、絶対者を現前にした時だけである、ということと、相対的な人間存在にも(更に民
族間にも)段階としての差異がある、ということなのです。私は、万民が基本的人権に於いて平等で
7
ある、というのは便法であるとしております。さもなければ、「相対性」という言葉自体が矛盾をはらん
でいるではないですか(S.M. さんは、「普遍」という言葉で説明をなさっていますが、その「普遍」は、
「基本的人権」なんぞではない、ということには同意なさいますでしょうか)。但し、Jesusに倣う者とし
ては(超越を前にしては)、差異の無い、それを意に留めない、いや、それが意識にすら上らない他
者への関わりしか容認されないのでしょうね。それが S. Kierkegaard が言った<宗教的実存>では
ないでしょうか。それは一切の<論理的実存>の彼方にありますが、私は(<<罪と罰>>のロジオ
ンや<<カラマーゾフの兄弟>>のイワンと同様に)、その境地に達していないのですが、私は、し
かし、私と相対的でしかありえない他者が、その私の限界を指弾することは(ロジオンやイワンと同様
に)拒絶している者でもあるのです。それは、それこそが新約に読むパリサイ人の偽善そのものだか
らです。
これは次に進む前の前提なのですが、私は 、「善人こそ助けられなければならない」、と主張する
しないに拘らず、自分で自分を善人だとしている人を「自称善人」、もし、それを主張するならばパリ
サイ人、一方、どうにも自分は善人でありえないとせざるをえなく、自分は為してはならないこと(悪)
を為している、まして他者の為の自己犠牲として為さざるをえない人(つまり、ソーフィヤのような人)
を真性の善人、としているということなのです。それならば、真性の善人は、自己の意識に於いて自
身を悪人としているでしょう。ただ、親鸞が私が言う真性の善人を含めて「善人」を語っていたかどう
かが議論の分かれ目になるか、と途惑ってのですが、「善人なおもて」の「なおもて」には皮肉な響き
、つまり逆説を感じ、それが故に、親鸞は、むしろ、真性の善人を対象に語っている、しかし、そこに
自分を含めることは自己欺瞞になるので、自身は真性の「悪人」であると規定している、と私は読んで
いるのです。
さて、「私は親鸞の言葉を『神は善人を助けるのだから,もちろん悪人を助けるのは言うに及ばない
』と読みます」、とありましたが、その S.M. さんの現代語訳は正確でしょう。しかし、次の、「本当は、『
神といえども善人を助けることができない。助けることができるのは悪人だけだ』というべきです」、に
は同意できないのです。自分で自分を「善人」だとしている輩、「自称善人」は論外であるとしても、そ
うではない真性の善人も(もしそれが本当に存在するならば)もともと救済されるので論じる必然性は
ない、ということなのでしょうか。彼、彼女は自己の意識にて自身は悪人だとしているのです。そこで
の意識は、何処かで救い揚げねばならないではないですか。救済を必要としているのは、自分で自
分を「善人」とはしていない、そうはできない真性の善人(主体)をも含めた悪人(客体)なのだ、そし
て、彼らこそが当然のこととして救済される、と私は親鸞の簡潔な言葉を解釈しております …(後略)
… 。
次に行きましょう。新約には、<山上の垂訓>が二箇所に書かれているのですね。S.M. さんが引
用された方は、マタイによる福音書(第五章3節)の方で、ルカによる福音書(第六章20節)では、「
心の貧しい者」ではなく、ただ単に「貧しい者」になっております。また、<参上の垂訓>は、律法の
理想的成就が語られているのであり、生身の人間存在にとっては実現不可能だという見解もあるの
です(S.Kierkegaardにも、「そこまで私は求めない」、と書いている箇所がありました)。それが故に
、旧約の律法の世界の範囲では代換えとしての家畜の犠牲が求められていたのではないでしょうか
。そうしたわけで、これに関する議論は、私としては避けたいところなのですが、逃げるわけに行かな
いので、私の現時点での解釈を書きましょう。それは、「心」との言葉のある無しに拘らず、超越的な
存在以外には、金銭、財産、自分自身はもとより、この世の一切に頼らない、頼ることができない人間
こそが天国に入れるのである、といったものなのです。それ故に、S.M. さんの、「善人とは心の貧しき
者のことであり、欲望を持たない者のことです。これに対して悪人とは欲望(欲情)を持っている者の
ことです」、との文中での「善人とは心の貧しきもの」、には首を傾げざるをえないのです。私なりに書
き換えますならば、真性の善人とは(ささやな欲望があっても)、この世での自身の希望の実現の可
能性に絶望し、ひいては自分自身に絶望した「心の貧しき者」のことであり、悪人とは欲望(欲情)を
もっている者、その実現の可否に関らず、それを自覚、自省することにより、自分で自分を「善人」だ
と見なさない、見なせない自分自身に絶望した「心の貧しい」者のことである、となりますが、その絶
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望をS.Kierkegaardは、「罪」と規定しているのですね。では、その「罪」は、crimeとしての罪を犯
す犯さないに拘らず、人間存在にとり不可避なもの、つまり、存在論的な概念、sinではないですか。
或いは、私は、S.M. さんと同じことを言っているのでしょうか。
さて、最後の難関に差掛かりました。私は、Kierkegaardの<<死に至る病>>にての「死に至る
病は絶望である」と書かれているのは、倫理道徳、つまり、ただ単に律法の問題なのではなく、人間
存在における意識での、つまり存在論での問題である、と拡張解釈しているのです。加えて更に拡
張解釈するとして、絶望=罪であることは、超越的な存在の肯、否定に拘りの無いことである、となし
ております。私は、また、私が嫌悪するのは、ある種の正論を吐くパリサイ人のような人間なのである
、と私の<<あれかこれか>>に書きました。それらを前提にして、S.M. さんの論旨に対しての感想
を述べさせて頂きましょう。S.M. さんは、「『カラマゾフ』の未完の部分で,アリョーシャが大罪を犯すと
いうストーリーになると聞いたことがありますが,それはそうだと思います」、と書かれておりましたが、
それは、確かに「アレクセイの皇帝暗殺説」に於いて顕著ですね。しかし、それも<第二の小説>が
存在しない限りは憶測に過ぎない、と私は判断をしています。憶測、想像で構わないのであるならば
、私は、イワンとスメルジャコフに類似した関係がアレクセイとコーリャに准えるのではないか、と思い
巡らしているのですが、問題点は、実行犯としての刑法上の罪(crime)と超越を前にしての存在論
的な罪(sin)の区別ではないでしょうか。イワンの苦悩は、自分は実行犯ではないが、超越を前にし
たら自分の罪(sin)として責任がある、ということにあるのでしょう(彼はそれが故に、亀山郁夫氏が言
うような(独特な)無神論者なんぞですらありません)。もう私が何を言いたいのか解って頂けたかと推
測しておりますが、S.M. さんの「何しろ,罪が深ければ深いほど,神は『助けがい』があるのでしょうか
ら.例えば,赤軍派の罪や,オウム信者の罪が思い出されます.彼らは確かに間違っていたし,深い
罪を犯した.しかし,動機は高貴です.彼らは現実に正義を到来させたかったのです」、には同意で
きないのです。人間側に絶対が無い限り、そして真性の客観が無い限り、罪=絶望であるかぎり、「
動機は高貴です」、ではないのです。赤軍派が為したことは、<<悪霊>>のピョートル ヴェルホ
ーエンスキーを想起させ、オウム教信者の為したことは、目的は手段を正当化するという狂信の上で
のterrorismに他ならなく、そして、彼らこそが「自称善人」であって、その自己欺瞞は無自覚な偽善
ではないですか。USA での no-conservative の連中、輩も同列にあるでしょう。
S.M. さんの結語としての「有限的存在である人間は世界に正義をもたらすことができない.そのよう
な欲望を持った行為は必然的に罪に至る」、との言葉は、S.M. さんと論議の経路は違っていても、
全く私が論じていたところでもあるのでして、それを私の、或いは「キリスト教会」の言葉に置き換える
ならば、(相対的な)人間存在の側に人間を義とする何ものも無い、ということになりますか。Jesusは
、悪人は受け入れておりましたが、無意味な正論を吐く偽善者には抗議をしておりました。ただ、そ
れに続 S.M. さんの「『善人こそ助けられなければならない』と主張する自称善人に対して,私は言う
ことにしてます。『あなたたちは十分に悪人なのだから,神は助けてくれますよ』」、での「自称善人」
は、私が言う俗物、偽善者に該当するのでしょうが、「十分に悪人なのだから」以下は、主観と客観が
混同されているのではないでしょうか。
…(後略)…
太田将宏 (2011年3月1日)
S.M. 様
もう一度スキーに行きたいと思っている間に雨が降り、もう 2seasons続けて三月には近くのスキー
場では滑れないようです。今朝は-12 度Cまで温度が下がりましたが晴れまして、外ではcardinal
が囀っております。
まず、前回の私からのmailで、その後、書いた方が良かった、と気がついたことがありますので、そ
れを書き留めさせて頂ます。それは、私は(自分自身を含めて)、何々をするのは良い(悪い)ことだ
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、それをする(した)自分は良い(悪い)人間だ、というような自意識の無い人間を思い浮かべることが
できない、という一文です。そうした現象学的な意味での意識存在(または、知恵の木の実を食べて
しまった失楽園後の人間))でしかないのが実存する人間である、ということを暗黙の前提として書い
たmailだったのですが、やはり、明示的に書く方が良かったか、と思い直した次第です。
さて、次に、S.M. さんは、「イワンを無神論と解釈して読むというのもまた 1 つの読み方」、であると
書かれましたが(<<カラマーゾフの兄弟>>に於いての私の読み落しが無いとして)、<第一の小
説>の中で、イワンを無神論者と決め付けられる文は一行も見当たらないのですね。例えば、彼は、
確かに、<コニャックをやりながら>にて、フョードルに向い、「神はいませんよ …中略… 不死もあ
りません」 、と答えています。しかし、後日、アレクセイに、それはフョードルを前にしていたからだ、
と弁明していますね。イワンは、「あるときは無神論的であり,ある時は有神論的である」のではなくて
、どの瞬間に於いても無神論者であり、同時に無神論者ではないのではないでしょうか。その一点で
、彼は<<悪霊>>のスタヴローギンに交差している、というのが私の理解なのです。つまりは、「揺
れ動き」という言葉よりは「振動」という言葉のほうが適切なのかもしれませんね。S.M. さんにかぎらず
、イワンを無神論と決付けて読むということに、そうした登場人物の本質論的な規定に、私は反論し
てきていたつもりなのですが、私の<<愛と生命の摂理>>にては、私が意図したようには書かれて
はおりませんでしたでしょうか。J.-P.Sartreの<<存在と無>>には、「給仕は給仕を演出する」
と書かれていますが、給仕にとってのそれは彼の本質なのでしょうか。彼=給仕なのでしょうか。そこ
には、それを演出している彼の実存がないのでしょうか。
…(後略)…
太田将宏 (2011年3月3日)
S.M. 様
S.M. さんからのmailが遅れている、とのことですが、そんなに気になさるほどは遅れていませんよ。
私は、その間、漸く確定申告を書き上げ発送して、またスキー場に行って滑ってきました。そうこうし
ているうちに、またまた、S.M. さんからのmailが届いてしまい少し慌てております。それで、此方から
の今回のmailは、S.M. さんの(当地での)3 月 9 日付けのmailへの返信です。
私は、ドストエフスキーの<<罪と罰>>をロジオンの成長小説として読むのには無理があると判
断をしております。彼は、<Epilogue>>に至って漸く別の可能性への思いを抱いたに過ぎないか
らなのです。もし、仰るとおりの青年の一時期の問題であるとしたならば、老齢の私が今なお彼に共
感しているところがあるのは、私が未だ未成熟なのだからなのか、と自問自答しているというわけなの
です。ただ、次のことは言えませんか。自身の意識が自分に向けられたとき、その即時化した自己と
は、その直前までの 自身の過去の集積である、と見なされるということです。それであるのならば、青
年、ロジオンには、彼自身の即自として現象化されるところの、自分にとっても言うに足るような過去
が未だ無いのですね。それが故に、未成熟な彼にとっては、自分は何者であるのか、何者でありうる
か、そうしたimageが結び難く(私は、対自が宙ぶらりんになっている、と表現したいのですが)、S.M.
さんも仰る、「それは,殺人こそ犯さないが,青年の誰にでもある経験」を殺人を含めてまで、自己投
棄として決行してしまった、ということではないでしょうか。、ロジオンに較べるならば、S.M. さんや私、
また、ポルフィーリイやスヴィドリガイロフには(私自身は、忸怩たる思いで省り見るにしろ)、もはや彼
らが言う「空想」、S.M. さんが言う「主観」ではなくなった充分すぎるような過去、なんやかんやがあっ
たではないですか。私は、前回、<<罪と罰>>を読み直し、それが故に、ポルフィーリイやスヴィド
リガイロフがロジオンやソーフィァにそれとない好意を抱いていた、その心情に、しみじみと思い入れ
ができたのです。加えて、また、人間存在の現在の実存に於いて、(V.Frankleが言ったように)過
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去の意味すらをも変更することができる、ということが念頭にあったので、行為の前後で実存が激変
する、と書いた次第なのです。
次に、S.M. さんによれば、「石や草木は罪を犯すことがないので善人だと言っているのです」、との
ことですが、私は、人間を除いて被造物は全て善悪の埒外にある、と解釈しております(善いとも悪
いとも言えないということです。これは、反論しているのでもなく、揚足を取っているのでもないのです
、ただ、S.M. さんとのcommunicationをsmoothにする為に書き留めておく次第です)。つらつらと
考えてみるに、S.M. さんと私で「客観」という言葉の意味合いが違っているのではないか、と途惑っ
ております。私としましては、人間存在には客観は無い、しかし、自分または周囲をできるだけ外側
から見ようとする、しかしあくまで主観であるところの所謂「客観」はあるようで、それが一般的に言わ
れる「客観」のようなものか、と見做しているのです。問題は、その「客観」の外側なのですね。ピュタ
ゴラスが言ったとされる「自分に足場(支点)を与えてくれるならば、地球をも動かせて見せる」、という
のを思い出しませんか。その支点は世間的な常識、公共主観なんぞではないでしょう。そこで、S.M.
さんは「普遍」という言葉に滑り込んでいる、というのが私の印象なのです。しかし、その「普遍」なるも
のは、それを人間側から見る限り、必ずしも客観であるかどうかとすうる決め手は無いのではないでし
ょうか。私は、それを、超越は絶対であるとしても、超越に対する人間の概念は相対的である、と表現
したのですが、人間存在には客観は無い 、ということは、超越の存在、非存在に拘り無く言えること
だ、と私は考察しているのです。
G.W.F.HegelやS.Kierkegaardの記述を興味深く読ませて頂ました(序ですが、こういうカタ
カナを使わない書き方をしているから出版から遠い、と言った人もおりました)。一つだけ気になった
ことですが、Hegelにては(私は、精神現象学」を読んでいないのですが)、此岸にて(S.M. さんによ
るならば、「無限遠点」に於いて)主人、奴隷の実存にて収束する、一方、(これは私の読み方ですが
)Kierkegaardに於いては、終局的に彼岸に於いてでしか、止揚、解決しない(しかし、有限が無限
に出会う「瞬間」は現世にもある。それが永遠の相であり、それを彼岸とすることも可能である)、という
違いがあるのではないでしょうか。ただ、ある学者が(誰かを忘れたのですが)、HegelとKierkegaar
dの距離は後者が強調(前者を批判する(罵る))程は遠くない、と言っていましたが、もし、その奴隷
の実存にて、Hegelが超越の概念を背後にしていたとするならば、と言う条件付きにて、それは、Kie
rkegaardが言う「瞬間」そのものでもありえて(また、哲学者という者たちには、宗教的なものを中立
化して論じる立場があってもしかるべきか、とも思われ)、その学者に同意しても良いか、と私は思い
巡らしておりますが。
…(後略)…
太田将宏 (2011年3月10日)
S.M. 様
私の<<あれかこれか>>の<人生行路の二段階>を読んで頂いて感謝しております。今回は、
それに伴う返信なのですが、S.M. さんの論旨と充分に噛合っているかどうかが少し心許ないのです
が、まずは、発信することに致しました。
まず、私が<人生行路の二段階>にて、私には、<ある一点>、仮令それが真実であったとしても
、それが、ひとたび、人の唇から発せられた瞬間、或いは、ひとたび、文章として書かれた瞬間、その
瞬間に虚偽になる、という種類の事柄がある、と書いたことについて、興味深いご「感想」を頂きまし
て感謝しております。そのなかでも、「さらに重要なことがあって,そのことに気付くことが,命題を偽
にしてしまう命題が存在するということです」、との非常に鋭い指摘を頂ました。私は、或ることを気づ
くこと自体の不幸についてである、と殊更にそれとなしに<序文>にて総括し、後の<人生行路の
二段階>にて、それが旧約、創世記の神話的な失楽園の素朴な意味であるとし、<純粋知性批判
11
>を書いたのでした(故に、「第 3 部の純粋意識批判を読ませていただいたア r とに(ママ、後に?)
、次のメールを書かせていただきます」、とのこと、期待してお待ちします)。また、S.M. さんからの例
としての「『私は謙虚だ』という命題です。謙虚な人は自分を謙虚だとは思わないからです。ですから
,自分が謙虚だと気付いた時には,本人はもはや謙虚ではなくなっているわけです」とのことでは、
私も、私の<<あれかこれか>>にて(そこ以外にも、何処かで、もし謙虚であることが良いことであ
るとしたならば、……、という出だしで、J.-P.Sartreが彼の<<存在と無>>にての「反射・反射」
という言葉に関連づけて論じていた筈なのですが(また、彼の著書では、それが無限反射にまで及
んでいるかどうかが明示されてはいないのですが))、私は、「反射」が無限に続くが故に、例えば<
<悪霊>>のスタヴローギンは行詰ってしまったと読解し、論述していたのです。次には、埴谷雄高
が言う「自同律の不快」とは、対自としての意識の対象としての即物化した自己を承認できないが故
に、「同一律から逃れたい」、ということになるのでしょうが、「逃れたい」も何も、始めからその不条理
から逃れるすべが人間存在には無い、与えられていないので「不快」となるのではないですか。その
意味では、S.M. さんが仰るとおりに「確かに、サルトルも埴谷雄高も,結局のところは同じである」の
でしょうが、埴谷雄高の表現は情緒的に過ぎ(そこでの「不快」とは単なる違和感に過ぎず)、また舌
足らずで、私たちの後知恵としてのSartreの理論の援用が無い限り、埴谷の言わんとすることを、つ
まり人間の意識のありようを私たちも正確に把握できなかった、と私には思われます。私が、埴谷の
著作を読んだ限りでは、「同一律の不快」にとどまり、しかし、それからは逃れえない、と続くところは
無かったように記憶しているのですが、如何でしょうか。彼が繰返し書いていた「病むべき身につくら
れながら健やかにと命ぜられて」との繰返しにも、常にその先が無く、残念ながら尻切れトンボで、そ
れでは、ぼやきに過ぎなく、他の日本人の作家ならまだしも、かの埴谷にしてもこの程度の文章の精
度か、と言ったならば言過ぎでしょうか。ただしかし、彼は、ドストエフスキーの著作の弁証法的な理
解と言うことでは、日本に於ける第一人者ではなかったか、と私は推察してもおります。それでも、彼
のそれは、彼がキリスト教(旧、新約)を充分知らぬ故か(これは、彼だけではなく、亀山郁夫を始めと
する日本の多くの学者、著述家に共通しているのですが)、私が言う逆説的弁証法ではなく、埴谷の
著作の文学的な高水準をさておいたとしても、論理の自立からは程遠い、と言うのが私の評価なの
です。これ、貴兄の反論を期待しているのですが、宜しくお願い致します。
次もまた S.M. さんの論文に関連があるかと思われるので、ご意見を聞かせていただけるならば幸
いなのですが、S.M. さんは、「このテーマを議論すると,科学哲学の厄介な議論をしなくてはならず
,私の任ではないので,やめたいと思います」、とのことで私は途惑っているのです。しかし、それに
もかかわらず、後ほどでは、続いて科学哲学に関ると思われているところに文章が復帰されているの
で、此処で私も少し続けさせて頂きます。ただ、以下、私は科学哲学に興味があるものの、それを専
門に学んだことが無いので、間違ったことを書くかもしれないのですが、そうであるならば、ご指摘を
願います。
まず、私が書いた、学問は方法論的に閉じられている、という文章では、その前の、――― 学問
を無限(所謂「永遠」)とするのは、これまでの経験則による予定調和である ――― 、と後の、
――― 断っておくが、私は、学問が無限ではない、とは書いてはいなかった。学問が無限であるか
どうかは、それは検証が不可能である、と言っていたのにすぎない ――― 、との文脈で読んで頂
けたかどうか、それが気になっております。つまり、私が使った経験則という言葉は、経験科学を意味
してなく、今まで発展してきた経過での経験から、次も、次もと無限に…という安易な期待を否定する
ことを越すものではありませんでした。この辺りで(S.M. さんの経験科学と非経験科学についての説
明は、私にとっても意味があったものの)、話が混同、交差、分岐したものと思われますが如何でしょ
うか。ただ、もし私の文章に舌足らずなところがあったとしたならば、自然科学は、押並べて、本質論
的な方法での思考の成果であって、そこに実存論的な思索の入り込む隙はない、いや、それを拒絶
したところの方法論に拠っている、という一文でしょうか(しかし、それについて私は、それについて注
意し、方法論的に閉じられている、とだけは書いておりましたが不充分でしたか。この件の詳細に関
しては、この<<瞬間>>の<科学――この世話がやける仮説>にて論じております)。私は、学問
12
、それが自然科学であれ何であれ、その進展、更新が「永遠」に続き、「学問は永遠である」などと言
う或る種の学者の楽天的な戯言を冷笑していたのですが。
S.M. さんの「物理学(というより自然科学)は自己意識に対して閉じられていない」、という趣旨の論
文には多大の興味を抱いたのですが、私の方には、自然科学は、自己意識に対し閉ざされている、
との見解があるのです。これは、自然科学や(程度の違いがあってもの)本質論的な哲学と実存論的
な哲学の違いの反映なのでしょうか(これもまた、この<<瞬間>>の<科学―この世話がやける仮
説>などにて論じておりますが、そこでは、数学は思考実験により真偽を決定し、物理学は実験によ
り理論を検証する、その何れも対象の「本質」を定義することを目指している、との意味をも書きました
(これは序でなのですが、私どものように自然科学に近いところで学び、働いてきた者にとっては、所
謂「社会科学」なる言葉自体に何か胡散臭いものを感じませんか。それは、どのような意味でも実験
ができないからではないですか))。一方、数(学)というものは人間が作り出したものである限り(虚数
を思い出してください)、その意味では自然科学の範疇にあるのかどうかに疑問の余地がありません
か。そのあたりの S.M. さんのご意見を頂けますでしょうか。
此方でtopologyを専門にしている学者と話す機会があったのですが、彼は、行き過ぎた公理的数
学には問題がある、と言っておりました。その「行き過ぎた」について如何なる辺りに線を引くか、その
辺りに問題が残っているのではないでしょうか。それで思い出したのですが、日本で二度ほど、物理
学での「数学」は数学ではない、と言った数学を専門としている、と称する御仁に出くわしたことなの
ですね。今の私は、二流、三流の数学屋に限ってそういうことを言いたがる、と判断をしております。
彼らは、物理学が如何程までに数学に寄与してきたか、数学を演繹的に道具(tool)として使ってき
た物理学の成果が、どれだけ帰納的に数学に合致しているかに驚嘆の思いを感じないのでしょうか
(数学がどれだけの養分を物理学から吸収してきたか、それに関して、例えば、I.Newtonの微積
分学や<<Principia>>を思い出さないのでしょうか)。また、彼らは、五十年以上前に発覚した
公理系数学の行き詰まりを知らないのでしょうか。数学基礎論の、そのまた基礎である集合論そのも
のにあるB.Russelたちが六十年以上前に指摘した「集合論の矛盾」(S.M. さんが例に挙げた、「こ
の文は偽である」という文は、それに属しますね)の解決の不可能性を予測できないのでしょうか。
S.M. さんは、「神の視点は,人間の時間を起源から週まっつアで(ママ、終末まで?)一望のもとに
見渡すでしょうから,神は長時間的損(ママ、超時間的存在?)であるという意味で永遠だということ
になります」、としていましたが、確かに新約、ヨハネによる黙示録には、私はアルファでありオメガで
ある、とあるのです。しかし、同書に、もはや時、無かるべし、ともあるのですね。私は、これを、原罪、
終末、救済の二重性であると書いております。
時代的な制約も相俟って<<カラマーゾフの兄弟>>のイワンは、「ユークリッド的なぼくの頭脳、
… ユークリッド的なたわごと」と表現しておりますが、私は、更に、或る種の事柄は、人間存在に可
能な思惟の全ての集合に於いてでさえも解決の無い命題が存在する、と総括しております。
…(中略)…
この頃、私からのmailsにて、何々は私のXXに書いてある、というのが増えてきましたが、それは、
mailsでの論旨を出来る限り簡潔にする為にすぎなく、S.M. さんが該当する原稿の全部を読まれな
くても、適当なkeywordでscanなされるならば、さしあたっての用は足りると予想、期待している故な
のです。また、話し言葉よりは手紙などでの書き言葉は丁寧になりがちなのですが、その辺り、S.M.
さんも私も少し遠慮が過ぎてきているのではないか、と感じるようになりました。もし、今後(私の方は、
無論、S.M. さんへは気にしないように努めますが)、忌憚無く書いたが為に私の書き方が礼を失して
いるようなことがあったとしても悪しからず受け取り願えますか。例えば、私も為しているかもしれない
と思い、今まで言うのを躊躇していたのですが、S.M. さんが私が書いたものを読む際の読み取りの
精度、ご自分の書く文章の精度をいま少し上げて頂けたら、という感想があるのです。お前だって、
と言われるかもしれませんが(そのときは貴兄から指摘されることの期待と共に)、此処まで詳細に話
が込み入ってくると、自分のことを棚にあげて、ということにしても対話をsmoothにする為には実際
的ではないか、と愚考しているのですが、これは甘えでしょうか。例えば、私が、 人間存在の現在の
13
実存に於いて、(V.E. Frankle が言ったように)過去の意味すらをも変更することができる、ということ
が念頭にあった、と書き送ったのに対して、「過去すらをも変更することができる」と私が書いてきたな
どとの貴兄の反応では、私が、かなわないなあ、と思うのも無理ないのではないでしょうか(この件に
ついては、筆者の<<あれかこれか>>を参照願いたいのですが、実を言うと、現在の実存にて過
去の事象の意味が変わるということは、現象としての過去自体の実存的な修正が可能であるというこ
とと同等なのではないでしょうか)。
太田将宏 (2011年3月14日)
S.M. 様
お便りを有難うございました。福島の原子力発電所の事故が収拾の方向にあるとのことで少し安心
しましたが、東京でも、乳児に水道の水を飲ませないようにとの通達がなされた、と耳にしました。ま
た、未だこれから地震、津波の被害者の救済が続くのでしょうから大変ですね。S.M. さんの千葉県
での状況は如何なのでしょうか。
また、<<あれかこれか>>を<純粋意識批判>までに進んで頂いて嬉しく思っております。これ
は、旧、新約からの引用が多いので、S.M. さんにとっては煩わしいのではないか、と懸念しておりま
した。さて、S.M. さんが寄せてくださった感想文をも読ませて頂いたのですが、今回は、3月23日付
けのmailの部分に関する返信だけにさせて頂ます。ただ、私は、G.W.F.Hegelについては、直
接的には殆ど何も知らないので、充分に返答できるかどうか危ぶんでおります。それで、S.M. さんへ
の質問の容で書かせて頂きましょう(また、質問の形になっていない箇所は、それを検証して頂ける
ならば有難く存じます)。
Hegelの言う「有限な意識(此岸の意識)と無限の意識(彼岸の意識)の対立」とは、S.Kierkegaa
rdによる<<死に至る病>>の冒頭、「人間は精神である。精神とは、肉的なものと霊的なものの総
合である」に対応していると判断しております(此処での「肉的なもの」とは、ただ端に、肉欲だけを意
味しているだけではなく一切の此岸の物を指している、というのが私の(拡張)解釈なのですが、これ
は、如何でしょうか)。しかし、そこでの定立と反定立の止揚としての「精神」は可能なのでしょうか。次
の場でのHegelにて「理性における観察と行為の対立」は、Kierkegaardにも自覚されたものだと推
測されるのですが、後者は、「苦悩だけが真実だ」と呻吟し、「私を止揚しないでくれ」、と悲鳴を上げ
ておりました。そこから両者の論旨が分岐して行くのではないでしょうか。Kierkegaardは「私ほど実
存を強調する者はいない」、と主張しておりました。ドストエフスキーは、人間がそれに耐えるには、人
間が質的な変化をしなければならない、というようなことを言っておりました(この言葉の出典が何で
あったのか憶えていないのですが、機会がありましたら教えてください。また、埴谷雄高も同じような
ことを言っていませんでしたか)。その点において、Hegelが言う「絶対知」なるものは楽観が過ぎて
いるのではないでしょうか。もしそれがHegelの楽観であるとしたならば、S.M. さんの結論としての「
異なることは重々承知したうえで,同じだと言っています。つまり,私の人生にとって、そして多分多く
の人々にとっても、どちらで生きようとも結果は同じになると思う、ということです。すなわち、ヘーゲル
の絶対知に到達することもないし、キルケゴールの言う瞬間=永遠を体験することもない」、ということ
は、Hegel批判にもなりますね。私は、その S.M. さんのHegel批判には、「絶対知」なるものは楽観
が過ぎている、として S.M. さんに同調しておりますが、そのうえで、Kierkegaardの「苦悩」やドスト
エフスキーの小説での登場人物たちの四転八転の足掻きを読み取っているのです。それこそが、私
自身の問題でありましたので。
そこでの S.M. さんの結論としての「ある論理が正しいことを証明することができても,今度は照明(
ママ、証明?)に使用した論理が正しいことは証明できないので,永遠に論理が正しいことは証明で
きないことになります。このことによって、神の不在が証明されたと主張する人がいます(つまり正しい
ということが証明されないので)」、とのことに関しては、私には疑問に感じるところであるのです。もし
、「照明(ママ)に使用した論理が正しいことは証明できない」のであるならば、一切の演繹的な思考
14
ができない、ということになりませんか。次は、更に重要かと思われることなのですが、「神の不在が証
明されたと主張する人」がいる、ということなのですが(S.M. さんがその人の側にいるのかどうかが文
脈上で定かではないのですが)、それは、超越の存在も不在もが証明できない、と正すしかないので
はないでしょうか。超越の存在が証明されないということは、必ずしも、それの不在が証明された、と
いうことにはならないからです(こうした古色蒼然たる命題に今なお拘り耽溺している人もいるもので
すね)。私自身は、人間には自身の知らないところで永遠に接している瞬間があるかとし、それが私
が定義する「摂理」なのですが、また、それこそが証明の彼方にあることである、としているのですが、
如何でしょうか。
…(後略)…
太田将宏 (2011年3月 24日)
S.M. 様
今回は、S.M. さんからの「純粋意識批判前半を読んで」へのお返事です。*
私は、J.-P.Sartreの<<存在と無>>の(全体は)松浪信三郎の翻訳で読んだのですが、彼
の翻訳での日本語は((共著ではありますが)同じく彼の翻訳であるK.Barthの<<ローマ書講解
>>と同様に)酷いものですね。此処で、一つ、S.M. さんに質問させて頂ます。松浪氏は、彼自身
の解説にて、この本の読者は、実存という言葉が一つも出てこないので訝しく思われるかもしれない
が、実は、この本で言う「意識」が実存なのだ、というようなことを書いておりました。私は、意識=実存
とするのには違和感があるのですが、それを上手く説明ができないのです。この件、S.M. さんは如
何でしょうか。加えて、私には<existentialisme>を「実存主義」と訳すことにも異議があるのです。
更に言うならば、元来、originalの<existence>(ドイツ語ではExistenz)という言葉そのものにで
さえ、通常、「存在」という意味しかないのですね。ですから、<existence>にexistentialistたちが
言うような特別な意味を付加した言葉の適用からして問題の発端があるのではないでしょうか。しかし
、その???(1)を言い表す言葉が無かったのでしょうし、私も見つからないのです。この件も、S.M.
さんにては如何でしょうか。さて、なぜこうしたことを私が問題にしているかを次に書くことにします:
S.M. さんは、「『神はこのように、人をご自身のかたちに創造された。神のかたちに彼を創造し、男
と女に彼らを創造された(創世記、第一章 27 節)』 この言葉は,私には信じられません。神が自分
の形に似せて人間をつくったなどということを、一体だれが信じるのですか。大体,神に形があるので
すか。超越者である神に形があるなど云うことを、一体、クリスチャンは信じているのですか?」、と書
かれてきましたが、creationist以外のcristiansは、創世記を一字一句、書かれているがままには信
じてはいないでしょう。さて、古代も古代、その成立の時期も判然としていない旧約の書き手の限られ
た語彙で彼らが思考した???(2)を如何に表現できたのでしょうか(また、(古代)ヘブライ語には
、抽象語が少なく、例えば「歴史」とか「民族」などという言葉すらが無かったのだそうです)。そうした
限られた言語で書かれたのが<創世記>の神話なのですね。現代人としての私が私なりに、その非
神話化を試みたのが私の<<純粋知性批判>>だったのですが、そうは読めませんでしたか。少
なくとも、超越には形が無い,と言切ることはできないのではないでしょうか。私は、<創世記>は、
現代人にも通じる論旨を語っていた、ということを立証したかったのですが。
新約に話題を移しましょう。S.M. さんには「あなたがたのなかで罪の無い者がまずこの女に石を投
げつけるがよい」(ヨハネによる福音書、第八章7節)の意味が分らないとのことでしが、この言葉の前
後を此処で引用するには少し長過ぎ、読むのでは短いところなので、そこは、直接、S.M. さんに読
んで頂くことにして、簡単に説明を加えることに致します。まずは、状況から。 十戒に始まり、それに
続く諸律法に従うならば、姦淫した女を石で打ち殺すことは正しいことなのです。しかし、もし、Jesus
が投石を否定するのならば、彼は律法に逆らう者、肯定するならば、彼の日頃の言辞、あなたの隣
15
人を愛しなさい、七たびの七十倍許しなさい、に反するものとして、何れを彼が答えたにしても彼らが
彼の言質を取れる、と彼らが意図していたことが、この場面の背景になっているのです。結論を先に
述べるならば、本質論的に正しいとすることでも、人の実存に照らすと義とはされないことがある、と
いうことなのです。しかし、ご注意を。この時代には現代の実存主義が言う「実存」などと言う言葉が
無かったのです。それでも、Jesusは、その言い知れぬ???(3)を「あなたがたのなかで罪の無い
者がまず」、との表現にて彼らの実存の如何を実質的に問い糺しているのですね。つまり、その言葉
に続く、「この女に石を投げつけるがよい」に於いて、律法が命じることの全面的な肯定を迂回したり
、無視することなく、実は、更にその先を述べていたのですね。此処で、彼は、彼らの欺瞞を見抜き、
コペルニクス的な転回を為しているのです(旧約の律法に対して彼は、律法の一角も廃ることはない
、と言う一方で、律法は人のためにあるのであり、人が律法のためにあるのではない、と他のところで
述べて(強弁すらをして)おります)。この状況に於いて、まず、彼らは、姦淫の女をJesusを試すため
にだしに使っていたのですね。そこには彼女(隣人)への何らの愛、つまり憐憫がありません。実際は
、そこにて、自分たちを義(この新約の言葉よりも「正義」と言った方が解り易いでしょうか)とする為に
、律法をかさにきたり、超越を後ろ盾にしたり、その威を借りる、それができると錯覚していることが罪
なのです(ちなみに、「罪」とは語源的にもヘブライ語では「的外れ」のことなのです)。彼らが彼女を
裁き、彼女に投石をしようとしたこと自体が罪なのではありません。それは律法が命じることであるの
です。ただ、しかし、自分たち自身の罪ある存在を棚に上げ、律法を自己肯定のために引き合いに
出し、超越(実は、Jesusでもある)を前にして自分たちの自らの正義なるものを振りかざした彼らの偽
善が罪なのです。此処に到り、超越とその摂理についての概念が旧約の律法の領域から、それを止
揚した新約での救済、最後にJesusが、私もあなたを罰しない、と女に言い渡したような領域に既に
入っている、と私は解釈しております。S.M. さん、この説話には現代的な意味がありませんでしょうか
。
次の件、「『意識はそれが無いところのものである』と、サルトルの言葉を引用しておられると思いま
すが,そうであるとすれば,『意識はそれでないところのものである』が正解であると,私が理解する限
りでは,思います」とのことですが、Sartreが、<<存在と無>>のなかで例として出しているのが、「
が無い」と「でない}の両方の混ぜっ返しなのですね。それらが記述中の(説明のための例で)混同さ
れていることもあって、私は、<<存在と無>>をE.Fusserlの現象学についての女学生のreport
のようだ、と評したことがあったのです。私は、前者を選択して論述しておりますが、これは、P.Foul
quié も「解り様がない」と書いております。また、私は、無神論的実存主義の方法論を適用して論述
していたのであって、(主としては)Sartreの<<存在と無>>の内容について書いていたのではな
いのです。話は前後しますが、序でに、S.M. さんの「太田さんは,不条理と原罪を同じだと考えてい
らっしゃるように理解しましたが,その点は正直言ってちょっと理解できません」につき、<<存在と
無>>との関連で言及するとして一言。不条理を<<存在と無>>のなかで「原罪」としたのは、Sa
rtreなのですよ。私ではないのです。彼もまた、「原罪」を既成の倫理的な概念ではないとし、存在論
的に転換して捉えていたのですね。更に S.M. さんの文章を読んでいくと、「原罪が罪の根拠である
と云う件において、原罪=不条理と置けば、『存在することの根拠の無さが、罪を犯す』という風に読
めます。なるほど、納得します」、とありますが、これは、上記の S.M. さんの文章からの引用と矛盾い
ているのではないでしょうか。此処で確認したいのですが、「罪を犯す」ということは選択された行為
であって、「原罪」そのものではないでしょう。私が、対自は無であろうか、との疑問を呈したのは、超
越の摂理の可能性を暗示しようとした文脈にあったつもりだったのですが、その通りになっているか
どうかの検討を致しますね。しかし、S.M. さんの文章では、対自としての「意識」を「存在」にすれ変え
てはいないでしょうか。
S.M. さん、次の二つの文章を較べてください。私(original)と S.M. さん(「」内)の文章です。私は
、私が心理学を信じない理由を述べておりますが、S.M. さんの方は、S.M. さんが何処にいるか判然
としない(少なくとも S.M. さんの立場がはっきりしない)文章ではないでしょうか。此処だけではない
ので、忌憚なく、例として提出させていただきます:
16
心理学を信じない、と Sartre は言っていたが、私もまた同様である。F.M. Dostoyevsky の小説、<
<罪と罰>>に読む如く、一人の人の言動が、彼の思想からによるのか、彼の心理としてだけで説
明できるのか、つまり、彼の心理現象からによるのか、その点を識別する方法論を心理学はもちえな
いからである。いや、その点では、精神病理学者の患者自身すらも、自身のあり方が不明であろう。
医師にとっての患者の自己は、即自として還元された自分である、という意識によって、患者がそれ
を否認したく身構えているのが実際の診療の場面ではないか。
「『心理学を信じない、と Sartre は言っていたが、私もまた同様である』。私もまた同様のことを云うと
思います。例えば、『経済学を信じない』『社会学を信じない』あるいは『自然科学を信じない』。一方
,専門家からの反論もあるでしょう。『心理学を信じないと云って,一体,心理学のどこを信じないの
だ?』経済学を信じないと云って。『一体経済学のどこを信じないのだ?』それを云わないことにはナ
ンセンスではないか?』」
上の私の文章を読み直してください。部分的な「どこ」などは言わなくとも、仮に私の私見であるに
しても、心理学なるものの全体を包括する理由を述べているではないですか。
次の S.M. さんの四つの文での文章も読み返して頂けますでしょうか:
「私は、認識するものは捉えられない、ということには納得している。しかし、それが、存在しない、と
か、無である、と言い切ったところに、彼、Sartre の飛躍を見る。サルトルは,認識するもの(対自)は
捉えられないから、対自は無であると云っているのではないと思います。対自は世界に否定をもたら
すから、人間存在(対自)の根底に無が存在す(ママ、する?)と云っているのです」。
さて、最初の二つの文では対自そのものなのか、対自の対象なのか(者なのか、もの(物?)なのか
)はっきりしないので、松浪の<<存在と無>>の翻訳文にそっくりですが、後者を採るならば(それ
には私も同意できるのですが)、三番目の文に続かないので、前者を採りましょう。それでも、それに
続く最後の文は、主体、客体がひっくり返っているではないですか。 また、そこで「対自は世界に否
定をもたらすから、人間存在(対自)の根底に無が存在すと云っているのです」、とのことですが、「否
定」と「無」は異なる概念ではないですか。
私は、以上で、S.M. さんの論旨が正しくない、という趣旨で書いているのではないのです。松浪訳
の<<存在と無>>と同様、もし解ったとしたならば、それは手品だ、と言っているのですが。
太田将宏 (2011年3月 25日)
追伸
これを書いている間に「ヘーゲル等について」が届きました。それを読み始めて、S.M. さんが、これ
ほどまでにG.W.F.Hegelにcommitしていることに驚き、再認識致しました。私が軽率な返事を
書かないように、それについての返信は次回に回します。
* 此処での「純粋意識批判』とは、私の<<あれかこれか>>の第三部、<純粋意識批判>>
のことです。
S.M. 様
S.M. さんからの「純粋意識批判前半を読んで」への私の返信の再送でのfileは文字化け無しに読
めましたでしょうか。今回は、今回は、それへの追加の追加、説明と「純粋意識批判後半を読んで」
への返信を兼ねたのをお送り致します。それは、この追加が、次への橋渡しになるかと愚考されるか
らなのです。
私の<純粋意識批判>は、できるだけ哲学寄りに(所謂「客観的」に)書こうとしておりましたので書
かなかったのですが、また、以下のような話題は S.M. さんが嫌がるのではないか、とも思われたので
17
、私の返信にも書かなかったのですが、此処から(私のなけなしの)信仰の領域に入る、と(S.Kierk
egaardに倣い)断って書き留めておきましょう:
私の、対自は無であろうか、の疑問に戻ります。その後、まず、それを論じる前提になる適当な例を
探していたのですが、今朝、Arvo Paert作曲の<<Miserere>>を聴いていた時、たまたま以
下のtextに出会いました。これは、旧約、詩篇、第五十一章からのラテン語訳です(私は、自分での
翻訳が嫌いなので、不充分ながらでの(誰かによる)英訳を付記いたします。全く、このtextは、古代
ヘブライ語ー>ギリシャ語ー>ラテン語ー>(英語)へ翻訳を重ねていますので);
Cor mundum crea in me.Deus (Create me a clean heart,O God),
Et spiritus rectum innova in viscenbus meis (and renew a right spirit within
me).
Ne proiicias me a facie tua (Cast me not away from thy presence).
Et spiritum sanctum tuum a me ( and take not thy holy spirit from me ).
J.S.Bachの教会カンタータの中にも例になるものがあたのですが、古い方が、また、直接に旧約
に準拠した方が好ましいのでこれに致しました(ただ、しかし、”Cast me not away from thy
presence”とは、幸いにも私の論旨に関係が無かったのですが、酷い意訳ですね)。
さて、暫し信仰の領域から離れて論じます。対自が対自である瞬間は非反省的意識ですね。では
、自己を見つめてその対自を即自化した瞬間の対自は非反省的意識として一歩後退しますね。そ
の後退したところの対自が自覚不可能であることは私も認めます。しかし、それを「無」とする根拠が
ありますか。それを「無」としない根拠も無いことを、私も認めましょう。これまた、自覚が不可能である
限り、検証も不可能なのでしょう。
再び信仰の領域に戻ります。そこが「無」であるかどうかに関らず、spiritum sanctum(聖霊)のvi
scenbus (受け皿)としての意識できない何ものか、しかし、即時ではないものが無いとは言えない、
いや、あるという可能性があるということではないですか。私は、その対自を根源的な自我と呼びたく
思うのです(それがG.Freud流の「超自我」であるのか、「意識下」であるのか、心理学的に言えば
何であるのか、これは S.M. さんの方が詳しいでしょう。お教えを願いますが、今の私は、心理学的解
釈を避けております)。
最後に、もう一度、信仰の領域から離れます。そこでは、繰り返しますが、私は、対自が無であるか
、ないかの何れをも言っておりません。具体的な何ものかを見つめて、そこにそれを存在させようが、
或いは、それが現象であろうが、それは、E.Fusserlが言った(J.-P. Sartre ではありません)「意識
は何物かについての意識」でしょう。しかし、自分の内部から自生的に出現した(夢をも含めた)想念
は如何にして説明できるでしょうか。それは、根源的に存在する何ものか(この<もの>を者とも物と
も書いていないことに留意してください)が何ものかについての意識、としか言いようがないではない
ですか。私は、信仰の領域になくとも、対自は無であるとは言いきれない、という以上のことを述べて
はいないのです。
此処で「純粋意識批判後半を読んで」の話題に入ります。S.M. さんは、「無神論的実存主義と有神
論的実存主義を比較して、太田さんは無神論的実存主義に親近感を感じたとおっしゃっていますが
、確かに、ある意味で有神論的実存主義は矛盾しているのではないか。実存主義的生き方の根拠
に存在ではなくて、無がある。しかし、有神論は明らかに存在の論理であるから」、と書いておられま
すが、まず、私は「無神論的実存主義に親近感を感じた」などとは言っておりません。私が、できるだ
け無神論(者)側にいたい、と書いたのは、「キリスト教会」の欺瞞、偽善に、また、彼らの知的怠慢に
辟易していたからなのでした。また、松浪信三郎も、「終始一貫しているのは無神論的実存主義の方
だと思われる」、と書いていましたが(岩波新書<<実存主義>>)、信仰の領域を含む含まないに
於いて、何れの論旨が不条理、矛盾が無い多くを包含しているでしょうか。私は、S.M. さんの「実存
主義的生き方の根拠に存在ではなくて、無がある。しかし、有神論は明らかに存在の論理である」、
とは受け入れがたいのです。それは、言ってみれば、「実存主義的生き方の根拠に存在ではなくて、
無がある」が、貴兄の無神論から一方的に実存主義的生き方を規定しているからであって、「無」が
あるか無いかは実存主義の必要条件ではないからです(そこに「無」があるならば「矛盾」が無く、「存
在」があれば終始一貫していない、などとの論旨で誰が説得されるでしょうか。J.-P. Sartre でさえも
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左様に強引な論述はしてはいなかったではないですか)。私は、信仰の導入が無神論的実存主義
を説得するものではないことを認めます。同時に、これはSartre自身が言ったように、「存在論の示
す直説法から命令法を引き出すことはできない」(<<存在と無>>)、との無神論的実存主義の限
界にも同意しているのです。それでいて、倫理学を書くと予告した彼の楽天性を如何に解釈したもの
でしょうか。
太田将宏 (2011年3月 27 日)
S.M. 様
S.M. さんのmailに添付された<<不幸な意識の弁証法>>につきましては、それを感謝し勉強さ
せて頂きます。以下は、その S.M. さんのmail「ヘーゲル等について」の範囲での論考です。しかし、
まず:
近年、私なんぞに二人の若者が個別に相談ごとを持ちかけてきたのですが、何を言うも何も、それ
以前に、要するに、それぞれが甘ったれているのですね。さて、私自身が自分の若いときのことを思
い出してみると、恥ずかしながら、私にも思い当たるところが多々あったのです。要するに、私は、誰
かに何かを助言する柄ではないわけです。よせやい、と言いたいところでしたが、そこを無理やり我
慢して、自分を棚に上げて、何やかや言って誤魔化しました。いや、そうであっても、親ではなく兄弟
でもない他人の私が見るところを開陳することにも他人であるからこその幾分の意味があるか、言わ
ないよりは言った方がいいか、と愚考したからなのです。省反って見ると、私は、E.Husserlの著書
をもW.F.Hegelのそれも直接に読んだことがなく 、現在に至っては、そうする気力も時間も無いの
です。加えて、成熟することを拒否している私ですから、以下の件、自分の不勉強を棚に上げて書く
かもしれませんがご宥恕を。
S.M. さんの「いかなる公理系でも,その中で照明(ママ)も半焼(ママ)もできない定理明大(ママ)
が存在することが証明されています(ゲーデルの定理)。また,ある論理が正しいことを証明すること
ができても、今度は照明(ママ)に使用した論理が正しいことは証明できないので、永遠に論理が正
しいことは証明できないことになります、このことによって,神の不在が証明されたと主張する人がい
ます(つまり正しいということが証明されないので」、とのことに遡って論じることに致します。
先に結論を述べるならば、まず、Kurt Goedel の<不完全性定理>そのものの証明にも再帰的に
この定理が適用されるならば集合論の矛盾と同格になる、ということを指摘致しましょう。加えて、超
越の存在が証明されないということが超越の不在が証明されたということにはならない、ということで
す。それを言うのであれば、Goedel の定理に基づき、その超越の不在に関る論理に欠陥が無いこと
の証明の不可能性にもなる、という自家撞着に陥るではないですか。私は、こうした馬鹿げたことを
言う輩にはうんざりしているのです。次は、S.M. さんに対してなのですが、S.M. さんの「『神がこの世
界を作ったのであれば、せめて真理くらい保証してくれてもいいではないか。こんな困難な社会に真
面目に生きているのに』という気分は,分かります」なのですが、そんな虫のいいことを超越的な存在
には要求できない、と私は自覚しております。自分に超越を合わせるのではなく、超越に自分を合わ
せなければならない、ということなのです。それができるかできないか、がS.Kierkegaardの(そして
私の)悩みだったのですね。彼は、「苦悩だけが真実だ」、と呻いておりました。これまた、如何でしょ
うか。
如何なる公理系に於いても、そこでの全命題の集合には真偽が証明できない命題が少なくとも一
つあるにしろ、その中で境界条件を定めた部分集合(subset)に於いても「つまり正しいということが
証明されない」、とは言えない、ということではないですか。それでこそ、その公理系の取り扱い方が
方法論的に問題になるのであって、S.M. さんは、そのあたりを混同しているのではないでしょうか。
以上をお断りして、S.M. さんからの「ヘーゲル等について」への返答を続けることに致します。
19
私が S.M. さんに「大田さん(ママ)が、ヘーゲルの恐ろしさを知らないからです」、と言われればそ
れまでなのですが、「ヘーゲルの弁証法とキルケゴールの弁証法を比較検討するという作業は、私
にはあまり有益な結果を生まないともいます。キルケゴールがヘーゲルを罵倒していたことを考えれ
ば、比較が困難だということが分かるのではないでしょうか」、と続けられるのは心外なのです。まず(
これは、私が S.M. さんの文章を正確に読み取ろうとしている為であって、揚げ足取りではないつもり
なのですが)、「比較が困難」ということは「意味が無い」ことを意味しないですね。また、「。」の後は他
者、私にも該当するかどうかも不明です(もし、S.M. さんが私たちの対話にて、「比較」を継続する意
志が無いならば、そうと書けばいいのではないですか)。私は、かつて、S.Kierkegaard側から見た
W.F.Hegelについての一応のことは学んだつもりなのですが、それだけにて、一方的に、前者が
正しく後者は非難されて当然だ、と私自身が納得するでしょうか。それではfairではないのです。反
面として、確かに、S.M. さんは、「私には」、と限定付きで言っておられますが、では、しかし、S.M. さ
んはKierkegaardの真の怖ろしさを、<<恐怖と戦慄>>を実感し肝に銘じておられますか。私は
、Hegel批判を重ねるKierkegaardの文章から、むしろKierkegaardの怖ろしさを垣間見ていたの
です。KierkegaardがHegelを評して言った「いかに豪華な邸宅を建設しようとも、自分が犬小屋み
たいな所に住んでる」、ということは、その豪華な邸宅、壮大な論理体系を築いても、自分はそれに
自身の実存に基づいた態度、選択を為していない、見せていない、という非難だったのですね。これ
は、「どうして他人のために豪華な家を建て,自分は粗末な家に住んではいけないのだ」、などという
程度の問題ではないのではないでしょうか。私がもしKierkegaardと話す機会があったとしたならば
、それはHegelが住まないだけではなく、住めないのであって、それどころか、誰もが住めない館だ
ったのですね、ともちかけることでしょう。忌憚無くいえば、私は、同じことを S.M. さんにも感じている
のです。例えば、私は、ブルバキの<<数学ぎょう(この漢字がOppenOfficeには無いのです)書
>>を読んでいて、私はそう思わない、というところに行当ったので以前に S.M. さんに話したことの
ある或る数学者との会話があったのですが、私の具体的な話題に対して、S.M. さんからは、「数学者
たちにもいろいろな立場があって」、などとの返答だったのですね。此処に出した例は適当な例では
なかったのかもしれませんが、それに限らなかったので、私は、S.M. さんは何処にいるのですか、と
書いたことがあったのです。一般論で言うならば、私は、学者にありがちなそうした態度、姿勢、自ら
の実存を賭けることの無い、それを賭けたときの恐怖の無い人々を、Kierkegaardと共に批判し続け
てきたのですが、如何でしょうか。彼は、超越の摂理に身を預ける恐怖と戦慄、それを彼の<<恐怖
と戦慄>>に書いておりましたが。一方、私の<<愛と生命の摂理>>の第三部は、私が(超越を
前にして)、如何に他者、とりわけ木下和郎をいたぶった悪党であるか、その恐怖と戦慄を書き留め
たものだったのですが。
最後に、また S.M. さんに質問させてください。松浪信三郎は、Sartreには殆どuniqueなものが無
い、唯一の例外は、彼が言う「自由」のみだ、というようなことを書いておりましたが(岩波新書<<実
存主義>>)、他の誰かも、彼の論旨はHusserlの受売りに過ぎない、と述べておりました。それを
確かめる為だけにHusserlを読む余裕は無い私なのですが、私は、Sartreの言う「自由」ですらをも
評価しておりません。彼が言う「人間は自由でしかありえない」ところの自由は、無意味な自由であっ
て、私は、自由とは何ものからの自由である、と私の<<あれかこれか>>に書きましたが、これは
如何でしょうか。
太田将宏 (2011年3月28日)
S.M. 様
…(前略)…
本題に入りましょう。まずは細かいことから。S.M. さんからの「私(引用者註。貴兄)は意識を存在に
すり替えていませんか、との太田さんの指摘ですが、具体的な場面がわかりませんので」、で私(太
20
田)が「意識を存在にすり替え」などと書いた覚えが無いので、私が書き送った全mailsを「 私は意識
を存在にすり替えていませんか」で検索してみたのですが無いのですね。S.M. さんも確かめて頂け
ますでしょうか。ただ、J.P.Sartreが「意識は身体である」(<<存在と無>>)と書いてある限り、私
は、松浪信三郎の言う意味での意識=実存には賛成しかねるのです。私は、Sartreたちについて
限定して論じるときではない限り、人間存在とか意識存在という言葉を使おうとしておりますが。
確かに、松浪信三郎は、直接には”existence”を「意識」としては翻訳しておりません。また、私は
、この言葉、”existence”はフランス語でも英語でも実存主義を論じるについては、「対自(=「意識)
」と同義語としてよいか、と見做しておりますが、何れにしても、日常の言葉としての”être”にしろ”exi
stence”にしろ「存在」という意味しかなく、ドイツ語の名詞”Sein”や”Existenz”とも違うところは無
い、と受け取っております。言葉としての”existentialisme”では、「存在主義」としかならない、という
ことを指摘したかっただけなのです。ただ、問題は、”existence”や”Existenz”が即自存在をも含
むかどうかにあるのですね。それは、誰々が”existence”というときは、それは如何なる意味で言っ
ているのか、ということから話を始めないことが多々あるからなのです(とりわけ、その日本語訳の粗雑
な略語「実存」そのものが更に混乱をきたしているのですね)。私は、M.Heideggerの「『Sein を了
解する仕方で存在する』存在仕方」である”Existenz”にしろ、J.-P.Sartreたちの”existence”
にしろ、彼らは彼らが言おうとしている意味を付加し、これらの言葉を使っている、と解釈しているの
です。
ただ、私には、S.M. さんからの「existence を、中世時代に、essence との対比で使用したのが始ま
りだと聞いています」、とのことは初耳でして、良い勉強になりました。そうであるとすると、本質主義の
哲学と実存主義哲学の区別は、ヨーロッパの古い伝統として中世迄に遡ることになりますね。松浪は
、実存主義の傾向はソクラテスにまで遡ると書いていましたが(岩波新書<<実存主義>>)、しか
し、プラトンは、典型的な本質主義者でしょうね。私は、「傾向」と「主義」は異なると判断し、やはり、S
.Kierkegaardが実存主義の始祖とするのが適当か、としております。彼は、「私ほど実存を強調す
る者はいない」、と主張しておりました(これは序でなのですが、彼の言う「実存は」、これまた彼が強
調した「主観」の同義語である、と私は解釈しております)。
一方、私は、Webster’s Collegiate Dictionaryで英語での語源を調べてみたのですが、ラテ
ン語の”existere”が起源の”exist”には、to come into beingという意味で、フランス語”ex+si
stere”に転じた時期にto stare to standと意味合いに転換されたされた、とのことです(何れに
しろ、接頭語”ex”には、…から外への意味があるのですね)。後のフランス語についての英語の説
明が私には今ひとつ分からないのですが、 S.M. さんは、お解かりでしょうか。そういえば、金田一京
助は彼の息子、春彦に、語源の研究には入るな、それは藪の領域だからだ、というようなことを言渡
していた、と聞きましたが、確かに、語源からの或る時代での変遷、地域ごとでの変化を辿るのは、学
者間での百家争鳴になり、手に負いかねる領域なのでしょう。
話題は変わりますが、此処で、ちょっと思考実験をして頂けますか。超越的な存在があり、終末が
あると仮定したならば、人は、終末に於いて超越の前に一人で立たなければなりませんね。哲学者
がこう書いていた、神学者がああ言った、牧師や神父がこう諭した、こう S.M. さんは私に教えた、な
どとは言えないわけです。これは私の立場、新約の非神話化なのですが、終末の二元性を鑑みるな
らば、終末とは現在でもあるのです。この「もはや時なかるべし」の瞬間、瞬間ごとでの私の実存的選
択に関ることなのですね。私は、S.M. さんのように「私はどちらの立場にも立たずに書いています。ど
ちらも一理ある、と思っています」、とは言えないということです。ドストエフスキーを読んでいても、何
々が私にとり、究極的には、何の意味があるか、その関わりにての実存的な選択に収束していくので
す。私も学者諸氏に耳を傾けます。しかし、私の選択は別の次元にあるのです。私は、ささやかであ
っても、超越を前にしての(思考実験を離れるならば超越を前にしないでも)私なりの弁明を構築しよ
うとしているのです。私は、その意味で、貴兄が何処にいるか判然としない(少なくとも貴兄の立場が
はっきりしない)、と書いたのですが、実際、貴兄は如何なのでしょうか。ただ種々様々な言説を並べ
、較べているだけなのでしょうか。私は、超越に関する概念は人間が創った(相対的な)ものであり、
超越そのものは、(絶対的なものである限り)その概念の外にある可能性がある、としております。私
21
は、自身の思惟の外にある超越的な存在を Jesus が指示す方向にて信ずることを、私なりの主体性
に於いて選択しているのですが。
最後に、として、「読み返してみて,何か無味乾燥な応答になっているような気がしています。その
原因の 1 つは、大田(ママ)さんと私とで,『存在無』について理解に隔たりはあるのではないでしょう
か。もちろん隔たりがあってはいけないということはなくて,隔たりがあるからこそ,議論が成立し面白
いのだと思います」とありましたが、「 隔たりがあるからこそ,議論が成立し面白いのだと思います」、
については全く同感です。私は、また、当方での”Agree to disagree”という表現を思い出してお
ります。最終的にはそれで良かれ、と思っているのですが、「大田(ママ)さんと私とで,『存在無』に
ついて理解に隔たりはあるのではないでしょうか」については、「理解に隔たり」以前(以後?)に、<
<存在と無>>などの取り扱いにも隔たりがあるのではないでしょうか。私の方は、S.M. さんの<<
サルトル対自存在>>を読ませて頂いて、もう一度頭の中を整理致します。
太田将宏 (2011年4月3日)
S.M. 様
…(前略)… 以前には哲学等について語りあえる人が殆どいなかったのですが、S.M. さんと私が
頻繁に交信をするようになって以来、充実してきたな、と感謝しつつ歓んでいたのですが、ただ、近
頃、何か行き違いが多くなったようで惑うことが多くなりました。それが、どうやら、私が避けようとして
いた状況になってきたようです。今回は、それ故に、以下に私の見地を釈明しようと思いますが、こう
したことを私側から書くのは、これが最後であれ、と願っております。以下の文章で「:」の手前が S.M.
さんの文(章)、後ろが私の(文)章です(その中で再引用している場合は「」で括っております)。一つ
お断り致しますが、言い難いけれどやはり言ったほうが良い、として書いたことは感情的になって書
いたのではないということですので、一応、終わりまで読んで頂きたく存じます。
…(中略)…
「私は「ゲーデルの定理」から,「神の不在」が導かれると云っているつもりはありません。もしそう取
られたのでしたら、私の記述が不十分だったのでしょう。そうではなくて、ある論理の正しさを証明す
る時、今度はその論理の正しさが保障されないと云うことから、神の不在が証明されたと主張する人
がいる,と言っているのです。もちろん、その人は私ではありません」 :
私は、「もし」も何も、「ゲーデルの定理」から,「神の不在」が導かれると云っている」、と S.M. さんが
書いていた、と示唆する文は一文も書いておりません。正確には読みようが無いという意味で書いた
ので、それすらも言えなかったのです。次にも引用する、「2 つの主張」の分離ができていない、とい
うことを指摘しただけです。私は、「その人は私(引用者註。S.M. 氏)ではありません」、と判じました
が、私は想像だけを根拠にしては読まないし、書かないのですが、S.M. さんも「私(引用者註。S.M.
氏)の記述が不十分だったのでしょう」、と仰られているので、此処で収拾致しませんか(ただ、「もし
そう取られたのでしたら」、とのことについては未だに奇妙に感じております)。
「『S.M. さんはそこのところを混同されているのではないですか』と言う言葉ですが、私は何も自分
の意見を述べていない。2 つの主張を紹介しているだけです.そこで質問ですが、太田さんは「ゲー
デルの定理」がおかしいと述べているのですか、それとも,もう1つの主張がおかしいと言われている
のですか。後者については,私は証明を見ていませんので(ただ伝聞であると断っているはずです)
何とも言えません。『「ゲーデルの定理』がおかしいと云うのであれば,ぜひ公表されたらいいと思い
ます。私は,あの巧妙な証明法に驚いていますが。正直言って,あれが証明になっているのかどうか
、よくわかりません」 :
22
私は、――― K. Goedel の定理そのものの証明にも再帰的にこの定理が適用されるならば集合
論の矛盾と同格になる、ということを指摘致しましょう。加えて、超越の存在が証明されないということ
が超越の不在が証明されたということにはならない、ということです ――― 、と書きましたが、最初
の文はすこしtrickyですね。しかし、再帰的に、と書いたので、隠れた、もし、がある文脈ではないで
すか。次に、加えて、と加えたことで、私は、私の想像からではなくして、私の意見に切り替え、「2 つ
の主張」を分離したつもりでしたが。
「『S.M. さんはどこにいるのですか?』と太田さんは言われるのですね。たぶん、ではなく、まさしく、
ここが太田さんと私との間の問題ですね。あるいは、太田さんから言えば、『太田さんと,私を含めた
大多数の人との問題である』と。それは認めましょう。例えば、表現は適切ではないですが、適切な
表現が思い浮かばないので、言いますが,『S.M. さんは,大した研究者でもないのに(これは本当で
す.私自身が認めています)、研究者のように,中立的な立場に立とうとしている。しかし,そのような
立場は欺瞞的でないですか』。大体そのように主張されたいのではないでしょうか。この問題は、太
田さんから言いださなかったら、私から言い出したかもしれない問題です。ですから,私はできるだけ
誠実に応えたいと思っています。『思っている』だけで、実際に、ということは太田さんから見て、誠実
な答えになっているのかどうかは自信がありませんが。『私は意識的に中立的な立場に立っています
。できるだけどこにもいないようにしています』。としか言いようがない。今のところ,これ以外に言いよ
うがない。『言いようがない』と言うのは、『言いようがない』のではなくて、『言いようが分からない』と言
う意味です。そのことは,他人がどのように判断しようとも一切弁明しないと云う事です。と言う訳で,
まことに残念ながら(私が残念に思っているのですが)、『「私は太田さんの思っている通りの人間で
す』。『今のところ』」とお断りしますが,それは,私にはわからないので、今のところ『そういうことにして
いる』ということです。多分、この表現も、適切ではないかもしれません。しかし,今の私には,そうとし
か言いようがない、というのが正直な感想です」 :
「たぶん、ではなく、まさしく、ここが太田さんと私との間の問題ですね」、この節だけは、今回の
S.M. さんからのmailの中で、私にとってですが、これが唯一の収穫でした。しかし、「 S.M. さんは,
大した研究者でもないのに ……」、とは邪推ではないでしょうか。「中立的な立場に立とうとしている
」、ということが、そこに安住して納まり返っているのであるならば「欺瞞的」なのでしょうが(いるのです
よね。その類が。私は三人の(ドストエフスキーを論じる)ロシア文学者にあたりましたが、そのなかで
も二人がそれに該当していると看做しております(その意味だけでは、直接の交信はないのですが、
皮肉にも、亀山郁夫は外れていると観ております)。一方では、ヨハネによる黙示録には、熱いか冷
たいかはっきりしてほしい、あなたがたは生温いので私は吐き出す、と書かれていますが、所謂「キリ
スト教会」には、それは「冷たくてもいいという意味ではない」、などと言い繕い、そこで安住している
信者もいるのですね)、S.M. さんのように「今のところ」という人では別でしょうよ。言い換えるならば、
できないということと、しないということは違うということですね。それ故に、私は、S.M. さんの、「言いよ
うが分からない」、という立場は理解しているつもりでした。S.M. のとは意味合いが違うにしても、私も
また「今のところ」なのですから(さもなくば、私は、ドストエフスキーなどを読み続けてはいないでしょ
う)S.M. さんのそれを尊重してきたつもりです。お互いのそうした姿勢が、Kierkegaardが言った「そ
こに人間がいる弁証法」なのではないでしょうか。しかしですね、次。
「さて、松浪氏は『サルトルのユニークなところは自由の概念だけだ』と主張している。また、「サルト
ルはフッサールの現象学の受売りだ」という研究者(哲学者)もいる。そして、太田さんは『サルトルの
自由は無意味な自由だ』と主張される。そして、これら 3 つの意見に対して、私はどう思うか、というの
が質問だと思います。まず 1 番目の質問ですが、『松浪さんは本音で言っているの?』。と言うのが
私の最初の感想です。次に,2 番目についてですが、『そういう見方もありますよね』、でおしまいで
す。なぜなら、私にとってどうでもよいことだからです。サルトルの評価について読者はそれぞれ好き
なようにすればよいのであって、そんなのにいちいち関わっている暇はありません。私は,『存在と無
』の中身について、理解を深める為の議論はしますが、人がどう評価するかについては興味がありま
せん。」 :
23
S.M. さんの「松浪さんは本音で言っているの?」とは、松浪が書いていた文脈からして、その疑問
は該当しないと判断しておりますが、何の感想をもたれようが S.M. さんの自由ですね。ただ、私は、
それまでの自分の見解から外れたものに対して否定的な疑問を持つことはあっても、理由を表明す
る準備無しに、それを即座に表明しないとだけ書いておきましょう。また、「私にとってどうでもよいこと
だからです。サルトルの評価について読者はそれぞれ好きなようにすればよいのであって、そんなの
にいちいち関わっている暇はありません」、とのこと、こうした感情的な開き直りはやめて頂けません
でしょうか(後にも述べるように話が行き違いになるだけです)。また、私は、私(や貴兄や誰か)が「他
人の評価によって自分の対応を変える」、と受け取られるようなことを何処かに書きましたか。私が、
書いたことは書いたこと、書かなかったことは書かなかったこと、ご自分の想像を書くのも結構ですが
、事実と想像を何処かで区別した文章をお願いしたいのですが。
「3 番目の太田さんの質問には、もちろん答えます。当然,サルトルも自由は無意味な自由だと思
っているではないでしょうか。その証拠として、サルトルが「自由であるとは自由であると呪われている
ことだ」。とどこかで言っていることからもわかるように。しかし、太田さんは理解されていると思います
が、私はこういう説明の仕方はしません(こういう説明の仕方が良くないと云っているのではなくて,私
はしないと云っているのです)。あくまで内容に即して説明します。サルトルによれば、自由とは人間
の存在(実存)の根拠のなさ、存在から無によって隔たされていることからやって来るのですから、「
自由とは無意味な自由である」になると思います。『存在と無』における自由の概念ですが。」 :
S.M. さんの「サルトルも自由は無意味な自由だと思っているではないでしょうか」、とのことですが、
私が知る限り、彼はそんなことを書いても言ってもおりませんね。これは S.M. さんの想像でしょう。つ
まり、「呪われている」ということは「無意味である」とは違う、ということです。私が、以前に、もう少し文
章の精度を上げて頂けたら、と書いたのはこういうことだったのですが。
「終わりに、,私は前のメールで、サルトルの対自存在の私からの要約を添付しましたが、太田さん
は,サルトルをあまり評価されていない(関心がない)ようですので、無視してください。私は、太田さ
んがサルトルに言及されているので興味があるのかと誤解しました。お役に立てばと思って、添付し
ただけです」 :
後に述べたように話が行き違いになりましたね。J.P.Sartreを批判することは、必ずしも彼に関心
が無い、興味が無いということにはならないではないですか。さもなくば、私は、私の<<あれかこれ
か>>の<純粋意識批判>にて彼の<現象学的存在論>の方法論を適用しませんでした(もっと
も、それは、E.Husserlのものだったのかもしれませんが、その仕分けをする時間も気力も今の私に
は無いのです(要するに、能力が無い、ということなのかもしれません))。
私の文章についての S.M. さんからの批判がありましたならば、是非ともお聞かせ願います。
太田将宏 (2011年4月5日)
MEMORANDUM
私が、松浪信三郎氏は「サルトルのユニークなところは自由の概念だけだ」と主張している、と書い
たことに対し、S.M. 氏が「『松浪さんは本音で言っているの?』。と言うのが私の最初の感想です」、
と書いてきたことと、サルトルはフッサールの現象学の受売りだ」という研究者(哲学者)もいる、と書
いたことの返事が、「『そういう見方もありますよね』、でおしまいです。なぜなら,私にとってどうでもよ
いことだからです.サルトルの評価について読者はそれぞれ好きなようにすればよいのであって,そ
んなのにいちいち関わっている暇はありません。私は,『存在と無』の中身について、理解を深める
為の議論はしますが、人がどう評価するかについては興味がありません」、と返答してきたということ
なのでしたが、私の Sartre の評価も興味なく、ただ彼を絶対化し、肯定する為の「理解を深める為の
議論」しかしない、ということでしたね。そこまでくると、S.M. 氏は Sartre 信者ではないですか。そうで
24
あるならば、相互の対話は典型的な行違いになりますね。しかし、一方、S.M. 氏は、「サルトルによ
れば、自由とは人間の存在(実存)の根拠のなさ、存在から無によって隔たされていることからやって
来る」、としているのですから、結論は私も同意すべきことでした。ただ、それでも、J.-P.Sartre が「呪
われている」と言った心境は無視できないのではないでしょうか。また、西欧の如何なる伝統、環境
での相手に対して彼が如何に書いているのか、ということも無視できないはずですね。ちなみに述
べるとして、例えば、彼には自身を無神論者としている文は、一つも無いのです。
(次の S.M.氏への返信に於いては、私が修正した部分ではなく、例外的に S.M.氏の文章を太字
にて引用しております。私が追加した文章は下線にて表示しておきます。)
S.M. 様
S.M. さんの<<サルトルの対自存在>>を二度読みました。私にとりまして、私が、何が、何処が
分からなかったのか、を整理するのに良い機会になりそうです。、いま、三度目に取り掛かるところな
のですが、以下の整理を意図した記述にて、S.M. さん、一寸だけ付き合って頂けるならば幸いです
。 S.M. さんは、J.-P.Sartre の<<存在と無>>を楽に読めた、とのことでしたが、それを日本語に
翻訳した松浪信三郎も、小説を読むように読める、と書いていたことを憶えています。ところが、一方
、それを私が学生時代に友人と一緒に読んだ時には、彼も私も読解に苦しんだのですね。また、い
つか書きましたように、<Que sais-je?>に<<L'Existentialisme>>を書いたP.Foulquieも「
解りようがない」、としておりました。そのあたりから、S.M. さんの<<サルトルの対自存在>>を読ん
でも解らないところが重なっているように思われるのです。以下、Sartre(=Husserl)=S.M. さん、と
仮定して私の疑問と感想を開陳いたします:
―――
サルトルの対自存在
1. 即自存在
人間(対自存在=意識存在)は、具体的世界において、世界と交渉(関わり)しながら生きている(
実存している)。その世界で見いだすものは、物(即自存在)か私と同じような意識存在(対自存在)
である.私たちは、このような世界において、初めに見出すのは、私たちにとって利用可能な、道具
的存在としての「物」である ――― 。
私は、此処までは、S.M.さんの読解と同様でもあるという意味に於いてのみですが、依存があり
ません。しかし、 ただ、それは、私に二つある内の片方の読解なのです。対自がその対象とする世
界を現前、実存させる、その実存、現象自体は即自そのものではない、というのが私の他方の読解
なのです。此処に於いても Sartre の<<存在と無>>自体の記述相互に混乱の極みがありますね
。
更に一つ。我々が自省を為したときの対自の対象としての現象は自身の即自化によるのですね。
――― ところで,そのような人間的性質を採り(ママ、取り?)さって,者(ママ、物?)自身を見つ
めると,それは「吐き気」として表現された「もの」の姿を顕在させる.それは人に吐き気を催させるの
だ。物とは、意識からの絶対的な超越性に他ならず、この超越性こそが意識に吐き気をもよおわせ
るのだ。物の意識に対する絶対性の拒絶こそが、吐き気なのである。私たちはそれに対して全くの
受動性である ――― 。
お笑いください。私は、Sartreの小説、<<嘔吐>>の主人公のようには吐き気を催さないので
すが、S.M. さんは如何なのでしょうか。以下は、「意識からの絶対的な超越性」に準拠して私の側の
論旨を展開します。
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――― 存在の意味とは,存在そのものではなく,意識に開示された限りでの存在,つまり即自存
在の存在仕方である.存在は即自に(それ自体で)存在している.「即自存在は己がそれであるところ
のものである」 ――― 。
此処で、対自は即自自体に達しない、ということを明確にしたく存じますが、「意識に開示された限
りでの存在,つまり即自存在の存在仕方」と上の、「人間(対自存在=意識存在)は、具体的世界に
おいて、世界と交渉(関わり)しながら生きている(実存している)。その世界で見いだすものは、物(
即自存在)か私と同じような意識存在(対自存在)である。私たちは、このような世界において、初め
に見出すのは、私たちにとって利用可能な、道具的存在としての「物」である」とは自己撞着で矛盾
しているではないですか。上に私が記述相互に混乱の極み、と書いたことはこうしたことなのです。
Sartre 以前に I. Kantが既に述べた 「人間は有限的存在であり、客観的真理を認識することができ
ず、人間が認識できるのは,現象のみである」というところの「現象」の方が貴兄が使う「存在の意味と
は、……即自存在の存在仕方」表現よりは余程に適切なのではないでしょうか。
とりわけ、私が他者としての対象である即自に接したとき、私の意識により現出した現象としての他
者が、私の認識の外にある存在としての他者、即自そのものと同一であるかどうか、それは、客観的
真理が無い限り、永久に検証不可能な問題であり、それが故、「意識存在(対自存在)」は、存在は
その現れ、現象である、として対処する他はない、いや、むしろ、そこにこそ、私は、自身の主体性が
ある、そこに個人の尊厳の可能性がある、として対応しているのですが、論旨が飛躍しているでしょう
か。
また、これは序ではありますが、そもそも、「実存」とは「現実存在」の略語なのですね。それが故、
概念的には即自存在も実存しているとされているのではないですか。これまた、貴兄に於いても
Sartre(の<<存在と無>>)に於いても「存在」と「即自存在」と現象の使用が言葉として曖昧なの
ではないでしょうか。暫し、彼も、貴兄も「現象は」という代わりに「存在は」と書いて論旨を進めている
ではないですか。
2. 無としての対自存在
対自が即自を志向するとは、対自が即自を自分でないものとして定位することである。しかも、この
対象志向(対象の定位)が、対自の本質である限り、対自存在とは否定作用以外のなにものでもな
い。そういう意味で、即自が存在であるのに対して、対自は無であると云うことができる。
そこなのですね。私は、これを主客転倒、と呼ぶのです。対自の対象であるところの「即自を自分
でないもの」と否定するにしても、それをもってして、対自が無あることにはならないではないですか。
此処で、否定作用は、何れに向いているのでしょうか。これは序でではありますが、「意識存在(対自
存在)」と「存在」という言葉を使いながら「対自は無である」、というのも、少なくとも言葉の上では矛
盾しておりますね。存在するけど、それは無である、とは禅問答のようではないですか。
S.M. さんは、私が「聖霊」、などという言葉を持ち出すと嫌がられるのではないかと遠慮し、以前に
は書かなかったのですが、聖霊降臨があるとしたならば、対自すらも無ではない可能性があり、また
、I.Kantが言う「我が内なる道徳律」なるものも、もし、それがありうるとしたならば、それは対自にあ
る可能性があるでしょう。此処で、私は、可能性、という言葉を使っていて、それらがあるとは明言して
おりません。ただ、しかし、一方、それらを等閑に付して、対自が無である、存在ではない、とすること
には論理に於いて飛躍がある、というのが私の見解であり主張なのです。
対自は存在ではなく、無であるからこそ、物を顕現させる純粋地平であることができるのである。こ
の地平がなければ、即自は意識に現れることができない。例えて言えば、脳は,身体の痛みを感じ
ることができるために、脳自身には痛みの感覚がないのに等しい。脳が自分自身の痛みを感じるな
らば,身体の痛みを感じることができなるのだ(ママ、できなくなるのだ?)。対自が存在者であるなら
ば、存在者を顕現させる地平であることはできないだろう.
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繰返しますが、まず、対自は、対自存在 である (この言葉は<<存在と無>>にありますね。また
、S.M. さん自身が、人間(対自存在=意識存在)で<1. 即自存在> を始めていたではないです
か)、というのが普通の理解であるのではないでしょうか。対自は常に非反省的意識、として存在して
いるのではないですか。また、松浪信三郎氏が言うように(S.M. さんも概略同意したように)、もし、「
意識」が「実存」と(概略)同義語であるとしたならば、意識は、「現実存在」の存在ではないですか。
此処にて、「脳は,身体の痛みを感じることができるために、脳自身には痛みの感覚がないのに等し
い。脳が自分自身の痛みを感じるならば、身体の痛みを感じることができなるのだ」、は例にはなりま
せん。S.M. さん、あなたに頭痛がするとき、その痛みを何が感じているのでしょうか。また、此処で、「
対自は存在ではなく,無であるからこそ,物を顕現させる純粋地平であることができるのである」、と
のことですが、これは論理の飛躍ではないでしょうか。此処で、仮に、対自は、「無であるからこそ」即
自に達しない、として論述を進めるにしても、それをもってして「対自が存在者であるならば,存在者
を顕現させる地平であることはできないだろう」、と結論づけることはできないでしょう。これもまた飛躍
ではないでしょうか。
3. 存在と無: 即自の存在論的優位
しかし、もちろん、即自は、対自によって初めて、世界に現れるとしても、即自が対自とは独立に存
在しているのは明らかである。むしろ,既に存在している即自の中に、対自が存在(実存)することに
よって、即自は,世界に現象するということができる。すなわち、対自なき即自はあり得るが、即自な
き対自はあり得ない。これが「即自の存在論的優位」と言われる所以である。
またまた、此処で、対自に対して「即自は,世界(これまた気張った言葉ですね)に現象するという
こと」に過ぎない限り、逆に言うならば、対自は即自存在に達しない、ということを明確にしたく存じま
す。更に厳密に言うならば、その現象に対応する即時の存在、非存在を確認する術すらも無いという
ことなのです。それが故に「即自が対自とは独立に存在しているのは明らかである」、とは主張できな
いのではないですか。此処での「即時」なるものは、対自による現象として現れた対象に過ぎなく、対
自の側では、その「即時」が存在するという根拠は無いでしょう。つまり、現象が対象である限り、その
「即時」が存在することの確認ができないということではないですか。それを、S.M.さんも Sartre も指
摘していないのは無責任なのではないでしょうか。私は、此処、「既に存在している即自や即自なき
対自はあり得ない 」にて、「存在」や「即自」という言葉の混乱を見ているのです。翻って、此処では、
「即自」が存在の同義語になっているのではないですか。また、意識は何ものかについての意識であ
る、を対自は何ものかについての対自である、と(無理なく)翻案するならば、「即自」が「対自」を現
前させる、とも言えますね。それでは卵が先か雌鳥が先かの堂々巡りになるではないですか。しかも
、尚且つ、その「即自」が夢や幻であったとしたならば、そのときは「即自」は存在しない、つまり「無」
であるが「対自」は存在している、とはなりませんか。そもそも、あの有名な言葉、「存在は、その現れ
である」、というのは、実は不正確な言回しで、正確には、意識の対象としての所謂「存在」なるものは
、対自存在が実在すると確認すらもできなく仮想でもありうる即自存在による現象としての「現れ」な
のではないでしょうか。また、そこでの「世界」とは何処でしょうか。序でに、此処ではないけれど、
S.M.さんも Sartre に同意しているところの、対自が無を撒き散らす、とは何のことなのでしょうか。
一切のものの不在・非存在と言うこと(ママ、いうこと?)はあり得ず、いつもあるものの不在・非存在
なのであり,その不在・非存在であるあるものが、まさにイマージとして定位される。例えば、100 円あ
ると思って開けた財布に実は 50 円しかなかったという場合、そこに 50 円ではなく 100 円の不在を
見出させるものは、彼の 100 円への期待である。だがそのことは、非存在を主観性に還元することで
はない。なぜなら,非存在は主観の否定判断によって始めて生ずるものではなく、そういう判断の前
に、対自の即自に対する態度を通じて即自そのものの中に客観的に見出されるものであるからであ
る。
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これでは、S.M.さんとの対話が進まないが故、此処に於いて一旦、妥協して、仮に現象=即自存
在とするならば、「一切のものの不在・非存在と言うことはあり得ず,いつもあるものの不在・非存在な
のであり、その不在・非存在であるあるものが、まさにイマージとして定位される」に同意しましょう。で
は、簡単な質問なのですが、100円あることを確認するために財布を開けたら、やはり100円あった
、という場合は、如何なる「不在・非存在」なのでしょうか。この場合は、常識的に言って、主観的な「
期待」と所謂「客観」の一致に過ぎないではないですか。では、50円しか無かった、というところに話
を戻しましょう。そこで順序として最初に意識が捉える現象は、100円が無いではなくて、50円があ
った、ではないですか。この場合でも、現象は、(100円の)「不在」に先立っているのですね。要する
に、「イマージとして定位される」と「即自そのものの中に客観的に見出されるものであるからである」
が齟齬をきたしているということにはなりませんか。つまり、上での前提としての妥協が成り立たないと
いうことですね。
また求めていた友人がこのカフェにいないという場合,そのカフェに友人の不在を直観せしめるも
のは,友人を求めるという対自の態度である.もしも対自がそういう態度をとらなかったら、そのカフェ
はむしろ群集と騒音とタバコの煙に充満したカフェなので、決して友人の不在であるカフェではなか
ったろう。開示される限りの即自は、この無の中空に浮かぶであろうが、存在する限りの即自につい
ていえば,むしろ無の方が即自の中にちりばめられ、即自の中に入り込んでいる。対自は即自を顕
現させる根源的な無であると同時に、他方では己に先立つ即自の中に初めから投げ出された存在
でもある。そこから対自存在の 2 重性格,「自由と事実性」、「投企と被投企性」という 2 重性格が帰
結し、この性格が世界内存在としての対自つまり人間存在の具体性を形成している。
これは、Sartre 自身が彼の<<存在と無>>にて提出した例でもありますが、もし、対自が「無」で
あるとしたならば、「対自の態度」とは何でしょうか。「無」にも「態度」があるのでしょうか。この場合に
は「期待」が「態度」であり、それが「対自」なのでしょうか。私には、奇想天外な論述に聞こえますが、
ここでも妥協して、それを、暫し、おくことに致しましょう。さすれば、「もしも対自がそういう態度をとら
なかったら、そのカフェはむしろ群集と騒音とタバコの煙に充満したカフェなので、決して友人の不
在であるカフェではなかったろう」、は意味をもつことになりますね(ただ、正確に言うならば、カフェ
は、即自として存在しても、対自にとっての現象は、友人が「不在」のカフェである、とはなりませんか
)。しかし、続く「開示される限りの即自は、この無の中空に浮かぶであろうが、存在する限りの即自
についていえば,むしろ無の方が即自の中にちりばめられ、即自の中に入り込んでいる」では 何が
「開示」されていたのでしょうか。もともと、友人の「不在」が現象としてのカフェに於いて無であるのは
、単純に当然至極ではないですか。この例に於いても、現象は、(友人の)「不在」に先立っているの
ですね(順序としては、カフェはある、しかし友人はいないなのであって、友人はいない、しかしカフェ
はある、ではないのです)。もし、誰かが、彼の友人はまだカフェには来ていないだろうが、時間もあ
ることだし、早めに行って待とうとして、カフェに入ったところ、やはり友人はいなかった、という場合に
は、何が「投企と被投企性」でしょうか。この場合は「不在」、「無を」期待し、それを確認しただけのこ
とで、言葉の上だけでの二重否定を出るものではないでしょう。それとも「無」の「無」が「中空に浮か
ぶ」のでしょうか。そもそも、投棄とは、何かを認識し識別された瞬間の後に於いて発動されるのであ
って、「存在する限りの即自についていえば,むしろ無の方が即自の中にちりばめられ、即自の中に
入り込んでいる。対自は即自を顕現させる根源的な無であると同時に、他方では己に先立つ即自の
中に初めから投げ出された存在でもある」から「そこから対自存在の 2 重性格,「自由と事実性」、「
投企と被投企性」という 2 重性格が帰結し、この性格が世界内存在としての対自つまり人間存在の
具体性を形成している」を導くのは強引な飛躍ですね。現象についてではなく、「存在する限りの即
自についていえば,むしろ無の方が即自の中にちりばめられ、即自の中に入り込んでいる」などとい
うことは、まさに手品なのではないでしょうか。いや、それ以前に、この主体が何で客体が何と判別で
きない文章を読むのは誰に於いても苦痛なのではないでしょうか。
S.M.さん、此処であなた自身が何か気になることがありませんか。以上の二つ例は、何れも何々が
無かったとき、誰々がいなかったときの話題ですね。Sartreは、自分の論旨に都合が良い例を都合
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が良い容にして提示し、論理を積上げているているだけではないか、と私は<<存在と無>>を読
んでいたときに感じたことを S.M.さんの文章によって思い出されております。
4. 自由としての対自存在
このように対自存在が無化によって存在から身をもぎ離すことができるのは、それが己のうちに無
を孕み、本質的に己自身からも身をもぎ離すことができる存在だからに他ならない。
最初の「」此処での話題としての「本質的に己自身からも身をもぎ離す」ということは、その瞬間の直
前の非反省的意識が、即物化し、それが背後に後退することになるのですね。それをもってしてだけ
で、「己のうちに無を孕み」とは言い切れないではないではないですか。私は、此処にも推論の飛躍
を見ているのです。それよりも、「何々が無を孕み」、ということで、何々が無であるとすることはできな
かったではないですか。次。
人間が無だというのは、それが自らを無化する存在だからだ。もしも意識の現在の状態が過去の
状態の単なる延長にすぎぬようなものなら、およそ無化の滑り込む裂け目は一切ふさがれてしまい、
意識はそれ自身不透明な実体となって即自存在に転落してしまう。例えば、前日にもう賭博はすま
いと心に誓った賭博者が、いざまた賭博台を前にしたときその前日の誓いがもはや己自身のもので
はなく、何かしら自分から逃れ去った超越的な 1 つの物のように無力となっていることを知らされる。
まず、「人間が無」、ということは如何なることなのでしょうか。Sartre自身が、意識とは身体である、
と書いているではないですか。例えば、私の体調が思わしくないときに見た太陽と、絶好調のときに
見たそれとは、現出する現象が違います。次に、「意識の現在の状態が過去の状態の単なる延長に
すぎぬようなもの」ではなくとも、それが、過去の経過が抽象された何ものか(更に埴谷雄高に倣って
極端に言うならば、有史以前の生物としての進化の(潜在的な)記憶)であって無ではないものであ
る、ということを此処で反論できているのでしょうか。更に述べるとして、「意識の現在の状態が過去の
状態の単なる延長にすぎぬようなもの」の「単なる延長」とは限らない可能性もあるではないですか。
S.M. さんと私では各々の身体も過去の経過の集積も同じではないとして、そこで双方が新たに何か
同じ即自存在に接した機会があるとして、その瞬間、各々の対自は同じ現象を現出するのでしょうか
。そこで遭遇した即自存在と、その瞬間の「意識の現在の状態」に因る現象が互いに関与し総合さ
れてはおりませんか。それこそが、意識存在の dynamisme ではないでしょうか。つまり、「意識はそれ
自身不透明な実体となって即自存在に転落してしまう」、ということないということでしょう。
最後に。私は、禁煙しようと決心した昨日の私と、今日禁煙を止めた(延期した?)私とは(身体の
細胞が時々刻々入替っているにしても)不思議なことに連続していて、自身が意志薄弱であると認め
ざるをえないにしても、「もはや己自身のものではなく、何かしら自分から逃れ去った超越的な 1 つ
の物のように無力となっていることを知らされ」ないので、必ずしも左様には意識しないのです。昨日
の私は、今日の私の対自にとっては、確かに、即時化した私なのでしょう。しかしながら、身体が連続
しているが如くに、その即自の今日の現象化が連続しているように意識されるではないですか。私は
、此処で、感じる、とか、感じられるというような余りに主観的な言葉を使うのを避け、意識する、とか、
意識されると書いているのですが(しかし、それは、文脈上で顕かに自発のされるでしょうが)、貴兄
の「知らされる」の「られる」が受身なのか自発の「られる」が「知らせる」主体が判然としないが故、文
脈上、判然としないので斯様にしか対応できないのです。これは、揚げ足を取っているのではありま
せん。むしろ、少し、貴兄の文章の精度を上げて頂けませんでしょうか。
このことはなにも過去と現在に限ったことではない。現在と未来との間にも言える。私は未来の私と
無によって隔てられており、私は未来の私ではないという仕方でのみ未来の私である。このようにし
て対自存在は、存在そのものにおいて自己脱出であり、人間は絶えず己の過去を虚無化しつつ、
新しい未来の己を創造していくところに、真の自由を見出すのである。このように考えてくると、対自
存在に固有な存在仕方は次のようになる。つまり,即自存在が「己がそうであるところのもの」である
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のに対して、対自存在は「己がそうでないところのものであり、己がそうであるところのものではない」
と言う仕方で存在する存在であると言うことになる。これが人間存在の「両義性」といわれる性質であ
り、物の論理とは本質的に異なっている。意識においては、A=Aではなく、A=A(の)意識(非反省
的意識)である.例えば,初恋の回想はそのまま初恋の回想の意識である。
まず、「私は未来の私と無によって隔てられており,私は未来の私ではないという仕方でのみ未来
の私である」は、当たり前のことではないですか。言うまでもなく、「未来の私」なるものは現在の私で
はないのです。それこそが現象としても image であり、即自としても非存在にて単なる空想そのもの
でしょう(それとも、奇想天外にも、「未来の私である」という限り、即自存在として「(で)ある」、と言張
られているのでしょうか)。また、常識的に言っても、「私」と「未来の私」を「隔て」ているのは、「無」な
んぞではなくて時間でしょうが。時間というものは刻々と自身を dynamique に更新し続けているので
すが、それにより自身が存在し続けているのですね。現在の「私」と「未来の私」を「隔て」ていることを
認識するのは、あくまで現在の「私」の意識であって、その中間点の「無」なんぞは「無」である限り、
何処の誰が如何にして認識するのでしょうか。そうした「無」なるものの足場、視点すらもが「無」いで
はないですか。そこに於いても主客転倒が見られますが、私は、此処で、「無」があるとか、「無」が無
い、とかいう理不尽な議論に曳き込まれたくないのです。
また、「人間は絶えず己の過去を虚無化しつつ」、とは何でしょうか。過去を即時化しつつ、とする
のが理にかなっているのではないでしょうか。更に、 「新しい未来の己を創造していくところに,真の
自由を見出すのである」、とのことですが、その前提としての選択には、Sartre自身が、理由無しに、
と悲観的に書いていましたですね。ただ、「対自存在は『己がそうでないところのものであり、己がそう
であるところのものではない』と言う仕方で存在する存在であると言うことになる。これが人間存在の「
両義性」といわれる性質であり、物の論理とは本質的に異なっている」、とのことに於いて、「両義性」
という言葉が何を指しているか、それを呑込めるかどうかをさておくとしても、言葉としては理解の援
けになったことを貴兄に感謝しております。さて、私が呑込めない理由を書きます。Sartre=S.M.さん
が言う「己がそうでないところのもの」と「己がそうであるところのもの」が、たった一文の中で「そう」の
指す対象が反転してすりかえられてははいませんか(実は、Sartre に拠るならば、「そう」ではなく「そ
れ」であった筈なので以下では書き換えます)。またまた、主客転倒が見られます。つまり、最初の「
それ」は、何であれ対自の対象としての現象であり、次の「それ」は、対自の反省的意識の対象として
の現象ではないですか。或いは、非反省的意識と読んでも、それでは、意識=対自とするならば、「
対自に於いては、『A=A(の)意識』」との堂々巡りになるではないですか。Sartre と同様に貴兄も代
名詞、「それ」を文中に使うときは注意をして頂きたいのですが、「それ」が何を代名しているのか不
明な文ではないですか。私が何故<<存在と無>>が読みようが無い書物である、としているかの
例になったか、と期待しているのですが、私は、その受売りではない水準での貴兄との対話を望んで
いるのですが。
5.対自存在の事実性
私たちは気がつけば、既に生み出されてしまっている自分を見出さざるを得ない。それを対自存
在の事実性ないしは被投性と呼ぶ。対自存在はコギトの場で確認される限りにおいては必然である
が、それが存在しないことも可能であると言う意味においては偶然であり、したがって対自の存在は「
必然的に偶然」である。
厳密に言うならば、過去の時点で存在しなかったことも可能である、という過去を現在に於いて思
惟しているのであって、現在に於いて「それが存在しないことも可能であると言う意味においては偶
然であり」ではないでしょう。また、先の『人間は絶えず己の過去を虚無化しつつ、新しい未来の己を
創造していくところに、真の自由を見出すのである」、との関連は何でしょうか。一瞬前の「新しい未
来の己を創造していくところ」の「未来」としての一瞬後の現在の「己」もまた「偶然」なのでしょうか。そ
れが故か、次に「対自の存在は『必然的に偶然』である」、とありますが、それは、身体に於いても、反
省的に見た自己に於いても同様に偶然の所産ということなのでしょうか。それでは、「新しい未来の
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己を創造していく」などという勇壮な自己投棄ではなく、無意味な「真の自由」でしかないのですね。
もとに戻り、「既に生み出されてしまっている自分」から話が始まっているのですが、此処でも堂々巡
り、乃至は自己撞着が見られはしないのでしょうか。
6.対自存在の「存在投企」
単に己の無を基礎づけるだけでなく、自らその存在の基礎となり得るようなあるものを形成しなくて
はならない。それこそ「存在欠如」としての対自荷常(ママ、?)につきまとっている「即自=対自」の
理想であり,あらゆる人間活動のうちにその意味として含まれているこの理想追求の指向運動こそ,
「存在投企」の名をもって呼ばれるものである.存在投企は、対自と即自の総合を目指し,自ら己の
存在の基礎たろうとする。
この文節の冒頭からして、「単に己の無を基礎づけるだけでなく、自らその存在の基礎となり得るよ
うなあるものを形成しなくてはならない」、とありますが、まず、「己の無を基礎づけ」「なくてはならない
」のでしょうか。それと「自らその存在の基礎となり得るようなあるものを形成しなくてはならない」との
関連が不明なのですが、そこでの「あるもの」についての説明が続くと期待して読み進めようとしたの
ですが、厳密には読取れない文章に出会い、更に進む他は無いようです。どうやら、それは「存在投
企は、対自と即自の総合を目指し,自ら己の存在の基礎たろうとする」、とあるように「存在投企」のこ
となのでしょうが、それは(冒頭に戻り)、「形成」されるものなのでしょうか。S.M. さん、こうした、Sartre
をも凌ぐまでの曖昧な文章を読まされる私の身にもなって頂けないものでしょうか。
以上のようにして、対自は己を存在欠如たらしめている即自としての自己を追い求めつつそれから
自己を隔てている世界という無限の道具的指示連関を次から次へと辿っていく。しかしながら対自
のこの世界遍歴はいつ果てるということもなく、即自=対自の理想はついに実現しない。それにもか
かわらず対自は、存在する限りはこの遍歴を放棄するわけにも行かず、かくして人生は膨大な徒労
の集積にすぎぬ。「人間とは神たらんとして虚しく自己を失う、無益な受難である」
それでSartreは、理由なしに生まれ、理由なしの選択をして、破れかぶれのようにして、左翼思想
に近づいたのですね。S.Kierkegaardは、激情をもって(ということは、これまた、理由なしに)信仰
を選んだのです。裏表の違いだけで同じような「存在投企」じゃないですか。ドストエフスキーは、<
<悪霊>>にて、無神論者キリーロフに対するスタヴローギンに、君は明日にも神を信ずるようにな
るだろう、と喝破させておりました。私は、そこで、私の<<あれかこれか>>の<純粋意識批判>
を書いたのです。
私が昔解らなかったことは今も解らない、昔了解できなかったことは今も了解できない、それが何故
かが解らなかったので途惑っていたのです。S.M. さんからの<サルトルの対自存在 >は、皮肉にも
、その解らなかったところが要約されているので、その意味で信頼でき、私の疑問を整理する助けに
なったので感謝しております。ただ、私のSartre批判は、まずは、彼の論旨の内容に反対しての故
ではないのです。解かりようがなく同意も反対もできない論理展開であるからなのです。*言葉を変え
て言うならば、彼は、必ずしも、そうとは言い切れないことを断言しているからなのです(それが故にも
、私は、かつて、女学生のreportに擬えたのです)。上記の一切は、そこのところに集約されている
のではないか、として読み返しているのですが、むしろ、私の論旨の経過に欠陥、欠損が見られるな
らばご指摘願います。
私の素朴な疑問を一つ。それは、私なんぞが及びもつかないような温和な人で、この世界と自身が
調和し、自足しているような人もまた、「世界という無限の道具的指示連関を次から次へと辿ってい」
き「存在投企」 を生涯、延々と繰返しているのか、ということなのです。私が他者の即自を視ることが
無くとも、斯様な人の存在がその現れであると言う意味での現象に遭遇するとき、仮に、彼(女)が無
意識に「存在投企」をしているにしても、「即自=対自の理想は」、既に「実現し」、「人生は膨大な徒
労の集積にすぎぬ。『人間とは神たらんとして虚しく自己を失う、無益な受難である』」なのではない
のではないか、という疑問なのです。その小説での典型的かつ究極の例を挙げるとして、それは、ド
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ストエフスキーの<<未成年>>に登場するマカール ドルゴルーキーに視られませんか。彼は、
所与の全てを受入れているのにも拘らず、揺るがない自身を確立している存在感のある人物ではな
いでしょうか。
上記にかかわらず、私は、Sartreの戯曲は高く評価しております。丁度、三島由紀夫のそれのよう
に巧いものですね(三島の名前が出たので序でに書きますと、彼の幼稚な自己顕示欲にもとづいた
彼の思想なるものは噴飯ものですが、昔、初代の水谷八重子が演じた<<鹿鳴館>>には感嘆し
たことを憶えております)。Sartre の戯曲に於いて、その登場人物にあれ程までの端的な台詞を言わ
しめている彼が、何故、<<存在と無>>などにては杜撰な言葉使いをしているのか、私は訝しく思
っているのです。また、彼が「原罪」とか「受難」という言葉を使ったとき、日本人一般が、西欧の文化
の只中にある彼の意図を何処まで深く忖度しているのかも訝しく思っております。
最後に。私は、ドストエフスキーの論理の構築は弁証法的であり、一方、Sartre(=E.Husserl?
)のそれは、演繹的である、更に、それが故に、Sartreの左翼思想への傾斜は、<<存在と無>>
の論旨から断絶していた、と眺めているのですが、如何でしょうか。
太田将宏 (2011年4月8日)
* しかしながら、私の上記の S.M. 氏への返信への挿入を書き続けているに従って、何時の間に
か、Sartre の<<存在と無>>自体への批判が重なってきていることを自覚するようになりました。
S.M. 様
その後、日本の東北では大きな余震が続いている様子ですが、千葉での被害も甚大なものがある
のでしょうか。当方では、地震は殆どないのですが、TVのnewsでは、(北米名物の)竜巻の季節が
始まる、と報道されておりました。
さて、私からのmailを4月8日に発送して以来、週末になり、つらつらと考えていたのですが、仏教
で言う「空」は「無」とは違う、と誰かが言っていたことを思い出しているのです。また、旧約、伝道の書
、第一章2節にある、「空の空、空の空、いっさいは空である」の「空」と翻訳されている言葉は原意と
同じなのか、などと考えあぐねておりました。でもですねぇ、この問題に深入りすると、霧が立ち込め
た迷路の中を探索するようで、さしあたっては諦めておりますが、ご意見がございますでしょうか。こ
れは、よもやま話でも結構なのですが。
斯様なことを考えるきっかけになったのは、S.M. さんの<<サルトルの対自存在>>での話題の
中で、「対自は存在ではなく、無であるからこそ」、で始まる文があったからなのですね。Sartreは、
対自については、「空虚」((例としての)虫食いリンゴの中の空洞)とは言っていましたが、それが「無
」であるとはしていなかった、と振返っているのです。私には、現在、あの大著、<<存在と無>>を
調べなおす時間的な余裕はないのですが、私よりは、S.M. さんの方が<<存在と無>>について
は詳しいかもしれないので、もしSartreの「対自は存在ではない。対自は無である」、という記述があ
るならば、そして、(たまたま)そこを S.M. さんが憶えていらっしゃるならば、一筆頂けるでしょうか。
また、S.M. さんと私では、「存在」とか「無」という言葉の概念、或いは、その言葉の<<存在と無>
>にての感じとり方が違っているようにも思われます。私のimageでは、自然科学にて空間は無では
ないとしているように、「空虚」(空洞)は、「無」ではなく、存在の一形態である、というようなものなので
すが、これは<<存在と無>>の論旨からは逸脱しているかもしれませんね。
太田将宏 (2011年4月10日)
32
S.M. 様
W.F.Hegel についての問い合わせのmailを書こうか、としていた矢先に、S.M.さんからのお便り
、「俗事にかまけて」と「お互いの食い違い」を頂きました。病院に入院ですか。それは大変ですね。
まだ、二十二日まで日数があるので、何かの検査でしょうか。原因不明とのことですが、あまり無理を
しないで、ご自分を大事にしてください。
実存主義についてなのですが、私の方は、まだ思考連鎖が切れないので、少しだけ前回に続けさ
せて頂きます。私が、<<存在と無>>を読んでいたときに J.-P. Sartre が、唯、単に「存在」、とい
った場合には、即自存在を指しているのか、と一ときの仮定をしたことを思い出しました(ちなみに言う
ならば、この著書の原題、<<L'être et néant>>にもexistenceの言葉は無いのですね)。もし
そうであるとするならば、S.M.さんの「対自は存在ではなく」、は正しい表記でしたね。しかし、問題は
、そこからなのです。私は、Sartreが「即自」であれ「存在」であれ、それを書いたときには、対自の対
象、現象としての即自なのか、事物そのものなのか、更に私が読み進んでも明確ではなかったことを
も憶えているのです。そのあたり、いつか整理して教えて頂けるならば有難いのですが、入院が終わ
ってから、そして、その結果にもし安堵されたならばで結構です。ご参考の為に、E.Husserlの<<
デカルト的省察>>からの引用を記しましょう:
――― この反省的体験に於いて知覚される世界は、或る意味では私に対して常にそこに在る。
それは、各場合に、それに固有な内容を伴って、従前どおりに知覚されるのである。それは今まで現
れたとおりに現れ続けている。しかし、哲学者としての私に特有な反省的態度に於いては、私は、も
はや、自然的経験の実存的信憑の行為を発動しない。私は、もはや、この信憑を妥当なものとして
許容しないのである。但し、その間にも、それは常にそこに在るし、注意の視線によって捉えられさえ
する ――― 。
これでは、経験則の域を出ていない、と言われるならばそれまでなのですが、しかし、これは、上記
の現象としての即自と事物自体としての即自の一致、不一致の明証不可能性について、その懐疑を
示唆してはいないでしょうか。既に、それに拮抗していたのが、S. Kierkegaardの<<恐怖と戦慄
>>の<アブラハムの不安>であった、と私は評価しているのですが。
旧、新約を始めから読み直そうと思ってから、数年が経ってしまいました。旧約、創世記、箴言や伝
道の書等を飛び飛びに読んで、今、わけがあっ新約、て<ローマ人への手紙>に取り掛かっており
ます。そうしたわけで、他の本が読めないところが辛いのですね。ただ、< ローマ人への手紙にて>
、S.M. さんの<<不幸な意識の弁証法>>の範囲で何か書けそうだとの感触があるのですが、次
の機会に致します。
太田将宏 (2011年4月11日)
S.M. 様
私は、季節の変り目(特に、冬から春、夏から秋)には年中行事の睡眠障害に陥り易いのですが、
残念ながら予想通りになっていました。ようやく、春らしくなり、一昨夜、昨夜と続けてよく眠れました。
前何回かほど大分 negative なことを書きましたが、如何でしたでしょうか。ただ、こうして気分が軽くな
ったとしても、気分が重かったときに考えていたことが間違っていた、とは思えないのです。むしろ、
今の方が何か自分で自分を宥め、ごましているような気がしないでもないのです。暗い気分のときの
思考の経路と言うものが、論理とは言わないまでも、情緒とは別に厳然と残っているのですね。こうし
たわけでも、私は心理学などを信じられないのです。
33
先日、4月11日に、E.Husserlの<<デカルト的省察>>からの引用を記しましたが、それにつ
いて考え続けたことをまず記述します。こうして S.M. さんとmailsの交換を通じて対話を続けている
のですが、話が噛合っているにしろ、いないにしろ、何れかを認識し、それに続けて次を書くというこ
と(ができるということ)は、対自の対象としての現象と、事実存在している即自との一致を実証してい
るかに思えるのですね。しかし、それでも、更に、S.Kierkegaardの<<恐怖と戦慄>>で論じら
れた<アブラハムの不安>等が峻立して聳えているのですね。それに対峙する方法論をもたない限
り、私は心理学(や精神分析学( その「精神」の定義は何でしょうか ))を信じないのです。これは、無
意識の問題ではないからでもあります。私は、斯様に、J.-P.Sartreの発言、「私は心理学を信じな
い」を理解しているのです。
Kierkegaardが<アブラハムの不安>に引合いに出した旧約、創世記の二十二章にある記述、
――― 神はアブラハムを試練に合せられた。神は彼に「アブラハムよ。」と呼びかけられると、彼は、
「はい、ここにおります。」と答えた。神は仰せられた。「あなたの子、あなたの愛しているひとり子イサ
クを …中略… 全焼のいけにえとしてイサクをわたしにささげなさい。」 …中略… アブラハムは、
…中略… 自分の子イサクを縛り、祭壇の上のたきぎの上に置いた。…中略… 刀を執って自分の
子を殺そうとした。そのとき、主の使いが天から彼を呼び、「アブラハム、アブラハム。」と仰せられた。
彼は答えた。「はい、ここにおります。」御使いは仰せられた、「あなたの手を、その子に下してはなら
ない。その子に何もしてはならない。…後略… 」 (1-12節からの抜粋) ――― 、に於いて、私
が知る限り、「キリスト教会」では、この説話をJesusによる人類の救済の雛形だとしているのですね。
私も創世記の二十二章を文字通りに単純に読む限りでは、それは正しいと判断しておりますが、そ
れが故に、Kierkegaardが言う<アブラハムの不安>とは、実は、それへのKierkegaardの拡大解
釈としての彼の不安であり、少し原典の意味合いからは逸脱しているとも見なせられるのですね。し
かし、それでも、Kierkegaardが書いたとおり、イサクを縛って祭壇のたきぎの上に載せた、その瞬
間には、何をもってして、それが超越の指示であったとするのか、それはアブラハムの狂気の故では
ない、と(とりわけ現代人に於ける)自他を説得できるものは何も無い、という問題が残る局面だった
のですね。また、「その子に何もしてはならない」、との声に対しても同様、これはアブラハムの聞き間
違いではない、と何をもってしてできるのか、との疑問が残るでしょう。ただ、これも私流の旧、新約の
非神話化なのですが、この神話の中で、超越とアブラハムの対話は三日以上連続して、E.Husserl
が書いていたとおりに「従前どおりに知覚されるのである。それは今まで現れたとおりに現れ続けて
いる」のですね。現象と存在が一致している(、ことがある)という証左にもなる、ということではないで
しょうか。私の想像、推測を書くとしたならば、それがKierkegaardが説明も無く言っていた<大地震
>であったのではないか、ということなのです。何れにしても、これは心理学の命題の範疇には無く、
古代人の言葉で語った宗教哲理の表現に於ける命題に属していると判断しております。
私は、哲学、神学、文学や心理学の何れに於いてもしろうとなのですが、今後も S.M. さんから多々
学べる機会を望みながら以下のことを書き続けますが、よろしく、ご感想、ご批判を(そういえば、S.M.
さんは、確か、心理学の学位をおもちでしたね)。
以下は、S.M. さんからの「お互いの食い違い」についての一部です。一部と言いますのは、実際に
「言語=思考」であるかどうか自体についての私なりの異論があるからなのですが、ただ、今それを
論じる時間的な余裕が無いので後日にさせて頂きます。もう一つ、おことわりしたいのですが、私は、
何か話題を提供する際、その時点に於いて、それを肯定するには理由は必ずしも必須ではないが、
一方、自他に拘り無く、否定、反論する際には理由は提示しなければならない、とする者です。もし
S.M. さんがそれに同意されるならば、このまま、さもなくば、話題の本筋から逸れるので、これまた後
日説明を致します。
S.M. さんの4月12日のmailに、――― 「太田さんが,キルケゴールのヘーゲル批判について述
べていますが、私は,キルケゴールはヘーゲルを理解したうえで、批判しているのだと思います。す
34
なわち,キルケゴールは,ヘーゲルを批判しているのではなくて、ヘーゲルにかこつけて、ヘーゲル
のエピゴーネンを批判しているのだと思っています。キルケゴールがヘーゲルの「不幸な意識」を読
んでいないはずがない。もし、キルケゴールがヘーゲルを本気で批判しているとしたら、明らかにヘ
ーゲルの社会哲学についてです。「ヘーゲルは大建築を立てながら自分は犬小屋に住んでいる」と
いう批判は、当然,ヘーゲルの社会哲学について言及しているのであって、「不幸な意識」の章や「
キリスト教の精神とその運命」についてではないことは明らからです」 ――― 、とありましたが、続く
、「キルケゴールは,ヘーゲルを批判しているのではなくて、ヘーゲルにかこつけて、ヘーゲルのエ
ピゴーネンを批判しているのだと思っています。キルケゴールがヘーゲルの『不幸な意識』を読んで
いないはずがない。もし、キルケゴールがヘーゲルを本気で批判しているとしたら、明らかにヘーゲ
ルの社会哲学についてです」、と言うのは、何らの例証が書かれていない限り、全てが S.M. さんの
想像ではないでしょうか(そうした言いっ放しで相手、私が納得すると期待されているのでしょうか)。
それ、「キルケゴールは,ヘーゲルを批判しているのではなくて、ヘーゲルにかこつけて、ヘーゲル
のエピゴーネンを批判している」、と言ったのは S.M. さんだけではないのですが、私は、今までに実
証的な論考に出会ったことが無いのです(理由が書かれていない限り、これは S.M. さんが誰かの受
売りで言っている、と想像したならば、それを言うことは言過ぎでしょうか)。私は、日本にいたとき、Ki
erkegaardの著作の殆どを読みましたが*、Kierkegaardは、Hegel批判を通じてDenmarkの国教
である「キリスト教」を批判していた、と全体を読み取ったのです。つまり、彼を取巻く「キリスト教」自体
もまた「エピゴーネン」であり、それをも含めて、彼らが拠っている論拠、W.F.Hegel の形至上学自
体を攻撃し、体制の根拠そのものを批判していた、というのが私の読解なのです。私は、私が過去に
発言し、あちらこちらに書いた私の「キリスト教会」批判と相俟って(ただ、此処ではそれを繰り返しま
せんが)、Kierkegaard側からでしか見ることができなかったという制約の範囲内で彼に同意し、今ま
での論述を進めてきたのです。つまり、現時点での私は、「ヘーゲルは大建築を立てながら自分は
犬小屋に住んでいる」ということを、Kierkegaard の単純な言葉使いどおりに彼は Hegel 自体に対し
て言っていたと理解し、納得しているのです。また、「キルケゴールがヘーゲルを本気で批判してい
るとしたら、明らかにヘーゲルの社会哲学についてです」、との断定は、理由が書かれていない限り
、勇み足となりませんでしょうか。さもなければ、貴兄の発言を支えるに足る理由、或いは例証を頂け
るならば、私は、私の Hegel 観や Kierkegaard 観を修正するにやぶさかではないのですが、これは
過大すぎる要請でしょうか。
できるだけ早く S.M. さんの<<不幸な意識の弁証法 >>についての私の論考に取り掛かりたい
ので、今回はこれで失礼を致します。
太田将宏 (2011年4月13日)
* 例外は二つでして、まず、<<日記>>は、当時、抄訳しか出版されておりませんでした(それ
、抄訳は読了)。また<<哲学断片後書>>は、酷い翻訳なので読みきることができませんでした。
これは序でなのですが、ドストエフスキーの全て(これは、後日、彼の年譜で確かめました)を読んで
おります。
(次の返信に於いては、私が修正した部分ではなく、例外的に S.M.氏の文章を太字にて引用し
ております。私が追加した文章は下線にて表示しておきます。)
S.M. 様
以下は、S.M.さんの<<不幸な意識の弁証法 >>についてのその範囲での私の論考です(私と
して、無謀な試みであるとしたならば、ただの感想に終わるかもしれませんが、此処では、断りの無い
限りでは、一応、Hegel=貴兄として論述を進めます。):
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ヘーゲルの有限の意識と無限の意識の弁証法は,きる毛 g-ル(ママ、Kierkegaard?)の『死に
至る病』における精神と肉体の総合とは違います。それは結局、弁証法そのものが異なるからです。
私が、ヘーゲルの弁証法もキルケゴールの弁証法も毛 kk と区(ママ、結局?)は同じだと、以前のメ
ールで描いたここと、今の発言は自己撞着に陥っているように見えますが、どちらで仁 d 性(ママ、
人生?)を送ろうとも、凡人にとっては同じ結果となる,という意味です。すなわち、絶対知に到達す
ることもなければ、瞬間=永遠を体験することもないので。
此処での S.M.さんの論旨に全体的には異存が無いのですが、私は、S.M.さんが仰るとおり、 W.
F.Hegelを充分に知らないので(これは冗談でも皮肉でもありません。実際に、S.M.さんの説明に
私は助かるか、と予想しているのですが)、「結局、弁証法そのものが異なるからです」 とは、S. Kier
kegaard側から見た、そこに人間がいない弁証法と、そこに人間がいるそれとの違い、としか私は消
化できないのです。それでは対話が通じないのでしょうか。
此処で、司馬遼太郎が、禅というののは天才のものであって、凡人には毒になる、と言っていたこと
を思い出しておりますが、「凡人にとっては同じ結果となる」、ということは結果論であって、それをも
ってしては、Hegelであれ、Kierkegaardであれ、そこでの各々の論旨の当否には関係の無いこと
なのではないですか。ただ、私は、今まで私が接したことのある他力の人たちに、何か、形骸化した
作法の残滓が彼らの思考にまで染み付いているような態度を見せられ、いい気なものだというような
臭みを感じるのです。むしろ、誰かが言った、おのれのみにささえをきずくひとありとせばあわれなる
かな、に私は共感、同感しているのですが、しかし、本当に一流の他力の人は、それをも超克してい
るのかもしれませんね。
次に、これは、Kierkegaardが明言してはいない(論じていない)ことなのですが、私は、「瞬間=
永遠」が、人間存在の自覚無しの場で(ということは、体験の自覚なしで)の摂理である可能性がある
か、と考察しております。それよりも、その「瞬間=永遠」の契機は、超越側からの接近であって、人
間の側からではない、ということが重要なのではないでしょうか。
ヘーゲルの有限の意識と無限の意識の弁証法は、「不幸な意識」という章で展開されています。不
幸な意識とは、人間には有限な生命(意識)に閉じ込められていながら、無限(永遠)への意識が存
在するので、その分裂に悩む、不幸な意識である、という意味です。この弁証法の説明は,私にはと
てもできませんが、とりあえず、私流に説明してみます。興味をお持ちになるのでしたら、『精神現象
学』の「不幸な意識」の章をお読みください。
二つ目の文、「 不幸な意識とは、人間には有限な生命(意識)に閉じ込められていながら、無限(
永遠)への意識が存在するので、その分裂に悩む、不幸な意識である、という意味です 」、とはKier
kegaardの弁証法に(時代的には逆でしょうが)共鳴しているではないですか。また、私がしばしば
引用していた旧約、伝道の書、第三章11節をも想起させますね。そこでは、永遠を思う思いもまた超
越、創造主が与えたものだ、としておりますが、続いて、超越の為すわざを初めから終わりまで知るこ
とはできない、とありますので Hegel の表現、「不幸な意識」にも通じるのではないでしょうか。それに
は私もまた共感しております。Kierkegaardが言う「肉的なもの」、「霊的なもの」は、それぞれ Hegel
の「有限な生命」、「無限(永遠)への意識」に対応している、とするならば短絡しすぎているのでしょう
か。Hegel の言う「分裂に悩む、不幸な意識」というのは、Kierkegaardの「苦悩だけが真実だ」、とい
うのと相通ずるところがありませんか。
私は、此処にて、Hegel もまた背後に「キリスト教」を意識していた、と判断しております。HegelもKi
erkegaardも、上の旧約での記述を読んでいることは、S.M.さんが<お互いの食い違い>で述べた
「キルケゴールがヘーゲルの『不幸な意識』読んでいないはずがない」、ということよりも確かではない
でしょうか。ただ、此処から以下、私は、S.M.さんに、旧、新約に書かれていること を承認して頂くこと
を求めているのではありません。私と致しましては、そこに、何が書かれてあるかの事実を了解して頂
ければ充分です。
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不幸な意識とは普遍的なものと個別的なものの両者を意識し、その矛盾に悩む二重の意識のこと
を云います。この不幸な意識の弁証法は、次の 3 段階をたどることになります。
① 神と人間の対立の段階(ユダヤ教)
② 神が人間の形態をとる段階(イエスの出現)
③ 神と人間の和解(現実的意識)
――神と人間の対立の段階
普遍的、不変的なものは「神」として意識され,個別的なものは「自己(人間)」として意識される。こ
の段階では、普遍と個別は 1 つの意識の中で、分離されたままである。これは,現実には奴隷状態
にあることを意味している。しかし、人はこの苦しみから逃れて,神との統一を希求する。
此処(を読んだだけ)での、「奴隷状態」の意味がよく解りませんが、まず、「普遍と個別は 1 つの
意識の中で、分離されたままである」と「これは,現実には奴隷状態にあることを意味している」は、直
接には相互の関連が無いではないですか。ただ、私には、これも旧約に読む古代イスラエル人のエ
ジプト人による奴隷化、アッシリア人やバビロン―ペルシャ人による捕囚を背景、或いは、連想してい
るのではないか、と想像されます。しかし、Hegelは、本当に 、旧約の段階に於いて、「人はこの苦し
みから逃れて,神との統一を希求する」、と書いているのでしょうか。宗教改革者のM.Lutherと同
様の(それにもかかわらずCatholiqueの方が過半である)ドイツの人であるHegelがProtestantで
あるのか、Caholiqueであるのか私は知りませんが、Kierkegaardが批判、非難するDenmarkの国
教はLutherの系統を引くProtestanntであると聞いております。私がKierkegaard-K. Barth の
系統である超越と人間存在の連続性を否定し、断絶性を強調する危機神学の影響を受けているが
故かもしれませんが、その私の見解では、「神との統一」とはユダヤ教とも「キリスト教」とも、いや、旧、
新約の世界からも逸脱した発言とするしかなのです。いや、仮に、HegelがCatholiqueの信者であ
ったにしても、その教理から離れているのではないでしょうか。このあたりからHegelとKierkegaard
の接点がなくなるのではないかと予想されますが、S.M.さんからのご意見、ご教授を。
以下、「普遍的、不変的なもの」を「無限(永遠)」、「個別的なもの」を「有限な生命(意識)」と同義と
して読んでいきます(それにしても言葉の使用での不経済ですね)。
――神が人間の形態をとる段階
神が人間(キリスト)となることによって、神との統一を実現しようとする。しかし、人間自身による統
一ではなく、神の側からの恩寵による統一である。しかし,そうであるとしても、人間自身がキリストを
神として承認するという、人間の側の働きも存在する。しかし、この企ても、キリストの死によって、神と
の統一も消滅する。
此処では、「神」とか「キリスト」との言葉が出てくる限り、やはり、Hegelは「キリスト教」を意識し、そ
の範囲で発言しているのでしょうが、やはり「統一」との言葉が気になります。ただし、「人間自身によ
る」のではなく、「神の側からの恩寵による」というのは、「キリスト教」での正統的な救済の教理に準じ
ておりますね。さもなくば、「神が人間(キリスト)と」なったことに何の意味があったのでしょうか。加え
て、Jesusの十字架上での刑死は救済の成就としての勝利でもある、というのも「キリスト教」の教理な
のです。Jesusは、ことなれり、と言い、十字架上で息を引き取りました。私も、この件に於いては、既
成の「キリスト教」の教理を承認しております。
――神と人間の和解
* この段階は次の 3 段階で進みます。
(1)純粋意識、(2)欲求と労働、(3)自分だけでの存在の意識、すなわち現実意識
――(1)純粋意識
神は一度は人間の形をして出現したのであるから、ユダヤ教のように、神は絶対的に疎遠なるもの
として、思惟によってしか理解できない存在ではない。しかし、同時に,神は彼岸の存在であるので
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、感覚でとらえることもできない。したがって、神(普遍)の認識は,感覚と思惟の間の中間的意識(
感じ信じる行為=憧憬=信心)によって実現される。結局、純粋意識は自己と神が分離していること
を感じる純粋な信条であり、それゆえに,神の手がかりを感性的対象であるこのものとしての墓(キリ
ストの墓)に求めて挫折する。(奴隷の)意識は対象を求めて見失い、自己につき戻される。これは、
隷属の下で、自己の労働を他者の労働として行う奴隷の対象喪失の心情である。
まず、此処での「純粋意識」という言葉は、私が書いた<<あれかこれか>>の<純粋意識批判
>のそれとは異なりますが、それはそれとして、次の「神は …中略… ユダヤ教のように,神は絶対
的に疎遠なるものとして、思惟によってしか理解できない存在ではない」、には疑問を感じるのです
。新約に、いにしえにては神は預言者によって語り、とあるように、超越は預言者を通しての啓示とし
て自身を開示する、とされるのであって、「ユダヤ教」の教典、旧約に於いても「思惟によってしか理
解できない存在」ではないのです。いや、むしろ、人間の思惟によってでは理解できない、とされた
存在だったのであり、人間の思惟を超えているのが超越の存在である、という認識が既にあったので
す。それが故に、Kierkegaardは<アブラハムの不安>を問題にしたのではないですか(ちなみに
記しますが、ユダヤ教と「キリスト教」の「聖典」の範囲が確定したのは、(意外にも)紀元後の概略同
じ時期だったのですね)。また、「神は彼岸の存在であるので、感覚でとらえることもできない」、だけ
ではないのです。正確に述べるならば、超越は、「彼岸の存在であるので」思惟によっても、感覚に
よっても捉えられないのです。それにしても、「感覚と思惟の間の中間的意識(感じ信じる行為=憧
憬=信心)」とは何のことでしょうか。これは(もしかしたらCatholique的なのかもしれませんが)、信じ
るということは、「憧憬=信心」=「感覚と思惟の間の中間的意識」に於いて、ということなのでしょうが
、人類の何処かに、私の何処かに、「中間的意識」の領域があるのでしょうか(これは、無論、「超自
我」なんてものでもありませんね、何しろ「中間的」なのですから)。これこそが、Kierkegaardが非難
する「そこに人間がいない」ところの、唯の形式的な思弁であり、教権をも含む世俗権力での官僚的
な論理展開ではないですか。Hegel に限らず、誰々のエピゴーネンという類の人々は、その誰々より
も始末が悪いということである、とした先日の S.M. さんご意見に私も賛同したにしろ、この場合に於
いては、やはり、問題の根幹は Hegel 自身にあった、としか私は判断できないのです。一方、Kierk
egaardは、激情によって信じることを選ぶ、と言っておりますね。Hegelと同じように聞こえても、そこ
には、「思惟」からの断絶の認識があります。そこでの「激情」はたんなる「感覚」でもなく、Kierkegaa
rdの実存的な選択、つまり、そこに主体的な人間がいるのです。J.-P. Sartre は、Kierkegaardは、
彼の死によって即自になった、と述べておりますが、Kierkegaardは、彼の生、死に拘らず、個別、
具体的に存在する(した)彼を、Hegelの形而上学の体系に組み込まれることを拒否していたのです
。彼は、弁証法で止揚できない苦悩をもってして、苦悩だけが真実だ、と呻き、それを抜きにし、彼の
実存を抜きにし、「私を止揚しないで欲しい」、と叫んでいたのです。
一方、ドストエフスキーは、<<カラマーゾフの兄弟>>の<長老>の部分の地の文にて、―――
リアリストは、…中略… ただ信じたいと望んだゆえのみ信じたのであって、…中略… 心の深奥では
、もう完全に信じていたのかもしれない ――― 、と筋道立てて書いております。これは、「感覚と思
惟の間の中間的意識(感じ信じる行為=憧憬=信心)」に似ていて非なるものであり、「憧憬=信心」
が「感じ信じる行為」に「=」で「中間」無しに確実につながっておりますね。似ているようで重要かつ
微妙なところで違いませんか。一方、Hegelに於いては(これは、Hegelの文章そのものななのか、
翻訳文の故か、S.M.さんの要約の故かが定かではないのですが)、「神は彼岸の存在であるので、
感覚でとらえることもできない」、と言いながら「感じ信じる行為」をもちだす、という矛盾を犯している
ではないですか。次に続く、「結局、純粋意識は自己と神が分離していることを感じる純粋な信条で
あり、それゆえに,神の手がかりを感性的対象であるこのものとしての墓(キリストの墓)に求めて挫折
する。(奴隷の)意識は対象を求めて見失い、自己につき戻される。これは、隷属の下で、自己の労
働を他者の労働として行う奴隷の対象喪失の心情である」、の「結局、純粋意識は自己と神が分離
していることを感じる純粋な信条であり」の部分だけには異存がございません。ただ、それが如何に
して、「これは、隷属の下で、自己の労働を他者の労働として行う奴隷の対象喪失の心情である」に
連なるのか、それは理解不能じゃないですか。
38
――(2)欲求と労働
自己に引き戻された意識は、目を彼岸から此岸へと転ずる。すなわち、現実の中に普遍(不変)を
求める。しかし、(奴隷の)意識が現実の中に普遍を実現するには神の助けによらなければならない
。すなわち、現実世界における普遍の実現は神の贈り物である。したがって,神の下での自己の棄
却と神の肯定によって、普遍を実現しようとする。しかし、ここでは、依然として普遍と個別は分離し
たままの二重の意識である。つまり意識は不幸な意識のままである。
此処でも、「労働 」なる言葉が出てきて、私は途惑っているのですが、S.M.さんの説明を頂けませ
んでしょうか。それをおいて論じるとしても、「(1)純粋意識 」にて既に「神は一度は人間の形をして
出現したのであるから」、とあったことの意味が此処では解らなくなりました。まあ、「(1)純粋意識 」に
ての「感性的対象であるこのものとしての墓(キリストの墓)に求めて挫折」した後の続きとして読み進
めましょう。しかしですねぇ、此処で話題が少し逸れるのかもしれませんが、新約の記述に拠るならば
、Jesusを十字架につけよ、と叫んだ群集だけではなく、彼の弟子たちも逃げ隠れしていたのですね
。K 彼らは、Jesus を裏切ったのです。彼らは、何らかの意味、「此岸」での利益を追求していたにす
ぎなかったのであって、けっして、いまさら 、この時点に於いて、「目を彼岸から此岸へと転」じていた
わけではありません。彼らは「墓(キリストの墓)に」於いて初めて「挫折」したのではないでしょう。それ
以前からとっくに挫折して続けていたことは、新約全体を読むならば明らかなのではないでしょうか。
そうした史的事実、文献的事実、また、現在に於いても跋扈している俗物、衆愚の現状を置き去りに
した論旨では、やはり人類の罪科、いや、個人の罪科をもすり抜けた論理、そこに人間がいない論
理としか言えないのではないでしょうか。私は、1,000の中で999人は、自己の安寧、利益の為だけ
で動く、と世間、世界を眺めておりますが、Kierkegaardの論敵も同類だったのではないでしょうか。
とにあれ、此処まででは、Jesus の受難、埋葬迄にて彼の復活は話題にしていない、としておきましょ
う。
――(3)自分だけでの存在の意識(心頭滅却すれど火は熱し)
真の普遍と個別の統一を実現するためには、自己肯定の下で現実の中に普遍を実現しなければ
ならない。そのために、まず、(奴隷の)意識は自己と神との間に仲介者(僧侶)を立てる。僧侶は神
と奴隷に直接関係し、両者を仲介する。そこにおいて、奴隷は自己を放棄し、僧侶に委ねることによ
って、普遍と個別を実現しようとする。かくて、奴隷にとって、彼の行為は彼の行為としては意味を失
うことになる。奴隷は、労働の成果を放棄し、断食し、禁欲する。奴隷は徹底的な禁欲主義をとり、自
己を無にする。しかし、これらの自己放棄にも、なお自己に残るものが存在する。すなわち,自己放
棄しようとする意志(内的自己)である。また完全に自己放棄することは不可能であるから、外的自己
も存続することになる。したがって,完全には自己放棄ができないことから、神は依然として彼岸にと
どまる。それゆえ、神との統一が実現されるとしても、それは神によるもの(恩寵)であって、自己の努
力によるものではないことになる。
先ずは、繰返しお願いいたしますが、貴兄の文章の精度を上げていただけませんでしょうか。如何
に貴兄の奇妙な文章を列挙致します:
 「そこにおいて、奴隷は自己を放棄し、僧侶に委ねることによって、普遍と個別を実現しよう
とする」 : これは、一旦「自己を放棄し」、「僧侶に委ねることによって」、「普遍と」一旦放棄
した自己を回復する、と読むべきでしょうか。
 「かくて、奴隷にとって、彼の行為は彼の行為としては意味を失うことになる。奴隷は、労働
の成果を放棄し、断食し、禁欲する。奴隷は徹底的な禁欲主義をとり、自己を無にする」 :
我々、相対的な人間存在は、仮に究極的、絶対的には「意味を失うこと」になっても、「労働
の成果を放棄」するとは限らないではないですか。此処での「労働の成果を放棄」と「断食」
は如何にしてつながっているのでしょうか。どうせ明日には腹が減るのだから、今日食っても
仕方が無い、と言われているようにしか聞こえないのですが、ちなみに記しとくならば、Jesus
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は、小事に忠実な者は、大事にも忠実である、と述べていました。それら、相対的な小事を
絶対的な大事の雛形とするのが、Hegel も言う「神の側からの恩寵による」のである、というの
が私の理解なのですが、そこに到る過程が彼と異なるところに私が途惑っている次第なので
す。過程が違い結論が一致するということほど始末が悪いことは無い、ということをご理解願
います。ただ、此処では、自力から他力への移行の試み、と読んでおきましょう。
 「完全には自己放棄ができないことから、神は依然として彼岸にとどまる。それゆえ、神との
統一が実現されるとしても、それは神によるもの(恩寵)であって、自己の努力によるもので
はないことになる」 : 超越が「依然として彼岸にとどまる」のは、人間が「完全には自己放
棄が」できても、「できな」くても、初源からして同様なのではないですか。
ところで、そもそも、何ゆえ、「真の普遍と個別の統一を実現」しなければならないのでしょうか。そ
れが問題にならないのならば、「これらの自己放棄にも、なお自己に残るものが存在する。すなわち
,自己放棄しようとする意志(内的自己)である」、もまた消滅できますね。超越は普遍で永遠、人間
は個別で有限 ではあるけれども永遠と接することができる、という恩寵が与えられている、それで充
分ではないですか。また、そもそも、何ゆえ、「自己肯定」が必要なのでしょうか。いや、その前に、Ki
erkegaardは、そんなことを求めてはおりませんでしたが、「自己肯定の下で現実の中に普遍を実現
」なのではなくして、「自己肯定」をするのには「普遍を実現しなければならない」なのではないでしょ
うか。私もKierkegaardと同様なのです。その「普遍」の実現が「神によるもの(恩寵)であって、自己
の努力によるものではないこと」、に関しては同意しておりますが。
ここでの文脈上の「仲介者(僧侶)」の意味が解りません。Protestanntの教理では、「仲介者」とは
、端的に言うならば、Jesusのことなのですが、「僧侶」とは、祭司メルキゼルクのことなのでしょうか(Je
susがメルキゼルクに准えられている(或いはその逆)、の箇所は、新約にて私もよく解らないところな
のです(言ってしまえば、誰も解っていないのでしょう))。そうであるならば、誤訳の疑いがありますね
。
ところで,普遍と個別を意識し,分離したままにしておくのは、実は、意識自身によっているのであ
る。かくて、不幸な意識は、自分自身が彼岸と此岸を分離しているのであるということを自覚する。す
なわち、不幸な意識であるのは、意識自身がそうしているのである。このことを自覚することによって
意識は現実的意識となる。(奴隷の)意識は今度こそ、観念世界においてではなく、現実世界にお
いて、普遍と個別の統一を実現を目指す。
此処でまた禅宗での、自他を区別するのが良くない、元来、本来、区別なんぞは無いのだ、と言う
のを思い出しますが、しかし、私側のみならず、貴兄に於いても「彼岸と此岸」、超越的存在と人間存
在(旧、新約からするならば、創造者と被創造者)との間には厳然たる区別があってしかるべきだった
ではないですか。また、人間側の意識、「不幸な意識は、自分自身が彼岸と此岸を分離しているの
である」、での「自分自身が」では「神の側からの恩寵による」とのことに反し僭越ではないですか。そ
れもあり、私は、「不幸な意識」なるものは、Sartreが言う「無益な受難」そのものであり、「観念世界
においてではなく、現実世界において、普遍と個別の統一を実現」を「目指し」ようもないのではない
か、と悲観しております。また、いつの間にか、「キリスト」の言葉が何処かに消えてしまいましたね。ま
た、論旨が堂々巡りになってはおりませんか。如何に読む如く、「神の側からの恩寵による」、が胡散
霧消しておりますね。
ここにおいて,奴隷(の意識)は自己が主人であり、「自分だけでの存在」であることを自覚するに
いたる。意識は今や此岸的現実と彼岸的理想との対立の根底にある、普遍的全体的な統一を自覚
することによって、有限的個人と無限的普遍者との外面的な対立は止揚されて両者が内面的に合
一され、意識が一切であるという確信に到達する。つまり「意識は、個別的なる意識が自体的(an
sich)には絶対的実在であるという思想お(ママ、「を」?)把握して自己自身に還帰する」、しかし、こ
の意識が絶対的な実在であるという確信は、今だ主観的に(fur sich)であって、客観的な(an sich)
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確信に至っていない。かくて、(奴隷の意識)は思惟の中ではなくて、現実において自己を解放し、
意識は主観的にも客観的にも(fur sich und an sich)実在に到達しようとする。
まず、(前承)「観念世界においてではなく、現実世界において、普遍と個別の統一を実現を目指」
したからといって、「自己が主人であり、『自分だけでの存在」』であることを自覚するにいたる」、とな
ると言うのは論理の飛躍ではないでしょうか。次に、「有限的個人と無限的普遍者との外面的な対立
は止揚されて両者が内面的に合一され、意識が一切であるという確信に到達する」、と続きますが、
先ず、「外面的」と「内面的」の意味合いが判然としませんが、それは所謂客観と主観のことでしょうか
。それを於くとしても、その弁証法的な止揚が生身の人間に可能か、という疑問に Kierkegaard は苦
しめられたのではないですか。また、「客観的な(an sich)」とは、誰から視ての「客観」なのでしょうか
。更に、「此岸的現実」、「彼岸的現実」と「現実世界」、「観念世界」での対応でも何を「現実」と言う
言葉が意味するか不明です。また、此処でも、「実在に到達しようとする」、で半終始し、足踏みをし
ております。
かくて、自己意識は、不幸な意識を超克し、理性となり、今度こそ本当に、奴隷状態から脱し、観
念において実現した、普遍と個、永遠と有限の統一を、現実において達成しようとする。
一寸待ってください。先ほどの、「観念世界においてではなく、現実世界において、普遍と個別の
統一を実現を目指す」とか「思惟の中ではなくて、現実において自己を解放し」が此処で「観念にお
いて実現した、普遍と個、永遠と有限の統一を、現実において達成しようとする」にすれ変わってい
るじゃないですか。仕方がないので「観念において実現した」を「観念において実現しなかった」の書
き間違いとして次に進みますが、此処で、「客観的な(an sich)」が何処かに吹き飛んで降りますね。
果たして、Hegel は、「観念において実現した(ママ)、普遍と個、永遠と有限の統一を、現実におい
て達成しようとする」、と述べ、(私には「凡人」にできないことは普遍的ではない、と思われるのです
が、彼を含めての)人は、何時、それができるのでしょうか。仮に、それが誰かにできたとしても、「観
念において実現した(ママ)、普遍と個、永遠と有限の統一」などは、それが何らの「客観」無しの「観
念」である限り、ただ単に、自己に拠る自己の為の自己の肯定、としか聞こえなく、むしろ、「主観」を
強調した Kierkegaard の方が終始一貫しているのではないでしょうか。また、此処でも、「かくて、」で
始まり、またまた、「達成しようとする」で終わっております。
斯様に、Kierkegaardは、Hegelの哲学の根幹を批判していた、というのが私の結論なのですが、
如何でしょうか。私と致しましては、S.M.さんの<<不幸な意識の弁証法 >>以上にHegelの著作
を直接的に読む意欲は(さしあたっては)ない、ということでもあります。それは、彼が他力である「キリ
スト教」を背景としていながら、自力の鎧を垣間見させるが故なのです。或いは、私の<<不幸な意
識の弁証法>>の理解は、Kierkegaard に寄り添っての理解で、未だ、別の方面からの考察が必要
なのでしょうか。
私は、論理の自立ということからするならば観念を否定する者ではないのです。ただ、Kierkegaard
が強調した、そこに人間がいるか、いられるかどうかを等閑に付す論旨に出会うならばならば、実存
主義に戻るしかないのです。
さて、以下は笑い話としても、冗談としてでも聞いてください。私が学生の時、生活協同組合の食堂
で昼食を食べる時、いつでも、カレーライスにするか、ハヤシライスにするかで悩んだものだったので
すね。ところで、S.M.さんは、デパートメント ストアなどでの食堂で、天丼にするかカツ丼にするか迷
うようなことはありませんか。こんなことを聞くのは、この<不幸な意識の弁証法 >を添付している
S.M.さんからのmailに、「ヘーゲルの弁証法とキルケゴールの弁証法を比較検討するという作業は、
私にはあまり有益な結果を生まないともいます。キルケゴールがヘーゲルを罵倒していたことを考え
れば、比較が困難だということが分かるのではないでしょうか」、という記述があったからなのです。私
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は、Hegelの弁証法をKierkegaardのそれと較べ、何れかを主体的に選択するということは、カレー
ライスにするか、ハヤシライスにするか、と悩むこととは違うと思っているのですが、S.M.さんは、Heg
elの弁証法とKierkegaardのそれを並べても、天丼とカツ丼のどちらかを選ぶのと同様、あまり変わ
らない、「有益な結果を生まない」、としていらっしゃるのでしょうか。また「キルケゴールがヘーゲルを
罵倒していたことを考えれば」、ということから「比較が困難だということが分かる」、とは、天丼の海老
は人体のコレステロールを増やすと「罵倒」されているからカツ丼との比較が「困難だ」、と言われたよ
うに私には聞こえますが、如何でしょうか。何れにせよ、常に決断を迫られている、とでもいったような
強迫観念に捉えられている私としましては、S.M. さんが仰ることは美食家の不決断とも聞こえないこ
とはないのですね。
此処で、少しだけ真面目になります。作曲家の柴田南雄が、作品の評価判断を暫しおき、とにかく
聴いてみることが必要だ、というようなことを言っておりましたが、確かに、そうでもしないと、私とても、
中世から現代までの様式が異なった音楽をそれぞれに享受できないのですね。哲学に関しても、貴
兄の、「『私は意識的に中立的な立場に立っています。できるだけどこにもいないようにしています』と
しか言いようがない。今のところ、これ以外に言いようがない。『言いようがない』と言うのは、『言いよう
がない』のではなくて、『言いようが分からない』と言う意味です」、と書かれていたことは、「今のところ
」何らの選択ができない、と私は読み取っておりますが、如何でしょうか。私は、此処で貴兄に文句を
言っているのではないし、非難しているのでもありません。むしろ、反対でして、現在までの貴兄との
mailのやり取りを省り、つらつらと考えていることは、貴兄は、私よりも哲学等の分野での知識が多く
、その為に選択肢も多くなり、懐疑のlevelが深いので(高いので?、とにかく、より深刻なので)、選
択不能になっているのか、それが故に辛いことになるのではないか、と考えあぐんでいるのです。た
だしかし、誰かが、知識の多寡は他者を説得するのに然して役に立たない、と言っておりましたが、
私は、自他を説得するのに、と言換えたいと思い巡らしております。これこそが、お互いに、貴兄が言
った「比較が困難」で「あまり有益な結果を生まない」理由なのではないでしょうか。貴兄は自力で私
は他力である、といったとしたならば、ことを単純化し過ぎるのでしょうか。何れにしても、今後ともに
宜しく。
太田将宏 (2011年4月17日)
追伸
これは公平の為に追加するのです。私は、Kierkegaardの<<不安の概念>>は、原罪の発生
の経緯を論じようとしていたのですが、その説得力に欠けるが故に、そして、<<恐怖と戦慄>>は
、更に先があってしかるべきなのに、それが論じられていないが故に失敗作だ、と評価しているので
すが、一方、彼が、新約の「罪の女」について再三繰り返している件についての心理学上での考察
は、彼の業績を(俗物、下衆のかんぐりで)過小評価する虚しい試みであるので容認できない、という
ことを書き添えておきます。
MEMORANDUM
私は、S.M.氏の<<不幸な意識の弁証法 >>が論旨が飛躍している、こととあるごとに指摘して
きましたが、それは Hegel の著書の要約であるが故、やむをえない一面もあったかと振返っておりま
す。ただ、浅学な私としましては、Hegel を批判しているのか、S.M. 氏を批評しているのか分らなくな
ってしまいましたが、S.M. 氏を尊敬し、彼の文章を尊重し、S.M. 氏=Hegel として上記の返信を書
いた次第でした。
私側の論旨を要約するならば、私は、超越が私を義とするならば、私なんぞが私自身を肯定しなく
てもかまわない、としている者である、ということです。それが故に、元から「普遍と個、永遠と有限の
統一」などが問題になっていなかった、ということなのでした。 S.M.氏の曖昧きわまる文章を私の洗
練された解読にて読み解いた、その手腕を読取って頂けるならば幸いです。
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S.M. 様
またお便りを頂きました。添付されているfileも読みました。三、四人の哲学者の論の鳥瞰がえられ
まして感謝しております。
…(中略)…
私は、「ヘーゲルもまた,人間の有限存在(実存)から出発するが、そこにとどまる限り,人間存在は
無意味だと考え、弁証法によって、有限的真理(主体的真理)から、真理を拡大していき,主体的真
理と客観的真理が一致する絶対的真理に至ると考えた」、というところにて、超越的な存在からの恩
寵としての媒介をもってしても、Hegel が言う「有限的真理(主体的真理)から、真理を拡大していき,
主体的真理と客観的真理が一致する絶対的真理に至る」可能性を信じ、認めることができないが故
、「大邸宅を立てても自分が犬小屋に住んでいては無意味だ」というところに戻るのです。正直に言
いますと、ことわざ、「空飛ぶ雁を吸い物に当てる」、というような乖離を感じ、どうもHegelそのものを
読むに食指がわかないところなのです。
また、Kantが言う 「人間は有限的存在であり,客観的真理を認識することができず,人間が認識
できるのは,現象のみである」ということには了承しているのですが、それと彼自身が言う「我が内なる
道徳律」と結びつかないので、私は、彼を「反動的」という方に組しているのですが*、この件ご説明を
頂けますでしょうか。不勉強で申し訳なく思っております。ご多分に漏れず、今日まで多くの時間を
無駄に費やしたことを悔やんでおります。
太田将宏 (2011年12月16日)
* この件については、後日、岩崎武雄氏と見解を同じくしていることが判明しましたので、私の<
<あれかこれか>>の<序文>を参照されたいのです。
S.M. 様
今回は、<<物自体について>>を送って頂きまして感謝しております。S.M.さんはともかくとして
、私は哲学については素人なので、今までに送って頂いたfilesの内容の詳細を理解するのに苦し
んでおりますが、今回は、次のように整理して私の疑問を提出させて頂たく思っております。
貴兄によりますと、――― 同一対象も様々な現れ方をすることを、「対象 X=物自体の現象」とし
て記述することが可能である、これに対して、例えばサルトルは物自体を認めないで、無限の現象の
連鎖として捉える。すべては現れ=現象である、というのである。例えば,私が太田さんを考える時、
…中略… 私に対する現れがすべてであり、それ以外に太田さんと言う物自体があるわけではない
。そういう意味では,サルトルの言う通りである。しかし、現れの連鎖に解消すると、現実と夢と幻視の
区別がつかない、あられ(ママ、現れ?)と言う意味では、それらは同じである。異なるのは、存在様
態(仕方)である、現実の現れは実在=存在をもつが、それ以外は存在を持たないのである ―――
、とのことでしたが、以下、貴兄の言う「物自体」を即自存在として読んでいくとして、「このように同一
対象も様々な現れ方をすることを、『対象 X=物自体の現象』として記述することが可能である、これ
に対して、例えばサルトルは物自体を認めないで、無限の現象の連鎖として捉える。すべては現れ
=現象である、というのである」、とは初めて貴兄から聞きました。貴兄自身、<<サルトルの対自存
在>>の冒頭にて「その世界で見いだすものは、物(即自存在)」と書いていたではないですか。そ
こでは、即自存在は、見出され把握されうるのとしか読めないではないですか。それが貴兄に於いて
曖昧であったが故、それを確認する文章を私が今までに何度書いてきたことでしょうか。それよりも、
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それが Sartre に於いても曖昧であり、実際、彼の文章を読んでも左様には結論する術が無い、とい
うのが私が主張し続けてきたことでしたね。今回、唐突に貴兄から Sartre にては「現れ=現象である
」、と聞かされても、斯様な結論は導きかねる、ということなのです。
次の、「現実と夢と幻視の区別がつかない、あられ(現れ?)と言う意味では、それらは同じである」
、ということから続く「異なるのは、存在様態(仕方)である、現実の現れは実在=存在をもつが、それ
以外は存在を持たないのである。異なるのは、存在様態(仕方)である」に於いては、そこにての「現
実と夢と幻視の区別がつかない」、それでは困るから、という論理上での摩り替えに過ぎなく、そこに
飛躍が無いでしょうか。つまり、「現実の現れは実在=存在をもつ」、と言切られておりますが、その
証明が可能か如何かが抜け落ちていませんか。私も所謂「現実」の方が「夢」よりは実在の可能性が
ある、とは思うものの、それを証明する手段が無い、と述べ続けてきているのです。私は、その意味で
、E. Husserl の方が終始一貫している、と評価しているのです。つまり、貴兄の言う「現実」の「現れの
連鎖」を表明できる時空は所謂「現実」に於いてのみであるということと、また、その「現実」にて「夢」
には「現れの連鎖」が無いとするものも「現実」の時空にての後知恵に於いてのみであり、それが故
に、「夢」にて「現れの連鎖」が無い、という証明にはならない、ということなのです。夢の中にいる自
己は、「現れの連鎖」にあるかもしれないではないですか。それが故、Husserlは、この問題を「括弧
に入れて」、次に、先に論述を進めざるをえなかった、というのが私の理解なのですが。
私は、「道徳律=内部の声」もまた、人それぞれの実存に於いての相対的な「現象」であるとしてい
るのです(私は、その意味で、Kantは、中途半端で、反動的だという評価に組しているのです)。私
は、以前に、未来に自身を投棄する直前の自己は、自身の過去の集積である、として書きましたが、
違いますでしょうか。
太田将宏 (2011年12月21日)
S.M. 様
…(前略)…
今回頂いた貴兄の文書、<< 即自・対他・対自存在>>に書かれている、「すべてを現象に解消
すると、<対象――現象――われわれ>と言う図式も作れなくなる。対象もわれわれも現象ではな
いからです」、との文章についてなのですが、私は、「すべてを現象に解消」しているわけではありま
せん。まず、そこでは当初にあるべきわれわれが省かれ、隠れてていますね。その われわれなるも
のは対自ではないでしょうか(貴兄の仮名での「われわれ」では読みにくいが為、以下(引用を除い
ては)、我々と漢字にして続けます)。つまり、<我々――対象――現象――我々>、ということで、
我々であるところの対自――その対象しての我々――即自化した我々――我々 としての現象、とな
り、それらを区別していただけなのです。その当初の対自そのものは、無論、現象ではなく、それが
自身を対象とした時、その対象は即自化した自己に起因するところの現象である、と述べていたので
す。また、忌憚無く言わせて頂くとして、仮に貴兄の短絡が正しかったとしても、「図式も作れなくなる
」ということでは、私が前回書いた、それでは困るから、とした結論から前提に遡ろうとするところの本
末転倒にはならないでしょうか。
次の「現象主義者は,現象を認識するわれわれの存在も認めません。すべてが現象です」、につ
いても、「現象を認識するわれわれ」とは対自そのものであり、それは対自存在なのであり、つまりは
存在ではないですか。貴兄が「存在」というときは、即自存在に限られているのでしょうか。次に、「ラ
イオンがウサギを追いかける時、ライオンにはウサギの現象が与えられている。しかし,石に力が加わ
って動く時、石に現象が与えられているわけではなく、力が与えられたのである。現象はあくまで意
識ある存在に与えられるのであって、物理世界には現象は存在しない」、とのことですが、そこでは、
「石に力が加わって動く時」の力を加えた主体と「石に現象が与えられているわけではなく、力が与え
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られたのである」、との客体が一つの文の中で主客転倒を起こしているじゃないですか(自動詞と他
動詞との貴兄の不用意な混用とも言えますね。これでは、日本人がよく言う、いろいろと検討しました
が、結果はこのようになりました、式の文ではないですか。客体としての結果が自発的に、勝手気儘
に結論になるわけではなく、検討した主体としての誰々が結論をこのようにしたのですね。正確には
、我々がいろいろ検討した結果、我々は斯様に結論づけました、が正しく責任ある言い方でしょう)。
つまり、「石に力が加わって動く」、その石の動きは、石を動かした側から見るならば、その対自の対
象としての現象ではないか、ということなのです。仮に、その石が、例えば崖崩れなどにによって動い
た、動かされたとしても、それを見る人の対自にては現象なのではないでしょうか。単純に「物理世界
には現象は存在しない」なのではなく、厳密に言うならば、物理現象を誰かの対自が対象とする機
会が無いということもありうる、というだけのことではないですか。その意味に限定してのみ、「現象は
あくまで意識ある存在に与えられるのであって、物理世界には現象は存在しない」、が正当なのでし
ょう。
最後に「物理世界は,即自の世界である。それに対し、心的世界は現象=対他存在の世界である
。自己意識の世界が対自の世界である」、と結んでありますが、「物理世界は,即自の世界である。そ
れに対し、心的世界は現象=対他存在の世界である」、とは、私の表現に拠ると、自然科学のもとで
の物理世界は、方法論的に本質主義にあるが、それをも含めて、認識する意識は対自である、という
ことになりますが、如何でしょうか。さもなくば、そこに人間がいないところの即自そのものが「物理世
界」を論じるという不合理かつ無意味な論述になりませんか。実は、結末の「自己意識の世界が対自
の世界である」、には何とか同意しようとているのですが、意識は「自己」に向うとは限らないが故、つ
まり、此処での「自己意識の世界」なるものが曖昧な故、私は貴兄が言う即自と現象の区別が分から
なくなってくるのです。それが故、此処に於いては、現象化した即時が「対自の世界である」、という
表現にて、貴兄の批判を頂けるならば有難いのですが(この表現は、Sartreが、ユネスコにての講
演で、Kierkegaardは、彼の死によって即自化した、というところにhintをえたものなのです)。
これは、主客転倒の例としての笑い話です。英語に’sesami oil'とか'olive oil'とかの言葉があります
ね。では、'baby oil'とは何でしょうか。
太田将宏 (2011年12月22日)
S.M. 様
何だか、S.M.さんと私ではSartreに対する評価が逆になってきたようですね。今回のお便りに返信
するのは大分手間取ると予想されますが、一つ、一つ私の見解を述べさせて頂きます(以下、「」内
は S.M.さんの文章、その外が私のと致します)。
まず、「『現実と夢と幻視の区別がつかない』、それでは困るからということに過ぎなく、論理上での
飛躍ではないか,というのが太田さんの指摘だと思います。しかし、人はそれらを区別しているという
事実に基づいて、私は、現象主義では「現実と夢と幻視の区別がつかない」と主張しています。それ
らが同じであると主張する人は、ではなぜ人はそれらを区別しているのか、その理由を述べる必要が
あるとおもいます」、とのことですが、「人はそれらを区別しているという事実に基づいて」ということに
関し、その「事実」なるものが何に基づいて、ということをわたしは問うていたのです。また、「ではなぜ
人はそれらを区別しているのか、その理由を述べる必要があるとおもいます」、については、それは、
私の知るところではない、いや、E. Husserlが言うように括弧の中に入れるしかない、としているので
す。逆に考えてみて頂けますか。私は、有難くも貴兄も読まれた私の<<愛と生命の摂理>>にて
例を提出し、その理由づけの不可能性につき論じました。その不可能性を鑑みた時に、「現実と夢と
45
幻視の区別がつかない」のが当然であり、その意味で「現象主義」の方が終始一貫している、という
のが私の見解なのです。
ところで、「『論理的に解決不可能』」と主張するのであれば、論理的に議論する必要はないのでは
ないでしょうか。この問題は深刻な問題でありますが,簡単には議論できないと思います」、この文章
の二つの文は互いに擦違い、矛盾してはいませんか。私が論理的に不可能としたのに対し、貴兄は
、その当否を論ぜず、「この問題は深刻な問題でありますが,簡単には議論できないと思います」、と
して態度を保留している、と読めるのでしょうが、まずは、こうした主客転倒の文章は、何とかならない
でしょうか。次に、この件に関して私との対話を拒否しているように読める反面、ご自分は「簡単には
議論できない」、とその理由も無しに書いてくるのは、収まり返った人間が為す相手への傲慢、無礼
な態度ではないでしょうか。私は、「論理的に解決不可能」であっても、その不可能性を理由づけ、
指摘することは重要だとしているのです。換言するならば、それが私の主体的な選択でもあるのです
。
次の文「私はそれが便方であると言っているはずです。現象主義者で現象主義的にに記述してい
る人を、私は見たことがありません」、とのことですが、「私はそれが便方であると言っているはずです
」とのこと、その S.M.さんの文を私が今までに読みおとしていたのでしょうか。そうではありませんよ、
S.M.さんからきた E-mails の全てを添付されている files をも含めて scan しましたが、その文はありま
せんでした。また、「現象主義者で現象主義的にに記述している人を、私は見たことがありません」と
は、唐突で、私にとりまして意味不明なのですが。
…(後略)…
太田将宏 (2011年12月25日)
S.M. 様
昨日の私からの返信への追補としての例としての以下のような問題の提示は如何でしょうか:
1.任意の角の三等分は出来ない。
2.直角を例外として、任意の角の三等分は出来ない。
3.直角*nを例外として、任意の角の三等分は出来ない。
4.直角*nを例外として、三角定規とコンパスでは任意の角の三等分は出来ないことが群論により
証明されている。
以上の内で、普通は、1.か2.で話は通じるのでしょうが、4.だけが正確な記述なのですね。この
例で三つのことが言えるのではないでしょうか。
1.命題を解く方法論が確立しえない場合は、その命題が解ける可能性が無い(例えば、超越の存
在、非存在)。
2.しかし、その不可能性を指摘することは重要である(例、群論)。
3.J.P.Sartreの<<存在と無>>は、上記の角の三等分の例で言うならば、1.か2.程度の文
章の精度であり、その集積である(私はそれを批判してきたのです)。
此処で 貴兄への問い合わせなのですが、私は、対自は無である、ということは条件付(この条件
は、Sartreを論じる限りは外してもよいので省略します)で認めてもよいのですが、それが無を撒き
散らすということが解らないのですそのあたり、彼の文章は曖昧だ、と判断しております。
また、「『それであるところのもの』=即自存在=現象と見なしています」、とのことですが、Sartreの
曖昧な文章からでは、貴兄の総括は勇み足なのではないでしょうか。貴兄も、12 月 21 日の mail に
ては、「サルトルは物自体を認めないで、無限の現象の連鎖として捉える。すべては現れ=現象であ
る、というのである。例えば,私が太田さんを考える時、…中略… 私に対する現れがすべてであり、
それ以外に太田さんと言う物自体があるわけではない。そういう意味では,サルトルの言う通りである
46
」、と一応は認めていたではないですか。Sartreの曖昧さに振回されて貴兄が矛盾したことを書き送
っている、という風にしか私は貴兄の文章を読めないのですが、違いますでしょか。
以前の私は、例えば、貴兄がL.v.Beethovenを聴いたときと私が聴いたときとは、演奏、媒体、
が同じであるならば、多分、同じ音楽を同じように聴き取っていると予期するものの、その当否の何れ
をも証明する手段が無い、としていたのですが、ドストエフスキーについて私の論敵、木下和郎とやり
取りした後の現在では、少し考えが変わってきたのです。対象が同じであっても現象は違うのですね
(此処では、何れが正しかったかは、おいておきましょう)。私個人にしても、J.S.Bachばかりを何年
か奏き続け、聴き続けた後、最近になり、L.v.Beethovenを聴いたとき、以前には気にも留めなか
った細部の音の流れが(対位法的とも、或いは、そこまでいかないにしろ)感知されるようになったの
です。同じCDで同じ装置で聴いても現象は違うのですね。つまり、「即自存在=現象」ではないの
です。
太田将宏 (2011年12月26日)
S.M. 様
私が心配していたようにお加減が悪かったようですね。それにも拘らず、お返事を頂き有難く思っ
ております。
貴兄の「現実と夢は同じである、と太田さんは考えられている、そう理解していいのでしょうか」、との
ことなのですが、貴兄と同様に私も同じではないと、しかし、経験的には考えているのです。そのよう
なことを先日の私からのmailに書きましたが、経験的、との言葉を入れるべきでした。此処までは、貴
兄と共通の基盤なのではないでしょうか。しかし、加えて、現実と夢、正気と狂気が異なる、と証明す
る手段が無い、ということを、例を私から提出して主張した次第だったのです。換言するならば、他者
を説得する手段が無いところに自身を説得する方法も無い、とでも言うことですか(vice versa)。
私が学生の頃、早稲田の(西洋哲学のKant哲学者)樫山欽四郎教授が、「通常、普通に言われて
いる『理性』とは、哲学では『悟性』のことである」、と言っていたことが、実は、私の疑問のそもそもの
発端だったのです。その後も、その区別を理解する機会がなく、それで貴兄を煩わした次第だった
のですが、貴兄の「知性、悟性、理性の意味について。知性=悟性で、分析的な思考、理性は総合
的な思考であるというのが、基本的な意味だと思います。カントでは、悟性は自然科学的な思考で、
理性は形而上学的な思考を指していて、理性を否定しています。ヘーゲルでは、矛盾律に従うのが
悟性で、弁証法的な思考が理性です」、とのお返事で浅学な私は益々混乱してきました。しかし、大
体のことは分り、感謝しております。
たてつずけにmailsを頂いたので、次の返信を書かねばならなくなりました。とにかく、お大事に。
太田将宏 (2011年12月29日)
S.M. 様
先ずは、例によって前回の返信の補足をさせて頂きます。次の、K.Jaspersの<<デカルト的省
察>>からの引用は、私の論旨の背景の一つです。また、今回の返信にても参考になるならば幸い
なのですが:
(括弧に入れた)――― 反省的体験に於いて知覚される世界は、或る意味では私に対して常に
そこにある。それは、各場面に、それに固有な内容を伴って、従来どおり知覚されるのである。それ
47
は今まで現れた通りに現れ続けている、しかし、哲学者としての私に特有な反省的態度に於いては
、私は、もはや、自然的経験の実存的信憑の行為を発動しない。私は、もはや、この信憑を妥当なも
のとして許容しないのである。但し、その間にも、それは常に、そこにあるし、注意の視線によって捉
えられさえする ――― 。
酷い訳文ですが、大体のところはご理解願えると存じます。太字の部分が私の見解で、それ以外
が貴兄の論旨に該当しているかとして引用したのですが、此処で、「括弧に入れ」るしかないではな
いか、というのが私の主張だったのです。貴兄からの問いかけとして、「『何人であっても、自他に対
して、自分が夢を見ているのではない、自身が狂人ではない、客観的に自身を確かであるとするもの
、とする根拠は何もない。』というのが太田さんの主張だと思いますが、すると上の命題を真であると
している根拠はどこにあるのでしょうか」、とのことですが、そもそも根拠があるとも無いとも言えない、
というのが私の返事なのです(ひどい話に聞こえますでしょうか)。私は、人間の思考の全ては相対
的だとするならば、その主張自体は絶対的であるかどうか、との疑問を私の<<愛と生命の摂理>
>に既に書いておりましたが、ですからJaspersは、この種の命題につき「括弧に入れ」ざるをえなか
った、というのが私の理解なのです。これもまた、人間の知性の限界なのでしょうね。
次の、「J.P.Sartreの<<存在と無>>は、前回の角の三等分の例で言うならば、1.か2.程度
の文章の精度である(私はそれを批判してきたのです)。と言うのが、太田さんの主張であると思うの
ですが、だとすれば、一部でいいから、太田さんがサルトルの文章をリライトして見せてください。つ
まりこう書くべきだという見本をしめしてほしいとおもいます」、についてなのですが、その例は、彼の
文章は曖昧で充分には正確ではない、として以前から繰返し書いてきましたよ。また、「見本」は、わ
たしの批判に(間接的にも)含まれているではないですか。S.M.さん、貴兄はご自分の文章を正確に
書けないだけではなく、他者の文章をも正確には読んでいないのではないでしょうか。
貴兄の「『それが無を撒き散らすということが解らないのです』、と太田さんは言われるのですが、こ
の辺りがわたしが理解できないところです。『それが無を撒き散らす』ということを論証する方法論は、
太田さんにとっては、確立していないのではないですか。太田さんの意見によると、サルトルは主張
は(ママ、サルトルの主張は?)、方法論が確立されていないので無意味だ、ととれるのですが、そう
ではないのですか」、とありましたが、これでは短絡の重畳ではないですか。概ねE.Husserlの現象
学についての女学生のreportのような代物に対し、解りようがないものの理解を方法論の確立で解
明せよ、ということなのでしょうか。私の側では、何故、解りようがないか、を繰返し書いてきましたね。
続く、「サルトルは主張は(ママ、サルトルの主張は?)、方法論が確立されていないので無意味だ、
ととれるのですが、そうではないのですか」、とは、そうではない、としか、お返事のし様がありません。
いや、左様なことは言った覚えが無い、という方が正確でしょう。Sartreの主張が無意味ではないの
でしたら、新めての「無を撒き散らす」の更なる説明を期待していたのですが、貴兄からのお返事で
は、これも論述の進め方が逆だ、という意味で本末転倒ではないでしょうか。此処で確認したいので
すが、私は、此処では、Sartreの全体を否定しているわけではありません。但し、此処では、です。
Husserlの受売りでしかない、としたならば話は別になり、私は、その確認をしていないからなのです
。また、貴兄からのご説明を頂いていないからなのです。それを期待できますでしょうか。もし、貴兄
に世話をやかせ過ぎているようでしたならば、この話題は未解決のまま終息させましょう。但し、松浪
新三郎ですら、Sartre にて unique なのは、彼の言う自由の概念だけだ、と言っているように、そうした
批判は松浪に拠るものだけではなく、私も大筋には同意している、ということを書き留めさせて頂きま
す。
私は、私の前々回の返信にて、現象と即自は乖離しているという趣旨を例を挙げ、理由付けて書
いたのですが、貴兄は、そこを読まれたのでしょうか。貴兄が、即自=現象と書かれていたので貴兄
からの再反論を期待していたのですが、それ無しでは、貴兄に対し、貴兄の「サルトルの文章をリライ
トして見せてください」、との的外れの要求には答えようが無いのに近いのです。また、これは、私が
貴兄の文章の精度を問題にしている理由の一つの例にはなるかと思います。文章の精度を問題に
48
しているということは、そこに盛られているかもしれない内容を否定することにはならないのですが、
実際、それでは、そのかもしれないに過ぎない内容を、肯定も否定もできないではないですか。忌憚
無く申上げますと、貴兄は、そのあたりを混同されているのではないでしょうか。いつかも書きましたと
おり、私がSartreを批判するということは、必ずしも、現在、Sartreの全体を無意味とするものではな
いのです。ただ、もし、私が書いたように、即自と現象が異なる概念とするしかないとするならば、そ
れは、Sartreを離れての私の領域であるかもしれなく、それを確認したかったのです。仮にそうであ
っても、その意味では<<存在と無>>に負うところがあった、ということではないですか。貴兄に対
応しても同様なのですが、貴兄にも、賛成できないから感謝していない、ということではないのです。
私は、今の時点で、私が正しいとしているのではないのです。さもなくば、貴兄から学ぼうとし、反論
を期待することも無いではないですか。
太田将宏 (2011年12月30日)
MEMORANDUM
私の返信に於いて舌足らずのところがあったかどうかによりけりなのでしょうが、私からの一連の
mails にて S.M. 氏には通じていたとしていた筈のことでも行違いになっていたようですので、此処に
追加記述しておきます。
対自が無を撒き散らす、ということに関して私が疑問としていたことは、対自存在が如何にあろうと
、それ自体が無であろうとなかろうと、無を撒き散らすのであろうとなかろうと、即自存在に対して何が
できるのか、という疑義があったからなのです。現象の背後にあるとされる即自が事実として存在して
いるか如何かすらも対自の認識の彼方にある、というのが私の見解なのですが、S.M. 氏からは反論
もなく忘却されていたようでした。
S.M. 様
…(前略)…
私は、どうもHegelには食指がわかない、とのことを書いてしまいましたが、その時、私が充分に書
かなかった背景を此処に書きましょう。いつぞや、貴兄から、人生の意味が分からないままに終りそう
な気がする、とのように書かれてきたとき、私の方からは、人生の意味が分からない、などということは
当然ではないか、と書いたか、人生に意味があるかどうかなど初めから解ったものではない、などと
お答えしたのを憶えております。先ずは、その開き直りについて釈明させて頂きます:
その前にての質問なのですが、Hegelに拠る拠らないはさておいても、それ、人生の意味が解った
としたところで(仮定文です)、それがどうした、と言うのは不遜なのでしょうか。私の側での立場として
も、もし、超越の存在とその摂理が証明、解明されたとして(仮定文です)私は幸いに感じるかどうか
を疑問に思うのです。それは、かつての悪事が見られていた、という困惑でもなく、超越の怒りに対
する恐怖でもないのです。そこでは、人間の側での主体的な選択が消滅してしまうからなのですね。
人生の意味なるものも同様なのではないでしょうか。そこでSartreは、理由なしの選択にてMarxis
meに傾倒し、私は、というならば、Kierkegaardが言う「激情」をもってJesusに帰依してしまった、と
いうことではないでしょうか。何れにしろ、そこには論理からの断絶が見られませんか。私は、「人生の
意味」などを自問、他問されると、そいつをおいらが考えるんですかい、といったような反応になりが
ちなのですが、本質論的な「人生の意味」が解らないからこそ、Kierkegaardが言う「主観」、つまり
人間存在の主体性が顕現するのではないでしょうか。私自身は、私の生涯の意味についても、その
判断なんぞは、超越的な存在とその摂理に任せればいい、といったような謙虚、かつ主体的、かつ
無責任な態度に終始しているのです。ただ、私の今際の時には、自分の生涯に意味があったとして
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満足するよりは、この時代のこの幸いな環境にて、餓死もせず生きてこれたことを感謝しつつ息を引
取れたらと願っているのです。
貴兄の要約、<<不幸な意識の弁証法 >>を読んだ後にて、Hegelの方向に、その論理の果て
に、私が釈然とするような何かがえられる可能性は少ないだろう、というのが、あの時点、また現時点
での私の見通しなのです(私は、Hegel に、何か、他力まがいの自力、というような感触を受けている
のですが、間違っていたならば訂正して頂けますでしょうか)。私に残された日々に思い巡らすと、そ
うそう何もかも読むことはできない、というのは怠惰を決め込んでいることになるのでしょうか。
太田将宏 (2012年1月6日)
S.M. 様
そろそろ日本では大寒に入る頃か、と想い出しておりますが、その後、貴兄は如何お過ごしでしょう
か。私の方は、先月からの腰痛が治らなく、今回は軽いのですが一ヶ月以上も長引いております。他
には歯の治療と歯茎の手術で無駄な時間を過すことを余儀なくされているのです。また、雪が降った
かと思えば雨になり、だいぶ北にでも行かなければスキーは楽しめないようです。ただ、私の自動車
の運転技術では遠出は止めにした方が良く、全く、こんなseasonは、36年前にCanadaに来て以来
、初めてです。
貴兄からの1月12日付のmailに、「『意識は神たらんとして、むなしく自己を失う。1 つの無益な受
難である』という僕の好きな言葉をもじって言えば、『人は夢見ることによって,むなしく現実=存在を
失う。1 つの無益な存在である(ママ、むなしく現実=存在を失う 1 つの無益な存在である?)』」、と
ありましたが、後半の「人は夢見ることによって,むなしく現実=存在を失う 1 つの無益な存在である
」、の意味がよく解らなく、まあ、一週間程しばしば考えてみました。そこでの「存在」は、即自存在な
のでしょうが、私は、対自は即自にも「現実」にも届かない、ということを先月でのmailsに書き、また此
処でも繰り返しますが、届くのは、対自が現前させた現象としての括弧つきでの所謂「現実」のみで
ある、というのが私の理解なのです。また、「意識は神たらんとして、むなしく自己を失う、1 つの無益
な受難である」、というのには、その前段階として、「意識は即自たらんとして自己投棄を続け、むなし
く自己を失うところの 1 つの無益な受難である」、があるのではないでしょうか。
また、幾回か「夢」について書き、貴兄と対話したのは、ゴーゴリの<<狂人日記>>を経て、Kier
kegaardの<<恐怖と戦慄>>の<「アブラハムの不安>につなげるつもりだったのですが、何か、
話の行違いが再燃したようですね。
上は、次の機会までに私が忘れないうちに書いておこう、というだけの趣旨でして、貴兄からの返信
の催促ではありませんのでご負担にならないように。
太田将宏 (2012年1月19日)
S.M. 様
久しぶりに返信を頂きました。やはり、お便りがあると安心するものですね。ご無理はなかったので
しょうか。私は、ようやく初めてスキー場に行ってきました。腰は大丈夫だったのですが、背中に軽い
痛みを感じました。
Chair lift に乗りながら、一寸考えたことなのですが、そもそも、私の生涯は、行当たりばったりで、こ
50
のようになってしまった生涯であり、必ずしも、このように生きていこうとしたものではなかった、というこ
となのです。しかしですねぇ、幼少の時に、こう生きていこうと心に定め、何らの紆余曲折も挫折も無く
、しかるべき年齢に達したような人間ほど嫌らしい者は無くはないのでしょうか。あのA.Schweizer
でさえ、三十歳になるまでに四つの学問を修めたところまでは計画通りだった様ですが、彼のオルガ
ン演奏は素人に毛が生えた程度であり(私は、彼の演奏のLPを一枚だけ持っておりましたが)、それ
よりも重要なこととして、ランパルネに於ける現地の人々の対応は酷いものだったと聞き、それがヨー
ロッパの良心と呼ばれていたことは噴飯ものではなかったかとしか見做せないのです(ただ、私は、
彼の1960年代での神学、とりわけ、その終末論に関しては感銘を受けておりますが)。
さて、「現実=存在の存在は、即自の存在か対自のそれかというご質問ですが、即自のそれです。
根拠は 2 つあり、オリジナルの「意識は神たらんとしてむなしく自己を失う」の自己が即自であるという
ことと、対自は無であり存在ではないということです。以前なら私はそのように応えていたと思うのです
が、そう応えることが,議論をあらぬ方向へ導いてしまうような気がしています」、とのことでしたが、前
半は、私が確認ををお願いしたことなので、それで済みましたが、次の「議論をあらぬ方向へ導いて
しまうような気がしています」で留められたのには(忌憚無く言うならば)、失望致しました。しかし、昔
、「お互いに最後まで頑張ろう」、と仰っていたのにつられ、今までに病床にある貴兄に酷なことを書
きすぎたか、という忸怩した思いが拭えないので、何処まで貴兄に求めたらいいのか、と悩んでもい
るのです。それが故、また、以前にも書いたとおり、貴兄に手控えする、というような不遜、不誠実なこ
とを回避する為にも、此処にて、その件につき更に何かを書き続けることを控えようとしております。
続く、「次のように応えるのはどうでしょうか。それは、太田さんが『夢見ることによって、失うような現
実=存在』です。夢見ることによって、失う現実もあれば失わない現実もある。そして、人によっては
なにも失わないと思っている人もいるかもしれない。失う現実を太田さんはどのように考えているので
しょうか。もし、太田さんが『夢見ない』あるいは『失う現実が何もない』のでしたなら、私の言葉はナン
センスでしょう」、なのですが、まず、貴兄の文章中の「夢見ること」に、赤毛のアンが言った、「ベッド
は、ただ眠る為にだけあるのではないのよ。夢を見る為にもあるの」、というような「夢」としての意味と
、俺の将来についての夢は何々だ、という意味での「夢」の混同がありませんか。後者では、今まで
の貴兄と私の対話から逸脱してしまっているので私としては何も答えようが無いのです。ただ、私が、
何時ぞや、飛行機の機内で失神してしまった時の、対自に関りの無い、ということは、現象としての私
自身も存在しない、それらとかき離れた即自存在としての私があった筈である、という話を思い出して
頂けるならば、とだけ申し上げたく思います。
此処まで書いてきて終りにするつもりでしたが、上記に拘らず、私が次に貴兄に送信(或いは返信
)する際に忘れるかもしれないが為にかき続け、書留めておくことに致しました。多分、これが、貴兄
が仰る「議論をあらぬ方向へ導いてしまうような」ことなのかもしれませんが、この処置は貴兄にお任
せ致します。まず、私が以前に書いたことの総括ですが、私は、夢であろうと何であろうと、対自の対
象になるのは現象であって、即自そのものではありえない、ということです。また、対自が無である、と
いうことは無条件では了承できないということです。Sartre自身が対自は身体である、と矛盾してい
ることを書いているではないですか。此処までは以前にも書きましたが、次として、これは誰の言葉か
失念している故に書くことを今でも躊躇しているのですが、Sartreの「意識は神たらんとしてむなしく
自己を失う」を、確か、無神論的実存主義の側で、「神がいるとしたならば、それは対自であると同時
に即自であるような不可思議な存在であろう」、と前者と同等とみられる表現で言換えてしておりまし
た。もし、それが誰であったか、貴兄がご存知でしたら教示頂けるならば有難いのですが。
太田将宏 (2012年1月25日)
MEMORANDUM
51
此処迄に致します。S.M.氏は2012年2月16をもち永眠なさいました。彼は、私とは 40 年余り以来
の友人であり、彼が逝く日の一週間前まで mails を発信してくれました。此処にて彼に多大な感謝を
表明するとともに、彼の冥福を祈ることを皆様のご寛恕を願います。ALS による病身であった彼に対
し、彼との対話に於いて(彼と、)J.-P. Sartre の文章の精度の問題を指摘することが避けられず、煩
雑な対話にての行違いも多かったのですが、私の主張を和らげることは、かえって失礼かとの私の
姿勢により苛烈な文章を伴う mails を送信し続けたのですが、そうした行為が適切であったかどうか
の迷いにて、今日なお忸怩たる思いが消えないのです。しかしながら(Sartre のみならず S.M.氏に
於いてもの文章の曖昧さが、彼らが述べようとしていることの批判に迄に進むことを妨げてきたので
ありますが)、S.M.氏に触発されたところを踏まえ、その後、半年近くにわたり考察し続けた私なりの
結論を以下に記し、此処に残そうとするのが現在の私の所存なのです。これは、必ずしも彼の
Sartre に関する見解に沿うものではないのですが、率直であることが私としての最大限にできる誠意
であるとして、彼との論争の延長としての追記を書き留めておこう、と愚考している次第なのです:
彼と私の上記の対話に於いて、暫定的な仮定ではありましたが、私が、Sartre(=Husserl)=
S.M.氏と前提したことに無理があり、混乱があったか、と想起しております。Sartre=S.M.氏と概略
すべきではなかったか、ということであり、Sartre(=Husserl)=S.M.氏ではなかったとということな
のです。私が繰返し述べたように、対自が即自に届かない、そこで現前するのは現象のみであると
するならば、 Husserlがその問題を括弧に入れたように判断中止にする他は無いではないですか。
ただ、そこにて注意を喚起する必要が無いわけではないでしょう。それは、対自に捉えられるのは現
象のみであるにしても、その彼方に何らかの本質を視るか否かに於いて議論が分かれる、つまり、対
自=意識が即自に届いたものと仮想、仮定しない限り、自然科学に限らず、如何なる学問に於いて
も、如何なる論理も成立し難い、という問題が残るということなのです。人間の実存と学問体系との避
けがたい相克、とでも言換えてもいいのでしょう。Sartre の<<存在と無>>の副題が<現象学的
存在論>であることは、はしなくも、それを彼自身が予感していた可能性があるにしても、一方、彼が
充分に意識していたかどうかは別問題であるとするにしても(また、それについては彼の曖昧な文章
の故にしても)、未だ、私の見解は、<<存在と無>>が学問体系に組込まれる可能性については
、否定的なのです。これは、彼が Husserlの括弧付けを廃したが故の混乱であった、とも整理できる
のではないでしょうか。Sartre は、「存在論は、それ自体だけでは道徳的律法を立てることはできな
いであろう。存在論は、ひたすら、存在するところのものにのみかかわる。存在論の示す直説法から
、命令法を引き出すことはできない」、と書いていましたが、それでは、それ以降の彼の著作<<
Situation>>や<<L'existentialisme est un humanisme>>(この表題の日本語訳「実存主義とは
何か」は噴飯物ではないですか)の左翼的倫理の論旨にもんどりうった切っ掛けは何であったので
しょうか。その断絶をもたらした根源は、かの括弧を外しての飛躍にはなかったのでしょうか。或いは
、I. Kant が既に述べた<我が内なる道徳律>の掌から一歩もでていない、ということでしょうか。私
の結論は、実存に伴う存在に関する論理は、(倫理学のみならず、如何なる学問としても成立しない
運命にある、ということなのです。
最後に、有神論的な実存主義の或る種の立場をも批判しておきます。此処で或る人は超越の存
在を肯定するが、別の人が否定している、と致しましょう。各々が他への鏡像、つまり、ドストエフスキ
ーの<<悪霊>>での「人神」、「神人」である限り、そこには相互に共通する普遍性は無いのでは
ないですか。それでも Max Scheler が述べたところの、我々の意識から独立し、必然的に超越的な
存在に倫理、道徳的な基礎を置く「情緒的直感」などを承認できるのでしょうか。それでは、これまた
、S. Kierkegaard の「激情」から I. Kant の<我が内なる道徳律>への回帰、後退でなのではないで
しょうか。その意味では私も S.M. 氏の側におります。
以上は、私との論敵でもあった S.M. 氏との対話の総括であると同時に、更なる問いかけでもある
のですが、もはや、彼からの反論を受取ることが不可能になりましたが故、皆様からの批判をお待ち
させて頂きます。
52
(2012 年 7 月 12 日)
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53
世界 - この世話がやける体制
F.N. 様
(…(前略)…)
F.N.さんとの mails の交換を始めて以来、実は、何処からつなげたら良いのか、と途惑っておりま
した。私が学生時代の F.N.さんと今の F.N.さんとは違うのか違わないのか、同じように話しても良い
のか、どうなのか、迷っておりました。ただ、私の想像に於いて話題を勧めるのは適当ではないと判
断し、学生時代の延長として私は書き続けていたのです。このようにしている間に、よくもまあ、いろ
いろと思い出すものですね。それと、F.N.さんに触発されて書いたところもありまして、そうした部分は
、私の著書に書いたことよりも level が高いではないか、とも思われます。ただ、繰返しますが、私は、
私の意見に賛成されることは、誰に対しても求めてはおりません。
こういう例がありました。私が心ならずも妥協して、カナダに進出していたアメリカの会社を経由して
IBM Canada で働いていた時の事でした。丁度、あの湾岸戦争が始った頃です。私の同僚に、マサヒ
ロ、アメリカとイラクとどっちが勝ったらいいと思うか、と聞かれた時、私は、敢て言うならばイラクだ、と
返事したところ、彼自身はアメリカ人ではないのに、Masahiro why are you so militant? との反応が
返ってきたのです(何故イラクか、と聞かれれば返事は用意していたのです。あの中東の国々の国
境なんぞは、U.K. の帝国主義によって恣意的に定められたことを知っていたからです。イラクがクエ
ートに侵攻したのには、他国人の賛成、不賛成を暫し置くならば、イラクにも一分の理があったので
はないですか)。しかし、私の同僚の返事には、人は、私を含めて、英米を militant とは言わない、と
いう先入観が(どこまで意識的であるかどうかは知りませんが)、暗黙にあったと思います。それで、も
し、僕が、アメリカが勝ったらいい、と言ったら、僕は militant ではないのか、と言い返したところ、彼
は気まずい顔をしていたのを憶えております。
Julius Caesar が、多くの人は自分の見たいと思うことしか見ようとしない、と言っていたとのことです
が、彼、私の同僚にとっては、アメリカの会社で働いているので、それなりのよしみがあったのでしょう
。彼は香港からきた Chinese でして、気のいい friendly な男なので、利害でものを言ったりしたので
はないことは推測できますが、アメリカが勝つ方が、しっくり来る、という程度の気持ちはあったのでし
ょう。知的怠慢です。しかし、彼は、会社の上部のアメリカ人の誰かに私の反米感情を言いつけるよう
な卑劣漢ではないと思いました(今も同様に思っております)。しかし、これは別にしても、私のこうし
た言動は、どこからか漏れるものですね。ほどなく、私は、その会社から lay-off されたのです。
アメリカに於ける言論の自由の程度は、旧ソヴィエト社会主義連邦共和国のそれと大差がないと私
は確信しておりますが、上記の例は、私の意見に賛成とか不賛成とかの以前の問題でしょう。彼のよ
うな、明るく親切な男でも、聞きたくないことを聞かされると気まずくなるのです。では、私はこうした言
動をやめますか。いや、考えてみると、言論の自由とは、<ある>ものではなく<守る>ものなので
はないですか。
カナダに来るまでの私は、政治、経済や社会問題には左程の興味をもっていませんでした。この点
では私も変った、と自分を振り返っております。見回してみると、欧米が何をしようが、China がどうい
う態度をとろうが、それらに関係なく、楽しければそれでいいとの海外観光旅行、或いは、留学(とり
わけ語学のそれ)、近視眼的な商売で海外進出、或いは、出張をする日本人が世界中に溢れてい
るではないですか。目障りですね。耳障りですね。彼ら、彼女らは知的怠慢です。いや、それ以上に
、矛盾を矛盾とも思わない、彼らの言動の自己撞着から迷惑を被る側に私はいるのです。被害妄想
ではありません。繰返しますが、私は、誰に対しても、私の意見に対する賛成などは求めておりませ
ん。しかし、彼らに、きちんと反論だけはして欲しい、言動に矛盾なくして欲しいと、要求するのは正
当であると主張しております。
54
もう一つ例を挙げましょう。さっきと同じアメリカの会社でのことです。アメリカの本社のお偉いさんが
来たので、彼と(アメリカ人の)カナダ側のマネージャとコンサルタントであった私が雑談をしていた時
の事です。当時はアメリカでは不況、日本ではバブルでの好況の真っ盛りでした。私は、冗談半分
に、アメリカと日本の貿易摩擦、アメリカの収支の問題、日本円の暴騰、これら一切を一挙に解決す
る方法がある。アメリカが日本にアラスカを売ればよい。アメリカには金が入る。日本の円は下がる。
お互いの為だ、と言ったのです。返事に困った二人のアメリカ人の顔が見ものでした。やがて、その
お偉いさんが、私に、アラスカは元々アメリカがロシヤから買ったものだということを知っているか、と
聞き返しました。知っているから言ったのだ、この馬鹿、と私は内心で呟いたのですが(F.N.さん、私
は好戦的ではなく、口論は避けていたのですよ。)、彼ら田舎者にとっては、日本人の私が、それを
知っていたことが意外である、というよりは信じ難かったのでしょう。夜郎自大で知的傲慢ですね。次
には、アメリカがロシアからアラスカを買ったのは悪くはなかったが、アメリカが他国に、特に日本など
に売るのというのは、仮定の話であっても、少なくとも当時は屈辱感無しには聞けないことなのだった
のでしょう。これもまた自己欺瞞で知的傲慢ですね。では、私はこうした私の言動をやめますか。い
や、これが私の言うべきことは言うという矜持なのです。このようにして、私は、私の自己の尊厳として
の言論の自由を守っています、そして、私は、大した事の出来ない者ではありますが、こうして、世界
の市民としての一人分の責務を果たしているつもりなのです。それを、私の生涯に渡って邪魔をして
きたのは、どういう種類の人間でしたでしょうか。上記のような知的傲慢の連中と、それに迎合してい
る精神的に卑賤な知的怠慢の輩ではないでしょうか。繰返しますが、これは、私の被害妄想ではあり
ません。私が生き難い、生き難くかった世の中をどのような連中がつくっている、いたのでしょうか。
私の故郷の静岡県には駿河湾がございます。その中で、その端に、三保の松原のある半島が突き
出ていて折戸湾という湾の中の湾、小さな入り江をつくっているのです。私の見るところ、海外世界の
理解の水準は、日本にいる日本人の多くや海外にある大使館、領事館などにいる役人などは、せい
ぜい折戸湾でボチャボチャやっている程度、日本からの進出企業の出向社員や留学生の人では、
せいぜい駿河湾で泳いでいる程度にすぎなく、太平洋の、本当の荒波に翻弄されても生き抜いてき
たのが我々永住者であるのです。その我々が、何故か、日本人とは呼ばれないで、日系人と呼ばれ
ている。F.N.さん、それが島国日本の日本人の多数の言語感覚なのです。
私は、先ほど申し上げた通り、私が学生時代の時の F.N.さんと今の F.N.さんとの違いがあったのな
らば、それを知りたいのです。昔の F.N.さんと今の F.N.さんと、どちらがいいか、などと言おうとしてい
るのではありません。今後のすれ違いの可能性を無くしたいだけだけなのです。それ故に、或いは、
随分、挑発的なことを書いているのかも知れません。知れません、というのは、永い間お会いしてい
なかったが故、それすらも分らないということでもあります。
私自身について言えば、私は、中学時代から一貫して、H. Hesse の言う<outsider>の一人だった
、と自覚しております。私は、その頃から、人のために何かしよう、などというおこがましいことは考えな
いようになりました。まして、他人を教育、啓蒙しようなどという僭越なことはひかえてきました。それが
私が個人主義である背景であるのかも知れません。ただ、近年、二人の友人が、たまたま、それぞれ
、太田君は純粋だから……、などと言っておりましたが、この歳になって「純粋」だ、などと言われるの
は、お前は馬鹿か、と言われるに等しいのではないか、また、<偽悪者の真実>を心に秘めようとし
ている一面を察っしてくれないのか、まあ、知られないから、私自身が、それなりに、終始一貫してい
るのか、などと思い巡らしております。しかし、あの<不義の家令>を語った Jesus は知っていてくれ
ている、と思うものの、やはり、淋しいですねぇ。
こうした私でよろしければ、今後も、是非、おつき合いをお願いします。
S.D.G.
太田将宏 (某年某月某日)
55
S.M. 様
…(前略)…
日本も暑かったそうですが、当方は春先から温かすぎて、夏は暑いだけではなくて、雨が降らなか
ったので、栗鼠や兎が異常繁殖して、我が家も屋根などに被害を被りました。また、大西洋に面した
州は、以前は、カリブ海から来るハリケーンの影響などは、あまり無かったものですが、ここ数年は多
大の被害を被っております。この異常気象も、USAや支那の無責任、だらしのないエネルギーの使
用の影響でしょう。何せ、この二国だけで世界の炭酸ガスの総排出質量の半分以上を占めていると
のことですから。
…(中略)…
私は、60 歳になったとき、もういつ死んでもいいように気持ちを準備しよう、と思い立ちましたが、今
では、それも、どうでもいいようになってきました。62 歳のときに、仕事を捜すことも止めて引退しまし
たが、かえって忙しくなり、以前には、どうして仕事(なんぞ?)をする(暇な?)時間があったのか、と
訝っております(私の知人も同感だ、と言っておりました)。また、好奇心が旺盛になって、それまでに
は読まなかったような新聞記事も読むことが多くなり、TVのニューズも一日に二時間近くも聞くように
なったのです。これらは、外での英語を使うことが少なくなったので、私の英語を維持する、という意
味もあるのですが、そうでもしないと、役所や銀行などに行ったとき支障をきたすのではないか、と危
惧されるからでもあります(漢字を忘れたように、外国語のスペルも忘れる傾向にあります)。あとは、
ピアノを一時間前後ひくことと、残りの時間はPCに向かっているか、山積になっている未読了の本を
読むか等ですが、家に泊まった友人は、まるで修道士のように規則的な生活を送っている、とあきれ
ておりました。
私は、音楽についても哲学/神学や一切の著作に関しても素人です。加えて、コンピュータの方も
、何年も仕事から離れているので、これまた素人でしょう。つまりは、何に於いても素人になりました。
それで、多少の、ほんの少しの資産の管理と年金のやりくりで生活しているのですから、まさに、貴族
の生活ではないですか。貧乏ですが、貧乏貴族という言葉もありますね。貧乏も、いいものですよ。
此方では、以前、職場や学校で、マニュアルや本を英語だけで読んでいたので、コンピュータの分
野では(に限り)、英語版の方が日本語版よりも楽になっていて、IBM Canada などで働いていたとき
など、日本語版のソフトウエア関係で呼び出しがあると、かえって途惑ったくらいでしたが、昨今は、
英語の本はBible以外にはあまり読まないくなりました。ペーパーバックスでは、数年前に誰かがくれ
た、Wolfgang Hildesheimer という著者の<<Mozart>>を読んだのが最後でして、これは以外に面
白くて、今でも時折り参照することもあるのですが、S.M. さんが興味をもたれるかどうかわかりません
ですね。村上春樹の本は、こちらの図書館でも見かけるので、時折り、読んでおります。池澤夏樹は
、週刊誌で名前を知りました。昔は週刊誌などは読まなかったのですが、最近の日本では一般の新
聞の全国紙などよりは週刊誌の方が情報管理が少ない、との印象を受けております。私は、日本の
新聞やNHKの客観的な報道の使命などといっているのは噴飯もので、いい気な思い上がりだと思
っております。客観なんぞは、この人間の世界には存在しない、と先日お送りした草稿に書きました。
埴谷雄高が、小説は事実に追いつかなくなった、というようなことを書いていたのを憶えていますが、
私も、小説よりも歴史を含めての事実を追うことの方に興味を感じております。あれやこれやで、塩野
七生などを読んでおります。そんなことも影響してか、数年前に西地中海、今年は東地中海のクル
ージングに行ったのかも知れませんでした。
総じて言えば、地中海の島々や半島に住んでいる人々は貧しいですよ。それに、例えば、ナポレ
オンの生地であるコルシカ島(コルセ島)は、現在もフランス領ですが、そして、フランス語が公用語
なのですが、コルシカ語とでもいったフランス語ともイタリヤ語とも違う言語があるのですね。ところが、
僅か約三十年前まで、ということは二十世紀の後半に至るまで、公文書はおろか学校教育までにコ
ルシカ語を使うことが禁じられていた、と聞いたときは驚きました。ヨーロッパに於いても、本国の支配
体制とは、このようなものだ、ということは、少なくとも私は、そこに行って聞くまで知りませんでした。ま
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るで、属領扱いではなかったですか。スペイン領のマジョルカ島(マヨルカ島)でも同様なのですが、
現在では、例えば、道路標識などは、それぞれ二つの言語で書かれております。
いつか、コルシカ島の山の上で、お母さんと一緒に散歩していた四っつぐらいの女の子が、お母さ
んから離れて、とことこと私に近づいて、私を見上げて、何かを無邪気に懸命になってコルシカ語で
話しかけてくれたのですが、私が何も分からなかったことが今でも残念に思い出されます。お母さん
は静かに見守っていただけでしたが、こうした、何の偏見も、猜疑心も、警戒心もない人々のありかた
による情景は<本国>などでは、稀にしか見られないのではないでしょうか。
今回のギリシャとその島々でも国全体が貧しそうでしたが、人々は信じられないほどに親切で、温
かく私共に対応してくれました。例えばの話ですが、アテネで地下鉄に乗ったとき、何か駅の名前が
気になったのです。無論、ラテン文字などでは書いてなく、私は、ギリシャ語などは殆ど知らないので
すが、そのギリシャ文字をたどたどしく読んでいると、それぞれが意味のある言葉に見えるのですね。
それでホテルに戻ったときに、ロビーにいた気のいい青年に、シンタグマ、あれは何だっけ、と英語
で聞いたのです。彼は、The base of laws と返事をしたのでしたが、私が首を傾げていると、わざわざ
ホテルの別の女の人(上役?)のところ、二階にまで行って訊ねてきてくれたのです。それで、その言
葉は、constitution、憲法だと私も思い出し解ったのですが、彼を煩わせた私の想像力の無さや彼の
英語の語学力はさておいて、この言葉は、ギリシャ語起源かラテン語起源か、などの話題で、家内が
いらいらするまでに長い会話を楽しみました(これは明らかにギリシャ語起源ですよね。その駅の名
は、「国会議事堂前」とでも意訳しましょうか)。
司馬遼太郎も言っていましたが、時代が異なっても、現地に行って、その空気にふれる、浸ることは
、このように、意味があるのではないでしょうか。S.M. さんは、北米での旅行では、最後に、とんでも
ない経験(September 11)をなされたか、と推察するのですが、そのようなこと一切を含めても引退後
は旅行などをなされたら如何でしょうか。こういうことをいうと、奥様に叱られるかもしれませんが、幸い
に、奥様は定年のない御仕事をなさっているように記憶しておりますので、できるだけ長い間働いて
いただいて、ご夫婦ご一緒の旅などは、共通の話題も増えて良いかもしれませんよ。
ではまた御便りを下さい。
太田将宏 (2007年某月某日)
S.M. 様
…前略)…
資本主義の末期、終焉についてなのですが、K.Marxが言ったような資本家vs労働者ではなくと
も、持てる者vs持てない者の対立が貧富の差の拡大と共に激化するのではないでしょうか。もう一つ
、寡占化の問題がありますね。私は、それらを身近に感じております。
まずは、可処分所得の偏在から私の思うところに話を進めましょうか。私は、今の各国の経済状態
を何とかするのには、積年にわたる政権政党による安易な人気取りの減税を中止するだけではなく、
増税するしかないと判断しております。それも、貧富の差を解消するための累進課税を強化すること
であれば、むしろ、税制改革の為にも良い機会ですね。U.K. では増税の方向に進んでおりますが、
U.S.A.では共和党の反対でObamaの意図する金持増税が実現しないばかりか、全体的には減税
になるようです。Canadaでは、企業減税になる反面、失業保険と公的年金の掛け金は増える、との
ことです。日本では、十年以上も前から消費税を上げるべきだったのですが、先延ばしが続いている
ようですね。ちなみに言えば、(私共が Canada に来た当初(1975年)では連邦政府の一般消費税
は無く、州政府での5%だけでしたが、その後の)当方での(連邦政府+Ontario)の例では、三年前
には15%で、現在、減税されて13%です(それでも日本の5%に較べるならば高いでしょう)。この減
税は、低所得者の消費能力を上げるのには有効であった、と思われるものの、所得減税と対になっ
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ていた(いる)のは、結局は、最も多数派の中間層に媚びているからだ、と私は眺めております。Can
adaでは、更なる低所得者の購買能力を上げる、ということが経済全体にとり重要なのでしょう。しか
し、為政者にとり低所得者は票田にならないということは、資本主義の諸国に共通している様子です
ね。我が家のような低所得の家庭では、所得税での減税は、もはや、意味が無いのです。確定申告
では、もう十年近く前から零になっているからなのです。一方、消費税での増税は、苦しいのです。
品目によりけりですが買わなければならないものは買わなければならないからなのです。貧乏をして
いると、政府の施策から諸に影響を感じさせられます。税の公平を考慮するに、日本では所得税、消
費税を上げ、Canadaでは所得税を上げても消費税は据え置き、乃至は低くすべきだ、と愚考して
おります。日本、Canada 共に累進課税は強化する時期でしょう。
次は、寡占化の問題なのですが、これは、まず代表的な例で話してみたいと思います。これは、概
ねなのですが、原油1バレルと gasoline 1リットルのCanadian Dollarでの価格比は100:1ぐら
いで長年(ほぼ30年以上)推移してきたのです。しかし、(今日)現在では、90: 1.12とgasoline
が割高になっているのですね。私の見るところ、背景には二つの要因があると思われるのです。過去
20年の間に、Canadaに7つぐらいあった石油会社が現在では3つに減っているのです。また、gaso
lineの元売の数も減って、此処、Toronto周辺では一社しかないと聞いております(独立系のgasoli
ne standは殆ど見られなくなりました)。それで、何処で給油をしても変わらない、つまり、価格競争
が無くなってしまったのです。とどのつまりは、関連会社が、この不景気でgasolineの需要が減って
いる際、少なく売って多く儲けよう、とする傾向が顕著になっているのですね。これは例の一つに過
ぎなく、この傾向はgasolineだけではないのです。
以上の全ては、各国民の民度も反映しているのではないでしょうか。以前、或る日本の政治家が、
女は子供を産む機械だ、と言って顰蹙をかったそうでしたが、ずいぶんと無神経な言い方をしたもの
ですね。しかし(とりわけ日本では)、如何に言ったかだけが槍玉に挙げられて、それが何を意味して
いたかが等閑に付されているのが気になります。我が家の二人の娘(34歳と31歳)は、出産はおろ
か結婚すらも視野にない様子です。まわりを見回してみると、資本主義の終焉以前に、彼女たちに
限らず一般的に、人間の健康的な本能が衰退しているのではないかと愚考しているのです。そうと
すると、日本での「子供手当て」は、あまり効果が無いのではないでしょうか。
太田将宏 (2010年12月31日)
MEMORANDUM
その後の私は、日本に対して理不尽なことを為した国々にには、私個人が1penny ですらでも落と
さない為に渡航しない、という方針を貫き、維持しております。此処で、私が生まれる前のことは忘れ
る、というところにて線を引いておりますが、例を挙げるならば:
先ずは、U.K.です(私は、「イギリス」という妙な日本語を忌避したいが為に United Kingdom の略
語 U.K.を使用致しております)。まず、彼らは、第二次世界大戦後の最初の Olympiad への日本の
参加に反対しておりました。次に、G7 の mennber となることを阻止しようとしました。加えて、昭和天
皇が渡英した際、女王は、「あった事を無かったとは言えません」、という外交儀礼を無視した無礼な
言辞をなしました。いや、それ以前に彼女の訪日の前に、日本の宮廷晩餐会にての「生の魚は遠慮
したい」、などと伝えさせておりました。刺身や寿司を食いたくなければ、食わないで済むだけのこと
ではないですか。また、元の Beatles の mennber が麻薬の所持にて日本の空港で検束された際、
彼の国の国民は、野蛮人にとっ捕まったが如くの言分で大騒ぎをしましたね。国の上から下までそ
の程度です。
次は、U.S.A.です。原子爆弾を広島、長崎へと二度も落としました。現在まで彼らの謝罪はありま
せん。彼らがイラクなどに大量破壊兵器があるかどうかを問題にしたのは、それは自分を棚に上げて
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の典型的な double standard でしょう。実際は大量破壊兵器が存在しなかったのでして、一切が言
いがかりで夜郎自大の偽善でしたね。
次は、イタリアです。この国は、第二次世界大戦に於いて、日本やドイツと共に枢軸国に属する一
国でした。その戦争の末期、fascist の政権が倒れ連合国に降伏した後、政権が変わったことを理由
とし、中立国のスイスと共に日本に対し賠償金を請求した、という経緯があるからです。迂闊にも、そ
れを知らずして、この国には三度ほど来訪したのですが、今後は控えます。
次は、ドイツです。フランス、ロシアと語らっての三国干渉は、古い話ですから忘れましょう。しかし、
ソヴィエト社会主義共和国が崩壊した際、ロシアの経済を助けるようにと日本に働きかけ、それに失
敗した挙句、U.S.A.の大統領と共に日本に圧力をかけ、結局、日本は何がしかの援助を支払わされ
た、という経緯があるからです。
ロシア。話にならないではないですか。大戦末期に火事場泥棒のように北方領土に侵入、占拠し
、その正当化に自分は関与、調印しなかった San Francisco 条約を持ち出す、その程度の知能しか
無い相手であり、全く無能な日本の外務省と相俟って北方領土のか解決、解放は遠のくばかりです
。
最後は、支那と南北朝鮮なのですが、彼らの謝れ、そして助けろ、との虫がよく、かつ矛盾したこと
を言い続ける夜郎自大の朝鮮人や支那人のことです。その後、韓国の方は、彼らが言う「技術移転」
で成上がったかに見えますが、所詮は当方で言う copy cat。一方、その程度の自前の技術すらでも
整えられなく、産業スパイ、特許の侵害、cyber attack でのこそ泥のような所為にて、でっち上げた
模造品、例えば毒入りギョーザを日本に、火を噴く電気コードなどを北米に輸出して、金儲けだけを
至上とする中華人民共和国の支那人。私だけではなく、日本人も Canadian も、さしあたり、半世紀
は彼の国、彼らと付き合わない方が良いのではないでしょうか。
以上は、2012年9月4日時点の memo です。
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支那人 - この世話がやける人民
MEMORANDUM
私には、わけがあって(そのわけの説明は煩雑になるので省かせて頂ますが)、「中国(人)」という
意味が曖昧な略語を使わないで支那(人)と書いてきています。或る人が、何故私がそうしているの
か理解できた、と書いてよこしましたが、では、彼が支那という言葉を「中国」の代わりに使うかどうか
は疑問なのですね。それを偽善とまでは言いませんが、彼は、他者を慮り、他者との軋轢を避けると
いうことが、その他者の軽量を計り、相手をを軽んじることになることになる場合がある、ということなど
は思いも及ばないのではないでしょうか。
F.N. 様
お便り有難うございました。
さて、「7月一杯で14年続いた老人ホームでの宿直勤務を退職するので、少し時間が出来ます。」
、とのこと、どうも、ご苦労様でした。14年間もでしたか。
――― 8月15日の敗戦記念日に、南京の虐殺記念館で持たれる追悼会に出席するのを挟み、
2ヶ月にわたる宿泊・食費合わせて1日10米ドルの予算での中国・韓国の一人旅がまってます。先
日のマレーシアでは、1日8ドルで可能でしたが、今回は無理だと思います。これは何時までも出来
ると言うことでなく、健康と体力が要求されるので今のうちと思い実施する予定ですが、さてどうなるこ
とでしょう。3国間は時間があり、費用を節約する意味もあって、船を使います。途中で倒れても本望
です。人間一度はどこかで、いつかは死ぬのですから。でも貴兄の力作を読めないのは残念であり
、申し訳ありませんがその節はお許し下さい ――― 。
随分と安い費用で旅行が出来る、とのことで驚いております。これは、目的地での滞在費用につい
てだけの話ですか。まずは、無事に日本に帰られることを願っております。また、「途中で倒れても本
望です。人間一度はどこかで、いつかは死ぬのですから。」、とのことで、それだけの決意で意義が
ある旅行を、かつて、私がしたことがあったか、と自問をしております。私なんぞは、U.S.A.やヨーロッ
パの多くの国々に、失望などを越えて、過去。現在の罪科を清算してないことに怒りすらを感じてお
りますので、もっぱら、中南米の国々を訪れて、幾らかのお金を落とすぐらいのことしか出来ませんで
した。
でもですねぇ、…(中略)… 私は支那人の主張している「南京虐殺」の件には、事実認識として、
今ひとつ納得できないのです。また、南京の虐殺記念館なるものは、江沢民が反日の campaign の
為に設立した施設ではないですか。そんなところに、殊更に日本人が訪ねるから相手は図に乗るの
ではないでしょうか。彼は(私が天皇制に否定的であることとは別問題として)、日本の宮中の晩餐会
にて、日本は永遠に反省し謝罪しなければならない、などと言う暴言を吐いていたのですから、これ
でも譲歩して言っているのですよ。ちなみに言うならば、例えば、U.K. がインドに謝罪した等という話
を私は聞いたことがありません。ご存知でしょうが、確かに U.K.がインドになしたことは、酷いものでし
た。これは清算すべきです。しかし、一方、支那人や朝鮮人のような歴史的相対性とでもいったこと
が理解の彼方にある人々と、今、現在、如何にして日本人が付き合えられるのでしょうか。彼ら、支那
(人)や朝鮮(人)とは殊更の対立はしないまでも、さしあたっては、少なくとも半世紀間は付き合いを
停止するほうが(していた方が)良い(良かった)のではないか、というのが私の持論なのです。加えて
経済的な面から見てでさえ(私は、現在、統計が得られないので断言できませんが)、直接的にも間
接的にも日本(人)が損をしてきていたのではないかと推測しているのです。これらの国々と国交を回
復して以来の経済収支の統計があったならば視てみたいと思っております。
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一方、インドや東南アジアの比較相対的に、まともな、ということは人治ではなく、まがりなりにも法
治であって、国内統治の為に他国への反感を殊更に、理不尽に煽るようなことのない国々と交流、
貿易をすべきであろう(であった)、その方が永い眼で見たならば、日本の国益に適うばかりではなく
、日本の名誉、尊厳を保ち、更に、逆説的にも、その方が支那や朝鮮の為にすらも良い(良かった)
のではないか、と私は愚考をしているのです。日本が主張すべきことを主張しないで、相手を宥める
為だけに謝り続けるのは(仮に譲歩して一度だけ謝ることはおくとしても、謝り続けることの是非なの
ですが)、本質的には、相手を愚弄することにもなるのではないでしょうか。まあ、相手はその程度な
のでしょうが。
ただ、「途中で倒れても本望です。」、との F.N.さんの決意ですので、また、それは F.N.さんの自由
であり、私はそれに敬意をはらいます。また、私の見解を絶対視しないためにも、これ以上は申し上
げません。 …(後略)…
S.D.G. Bon Voyage!
太田将宏 (2007 年 7 月 3 日)
S.M. 様
毎年、美麗なcardを頂きまして有難うございます。此方は未だ大晦日の日ですが、まずは日本時
間で、あけましておめでとうございます。私は、その後、何十年ぶりかで乗った自転車で酷い転倒を
三度もしてしまいましたが、まあ、元気で過ごしております。ただ、bedから降りる折などには痛みを感
じるのですね。しかし、先日は、おそるおそるスキーをやってきたのですが、車から降りたときの痛み
をスキーをしているときは感じないのですよ。今月、二度ほどスキー場に行ってきましたが、今日、明
日には雨が降るとのことです。やはり異常気象ですね。
…(中略)…
高校時代の昔、漢文で<<論語>>を読まされたとき、何だ、これは、要するに、処世術ではない
か、として侮蔑をしたのですが、今の私でも、人間を知るということは、必ずしも、如何に人間を上手
に使うかには結びつかない、と思っております。しかし、近年、文芸春秋の連載小説で宮城谷昌光
の<<三国志>>を読むにつれ、歴史上の人の何たるかを知ることは、人を使うことの前提になっ
ている、と思い返しております。支那人は、それに秀でているようですが、それだけですね。一方、キ
ェルケゴーールやドストエフスキーを読むことが人間を巧く使うことの助けにはならないのではないで
しょうか。まして、Jesusが述べた、あなた方は仕えられる人ではなく、仕える人になりなさい、と言う言
葉は、人を使うことの巧みさと反対のことを言っていたということですね。さて、私の人生は何れでもな
く、虻蜂取らずの中途半端のまま終わりに近づいているようです。また、私が何を考えようが、何を言
おうが、何を書こうが、外界(世間や世界)は変らないですね。しかし、私がそれを止めてしまったなら
ば、この俗物だらけの愚劣な世間に迎合し、敗北することになってしまう、つまり、私は私ではなくなり
、自己の尊厳が消え去ってしまう、として衰えつつある気力を搾って、(家内や娘を含むところの)世
間に対して毒づき続けております。また、Torontoでの支那人やタミル人の居汚さは噴飯ものですよ
。加齢するにしたがって円満、穏やかになる人と、苛立ち激する人に分かれるようですが、私は、どう
やら、後者のようです。貴兄は働き過ぎてきたのではないでしょうか。しばらくお休みになって元気を
回復してください。末筆になりましたが、奥様を始めとする皆様にも宜しくお伝え願います。
太田将宏 (Canada、Ontario にての2010年12月31日)
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日本人 - この世話がやける人々
F.N.様
お元気でお過ごしでしょうか。
私の方は、私の<<愛と生命の摂理>>を書いて以来、何か不調で、今は、充電期間なのか、な
どと思案しております。先日、つらつらと、久しぶりに、週刊誌なんぞを眺めていたところ、「KY」など
というのが目にとまって、これは何だ、と前後を読んでみると、幸いにも説明があって、「空気が読め
ない」、ということだそうですね。これでは、しかし、空気が読める、とも読めるではないですか。私は、
日本が嫌いになっても、日本人が嫌いになるのは辛い、と<<愛と生命の摂理>>に書きましたが
、こんな言葉が流行るようでは、ほとほと、これで日本人には愛想も尽きる、と感じました。F.N. さん、
何故これを F.N. さんあてに書いているか推測して頂けますか。空気が読めない、空気を読まない、
という一点で、F.N. さんと私に共通した処もあるかと思われたからです。
そもそも、空気が読めない、ということは、その人の欠点、欠陥なのでしょうか。また、「空気」なるも
のが読めたとしても、それを無視し、知らん振りをする人、或いは、何か正当だと思われる理由があっ
て意図的に「空気」に竿をさす言動をする人などは、嘲笑、排斥の対象になるのでしょうか。そうした「
空気」だけを読んで思考停止をした烏合の衆によって動いていく社会ほど危惧されるものはないの
ではないでしょうか。そこでは、誰が、誰かが、何かを考えているのでしょうか。誰が、言うべきことは
言わなければならない、とする勇気ある姿勢でいるのでしょうか。自身の主体性が無い限り、「空気」
なんぞを読んでも仕方が無いでしょう。「空気」を読んでバブルを発生、継続させ、次は、バブルが破
裂した後の「空気」を読んで、何らの責任を取ることも無く、既に十五年間の日本経済の停滞をもたら
した人々は、「空気」だけが読めた、「空気」だけを読んだ人々ではなかったでしょうか。自己の行動
原理の欠片もなく大勢に迎合する、ということは、太平洋戦争の反省も無しに、近年のバブルにて、
相変わらずに同様の不様な失敗、敗北を被り、自らだけにではなく多数の他者に、いや、日本全体
に迷惑をかけた、いや、日本を亡国の淵にまで追い遣った輩、「空気」なるものに無批判な輩ではな
かったでしょうか。
今にして思えば、赤信号、みんなでわたれば恐くない、という悪たれは冗談ではなかったのですね
。生前に山本七平氏も書いていましたね、日本人の意思決定は空気による、というようなことを。彼が
何十年も前に、そう言っても無益だったのですから、今、私なんぞが何を言っても無駄でしょう。私た
ちの身近にも、「群れをなしている鰯のなかで、一匹だけが気がふれたように別の方向に泳いでも仕
方が無い」と、うそぶいた男がいたではないですか。日本も、日本人も、処置無しですね。私は、どう
しましょうか。
以上は、期せずして、私の<<あれかこれか>>の第一部の要約になりました。
太田将宏 (2008 年 7 月 13 日)
追伸
今日、J.S. Bach の Kantate<<O Ewigkeit, du Donnerwort>>(VWV 20)を聴いていたとき
、第三曲の Aria で<Ewig, ewig ist zu lange!>という言葉に行きあわせて、思わず笑ってしま
いました。
MEMORANDUM
62
故池田晶子が、団塊の世代はものを考えていない、みんなで手をつないで山の向こうに消えてい
くだけだ、というようなことを書いておりましたが、それは、団塊の世代に於いてだけではないでしょう
。私は、それが上記の如くに戦中派にも該当するとして眺めております。共通していることとしては、
彼らの多くに何かを突詰めて考える時間的、環境的な余裕が無かった、という同情すべき一面もあり
ますが、多数と仮想した「空気」に於いて無責任に思考停止をしていることではないでしょうか。私は
、隔世世代としての「空気」が読める、いや「空気」しか読めない、分数の掛算、割算もできないような
団塊二世の知的 level にも危惧を感じております。
S.M. 様
返信を受け取りました、どうも有り難うございました。しかし、それにしても暑いですねぇ。此方でも連
日 30 度を超えて蒸しております。S.M. さんは、今、辛い時期におられるようですね。いつかの「表現
からも疎外されている。」、とのことが私なりに解ったような気がします。心理学を学ばれた S.M.さんに
は、素人の私が話せる何ものも無いのですが、まあ、過去、私の方では以下のような経過だった、と
して聞いてください。
私は、大学時代に電気工学を専攻したのですが、それが嫌で嫌で堪らなく、しかし、一方では、そ
れをしなければならない、何故出来ない、と自分を責めていたので、他のことにも手がつかない、とい
う状態に陥り、苦しかったことを現在でも時折り思い出しております。経済的な事情もあり、何とか自
他共に誤魔化して卒業した後、仕事に於いても同じような状態に陥ったことが数回ありましたが、学
生時代の辛さに較べれば如何ほどのものかと、そうした時期をやり過ごしてきました。
これは一般論ですが、日本の家庭における父親の尊厳などは地に落ちている、と聞いております
が、これは良くないですね。と言いましても、我が家では逆でして、それでは良くないとして、長女に
再三、口のききかたに気をつけろ、と怒鳴りつけた後、彼女は、私とは、四年間余り、音信普通になっ
ております。しかしですね、家内に、我が家で最終的に責任を負っているのは俺だ、といったところ、
責任とは何よ、との返事しか返ってきませんでして、彼女にしてみれば、日常の細々としたことを処理
することしか責任としては思いあたらない様子なのですね。けれど、一方では、私は、少なくとも一日
に一度は家事、雑用に類することをするように心掛けております。そうした方が、家内の機嫌にだけ
ではなく、かえって執筆にも良いようなのです。例えば、役所、銀行、その他から郵便などが来て、返
事を書かねばならないときなど、その時は、嫌だなぁ、とウンザリするのですが、暫くすると、それらを
片付ける気になってくるものですね。私は、自他共に完全主義を要求しないように、と心掛けようと努
めているのですが、一方では、せっかちなところもあり、また、忘れないうちに処理などとして、まあ、
それも好い加減になってますが、現在は、その程度には自分を騙し騙し使役しております。
家内の言うところによると、今、日本では、「AKY」というのが出てきたそうですね。敢えて空気を読
まない、ということらしいのですが、Y は、(敢えて空気を)読む、とも読み取れますよね。こうした日本
人の言葉遊び、言葉の稚拙な弄びにも疑問を感じております(ちなみに言えば、私は、古今和歌集
が嫌いなのです)。S.M.さんは意外に思われるかも知れませんが、私は学生時代に詩を書いており
まして、仲間内だけでしたが幾らかの評価を得てました。しかし、その後、上手に表現しただろう、巧
いこと言っただろう、とする自分自身の下心のようなものに、柄にもない、と嫌悪を感じるようになって
、一切、ものを書くことを中断して三十年余りを過ごしてきました。しかし(更に書くことを再開した経緯
は省かさせて頂きますが)、近年になって纏め上げた私の散文、<<音楽に関する四部作>>と<
<あれかこれか>>についても同様なことが言える、と書きながらも自覚してきたのです。摩訶不思
議な自己顕示欲、評論化諸氏よ、私は何ものかを創る側にいるんだよ、そして、あんたらとは違って
、私の懐疑は此処まで深いのだよ、と主張していることに於いては、相変らずなのですね。それで悪
いか、と、今では開き直っておりますが。
63
この夏、当方では、三方の日本からの知人が来ますので、そして、一家族が暫く我が家に滞在しま
すので、その間は少し休もうと予定しております。公営のプールに子供二人を連れて行こうかとも思
案しております。S.M.さん、また、我が家に来られませんか。部屋も空いていますので一週間ぐらい
はどうぞ。奥様にもよろしくお伝え願います。
太田将宏 (2008 年 7 月 17 日)
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64
女性 - この世話がやける種族
K.M. 様
K.M. さんの「男性にとって魅力のある女性とはどういう人なのでしょうか?教えてください」、とのこと
ですが、それは、男にとっても人それぞれで、何とも、御返事のしようがないのではないか、と思われ
ますので、ちなみに、参考までに、私の例で書かせてもらいます。私にとって、フランス人では、フラ
ンソワーズ・アルヌールやアヌーク・エーメ、イタリア人では、クラウディア・カルディナーレやモニカ・
ヴィティ。アメリカ人では、ローレン・バコールと、若い頃に限ったエリザベス・テイラー、ドイツ人では、
ルート・ロイベリックです。さて、肝心の日本人ですが、まあ、原節子ぐらいでしょうか。それよりも、幼
児期の私の長女、かえでと、次女、加代子をあげるべきでしょう。
でも、最近では、宇宙人が乗り移ったのではないか、というような女しか見かけませんですねぇ。そ
れでも、彼女たちは、何とか、男の気を引こうとして、胸元を広く開けて、おへそを show-off して、肩
を活からして大通りを闊歩しているのですが、男としては、よけて通る方が無難なのではないでしょう
か。何せ、挑発的なかっこうで歩いている、と当たり前のことを言った政治家がヒステリックな声で非難
されたのですから。まあ、私なんぞは、見せたいのなら、見てもいいよ、と思うときも無いではないです
が、まあ、見るだけですね。
太田将宏 より(2007 年 8 月 31 日)。
追伸 (蛇足):
これまた参考までなのですが、S. Kierkegaard は、人間は精神である。…… 女は精神をもたない。
それ故に、女は精神をもった男を嫌悪する。…… と書いておりました。私が言ったのではありません
よ。Kierkegaard が書いたのです。家内も、長女も、次女も賛成しない意見ではありますが、私は、、、
黙っております。精神をもたない者どもには、何かを言うこと自体が不条理ですから。
K.M.様
前の mail では、何か、K.M. さんの「男性にとって魅力のある女性とはどういう人なのでしょうか?」
、との問いに、私が真面目には返事をしていないような響きがあったかも知れませんですので、今ま
た書いております。
実際、私は、相手が男、女にかかわらず、あまり人(類)には期待しない方が良いのではないか、と
心掛けるように努めようとしている此の頃なのです。他者に過剰な夢をもたない、と言換えてもいいか
も知れません。それで、むしろ、こういう女は嫌だ、ということを書いた方が書きやすいので、そういう
風に書いてみます(私は、無論、全男性を代表しているわけではないのですが、それでも、あまり的
は外れていないと思いますが):
まず、意識過剰の女。こういう人種は世界のいたるところに棲息していますね。S. Kierkegaard が言
ったように、これは、女性の本能的なものからくる属性であるのかも知れません。しかし、本能まるだし
、いうのは、どのような文化、文明からも遠いものでありましょう。極端な例として、私は、混んでる電車
の中で、実に不快な思いをしたことがあります。これは、私だけではなく、男性は、多かれ少なかれ、
こうした被害、少なくとも女性の無意識な無礼に出会っているのではないですか。
次に、想像力のない女。自分の先入観を修正できない知的怠慢の女。それで、つまり、気配りがで
きない女。典型的に無神経で自分中心で強情なオバサン。私は、最近、これも混んでる地下鉄の中
で、実に不快な思いをしたことがあります。確かに、私も下車の時に誰かを押しておりました。しかし、
私もまた後ろから押されていたのです。前の女性が理不尽にも私を罵ったので口論になりましたが、
65
これは、状況に対する想像力の問題ではないでしょうか。無神経で自分中心で強情で図々しいオバ
サンについては、周知なので、例を挙げるまでもないでしょう。
最後に、良いとこ取りをする女。男女同権を主張しながら、同時に、一方では、女だから優しく保護
されるのが当然と勘違いをしている反面、同時に、女であることを利用して甘えている、いや、更に男
性を攻撃までする類。男女の差異を言うと、男女の上下を言っていると取り違える知的怠慢の女。つ
まり、私は、女子大学を出て women liberation を叫ぶ女たちを信用していないということです。
最後は、笑い話で締め括りましょう。三浦朱門が曽野綾子に、「俺を辞書代わりに使うな」、と言っ
たそうですが、筆者も我が愚妻に同じことを言ったところ、家内は、じゃ、亭主というものは何の為に
あるんだ、と言い返したのですよ。いるんだ、ではなく、「あるんだ」だったのですよ。ただ、今、この瞬
間、驚いたことに、また、悦ばしいことに、愚妻という言葉が即時に漢字変換ができたのです。この言
葉は、未だ死語にはなっていないのですね。差別語ではない、ということなのでしょう。
以上のことは、男性には観られない、女性特有の性癖ではないでしょうか。K.M.さんには、そうした
ところがない、と見受けられるので、魅力があるのではないですか。
太田将宏より (2007 年 9 月 9 日)
追伸 (蛇足)
S. Kierkegaard は、精神とは肉的なものと霊的なものの総合だ、と書いております。K.M.さんは、「
精神を持った男って、往々にして自己陶酔に陥りやすい傾向にあるように思いますよ。反対に、物分
りのいい男の人は、精神より現実が勝っているように感じられます。結局精神だけでは、生きていけ
ないってことが解っている苦労人がその例でしょうね」、と書いてきましたが、どうも、「精神」という言
葉の定義が違っているようですね。Kierkegaard は、精神とは、それ自身に関係する、ひとつの関係
である、とも書いておりますが、これは、J.-P. Sartre 流に、意識とは、それ自体に関係する、ひとつの
関係である、とした方が解りやすいのではないでしょうか。
私は、精神を持たない女性の方が自己陶酔、自己憐憫に落ち込みやすい、と観ているのですよ。
以前に家内が読んでいた婦人公論のなかで、可哀そうな私、だとか、そんな私をいとおしく思う、な
どという文章によく行き当たりましたよ。これは、自己中毒のようで嫌ですね。こういう自己欺瞞の人た
ちは、あの L.v. Beethoven の有名な辞世の言葉、<諸君、喝采せよ、喜劇は終わった>、がもし、
悲劇は終わった、であったとしたならば様にならない、ということが分からない輩たちではないでしょう
か。そうしたことが分らないうちは、「精神」とか「現実」とかの言葉を使わないほうが無難だと思うので
すが。
私は、このような男は嫌いだ、ということも付け加えなければ不公平ですか。私が嫌いな種類の男
は、女扱いが巧い、といった類です。この種の男に引っ掛かる女は、結構の数いると思われるのです
が、まず、この手の男の巧さは女性を低く観ていますね。そう見られても仕方がないような女たちも此
処、彼処に観られるのですが、松本零士も言っていたように、必ずしもそうではない女性もいるのが
不思議です。次に、この種の巧さは、我々、まともな男性にとっても迷惑なのです。妙におだてられ
て、それを当然としているような馬鹿女が増えて、この世間を住みにくく窮屈にしているからなのです
。そもそもですよ、実際にいたのですが、生理の時の女性に見られるような支離滅裂な言動を男性が
我慢せよ、などと言う権利は、女性には無いではないですか。そうした女性を適当にあしらうことによ
って、受け入れられないものは受け容れられない、という個人の尊厳を相互に放棄させる連中だから
なのです。これがK.M.が言う現実なのでしょうか。
MEMORANDUM
66
石原慎太郎が、「文明がもたらした最も悪しき有害なものはババァ」、と言ったとのことですが、私は
、上記のオバサン連中のなれの果て、ということに限って、彼の発言を支持します。また、彼は、更に
、「女性が生殖能力を失っても生きているのは無駄で罪です」、とも言ったそうですが、これには、さ
すがの私も賛成しかねるのですが、現代の女性、特に日本の若い女性に、家庭作りや子育ての健
康的な本能が失われつつあるのは何故か、との疑問は残っているのです。一方、現代の女性の多く
が、何らの主体性も無く、何ごとをも社会のせいにするのはやめた方が良い、と思うこの頃です。女
性の方が随分と住み易い社会になってきたではないですか。
S.M. 様
お元気でお過ごしでしょうか。ご勤務の最後ご苦労様です。私は、結局、五十七歳半で予想外の
引退を余儀なくされたので、これが私の computersのsofiwareのdevelopの仕事の最後だ、と噛
み締めて思う機会がなかったことだけが心残りでした。添付したfileは、S.M. さんが引退なさった頃
を見計らって送ろうとしていたのですが、私が忘れることを予防する為、今日にすることに致しました
。時間が空いたときに読んで頂けますか。
…(中略)…
次は、上記と全く無関連なのですが、このところの S.M. さんとのmailsの交換から思い起こされたこ
とがありますので、序でに、それについて書いてみたいと思います。もう出どころは忘れてしまってい
る小さい話が三っつ程なのですが、皆、日本のお婆さんの話です:
ある百歳前後の高齢のお婆さんが、あるうららかな日に日ごろ歩いている道の路端に鎮座するお
地蔵さんの前で倒れて亡くなっていた、というのがその一つです。それを読んでしばらくして、私のC
anadaでの知人の一人の日本にいた祖母も同じような亡くなり方をしたと聞きました。
次は、何処かの一家が総出で小川の小魚を取りに行ったとのですが、それが終わって、皆が帰り
支度をしていたときに、その文章を書いている人のお母さんが、もう一回だけ、と、はにかんだ表情で
言って、最後の水さらいをしたそうです。皆は、好きだなあ、と笑いながら眺めていたとのことでしたが
、それからしばらくして、そのお婆さんが亡くなったそうです。
最後に、田舎で一人住まいをして、元気で畑仕事をしているお婆さんが、朝起きたとき、毎朝、あり
ゃ、まだ生きとる、と(独り言を)言っているそうでした。
私は、何のことない、こうした話が好きなのですね。 こうした話は、お婆さんだから微笑ましいので
あって、お爺さんでも様になるとは、さして感じないのではないでしょうか。私自身も彼女たち(特に最
後のお婆さん)のような心境には、なかなかなれないのです。
昨年の一月に私の父が亡くなりましたが、穏やかな死に顔だった、と伝え聞きました。臨終、葬儀に
は間に合わなく、墓参りだけに帰国しましたが、そのとき(少し薄暗い廊下ででしたが)、記憶障害が
ある母から、あんた誰?と聞かれたときはギクリとしました。すぐに気がついて帽子を取ったら、やだ、
あんたじゃない、と言ったので、まあ、安心しましたが、(いつぞや話した事情で)もう既に私の家では
ない家だとして、泊まらずに帰ろうとし、玄関で(多分、)もう今後、生前の母に会う機会はないだろうと
思いつつ、二、三秒の間、母の顔を見つめたとき、もう行ってしまうの、と涙をにじませながら言われ
た際に、また来るから、と嘘を言わざるをえませんでした。私が母の墓参りをするとき迄、母が気持ち
良く過すことができるよう願うばかりです。この点に関しては、私たち夫婦よりは弟夫婦の方が適任で
あることを私も認めております。
つまらない話を並べていましたならば失礼を致しました。
太田将宏 (2011年2月10日)
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子供 - この世話がやける怪獣
N.T. 様
その後、二週間ほど経ちましたが、まず無事に日本にお帰りになりましたでしょうか。その後の音信
も絶えておりますが、日本でお宅にお世話になった程は、此方では快い滞在を(結果としては)提供
できなかったか、と残念に思っております。以下に書くことが、もし奥様にとって苦痛になるようでした
ら、ご主人にでも読んで頂けるなら、としてしたためております。この手紙の趣旨は、お宅の誰をも非
難するものではなく、むしろ、願わくは今後も親しいお付き合いが可能であれば、と望んでのことであ
ることを了解して頂けるならば幸いだということなのです。しかし、それは、私の見た(あくまで私側か
ら見たに過ぎないところの)事実を話して整理してからのことでしょう。まず、何が起こったか奥様もご
存じないか、ということを含めて順序だてて記します。その意味で、これは蒸し返しではありません:
1. お子様が、私のピアノで遊んだ後、鍵盤が汚れてベタベタしておりました。私は、弾いてもいい
けれど手を洗ってからにしてね、と静かに注意いたしました。長男の W 君の返事は、オレの手はキレ
イだ、でした。
2. 同じことが二度目に起こりました。またも、返事は、「オレの手はキレイだ」、でした。彼は、自分
が正しいと思っていたのでしょうが、私は、少し強く、しかし静かに、これはおじさんのピアノだから、
手を洗ってから弾く、と言い渡しました。何れが正しいかどうかということと誰が rule を決めるか、との
違いが分らなかったようですね(これは、swimming pool で shower を浴びてから入る、という規則を
、オレの身体はきれいだ、として無視するような態度と同じですね)。はっきり割り切って言えば、私の
家の中の私のピアノです。私は、むしろ、お子様が私のピアノを叩くことは歓迎しておりました。その
為に蓋を開けたままにしておいたのです。奥様や家内は彼らに弾かせなければいい、蓋を閉めてお
けばいい、と言っておりましたが、それでは、問題の迂回でしょう。
3. 裏庭のパテオにての食事の用意のときでした。長男の W 君に、一寸の間、ハエを追っててね、
と頼んだとき(ありのまま書きますが)、ニヤニヤ笑いながらの彼の返事は、「なんでオレがそれをしな
ければならないの」、だったのです。ここで、私の方が小さな過ちをおかしたことを認めます。つまり、
それに対する私の返事が、君は素直じゃあないなぁ、だったのです。それは呆れ返って、ことに途惑
った故もありましたが、私の返事は、(次男の)S 君は小さいので頼めないし、大人はみな他のことを
手伝っているんだよ、と言うべきでした。ただ、ちなみに書けば、外で食べたいと言ったのは、奥様も
ご存知の通り、W 君自身だったのですね。
4. 今度は S 君の方ですが、いつも食事の進まない S 君が一人で table に残って食べているところ
を、家内が何かの用があって通りかかった際に、彼は、あっちに行け、という言い方で家内に命じま
した。それまでの私は、甘えん坊の S 君は、いろいろあっても小さいのだから仕方がない、と見てい
たのですが、その話を家内から聞いて見方を変えざるをえませんでした。
5. さて、更にいろいろあったのですが、それらは省きましょう。最後に、また、ピアノが鳴りました。
たまたま、その直後に、そこに行きかっていた私は、W 君がソファの上で、「マグロの珍味」なるものを
手づかみで、指を舐めながら、食べているのを見たのでした。そこで、手を洗ったの、と静かに訊ね
ました。彼の返事は、またもや、「オレの手はキレイだ」、だったのです。奥様があれほど口やかましく
お子さんを躾けているのを耳にしていた私は、これは、むしろ、他人からの叱責が必要だ、との思い
が頭をかすめ、今、ここで、ものを食べているじゃあないか、と初めて彼を怒鳴りつけました。此処で、
また、私の方が小さな過ちをおかしたことを認めます。彼が、ピアノを叩いた時と、あれを食べていた
時の前後を確認しなかったことです。しかしながら、彼の返事に加え、ピアノの音が鳴った時と彼が
ソファに座っていた時との時間差が僅差だったことを思えば、とにかく手を洗わないで鍵盤に触れた
ことだけは確かでしょう。私は、心を静めようと努力しながら彼に、何か言うことが有るか、と訊ねました
。返事がありません。静かに、では、解ったな、と訊ねました。返事がありません。解ったな、と今度は
強く言いました。彼が無言であったのに見拘らず、「解ったと言っているよ!」、との奇妙かつ(ありの
69
まま書きますが)反抗的な返事が返って来たのです。返事してないじゃあないか、と私は二度目に怒
鳴りつけました。次に、これは、ある一線を越えるな、いや、かまわない、と瞬間的に思い、図に乗る
な、と続けました。ある一線を越えたというのは、これは所謂言葉の暴力でしょうからです。かまわない
、としたことは、人々、特に日本人に於いては、どのように話されたかをもって、何が話されたかを等
閑に附し、話をすれ変えて自己正当化をはかる傾向がみられ、私はそれを容認しないことが背景に
あったからです。これらは、意識はしなくても W 君を囲む(日本の)環境のなしていることなのかも知
れません。歳をとるに従って如何に話すかも重要であるか、と思われる昨今ではありますが、他人の
物であっても自分の判断基準で使っても正しい、とすることは僭越で図に乗っている、ということであ
り、私が何を話しているか、をもってすれば、その方が、むしろ、正当であるとすべきでしょう。しかし、
その瞬間では、私の憤りの感情の発露そのものであり、その点を反省し謝罪いたします。
奥様が二階から降りて来て、何があったのでしょうか、と私に聞きました。私は、三回目だから怒鳴
りつけたのです、などと説明しましたが、小心な私なので興奮気味で奥様に静かに話せなかったこと
を今でも残念に思います。奥様は(それが既に私の性格を見て取ってのことか、お子様のあり方をご
存知であったが故か、それは、私にとっては未だに不明なのですが)、「こうなることを予想していた」
、と仰って、W 君に「謝りなさい」と指示されました。彼は黙り続けておりました。私の方は、私の側で
これは言うべき、と思われることを言った後は、必ずしも、謝ってもらうことなどは期待してはいなかっ
たので、その後、私が奥様に入れ代わり二階に行って PC を使っていると、下で W 君が何かを喚い
ている声が聞こえてきました。そうこうするうちに、彼が上に昇って来て、私にとっては意外にも「御免
なさい」、と小さな声で言いました。彼は、彼なりの言い分があるかな、と思い、一言、声をかけました
が、彼は、すぐに背を向けて階段を降りて行きました。そのうちに奥様が二階に来られる機会があっ
たので、W 君の方で何か言い分があったのではないでしょうか、と訊ねました。奥様は、「全面的にう
ちが悪かったのです」、と仰いました。そうかな、と思った私は、しつこく話し続けることを躊躇したもの
の、何か釈然としないところもあり、ニ、三何かを言って、更に言いよどんでいると、今、「気が動転し
ていますから」、とのことで、奥様の心痛を察すれば、それも無理はない、と思い私は黙るように致し
ました。
さて、お聞き苦しいことを書き続けてきましたが、むしろ、話はここからです。その日の夕方、これは
予定通りだったのですが、奥様とお子様たちは、別の知人のところに晩餐によばれていたので出か
けられました。私は、奥様の出がけに、余り気になさらないことを希望します、などとトンチンカンなこ
とを言いました。しかし、その晩は我が家に帰り泊まる予定でしたね。その日の夜になって奥様から
家内に電話があり、その晩も次の晩もあちらに泊まるので、翌日に荷物を取りに(だけ)立ち寄るとの
ことでした(そして、その次の日、つまり翌々日には日本へご帰国でしたね)。家内は、仲直りができる
ように家に帰ってきたら、と提案したそうですが、「これ以上は迷惑をかけられない」、とのご返事であ
ったと伝え聞きました。翌日、奥様がいらしたときに、元気で日本に帰って下さい、と申し上げた際、
奥様は、「ご迷惑をおかけしました」、との一言で頭を下げられて帰られました。私は、奥様は、まだ
気が動転しているのか、と感じました。無理も無い一面がございますね。不幸な出来事であり、また、
奥様の心中を察するに余りがありましたが、しかしながら、一方、私には、お宅のお子様への対応に
ついては(正直に言って)、言うべきことの責務を果たしたとして、大筋に於いては後悔の余地が無い
のです。ただ、奥様と、私共の気持ちがすれ違ったこと、その不幸な出来事を修復する機会が与え
られなかったことを残念に思っております。
以上いろいろ書きましたところで(忌憚なく言えば、心外なこともあり、失望も致しましたが)、これら
は何時でも何処にでもあることなので、私は迷惑だと思ったことは一度もありませんでした。それが故
に、奥様の言葉、「迷惑をかけた」、をそのままに受け取り難いが為、以上、的外れのことも書いたか
もしれませんが悪しからずお取り願います。一方、奥様はお疲れのようでしたので、日本に帰国後は
寝込んでしまわれるのではないか、と気掛かりというよりは(余計な)心配を致しましたが。
さて、次の二つのことを書かせてください:
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1. まず、どちらのお子様も、大人は子供の為にある、と勘違いをしているのではないか、ということ
です。私は、どのような意味でも教育者ではないので、よそ様のお子様の躾けのありかたに対して直
接は進言、苦情などを言いません。しかし、我が家に於いては、唯一つ、子供の人格を尊重するべ
きであるとするならば、大人の人格をも尊重することを私は求めます(このような言い方では子供は理
解しないかも知れませんが、子供と言えども、それは何となく感じられてしかるべきだ、と私は確信し
ております)。このことは大人に対しても子供に対しても同様でしょうし、決して理不尽ではない、と思
われるのですが。
2. 次に、何故か、奥様が叱っても叱っても効果が無い、と見受けられました。加えて、奥様が、「私
の眼が行き届かなかったので」、と仰っていたこともあったのですが、お二人の態度に裏表が見られ
る、と判断したら行き過ぎでしょうか。私にとっては、お宅のような high level のご家庭のお子様が上
記の様に振舞ったことが、それこそ意外でした(私共夫婦が日本に滞在中にお世話になったときと彼
らは全く違っていたのです。また、明くて頭の回転の速い奥様が、今回は、何か defensive(すみませ
ん、これ日本語で表現し難いのです。)なので私が奥様に直接に話すのが躊躇された、という一面も
ございました)。もし、ご主人がお子様のことに関与しないで奥様に任せきりなのではないとしたなら
ば、これは、日本の社会環境そのものに問題があるのでなないでしょうか。お子様は、他人と如何に
して接するべきかを知らずにお宅の外に出ていて、どこかで、そうした子供のあり方を環境が容認し
ているのではないでしょうか(カナダに於いても、その傾向は無きにしも非ずなのですが、私は、我が
家では、そうしたお子様文化を受け入れておりません)。お母様である奥様は、何があっても、また、
叱ることがあっても、最終的には子供の全てを受け入れる、これは、大切なことです。しかし、お母さ
んは、最後には受け入れてくれると、子供たちは知っているが故に、それだけでは駄目だと思います
。それだけでは、「全部が一等賞」のかけっこと同じ方向にあるかと危惧されるのです。私は、幼児、
特に男の子にとっての最初の他者(他人のような者)は、子供の心理としては母親ではなく、父親な
のではないか、と自分の幼年時代を振返ってみて思うのです。さらに、私は、現在の日本の社会に
ある家庭に於いて、父親がその役割を果たすのが難しいような環境にあると見ているのですが、その
意味でも、所謂「友だちのような(父)親」のあり方には疑問を感じております。誤解のないように付け
加えさせて頂ますが、私は、お宅がそうだ、と言っているわけではありません。しかし、そうでないとし
たならば、前述のように子供たちの広い意味での環境そのものに問題があるのでしょう。家の外は、
母親のように子供の全てを受け入れる社会ではなく、いや、むしろ、そうあるべきではない、と主張し
ているのです。母親と(父親を含む)社会の双方が必要であり、その意味では(実質的な)片親の子
供は不幸である、とも愚考しております。
私も、子育てには金科玉条の法則は無い、と思っております。ただ言えることは、ただ環境に適応
、適用できる児童を育てるのではなく、環境条件に対処できる子供に成長させることではないでしょう
か。そうした意味を含めて、私は、他人が他人の子供を叱る、ということも大切だと思っております(そ
れは、当方、カナダでも逆の傾向にありますが)。
振り返ってみれば、私も子供時代には、お宅のお子様方と同じような返答を大人に対してなしたか
、とも思われます。しかしながら、それであっても、大人は言うべきことを、それに応じた態度で子供に
示すべきだと思われます。これは、決して自分自身のことを棚に上げて、ということではない筈でしょ
う。もし、私が充分に注意され、叱られていなかったとしたならば、それは私の不幸だったからなので
す。その意味でも、私は自身を正当化しているのではありません。奥様は、いつぞや、「私は平凡な
人間です」、と仰っていましが、それでも、私が私の<<あれかこれか>>に書いた<普通の人>と
は違う人、として私は接してまいりました。それが故に、以上は、私からの釈明でもあり、見解でもあり
ますが、私は、今なお、お宅のご一家とも将来ともにお付き合いできれば、と希望しております。それ
が、この便りの重点なのだ、として読んでいただけるならば幸いですが、それでも受け入れられるか
どうかについては、全てがお宅のご自由、としたく存じます。
太田将宏 (2008 年 8 月 22 日)
71
追伸
ご帰国後に家内が言うことによると、先日、私が、たまたま、その頃に弾いていた Bach の Fuga に
ついて、W 君が奥様に、その曲がどのようにややこしいかを説明していた、とのことです。私は、それ
を聞いて微笑ましく感じました。いいとこあるではないですか。経緯は次の通りだったのです。そのま
た前日に、同じ Fuga を私が弾いていたとき、彼が近寄って見つめていたのは良かったのですが、神
経質な私にとっては、何か、彼の動作が目障り、耳障りだったのですね。それで手を休めて暫し説明
をした次第だったのです。奥様に説明できるところまで私の説明を聞いてくれていたか、と嬉しく思い
ました。
MEMORANDUM
この mail を此処に収録した訳は、児童、特に日本の子供たちのありようについて、その後も考え続
けてきたことがあるからです。以下に記述することは、決して、N.T.さんたちを批判することなどには
重点はなくはなく(そういう気持ちは、上記の手紙自体にも無いつもりですが)、更に一般化したもの
として読んで頂けるなら、と希望いたします。
まずは、「全部が一等賞」のかけっこについてなのですが、これは、典型的な「結果平等」ですね。
しかし、機会平等であり且つ結果平等であるような場所、機会がこの世界の何処にあるでしょうか。
私は、子供の世界であっても同様だ、と思っております。私のように可愛げのない少年時代を過ごし
た者でも、これは、さして悪くなかったかな、という数少ないことの一つにこういうことがありました:
小学校、中学校時代の私は体育、運動が苦手でした、それでも、日頃は他の科目の成績があまり
芳しくない級友が、運動会などで活躍しているのを見るのは、私の喜びでもあったのです。私のよう
な捻くれていた子供では、それ以前に(もう憶えていないのですが)、それを誰かが何時か示唆しな
かったならば、そうした気持ちの発露は無かった、としか今でも思えないのです。言葉を変えて言え
ば、「全部が一等賞」のかけっこなるものは、そうした機会を子供から奪う風潮ではないでしょうか。そ
れでは、他者を他者として認識して如何に接するかを、心から賞賛するかをも含めて、知る機会が
無いではないですか。
次に、実は、これが、この MEMORANDUM の本題なのですが、J.-P. Sartre の<<Le Mot>>
についてです。あの読むに退屈な彼の著書にて、彼は、自分の母親を、母とは書かないで、AnneMarie (Schweizer)と書いているのですね。学生時代の私は、S. de Beauvoir の<<Mémoir d’une
jeune fille rangée>>などに散見される何らの根拠のない知的 élite 意識は鼻摘みだったのですが
、それに反しての Sartre の書き方には、彼の冷徹な記述のあり方として、それなりに好感をもってい
たのです。しかし、今回の私の経験で、私には別の見方が可能か、と思われるようになったのです。
Sartre の、他者についての、他人にとっての自身は、何であるか、或いは、何であったか、ということ
だけの即自に還元されてしまう(存在と無)、という記述は、包み包まれるような母子関係には当ては
まらないのではないか、ということなのです。ひとりの母親にとっては、彼女の子が何であるかは自明
ではあるにしても、それが彼女にとって、また、彼女の子にとっては即時である、と言い切れないので
はないか、ということなのです。それを欠いた他者の概念が、Sartre の<<Le Mot>>に反映して
いた、と見るのは不都合でしょうか(ここで、彼についての心理的な説明には敢えて触れていないこ
とにご注意願います)。私には、その意味で母性をも含めるとすると、彼の言うようには、「私の根源
的な失墜は他者の実存である」、とは言い切れないのです。典型的な例として母性を持ち出しました
が、父性に関しても程度は違っても同様にもありうることでしょう。いや、期せずして Sartre 批判にも
なりましたが、これは全ての対人関係に於いても、仮に限りなく薄くであったとしても、ありうることでは
ないでしょうか。私のことを書いても仕方がない筈ですが、白状すると、私は個人主義で限りなく薄
情な人間なのです。しかし、それが故に、反面、仮に、自分の生活基準を守る為であったとしても、
他人として他人の子供を他者として叱る、ということには社会的に意味が無くもない、と思われるので
す。そして、それは、むしろ、この世界に於いての市民としての責務でしょう。それを欠いた社会なん
72
ぞは甘え切った社会そのものではないですか。また卑近な例を持ち出すならば、「全員一等賞」など
という事なかれに反対する他者が必要である、ということになりますか。
ADDENDUM
徹底した個人主義であろうとした私が柄にもなく上記のような釈明の mail を N 夫妻に送ったので
すが、2008 年 10 月 7 日現在迄、N 夫妻から何らの返信が無いことを追記します。此処に到っては
、母親というものは(とりわけ日本や支那の母親は)、N.T. さんをも含め、その殆どが、子供の躾を放
棄し、子供だからしょうがないとしているのではないか、ということでの私の経験が補強された次第で
す。
更に、2009年 9 月 2 日現在迄、N 夫妻から何らの返信が無いことを追記します。万事、事なかれ
主義の私の愚妻に、上に転写した mail を読ませ、此方側では礼を尽くしたつもりだ、と言ったところ
、彼女でさえも納得した様子でありました。この上は、何れが間違っていたかに拘らず、今後、あの
兄弟が我が家での経験を通し、如何に他者に接し、対処するかのよすがになれば、と望むほかは無
いようです。
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73
音楽 - この世話がやける学問
O.A. 様
お元気ですか。この年末にお会いしたならば、お見せしようと思っていたものがあったのですが、そ
の機会が無かったので、私が忘れないうちに、この便りで書くことに致しました。
私の次女は、毎年、私の誕生日や Christmas に sweaters をくれるのですが、それがたまって今生
では消費しきれない程になったので、それを彼女に話したところ、じゃあ、何がいいの、と聞くので、
Henle 版の J.S. Bach の<<Das Wohltemperierte Klavier Teil I>>の楽譜が欲しい、と返事しまし
た。 私が今まで使っていた Teil I の方の楽譜は、学生時代に買った Bach Gesellschaft のものでし
たが、もうボロボロだったです。
その後、Christmas の前日に、彼女から電話があり(Remeny(楽器、楽譜店)の店から掛けていると
のことでしたが)、指使いが書いてあるのと無いのと、どちらがいい、と聞いてきたのです。私は、現在
、Henle 版に二つの versions があるのを知りませんでした。ちょっと考えて、参考にもなるかと思い、
指使いが書いてある方を頼みました。先日お話しした通り、私の<<Das Wohltemperierte Klavier
Teil II>>の方も Henle 版ですが、指使いは書かれておりませんでした。旧、新、両方とも”Urtext”と
銘打ってありますが、Henle Verlag では policy を変えたのかどうかが少し気になったのです。そのよ
うに言いますのは、Bach 自身は、タイは書きましたが、原則として、スラー等は書かなくて(たまさか(
例えば、<<Inventio>>(Nr. 3(in D-dur)、BWV 774 )のように)例外的に書かれている場合に限
って解釈に困るのですが)、音符以外には(右手、左手の使用を、楽譜の上、下段で暗示する以外
は)何も書かなかった筈だからです。指使いなどは、勿論、書かなかったのですね。これらのことを論
じるのは、指使いを除いては、現在迄の Henle Verlag では変更が無い(つまり、指使いを除いては、
編纂者に因る加筆が無い)ので省くとしても、今後の方向が気がかりだからなのです。指使いの一件
にしても、 Teil I での指使いの指示は、私も尊敬する Andras Schiff に拠るとのことですが、手の大
きさや手の形が私のそれと違うせいか、一番最初の<<Praeludium I>>(C-dur、BWV 846)にて
でさえも困難を感じるのですね。指使いまでを彼に従う必然性は何も無いので、私は従来どおりで
の慣れた指使いに戻しておりますが、彼のを標準として印刷した Henle Verlag には疑問を感じてお
ります。私は、”Urtext”と称している限り、指使いもまた書かれていない方が良い、と結論致した次第
です。
今現在、私は、Teil I の As-dur の<<Praeludium XVII>>(BWV 862 を以前に弾いたときと別
な articulation を思いついて練習していおります。参照した指使いの指示は Bach Gesellschaft 版と
Henle 版での違いが多過ぎるのですが、それらによって類推される曲の解釈は、ほぼ同様でしょう(こ
れは私見ではありますが、私は、Bach Gesellschaft 版の方が一般的には合理的だと見ております)。
それにも拘らず、何れにしても、私の解釈とは違のです。私の新しい解釈は、第二小節の右手の音
形の八分音符は全てスタッカートで最後の八分音符を次の小節にスラーでつなげない、以下同様、
というものなのですが、その訳は、冒頭の左手の四分音符と右手の八部休止の組合せにあります。し
かし、三小節目の終わりの八分音符は、楽譜での指使いが暗示するように、次の小節の四分音符に
つなげる方が自然にも聴こえますね。そうした場合には、いかが致しましょうか。
これは序でなのですが、A さんは、「私も手が小さいけれど、手、指が届く」、と仰っていましたが、
私は、この曲の 8 小節目の四分音符 G の音だけは、充分に伸ばせないのです。Bach の手では届
いたのでは、と推測しておりますが、私は八分音符で妥協せざるをえないのですが、これまた如何で
しょうか。
同時に、Teil Ⅱの g-moll(BWV 885)と gis-moll(BWV 887)の Fugen を練習しておりますが、次に
機会があったら、先の As-dur の Fuge と gis-moll の Plaeludium は余り好きでないので、この前お話
したとおりの(こんなことを考えるのは、全く、素人の特権でしょうが、)As-dur の Praeludium と gis-
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moll の Fuge を組み合わせて弾くか、g-moll の Praeludium と Fuge をそのままで弾くか、どちらかを
お聴かせ出来れば、などと考えております。しかしですねぇ、指使いが書いてない楽譜というものは、
考える楽しみがあって良いものですが、でも、分析、解釈に時間がかかるものですね。Gis-moll の
Fuge なんぞは、既に一年以上かかっておりますが、未だ、ああでもない、こうでもない、とやっており
ます。
よろしくご指導のほどを。よい年をお迎え下さい。
太田将宏 (2007 年 12 月 31 日)
O.A. 様
新年おめでとうございます。お返事有難うございました。日本に帰られていたとは知りませんでした
。お元気で Canada に戻られたようで何よりです。
さて、私が書いたことは、少し違うようですが、articulation から指使いを考えるのが基本でしょうが、
指使いを考えるうちに、逆に、articulation が決まるということもあっても良いのではないか、ということ
だったのです。その辺りが Bach の理論倒れではないところの職人的な技術で、そこに、むしろ、私
は感嘆しているのですが。
私も、無論、印刷された指使いは、出版社が付け加えたものなので、参考にはしておりますが、書
き換えることもしばしばあります。とりわけ私の手は小さいですから。
一方、これは辻荘一が書いていたことですが、Teil II は TeilⅠに較べて緊張感が足りないように思
われる、とのこと、私も同感をしているのです。Teil II では鍵盤楽器で弾くということに関して
articulation の上で、どうにも妥協しなければならないことが多いのですね(と言うことは、声部数に応
じた複数の弦、管楽器でできたら、と思うところが散見されるのです)。今、手懸けている gis-moll の
Fuge に …(中略)… 、それを感じております(先日は、たまたま、Teil I からの例を一つ書きましたが
、あれは Teil I のなかでは例外的でして、Bach の手では弾けたものと推察しておりましたね)。やはり
、Teil II では、別の Fugen でもそうしたところが多く、私の<<音楽に関する四部作>>でも書いた
ように、Teil II は拾遺集のようなものだったのではないか、と思われます。でも、本当に、捨てるには
惜しいという曲が多く、私は、今では、むしろ、Teil II の方で、より多く、あれや、これや、とやっており
ます。Teil I よりは考える楽しみがあるからです。
以上は、全て整然とした Teil I と、さしてはそうではない Teil Ii を較べるならばの話しで、双方が素
晴しく魅力的であることには変わりがないと思いつつ、謙虚に勉強、練習しようと努めている次第で
す。しかし、時間、日にちがかかりますね。いつ、お聴かせできることやら。
また機会がありましたらお会いいたしましょう。良いお年であるように。
太田将宏 (2008 年 1 月 6 日)
Y.T.様
先日、F.M. 氏と交信した折、Y.T.さんは退職後にチェンバロの練習を再開されるようなことが書か
れておりましたが如何でしょうか。また、Y.T.さんは料理が好きなようですが、私の方は、料理に限ら
ず、家事一切が嫌いなので家内の顰蹙をかっております。また、何時かの Y.T.さんからのお便りに、
苦労して、門間直美の「音楽の理論」を手に入れた、と書かれてありましたが、あの本は如何でした
か。私は、それから多くのことを学びましたが、難点は、索引がないことですねぇ。後日、参照するの
に時間がかかってかなわないのです。
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私は、今、J.S.Bach の<<Das Wohltemperierte Klavier Teil II>>の g-moll(BWV 885)を練習し
ております。この Praeludium は、私が好きで得意としていた曲でして、また、例外的に Bach に拠る
Largo の指定がありますが、Fuge の方は、曲のありかたとしても、演奏上の問題にしても、彼の作品
としては駄作なのではないか、と弾きながら考えております。後者について言えば、例えば、第 30 小
節の上声部最後の八分音符 D は、次の小節冒頭の G にスラーでつなげるべきだ、というのが私の
解釈なのです(これは、この時代の音楽のリズムとしては常識的だと思われるのです。私は、この曲
の主題の八分音符は、続く四分音符とスラーでつなげております)が、すぐ下の声部と、この D の音
は共有されているのですね。そして、そちらの声部では、その D は次の小節の冒頭の D とは切れな
ければならない(鍵盤楽器でなければ、この二つの声部は、複数の楽器で引き分けられるし、中声
部の方では、むしろ切れやすい)ところでしょう。そうしたような矛盾がこの曲には散見されるのです。
そうした訳で、今月の 25 日の演奏では、代わりに gis-moll の Fuge でも弾こうと用意しつつあります
。もし、Y.T.さんに g-moll の方の Fuge に別の解釈がありましたら知らせてください。私は、第 67 小
節から始るストレッタのように魅力的なところもあるので(我ながら呆れかえったことに、一年半近くた
って未だやっているのですが)練習を続けております。
いや、私の近況についてが長くなりましたが、実は、上記の問い合わせが主で、これを書いている
わけではありませんでした。私は、G. Gould の LP、テープや CD を幾点か持っているのですが、問
題は、B-dur の Partita(BWV825)のなかの Menuet I と Menuet II なのです。彼のその CD では、II
の後で I に回帰していないのですね。こうしたことは、彼以外の演奏家だけではなく、彼の他の曲の
演奏からしても異例だと思われるのです。それで、もし、Y.T.さんがこの曲を Gould の演奏で LP で
持っていらしたら、そこがどうなっているか知らせて頂けたら、ということがこの mail の眼目でした。と
言いますのは、Sony が CBS を買収して以来、LP(やテープ)から CD に再録、再発売を続けている
のですが、この set に限らず、一切の編集が杜撰なのですね(あるいは、master tape に欠損ができ
た?)この CD は二枚組みなのですが、他にも問題がありました。二枚目の From 9 Little Preludes(
BWV 924-932)でも、私がテープで所持している方に較べて一曲足りないのです。また、極めて貧相
な解説書は、このセットだけではなく、(私の見るところですが、大賀社長(会長)以来のことで)今に
始ったことではないのですが、それも相まって、私は、Sony の製品は買わないように心掛けているの
ですが、ただ、G. Gould のピアノと G. Szell の指揮の The Cleveland Orchestra の(LP/)CD がそこ
からしか手に入らないのが悩みの種なのです。それにしても、上記の Gould の LP は、もはや手に入
れるあてもないので、Y.T. さんに問い合わせをしている次第ですが、まあ、可能でありましたならば、
調べて頂ければ幸いです。
おくばせながらですが、奥さんの加減は如何でしょうか。何時かお話したように、退職後に落着か
れた頃、ご夫妻でカナダに来られたら、と希望をしております。
太田将宏 (2008 年 5 月 8 日)
Y.T.様
お返事を受け取りました。どうも有り難うございました。
さて、やはり、「その後レコードを聴きました。やはりメヌエットIとメヌエット II で終わっています。それ
もちゃんとリタルダンドして,これで終わりだぞという感じで終わっています」 ――― 、とのことでし
たか。続く、この Partita の Menuet についての「ただ曲想としてはやはりIに回帰するべきですよね」
、には、私も Y.T.さんの意見に全く同感です。また、私の楽譜は井口版なのですが、Menuet II の終
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りに Menuet I da capo とイタリア語で書かれております。今度、機会があったとき Henle 版で調べてみ
ましょう(ただ、それを売っている店が私の家から遠いので今すぐの予定は無いのですが)。もし、G.
Gould 自身が本当に da capo なしで録音していたとすると、彼が何故そのようにしたか、も気になって
問い合わせを致した次第だったのです。とにあれ、私は、da capo をして弾いておりましたし、さしあた
っては、これからも、そうするつもりなのですが。
ところで、この Partita の Giga は、意外に易しくて弾きやすいので私の愛奏曲でもあります。この曲
全体は私にとっては難しすぎるのですが、他には、Sarabande と上記の Menuet を弾いたことがありま
した。この曲集の六曲では、最後の VI 番のホ短調の曲が好きで、この方は、第六楽章の Tempo di
Gavotta を除いて全部手がけたことがありました。その Gavotta は、私のリズム感では、まだ手に負え
ませんが、最初の Toccata の中の Fuga は、私が何とか弾けた Fuga のなかでは一番に好きな曲なの
ですよ。
また、お便り下さい。お元気で。
太田将宏 (2008 年 5 月 9 日)
M.N. 様、K.M. 様
(…(前略)…)
今日の朝、ラジオ カナダのフランス語の放送にスイッチを入れたところ、何かラテン語の音楽が流
れておりました。そのアルトの独唱を聴いているうちに、これは A. Vivaldi の<<Stabat Mater>>だ
、これは、昨日、私の CD で聴いた Toronto の Tafel Musik の演奏と同じだ、今日は Mother’s Day
だった、と次々に思い当たりました。やはり、Radio Canada の放送のやることは、英語の CBC などと
は水準が違う、と思いました(CBC では、今日その前に、Brahmus の子守唄などを流しておりました)
。
私が日本に滞在している間に、K.M.さんのご母堂が逝去されて、私は、彼女の生前には一面識も
無かった者でしたが、母思いの K.M.さんの求めもあり、葬儀の末席に連なったことがあって、人の死
について改めて思い巡らす機会を与えられたことを感謝致しました。私は、K.M.さんのようではなく、
年老いた私の両親の世話を弟夫婦にまかせっきりで海外在住を続けている親不孝者なのですが、
K.M.さんのそうした母思いの姿勢は、私程度の人間にとって辛くとも反省することが多くある経験で
した。
さて、M.N.さんは、Vivaldi の声楽がお好きであるとのことでしたが、彼の多くを知らない私でも、あ
の作品には心を惹かれております。また、上記の独唱を唱っている、Marie-Nicol Lemieux というアル
トは、抑制された唱い方の中に適度の表出性が聴き取られ、母親というものは、究極的には、極限で
は、こうした存在なのだという感慨が心に沁みて、しみじみと、思いを新たに致した次第です。しかし
、これだけでは不肖の息子の sentimentalisme に過ぎないので、お二人に笑われても仕方がないか
もしれません。ただ、次のことを聞いてください。
この Vivaldi の作品では、<Amen>の前の 2 曲が省かれているのですね。私は、深読みになるか
とも思われるにしろ、そこに作曲家の見識、矜持のようなものを感じるのです。その訳については、
また、Vivaldi 以外の<<Stabat Mater>>の作品については、私の<<音楽に関する四部作>>
の第四部、4・12 に拙文がございますので、それをも参照して頂ければ幸いです。
さて、この Vivaldi の作品は、自分で所持する CD で昨日も聴いたばかりですので、今日は、J.S.
Bach の<<Gottes Zeit ist die allerbeste Zeit>>(Actus tragicus、BWV 106)、これは、多分ご存知
のとおり、葬儀用のカンタータですね。母と死について考察する一日になりそうです。
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太田将宏 (2008 年 5 月 11 日)
Y.T.様
お返事有難うございました。
貴兄からの返信では、「この曲はそもそも二段鍵盤のために書かれたもので,それをピアノ用に無
理に書き直したからそのように矛盾が目立つ・・・という風に考えられませんか。細かく検討していない
ので間違っているかもしれませんが,そんな気がします。またメールいたします」 ――― 、とのこと
ですが*、その件は、実は私も考えました。しかし、それでなくても、私が譜面を見る限り(特に、これ
が四声の Fuga である故に中声部が二つあり、それらの右、左手での分担、交代が多いこの曲に於
いては、それら一切の弾き分けは、あの J.S. Bach にしても(また、この曲集の他の四声の Fuga に較
べても)非常識と思われるほどに煩雑であるかと思われ、二段鍵盤に於いてでも実現の可能性は少
ない、と分析しております。しかし、私は、二段鍵盤で実際に試したことがないので、試してみれば予
期せぬ道が開ける可能性があるかと(余り期待はしていないものの)多少の結論の余地を残しており
ます。Y.T.さんの楽器での、或いは、LP での何かの発見がありましたならば、また私に教えてくださ
い。私は、全てピアノでの演奏の LP で 3・1/4 の<<Das Wohltemperierte Klavier>>の sets をも
っているにしろ**、そこまで聴き取れるかどうか心もとないのですが、今は不調の LP の方の装置が
何とかなった暁には、試してみましょう。大 Bach の作品についてあげつらうことが私の意図ではない
のですから。でも、さしあたって、実際に弾いているときに、どうも釈然としないのですね。
太田将宏 (2008 年 5 月 11 日)
* N.B. 私の Hotmail は、何故か provider が勝手に Inbox や Outbox から delete すること
があるので Y.T.氏の mail が見つかりませんが、これは、<<Das Wohltemperierte Klavier Teil
II>>の g-moll の Fuge についての話題です。
** N.B. それぞれが異なる四人の pianists による演奏の LPsですが、E. Fischer によるものは
、
ばら売りの LPs の12曲しか買い求めなかったので 12/48=1/4 なのです。
Y.T. 様
今回は、今日、幾つも返事を書かなければならない e-mails が残っていますので、以下のことだけ
で失礼を致します:
Y.T. さんからの「太田さんの仰るとおり,僕の思い過ごしだったようです。ヴァルハは平均率をチェ
ンバロで 2 回録音をしていますが,2 回ともふつうに主鍵盤でひいているようです。仰る箇所は 30 小
節ではなく 32 小節目でしょうか。ヴァルハも太田さんの仰るように,主題の 8 分音符は次の 4 分音符
とスラーでつないぎ,その次の4分音符とは切って弾いています。つまり太田さんの仰る矛盾は僕に
も納得できました」 ――― 、とのことですが、やはりそうでしたか。しかし、こうした妥協を要すること
は、他にも見られるのですね。何故ここだけが気になることが気になりだしました。
一昨日の家庭音楽会では、やはり、準備不足でしたので弾くのを遠慮しました。ところが、もう一人
のピアニストが、たまたま、Henle 版の<<Partiten>>をもっていましたので見せてもらったところが
、例の G. Gould の演奏には根拠があったのです。Da Capo は、ありませんでした。加えて、Menuet
II の最後の小節の服縦線には、終止記号としてのフェルマータが書かれておりました。しかし、私に
は、J.S. Bach の意図が解らなく、やはり、D. Lipatti のように Menuet I に回帰する方に、未だ、心が惹
かれております。
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太田将宏 (2008 年 5 月 26 日)。
Y.T. 様
お元気ですか。
またまたのお問い合わせになりますが、J.S. Bach の<<Das Wohltemperierte Klavier Teil I>>の
C-dur の Praeludium(BWV 846)では、最後の二小節を除いては、各々一小節内の後半(3,4 拍)
は前半(1,2 拍)の繰り返しになっていますですね。ということは、後半は前半の echo として前半より
は小さめの音で弾くべきかどうか、ということなのです*。それをピアノで試しているのですが、チェン
バロでの二段鍵盤では可能かどうか、ということをお聞きしたくなったのです(一段だけでは強弱の
control のできないチェンバロでは無理でしょうし、また、二段であっても半小節ごとに鍵盤を交代す
るのも実際的ではないのかもしれないですね)。無論、ピアノでは簡単で容易なのですが、また、聴
きようによっては、その方が自然に響くとも感じられるのですが、そうしてもいいのかどうか、いま一つ
気になってきました。私の LP では全てピアノでの演奏によるものなのですが、Y.T. さんは H.
Walcha の LPs を持っていらしたので(それを、学生時代に聞かせてもらったことを懐かしく思い出し
ておりますが)、お問い合わせをしている次第です。まあ、一人の演奏家によるものだけで断定する
ことは出来ませんが、Y.T. さんのご意見と共に知らせていただければ有り難く思います。
これは、序でなのですが、G. Gould が、この Praeludium の右手の十六分音符を staccato で弾いて
いるのは、私は、納得できません。第 1、第 3 拍目の八部休符の故だとするならば(ピアノでならば)
、休符の前でペダルを切り替えれば、それですむことですね。ペダルを Praeludium 全面にわたって
多用すると、確かに、続く Fuge との対応に於いて疑問の余地がありますが、staccato で弾いても、そ
の問題は消えないでしょう。まさか、Fuge の(全体とは言わないまでも)殆んどを staccato で弾くわけ
にもいかないでしょうし。
もうひとつ。ピアノでの演奏の多くでは、2 拍目の始めと終りの十六分音符(と4拍目の始めと終りの
十六分音符)を強調して弾いている傾向が聞き取れるのです(私も、近年は、そのように弾いており
ます)が、これは、付点八分音符と十六分音符の組み合わせのような効果があり、そこに駆け上がる
十六分音符と共に、一つの(隠れた)別な声部を聴かせようとしているのではないか、と推察していま
すが、これはチェンバロでは出来難いことではないでしょうか(しかし、チェンバロでも、結果的に、そ
の残響のありかたで、その様に響くということもありうるでしょう。もしそうであるのであれば、ピアノでの
効果も正当化できますですね)。クラヴィコードではどうなのか、その演奏の例が LP でも CD でも見
あたらないので、Y.T. さんが知っていらしたら、或いは、それを Y.T. さんが誰かに問い合わせられる
人がいましたら、教えてくだされば幸いです。
正直に言って、このところ Y.T. さんからの返信が途絶えていることが少し気になっております。お
忙しいですか。まあ、気長にお返事を待とうと心掛けましょう。
太田将宏(2008 年 6 月 13 日)。
*
、
N.B. それどころか、そうでもしないと、指定通りの4/4 拍子にならないのです。ただ
中世以来、 ヨーロッパの音楽では、理念の方が realization よりも優位とされてきた一面もあ
り、それは J,S. Bach に限らないことかもしれません。また、この曲には当てはまらないでしょ
う
、
79
が、強弱の control が和音、和声進行のあり方により可能になる場合があるかもしれません
ね。一方、Tatiana Nikolayeva は、「J.S.Bach の作品は現代のピアノに於いてこそ実現する」
と述べておりましたが、そこまで言うのは強弁が過ぎると思われます。私は、例えば<
Chromatische Phantasie und Fuge>>(BWV 903) のピアノでの納得のいく演奏を聞い
た覚えが無いの です。この作品には、チェンバロ独特の深々とした響と程よい残響が必要
なのですね。私 自身もピアノで試してみたのですが、<Phantasie>の冒頭からして満足か
ら程遠い結果に なりました。
Y.T.様
いつも書こうと思っていて、いつも書くのを忘れてしまうことを思い出しましたので今度は忘れないう
ちに、今、書いてお送りしようと思います。
Y.T. さんは、多分あるいは若しかしたら、ピアノで J.S. Bach の作品を弾くのは authentic ではない
、と思っていられるのではないか、と私は勝手に想像しているのですが如何でしょうか(違っておりま
したら失礼!)。Bach も、彼の晩年にピアノに出合ったことがあったけれど、それに興味を示さなかっ
た、と読んだか聞いた憶えがあります。そして、私もまた、authenticity に関しては、全くその通りであ
る、とそうした見方に一応は同意しているのです。私は、しかし、Bach の Klavier の為の作品、特に
独奏曲では、これは、不思議なことでもありますが、よくもまあ、ここまでピアノでの演奏に於いても耐
えられる作品群になっている、と感嘆してもいるのです。いや、ピアノだからこそ表現、実現できるの
ではないか、と判じたくなるような écriture に出会うことすらもあるのです。反面、そこで、私が途惑っ
ていることがあるのですが、それは、強弱の control の問題とペダルの使用の問題なのですね。まあ
、相談に乗ってください。
強弱の control のほうは、ピアノでは鍵盤上で自由にそれが出来るので、かえって、それをしても良
いかどうかが気になるのです。この問題は articulation にも密接な関係があり、また一面では、運指で
強弱を control することに拠っての効果もあるのですが、元来、チェンバロでは出来ないはずのことな
ので迷うのですね(作曲家の芥川也寸志は、Bach は各指の各々で音の強弱を control しなければ
ならないから難しい、と言っていました。それは、ピアノでのことかと思われますが、それを当然として
いることには引っ掛かりますね*)。私は、まず、articulation の上で強弱が逆にならないようにすること
は当然として、動機、旋律の自然な流れ、息使いにまかせて弾いているのですが、ピアノでは控えめ
であっても強弱を少し強調した方が良いように感じております。いや、むしろ、そうした弾き方にも対
応できる Bach の譜面に驚嘆している次第なのです。また、Baroque の時代に於いても、弦楽器や管
楽器では出てくる音の強弱の control が出来たはずなので、ある程度の自然な抑揚は許されている
のではないかとも思います。あの、gis-moll の Fuge も半年以上も弾き続けていると、自然と各声部の
phrase の始まりには accent が自然につくようになるのですね。いけませんか。
ペダルの使用に関しては、踏めば音が濁りすぎ、踏まなければ authentic な楽器のような自然な残
響が少なく、また、音量に難があるのが(特に、人前で弾くときには)悩みの種です。私は、前奏曲等
では(多少は)ペダルを使い Fugen ではそれを最小限にする、という原則で弾いておりますが、前奏
曲でも対位法的な曲が多いですよね。また、ピアノから出てくる音色が、Praeludium と Fuge の対比
の妙になればよいのですが、そうではない場合が多いのです。先日それについて書いた<<Das
Wohltemperierte Klavier Teil I>>の C-Dur からしてその典型でしょう。
音の強弱にしろ、ペダルの使用の問題にしろ、要は、それぞれの楽器に固有の ideom を何処まで
採用、利用するか、或いは、何処まで抑制するかの問題になるかと思われるのですが如何でしょうか
。ここでまた、Y.T. さんのご意見をお聞きしたく思っております。ただ、こういうことを思い出しました。
昔、ギターを習っていたときに、先生が、Bach の無伴奏のチェロ組曲をチェロの演奏で聴いていると
、音がズルズルと引き摺られているように聴こえる、と貶しておりましたが、これは、発弦楽器(だけに)
に慣れた耳で聴いているからではないか、と思われるのです。私の知人は、ギターの曲は、フレット
を擦る音が聴こえ、それが煩わしい、と言っておりましたが、わりかし神経質な私でも、それは一種の
楽器特有の ideom だと割り切って聴く故か、あまり気になりません(ともすると聴こえてすらおりません
)。それでなければ、リュートの音楽なんぞは楽しみになりませんですよね。私は、Bach 自身は上記
の諸問題を、さしては気にしていなかったのではないか、と推測するようにもなってきました(ただ、無
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意識、無神経と取るか、楽譜の上での抽象音楽への指向と取るか、私には、その辺りの議論は実り
が少ないと思われます)。それ故に、あの articulation に難点のある Teil II の g-moll の Fuge につい
ても余り神経質にならないで、むしろ、妥協する方がよかれ、と思って頑張っております(つい最近ま
では、私自身で解決できない疑問が残る曲はやらない、として skip していたのですが、近年は、やら
ないよりは多少は妥協してもやった方が良い、とするようになりました)。言葉を変えて言えば、それが
故に Bach の作品は自他共に編曲し易く、また、その多様な結果を享受する方が充実したときを過
せるか、とも思っております。そういえば、高橋悠治は、全ての演奏は編曲だ、と言っておりました。ま
た、誰かが、Bach 自身が彼の楽譜に忠実ではなかった、彼は、彼の楽譜の上で即興演奏をしてい
たのだ、と言っておりましたが、そうした自由があってしかるべきだ、とも思われます。即興までは、私
には出来ませんが。
* <<音楽の基礎>>(岩波新書)
太田将宏 (2008 年 6 月 20 日)。
追伸
上記の件は、私の学生時代の Y.T. さんへの image から話が始っておりますが、このことだけでは
なく、正直に言えば、現在の Y.T. さんがオペラにも興味をもっているとのことなどは、私にとっては意
外でした。人のことは解ったつもりにならないように、と自戒しているのですが、まあ、お互いに 40 年
近く会っていないので、とのことにして悪しからずおとりください。音楽に対しても、学問に対しても、
私より真摯である Y.T. さんを尊敬しております。
これは、ついでなのですが、また、余計な御世話かも知れませんが、<<Das Wohltemperierte
Klavier Teil I>>の Fis-dur の Praeludium(Nr.13)は短く、少し弾きなれると楽に弾けますよ。まだ、
手をつけていなかったとしましたら、気軽に試してみませんか。私にとって、この曲は、1900 年代始
めの北米での大不況の際に会社から lay-off され、その失意の時期の慰めにもなった作品でして懐
かしく思い出しております。
Y.T.様
そろそろ、Y.T.さんも引退後の生活に慣れてきた頃ではないか、と推測いておりますが如何でしょう
か。 (…(中略)…) 此方では、7 月に入ってから猛暑が続いているので参っております。また、昨
日は、隣の家との間の fence の修理で(此方ではよくあることですが)、隣の婆さんから両家の境界線
についての理不尽な文句がでて言い合いになり、道路の向こうの人(第三者)が、私の主張の方が
正しい、と言ってくれる迄もめ続けました。そうしたことが、積み重なって、煙草が増えております。か
なわないですねぇ。
Y.T.さんによると、「池辺晋一郎の「バッハの音符たち」,もう読んだのは何年も前なのでほとんど覚
えていませんが,おもしろかったという印象だけがあります。…(中略)… 次はハイドンではないかな
,と期待しています。」、とのことですが、確かに、面白いことは面白いですね。私も、まあ、読んで良
かった、とは思っております。私は、作曲家の書いたものの方が、批評家などが書いたものよりも感銘
を受けることが多いのですが、しかし、その意味では、これは、正直に言って、期待はずれでした。一
方、F.J. Haydn についてですが、彼は、W.A. Mozart や L.v. Beethoven に較べて過小評価されてい
るのではないか、と思われます。また池辺晋一郎の本が出ましたら、ご感想を聞かせて下さい。
次に、「僕にはドイツ音名なんかわかりませんから,読み飛ばしています」、Y.T.さん、ドイツ音名は
易しくて便利ですよ。ただ、私のように移動の階名、固定の階名、ドイツ式と遍歴させられた者にとっ
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て、例えば、ピアノを弾いているとき(特に暗譜をしようとしているとき)などで心の中で唱っている際
には、我ながら頭の中がどうなっているかが不明なのですが、まあ、整理してみましょうか:
移動の階名は、調性音楽、特にその声楽の音楽を唱うのには便利なのですが、音名と階名が乖離
しているので、少しややこしい音楽には不向きですね(現代音楽、例えば、無調の音楽などを想像し
てみて下さい)。それに、何故か、(特に移調)楽器を扱うのに不便です。これは私見ですが、私は、
これを日本の学校での音楽教育に於いて採用していた(いる?)のは誤りであったと見做しておりま
す。
固定の階名は、相対的には、音名と階名の読譜上での違いは軽減されますが、楽器の助けでも借
りないと適用が難しいのではないかと思われます。そして、作品にある調号や臨時記号を記憶し続け
、それに従って音を image する訓練を積むくらいならば、ドイツ式の方が遙かに努力の軽減が出来、
また、以下に記述するように合理的である、と思われるのです。しかし、私は、固定の階名で violin
の演奏を学びました。
ドイツ式の良いところは、音名と階名が一致していることでしょう(半音音階での音名と視るか、或い
は、階名を廃止しているか、とも言えますが)。しかし、これを全面的に採用するのには多少の訓練が
必要です。私が在籍していたオーケストラの指揮者、山岡重信氏は、ドイツ音名で、楽譜にある調号
が何であれ、また、どのように臨時記号がついていようが、どの parts でも声を出して唱いながらリハ
ーサルをしておりました。今でも、それに困難を感じている私は、彼に頭が下がっております。一般
的に言えば、私を含めて楽団員は、なかなか彼のようには出来ないのでしょうが、普通、オーケストラ
では、ドイツ音名で communication しております。残された問題は、(オクターヴ以外での)移調楽器
の場合に限り、譜面上の音名と実音を区別するぐらいのことでしょうか。でも、これは、他の読譜法に
於いても避けられないことですね。Y.T.さんに興味をもたれているかどうか定かではないのですが、
簡単ですから説明いたしましょう(但し重嬰記号と重変記号がつく場合は煩雑であるので省きますが
、平均率である限りは読み替えができるので問題ないと思われます。また、以下の文中での(括弧)
は、鬱陶しければ飛ばし読みして下さい)。まあ、一応は試してみたら如何でしょうか:
ハ長調での階名;
日本語の音名;
ドイツ語の音名;
ド レ ミ ファ ソ ラ シ ド
ハ ニ ホ ヘ ト イ ロ ハ
C D E F G A H C これらを幹音名といいます。
ちなみに、英語での幹音名は、CDEFGABCです。お気づきの通りAから始めればABC…となり
ますね。ドイツ語での唯一つの例外は、Bの代りにHになっていることです。だから、あの有名な J.S.
Bach の「ロ短調ミサ」は、<<Messe in h-moll>>なのですね。ドイツ語では、何故か、Bは変ロ音な
のです。
次に嬰記号がついている場合についてですが、幹音名に-is を付加するだけです。例で話した方
が容易でしょう。嬰ハ音は Cis、嬰ニ音は Dis となります。次は変記号ですね。この場合は、-es を付
けます。例として、変ニ音は Des、変ト音は Ges になります。例外は、先ほどのBの音ですね。繰返し
ますが、これが、何故か、変ロ音なのです(でも、今、ふと、気がつきましたが、考えてみると、おかし
いですね、Y.T.さんは、学生時代に“BACH”は、変ロ、イ、ハ、ロ、だと知っていたではないですか)
。更に少しの例外があります(これらはドイツ語を知っている Y.T.さんには、理由が直ぐに想像がつく
でしょう)が、変ホは Es で、変ニは As です。
読み方は、普通のドイツ語の単語の読み方と同じです。Cis はツィス、Des はデスで(また発音にも
少しだけ例外がありますが、私もめったに使わないし、普通は使用されない音名なので、Y.T.さんか
らの質問があればお答えすることにしましょう。)、英語のように“C-sharp とか D-flat などと長く言わな
いですみますので唱うのに便利、適切です。
最後に調性の呼び方にて締め括りましょうか。例で説明すれば、ハ長調は C-dur でニ短調は dmoll です。ここで、また、何故か、長調では大文字、短調では小文字を使うのが慣習になっているよ
うです。先ほどの<<Messe in h-moll>>にある通りです。
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さて、三日ほど前に、あることを Y.T.さんにお聞きしようと思いついたのですが、隣家とのゴタゴタの
故にか、忘れてしまいしました。そして、それが、どうにも、思い出せないのですねぇ。坂口安吾が、
忘れるようなことは重要なことではない、と言っておりましたし、それで、此処までにて発送いたします
。
太田将宏 (2008 年 7 月 9 日)
Y.T.様
日本は凄く暑いそうですが如何お過ごしですか。此方では、このニ、三日は少しだけ涼しくなり、特
に朝は軽井沢にでもいるようにさわやかです。でも、まだ八月初めなので暑さはぶり返すでしょうね。
ところで、Y.T.さんからの返信を頂きました。どうも有り難う。
さて、私からの ――― 「比較的に単純な正弦波に近い音響(完全八度や完全五度と短三度や
長三度との組合せ)を協和音と呼び、より複雑な粗密波による音響を不協和音としておりますが、で
は純音(ほぼ完全な同音)が綺麗に聴こえるかといえば、それは、言ってみれば、蒸留水のようなも
ので、味も素っ気もないことは発信機の音源を聴くまでもないことでしょう。どの程度の協和音を美し
いと感じるのかは、不完全協和音である短三度や長三度の nuance をも受けいれられる人間の耳と
頭脳(心?)によるとしか思えませんが、しかし、これも時代によりけりですね。私は、Renaissance 時代
には、長三度は不協和である、と聞いた憶えがあります」 ――― 、に対する Y.T.さんの反応は、「
正弦波に近い音響,というのは音色の話で,協和・不協和の話とは違うと思います」でしたが、一寸、
それについて釈明させて頂きましょう:
私は、まず、この場合には、多分、Y.T.さんと私の抱いているものは、音響を形成する疎密波どうし
での相互の干渉、という意味では同じだと仮定しておりましたので、和音と音色に本質的な差異を見
ていなかったのです。現実に存在する音というものには(たとえ発信機からの音であっても、ごく少し
の)倍音を含むものなのですね。良い、悪い音色、というものも、それは、豊かか貧しいかの違いがあ
っても倍音による一種の和音です。それと、協、不協和音との違いは程度の差でしかないのではな
いでしょうか。また、これは、作曲家の高橋悠治が言っていたことなのですが、誰も旋律を、それを構
成する音を次々と聴いているのではなく、その全体を聴いているのだ、ということですが、それは和音
についても言えることではないでしょうか。また、ご存知だと思われるのですが、A. Schoenberg の<
<管弦楽の為の五つの小品>>の中、第三曲目に<Farben>と名づけられた実験的で有名な
曲がありますね。あれは、旋律が音色にとって代えられる可能性を追求した作品でした。こ
の場合には、各楽器の音色の重畳は、当然、和音でもあるわけではないでしょうか。更に言
えば、旋律とは横に引き伸ばされた和音であり、逆に言えば、和音とは縦に重畳された旋律だ、と言
うと乱暴すぎますか。いや、Schoenberg も言っていましたが、それら双方の対立が十二音の技法によ
り解消されたということは、調性音楽に於いてでさえも経過音の処理の問題などを除けば当てはまる
ことだろう、と私は考えております。また、騒音の導入などは、(これは音色とも和音とも識別不可能で
しょうが、)以上の延長にある、と私は理解しておりますが。
次は、――― 「短調の歌い方ですが,上昇はラシドレミ#ファ#ソラ,下降はラソファミレドシラと歌
い,#は発音しない,というだけの話です」、についてです。「『Y.T.さんにはそれが出来るのでしょう
が、一般的には、これでは、自然的短音階の場合以外には『『固定のド』』の譜読と余り難易に変わり
がない、と思われるのですが。また、重嬰音とか重変音などが出てきたら如何するのですか、とお聞
きするのは意地悪すぎるでしょうか』とのこと,固定のドと変わりない,というのがわかりません。どういう
ことでしょうか。もしかしたら移動「ド」,固定「ド」について,太田さんと僕では考えていることが違うの
でしょうか」 ――― 、との質問に関してですが、引用が三重の入れ子になってしまいましたね。例で
見てみましょう:
まず、単純な a-moll で;この上昇音階は AHCDEFisGisA で下降音階は AHCDEFGA ですね、
上昇音階を固定のドで読むと、ラシドレミファソラ、と Fis も Gi もファとソと唱い、この二つの音は下降
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の場合と同じに読まれます。では、Y.T.さんが書いたように、「#は発音しない」のでしたら、やはり、
ラシドレミファソラ・ラソファミレドシラ、つまりは、固定のドではないですか。Y.T.さんの「#は発音しな
いというだけの話です。」、と「上昇はラシドレミ#ファ#ソラ,下降はラソファミレドシラと歌い、」との意
味が書き方で齟齬をきたしてない限り、そうなりませんか。Y.T.さんの仰ることにて、「上昇はラシドレ
ミ#ファ#ソラ,下降はラソファミレドシラと心の中で歌い、」としないが故に、自身の文章にて、「太田
さんと僕では考えていることが違うのでしょうか」、という混同になるのではないでしょうか。
次に、d-moll、DEFGAHCisD で;これを固定のドで読むのならば、レミファソラシドレですね。では
、移動のドにするならば、ラシドレミファソラ・ラソファミレドシラになりますが、B と H の違いはともかく、
Cis の#を読まないでソと発音する、ということならば、固定のドでのド(或いは固定のドでの a-moll
での Gis)の#を発音しない、ということと同等であり、言い換えれば、何の為に、何を目的にしてド
の位置を移動をしたのか分らなくなるのではないか、という私の疑問だったのですが、言葉が足りま
せんでしたでしょうか。
さて、何か新しいことも書いたら、と思ったのですが、今回もまた Sony の悪口しか思い当たらない
ので、それを書いてみます。私のもっている所謂<<フランス組曲>>(BWV 812 – BWV 817)は、
G. Gould の演奏で二枚組みの CDs なのですが、一枚目に Nr.1 – Nr.4(合計 38 分 54 秒)、二枚目
に Nr.5 – Nr.6 に加えて<<Franzoesische Ouvertuere>>(BWV 831)が入っているのです(合計
46 分 52 秒)。一方、これもやはり Gould での<<Partiten>>(BWV 825 – BWV 830)の二枚組み
の CDs では、一枚目に Nr.1 – Nr.5(合計 74 分 08 秒)、二枚目に Nr.6 と小曲が入れられております
(合計 73 分 48 秒)。どちらにしても、ブカブカの大きな case に薄っぺらで杜撰な解説書が入ってお
りますが、Y.T.さん、どう思われますか。ご存知のように、通称<<フランス組曲>>での<フランス
>の意味には何らの根拠が無いのですね。また、これと対照的に様式的にも<フランス>という言
葉に根拠がある作品、<<Franzoesische Ouvertuere>>ともこれは何らの関連は無いはずですね。
更にまた、<<Franzoesische Ouvertuere>>は、<<Italienische Konzert>>(BWV 971)と共に
<<Zweiter Theil der Clavier Ubung>>を構成する作品なのですね(ちなみに書けば、上記の<
<Partiten>>は、<<Erster Theil der Clavier Ubung>>です)。それらを考えると、Sony の
やっていることは、これら二つの sets の不均衡な時間を考慮しないとしても、何とまあ無神経、無教
養、不見識なことでしょうか。
私ならば、これら二つの sets の各々の時間をも考慮しながら以下のように組合せます。まず、最初
の set では、<<フランス組曲>>と小曲集、次の set に<<Partiten>>、<<Italienische Konzert
>>(これが、Bach の他のどの作品と coupling になっているか私は知りませんが、それは、あちら、
Sony 側で解決すればよいでしょう)と<<Franzoesische Ouvertuere>>では如何でしょうか。Y.T.さ
ん、Gould は、(<<Dritter Theil der Clavier Ubung>>からの)<<Fier Duette>>(BWV 802 –
BWV 805)を録音していますか。もしそうであるのならば、それも入れましょう。時間的にも入るはずで
す。これで、オルガン曲を除く Clavier Ubung が三部まで揃うではないですか。これは序でなのです
が、第四部の所謂<<Goldberg – Variationen>>は、別の CD でも良いのですが、有名な新、旧
の録音を合わせて二枚組の set にするのも一つの idea でしょう。
Gould の<<Italienische Konzert>>について一言。私は、以前にラジオで聴いたのですが非常
に悪い印象をもちましたので、それを LP でも CD でも所持しておりません。古い記億なのでよく憶え
ていないのですが、特に第三楽章、何でまたあれほど慌てくさって弾かなければならないのか、とい
ったようなことだったと思います。彼のあのような弾き方については、それは W.A. Mozart の場合だっ
たのですが、二十日鼠が走り回っているようだ、と揶揄していた人もおりました。私も Gould のその傾
向に対しては批判的なのです。Y.T.さんは如何でしょうか。
Sony の悪口から始って Gould への批判で終わりましたが、私は Gould の演奏を全面的に嫌って
いるわけではなく、彼の試行錯誤での実験的な演奏、手垢のついた「伝統的な」演奏に挑戦してい
る、その姿勢、解釈とその結果を享受しております。
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太田将宏 (2008 年 8 月 6 日)
Y.T. 様
日本では猛暑だと聞きましたがお元気ですか。此方でのこの夏は、記録破りの降雨量だったそうで
す。度々お話したのですが、八月になっても雨が降れば、それが必ず雷雨でして、妙な夏になりまし
た。ただ、おかげで、昨年の旱魃と違って、芝生は緑です。
さて、一寸気になることがあるので簡単に記します。もしかしたら、Y.T.さんは、ドイツ式の読譜が絶
対音感に関係があるように誤解しているのではないか、ということなのです(もし、そうでなかったなら
ば失礼!)。ドイツ式では音名と階名では、それらが一致しているというよりは、そもそも階名が無い
のでしょうが(彼らも調性音楽の合唱曲などで階名が必要であるならば、移動のドを使っているかもし
れませんが)、ドイツ式の読譜は絶対音感とは関係ありません。私は、相対音感しか持ち合わせてい
ないので、ドイツ式で譜面を読んでいても(特に黙読では)、例えば、そのときの Cis は、私の心に浮
んだ偶然、任意の Cis なのですね。その条件範囲で C と Cis の区別ができる、ということでして、固
定のドの場合のようにドと読まないだけなのです。
今日は一寸だけ立て込んでおりますので以上の件で失礼を致しますが、Y.T.さんからのお便りを
お待ちしております。
太田将宏 (2008 年 8 月 21 日)
Y.T. 様
返信いただきました。どうも有り難うございます。此方では昨日から惚れ惚れとするような青空で、や
っと気持ちの良い季節になりました。
まずは、「「私は、まず、この場合には、和音と音色に本質的な差異を見ていなかったのです。現実
に存在する音というものには、たとえ発信機からの音であっても(ごく少しの)倍音を含むものなので
す。良い、悪い音色、というものも、それは、豊かか貧しいかの違いがあっても倍音による一種の和音
ですね。」 、――― これはちょっと同意できません。まず音色は確かに倍音の含み具合で決定さ
れます。しかし倍音というのは振動数が文字通り2倍,3倍,・・・であって,和音の場合の,たとえば5
度の和音でドに対するソの1.5倍(純正率では)は倍音ではありません。ですので,和音と音色は一
緒に論じられないと思います。」 、――― とのことについて:
そもそも、和音を、協和音とか不協和音などに限定する根拠は全く無いのですね。W. Gieseler に
よると、和音とは、通常高さの異なる二つ以上の音の同時的形成物である、としか定義されていない
のです(<<二十世紀の音楽 現代音楽の論理的展望>>)。私も同様な見解により、音色、という
ものも、… 倍音による一種の和音ですね、と書きました。Gieseler のように定義しないとしたならば、
例えば、微分音などを論理的、構造的に取り扱うことができなくなります(一方、K. Penderecki の
tone cluster は、その内部に何らの構造化がなされていないので、皆様は、それを和音と呼ぶのに
躊躇しているようです)。微分音は、何も現代音楽に特有なことではなく、例えば弦楽器奏者による
導音の処理などにて音楽のあるところでは何処にもあるのです。また、話しを簡単にする為に共鳴音
について書くことは省きましたが、しかし、Y.T.さんの仰るようには、「音色は確かに倍音の含み具合」
だけで決まるのではないのですね。もしそうであったとしたら、<Tartini の音>の説明は出来ないで
しょう。更に複雑なのはピアノの音色です。これは、実際、音色の変化である音色とでもいった、音色
の微分処理を無意識にでも pianists は touch の control をもって処理し、聴衆も無意識に聴き取って
いるのですね。また、「2倍,3倍,・・・」、というものも片対数の logarithm の上での話でして、
Descartes 座標の中ではないのです(ちなみに octaves は 2 を低とした対数です)ね。それが故に、倍
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音列での高次倍音は、純正率では使用不可能な音になるのでしょう。その辺り、弦楽器奏者は共鳴
音に、管楽器奏者は倍音列に意識が、或いは、本能が向い易い、といった傾向が見てとれるのでは
ないでしょうか。以上は、昔、勉強したことの記憶で記述しているので完全な正確さには耐えられな
いところもあるかも知れませんが、そもそもの話題は、和音であろうと、音色であろうと、高さの異なる
二つ以上の音の干渉、合成である、という次元では、その違いは程度の違いにすぎない、といったこ
とではなかったでしょうか。そして、例えば、線分を 2、3、4、…に分割した場合よりも、何故か、黄金
分割の方が美しい、と感じられるように、これまた何故か、純音よりも何らかで合成された、完全な正
弦波ではない音の方が綺麗に感じられる、といったことが趣旨でしたね。
続く、「次に短調音階の読み方です。僕が#を発音しない,と書いたのは文字通り発音しないので
あって,Gis なら「ソ」といいながら音の高さはちゃんと Gis を出しているという意味なのですが,どうも
そこが誤解されているのでしょうか」 ――― 、についてですが、私は誤解していなかった、と思うの
です。ただ、次に進む為に確認したかっただけなのです。こうした話題を簡略化する為に旋律的短
音階の a-moll を一例とするならば、ラシドレと読んで、次にミファソラを(ファとソが半音上がっている
のでレをファに読み変えて)ソラシド、と続ける、つまり、「移動のド」とまではいかなくとも部分的に読
み変える、という手段もあり(実は、そこに tetrachord の意味があるので)、そのての読み方は、合
唱などでは実際に使われているのですね。その点が私たちの対話では明確ではなかった、と、今、
気がつきました。「移動のド」であれ「固定のド」であれ、楽器の助けを借りない場合には、例えば、「ソ
」と言いながら Gis(の声)を出すということよりは(Y.T.さんは、それが出来るのでしょうが、一般的に
は)、ドイツ式に G と区別して Gis と言いながら Gis を出す方が簡単で合理的なのではないか、とい
うことだったのです。さらに厳密に言えば、Y.T.さんの読譜の方法は、「移動のド」と「固定のド」の併
用か、とも考えられるのですが、それができるのならばそれにこしたことはありません。でも、一方、そ
れでは、Y.T.さんも書いていたように、沢山の嬰記号や変記号のある調性の楽譜を取り扱うのは(特
に「移動のド」では二重の読み変えもあって)、confusing なのではないでしょうか。
次の、「またドイツ式の読み方と絶対音感とは混同しておりません。」 、――― 。了解いたしまし
た。また、大変、失礼致しました。しかしですねぇ、私が昔ヴァイオリンで(調性的な)半音階を練習し
ていたとき、お笑い下さい、どうにも最後の方に行くと辻褄が合わなくなったのですね。相対音感でも
訓練で何とかなるのでしょうが、その時だけは絶対音感があれば、と嘆きました。妥協の産物である
平均率では、初めから問題にならないことですが。
次は、ミュージカル「サウンド・オブ・ミュージック」の中で歌われるドレミの歌「Do a deer a female
deer,re a drop of golden sun ・・・」があるのだから,少なくとも英語圏では階名としてのドレミがあるの
ですよね。ドイツにはないのかなー。」、――― についてですが。これは、お返事し難いのです。と
言いますのは、さしあたって、今の私には、これを調査する機会が無いからなのです。ただ、「移動の
ド」を使う限りは、ドレミ … が適当なのでしょうね。
それよりも、Y.T.さんにお尋ねしたいことがあるのです。私の<<音楽に関する四部作>>に書い
たように、私のピアノは半音低く調律されているのですが、その調律師が亡くなったらしく、電話での
返事がなくなり数年経ちました。その間、代わりの調律師を見つけるのを怠っていたので、私のピアノ
は大分くるっている筈なのですが、それなのに、私の耳が悪いせいか(私は、ヴィオラの section では
一番に音程感が良かったのですが)、特別の場合以外には余り気にならないのですね。それで、質
問は、二つの音の音程がほんの少し違っていると唸りを生ずるが、その差が更に縮まると、逆に、ど
ちらかがどちらかに寄せられて共鳴するようなことがあるかどうか、ということなのです(序ですが、何
か、素粒子論での二つの原子核の反発、吸引のありかたにも似てますね)。そのどちらかは、倍音や
共鳴音によっているのではないか、というのが私の経験的な結論なのです。その理由は、鳴っている
音が比較的に正しい方向に瞬間的に推移している、と感じられるからなのですが、以上は気のせい
でしょうか。
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さて、昔、誰かが、毎日々々Beethoven の交響曲を聞いて、毎日々々感激しているような人がいた
とするならば、それは異常だ、と言っていたのを憶えていますが、L.v.Beethoven に限らず、私は、近
年、感激とは言わないまでも、一応納得した音楽を再三聴くのが辛くなってきました。これは、飽きた
というのとも一寸違うのですね。それらについて新たな視点、聴点が得られるまでとして、むしろ、代り
に、私の言うところの<薄味の音楽>を聴くともなしに聴いていることが多くなりました。しかし、以前
よりは、楽器の音色や、その arrangements に、より敏感に反応するようにもなってきたのです。それと
、自分で音楽をしている時間が増えると、それに反比例して他者の演奏を聴くのが少なくなるようで
すね。四十年前の一時期のように、音楽を聴きたいときは自分でピアノを弾く、という姿勢に戻ったよ
うなのですが。
太田将宏 (2008 年 8 月 26 日)
MEMORANDUM
吉田秀和も、(近年)やたらに悲壮がかった音楽が苦手になってきた、というようなことを書いており
ましたが、私も同様な傾向にあるのです。どのような受難曲であっても Jesus の十字架の深刻さには
達することが不可能だ、という極論はさておいたとしても、私なんぞの人生にでさえ、まあ、大方の悲
壮がかった音楽よりも深刻だったと感じられ、それが故に、例えば、S.L. Weiss のリュート音楽の方
が好ましく感じられるのです。そんなことを書くと Weiss に申し訳がないのですけれど。
Y.T.様
(…(前略)…)
何時ぞや、J.S. Bach の<<Das Wohltemperierte Klavier Teil I>>の C-dur の Praeludium(BWV
846)について問い合わせをしましたが(その蒸し返しになるようですが悪しからず)、また、次の二
点が気になりだしました(しつこいようですが悪しからず):
1. <最後の三小節を除いては、各々一小節内の後半(3,4 拍)は前半(1,2 拍)の繰り返しにな
っていますですね。ということは、後半は前半の echo として前半よりは小さめの音で弾くべきかどうか
、ということなのです。それをピアノで試しているのですが、チェンバロでの二段鍵盤では可能かどう
か、ということをお聞きしたくなったのです。無論、ピアノでは簡単で容易なのですが、また、聴きよう
によっては、その方が自然に聴こえる、とも感じられるのですが、そうしてもいいのかどうか、いま一つ
気になってきました>、と書き送った件なのですが、Y.T.さんのお返事では、「バッハの平均率プレ
リュード1番ですが,ヴァルハの新旧版ではいずれも鍵盤を代えて演奏してはいません」、とのことで
した。しかし、再考してみると、echo とか何とか言っている以前に、後半を前半よりは小さめに
弾かなければ 4/4 拍子にならないで 2/4 拍子になってしまうのですね。
2. それに続く、Y.T.さんのお返事には、「またカークパトリックがクラビコードで弾いた LP を持っ
ているのですが,それでも2拍めと4拍目を強調しているという印象はありません」、とありましたが、そ
れは、私の、LP のピアノでの演奏の多くでは、2 拍目の始めと終りの十六分音符(と4拍目の始めと
終りの十六分音符)を強調して弾いている傾向が聞き取れるのですが、これは、付点八分音符と十
六分音符の組み合わせのような効果があり、そこに駆け上がる十六分音符と共に、一つの(隠れた)
別な声部を聴かせようとしているのではないか、と推察していますが、これはチェンバロでは出来難
いことではないでしょうか>、と書いた件についてでしたね。しかし、私の typing mistake もあって対
話が混乱したことと(上記の私自身の文の引用では修正してありますが)、その後、私の記憶では、
確か、H. Walcha の演奏では(上記のように)、何故か、2 拍目の始めと終りの十六分音符(と4拍目
の始めと終りの十六分音符)が、それらに囲まれた音符よりは少しだけ大きく聴えたように憶えている
こともあるのです。どうしてそのように聴こえたのか、響いたのか私には分らないのですが、また、そん
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なことで、一般的に、倍音とか共鳴への話題に連なった、という意識が私の側にはありましたが、Y.T.
さんはどう思われますか。
以上のことが気になりだしたので久しぶりに<<Das Wohltemperierte Klavier Teil I>>の楽譜を
とりだして、C-dur の Praeludium を以下のように(最後の二小節を例外として、)弾いているので
すが:
1. Pedal は使う。しかし、半小節ごとに切り替える。これは、そうしなければ右手の十六分休止符を
無視する結果になるので当然でしょう(但し、最後の3小節は例外的に小節ごとにする)。
2. 各小節の後半を前半よりは小さめに弾く。
3. 2 拍目の始めと終りの十六分音符(と4拍目の始めと終りの十六分音符)が、それらに囲まれた
音符よりは少しだけ大きく弾く。
ただ、上記のように弾くと、romantische になりすぎるのですね(私は、この曲を T. Nikolaeva の演
奏では聴いたことがないのですが、多分、彼女の演奏では、こうした響きになるのではないか、と推
測しております)。正直に言うと、むしろ、私の趣味としては、上記の 2 と 3 のようにはしないで、ただ
平たく弾いた方が好ましいのですが。
太田将宏 (2008 年 9 月 4 日)
Y.T.様
お便りを有難うございました。また、カセットを送ってくださるとのこと、嬉しく思い感謝しております。
私は、CD の音にも大分慣れましたが(ということは耳が悪くなった、ということでしょうが)、今でも、
何故か、長時間 CD を聴いていると疲れるのですね(これは、誰か、他の人も言っていました)。これ
は、眼鏡を外していても見えることは見えるけれど眼が、神経が疲れる、ということに似た症状なので
しょうが、そういう訳もあって、tape を送って頂けるのはとても有難いのです。私は、LP から CD にうつ
る前、4 年間ぐらいの間 CD に抵抗して tape を買っていたのですが、Canada では、もはや、LP も
tape も新譜は手に入らなく、中古でさえ classics のものは見つからなくなりました。まだ、日本では求
めることができるのでしょうか。
楽しみにして待っております。まずは、お礼にて。
太田将宏 (2009 年 8 月 5 日)
Y.T.様
前々から Y.T.さんに、こんなことでも話してみようか、と思っていたのですが、今月に二回の返信を
書くときにも、あれなんだっけ?と忘れてしまったことがあったのです。たいしたことでもないのですが
、思い出したので、まあ、聞いてください。
以前、A. Webern の<<オーケストラの為の六つの小品、Op.6>>を聴いていて、その第四楽章
の<葬送行進曲>の始まりの小さい音が CD では聴こえたのですね。あたりまえのようですが、LP
では聴き取れなかったのです。私の LP の装置は CD のそれよりはまともだったのですが、それでも
、A. Schoenberg の<<オーケストラの為の五つの小品、Op.16>>の第三楽章<<Farben>>で
の音色の推移を聴き取るのに不満を感じたことを思い出しました。また、同じ CD にある<<
Passacaglia、Op.1>>を聴いていて、やはり、これだけの dynamic range が必要なんだ、と気がつき
ました。この曲が CD ではこのように響くということに驚嘆しました。LP では編集の際に、再生装置の
針が飛ばないように dynamic range を人工的に狭めている、と聞いた覚えがあります。とにあれ、残
念ながら、CD にも良い一面があるということを私は認めざるをえなくなってきたのですが、私は、何か
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宗旨替えをして転向したような気分です。そうした私に Y.T.さんは失望なさいますか。私は LPs で
Webern の作品番号のあるものは全部持っているのですが、この CD を求めた経緯は、Webern の習
作で、作品番号は無しの<<Im Sommerwind>>が入っていたからなのです。何度か聴きましたが
、私は、この作品にはさしたる感銘は受けませんでした。でも、佳作であることは確かでしょう。
これは余談なのですが、誰だったか、それも忘れてしまったのですが、ある日本の批評家が、<<
Passacaglia、Op.1>>は Brahms 流だ、と言っていたのを思い出しました。彼は、あの有名な
Brahms の<<交響曲 ホ短調、Op.98>>の第四楽章だけを念頭においていたのでしょうが、好い
加減な発言ですね。私は、この作品に、F. Schbert の音楽の響きを聴き取っております。Schbert も
Webern も、あの Brahms の交響曲のようには、何が言いたいのか分らない、とでもいった音楽創りは
していませんですねぇ。私は、自分が弾くぶんには楽曲分析もしますが、この馬鹿の一つ覚えの批
評家を批判する為だけに分析するのもさして意味ないので致しません。いや、例によっての口汚い
話にずれて来ましてすみませんでした。
太田将宏 (2009 年 8 月 7 日)
Y.T.様
A. Webern の作品を Y.T.さんにお勧めした訳ではなかったのですが、ご参考までにもう少し書きま
しょう。私は、彼の初期の音楽(<<オーケストラの為の五つの小品、Op.5>>や<<オーケストラ
の為の六つの小品、Op.6>>)が好きです。好きか嫌いかは良し悪しの判断とは別ですが、彼の声
楽が入っている作品は苦手です。とにあれ、Y.T.さんは Webern を好きになるかもしれない、と想像
してはおりますが。
私の持っている彼のレコードは、LP、CD 共に殆どが P. Boulez の指揮または監修したものです。
CBS の LP の set、”The Complete Work of Anton Webern Volume I”は、作曲家の故柴田南雄が賞
賛していたものですが、奇妙なことに結局”Volume II”は発売されませんでした。しかし、この
”Volume I”に作品番号がついているものは全て収まっております。
しかし、私としましては、先日書きました Deutsche Grammophon の CD、"Boulez Conducts Webern
II"の方に魅せられております(ただ、この全集は CBS での set を補完するものではなく、作品番号つ
きのものも三曲入っております)。これもまた Boulez の指揮で、今度は、Belliner Philharmoniker によ
るものです(余談になりますが、H.v. Karajan が生きていたころ、「俺の目が黒いうちは Boulez に
Belliner Philharmoniker を指揮させない」、と言っていたと伝え聞いております。閑話休題)。しかし、
Y.T.さんは CD が嫌いだということですので参考にもなりませんですね。
Dynamic range の件ですが、私は LP、CD に編集する際に、mixing などを含めて、どのように加工
、をするのか詳しいことは知らないので、以前にレコード芸術か何かで読んだことと、自分が経験した
ことを書いたに過ぎませんでした。先日の聴き取りの件について敢えて付け加えるならば、SP 程で
はなくとも LP でも多少の針と盤面の摩擦音がありますね。それも関係しているのではないか、と思わ
れるのですが如何でしょうか。また、これは、A. Cluytens が指揮する G.Faure の<<Requiem>>
LP から CD への復刻版では、指揮者がボロを出していたところが聴えて顕わになった、ということも
聞かされたのですが、これは今のところ確かめておりません。充分なお返事ができなくてすみません
でした。
Y.T.さんのご専門だったことで私も解るようなことが何かありましたら教えてください。では、また。
太田将宏 (2009 年 8 月 9 日)
Y.T.様
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早速、送って頂いたテ-プで二つの Partiten(BWV1002 と 1004)を昨日聴きました。よい勉強にな
りました。まだ、一度しか聴いていないので確かなことは言えないのですが、次の二つのことが意識さ
れました:
1. 音が二つ鳴っているいるとき、これは、いつぞや、Y.T.さんが仰った副旋律のことかと思われる
のですが、それがより洗練されて鮮明に聴こえてきますね。一方、BWV 1001,1003,1005 の Sonaten
は、それぞれ第二楽章が Fuge になっているのですが、それらはどのように演奏されるのかに興味を
もちました。現代の楽器で奏かれると、あの J. Heifez でさえも何か無理をしているのを聞いているよう
なので聴き続けるのが辛く、私は、今まで、専ら(BWV 1001 だけですが)Lute 用に編曲したものを好
んで聴いてきたくらいなのです。
2. 音が三つ以上になると(感じたままを書きますが、Y.T.さん、気を悪くしないで下さい)、何か、た
わしでゴシゴシ擦っているように響いてくる。これは、私の貧弱な再生装置の為かもしれませんが、そ
の面に限っては、私には、例えば、Y. Menuhin の演奏のように現代の楽器での演奏の方に崇高な
響きを感じるのです。しかし、これもまた、いつか Y.T.さんが仰ったように、別の演奏家による LP/CD
に慣れすぎているからかも知れません。今日、また聴きなおしてみます。
3.演奏家、Otto Buechner の名前を何処かで見たか聞いたかしたように思い、私の LPs/CDsに捜
してみましたら、K. Richter の指揮での<<二つのヴァイオリンの為の協奏曲 ニ短調>>等を奏い
ている LP 盤を見つけました。この演奏では、随分と甘い音色の独奏を聴かされたものでしたが、こ
れは時代性、楽器、録音の相違によるのかも知れません。
今回の Partiten では、Baroque 時代の、まさに authentique な響きの一例を聴くことができた、と
Y.T.さんに感謝しております。Y.T.さんのご感想をも聞かせて頂けますか。
太田将宏 (2009 年 8 月 14 日)
MEMORANDUM
私が長年気になっていることに J.S.Bach が書いた独創ヴァイオリンの為の六曲の呼称があるので
す。現在、BWV 1001,1003,1005 の三曲を Sonaten とし、BWV 1002,1004,1006の三曲を Partiten
としているのが一般的なのでしょうが、SP 時代に私がもっていた Y. Menuhin の演奏のレコードの解
説では六曲全部をソナタの一番から六番としていたのですね。私は、その方が正当だと判断してお
ります。Bach 自身の表題が残されてない限り、要は、<教会ソナタ>と<室内ソナタ>の交互の交
代で全部をソナタと呼べるのではないですか。
Y.T. 様
早速のお返事を有難うございました。また、楽譜の copy を有難うございました。今日は日曜日なの
ですが、一寸だけ立て込んでおりますので次の二点だけにさせて頂いて、残りは、よく考えた上で次
の mail で続きを書かせて頂きます。
まず、先日は、あんなことを書いたのですが、二度目に聴いたときには、三重の音の響きがさして
気にならなくなりました。これも一種の慣れかも知れませんね。いつぞや、私の知人が Lute や Guitar
の音楽を聴いていると frets を擦る音が煩わしい、と言っていたことについて話しましたが、もっと日常
の例で言えば、たまたま、別の知人を訪ねたとき、彼は高速道路の近くの家に住んでいて、その騒
音が私は気になったのですが彼はそうではないのですね。君には聞えないのだろう、と聞きましたと
ころ、やはり、意識しなければ聞えない、とのことでした。
次に、演奏が楽譜どおりであるかどうか、という問題なのですが、これ、実は、私たち大変な領域に
入ってきましたですね。二十世紀の前半に、それまでの Romantics に対する(正当な)反動として
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Neue Sachlichkeit 等が叫ばれた時期もあったのですが、それは(とりわけ、その行過ぎは)実際性に
欠ける、と認識されて今日に至っているのではないか、と思われます。例えば、L.v. Beethoven の三
連音符は、F. Schubert の pp は(書き難いので省略します、見せられればよいのですが)このような弓
使いで奏く、という世代から世代に伝承されてきている楽譜には書かれようが無い奏法もまたあるの
です。それらが、諸作品の作曲家による作曲の時点にまで遡るかどうか、ということは、話が微妙すぎ
て分りようが無い、というのが実情かと思われるのです。
さて、J.S. Bach を含めての約 150 年続いた Baroque 時代の楽器の扱いの idiom、慣習といったも
のは、次々と新しい学説、意見が出てきまして、それを追っていくのは実に大変なのです。私は、現
在、ピアノしか弾かないのですが、その articulation と較べて、violin や fluto の演奏家の articulation
を楽譜化したものを眺めて、驚くというよりは呆れ返ったことがありました。楽器によっても ideom が違
うのですね。私は、自分が弾く分には自分の責任で自分の選択にまかせておりますが、聴く分には、
これは何が何でも困るというような演奏(それ、実際にあるのですよね)以外は、比較相対的に受け入
れようとしております。私は、楽譜というものは realization のための sketch にすぎない、と割切る方
が実際的なのではないか、と愚考しております。
Y.T. さんの真摯なご意見、疑問に対して、少し怠惰な返信になったかも知れませんが悪しからず
受取りください。またもう一度、Y.T. さんからの mail を読み返して、お返事できたらと思っております
。
太田将宏 (2009 年 8 月 16 日)
Y.T. 様
昨日はあわただしい mail で失礼致しました。Y.T. さんにもお送りしたドストエフスキーの<<罪と
罰>>についての試論を、日本のあるロシア文学者にも送り、交信中なのですが、互に何かややこ
しいところに踏み込んできまして、そちらへの返事が遅れに遅れていたこともあり、日曜日には送信
をしようと思っていたのですが、その間に思考連鎖が途切れそうになって沫を食っていたところなの
でした。しかし、Y.T. さんに楽譜までも送って頂いたので申し訳なく、とりあえず、返信をした次第で
した。
ところで、J.S. Bach の<Ciaccona>(BWV1004 の終楽章)の件ですが、昨日に引き続き、次のとこ
ろから再開しようと思います*。まず、Y.T. さんもお気づきでしょうが、Bach は、原則として、タイを書
いてもスラーは書かなかったのですね。加えて、タイの意味は、弦楽器と鍵盤楽器では少し違うので
す。弦楽器のタイでは、つながれた音を少しだけ切るのです。しかし、弓は返しませんので、切るとい
うよりは一瞬、弓を止める、と言う方が正確なのかもしれません。この曲の最初の小節の二つの A は
タイではつながっておりません。ですから、下げ弓から上げ弓に弓を返す、と解釈するのが自然でし
ょう。そうするとどうなりますか、二度目の A の音にも D と F は重なって響いていなければなりません
。しかし、弓を返しているのですから、もう一度奏き返す他は無いでしょう。次に、これは、思考実験に
なりますが、この二つの A がタイでつながれていたと仮定しましょう(実際上、そんな馬鹿なことは鍵
盤楽器ではないのですが、鍵盤楽器では合計二泊のつながれた音になりますね)。弦楽器では、(
多分)下げ弓で二つの A が切れて奏れます。しかし、同時に、D と F を切れ目無しに二泊分として
持続させるのは、不可能と言ってもよいほどに至難の業ではないでしょうか。
私の上記の説明は、タイの奏法は時代によっても変わってこなかった、という仮定で書きましたので
十全ではないのかも知れませんが、私が考えられるのは以上です。さらに、Bach は、何故、D と F を
A と同じように付点四分音符と八分音符で書かなかったのかと、一瞬、私も疑問に思いましたが、こ
れは、もはや実際の踊りには使われることがなくなった舞曲としての Ciaccona のリズムの残滓なのか
も知れませんね。いくらかのご参考になりましたでしょうか。別の演奏で Fugen の方をも聴かせて下さ
る、とのこと嬉しく思い待っております。
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太田将宏 (2009 年 8 月 17 日)
* 上の私からの返信は、以下の、2009 年 8 月 16 日付けの Y.T. 氏の mail への返事です:
――― お送りしたレコードを聴いて僕が考えたことは,バッハは一体どのような演奏をしていたの
か,ということです。お送りしたテープのシャコンヌを例にとりますと,最初の小節で,普通の演奏で
は最初のラドミの和音は分散和音にならざるを得ず,ラとドはすぐ音がとぎれてミだけが持続音となり
ます。しかしこの演奏ではこの和音はラドミの持続和音として弾かれています。ところがその次の音
はラドミの和音として弾かれていますよね。つまり楽譜通りではないわけで,この弓でもやはり楽譜通
りには演奏できない。ということはヴァイオリンでは楽譜通りには弾けないことになるのですが,バッハ
は一体・・・と思ったわけです。ただ僕の手に入れた楽譜に限った話なので,現代的な解釈を施され
たものかもしれませんね。なお念のためパルティータ2番の楽譜を添付しておきます ――― 。
Y.T.様
お元気ですか。此方では、夏も終わりなのか肌寒い日が続いております。実を言いますと、Y.T. さ
んからの mail か郵便を心待ちしていたのですが、何か、催促するようなので、言い出すのを躊躇し
ていたのですが、もうひとつ tape を送ってくださるとのことでして、楽しみにしていたのです。それとも
、何かお宅であったのか、などと勝手に思い巡らしてもおりました。まあ、全てが Y.T. さんのご都合
次第なので、その間、すでに頂いた tape を繰り返し聴いております。何度か聴くと、やはり気がつくこ
とが多くなりますね。そうした演奏は得がたいものです。
先日の此方からの mail では、これは、J.S. Bach 等の Baroque の音楽には関係が無い、と思ったの
で書かなかったのですが、ついでに此処で書きましょうか。弦楽器の slur のことなのですが(管楽器
については知らないのですが)、普通、作曲家は譜面に expression slur は書くことがあっても(Bach
に限らず)、bowing slur を書かないのですね。それで、独奏曲では出版社が校訂者に頼んだりして
書き込み、そして印刷したりもするのですが、管弦楽曲などではそうしたことも無いが故、自分たちで
打ち合わせたりして決めるのです。これら二種の slur は、一致している場合も多いのですが、限りあ
る弓の長さに伴う手、腕による運弓上での都合、または、手元や弓の先などでの音の音色や強弱の
違い、などもあり、自分で決めたり sections の仲間内で相談したりもするのです。傑作なのは、L.v.
Beethoven のハ短調の交響曲の所謂「運命の動機」の fermata ですね。あれは、どのように奏いても
弓の長さが足りないのですが、余りにゆっくり奏くと ff の音量がでないことは想像できますでしょ。無
理に力を入れてゆっくり引けばギシギシした音になるという dilemma があるのです。それで、全員が
弓を返すのですが、その timing を各々で(任意勝手に、しかし他の奏者の弓の流れを見つつ)わざ
とずらすのですね。これ、演奏会などでも見ていても気持ちがよいという視覚的な効果もあるかと思
われます。岸に打ち上げられた波が他の波とずれたり、引き返そうとする瞬間に次の波が覆いかぶさ
るような感じですね。
私が、何を言いたいか解って頂けたか、と思うのですが、音楽とは限らずに広い意味での技術上の
realization にはこのような面白さがあるのです。ある演奏と別の演奏が違っていて当り前であり、違い
を楽しむのが作品を享受することになるのではないか、ということですね。MIT の D. Knuth は、
”Most important in any arts or technology is a sense of balance and compromise.”、と言っておりました
が、これは、私が computers の software development に従事していたとき、座右の銘にしていた言葉
ででした。
以上、気軽に書こうとして書きましたが、既に Y.T. さんも知っているような四方山話であれば失礼
致しました。悪しからず、短くても次のお返事を待っております。
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太田将宏 (2009 年 8 月 30 日)
Y.T. 様
今日、Y.T. さんから三つもの tape が届きました。私は、Emil Telmányi の演奏による Fuga が入って
いる三曲だけを予想していたのですが、全曲とは、これは有難く、しかし、また、お手数をおかけしま
した、とお礼を申し上げます。午後になったら、既に頂いている tape での Otto Buechner の演奏と
の比較のために Y. Menuhin の CD で Partiten を聴いてみようか、と今朝、予定していた矢先でした
。今月中は、これら六曲を繰り返し享受できそうです(Y.T. さん、私が外来語をカタカナで書くのを躊
躇することをご理解ください)。
Menuhin で聴いてみようかと思ったのには、少なからず訳があったのです。私は、period instrument
で聴いても modern instrument 聴いても、同じように聴こえて、その違いが意識に昇るのが遅く、弱い
のですね。つらつら考えるのですが、例えば、私は<<Das Wohltemperierte Klavir Teil I >>の<
Praeludium XVII>(BWV 862、As-Dur)の第 20 小節にある右手の四重音を恣意的に arpeggio で
弾くことが多いのです。それを正当化する根拠は薄弱なのですが、この Praeludium では左手を含め
ての五重音は此処だけなのですね。それを強調する為にも arpeggio の方が効果的だ、ということを
咄嗟に感じるのです。そのように、私にとっては、period instrument での重音も modern instrument で
の arpeggio も同等のものとして(ヴァイオリンの演奏にても)少し抽象的に聴いてしまうのではないか
、と思われるのです。また、例えば、<<Partite Nr. 3>>(BWV 1006)の<Louré>などは、二重音
だけの故か、instrument の違いによっての変りが少ないですね。ただ、しかし、Buechner の演奏での
音の美しさは息を呑むようでした。
そうした訳で、Menuhin の演奏で、もう一度、確かめてみよう、と思っていた次第でしが、予定を変
更し、午後、送って頂いた tape の最初の二曲(BWV 1001 と 1002)を聴きました。まだ一度だけ聴い
ただけですが、それも二曲だけだったのですが、Y.T. さんが仰っていたこと、「たどたどしさ」は、<
<Partite Nr. 1>>の<Allemande>の Double で少し感じただけで、Telmányi の演奏は、さしては
そうでももない、との私の印象でした。一方、上記にも拘らず、<Sarabande >では、modern
instrument によるものとは全く違う曲かと、一瞬、思わせる程でしたが、どちらが良いかは好き好きな
のかも知れませんね。Sarabande としては、arpeggio でも良いのでしょうが、Telmányi の演奏は少し速
過ぎるのではないかと感じ、それが故に、Double が変奏として聴き難い、と思われるのは私だけなの
でしょうか。一方で、もっと吃驚したのは、<Bourée>の Double の速さでした。Baroque 時代に擬し
た張りの弱い弓で、よくもまあ、あれだけの二重音の連続を、この速さで奏ききったものだ、と呆れ返
る思いでした。Bourée の Double としては名演ではないでしょうか。順序が逆になりましたが、<<
Sonate Nr. 1>>の<Fuge>は、予想通りでして、やはり modern instrument による演奏よりは聴き易
いですね。まだ聴いていない二つの Sonaten の Fugen が楽しみです。
(…(中略)…) 奥様にも私からのお礼を伝えてください。
太田将宏 (2009 年 9 月 4 日)
Y.T. 様
昨日、二本目の tape を聴きまして、重音であるとないとに関わらず、音の強弱の差が大きく control
されているのに驚きました。小さい音のときには、何か、幽玄な響きすらを聴き取れるような感じでし
た。だだ、O. Buechner の演奏では気にならなかったのですが、E. Telmanyi の方での ciaconne の各
変奏での速さの違いが大きいことには違和感を感じました。こうしたことが Baroque の音楽に於いて
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authentique なのであるかどうか、それは私には確言できないのですが、Classiques の時代の変奏曲
では、各変奏を主題と(概ね)同じ時間経過で演奏する、ということを何処かで読み私も納得していた
のです。しかし Baroque の様式では如何なのか、私には確かではないということなのですが、Y.T. さ
んは如何でしょうか。ご存知で下なら教えてください。ただ、また、私が感じた違和感も慣れの問題か
も知れないですね。
ところで、夜、就寝する前に、まだ、送って頂いた演奏者による解説を読んでいなかったことを思い
出して、少しだけ読もうと思って読み始めたのですが、面白くて全部読んでしまいました。読み終り、
さて、気がついたことがありました。一昨日の私の mail に、一方で、もっと吃驚したのは、Bourée の
Double の速さでした。Baroque 時代に擬した張りの弱い弓で、よくもまあ、あれだけの二重音の連続
を奏ききったものだ、と呆れ返る思いでした、などと書いたのですが、Telmányi の弓の張りは切り替え
ることができるのですね。全部を聴いてから、また、解説も読んでからお便りすればよかったのでした
が、嬉しかったのと、まずはお礼をと思って、先に書き送ってしまった次第でした。しかしですね、何
も読まないで、何かに気づくといったことは、さすが早稲田大学、と評価していただけませんか。閑話
休題で失礼致します。
太田将宏 (2009 年 9 月 6 日)
Y.T. 様
その後、いかがお過ごしですか。私の方は、E. Telmányi の演奏を全部聴き終えた後、今日、Y.
Menuhin の CD を聴きました。それで気がついて考えたことを書いてみようかと思います。まず、やは
り、Fugen は、Menuhin の演奏であっても modern instrument で聴くのは苦しいですね。
次に、前々から、私は、period instrument という言葉を使っておりましたが、これは、E. Telmányi や
O. Buechner が採用した弓と同じものであるかどうかは解説を読んだ限りでは確認できないですね。
私は、J.C. Weigel が描いた<<Violinist>>の絵から想像していたものを period instrument として
おりましたが、解説の写真とは違うように見えるので、彼らの弓は J.B. Bach のこれらの曲を奏くため
に(A. Schweizer の<<Bach>>に書かれていることをも更に越えて)創案、開発された弓ではない
のでしょうか。また、絵の方では、violin 自体についても、そのもち方や顎当ての無いことも、彼らのと
は異なっております。これは、序でですが、Baroque 時代の violin の駒は、modern のそれよりも低く、
また、その山もなだらかである、と聞いておりましたが、それを写真で確認することはできませんでし
た。ただ、そのような駒の方が重音を奏き易いことは確かでしょう。一方では、響きの輝かしさを益す
ために modern instrument ではそれを高くしてきた、と聞いた憶えもあります。
重音についての話題に戻りましょう。Telmányi や Buechner を聴いていて感じたことなのでしたが、
和音の音程が正確ではない、ということなのです。そう言い切れる自信が無かったので前回まで書か
なかったのですが、今回、久ぶりに Menuhin で聴いて確信しました(それが故に、これはピアノでの
平均率に慣れた私の耳のせいではない、と判断したのです)。その訳を聞いて頂けますか。まず、
modern instrument で速い分散和音で奏かれたとき、最初の音は、根音ではなくとも、base の音です
ね。その瞬間、演奏家の意識は、まずは base の音に集中されます。その音は指を離さない限りは弓
が離れても(減衰はしますが)響き続けております。それに重畳されて重音の他の音が次々と奏かれ
ていくわけですね。その各々の瞬間、演奏家には指の位置を、指の傾きなどで調整する瞬時の機会
があるのです。弦楽器奏者は、そうしたことを本能でできるのです。ついでになりますが、弦楽器の
弦は糸巻きの中の木と木の摩擦によって固定されているだけですね。ほんの少しでも緩むと音はそ
の分だけ低くなります。更に言えば、弦の本数だけ一様に緩むわけではありません。それを無意識
に記憶して、常時、指の位置や傾きで、これまた無意識に調整しているのです。言い換えれば、意
識的にはできないことなのですが、私の如き者でも、それをしていたのです。しかし、これは、微妙な
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話でして、本能的で、無意識でありますが、自分が為していたことが決して意識に昇らないような人、
つまり、最後の最後まで意識的ではない人では、名演奏家であっても気がつかないことであるのかも
しれません。しかし、後になって、どれほど後なのかは様々でしょうが、やはりそうなんだなあ、と意識
されることがあるのです。此処で、考えてみてください。こうした状況で、period instrument 乃至はそ
れに準ずる楽器にて、二重音ならまだしも、三重音、四重音での三つ、四つの音の正確な、全く正
確な指の位置を同時に感得できるものでしょうか。これは名 violinist でも極度に困難なことではない
でしょうか。厳密に言えば、弦の張りは時々刻々と変わっているのですよ。Base の音、次の音、…、と
瞬時であっても確立していく方が正確な音程で奏くことができるのではないでしょうか。このようなこと
に気づいたのは、instruments の相違にかかわらず二重音では大差がなく響いている、と聴くことがで
きたからでもありました。ただ、一方、modern instrument では、三重音や四重音となると、或る一定の
音量以下に小さくするのは困難でしょうね。このことは Telmányi の解説にも書かれていた通りでしょ
う。
以上、送っていただいた tapes を聴かして頂いて、忌憚なく、多少 negative なことも書きましたが、
悪しからずおとり願えますか。今日、もう一度、彼らの演奏を聴いてみようと思っております。
…(後略)…
太田将宏 (2009 年 9 月 13 日)
Y.T. 様
お便りを有難うございました。私の Sergiu Luca の LP の set は全曲が入っているのですが、箱の中
には一枚の解説書も無いのです (レコード会社は nonesuch です。この会社名は固有名詞の筈で
すが、何故か常に小文字で表示されております)。ただ、箱の表に付けられた絵に Baroque の violin
を奏いている姿が見られるのですが、その弓の持ち方では弓の張りを切り替えることはできないよう
です。この set は、二十年以上前に廃盤の sale に出ていたので安く買えたのでしたが、箱に封をして
あったのにも拘らずに、最初の Sonate に大きな傷がついていたのです(製造過程ですでに出来た
?)。買った店に取り換えにいったものの、すでに代替えは無く、そのまま引き取ったものでした。そう
いうわけでして、送ってくださった解説書を興味深く読み、よい勉強になりました。また、何故、
Baroque の音楽で、一つの(特に長い)音での真中が盛り上がっているのかも理解できました(ただ、
私は、私個人の趣味では、あれが強調されるのが余り好きじゃないんですね)。
先日に書き忘れたことですが、弦楽器の tuning をするときに、奏者は誰でも小さい音で奏いてます
ね。これは周囲に迷惑をかけない為などではなく、大きい音をで tuning をすると弓からの重圧で弦
が少しだけ伸びて音が低くなるからなのです。これもまた(確か、私は、violin の先生にそれを特に言
われはしなかったと記憶しているのですが)、教えられなくても本能的に、経験的に、また無意識に
弦楽器奏者は感得しているのですね。無論、調弦のときは開放弦でするので指での微調整などは
できようがありません。そうしたこともあって、E. Telmányi の演奏を聴いていて、その重音のままでの
passages 相互の音量の変化の幅に驚いた次第だったのです(Y.T. さん、漸く á の font を見つけまし
た、先日、フランス語で探したのですが、考えてみれば当然、a に accent aigu がつくことはフランス
語ではないんですね。今日、スペイン語で探したところ、ありました、ありました。ただ、私のことを暇な
奴だ、と思わないでください)。
(…(後略)…)
太田将宏 (2009 年 9 月 15 日)
追伸。
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またまた、カナダ流の図々しいお願いがあるのですが、Y.T.さんがお持ちの Sergiu Luca の LP の
Sonate Nr.1 の録音 tape を送って頂けないものでしょうか(tape の B 面が空だともったいないので、
Partite Nr.2 も?)。上記の様に、私の LP には 10cm にもわたる引っ掻き傷があるので聴くことに躊躇
、困難を感じるのです。また、こんなことも思案しているのですが、もし、Y.T.さんが CD の音を我慢で
きるのでしたなら、此方からも、例えば、S. Rachmaninov が編曲して自演した<<Partite Nr.3>>(
BWV 1006)の<Prelude>(これ、案外、ゲテモノではありませんでした)や Bach 自身が編曲したオ
ルガン用の Fuge やリュート用の Partite、また、Kirchenkantate に転用(recycle)した様々な楽章を
tape に入れて送ってはどうか、ということなのです。ただ、此方では、空の tape が今なお手に入るか
どうかが定かではないので捜すのに多少の日にちがかるかも知れませんが、もし興味をもたれたら、
郵便の住所を知らせて頂けますでしょうか。
Y.T. 様
Y.T. さん、その後、お元気でしょうか。私は、E. Telmányi の tapes を全部聴きなおして、比較のた
めに、もう一度 O. Buechner の tape を聴いてみました。今月は、J.S. Bach の教会カンタータの幾つ
かを聴いた以外には、Y.T. さんから頂いた tapes だけを聴くことになりました。それで、二つのことに
気がつきましたのでそれを書いてみようと思います。
まず、私は、LP であれ CD であれ、records*というものは、演奏者と技術者で共同に創られた製品
だと見做すようになってきましたので、それらの比較について、録音技術者の技量、更に、最終製品
での盤質などの所与もあり、演奏だけを論じるのは難しいか、という前提で書きますが、六回目に
Buechner の方で聴いて、何故、これをまず Y.T. さんが先に送ってくれたかが分るように思いました。
まずは、これほどまでに音が良かったのか、というのが今回の最初の印象でした。また、たわしでゴシ
ゴシと表現した重音の音も、慣れたせいか気にならなくなりました。音程も、特に三度の音程には難
しいところもあるのですが、比較的には正確でしょう。。次は、これ、まだ調べてないのですが、
Telmányi の方が Buechner よりも、一、二世代年長なのではないか、と勝手に想像しております。そ
れは、このように改良された弓を使う演奏に関しても、年月による成熟というものもあるか、と思われた
からでした。
二つめは、Telmányi を聴いて分かったことですが、何故、modern instrument では Fugen を聴くの
に不満があるか、その理由が意識に昇ったということです。つまりは、Partiten では、おおむね、三、
四重音は強拍にある一方、Fugen では、それ自体の性格により、強拍としての各声部の入りが、小節
の途中からにても頻繁にありうる、という違いがあるということではないでしょうか。例えば、四拍子で
考えてみれば、第三拍は、普通、その前後の拍よりは大きい音であっても、第一拍とは同様には扱
えませんね。しかし、まして、こうした声部のその音に限っての強拍としての入りは小節内の弱拍の位
置に於いてでさえあり得ることで、それが、arpeggios として全声部が奏かれたならば、如何になるか
想像してみてください。複数の横に流れるべき他の声部の音がただ中断されるだけではなく、それが
音量によっても増幅されることになっていませんか。一つの弦を飛び越えての重音は如何なる弓を
使っても絶対にできないことですが、そこまでを考えなくても、あの arpeggio の弾き方で三、四重音を
構成する各音の強弱をその重音内部で control することなどは、これまた不可能事ではないでしょう
か。言葉を変えて言えば、modern instrument にては、Partiten と Fugen では、arpeggios の意味合い
が変らざるをえない、いや、そもそも Fugen では、arpeggios が使える箇所は限られている、ということ
なのでしょう。Y. Menuhin の演奏で聴いても Fugen が聴き苦しいには、こんなところにあるのではな
いか、と思われます。言葉を変えて言えば、modern instrument では、彼であってさえも妥協せざるを
えなかった、とでもいうことですか。
以上書きましたように、ああでもない、こうでもない、と楽しんでおります。どうも有り難うございました
。
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* 日本では、「レコード」という言葉が LP のみを指し、CD を含めていないような書き方が散見され
るのですが、これは、”record”という本来の意味から逸脱しているのではないでしょうか。
太田将宏 (2009 年 9 月 21 日)
Y.T. 様
(…(前略)…)
もう一度、E. Telmányi の tapes を通して聴きました。彼は、staccato だけではなく spiccato で奏い
ているところが多々あるのが unique に聴こえました。しかし、それも無理なく自然に聴こえますね。
(…(後略)…)
太田将宏 (2009 年 9 月 27 日)
Y.T. 様
(…(前略)…)
その後、もう一度、Sergiu Luca の演奏で BWV 1001 を聴きました。先日に聴いたときには、何か刺
激的な音だなぁ、と感じたのですが、再度聴いてみて、あ、これは裸のガット弦を使っているからかも
しれない、と思いつきました。極細の金属の糸で巻いてないガット弦での音を以前にラジオで聞いた
覚えがありますが、今回は、こうした音も気にならなくなりました。しかし、何と言っても、やはり、彼の
演奏での fuga はいいですね。そこに、pizzicato による passages が入っているのは、隣の弦を飛び越
えた弦を使う手段、工夫か、とも想像もされるのですが、これは楽譜だけではなく、そのときの指板上
の position が何であるのかを見ることができないので確たることは言えません(実際に奏いてみない
限りでは想像はできるにしろ煩雑です)。ただ、気になるのは、彼の演奏では、次の Siciliano が
Siciliano には聴こえないのですね。もっとも、これも私には確かには言えないことでして、ただ Bach
の BWV 1031 や BWV 1035 のフルートでの演奏などに較べての話なのです。いや、この BWV
1001 でのそれにしても、他の演奏家では、Siciliano がそれらしく聴えるのです。しかし、Luca の演奏
は、それはそれとして楽しんでおります。BWV 1004 の方も聴きました。軽やかな Allemande は、気
持ちよく聴けるのですが、次の Corrente の速さと較べるならば、もう少し遅かった方が様式に合うの
ではないか、というのが私の意見なのです。…(中略)… Bach を新鮮な気持ちで聴くことができまし
た。彼は、差障りのないところでは、arpeggio で重音を奏いているようですが、それは、もう一度聴い
て確かめてみようと思っております。
(…(後略)…)
太田将宏 (2009 年 10 月 18 日)
C.L.様
お便りを頂きまして有難うございました。それにしても北米は暑いですね。お変わりがありませんで
しょうか。
さて、まずは<<音楽に関する4部作>>での「草子地」なのですが、これは、誰かが、にや、と笑
ってくれるのではないかと、私が悪戯まじりに書いていたものでした。私の思い出をまじえ、また、以
下に例としての「草子地」をも挿入し、少し説明が長くなるかもしれませんが、まあ、聞いて(読んで)
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頂けますでしょうか:
私が高校二年生のとき、正規の国語の教科書以外に<<源氏物語>>の講読が課せられていた
のです。正規の方は、例の、「須磨はいとど心づくしの秋風に……」の有名な名文で始まる<須磨>
の巻と、もう一つ(もう何だったのか忘れた巻)があったのですが、講読の方は、<桐壺>から始まり、
(確か、)<若紫>まで読み、そこで一年間の授業が終ってしまったのでした。
私は、それ以前から、谷崎源氏や与謝野源氏を読んでいて<<源氏物語>>には多大な興味を
もっていたのです。Canada に来た後も<<円地文子の源氏物語>>を読みましたが、これは表題
、「円地文子の」であっての通り、完全正確な翻訳ではありませんでした。ただ、谷崎や与謝野のそ
れでは当時の時局を慮って省かれていた部分が翻訳されておりましたが。
さて、本題に入りましょう。講読の方で<夕顔>に進んだ際に、「はしたなきことのみぞ多かりき」、と
いう一文に出会ったのです。その文の直前までは、下級貴族の女(むすめ)である女性の住処に近
所からの nuisance が入り込んでいることの記述が続いていたので、誰でも、「はしたなきこと」とはそ
れを指していると思うじゃないですか。ところが、講師を務めていた国語の教師は、そうではない、と
言ったのです。此処の解釈は、この物語の作者、中以下の貴族、受領階級の女(むすめ)である紫
式部が中以上の貴族階級の読み手に向っての言訳、釈明をしているのだ、ということでした。つまり
、作者が、こんな「はしたなきこと」ばかり書連ねて申し訳ありません、と謙譲しつつ語りかけている一
文で、そうした文を「草子地」というのだ、ということでした。
さて、王朝文学には素人の私の見解を聞いて頂けますでしょうか。それは、私たち学生の素朴な読
解と講師のそれとの双方を兼ねて総合しているのが作者の意図するところだった、というものなので
す。つまり、斯様に解釈した方が作者の文章力の巧妙さが感知できるのではないか、と私は愚考し
ている次第なのです。思い起こせば、あの<若紫>での少女の姿の新鮮な愛らしさに瞠目した高校
生時代の私だったのですが、講師の解釈だけでは作者の文章の美しさが読み手の感知から漏れて
しまうのではないでしょうか。此処で、本来は私が一行で済む説明を何故長々と書いてきたかのご理
解をいただけると期待しているのですが、如何でしょうか。私は、註、という言葉の代わりに「草子地」
を使っていたのですが、そもそも註というものも本質的には読者への語りかけなのですね。
今、誰かが、知識の多寡の違いは、それだけでは(これ、それだけ、は私の挿入です)他者を説得
するのにあまり役に立たない、と言っていたことを思い出しております。これは私事ですが、既に私の
<<音楽に関する四部作>>を読んでくれた幾人かの人たちが、良く色々なことを知っていますね
、と私が書いた量に感心して下さったのですが、私の知識が多いか少ないかをおいたとしても、あま
り私は嬉しくありませんでした。むしろ、私が論じていることの論旨に焦点を合せ、それが陳腐である
か、(もしかして)斬新であるかの意見の方が有難かったのです。仮に私が知っていること、それを知
っていない人がいたとしても(草子地:仮定文です)、その人は私の知らないことを知っているかもし
れないではないですか。ですから私に「すみません、何も知らなくて」、などと仰る必要な無いのです
よ。私の知識なんぞはしれておりますから。それよりも、私が書いたものについて、難しい、といった
人が多かったのですが、それにしては、私に質問する人が少なかったのですね。その意味で、C.L.
さんからの質問を嬉しく受取った次第なのです。そもそも、私なんぞが、難しいことを書けるわけが無
いじゃないですか(草子地:ただ、あたりまえと思われるようなことでも、それを正確に記述しようとする
と、多少は面倒な手続きを要するものなのですね)。それよりも「ショーグレン症候群と言う問題」にも
拘らず、私の拙文を読んで下さっていることに感謝しております。
私が書いてきたものは、何れも、何々についての解説ではなく、何々について考えたことなのです
ね。浅学な私としましては、夜郎自大の強弁になるのかもしれませんが、これは未だ誰も言っていな
かったことだ、或いは、こうした方面から論じているのを見聞きしたことが無い、ということに焦点を合
わして書いてきたつもりでした。ただ、ある学者が紀要論文、と呼んでくれたのですが、私は論文を書
いているという意識は無かったのです。C.L.さんの感想を頂いて、あたかも玩具箱をひっくり返したよ
うに不ぞろいな項目の文章が羅列されているような結果になったか、と振り返っております。ただ、私
の音楽に関する随筆を書いているときでは、対象を評価する、批判するに拘らず、何か、書きやすい
98
作曲家(や作品)とそうではない作曲家(や作品)があったのですね。例えば、所謂「ローマン派」の
音楽は、彼らの心象風景に幾度も付合い、それを書くという意欲が私には無いのです。また、C.L.さ
んが音楽に求めるものが私のそれと違っているのではないか、との印象を受けました。例えば、私は
F. Chopin の音楽を完全に嫌っているわけではないのですが、彼は他者の悪口を、それも彼が世話
になった人々(F.Mendelsshohn、R.Schumann、F.Liszt など)を謗ることが多すぎるのです。そうした
彼の人柄のありようで彼の作品の評価を変えるつもりは毛頭なくとも、では、それを超えての何ものか
が彼にあるかどうかを疑問としているのです。でも、大学一年の春までの私は Chopin が一番に好き
だったのですよ。その後、その年の夏休みに Arbeit で得た金で買った W. Kempf の L. v.
Beethoven の<<ピアノソナタ全集>>を聴いて、Beethoven を嫌っていたと伝えられている
Chopin の独特とされている和音なんぞは、Beethoven がとっくにやっていたではないか、と気がつい
たのです。E.Fischer は、何故 Chopin を奏かないのかと聞かれて、そこには謎が無いからだ、と答え
ておりましたが、私も同感でして、いずれは知的な欲求を満足させないような作品には飽きるのです
ね。また例えばの話ですが、私(たち)が orchestra で J. Brahms の<<交響曲 ホ短調>>の
rehearsal のとき、その時の指揮者が、「この<第四楽章>は、Passacaglia だ」、と団員に指摘してく
れたときがあったのです(草子地:C.L. さんに失礼かもしれませんが、もし、Passacaglia とは何か、
その形式、様式はどのようかの説明がご必要でしたならば、ご一報ください)。その瞬間、その楽章の
全てが見通せた、と新鮮に感じたのです。教えられなくとも当然として気がついているべきでしたが、
それまでは、漫然と聞き、漫然と奏いていて、mannerism に陥っていたのですね。 此処でもまた、私
が<<源氏物語>>を例にして「草子地」について何故長々と書いてきたかのご理解をいただける
と期待しているのですが、要は、文学に於いても音楽に於いても芸術という分野では、情緒的なもの
と知的なものの総合にて評価すべきところがある、というのが私の見解なのです。つまり、情緒を感じ
る感受性の無い分析は他者を説得する何ものも無いという一面(草子地:それ無しで、例えば音楽を
聴き論じるのは苦痛じゃないですか)と、他方での形式(美)、様式(美)を感じとる知的な対象への姿
勢の総合にある、と私は愚考しているのです。これは、無意識ではあっても弁証的な approach とも
言えるのでしょう(草子地:此処でも、私なりに此処まで考えるきっかけを下さった C.L.さん(の返信)
に感謝しております)。
作曲家の諸井誠が W.A. Mozart は「歩留まりの悪い」作曲家だ、というようなことを言ってましたが
、私も、Mozart の Klaviersonaten(全曲)の楽譜を読んで、諸井に同意せざるをえないのです。しか
し、Mozart の作品の中には、それが存在すること自体が奇蹟ではないか、というようなのが幾つかあ
るのですね。例えば、<<Symphonie in C-dur>>(K. 551)の終楽章です。多くの解説では(ソナタ
形式としている一つに出会ったことがありましたが、それを例外として)、これを四重の Fuge としてい
るだけなのですが、私は、この楽章がソナタ形式と Fuge の重畳である、として聴いているのです。再
現部の繰返しも展開部、再現部の繰返しもソナタ形式の常道通りで尚且つ全体が Fuge ではないで
すか。この形式美だけに注目するならば、Beethoven の<<Klaviersonate in c-moll>>(Op. 111)
の第一主題だけが Fuge の第一楽章にも勝るのではないでしょうか。
此処にて重畳ということについて更に述べるならば、上記の典型的なそれに較べ、諸井の著書、
<<音楽の聴きどころ「交響曲」>>では、何ごとも何々とソナタ形式の重畳と無理にもこじつけた
がっているのではないでしょうか。しかしながら、重畳ということに関しては、彼の発想が潜在的には
私の上の記述に影響していたのかもしれません。また、上述は典型的な重畳ですので、諸井は、そ
の後何処かに書いているのかもしれませんね。
Chopin について話題を戻しますが、彼の Nocturnes は初期から晩年に到るに従い、陰鬱な雰囲
気の作品になっていくのが全曲を聴いての私の印象なのですが、彼の病気や彼と同棲していた女
性の影響などは検証が不可能なのではないか、というのが私の見解でして、それ故に様々な話題を
聞いても忘れてしまうのです。
99
Maurice Ravel が交通事故にあったのは、1932年でして、<<ピアノ協奏曲 ト長調>>と<左手
のためのピアノ協奏曲>>が書かれ初演されたのが1931年ですね。事故の後は、完成された作品
は一つも無く、手術の失敗の後、1937に死去したとのことです。私は、この二つの協奏曲の LP、
Ttape、CD を愛聴しておりますが、上記の彼の略歴には関係なく作品を享受しております。
C.L.さんは、S.Rachmaninoff と F.Listzt がお好きなのでしたか。私は(正直に言いますと)、昔には
Rachmaninoff が好きな時期もあったのですが、現在では時たま前奏曲を聴くだけになりました。F.
Liszt の方は、愛聴盤がありまして、それは A. Brendel の演奏での<<ソナタ ロ短調>>と<<La
lugubre Gondora>>(日本語訳では、確か、「悲しみのゴンドラ」となっていたのではないでしょうか)
の第一番と第二番が入っている LP なのです。そういえば、Brendel は、Liszt は、駄作も多いので選
ぶ必要がある、というようなことを言っておりましたが、この<<La lugubre Gondora>>では、R.
Wagner の<<Tristan und Isolde>>にも先んじて、調性音楽のぎりぎりのところまで行っているの
ではないか、二十世紀の無調の音楽への先駆けにもなっているのではないか、として私は聴いてお
ります(ただ、私には、この話題が<<Tristan und Isolde>>のように調性を逸脱しているかどうかの
議論のように軽々とは入れない領域なのですね)。
以上の話題は、私が書くまでもないとしたか、書き難かったかの何れかであったのかもしれません。
自費出版についての advice を感謝しております。ただ、出版は多くの人に読んで頂くための手段
の一つでして、今は目的にしないで書いてきたものを取りまとめることに専念しております。それでも
、現在までに六十人ぐらいの友人、知人の方々に順次読んで頂いてきたか、と振返っております。
C.L.さんには私が今までに書きためたものを矢継ぎ早にお送りして、ご迷惑をかけてはいないか、と
も懸念されるのですが(ただ、例えば、classics に関する文章に於いてでさえも賞味期間のような話
題がありまして、それがそろそろ切れる迄にできるだけ多くの人に読んで頂けたら、としてお送りして
いる次第でしたが)、C.L.様もご主人も無理をなさらない範囲でごゆっくり読んで頂けたら、と願って
おります(蛇足、としたところなどだけ飛ばし読みして面白がっていた人もおりましたけれど)。
太田将宏 (2012年7月8日)
MEMORANDUM
私の<<音楽に関する四部作>>を読んでくださった方の一人が、番号だけでは分らない、との
ことでしたが、それは、Wolfgang Schmieder による<<Verzeichnis der musikalischen Werke von
Johann Sebastian Bach>>(通称 BWV 番号)や Ludwig von Köchel による<<Chronologischthematisches Verzeichnis sämtlicher Tonwerke Wolfgang Amadé Mozarts>>(通称 Köchel 番号)
のことではないか、と思われます。前者は曲種別、後者は作曲された作品を時系列に配列した番号
なのです。
まず、BWV 番号についてなのですが、私は、根拠の無い<イギリス組曲>とか<フランス組曲>
との呼称を私の著書にて使いたくなかったのです。J.S.Bach 自身は、前者を<<プレリュードつきの
組曲>>、後者を<<クラヴィーアの為の組曲>>としているだけでして、(普通名詞のようで)それ
らを使うことも他と紛らわしかったので一意的に BWV 番号だけを使用した次第だったのです。
次は、Köchel 番号なのですが、Köchel の功績は多大とするものの、後年の調査、研究に於いて、
番号付けの順序が正確ではないことが多々判明したのです。それが故に幾度も番号付けの大幅な
変更が為されてきたので、どの時点での番号付けかにより話が混乱し、煩雑になっているのです。し
かしながら、現在でも一般的なのは、Köchel による(original?)のそれではないでしょうか。私も、妥
協してなのですが、それに従っております。
100
上記二つの番号付けにての共通する問題として、欠番が無いことなのです。とりわけ BWV に於い
て、新たに発見されたオルガン曲がその分類に関係の無い最後尾に list-up せざるをえないことな
のですね。Schmieder は、例えば日本での図書の十進分類法のようにはできなかったものでしょうか
。Köchel 番号について述べるならば、紛失した作品、或いは、断片しか残されていない作品は、
Köchel 自身の当初には Köchel Anhang として別枠になっておりましたが、後には順次、改定
Köchel 番号に組込まれている様子です。
序に作品番号について述べるならば、Bach にしろ Mozart にしろ作品番号が全く無かったわけで
はないのですが、それも Bach の晩年や Mozart の後期の作品に限っているので余り参考にはなら
ないのですね。また、L.v. Beethoven の<<Klavierkonzerte>>の Nr.1(Op.15)と Nr.2(Op.19)は
、作曲された時期と出版された時期が逆になっている、という説もあるのです。また、作品49の<<
Klaviersonaten>>の作曲された時期は、出版の時期の作品番号から遥かに遡る、というのには私
も了解しております。そうしたことなのですが、作曲家の作品を特定する手段が他に無い場合が多
いので私もそれを利用して書いております。
MEMORANDUM
私が上に、 C.L. さんに失礼かもしれませんが、もし、Passacaglia とは何か、その形式、様式はど
のようかの説明がご必要でしたならば、ご一報ください、と書きましたのには、それへの私の見解を
開陳したい、という魂胆、下心があったからなのです。私が未だ日本にいたとき、誰かが passacaglia
と ciaccona は同じだ、と書いていたのですが(筆者註:此処での地の文にては”passacaglia”に揃え
てイタリア語の表記”ciaccona”にしております)、それが誰だったかを忘れてしまったので、私の<<
音楽に関する4部作>>に書かなかったのです。それが、たまたま数日前に<<全音スコア、ブラ
ームス 交響曲第四番 ホ短調(Op. 98)>>を読んでいた際に思い出したので、それを含めて披
露したく存じます:
属啓成氏が「パッサカーリアとは、古い変奏曲の一種であって、シャコンヌとは全く同義の異語であ
る」、と書いていたのです。以前、それを読んだときの私の疑問は、何故、”passacaglia と fuga”があ
っても”ciaccona と fuga”と言われるのが無いのだろう、というような程度でしたが、その後(此処では
作曲者名や曲名の全部を挙げませんが)、J.S.Bach から S. Gubaidulina までの様々な passacaglia
や iaccona を聴いてきて、どうも属氏の言葉には違和感を感じざるをえなくなったのです。ちなみに
<<Alfred's Dictionary of Music >>で、”Passacaglia”を参照したところ、”Similar to a chaconne
but often without the harmonic progression ”、となっており、また、H. Leonard の<< Dictionary
of Music >>の方でも、”A slow, stately dance in triple meter with a repetitive theme or bass
line.Similar to a chaconne ”、なのですね。Ciaccona についても参照しましたが(煩雑であるので省
略しますが)、双方で同じであるのは舞曲を起源としていることぐらいなものなのです。
属氏は、「その形式は、まず最初に、通常8小節からなる低音を主とした主題が現れ、この低音主
題の上に、言いかえればこの定旋律(Cantus firmus)として何十回の変奏を続けて …中略… 、ど
んなに多くの変奏を重ねても転調をすることもなく、…後略…」と続けている。これは(定旋律(
Cantus firmus)の言葉使いとしては、疑問がなくは無いのですが)、概ね受入れられる記述でしょう(
ただ、「定旋律」という言葉の意味するところは次代によって異なるのかもしれません)。しかし、bass
line の使用が双方で共通しているにしても、私が属氏の解説に違和感を感じたのは、passacaglia が
” often without the harmonic progression ”、ciaccona に較べ機能和声の使用が少ないこと、故に、
fuga が続く場合でも違和感が無く、従って、一方では、(Bach の有名な ciaccona(BWV 1004 の終
曲)のような見事な)転調も無く、bass line の変化が少ないということ、また主題が四小節の場合があ
るということ(この場合は二度繰返されるが、ciaccona に於いては同様の事例が聴かれない)、という
ようなことにあるようです。これら一切は程度問題でしょうが、作曲家が何れを表題にするかの際には
拘りのあったことではないでしょうか。
101
これは序でなのですが、”rondo”の「輪舞」との翻訳は誤訳ですね。Rondo という舞曲はなく、これ
は音楽形式の一つですから。それにしても、日本では「交響曲」とか「協奏曲」という言葉は生き残っ
ていますが、「奏鳴曲」や「諧謔曲」などの名訳は私語に近くなっており、少し残念ですね。
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102
絵画
-
この世話がやける幻影
K.T. 先生
お忙しいのにも拘らず、一筆いただいて感謝しております。私が忘れないうちに、と思い返信を書
きましたが、読んで頂けるならば幸いです。
まずは、「太田さんは音楽にはすごい教養がおありのようですが、絵画はどうなのですか」、とのこと
ですが、私は、音楽についても絵画についても素人です。ただ、音楽については、長年、ああでもな
い、こうでもない、とやってきましたので、(ありのまま正直に自白いたしますと、)生半可な評論家より
は見識をもっているか、と自負してもいるのですが。
以下の四つの文章は、ある水彩画家の blog に発表された絵について、私が(彼女の知人から求
められて無理やりに)書いた(書かせられた)comments なのです。実際の絵をお見せできないのは
残念なのですが、具体例を離れても、破れかぶれ、でっち上げの方法論として読めるかともおもわ
れますので、その例として試しに読んで頂けますでしょうか。
―――――――――――――
私は、私の妹とは違って、絵画に関しては、全くの素人なのですが、その受け手として、一つだけ
ですが、習い性になっていることがありますので、それについて書かせて頂きます:
それは、その絵の対象を、試みに、私の想像する(あくまで想像です。)ところの仮想の写真に写さ
れたものと比較して、どこが違うか、と思考実験をしてみることなのです(ちなみにお断りすると、写真
というものもまた、決して対象をありのまま写す、という意味での「真」を「写す」ものではない、と私は
見做しておりますが、しかし、そこに話を進めるのは今回は遠慮致しましょう)。そのような思考実験で
、最初の印象は暫しおき、今まさに視ている絵と想像での写真とのずれによって、画家がその対象
について、どのような感覚で、どのような表現手段をとり、どのように作品を創造したのか、私なりに感
じとろうとして、改めて絵に対する接し方を試みることなのです。しかし、此処まででは、未だ、感じと
っているだけで、それを言葉で表現して感想を述べる迄には 100miles の距離がありますね。全く、
絵画については、私は、楽しくはありますが、一面では、もどかしく感じることも多いのです。
ちなみに、音楽について言えば(共通の話題になるように有名な作品で)例えばとして書いてみま
すと、あの有名な W.A. Mozart の<交響曲 ト短調>(K. 550)の第一楽章の再現部、第一主題と第
二主題の間の、第二主題を主調に導く為の経過部は、第二展開部のようになっていて、すでに聴い
ていた本来の展開部よりも、さらに印象的な効果がある、などと、ある程度は言葉で表現し易いので
すが、私が絵について同様なことが出来ないのは、私が絵画については全くの素人の故か、言葉で
の表現能力が足りないのか、それとも、絵画というものが、音楽とは違って、本来、本質的に、そうし
たものなのか、誰かに説明していただけるなら、と思っているのですが、今の私には、音楽には様式
、構造、さらに、形式もあるけれど、絵画には、様式や構成はあっても、形式と言えるものは無いので
はないか、と思われます。無論、私は、どちらが、より良い、と言っているのではありません。私見では
ありますが、多楽章の音楽の楽章関係や Opera には、絵画ほどの構成力は無いのではないか、とす
ら思っております。一方、音楽では、形式が無かったとしたならば、見通しが悪いですよね。
私の妹も画家なのですが、彼女は、私には、何が何だか解らない絵を描いております。それで、私
と致しましては、音楽をしている人間と、絵画をなしている人と、どのように発想が異なるかが気にな
る、というか、興味がある次第なのです。
また、私は(私の<<音楽に関する四部作>>にも書きましたが)、絵画であるとか、音楽であると
かに拘らずに、感覚的に捉えたものを意識によって把握してはじめて、その対象としての作品を理解
103
したことになる、と考えているのですが、如何でしょうか。私は、J.-.P. Sartre が言っていたようには、何
でも言葉で表現できる、というほどには楽天的ではないのですけれど。
―――――――――――――
これは私だけか、と訝るのですが、何故か、私は、絵画だけではなく、静止している風景や草花を
見ているとき、あたかも、私の意識までもが強いられて静止させられるようで辛いのです。これ、いい
なぁ、と感じるのは、ほんの一瞬で、その感知したものの時間的な持続に耐えられない、と言ってもよ
いのかもしれません。
この絵も、ある一瞬で静止していることは無論でしょうが、しかし、その一瞬の直前を想像させ、その
一瞬の直後をも予知させる表現、表出があると感じとられます。何ものにも陶酔はできないような私で
も、しばらくの間、見とれていられる、と自覚させられました。
音楽に於いて General Pause に静寂を聴くように、また、K.K. さん、M.N. さんという方々も書かれて
いたように、絵画に於ける空白というのは、何も無いのではなくて、そこを視るものなのですよね。た
だ、音楽にては、その先には何ものも無いのではないか、といった行き止まりの不安、いや、感じや
すい人には深淵を視る恐怖すらをも触発する瞬間があるかと思われますが、その点で、瞬時の一覧
性のある絵画は、時間芸術である音楽とは、少しく違うのかもしれません。いや、絵画に於いても、描
かれている対象としての情景の次の瞬間を想像するならば、その想像力に於いて同様な現象がお
きるかもしれませんね。つまり、M.N. さんの書かれた、「蜘蛛の巣の中心に向かって色をつけていく
アーチストの集中力が凝縮されたような中心部が、まるで蜘蛛の巣に捉えられた昆虫が消えていくブ
ラックホールのようにぐいぐいと見る者を引き込んでいく、、、、」(これ、いい文章ですね、私もこのよう
に書けたなら、と羨ましいのですが)、そのブラックホールの底、画紙の裏までを透視するならば、意
識の運動の過程では音楽と同じような効果を感じとるのが可能か、とも考察しております。
蛇足:
J.-P. sartre が言っていた、意識は無益な受難である、という言葉と、意識は、それの無いところの
ものである、との言葉を、何か、懐かしく思い出しております。
2007/07/26 ―――――――――――――
正直に言って、この絵を初めて視たときの第一印象は、あ、この絵は苦手だ、ということだったので
すが、何か、気になったのですね。それで、数回にわたって視ているうちに、やはり、鉛筆画だから
表現できる領域もある、ということが再確認できました。
<What interested me was that when only a single line was misplaced or drawn on the face, this
made the person looked almost a completely different person. The most important places to focus on
were eyes and mouth. If they were done well, the character would emerge.>、との K さん自身の
comment からも感銘を受けました。
特に、<If they were done well, the character would emerge.>、との文で思い出したのは、Albrecht
Dürer の<<野うさぎ>>の絵だったのです。あれは、水彩画なのですが、私が視たのは古い画集
にあった白黒の写真ででした。何故か、私は、今でも、あの絵を視るのには白黒の方が心ひかれる
のです。私の娘は、「この兎には spirit がある」、と言っておりましたが、それを私も感じておりました。
K さんの絵にしても Dürer の<<野うさぎ>>の絵にしても、描かれた対象に存在感を感じるのです
ね。逆に、過剰な色彩には、何か、mind control のようなものを感じてしまう、と言ってもよいかと思わ
れます。以下に少しだけ私の草稿から引用させて頂きましょう。:
――― ギリシャの島々を巡ったとき、初めて正教の静かで薄暗い教会堂に入ってみた。貧しそう
にみえ、また、寄る辺なさそうにみえた老女の二、三人が手を合わせたり、静かに賽銭を箱の中に落
104
としたりしていた。私には、彼女たちには何も言うまい。何も言えない。ただ、蝋燭にて薄ぼんやりと
照らされた壁一面の<聖画>と言われるものに嫌悪を感じて、そっと、外に出た。Jesus、<人の子>
は、無くてはならぬものは多くはない、と言っていた。私は、あの過剰な色彩に嘔吐すらをも催したの
である ――― 。
Dürer の<<野うさぎ>>の絵の色彩は、過剰とは言えないのでしょうが、それでも、見ている者の
無意識でもの想像の余地があった方が …… 、と思い巡らしております。これは私見ではあります
が、この K さんの絵は、勝手な想像を拒絶しているような雰囲気があるようでいて、また、一方では、
何か想像をかき立てられる、その均衡が気になる作品だ、と思いつつ何度も眺めております。少し、
私の精神衛生には悪いかもしれないですけれど。
人の思考と感性とは、相反するように言われているけれど、人の考え方は、やはり、その人の感性
に影響する、と思われる此の頃です。
太田将宏。
2007/11/05―――――――――――――
この絵については、既に一度 comment を書きましたが、その後も、何か、様々に思い巡らしていた
ので、それを書かせて頂きます(私は、K さんの視た青銅の彫刻は視たことがないので、それとは拘
らずに、ただ(以下、一つの例外を除いては)、K さんの絵についてだけを書きましょう。
Jesus dixit: Consummatum est.
Et inclinato capite tradidit spiritum.
Rectus:
この作品は、四福音書のなかで、Joannem によるものだけにある記述(19 章 31-37 節)の場面です
ね。Jesus が既に息をひきとった後、兵士が槍で Jesus の脇腹をつき、血と水が流れた、という箇所で
す。
私は、今までには、どのような(様式の)聖画を見ても、どのような受難曲を聴いても、実際の Jesus
の苦難、苦痛には及ばないと感じておりました。また(特に Cathorique)教会の装飾過剰な伽藍の内、
外には、むしろ、反感すらを感じていた者です。例外は、J.S. Bach の二つの受難曲にて、そこでは、
作曲者は、どのように創作しても Jesus の受難の悲惨、深刻さには及ばない、と謙虚に自覚していた
のではないか、と思われる節があることだけでした。Bach は、彼の作品に於いて受難の経緯をたどり
つつも、受難そのものを表出しているのではなくて、それは、行き着くところとして指し示すことしかで
きない、という節度を保っていたと思われるのです。
さて、K さんの絵ですが、この Jesus の肢体、顔の表情、そして、古代紫を連想させるような脇腹で
の血の色、それの背景への浸透、拡がり、さらに、Mapmaker さんも指摘していた<unusual in that it
is from the left hand side rather than the front>である左肩上がりの十字架にみる構図の卓越した効
果に、私は、私が今までは特に意識にまで昇らないまでも求めていた状景は、この Jesus の屍のあり
方、描き方ではなかったか、と感じた次第だったのです。
Inversus:
一方、心のどこかに引っ掛かっていて抜けないのは、やはり、Jesus の足元にある色彩なのです。
歯に衣を着せずに書くと、終局的には、これは、宗教的 sentimentalisme の反映ではないか、というこ
となのです。此処で、私は、単なる réalisme を提唱しているのではないのです。先日書きましたように
、この色彩には私自身も慰めを感じているのです。ただ、ただ、Jesus の死の陰惨さから眼を逸らすこ
とは、私自身が自ら戒めてきていたことでした。更に言えば、これは S. Kierkegaard の言った、<<
教会のキリスト教>と<新約のキリスト教>>に於いて(私は、可能であれば、後者を<新約のキリス
105
ト像>と翻訳したいのですが)、その乖離の問題というところにまでに行き着くのではないか、と思わ
れますが。
先ほど言った「一つの例外」になるのですが、これは、もともと、K さんの視た彫像の足元に捧げら
れてあった花(束)ではなかったでしょうか。それであるとしたら、それは、その段階での、信者たちの
宗教的 sentimentalisme である、と言ったならば、言いすぎでしょうか。
Qui passus es pro nobis, Miserere nobis.
音楽の分野では<絶対音楽>、<音楽の自立>、という genre がありますが、絵画にて、それに相
当する領域、概念があるかどうかは、私にとっては不明です。しかし、この種の対象、題材に於いて
は、それは該当しないのではないか、つまり、新約の記述に侠雑物を挿入して、或いは、恣意的に
何ものかを省いて、作品の範囲で抽象、自立させることはできない、という前提、視点で上記のことを
述べさして頂きました。
この K さんの絵は、ちょっと素敵ね、などという level をこえた作品である、と思われるので以上のよ
うに書きました。クリスチャンくずれの私が思うままに書きましたが悪しからずおとり下されば幸いです
。ただ、もし、Jesus の復活というものを否定したとすると、私の書いてきたことは、荒涼として寒々とし
た世界かもしれないですね。それよりも、あの古代紫は、Jesus による救済の浸透であり、花々の色彩
は、それに対する感謝であろう、と受け止める方が無難なのでしょうか。私には、K さんが如何なる心
境でこの絵を描いたかは、いまひとつ不明なのですが、仮に(仮にです)、それが画家の本能的な感
性が定着したもの、としても、その意味でも素晴しいことですね。私は、貴重な体験をいたしました。
感謝しております。
S.D.G.
カナダ、トロント、太田将宏
―――――――――――――
先生、私は、要するに、絵画については何も解らない、としか書けなかったですね。好きとか嫌い、
この絵よりは、あちらの絵の方が心が引かれる、などとしかいえない私です。しかしながら、こうした自
身の限界を見極めた自覚、態度は、音楽について書いている時でも、何々を何々と言い切れるか、
との判断として重要なのではないでしょうか。
私の芸術に関しての一般論、見解もまた相対的なのでしょうが、その各段階に応じて、こういうとこ
ろが良い、これは納得できないとか、極端に言えば、こんなものは存在しない方が良い、とそれらに
ついての理由と共に述べられるかとも思われるのですが、それでも、分らない作品、私なりに理解し
ていても何か文章として書き難い作品、などというものがあるのですね。作品の良し悪し、水準にか
かわらず、書きやすいものについてだけ書いていた私は、そうした意味でも素人なのだ、と自覚して
おります。
太田将宏 (2008 年 7 月 31 日)
MEMORANDUM
上に書いた Albrecht Dürer の 「野うさぎ 」 についての幼いときの長女の反応の件ですが、それ
以前に私が宮本武蔵筆の「枯木鳴鵙図」( 鵙は百舌のこと )を見せて同じようなことを言っていたこ
とが影響していたのかもしれません。ただ、野ウサギにしろ百舌にしろ、それらが”spirit”、精神をもっ
ているわけではないので、それは、不思議なことではありますが、画家の spirit の反映なのではない
106
でしょうか。それが、また不思議なことではありますが、私たちに反射、伝播して”spirit”を感じさせる
のではないでしょうか。他者への message の伝達は言葉に拠るだけではない、ということですが、私
は、音楽に於いても(例えば、B. Bartok の<夜の音楽>などに)、恐怖を感じることがあるのです。
それに較べるならば、言葉なんぞは安全、人畜無害なのではないでしょうか。
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107
言葉 - この世話がやける手段
F. M. 様
ご無沙汰をしております。お元気でご活躍かと思われますが、その後、F. M. さんは如何お過ごし
ですか。引退は、まだ遠いことなのでしょうか。F. M. さんの近況を知らせて頂けませんか。
…(中略)…
以前に、F. M. さんから、私は読者に親切でないから、と書かれてきたのですが、他の人からも指
摘されたことに外来語をカタカナで書かないこともあったのでしょう(私も一方では、ドストエフスキー
について書くときに限って、ロシア文字を書けないので、カタカナを使わざるを得ない、という不徹底
さがあり、残念に思っていますが、しかし、日本で働いていたときでも、外来語がラテン文字である限
りは、alphabet を混えて技術書を書いておりました。別に誰からもひんしゅくをかいませんでしたが、
皆が呆れて諦めていたのでしょう)。日本では、何故か、英語では、二重母音を長母音(例を挙げれ
ばきりがないのですが、information をインフォメーション)などの理解できない慣例が多く、ドイツ語で
は母音が続かないときの子音は無声音であるはずなのに(例として、Burgmueler をブルグミューラア
、また、この例では最後のアは不要でしょう)、などの妙な慣習(更なる例として、Schweizer をシュワイ
ツァー、ドイツ語での w は英語やフランス語の v の発音)が観られますね。漢字、平仮名、カタカナ、
アラビア数字混じりの現代の日本文で、何ゆえ alphabet だけが忌避されるのか疑問に思いませんか
。また、Los Angeles をロスなどといって粋がっている輩もおりますが、Los というスペイン語起源の単
語は、英語で言うならば the にすぎなく(但し、男性複数名詞用の定冠詞)、Los Angeles とは、もとも
とが The Angels の意味であるぐらいのことは、alphabet を使っていたならば、そして、最低限の想像
力があるならば、推測できてしかるべきことではないでしょうか。また、ロスアン…ではなく、ロサン…
であるべきということにも敏感にならざるをえないですね。当方での日本人を見ていても、そうした疑
問を抱いております。日頃、言葉そのものについて無神経であるから外国語の習得にも苦労するの
ですね。そういえば、F. M. さんの site を読んでいたとき、W.A. Mozart の<<Requiem>>を「モツ
レク」などと言語不明瞭意味不明瞭に略すのを批判しておられましたが、日本では、それに限らず、
品の無い造語が氾濫しているではないですか。こうした若輩に迎合するから、新仮名使い当用漢字
の夏目漱石や谷崎源氏などの、低きに合わせた日本文化に堕落しつつある、と思われませんか。私
は、親切ではありたいのですが、迎合はしたくないので私の著作を出版できなかったということで、そ
れでは出版を諦めよう、という心境でした。此処で、今、また、F. M. さんが、私たちの学生時代に、
太田君の妥協は妥協のうちに入らないよ、と言っていたことを思い出しております。
もっと重要なことは、これは日本人には限らないのですが、しかし、とりわけ日本人は、自分が曖昧
に考えていたことを誰かが適切に表現し、書いてくれたことに同感、共感、評価するに留まることが多
いですね。彼我の違いを悦ばない、余所者を受け付けない、誰々の論理は理解できる、ではなくて
、誰々の気持ちは分るわぁ、といった類です。それが故に、言葉に於いても彼我の差には敏感にな
れなく、それどころか自分の母国語ででさえ曖昧になり、更に、思考能力の低下をもたらしているの
ではないでしょうか。また、そこでは、自分が賛成するかしないかはさておいての他者の論理の自立
、論理の終始一貫性なんぞは等閑に附される傾向が無いでしょうか。それは理屈だよ、理屈に過ぎ
ない、などと言う人は、生涯なんらの自らの論理体系も形成せずに終るのではないでしょうか。それ
では、ドストエフスキーの小説の登場人物(例えば、<<カラマーゾフの兄弟>>のイワンなど)の思
い、自分は、ぎりぎりのところ、こうとしか考えられないけれど、それでは自他が辛すぎる。むしろ自分
が間違っていたらならばよいのだが、のような煩悶、苦悩、願望の弁証法の片鱗も理解できないでし
ょう。 私は、傲慢な私に戻ったようです。しかし、日本人の謙遜、謙譲の gesture というものは、多くの
場合、何のこと無い、自己保身にすぎないのではないでしょうか(それは、当方の世間、世界では通
じない甘えですので、二、三を除いては、こちらの日本人との付き合いは無くなってきました)。私は
、何もかも此方の方がよいとしているわけではありませんが、傲慢になったついでに書きますと、私は
108
、私が書き続けた著作には、高い水準で、日本では、いや世界では始めての見解が此処彼処に読
みとれられる、と自負しているのですが、反面、読み手から反応が少ないのは私が浅学で夜郎自大
だからかなのだろうか、と小心な私は一方で首を傾げておりますが、如何でしょうか。
以上、私の近況でも少しだけ書こうと思って始めたのですが、大分長くなってしまいました。よい年
末年始をお過ごしください。
太田将宏 (2009年12月20日)
F. M. 様
…(前略)…
お元気でご活躍のようですね。また、35年にわたる沖縄での農業支援の活動、頭が下がる思いが
しております。
…(中略)…
今月、久しぶりに T.Y. さんからも返信をもらいました。私は、他人との距離を於くべきだ、と言う助
言をもらいましたが、それで彼が何を言おうとしていたかが、いまひとつ解りませんでした。
さて、私は、「読者に親切ではない」について*、F. M. さんが私が原語表記に拘っているからだ、と
のみで言ったとは書きませんでしたよ。それも F. M. さんの書かれたことの一つかな、と思っただけ
でした。ただ、此処では、F. M. さんと私は、agree to disagree、というところに止めるべきかな、と思
っています。
また、F. M. さんが仰った、ツキタテルとツッタテルの違いについても**、多少の互換性はあっても
、話し言葉と文章での書き方での違いではないか、と思われるのです。話し言葉では、例えば、駄目
って言ったら駄目ッ!、のように、実際にあるのですね。
これは序でなのですが、私は、言文一致については否定的なのです。あの「口語訳聖書」と称する
本でのみっともない日本語は何でしょうか。これも衆愚の低きにつける、という典型的な例ではないで
しょうか。
…(後略)…
よい年末年始を。
太田将宏 (2009年12月27日)
* これは、F.M. 氏の「貴兄の文章について『読者に親切でない』と言ったのは外来語のアルファベ
ット表記だけについて言ったのでは必ずしもありません。貴兄は外来語のカタカナ表記に抵抗があ
るようで、そういう考え方もわからない訳ではありません。ただ、このことについて言えば、カタカナに
転換された外来語は、外国語ではなく日本語なのだと私は考えています」、についての言及です。
** これは、F.M. 氏の「日本語のツキタテル → ツッタテル 『突っ立てる』のように、あとに『立てる』
のような後続音がある場合に使うわけで、小さい「ッ」という促音だけで終わることはない訳です」、へ
の言及です。
F. M. 様
ご無沙汰しておりますがお元気でお過ごしでしょうか。今年は、日本でも雪が多いとのことですが、
109
此方Torontoでは、先日には-22度Cまで温度が下がりました。
…(中略)…
F. M. さんには、これは単なる私の印象に過ぎないのですが、私が現在日本で話されている粗雑
な言葉に神経質な批判を為していたことで辟易されていたのではないか、と思い少し迷ったのです
が、やはり、読んで頂けるならば、と思い返し、お送りさせていただくことに致しました。宜しく悪しから
ず受け取っていただけるならば幸いです。
…(中略)…
言葉使いが杜撰だから思考が曖昧になるのか、知的怠慢だから言葉が堕落するのか、卵が先か
雌鳥が先かが分らないような悪循環に陥ってはいないでしょうか。これは、故池田晶子も言っていた
ことなのですが、団塊の世代の多くは何も考えないで過ごしてきたのですね。私は、これは戦中派に
も当てはまるのではないか、と眺めているのです。後者は、彼らの時代に生き抜く為、前者は、安寧
な生活を競争で確保する為に、何かを考え抜く余裕も無かったのかもしれませんが、とりわけ日本で
は知的怠慢な人々が多すぎるように観られます。それが故に双方に共通しているのは、多数が納得
し認めることが無条件に好いこと、良いこと、正しいこととする、そこでの思考停止なのですね。それ
を私は「仲良しクラブ」と呼び、彼らをそこでの住民、としているのですが、それは、政治のうえでも安
部政権以来続いていることではないでしょうか。
彼らが仲間内だけで通じるような言葉を殊更に粋がって使っているのには不快感を催しませんか。
今思い出したのですが、F. M. さん、私たちの学生時代に、あの早稲田大学の混声合唱団で指導
的な役割をしていたという S という男を憶えているでしょう。彼が、あるときドイツ音名の B を「ベーフ
ラ」などと口走っていたのですね。何のことか分りようがない方が正常なのでしょうが、まあ、英語での
B-flat のことを言おうとしていたのでしょう。ドイツ語でそれを言いたかったのなら H ですね。彼の「ベ
ーフラ」などというのは、国籍不明、かつ彼自身に相当する下卑た言い方なのですが、もし、ドイツ語
での B に変記号をつけるということならば、ドイツ語でも英語でも A の音になってしまうではないで
すか。F. M. さん、此処で私が何故このことを貴兄に話しているか、お解かり頂けるでしょうか。私は
、音楽に限らず、また、彼に限らず、こうした中途半端な知識での言葉の弄びを嫌悪しているのです
。彼のように田舎臭くも粋がりたがる男は、彼の場合は小沢一郎と同郷の岩手県の片田舎に戻り、そ
こで青年団の団長でもしている方が余程に似合い、身の丈に合うのではないでしょうか。
…(後略)…
太田将宏 (2010年1月27日)
MEMORANDUM
最近の日本語で首を傾げざるをえないのは「認知症」という言葉なのです。例えば、「蓄膿症」とい
った場合、「蓄膿」は患いなのですね。では、「認知」なるものも患いなのでしょうか。そこで「呆け」、と
か、「耄碌」という言葉を使いたくなかったならば、「認知障害症」というべきでしょう(ちなみに言えば
、差別語を排そうとしているかに見える MS-Word の日本語版でも「呆け」も「耄碌」も差別語として扱
われずに、そのまま仮名から漢字に変換できました)。
言葉の問題は日本に於いてだけではないのです。当方、Toronto でも、”Ontario Hydro”だとか
”Toronto Hydro”などと言われれば、水道局のような所だと思うのが正常ではないですか。ところが、
これらは、電力会社なのですね(They should have been Ontario Hydro Electricity and Toronto
Hydro Electricity)。日本では1960年代に初めに、火力発電が水力発電を上回り逆転した、と憶え
ておりますが、此方に於いても水力が主力だった頃の名残なのでしょう。
身近な例では”diet”という言葉の使い方が私には大笑いなのです。これは食事のことであり、食餌
療法のことではないのですね。それを言いたいのならば、元来の”diet control”でしょうが。
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110
執筆 - この世話がやける苦役
S.M. 様
ご無沙汰いたしておりますが、お元気でしょうか。私は、九月の始めにギリシャとトルコに行ってきま
した。遺跡巡りは、修学旅行の再現のようでしたが、あの空と海の青さは、カナダや日本のそれらと一
寸違うのですね。澄みきったエーゲ海の水の中で三度ほど泳いできました。
S.M. さんにもお送りした例の音楽に関する四部作を私の友人、知人 30 名ほどにも送ったところ、
その(特に第四部についての)反応に触発されて、またまた、もう一つの小さな草稿を書き上げました
*。先週、一応、書き終えたのですが、今度は、音楽には殆ど関係がないことを書きました。現象学な
どの理論による、旧約、創世記の理解、などという奇想天外なことを思いついた次第なのでしたが、
例によって、この手紙に添付いたしますので、読んでいただけますか。これは、ページ数が前の四部
作の十分の一しかないので量的には読み易いのではないか、と思われますが、S.M. さんの日常を
煩わせない範囲で、ゆっくりと読んでいただけたら、と思っております。
あの四部作の出版は諦めたのですが、出版に拘らない、と心を決めた後、かえって、別の作品を
書く意欲がわいてきた次第でした。また、これを書きながら、サルトルよりも誰よりもドストエフスキーが
如何に偉大であったかが私なりに再確認できたことが収穫でした。
前作と同様に、硬い文章と柔らかい文章が混在していますが、柔らかい方は、いずれ、書き直すこ
とができたら、と思っております。しかし、今の私では代替えの文章が思い浮かばないところで力が尽
きた感じがしています。それに、私は、哲学についても、神学についても素人なので、その辺での何
らかの、幅の広い助言や批判を皆様にお願いしている次第です。特に、哲学に詳しい S.M. さんに
は、私の論旨の筋道に、私の気づかない論理的な矛盾があるか、引用した文章の意味を取り違えて
はいないか、などを検討して頂ければ幸いです。その上で、もし、私が浅学であることの指摘、視野
の狭い私とは別の見方がある事実、などをも含めて反対論でも展開して下さるならば、それに越した
望みはありません。
いつでもの御返事をお待ちしております。また、S.M. さんの近況をも知らせて頂けますか。
太田将宏 (2007年某月某日)
* これは、現在での<<あれかこれか>>の<純粋意識批判>だけの草稿です。
F.N. 様
今日、10 月 21 日に F.M 氏と Y.T 氏に例の<純粋意識批判>の草稿を送ろうか、と e-mail に入
ったら、期せずして F.N.さんからの mail が届いておりました。いろいろなご予定があるのにも拘らず
、ご丁寧にも返信を頂きまして、どうも有り難うございました。
さて、「創世記に興味を持っておられるようですが、…… 一人の人が書いたものでなく、複数の人
が書いたものを編集したと言われています。そして私たちが神と訳しているものの原語は、エロヒーム
であったり、ヤーウェであったりそれぞれ異なっており、学者は J E D P と言う少なくとも 4 つの異
なる資料から創世記はなると言われています。勿論これもあくまでも仮説ですが、しかしこの仮説によ
ると、創世記解釈の上でのさまざまな疑問が解けることも事実です」 ――― 、とのことですが、その
「疑問が解ける」具体例をいくつか教えていただければ幸いなのですが。ただ、F.N. さん、自身の予
定を考慮して、あまり無理をなさらないで下さい。この点、私は、自分で資料をあたろうとしないで、少
111
し、おおちゃくなのですから。でもですねぇ、そう何もかも読めない、ということは誰にでもあるのでは
ないか、と私をも理解して頂けますか。私は、創世記だけに興味をもっているわけではないのですが
、古代社会の重層構造、ということには興味をもっております。
ときに、浅野純一先生について、思い出したことを二、三書きましたが、一つだけ、又聞きだったの
で書かなかったことがあるのです。それは、先生が、いろいろなことは克服できたけど、名誉心だけは
まだ克服できていない、と言っていたと聞いたことです。そのとき、私は、彼は何と正直な人なんだろ
う、と感動したのを憶えております。名誉心に執着することは、一般的に言えば、「聖職者」にありがち
なことだ、とも思っていた、いるのですが、それを率直に学生なんぞに告白した彼の良心を私は尊敬
していた、いるということを、私は自分の作品には書かなかったものの、F.N. さんには、共通の話題に
なるかとして、ここに付け加えさせて頂きたく思います。
私は、と言えば、世間的な名誉、社会的な地位、経済的な力などに関しては、わりかし淡白な方で
はないか、と自認しているのですが、一方、ある種の自己顕示欲については、他の人よりは旺盛では
ないか、と自覚しております。それでなければ、何も言わないし、何も書かなかったのではないか、と
自省しているのです。F.N. さんには、下らないことだ、と思われるかもしれませんが、どうだ、俺の懐
疑は、ここまで深いんだぞ、とでもいった自己顕示ということにでもなりますか。しかし、全てを疑え、と
言ったのは、確か、ソクラテスだったですよね。ただ、有効な反論があったら何時でも受け入れて、自
分の考え方を修正しよう、という心構えだけは保持しようと心掛けてきたつもりです。
本当の一流の人、シッタルダやソクラテスは何も書いたものなど残さなかったですよね。Jesus も同
様でした。この時点で、最終的には沈黙が金、であろうと思います。私は、ただ、私にできることはし
よう、と思って書き続けている次第です。
太田将宏 (2007 年 10 月 21 日)
N.K. 様
あまり書き手が自分の書いたものについて釈明をすると、読み手からの自由な感想や意見が聞け
なくなるのではないか、と予想しましたので昨日の mails には書くことを躊躇したのですが、一方では
、N.K. さんのご感想をお聞きした後、私の文章を読み直してみて、改めて考えたことがありますので
、それを記します:
既に誰かによって多く言われていたこと、書かれてきたことを今また私が繰返して書き連ねることは
、あまり意味がないということには N.K. さんも同意されるのではないかと予期しておりますので、既に
多く言われていたこと、書かれてきたこととは、これは、少し違うというところから、或いは、異なる視点
から書き始めるのは、奇を衒うということでは無い限り、やむを得ない場合にがあるということにも同意
されるのではないかと期待しております。しかし、その意味では、私が書いたものは、もともと、読み手
が、多分、何か、居心地が悪くなるような文章なのかも知れません。それに関してなのですが、私が
<<音楽に関する四部作>>の方で、書いてあることは書いてあること、書いてないことは書いてな
いこと、と書き、今度の<<あれかこれか>>では、くどくなるほど繰り返し、繰り返し、――― 断っ
ておくが、私は、…… とは書いてはいない ――― 、と書いてきたのは、事実私が書いたことと、
それによって喚起された、読み手の連想、想像を一応は分離して欲しかったからなのでした。この理
由は、<<音楽に関する四部作>>の方に書きましたですよね。しかし、それを数多く繰返すと、ま
すます喧嘩腰の文章になることもまた懸念される、という dilemma もあったのです。しかし、書き手は
読み手の想像には責任を負えない、いや、負うべきではない、と私は考えていたのです。N.K.さんは
、技術者ですので、(読み手の主観などを交えても無意味な、いや、交えるべきではない)技術書を
読む立場をご存知だと思いますが、私の著作は、技術書ほどではなくても、よくある文学書のように
行間を読まれることをも期待しているような文章ではないつもりでした。他の皆様にも、書かれている
112
ままに読んで頂けたら、という以上に難しいことは期待していなかったのですが、これは、どうも、読み
手の読書習慣にもよりけりのように観られることですね。
例として、N.K.さんが指摘された部分、――― 宗教は心の安寧のためにある、だと?、そんなこと
を誰が決めた。日本人の多くは、そういうことを言っているから、例えば、イスラム教とその社会が解ら
ないのである ――― 、などという書き出しで書いた文章では、私が、宗教が心の安寧のためにあ
るのではない、と読み取られたとしても無理はないですね。しかし、私は、宗教は心の安寧のために
はない、とは書いてはいないのです。言葉を変えて言えば、この文節の文脈では、宗教は心の安寧
のため(だけ)にある、と言った人が、始めに断定的なことを言ったとしたわけでして、それを誰が決め
た、としか書いていないわけなのです。そんなことは、断定できない、私も含めて誰も分りはしないこ
とであり、宗教が、必ずしも、心の安寧のため(だけ)にあるのではないかもしれない、ということだった
、と今、弁明したならば、それは、強弁に過ぎるでしょうか。ここでは、――― 断っておくが、私は、
…… とは書いてはいない ――― 、とはわざわざ書かなかったのですが、その後のイスラム原理
主義に対する批判を読んで頂けたならば、宗教は心の安寧のためにはない、と断定することもまた
僭越である、とする私の立場に於いて理解されるのではないか、と期待しておりましたが。
前作、<<音楽に関する四部作>>では、文芸社というところから講評をもらったのですが、彼らも
、こうした、tricky な文章に引っ掛かり、躓いておりました。そうしたわけで、今度の<<あれかこれか
>>では、上記よりも更に注意したつもりでしたが、やはり、不充分でしたでしょうか。先日の N.K. さ
んとの電話での会話では、私の釈明が私の作品を少しく自己正当化しすぎていたか、と反省をして
おりますが、これに懲りずに次なる批評、罵倒でも頂けるならば有り難く存じております。
太田将宏 (2008 年 3 月 21 日)
MEMORANDUM
これは全く微妙なところなのですが、私自身が、「宗教は心の安寧のためにある」に、宗
教は心の安寧のため(だけ)にある、と(だけ)を挿入していたのですね。そこで書かれてない言葉か
らの恣意的な読み方であるかどうかは、議論の余地がありますね。しかし、そもそも、「宗教は心の
安寧のためにある」自体が紛れも無く断定的なので、この挿入は許容されるのではないでし
ょうか。さもなくば、別途の読み方の可能性を提示願います。
N.K. 様
お元気でお過ごしでしょうか。今年の六月は、よくもまあ、雷が鳴りましたですね。
さて、いつぞやの N.K. さんからのご感想を思い出しまして、今日、<宗教>の冒頭の部分を以下
のように訂正致しました。私が、宗教は安寧のためにはない、とは言ってはいない、と主張するのは、
やはり、いくらなんでも読者に不親切だ、と思い直した次第です。ただ、文章の勢いが少し弱くなるこ
とが気になり、また、それならば宗教は安寧のためにはないと私が書いた、と取られても構わないの
ではないか、との思いもあって、今日までグズグズしていた次第です。しかし、下記のように、宗教は
心の安寧のためにある、などと安易に断定するから、とする方が私の趣旨ではあったので以下の様
に訂正いたしました。
旧: 宗教は心の安寧のためにある、だと?、そんなことを誰が決めた。日本人の多くは、そういう
ことを言っているから、例えば、イスラム教とその社会が解らないのである。
113
新: 宗教は心の安寧のためにある、だと?、そんなことを誰が決めた。日本人の多くは、その様
に安易に断定するから、例えば、イスラム教とその社会が解らないのである。
ご意見、どうも有難うございました。また、ご感想をお聞かせ願います。
太田将宏 (2008 年 6 月 22 日)
K.T. 先生
いつもながら先生からのお便りを感謝して受け取っております。先生は、以前よりはお元気のような
のではないか、との印象を受けましたが如何でしょうか。いろいろご活躍で何よりです。ただ、何か、
誰からも依頼されていないようなものを書き続けている若輩の私の方が、先生より引退者らしい引退
生活を送っているような気持すら致します。J.-P. Sartre が来日したときに、知識人とは、それを誰から
も委任されていない存在だ、と言っていたことを思い出しておりますが。
ソルジェーニツィンが亡くなったことは当方のラジオのニューズや新聞の記事でも報道されておりま
した。私も Canada に来る前に彼の作品は、確か、読む機会を逸した<<収容所列島>>を除いて
は全部読んでいたと記憶しておりましたが、その後は音楽の分野ににうつつをぬかしていた故か、彼
を follow-up する機会がありませんでした。陳腐な言い方にもなるかとも思われますが、これも一つの
時代が終わった、と感慨を覚えております。
さて、――― 太田さんの紀要論文には公的な堂々たる論文の脇にところどころ私的なコメントみ
たいなものが出てくるので、おもしろいといえばおもしろいのですが、太田さんが公的発表を考えて
おられるようだったので、それはどうかなと思っただけです。この感想は確信の持てるものではありま
せん。改めて太田さんの論文を読んでみます ――― 、とのことでしたが、私は、私の<<音楽に
関する四部作>>と<<あれかこれか>>を書いていたときには、論文を書いている、という意識が
ありませんでした。では何か、と聞かれると少し困るのですが、まあ、広い意味での随筆のようなもの
か、などと思案していたのです。しかし、随筆というものは定義が難しいですね。このように書いてい
ては素人の作品になる、と思いつつ書き続けていたのですが、S. Kierkegaard の著作だって分類不
可能ではないか、とも思い、それで、読み物として、このようなものがあってもいいのではないか、と楽
観していたのですが、やはり世間にては受け入れられなかったようです。私が書いたものは浅学の
身の拙文でありましょうが、しかしながら、こうしたことは初めて書かれるのではないか、少なくとも、斯
く々々の視点から書かれるのは初めてではないか、と思いつつ、その多くを書いた所存ではありまし
た。
そういえば、いつか、先生は、私は言わずもがなのことを書いている、と仰いましたが、それも思い
出すたびに考え続けております。他者に対する批判が多すぎたか、とも思われるのですが、しかし、
先生、私は、次のようなことにも拘っているのです。昔、立花隆が田中角栄を批判する文章を発表し
たとき、journalists の多くが、そんなことは彼らの間では周知のことだ、として笑いあっていた、とのこと
でした。では、何故、彼らは沈黙していたのでしょう。 Sartre は、「存在は、その現れである」、と言って
いました。それが故にも、仮に周知のことであっても、言わなければならないことは、敢て言わなけれ
ばならない場合もあるのではないでしょうか。
いや、先生、私は、私の書いたものについての釈明がすぎたようですね。自己正当化ほど無意味
なものは無いでしょう。それよりも、お忙しいのにもかかわらず、「改めて太田さんの論文を読んでみ
ます」、と仰って下さったことを感謝をもって受取らさせて頂きます。
114
…(後略)…
太田将宏 (2008 年 8 月 10 日)
M.N.様
お便りをどうも有り難うございました。「抱えている仕事がなかなか終わらず、そのことで頭がいっぱ
いで」 ――― 、とのこと、お忙しそうで、今度はご自分の大事なお仕事を片付けられてからゆっくり
とお返事を頂けたら、と思っております。いや、実は、少し気にはなっていたのです。もしかしたら、
M.N.さんにはお気に召さない私の作品だったかな、などと思案をしていた次第だったのです。そうい
えば、私は、かつて、皆川達夫という人の著書で中世、Renaissance から Baroque までの音楽を勉強
した時期があったのですが、彼は、彼と A. Vivaldi の相性が悪いので、Vivaldi の音楽が苦手なのだ
そうでした。私にとって相性が悪いのは、Vivaldi ではなく、それは D. Scarlatti なのですが(特に彼に
多くあるチェンバロ用の作品は)、何か、Baroque と古典派の近代的な和声の折衷のようで、中途半
端に感じられるのです。それでも彼の(声楽曲)<<Salve Regina>>などは聴いております。
ところで、「音楽に関する方は 3 日くらいかけて、すぐに読んでしまいました」、とのことですが、あの
400 pages 余りを三日間で、とは驚くと共に嬉しく思いました。まして、「とても面白く、時々寝床の中で
(本は寝る前に読む習慣ですので)ゲラゲラ笑いながら読みました」、と仰ることは、私が真面目にな
ればなる程、真面目に書けば書く程、何処か可笑しい、という一面を余裕をもって感じて下さったか
、と思いました。そういう方が初めて現れてくださった、ことを歓んでおります。私は、今なお、成熟し
きれないで、むきになるところがあるのですね。あの<<音楽に関する四部作>>では、自分のこと
なんぞは書かない、と言いながら、次の<<あれかこれか>>では、一寸したきっかけで、私自身に
関することもずいぶんと書いてしまいました。
次は、――― 「さて、ワインを飲んだ勢いで、ご本に関して感想を送っていないことの申し訳なさ
が脅迫観念のように迫って来て、読まずにいた音楽以外のご本を読みはじめました。実は大変恐縮
ですが、恐ろしく難しいタイトルが付いていたので、こちらの方はあまり読む気がせず,手をつけずに
いたのです。アルコールの勢いで読み始めましたら、私の想像していたようなカント流の哲学論では
なかったので、拾い読みで長い事読みました。拾い読みと言うと失礼に聞こえるかもしれませんが、
先にどんなことが書いてあるのか興味がありすぎて、ゆっくり読んでいられなかったのです。特に仕
事に追われているので、ゆっくり読んで、はまってはいけないという思いが脳裏にありました。そんな
訳で来週この仕事が終わりましたら、ゆっくり腰を据えて読ませて頂きます」 ――― 、でしたね。
私の作品は、「拾い読み」で結構です。もしろ、一面では、それが望ましいのです。そう言いますの
は、(特に<<音楽に関する四部作>>の方は)外国語を翻訳なしに七つ使って書いてきたのです
が、それが読者に親切ではない、と批判されてもいるのです。私としては、私が拙く翻訳するよりは、
ドイツ語が読める人には、ドイツ語からの引用を含むところを読んで頂けたら、ラテン語が読める人は
、…… と、逆に、最大限に親切に書いたつもりだったのですが、やはり、一般的には受け入れられ
ていないようでしたですね。あの<<あれかこれか>>の方の三つの副標題は、仰るように「恐ろしく
難しいタイトル」を精一杯気張って附けてしまいましたが、それらは皆 I. Kant や S. Kierkegaard 等の
著作の標題の parodies でして、それらそのものも「ゲラゲラ笑」われることを期待していたのですが、
如何でしたでしょうか。それに、プラトンの<<饗宴>>や<<ソクラテスの弁明>>に読むように、
何も難しい言葉を使うのが哲学ではないのですね(しかし、この件では妥協して大幅な改訂、増補
する予定です。そうでなければ満足しない人もいるのです)。
さて、「それでは、またご連絡させて下さい。カナダはそろそろ秋でしょうか?」 ――― 、とのこと
で、楽しみにしてお待ちしております。特に、<実践知性批判>は、私の悪たれに皆様が呆れ返っ
たのか、何方からも反応がないのですが、New Zealand 在住の M.N.さんの日本を外から見たところ
115
のご意見をも伺えるならば幸いです。此方では、涼しくなったり暑くなったりで、今日は、30 度 C まで
上がっております。五大湖に近いせいか、けっこう蒸し暑いのですよ。
太田将宏 (2008 年 9 月 1 日)
K.T. 先生
先生、お元気でお暮らしでしょうか。日本では、まだまだ、残暑が残っているのではないですか。此
方では大分涼しくなって木々の葉も黄ばんできました。
先生が、「私が太田さんの文章を「開き直っている」と書いたのは、実は自分でも同じ類のことをある
本で書いた覚えがあるからです。もう少し微妙にいうと「・・・だそうだが、笑わせる」と言った類の表現
は公的ではなく私的な傍白といったものではないでしょうか。 … (中略)… W さんもさすがにそこ
を「世代的なものかな」と、上品な人ですからえん曲に譲歩的に指摘したのだと思います。ということ
はつまり私の読み違いではなく、太田さんの紀要論文には公的な堂々たる論文の脇にところどころ
私的なコメントみたいなものが出てくるので、おもしろいといえばおもしろいのですが、太田さんが公
的発表を考えておられるようだったので、それはどうかなと思っただけです」 ――― 、と仰ったこと
を更に考え続けました。
そうですね、私は、余り上品な人間ではないですね。平静な心を保ち、清澄な思考ができたなら、
と思わないでもないのですが、それは、しかし、私の柄でもないとしか言えません。昔、詩人の金子
光晴が、生前に、Paris は、野蛮人として住んでいるいる限り、こんなに居心地の良いところはない、と
いうようなことを言っていましたが、私もまた、この世界、野蛮人としている限り、こんなに居心地の良
いところはない、とでもいったところでしょうか。いや、この世界、一切の権威主義と戦おうとしていた
私にとっては、さして居心地は良くなかったですね。それに、日本では、「キリスト教」の何たるかを知
らずに、文学や音楽の一面的な解説、評論の著作をしている人が多すぎる、と私は観ているからで
もあります。しかし、私は、挫折した romanticist なんぞとしての冷笑家ではありたくない、と努めたつ
もりでした(音楽については、私の<<音楽に関する四部作>>等を参照願えますか)。それ故に、
野蛮人として、それなりの品格ある私は、「・・・だそうだが、笑わせる」、などと、そんな切れ味の悪い
表現で文章を書いた憶えは無いのですが。
学術論文に於いては、無論、自分のことはさて置いて、といった姿勢が要求されるのでしょうが、(
先日に書きました)私は論文を書いているつもりはなかった、というのに加えて、私は次のようなことも
薄っすらと考えていたのです:
私の<<純粋意識批判>>に於いて引用した Jesus の言葉に関わることです。旧、新約のなかで
、律法は「絶対の真実」とされておりました。それが故に、姦淫を為した女は、新約のなかで、人々の
中に引き出され、石で打たれようとしておりました。人々は、Jesus を試そうとして、彼にどう思うかと聞
きました。Jesus の返事は(これは有名な言葉ですね)、あなたがたの中で(何らの)罪のないものが、
まずこの女に石を投げつけるがよい、でした。ここで、Jesus が語ったとされるのは、「絶対の真実」の
コペルニクス的な転回ではないでしょうか。超越の側に立っての「絶対の真実」は律法にあるとしても
、人間存在の実存に於いては、その人自身と律法との関係にある、ということになるのではないでしょ
うか。私は、それが故に、S. Kierkegaard も、例えば、彼の<<あれかこれか>>のようなもの、彼の
実存と対象との関係に於いて半論文のようなものを書いたのだ、と理解しております。私は、超越的
な存在を味方にできるとしたような傲慢な錯覚、それをかさにきた擬似的に「客観的」といわれるよう
な姿勢をとらず、どこかで自分自身との関わりに結びつけた記述に徹したく、それを試みていたので
すが、その姿勢は、<<純粋意識批判>>だけではなく、さして意識的ではなかったにしろ、私の
作品全部に通貫しているのではないか、と省えっております。アルキメデスは、もし足場が与えられる
ならば、私は地球をも動かせて見せる、と言ったのですが、そのように、そうした足場、「客観」などは
116
、人類のただ一人だににも与えられていない、というのが有神論的、或いは無神論的を問わず、実
存主義の結語である、と私は理解しておりますが。
しかしながら、ご指摘にあったのは、論文として読まれた場合は、夾雑物のようなものが多すぎる、
とのことだったとも思われるのですが、そのご意見を頂いたことについては、先生方に感謝しておりま
す。ただ、更に忌憚なく申し上げることが出来ますならば、私が、A として書いたつもりのものが(それ
自体に問題があったのかも知れませんが)、B の規格に合わない、と伺っても少し当惑せざるを得な
かった次第だったのです。しかしながら、此処で、「太田さんが公的発表を考えておられるようだった
ので、それはどうかなと思っただけです」 ――― 、とのご配慮、有難うございました*。ただ、出版
の意図が今なお私にありますならば書き直すことも考えられるのですが、さしあたって今は、その気
持も失せておりますので、上に述べましたことが私の釈明だ、と受け取って頂けますでしょうか。
以上のことを一応の整理をしたく思いつつ書いてきましたが、次回は、もう少し持続性のある話題に
変えたく存じます。それもそうですが、先生、私に欠けているのは、柔和な心根、寛容の精神だ、とご
指摘なさらなかったことは意外でした。
太田将宏 (2008 年 9 月 7 日)
* 私は、後日、この<<瞬間>>に「私的なコメント」を<<あれかこれか>>や<<愛と生命の
摂理>>から移せる部分があるかどうかの検討を現在しようとしております (2012年9月17日)。
K.T. 先生
…(前略)…
突き詰めた極論で言えば、仮に、私が(例えば)ドストエフスキーについて間違った理解をしていた
としても、その結果、その成果が、いや、それに到る過程すらが私の思考にとって意味がある限り、最
終的には、それで良しとしよう、という態度なのです。その辺りが、それ(だけ)ではすまない学者でい
らっしゃる先生と違ったところなのか、と思われる此の頃ですが、しかしまた、先生を始め専門的に対
象を扱っていらっしゃる方々の御教示を仰ぐことに関してもやぶさかでない、といった姿勢もまた保と
うとしている次第です。
私自身は、今更、完全主義者になるまでもあるまい、という心境でもあるのですが。
…(後略)…
太田将宏 (某年年某月月某日)
K.T. 先生
…(前略)…
亀山郁夫氏についてですが、私は、此の頃、この人は困った人だな、というところにとどめようか、と
思うようになって来ました。気のいい人であるのは確からしいですね。一方、私は小林秀雄氏につい
ても批判を重ねてきましたが、この人は、気のいい人とは言えなく傲慢で陰険ですね。一方、先生は
、これは私の推察に過ぎないのですが、小林氏についての話題にて何かご負担に感じられていらっ
しゃるのではないか、というような印象を受けております。それで、今回、次のことだけを書いて、今後
は、先生からの彼に関しての話題がない限りは、これにて終りにしようかと思っております。私が先生
に聞いて頂きたいことは、また、これは私だけではないと思われるのですが、(しかし、彼は典型的で
はありますが)彼に限らず、彼らのような類の人間の言動の混ぜっ返しに出会って我々が今迄に如
何程の理不尽な迷惑を蒙ってきたことか、ということなのです*。彼らのような人間が充分な反論、批
判を受けることのない日本の人々の知的な傾向に、私が今迄に書いてきたことを読んで頂いたので
117
解っていただけると思うのですが(これには、やはり、亀山氏をも含めざるをえないのかもしれません
が)、疑問を感じざるをえないのが私なのでした。
私は、このところ、先生との往復書簡を読み返し続けております。ただ、いつぞや書きましたように、
<<愛と生命の摂理>>を増補しようかとの目論みにしても一応それなりに形ができたものを変更
するのは難しいですね。私の記憶力の限界もあって諦めつつありますが、ただ、これには、多少の増
補を含めて推敲しつつありますので、いずれ先生にお送りいたします。しかしながら、私の二つの試
論と往復書簡で全体の論旨は尽きているか、とも思われますので、もし先生が読まれてくださってい
なく、間に合えば、そちらを、もし既に読んでくださっていたならば、今後の(機会がございますならば
の)参照にお任せしようと存じております。ただ、挿入した文章に多少は論旨の発展もあるのですが、
それは往復書簡でお付き合い願うこともできるか、と勝手ながら予期、期待している次第です。
いろいろ読み返してみて気づいたことなのですが、私の書いたものは、書き方として、誰々は何々
と言っているけれど、私は、…… というのが多くて陰険ですね。先生が、刺激的だ、と仰ったことには
、そこにも原因があったかと思われますが、誰かをだしにしないと話が始らない、ということは、私が人
間的に小さいが故か、と思案し行き詰っております。以下しばらくは、しかし?、です。
ソクラテスの産婆法、という対話の進め方は、誰もが一応は当り前と思っていることから始まり、それ
が何時の間にか、誰もが意外と思われるところに結論が導かれる、ということなのでしょうが、私は、そ
れでは、sophists のような、誰もが意外と反応するところから始め、屁理屈で相手をやり込めるという
遊びにふけった人々の反感をかったのも無理が無かったか、と思われるようになりました。議論という
ものは、烏合の衆の遊びであるうちは容認されるけれど、それが深刻なところに進むと、多数がそうは
思いたくないというところに及ぶと、それを人々は警戒するのですね。いや、警戒するだけではなく、
何とか、その論理を、いやむしろ、その論理を展開する者を葬ろうとすることは、現代に於いてすらも
此処かしこに見聞きするではないですか。私には、逆に、誰もが当り前と思っているようなことに、ま
ず嫌悪、反感を感じてしまうところがあります。何故、「当たり前」と言うのか、反射的に疑問を抱いて
しまうのです。全てを疑え、と言ったのもソクラテスでありましたし、何らの懐疑を経ていない「当り前」
と、それを通過した当り前の違いが、対話が導く結果の相違に結びつくのではないでしょうか。私が、
今まで、誰々は何々と言っているけれど、…… と書き、批判していた人たちと、私とは、懐疑の level
が違うわい、と言い放ったとしたら、私は傲慢なのでしょうか。
これは笑い話になるかどうか分らないのですが、正直に申し上げると、私がギリシャ語をもロシア語
をも敬遠していたのは、ラテン文字と字が違うからだったのです(実に怠惰だったのです)。それでも
ギリシャ文字は数学や物理で使われることもあったので、大方もう忘れているものの幾らかは憶えて
いまして、一昨年にアテネで地下鉄に乗っていたときに、駅の名前の一つひとつに何か意味がある
ようでしたので、たどたどしく読んでいるうちに、ラテン文字に変換すると syntagma という駅に出会っ
たのです。これ何だっけ、と思いつつホテルに帰り、それまでに(英語での)雑談で親しくなっていた
従業員に聞いてみたのです。彼の答えは、base of law だったのですね。そこで解らない私は馬鹿で
した(しかし、base of laws であったらピンときたかもしれません)。首をかしげていると、彼は、二階に
まで駆け上がって、彼のボスの女性のところにまで行って聞いてきてくれたのです(ギリシャでは、こ
のように、途方もなく親切な人に何度も出会いました)。戻ってくるなり、彼は、constitution だ、と言っ
てくれたのです。それで私は、以前、この言葉に(確か)ラテン語の文脈での外来語として出会った
のだ、と思い出し理解した次第です(外国語に流暢になることよりも、私は、こうしたことに興味をもつ
のです)。他方では、以前、日本に帰ったとき、NHK の教育テレビ(私は、「テレビ」などというヤクザ
な言葉を書きたくないのですが、神経質すぎるでしょうか)のロシア語口座を聴いていたとき(先生、
そんなこともあったのですよ)、書いても読まない文字が二種類あるとのことだけを知りました(私は、
繰り返しになりますが、外国語に流暢になるよりも、こうしたことに興味をもつのです)。そのうちの一
つは、もう忘れてしまいましたが、他ので、これ、いいな、と思ったのがあったのです。どんな文字か
は、もちろん此処に書けないのですが、カナダで英語での会話をしていた時に、相手は、日本の会
社 Denon をデノン(この話題には関係ないのですが、Nikon はナイコンです)、私の友人の名前、
118
Kenichi をケニチというのです。英語での context ですから、相手の発音を直すのも不適切ですし、
そうかといって、私がデノンとかケニチと言うのも躊躇されるのですね。ロシア語でしたならば、デンオ
ンとかケンイチ、とできるではないですか。
何故、以上のようなことを書いているか、私が今までに書いてきた<<音楽に関する四部作>>、
<<あれかこれか>>も<<愛と生命の摂理>>も、それぞれは、何々について書いたことではな
く、大なり小なり、私が何々について考えたことを書いてきたからなのです。先生は、夜郎自大だ、と
お笑いになるかもしれませんが、私は、結局、私のささやかな思想を開陳してきた、ということではな
かったでしょうか。私は、すでに誰かによって言われたこと、書かれたことを書くのは、書き手にとって
も読み手にとっても、時間、労力と資源の無駄使いではないか、と愚考していたのですが。
太田将宏 (2009 年 12 月 18 日)
* この件に関しては、私の<<愛と生命の摂理>>の<第三章>を参照願います。
S.M. 様
…(前略)…
さて、音楽、哲学・神学と(ドストエフスキーだけでしたが)文学について書き続けて、もう書くことが
無いな、これからは余生かなあ、嫌だなあ、と思っていた矢先でしたが、蛇足のように一つだけでっ
ちあげてしまいました。今回お送りするものは、以前の<<書簡集>>の延長のようなものでして*、
私がが今まで書いたもののなかでは一番まとまりのないものかもしれませんが、ただ、ドストエフスキ
ーについての論評に関して、先の試論集よりは私なりに一歩先に進んでいるか、と多少なのですが
自負しております。柄にもなく私自身についても多くを書いたので、とうとう私が正体を現したかと読ま
れても仕方が無い、と責任をとる覚悟で書いていたのですが、また、こうしたものを書き、送ると世間
を狭くするのではないか、という懸念もあるのですが、一方では、丁度、ドストエフスキーの<<カラ
マーゾフの兄弟>>の「作者」そのものが登場人物の一人であるように、私自身が自分が書いたもの
の中で、私もまた悪たれて演技をしているのではないか、と振り返り自省していることも無きにしも非
ずなのです。ただ、ドストエフスキーが提示した問題を自分の問題として推進めていき、私としてそれ
を極論するならばこのようになる、と相方、木下和郎氏には提示したつもりでした。どうにも納得しな
い彼は、私にとっては反面教師でしたが、彼が彼自身が可能であるところまで私に付合ってくれたこ
とを、私は内心では感謝してもいるのです。しかし、それが故に私が私自身の見解を撤回するかどう
か、さもなくば、彼を説得することに成果を上げるか、その何れもができないところが辛いところでした
。このあたりが私の限界かもしれませんね。また、体力、気力だけではなく記憶力も衰えてきましたの
で、同じことを重ねて書かないように注意することが苦痛になってきました(ただ、事情があって、例の
木下氏を含め、<<書簡集>>を送らなかった人もいますので、意図的に重複させた記述もありま
した)。
太田将宏 (2011年2月10日)
* この<<瞬間>>の初版のことですが、当時、新たに書かれたとした部分は、その後、<<愛
と生命の摂理>>の第二部に転載することに致しました。
S.M. 様
早速のお返事を有難うございました。私は(失念しているのかもしれませんが)、とりわけ、S.M. さん
とドストエフスキーについての話題に上らせた記憶がないので、<<カラマーゾフの兄弟>>が
S.M. さんの愛読書の一つであると知らされて、今、これ幸いとでもいったような気分です。私の<<
119
恐怖と戦慄>>を読んでくださったことも感謝しております。序でに、私が書いたものとの関連として
、木下和郎氏のblog、htpp://d.hatena.ne.jp/kinoshitakazuo を参照されることを(私は、
一応、全部読みましたが)念じておりますが。
…(中略)…
さて、以前に私は、仮令、奇蹟を幾百、幾千と並べようとも、それらは、超越の存在、その摂理の証
明にはならない、と私の<<あれかこれか>>に書きました(念のために、これを再添付いたします
。全部を読まれなくとも、’幾千’でscanされるならば、その文節に至ります)。それと矛盾したこと、ま
たは、誤解されるようなことを、今回、私の<<愛と生命の摂理>>に書きましたでしょうか。第三者
の読み手として指摘していただけるなら有難いのですが。
…(中略)…
最後になりますが、貴兄から、「大田さん(ママ、太田)が,原水爆のボタンを押すかも知れないと書
かれていたところです」、とありましたが、私は、私の<<愛と生命の摂理>>にて、次は思考実験
なのであるが、この私の主張を更に推し進めていくならば*、私は、もし、その機会があったとして、核
戦争のswitchを押す可能性が皆無であるとは言えない程に、自身をも含めての人間存在を、人間
社会を憎悪する者である、とは言えないか、と書いたのです。これは、少し狡い書き方だったでしょう
が、しかし、それにしても上の貴兄が言換えた一文は、無神経で粗雑すぎるのではないでしょうか。
ただ、私にとっては、その機会は、まず無いのに決まっているので、斯様に書かざるをえなかったの
です。そのあたりが私の限界かもしれませんが、私は、悪人とは必ずしも犯罪者ではない、悪人とは
善人ではない者、として書いてきたのです。言葉を変えて言うならば、私には犯罪者になる勇気がな
い者だ、とでもいうことでしょうか。
…後略)…
太田将宏 (2011年2月17 日)
* 此処での私の発想には、<<カラマーゾフの兄弟>>でのイワンの<反逆>に準じていること
にお気づきでしょうか。 学者ならば、この私の主張を更に推し進めていくならば、というところを、 イ
ワンの主張を更に推し進めていくならば、と我そこにあらず、という姿勢にて書いたかもしれないとこ
ろでした。
S.M. 様
度々の返信を有難うございます。私の方は、例の音楽に関する四部作を書いていた頃は、朝四時
に起きて、一日六時間ぐらい書くことができたのですが、もうその体力、気力も無く、細々と書き続け
ている次第です。
私は、木下和郎氏を槍玉に挙げて<<愛と生命の摂理>>の第三部<我が闘争>を書いたので
すが、彼は(彼自身には自覚がないのでしょうが)、このように思いたいからこのように思う、という知的
怠慢の人々の代表として(気の毒にも)引き合いに出したのにすぎなく、私(や<<カラマーゾフの兄
弟>>のイワン)のように、そのようには思いたくはないが、そのようにしか思えない、とする者にとっ
ては、本来的に(かつ日常的にも)、対立せざるを得ないのですね。せっかくですので私の<<あいと
せいめいのせつり>>の<我が闘争>についての対話を続けましょうか。ただ、時折、木下氏のblo
gを参照して頂けるならば、私側の論旨も明確に受け取られるのではないか、と思います(できるだけ
、彼からの引用箇所は<我が闘争>に書きとめてありますが)。
…(中略)…
新約に読む<荒野の誘惑>のところを論じるのは、少し、ややこしいですね。斯く申しますのは、ま
た、それをドストエフスキーが混ぜっ返しているからなのです。ただ、結論としての大筋、もし超越が
存在するならば、それ自体が奇跡であり、それ以外の不思議な事象なるものは、信じる信じないに関
与しない、できない、ということに於いて、S.M. さんと私が同じ見解であるとし、先に論議を進められ
るかと予想しておりますが。
120
…(中略)…
私の、――― 思考実験なのであるが、この私の主張を更に推し進めていくならば、私は、もし、そ
の機会があったとして、核戦争のswitchを押す可能性が皆無であるとは言えない程に、自分自身を
も含めての人間存在を、人間社会を憎悪する者である、とは言えないか ――― 、と書いたところ
は、やはり唐突で、仰るとおり、「それを書く必然性は,必ずしも見いだせない」、だったですか。実は
、本文(第一部と二部)が、その「必然性」を充分coverしているかどうかの、懸念がまったく無いわけ
ではなかったのです(その懸念のために、<我が闘争>は、既に送られた他の原稿を読み終えてい
るのではないか、と仮定した八人の人以外には未だ送っていなかったのです)。それで、S.M. さんな
らば、私の<<あれかこれか>>や<<愛と生命の摂理>>をも踏まえて判断して頂けるか、との
期待もあり、第三者として読んでご意見を頂たいという希望があったのです。
…(中略)…
私の<<あれかこれか>>に<実践知性批判>が含まれていますが、私は、そこで、新約、マタ
イによる福音書、第十三章 30 節 ――― いや、毒麦を集めようとして、麦も一緒に抜くかも知れな
い。収穫まで、両方とも育つままにしておけ。収穫の時にになったら、刈る者に、まず毒麦を集めて
束にして焼き、麦の方は集めて倉に入れてくれ、と言いつけよう ――― 、を引用しております。核
戦争開始のswitchを押す、という行為はそれに反し、超越への<反逆>になる、ということは私も自
覚しているのです。ただ、その私の記述の後に、<<カラマーゾフの兄弟>>からの引用が続き、そ
の双方が、――― 「キリスト教」に於ける逆説的弁証法ではないところの私自身がJesusに学び、倣
う逆説的弁証法である ――― 、と結んでいるのですが、現在、私が気にしていることは、論理、文
章の自立ということで、その中で私が演技しているのではないか、ということなのですが、その点のご
意見をも伺えるならば幸いです。
太田将宏 (2011年2月23日)
S.M. 様
早速のお返事を頂いて感謝しております。また、少し、安心致しました。私は、医学、医者というも
のを100%は信用していないのですが、それが、S.M. さんの症状に当てはまるかどうか、それが不
明なので何も言えなく、何もできないので残念に思っております。家族の方々に囲まれて、できるだ
け明るく元気で過ごされたら、と願うばかりです。S.M. さんは「神頼み」として軽蔑されるかもしれませ
んが、私は祈りました。
S.M. さんの「キルケゴールは,ヘーゲル左派が言っているヘーゲル像について批判している。キ
ルケゴールはヘーゲルをきちんと読んでいないと思う」、とのご意見ですが、確かに、誰かが(それが
誰だったか忘れてしまったので、今まで言わなかったのですが)、Kierkegaardは、Hegelの実際と
あまり遠いところにいない、と書いておりました。ただ、もはや、私の時間も限られてきたので、それを
確かめるためにHegelを読めるかどうか(Hegelに限らないのですが、)迷っている次第なのです。ま
た、本質主義にしても「概念的本質主義」とか「現象学的本質主義」、実存主義にしても「本質主義
的実存主義」などがあり、浅学な私にとっては迷路のように見えるのです。
永井均は、木下和郎*が引用した文章の範囲では、本質主義なのではないか、と断じたのでした
が、念のためにinternetで検索し、幾つかの彼の著作の著名(だけ)を見ても、そう即断するのも軽
薄ではないか、として S.M. さんに問合せさせて頂いた次第だったのです。ただ、何ゆえに彼があの
ように、あそこで断言していたか、それが今なお気になっております。私の試論から省くか省かない
か、もう少し考えさせて頂ましょう。また、Kierkegaardにしても彼の<<哲学断片後書>>を除くと
、哲学書らしい哲学書も神学書らしい神学書も書いてないのですね。要するに、文学書の範疇に入
れるしかないようです。私も、彼の書き方に倣い、私ができることを、ささやかながらの自己正当化と
121
共に突進むしかないか、と思案している昨今なのです(S.M. さんに拠れば、KierkegaardでさえHe
gelをHegel左派と取違えていたかもしれないじゃないですか)。永井均*についても、Hegelについ
ても間違ったことを書くかもしれないけれど、例として出したことが無効であっても何ものかが残れば
いい、と開き直っている向きがある、ということですか。完全主義は荷が重いと諦めつつある私が提出
するものへの批判は甘んじて受け、其処で学べることを期待するしか無いようです。
太田将宏 (2011年12月15日)
* 此処での 木下和郎と永井均については、私の<<愛と生命の摂理>>の<第三部>に関す
る話題です。
S.M. 様
S.M. さんが不調なのにお便りを頂いて感謝しております。当方でのこの冬は記録的に暖かく、昨
日から今日にかけて漸く雪らしい雪が降りました。日本では雪も多く、寒いと伝え聞いておりますが、
お住まいの千葉の方では如何でしょうか。また、私の<<愛と生命の摂理>>についての助言をも
有難く受取っております。小見出しをつけることと第三部のページ数を減らすことは考えてはいるの
ですが、それが日数を要するので途惑っている次第なのです。ただ、以下は、多少聞苦しいかもし
れませんが、率直に釈明しますので我慢してください:
私の<<愛と生命の摂理>>の<第三部>にて、貴兄に関する項目をもうける際*、これを入れる
のは貴兄に失礼かな、と躊躇もしたのでしたが、しかしですね、貴兄との mails の交換にて、私が、イ
ワン カラマーゾフは無神論者とは言えない(また、無神論者ではないとも言いきれない)、と種々の
理由を述べて論述したのに対し、貴兄から、唯の一文にて、イワン カラマーゾフを無神論者とする
のも「一つの行きかた」だ、と理由無しに書かれてきたのは、対話の相手に対する根源的な無礼だっ
たのではないでしょうか(私は、誰かに反論する場合には、最低一つの理由を述べることが最低限の
礼儀だとして、それに努めております)。また、私は、これを、おさまりかえった学者によく見るところの
一例とし、一般化して書いたのであって、有名、無名には関係の無いことではないでしょうか。私が
批判している亀山郁夫氏でさえ、彼なりの理由を述べて論述しておりました(その理由が理由になっ
ていないことを私は指摘、批判していたのです)。私は、幾度も、真理とは真理に到る過程である、と
のS.Kierkegaardの言葉を引用してきましたが、貴兄もまた、この件に関しては、言いっぱなしで責
任を取ることの無い言論の自由に留まっている一人だ、と私は心外に思ったのです。しかしながら、
現在の原稿に於いても、これは彼(貴兄)だけではない、との挿入があり、単なる貴兄だけへの個人
攻撃としての批判ではなかった文章だと私は自認しているのですが、更に、できうる限り一般化する
ように書き直しましょう。
ただ、この件は、その貴兄からのmailをうけとった時点にての返信で反論、或いは、抗議すべきだ
ったことであり、その点に関しては私の落度を認め謝罪致します。一方、貴兄を名のある学者の人々
と同格である、と私が評価させて頂かなかったならば、あの項目は挿入しませんでしたが。
太田将宏 (2012年 2 月12日)
* その後、この項目は削除致しました。
O.K. 様
毎回、即座に返信を頂きまして有難うございます。まずは、「太田さんの書いたもの、いままでの、
通り一編の批評と違って、その批評にたいする批判があったりして、楽しんで読んでます」、と楽しん
122
で頂いて幸いです。また、批評の批評、と総括されたのは O.K. さんが初めてでした。感謝しており
ます。
日本に行った折などで、たまたま書店に入ると、新書の書籍の数の多さ、また、その棚の数が増え
る一方なのに驚くのですが、薄い本で手っ取り早く、また安く知識を得ようとするような人が多いので
はないか、と想像したのです。また、帰りの機内で読もうとして買うときもあるのですが、書いている著
者たち(学者や評論家)の論じる対象について、実際の事実の検証の少ない(というよりは殆ど無いこ
ともある)記述内容に失望することが多いのです。
私が書いたものに解説が無い、と言った人もいたのですが、私は、教育者ではないし、また非常に
謙虚でおりますので、私なんぞが知っていることなんぞは誰でも知っているとして、原則として(文章
上のつなぎで必要が無い限りは)解説は書かないことにしていたのですが、考えてみると、いや、考
えるまでもなく、仮に、私の知っていることを知らない人がいたとしても、私の知らないことを知ってい
る人もいるのですね。ただ、他者を批判することだけで成立つような文章では、それが私の限界かな
、とも思われるのですが、私は、自身のできることを続けるだけでしかない、ということでして、私が批
評している対象の人々にも、私が考える機会を与えてくれたことを感謝しつつ書き続けているのです
。そこで、私の<<愛と生命の摂理>>(とりわけ第三部)などは如何でしたでしょうか。
太田将宏 (2012年8月30日)
O.K. 様
またまた早急の返信を頂きまして有難うございます。私自身は皆様に<<瞬間>>を発送し終え
た後で多少は疲れておりますが、少し休んだ後で<<あれかこれか>>(144pages)と<<愛と生
命の摂理>>(373pages)の page 数が(姉妹作品とはいえ)unbalance なので調整作業に取掛かろ
うか、どうしようか、と思案しております。出版したら如何か、との助言をしてくれた人が二、三人いた
からなのですが、私にとっては、そうした商品化の作業というのは気が重いのですね。
何れにしろ、書こうとしていたことは全て書いたので、お送りした草稿で読んで頂きたく存じておりま
す。
さて、O.K. さんの「結構回りくどく書いてある部分もあるので」とのご指摘、こうしたご感想が有難い
のですね。私自身が気になっていたことでもあったからなのですが、やはり、読み手としての O.K. さ
んもそう感じましたか。そう申しますのは、そうした読み手側からの反応が分るということは、書き手とし
ての私には示唆があるからなのです。
ただ、言訳をするのではないのですが、近頃では(O.K. さんが、と言っているのではないのですが
)、対面での会話でも mails での対話でも早とちりをする人が多くなってきたように私には観られるの
です。それに、仮に、とか、もし XX ならば、と始めても、それらを外して、それに続く YY だけを聞い
て、読んで、私は YY と言った、書いた、とする人も多いようです。そうしたことに出会うと、その行違
いや誤解を後で解きほぐすのに非常な時間や労力を要するのですね(典型的な一例として、私の<
<瞬間>>の P126の最下段から始まる一文を参照して頂けますでしょうか。あんなことを書き送る
のは、相手の人には世話にもなっていたので、私の方でも胸が痛むことでもありましたが、一方、黙
っていると更に面倒が重なりかねないのかもしれないからでした)。それで、念の為として挿入した文
が此処、彼処に結構あったのです。
皆は、ゆっくりとは読めないほどに、そんなに忙しいのか、と訝しく思い首をかしげておりますが。
次に、O.K. さんの「あれっと思ってまた読み返してみるなんてことも」とのこと、これは嬉しかったで
すね。それは、私が誰にもわざわざと言わなかったことですが、私の文章には tricky な文が混じって
いるからなのです(これもまた、一例として、私の<<瞬間>>の P126の最下段から始まる一文を
123
参照して頂けますでしょうか)。そういうところで、むしろ、にやり、と笑って頂けることをも期待していた
のですが。
…(後略)…
太田将宏 (2012年10月5日)
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124
出版
-
この世話がやける苦闘
F.M. 様
昨年の九月末に例の<<音楽に関する四部作>>を書き終えて後、半年ほどの間あちらこちらの
出版社にあたってみましたが、やはり、F.M.さんが言っていたように、私の書いたものは、「読者に親
切ではない」せいか、とうとう(予想どうりに)、引き受け手がありませんでした。それと前後して、私の
友人、知人の約 30 人ぐらいに送りましたが、まあ、皆さん、私の草稿を持て余していらっしゃるようで
す。F.M.さん以外からでは、まともな反応を受け取られなかったことだけが心残りに思っておりますが
、もう、他に送る(送りつける)人もなくなったので、一休みしている最中です。そうした訳で、ありのま
ま言えば妙に疲れておりますが、今日この頃、それが故に時間が出来た次第でして、今、これを書
いている次第です。まあ、読んでください:
さて、先日、塩野七生の本を読んでいたら、(彼女の本が)「ベスト・セラーにならなくてもよいが(なる
にこしたことはないが)誰にも読まれないものを書いて満足しているほど私は傲慢ではない」、との文
に出会いました。それで、F.M.さんと、以前に F.M.さんに送った私の mail を思い出しました。今、そ
れが手元にないのですが、私の記憶では、(私の本が)出版できないということで、私は、むしろ、それ
を誇っても良いのではないか、と F.M.さんに問いかけたところで終わっていましたですよね。
塩野七生の言っていたことでは、少しく判然としないところがあるのですが、書く前の当初の意図と
、その結果とは分けて考えてもしかるべきだ、と私には思われます。誰にしろ、発端としては、誰も読
む可能性のないようなものを書き始めるような酔狂なことはしないでしょう。しかし、私の場合には、結
果として、F.M.さんの言った通りだったということなのです。十社以上の出版社とやり取りをしている
間にも、私として更に妥協することが出来るかどうか、と自問しておりましたが、どうも、ある限度以上
はそうする意欲が無かったのですね。彼女の言う「満足」も、不満足も何もなく、出来なかった、という
ことでして、まあ、やるだけのことはした、ということでしょうか。それに加えてなのですが、私の知人か
らの反応の少なさで、むしろ、これは出版できる可能性は初めからなかった、と確認しました。あの程
度のものでも難しい、という人が何人かいたのですが、それにもかかわらずに、今までに、私への質
問は一件もありませんでした。まあ、多くの人にとって、あの<<音楽に関する四部作>>は有難迷
惑だ、と思われたのかも知れません。消化し難いながらも一生懸命に読んでくれた人が二、三人い
たことがせめての慰めでした。太田君の妥協は、太田君は妥協している心算でも、妥協のうちに入ら
ないよ、と学生時代の私に言ったのは、確か、F.M.さんだった、と思い起こしております。ただですね
ぇ、このあたりが私の(無償に終る覚悟あっても本を書き続けるなんぞは)貴族の趣味だ、と打明けた
ならば、やはり、塩野七生の言ったように傲慢でしょうか。
さて、今年の五月の末に私も 65 歳になりました。今までは老人見習いのつもりでおりましたが、や
はり、本格的に老境に入ってきたようにも感じられる此の頃です。歯も六本失ったり、先日も、バスの
中で見知らぬ少女に席を譲られてるようなこともあって複雑な心境でした。さて、これから何をしよう、
と考えているうちに一ヶ月余り経ってしまいました。上記の塩野七生以外にも、曽野綾子や池田晶子
の本や文章を読んでおります。司馬遼太郎なども読んではおりますが、此の頃は、むしろ、上記のよ
うな女性の文章に共感することが多くなりました。それらの誰にしても、若い頃の私は見向きもしなか
った日本の作家でしたが。
これで経済的な不安が無かったとしたならば(今カナダ・ドルに対して日本の円が暴落中なのです
。あからさまに打明けて言えば、厚生年金の受け取りが三分の二になってしまいましたが)、まさに貧
乏貴族の生活だ、と家内に言って笑いました。一方、ただ本を読むだけではなく、何か他に出来るこ
とが無いか、と物色中でもあります。Input だけで output が無い生活も何か物足りないのですねぇ。
ここまで来れば、私の書いたものを出来るだけ多くの人に読んでもらえたら、と思われるのですが、
F.M.さんの友人、知人で誰か読んでくれるような人の心当たりがありましたら知らせてくだされば有難
く思います。相手が了解され、e-mail の address が得られたら私の方から草稿を送ります。今まで書
125
いた文章を読み易い表現に書き換えたり、前後の繋がりを調整したり、更に(いぎたなく)推敲を今年
の五月の末まで続けてきましたので、F.M.さんに送ったものよりは幾らかは(仮想の)読者に親切に
なっているのかも知れません。そういう親切は、F.M.さんは、また、その程度では親切に入らない、と
言うかも知れませんが、私も幾らかはしているのです。ただ、F.M.さんが新しい版で読み返す労を願
うまでもないと思います。それにまた、夏が過ぎて涼しくなったら、内容の増補をするかも知れません
ので、そのときに再考させて頂きましょう。
ところで、F.M.さんはまだ現役ですか。私は予備役の気分ですが。
太田将宏 (2007 年 7 月 11 日)
S.M. 様
お返事有難うございました。このところ二週間以上にわたって何処からも mails が無いとか(ひとつ
だけ、Yahoo からの message がありましたが)、家内の mail が相手に届かないとか、更に、こちらの
Bell Canada の system に異常があったと知らされ、さては、と思った次第でしたが、何のことは無い、
Bell が Sympatico の screen の design を変えていた際に、何か、とんまな事をやっていたようでした。
日本人の私どもは、あきれかえっておりますが、こちらでは、何かを変更すると、大抵は、こうした事、
副作用が起こるのです。ちなみに、私の internet の支払いの overcharge の問題も 1 月に発生して以
来まだ解決をしておりません。閑話休題。昨年に何度か mail をお送りいたしましたが、返信を頂いて
なかったので、S.M.さんに何かあったか、とも気にしておりましたところ、年末に Christmas card を頂
いたので一安心していた次第でした。私の<<音楽に関する四部作>>をお送りしましたが、S.M.
さんには全四部を読まれる時間的な余裕が無いようですね。
私は、今の日本での出版事情では、出版の可能性が無い、と諦めました。それ故に、せめて、友人
、知人の出来るだけ多くの人に読んで欲しいと願ってはおりますが、S.M.さんは、今までの研究の総
まとめに全力をつくす時期でしょうから、私の本などは脇に置いて下さい。ただ、いつかは、飛ばし読
みでも結構ですから、読んで頂けたら、と今なお期待をしております。
まったく、皆さんは私の本を持て余している様子で、難しい、と言う人が大半でした。私が難しいこと
などを書ける訳が無いじゃないか、と言ってすっとぼけておりますが、なに、皆さんは読むのが面倒
臭いだけなのでしょう。ああ、これでは出版の引き受け手が無いわけだ、との(予想どうりの)経過だっ
たのです。私の書いたものを評価してくれた幾つかの出版社もなかった訳ではありませんでしたが、
反応は、よい編集者に出会える事を願っております……、とでもいったところでした。しかし、私は、こ
の結果ではなく、むしろ経過から、ある種の日本人の甘えの構造を再確認したように感じました。今
の日本の出版社は、読者に妥協というのではなく、まさに迎合しなければ立ち行かない、そういう状
況が見て取れたように思いました。私の書いたものは置くとしても、例えば、新仮名使いの漱石だと
か、「谷崎源氏」などには嫌悪を感じる方が正常なのではないでしょうか。ちなみに言えば、私は、小
学校四年のときでさえ古い文語文の「新約聖書」を読みました。中学生のときに旧仮名使いの「谷崎
源氏」を読みました。私なんぞにできたことは、誰でも少し慣れれば同様なことができる筈でしょう。今
の日本の読者は、低きに倣えの TV 番組に慣れた故か、それすらをもしようともしないのですね。全
てが、低きに付けの spiral での悪循環ですか。日本での音楽の教科書から<<荒城の月>>が消
えたと伝え聞きましたが、おとなの知的程度の低さが子供に伝播することになっている、また、今後も
なり続けるのではないでしょうか。
私の本での問題は、私などが知っていることは誰でも知っている、ということを前提にした私の態度
(私ごときが知っていることを知らない人がいたならば、その人は、知的には人非人ではないかと、私
は、せいいっぱい謙虚に思っているのですが)、それと、日本で一般的に使われている外国語の無
126
神経なカタカナ表記を避けている私の文章の記述の方にもあるようでした。私の本が良貨という訳で
はないにしても、悪貨が良貨を追放している、というのが、出版業界に限らず、大衆社会化状況とし
て日本に見られる現象ではないでしょうか。
繰返しますが、私は、私の本が出版できなかった、その結果を重要視しているのではないのです。
それにいたる経過が釈然としなかったのですね。私の或る知人に、私は天才ではないから天才の何
たるかを知らない、と書き送ったことがあるのですが、上記、下記のような知的怠慢の多数に出会うと
、ひょっとして、わたしは……、などと自己評価したならば、それは夜郎自大なのでしょうか。
いつでしたか、あれは、あの無能な二人の首相、小渕や森の頃だったと憶えておりますが、S.M.さ
んに、私は、もう、日本を見放した、と言放ったことがありましたですね。それは、例えば、業界と役人
の癒着、或いは土建屋同士の談合が相も変らずに発覚していたこと、それもあります(それは、カナ
ダでもあり得ます)が、より根源的に深刻だったのは、日本ではその皆がしている違法にまで到るよう
な迎合をしないで、なおかつ、存続できる可能性のあった企業が果たしてあり得たか(それが、少なく
ともカナダでは聞かれません)という当時の(今でもでしょうけれど)、日本の風土、日本人の国民性
でしょう。その自覚が無い事が、本質的に、深刻なのでしょう。私の知る限り、誰も、それを指摘してい
ない、ということが絶望的なのです。千本針をしなければ非国民と呼ばれ、ちょうちん行列に加わらな
ければ、皆がしていることなのに、と謗られた戦前と、今なお、何ら、本質的に変りが無い、日本人隣
組の知的怠慢を罵っても始らない、しかし、もう、付き合いきれない、と思いつつ S.M.さんに語らった
事を憶えております。個人も、企業も、役人も、党も、政府も、多数であるところの衆愚に迎合しなけ
れば、没落する、生存できない、存続できない、という日本の、日本人の性癖に、既に疑問などを通
り越して、私の草稿にも書きましたが、今、私は、心情的な亡命者の気分です。私は、実は、小泉が
首相になったときには多少の希望をもちました。しかし、現在、私なりに総括するならば、彼が自由民
主党をぶっ壊すまでには到らなかったものの、まあ、大分、党の風通しが大分良くなった、と視られる
反面、官邸主導、と言えば聞こえが良いけれど、何のことは無い、より役人どもをのさばらす結果に
終わったのではないか、ということになるのです。駄目だったですね。まあ、小渕や森よりもましだっ
た、というところですか。
私自身が日本に対して何か貢献した、何もしなかったかの判断は、ここには書きません。しかし、日
本に於いても、カナダにても、社会的に抹殺こそされませんでしたが、まあ、ささやかではありますが
、世界の市民としての一人分は、(特に日本の)「皆、普通の人」よりは果たしてきたのではないか、と
いう程度には自負しております。此処で、少なくとも、カナダという安全地帯にいて、日本、日本人に
対して石を投げているのではないことだけは理解していただきたいと思っております。
カナダの国籍を取ろう、とも思いました。しかしですね、その為に、何ゆえ他人の奥さんに忠誠を誓
わなければならないのでしょう (カナダは王制です。現在は Elizabeth Ii が元首です)。いつかの機
会がありましたら書かせていただきますが、カナダにはカナダの問題(複数)があることも認識しており
ます。ただ、この mail は、カナダの悪口に始って、カナダの悪口で終わるようですが、それでも、私
は、カナダへの心情的な亡命者であることを、比較相対的に、良し、としておりますが。
また、S.M.さんにはお会いしたいのです。が、ここ当分は、我が家の経済的な事情 (カナダドルに
対して日本の円が非常に下がっているので厚生年金の受け取りが三分の二に減ってしまった等々)
で日本に行けそうもなく、それもあって長々と書いてしまいました。悪しからず。お互いに最後まで頑
張りましょう。では。
太田将宏 (某年某月某日)
追伸。
127
S.M.さんは池田晶子、という人をご存知でしょう。私は、たまたま、彼女の書いた column を読んで、
団塊の世代に対する彼女の批判、嘲笑、皮肉に全幅の共感を抱きました。団塊の世代は(所謂戦中
派と同様に)、多数は多数であることによって常に正しいとし、それに対しての何らの疑念が無く、そ
れに身を寄せる、という摩訶不思議な習性がありますね。加えて、彼ら、仲良しクラブの連中は、人間
相互には引用符付きの「客観」しか存在しない、という単純な事実がどうにも理解できないようです。
根拠となる何らの統計もなく、みんなが、みんなが、との仮想の「客観」、仮想の「多数」を拠りどころに
しての彼らの言動は、いつの日かには neo-fascisme に連なりませんか。多数決なんぞは、それしか
ない時に限っての最後の最後の手段だ、という事は、彼らの理解の彼方にあるようですね(千人の諾
々は一士の諤々に如かず)。
M.N. 様
その後いかがお過ごしでしょうか。M.N.さんと以前に交信してから、知らぬまに二ヶ月余り経ってい
ました。いろいろな雑事に紛れているうちに日々は勝手に過ぎて行く、といった感じです。一昨日ま
で、私の学生時代からの友人たちとの e-mails(私は、「メール」というカタカナ表示が嫌いなのです。
もとの二重母音が長母音になっていますよね。それとも、私が神経質すぎるでしょうか。)を忙しく交
換していたのですが、それが一段落した折に、M.N.さんが何処まで私の本を読んで下さっているか
なぁ、と気になってきた次第なのです。
最初の<<音楽に関する四部作>>を書いていた頃から、こうしたものは売れないだろうな、と思
いつつ書き続けてきたのですが、やはり、二十社ほどの出版社から断られました。そのなかでも(社
交辞令かも知れませんが)、評価してくれた編集者もニ、三いましたが、まあ、商売にはならない、と
いったところでしたのでしょう。私の友人は、太田君は読者に親切でないから売れやしない、と言って
おりました。また、一人の大学教授は、自費出版などをする必要のない水準の作品だ、と言ってくれ
ましたが、別の教授によると、首を覚悟で出版をするような編集者にでも出会わない限り、無理だろう
、とのことでした。自費出版というのは何か自作自演のようなので、それならば、友人、知人に読んで
もらえるだけでも良い、と割り切って次の<<あれかこれか>>を書き上げた、というのが経緯なので
す。ただ、私が書いたものは(拙文ではありましても)、出版できないから、それが理由で程度が低い
わけではない、と言ってくれた人もいたことで、多分、そのあたりが落としどころなのでしょう。上記の
教授の一人は、ロシヤ文学が専門なのですが、彼とはドストエフスキーについて e-mails を交換して
、有意義な対話を続けております。
M.N.さんがお気づきのことと思われますが、この<<あれかこれか>>の<実践知性批判―哲学
断片前書>は、I. Kant の<<実践理性批判>>、S. Kierkegaard の<<哲学断片後書>>のそ
れぞれを捩った標題でしたが、悪ふざけだったでしょうか。その題名にも拘らず、哲学者の著作から
の引用が殆ど無いので M.N.さんには失望されたか、と懸念もあるのですが*、これは、前書であって
、それらは<<純粋意識批判―神学断片後書>>に譲られている、と理解して頂けますか。これま
た、前記と同様な parodies ですね。また、Kierkegaard の<<哲学断片>>は、本当に断片で、<
<哲学断片後書>>が大作であることにも倣いましたが、私の独りよがりの拘りかも知れませんね。
先日、Vancouver に住んでいる私の妹が、<<実践知性批判―哲学断片前書>>について、私
自身のことを出しすぎる、と暗に批判をしておりましたが、先に書いた、<純粋意識批判―神学断片
後書>について、抽象的で日常生活からかけ離れている、と言った人もいましたので、それでは、と
私の過去の経験を穿り出して書け上げた次第だったのです。私は、日常生活からの抽出で抽象化
した文章を書くのは比較的に得意だと自負しているのですが、その逆、抽象から、具体的な記述に
再構成することが不得手なので、自分には小説を書く才能はないと値踏み、判断をしております。そ
れで、あのような<<音楽に関する四部作>>と<<あれかこれか>>になった、という一面がござ
いました。
128
少し、私が書いたものについての釈明が過ぎたようですね。悪しからずお取り下さい。ご自由にお
読みになって感想、批判(罵倒でも)頂ければ幸いです。
太田将宏 (2008 年 7 月 11 日)
* この件では、後日、「哲学的」と受取られるように<序文>を改訂、増補し、私の悪たれの背景
を説明致しました。読み手というのもまた世話がやける存在ですね (2012年9月17日)。
K.T. 先生
早速ですが、先日、先生方に<<罪と罰>>についての試論をお送りした後、他の二十五名の知
人にも送ったのですが届いていないと言う人がいたのですが、その頃、当方の e-mail の動作が不安
定でしたので、もし、先生が受け取りなられていなかったら連絡を頂けますでしょうか。
現在、<<カラマーゾフの兄弟>>についての試論の方を読み直しております。と言いますのは、
二つの試論を会わせて一冊の作品(<<愛と生命の摂理>>(この表題は、Kierkegaard の著作名
から借りましたが)、副題は、<ドストエフスキイについての試論集>にしようか、と愚考し調整をして
おります。
ところで、T.K.先生はお忙しいとのことで、読んで頂く方々をもう少し増やせたら、と思案しているの
ですが、W 先生は、「上品な」方なので、あのように口汚く書かれた試論はお好みではないだろうと
思われ、いっそのこと、亀山郁夫氏に読んでもらったら、という気がしないでもなくなりましたが、これ
は過激すぎますでしょうか。ただ、私と致しましては、陰口を言うよりは本人に直接当たった方が fair
ではないか、とも思われるのです。また、私は、ご予定にある先生の鼎談のお相手がどの様な方々な
のか存知ていないのですが、その方々に読んで頂く可能性は無いものでしょうか。勿論、K.T.先生
にも T.K.先生にも書き直したものを発送させて頂きますが、再度お忙しい先生方に重複して読んで
頂くのは恐縮であり、また、既に私の論旨は言い尽くされてきたことでもあります故、姿形を見て頂く
だけのことに致して、他の方々に、とするのもこの依頼の発端の一つなのです。それで、あまりお手
数ではなければのことですが、亀山氏を含めての上記の方々の e-mail addresses を頂けるならば、と
願いつつこの mail を書いておりますが、ただ、この件もまた先生の判断にお任せいたします。
すでに二、三年前の話なのですが、当方の或る彫刻家を交え、私が書いた<<音楽に関する四
部作>>を話題にしていたときに、私が、私の書いたものは、仮に、端にも棒にも掛からない拙文で
あったとしても、それは出版できなかったが故にそうであるということにはならない、と言いましたところ
、それはそうだ、と返してきました。やはり、何ものかを創っている人は言うことが違うと思い、それ以
来は、ご存知のように、出版のことは考えないで解放されて自由な気持になりました。ただ、その自由
に甘えないで、期限を区切り、枚数をも設定して、その範囲で書き続けてきたのですが、私の知人の
間では、書き上げたものを一応は送っても私と共通の話題にはなり難い、ということもまた上記の勝
手な依頼を思い巡らせている理由の一つなのです。
まずは、鼎談のご成功を。
太田将宏 (2009 年 7 月 12 日)
S.M. 様
…(前略)… 出版の件、いろいろ考えて頂きまして感謝しております。昨年末まで<<愛と生命の
摂理>>の<第三部>を書くのに忙しく、その後は一息つき続けていたところなのです。しかし、私
も、そろそろ出版の可能性をも再考慮しようか、とも思い巡らしていたいた矢先だったのですが、ただ
129
、別の心境でもあるのです。こちらでの知人なのですが、私が送った原稿を、その都度printし、簡易
製本して線を引きながらも丁寧に読んでくれている夫妻がいたのですね。そのことを一昨年末に、夫
妻の家に招かれた時に偶然に知ったのですが、こういう有難い人が一人でもいれば、もう、満たされ
た気持ちで、出版はどうでもいいや、と思ったのです。ただ、彼らからはめったに感想をもらえないの
が残念なのですが、私の拙文を尊重してくれている様子なのですね。次は、翻訳の件ですが、私は
、多分、性格的に外国語を翻訳することが苦手なのです。例えば、(Canada在住が三十数年も経っ
ていれば)英語で会話や読み書きしているときは、英語で考えるようになっているので、日本語にし
た時のnuanceの違いに神経質になって苛立ちやすくなるのではないか、と予想されるのです(それ
で、音楽についての四部作等では、外国語からの引用は原文そのままにして翻訳をしなかったので
す)。現在では、三っつに分散したドストエフスキーを纏める方が先か、更に必要(なのかもしれない)
推敲の方が先なのか、などとも思案しているのですが、私の歳を思ってみると、そうも先延ばしにでき
ないか、などと迷い、未だ方向が定まらないのですね。
…(後略)…
太田将宏 (2011年2月17日)
S.M. 様
…(前略)…
最後になりましたが、出版についてなのですが、ご意見を頂いて感謝しております。そういえば、学
生時代の友人も、太田君は読者に親切でないから出版できないのだ、と書いてよこしておりました。
彼が、学生時代に、太田君の妥協は妥協にならないよ、と言っていたことをも序でに思い出しました
。そうですか、S.M. さんも同様な感想をもたれましたか。そのご感想は予想されないものではなかっ
たのですが、もし(他の人たちはともかくとして)、S.M. さんでさえも読み難い文章であったとしたなら
ば、私の側での再考を要しますね。ただ、現在の私の作業の優先順位を申し上げますと、まず(池田
晶子が言っていたように)考えること、次に書くこと(S.M. さんとのmailsの交換にての話の行き違い
にならないように書くのでも、けっこう時間がかかるものですね)、そして、未だ分散しているドストエフ
スキーについての記述を何とか一つに纏められるかどうかを検討すること(そしてその作業)、でその
後に出版についての対策を練る、といったものなのです(私からの再送の可能性を考慮するならば、
S.M. さんは、printなさらないで、screenで読まれる方が良いのかもしれません)。私の年齢を考慮
するならば気長すぎますでしょうか。
太田将宏 (2011年3月1日)
S.M. 様
…(前略)…
S.M. さんのmailsに刺激されて、またまた、つらつらと出版のことをも思い巡らすようになったので
す。今までに四十人ぐらいの友人、知人に草稿を送ったのですが、弁証法に関して対話ができたの
は、実は、(他の学者諸氏を含めても)S.M. さんが初めてなのです。それくらいに一般の日本人は知
的怠慢なのですね。そうしたわけで、S.M. さんと対話ができるようになったことを悦んでおります。ま
た、私は、音楽に関する四部作の何処かに、私は音楽について考えたことを書いているのであって、
音楽そのものの解説を書いているわけではないが故、それに関しての必要が無い限りは作品の説
明をしない、というようなことを書きましたが、その意固地な態度が私の<<愛と生命の摂理>>まで
続いているようです。また、私の執筆の方針での、妥協はするけれど迎合はしない、というのも世間
には通用しないようです。例えばの話ですが、私は、ドストエフスキーの<<罪と罰>>のソーフィア
130
マルメラードヴァを「ソーニャ」とは書きたくないのです。それでは「ソフィアちゃん」であって、論文で
は無論のこと、解説でも不適当な筈でしょう。日本では学者であっても無神経に平気で「ソーニャ」な
どと書いているのですね。それでは、ロジオンはどうですか、彼にかぎっては、「ラスコーリニコフ」と同
一著作内で不統一に姓を書いているのです。私の妥協点は名を書くけれど愛称は書かない、といっ
たものなのですが、それでは読者に不親切なのでしょうか。次には「要約」の件なのですが、筋書き
については妥協できるとして、例えば<<白痴>>の<イッポリトの手記>、<<悪霊>>の<スタ
ヴローギンの告白>や<<カラマーゾフの兄弟>>の<大審問官>の要約ができますでしょうか。
それらを筋書きの「要約」に組み込むことができるでしょうか。一方、それらが省かれた「要約」なるも
のに意味がありますでしょうか。まだまだいろいろあるのですが、どうも私なりの妥協では、出版まで
に隔たりがあるようですね。おまえは何処の世界に住んでいるんだ、と言われそうですが、しかし、一
方、S.M. さんのご意見は有難く、今後も頂きたく存じております。
…(後略)…
太田将宏 (2011年3月3日)
S.M. 様
…(前略)…
さて、――― 「あれかこれか」の第 1 部「実践知政批判」を読ませていただきました。いろいろなテ
ーマで批判されていますが、知的傲慢者に対する批判だと思います。特に、自分でものを考えずに
、常識や大多数の意見に従い、それを後ろ盾にして,自分を正当化する人々の考えや行為に対す
る批判であると読みました。そして彼らが社会に撒き散らす毒について書かれているのだと思います
。私も同意見です。「寄らば大樹の蔭」の輩や「虎の威を借る狐」が現代社会にはますます充満して
いるのではないでしょうか。しかし、残念ながら、大田さん(ママ)の原稿を読むことはないでしょうね
――― 、とのこと、此処で「大田さん(ママ)の原稿を読むことはないでしょうね」、とは S.M. さんは
読まれているのですから、仮想的な他の読者についてのことでしょうが、私は、音楽に関する 4 部作
を書き終え、出版の試みに失敗して以来、実は、つい最近まで出版のことは考えないで書き続けて
きたのです。その方が自由に書けたのですね(それは、<<愛と生命の摂理>>や<<あれかこれ
か>>にてでも同様だったのです)。また、実際には先に書いた<<純粋意識批判>>にて哲学
書から多くを引用したので、<<実践知性批判>>では哲学的な記述が直接的には殆ど無く、*悪
たれ者の随筆のようなものになってしまった次第だったのです。ただ、<<愛と生命の摂理>>の
<第三部を読んで頂きたかったのは、私が木下和郎氏に対して如何に残忍に振舞った悪党である
か、ということを読取って欲しかったからなのです。
音楽でもそうですが、作品の流通の為の商品化に如何ほどの努力、時間を費やす意味があるのか
、私に残された時間のほうが遥かに貴重なのではないか、S.M. さんのように読んでくださる人がいる
ならば、それだけで有難い、としてきたのです。しかし、読み手が増えることは私の望んでいるところ
でもありますので、更なる再構成や推敲との優先順位に途惑っているのです。しかし、新たに書くこと
は一段落したので、S.M. さんからのご意見を考慮しつつ対策を練っているのが昨今なのです。
太田将宏 (2011年3月10日)
追伸
私が死刑廃止論者だと言いますと私の<<愛と生命の摂理>>の<結>での記述と矛盾してい
るでしょうか。
* この件では、後日、「哲学的」と受取られるように<序文>を改訂、増補し、私の悪たれの背景
を説明致しました。読み手というのもまた世話がやける存在ですね。
131
S.M. 様
…(前略)…
出版のことをつらつらと考えつつ、今までに書いてきた自分の態度を省り反ってみて、当初は、意
図的ではない限りは同じことを二度は書かない、自分に関することは極力書かない、時事問題は書
かない、という三つの方針があったのですね。それが、出版を諦めてから、書き手(私)が読み手(友
人、知人)に共通の話題としての共通の知識に何処までを期待できるか、という問題が残されていた
ことも相俟って、次第々々にと崩れてきたのです。そこで、S.M. さんに読んで頂いて有難いのは、
S.M. さんにでさえ話が通じないとなると、私のほうが書き方を再考しなければならない、ということが
分るからなのですね。他の人には、彼、彼女の意見に反論すると反応が無くなるという懸念があるが
為に何も言わないできたのですが、彼らならともかく、S.M. さんならば、仮に意に沿わなくとも論理は
論理として受けて頂けるのではないか、として交信を続けてきている次第なのです。
…(後略)…
太田将宏 (2011年3月14日)
S.M. 様
…(前略)…
S.M. さんは、「『罪と罰』や『カラマゾフ』でもそうですが,私の解釈は,全く我流で強引なところがあ
り,研究者や専門家にとっては,眉唾ものに見えるかと思います」、と謙遜されていますが、私も「専
門家」ではないので(ドストエフスキーに限らず)、著述家(例えば、ドストエフスキー)のpostmortem
examinationのような分析作業は学者諸氏に任せ、その成果をつまみ食いし、著述家の作品が私
自身にとって何ものなのか、それらが自分に如何なる意味があるかということに集中しようとしている
のです。そこに焦点を合わせ、私は、今、ようやく重い腰を上げ、<<愛と生命の摂理>>の第二部
に渋々と手をつけ纏め始めております。第二部を書こうとした別途のわけとして、一応(現存(既存?
)の)<<愛と生命の摂理>>を書き上げた後、S.M. さんを含め(主として)三人の方々とmailの交
換をしてきたのですが、そこでの対話の水準が第一部を超えているのではないか、ということもありま
した。ただ、それらが三箇所に分散し、また、第一部とのすりあわせも為さねばならないので、気が重
く、悩んだ挙句に始めた作業だったのです。加えて、音楽に関する四部作を書いていた頃の私は、
何処に何が書いてあったのかの記憶を保持できたのですが、そうした記憶力も衰えてきた現在の私
では何処までができるのか心もとないのですが、最近の S.M. さんからのmailsで励まされた様に(勝
手に)感じ、何とか出版できるような商品化までに推敲できるならば、と思い直した次第なのです。た
だ、既に私の草稿を読んだ人に重複した内容の再読を期待することができないので、もし出版に至
らなければ徒労に終わるかもしれない労苦なのですが、それでも、これ、始めてみると結構楽しいの
ですね。
太田将宏 (2011年3月 24日)
S.M. 様
…(前略)… 私の方は、仮に間違いがあったとしても、それが或る一定水準以上のところでのこと
なら公表するのも意味があるのではないか、として書き続けております。何々につき、そう言い切れる
132
かどうか、との不安がある場合でも、書きつつある論理の自立ということもあり、それに頼りながら書き
終えた後は、読み手の批判に任せよう、として急いで書き続けております。結果が、一定水準以上で
あるかどうかはさておいて、以前、私の草稿を約五十人ぐらいの知人に送っていた時期には、誰一
人として私の論旨に拮抗した反論を寄せて下さった人はおりませんでした。そうしたこともあって、次
に広く公表できる機会を求めてきていた次第なのです。E-Booksの話がある前は、何らの公表、出
版の当てすらもなく自分が書いたものを、ただ孤独感を我慢しつつ、推敲がてら再調整、再構成して
おりました。E-Booksで公表する際には、Free(ただ)にしようと思い巡らしております。
まだ、S.M. さんが送ってくださった文献を読む機会が得られないのですが、S.M. さんの場合は、
私以上に広く、高度のところで考察を重ねてきておられるようなので、出版を再考するということは如
何なものでしょうか。今、何年か前に、お互いに最後まで頑張ろう、というような言葉を交し合ったこと
を思い出しておりますが、ただ、何れにしろ、無理を重ねないということもお互いに大切な年齢になっ
ていると思われます。S.M. さんからのお便りを頂くことは私の歓びなのですが、これまたご無理の無
い範囲にてとお願い致します。
太田将宏 (2011年11月21日)
S.M. 様
私の<<愛と生命の摂理>>の感想を頂いて感謝しております。実際、その第三部は、私にとっ
ても悩みの種だったのです。他者への悪口が多すぎることだったのですが、しかし、それら他者たち
が反面教師として私を触発し、第一部や第二部には書かれはていないような領域も無きにしも非ず
だったのですね。これらを三部作として纏める際に第三部から第二部に移せるところは移したのです
が、そうもできないところが残ったという次第だったのです。その作業により重複している文章も省け
るようになり、結果として366ページになりました。
例のE-Booksの出版社から求められた、「概要」は遅々として進んでおりません。このところ雑事
が重なって(確定申告、それに伴う銀行との遣り取り、また歯の治療と歯茎の手術に加えて、漸く降っ
た雪の雪かき等と次々に出てくるので落着いて書くゆとりが無いのです。また、そもそも、如何なる著
作でも概要が書けるなどという先入観としての予定調和じみた要求そのものに想像力の欠如がある
のではないか、と疑っております。ドストエフスキー自身でさえも、そんな概論が書けるならば、何冊
にもわたる長編小説などを書かずに、それを書きえたのではないか、ということなのです。
以下、S.M. さんの助言を感謝した上で書留めます。まず、第三部にて「選ばれた相手が無名」だと
いうことですが、私自身が無名なのですね。私は、読者の権威主義に媚びることはないとしているの
ですが、しかし、それが出版社の相手に通じるかどうかは別問題ですね。次として、「モノマネで,近
所のおじさんのものまねをしているようなもの」が気になるのです。と言いますのは、<第一部>を読
んだ、あるロシア文学者が、「オジサン的な言い回し」がある、と言っていたことを思い出したからなの
です。私は、現在の日本にいる日本人の日本語の使用に(故山本夏彦も言っていたように)疑問が
多々あり、それに追従する気持ちが殆ど無いのですが、しかし、私の文章中で、これに関する例を
S.M. さんから頂けるならば非常に有難いのです。私は、妥協できるところは妥協して書直すのに吝
かではないのですが。
太田将宏 (2012年1月25日)
MEMORANDUM
133
その後、「概要」なるものを送付したのですが、上記の出版社からの採用はありませんでした。
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134
科学
-
この世話がやける仮説
Y.T. 様
今日も、今、外では雷が鳴っています。例年では、年に一、二回しか雷雨がないのですが、六月に
入ってから(特には数えてはいないのですが)、既に五回以上にもなりました。
…(中略)…
Y.T.さんが、――― 最近ドーキンス(ご存じのことと思いますが"The selfish gene"を書いた人です
)の「神は妄想である」(TheGod Delusion)という本を読みました。宗教なんか今の世の中では要らな
いばかりか害ばかりという本です。僕も全く同感なのですが,最近宇宙論で,いろんな定数(万有引
力定数とか電子の質量とかそのような定数)の値がほんのちょっと(数%)でも変われば,炭素原子が
出来なかったり酸素原子が出来なかったり,まして生物なんか進化しえない,ということがわかってき
て,やはりこの宇宙は神がデザインしたのだというふうにキリスト教原理主義者を元気づけたりしてい
るのですが,太田さんがこの辺のことをどう考えてらっしゃるか,お聞かせねがえませんか。…
――― 、と書いてこられたのですが、まず、私は、ドーキンスという人も、彼の著書をも知りませんで
した(すみません)。Y.T. さんは、それに「全く同感」されているとのことですが、その辺り、もう少し説
明をしていただけませんか(横着のようですが、今、読もうと思っている本が山積みになってきまして
、また、このところ雑用が増えてきてあたふたし始めているのです)。今、私は、逆に、もし神がいない
としたならば、我々はそれを創りださねばならない、とドストエフスキーが彼の小説の登場人物に言わ
しめていたのを思い出しております。私は、隣のドイツ人の天文学者からもらった Daniel R.
Altschuler という著者の<<Children of the Stars – Our Origin, Evolution and Destiny>>という本
を読んで(私は、この著者や著作が日本で知られているかどうかを知らないのですが、)感銘を受け
ました。著者は断言はしていないのですが、何か、この人類だけではなく、この宇宙、この自然にも
意思と言えるまでの意識が存在しているのではないか、と私は(もしかしたら勝手な)読み取りをした
次第でした。また、私も何処かで書いたように、少なくとも現時点では、科学というものは案外「科学
的」ではないものだ、その前提としての仮説は創世記に記述されていることを本質的には超えていな
いのではないか、との印象をもっております。また、<進化論>で全てが説明できるかどうかにも疑
問に感じております。その一方で、特に二十世紀後半からの Y.T. さんを始めとする科学者の努力、
研鑽、進展への貢献には眼を見張るものがあり、なお今後の発展、展開を心待ちをしております。た
だ、科学は、現に感知され存在する事象について、過去、現在、未来の「如何に」についての説明
は出来るとしても、それが根源的な「何故」(存在理由)であるかを説明する方法論をもたないと判断
、認識しております。私は、それに関係あるなしにかかわらず、今年の二月に逝去した哲学家の池田
晶子が、ここに自分がいるということ、これ以上に不思議なことはない、と書いていたことに共感をして
いるのです。
お返事をお待ちしております。
太田将宏 2008 年 6 月 18 日。
Y.T. 様
…(前略)…
さて、何時ぞや私が、科学についても … 人間が認識すること、人間のなすことは相対的である、
と書いたことは、Y.T.さんの神経を逆なでしましたでしょうか。しかし、それを前提としない限り、一方
が自身を絶対化して一切の対話は論理的にも不可能になりますね。これが気になるのは、昔、「キリ
135
スト教」関係の学生寮にいた頃に(名前を挙げるのは遠慮しますが)、私たちに共通の先輩に、こうし
た趣旨を話したところ、彼は興奮して私を殴ろうとしたことがあったからです。私は、彼の態度に見る
、こうした学問至上主義(物理学至上主義?)は幼稚であろう、としか思えないのです。仮に、学問の
みに真理があったとしても(仮にです、しつこいようですが、此処は仮定文で書いておりますが)、そ
れを彼が体現していることを誰が検証できるのでしょうか。更に譲歩していって、仮に左様であったと
しても、誰が、その使命を彼に委任したのでしょうか(私は、彼のような青臭い使命感ほど忌むべきも
のはないと思っております)。まあ、彼にとっては、学問、とりわけ物理学が創価学会にも似た宗教だ
ったのでしょう。そして腕力を使ってでも相手を折伏しようとしていたのでしょう。この件についての話
題は、ただ我々の先輩を罵ることが主旨ではないとしても、しかし、彼のあの種の傾向は、あの別の
先輩(またまた、名前を挙げるのは遠慮しますが)、キリスト教団体、並びにその学生寮の「キリスト教」
的権力志向のパリサイ人の言動と同様にして、現在の私にとってもの唾棄すべき回想ではあります。
Y.T. さんは、私のようには、あの学生寮に対しては ambivalent な感慨はもたれていませんでしょうか
?今回の Y.T. さんからのお便りを読んで、それについて下手に安易な返答をすると話しがややこし
くなるか、という懸念もあり(「書き殴りに近いメールですが,このまま送信します。」 …… ともありまし
たし)、どのように、返信を書き続けたならば良かろう、と途惑ってもいるからなのです。
勇気をもって続けましょう。
――― 太田さんも進化論に疑問はお持ちだけど,頭から否定はなさっていないように感じますが
,それでよろしいでしょうか ―――。結構です。ただ、この、宇宙の発現、地球の誕生、生命の発生
、それからの(特に突然変異による)進化の過程の為の、今日までの時間の経過の総量が充分であ
ったのかどうか、何十億年あったと言われても、(お笑い下さい)まだ足りないような印象を拭えないの
です。いや、少なくとも、その時間の経過が充分であったと検証されているかどうか、という疑問は残
るでしょう(だからといって、私は、此処にて<創世記>の方が正しい、とか、その逆については言っ
ておりません。ご注意願います)。
――― 僕は進化論は専門だったこともあり,ずいぶん勉強しました。…(中略)… 今のところ生
命の起源は未だに謎が多いのですが,その後の生物進化は進化論と現代(分子)生物学でほとんど
説明がつくと考えています ――― 、とのこと、まず、その後の Y.T. さんが「進化論は専門だった」
ことは知りませんでした。知らなかったことには対処するすべがないのですが、一つだけ質問させて
下さい。まず、「今のところ生命の起源は未だに謎が多いのですが」、とのことですが、一方では、
――― 聖書は嘘を書いてある書物ということになります。ふつうは一部でも明らかな嘘の書いてある
書物は全部捨てるものだと思うのですが,そうされない理由は何かあるのでしょうか ――― 、と書
かれてあり、片方は「嘘」片方は「謎」とされていること、その固定観念そのものが unfair だと感じるの
ですが、如何でしょうか。科学により「謎」はいつか解かれると、そのこと自体は経験則を超えるもので
はないのにも拘らず、他者に主張することは、一種の「予定調和」を断言することになりませんか。旧
約と科学の双方が意図的ではない、なかったところの不確かさである、とするわけにはいきませんか
。私が、旧、新約の記述から取捨選択していることは、「ふつうは一部でも明らかな嘘の書いてある書
物は全部捨てるものだと思うのですが」、とあることに対してですが、それは、「ふつう」のこととは違う
のでしょうか。私は、一般論に於いても、一部に於いて明らかな瑕疵(Y.T. さんが言う「嘘」)の書い
てある書物であるならば全部切捨てるものだ、と言うのは暴論だとしているのです。私が私の<<愛
と生命の摂理>>にも書いたように、旧、新約は欠損、瑕疵のある文献であることを認めるにはやぶ
さかではないにしろ、それが故に全否定を断定するのは乱暴すぎる、としか思えないのです。但し、
一方では、しかし、私が此処でも、いや、今まだかつて<創世記>に書かれている方が文字どおり
正しい、などと creationist たちが主張しているようなことに同意したことはありませんでした。一方、私
の著作の何処かに書いたように、<big-ban>や<Africa の Eve>等という前提を持ち出さない限り
は成立しない科学の体系そのものは、人が言う程は「科学的」でもないのではないか、としか書きま
せんでした(此処だけではないのですが、私の文章で「」付きとそうでないのを識別願います)。
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ここで、私の言う<経験則>について説明させてください。数学を含めての自然科学の進歩には
瞠目するところがあります。しかしですね、仮に、その過去に於ける進歩が、その steps 毎に革命的
な前進があったということを如何に認識するとしたとしても、それは、未来の進展への照射にはならな
い、進捗の保障にはならない、ということを私は述べているのです(ご注意を。此処で私は、科学の
進歩は無限にあるとも、ないとも言っておりません。仮に、それであるとしたとしても、それは、過去の
経過を振り返っての類推に過ぎなく、未来に対しては検証不可能だ、と述べているのです)。さもな
ければ、科学の名をもって、単なる<予定調和>に基ずいた自身の願望、期待、良くても予想を他
者に主張することになりますね。言葉を変えて言えば、帰納法による結果は無条件に演繹に適用は
出来ないということになりますか。Eukleidis の幾何学が既に閉じられたように数学全体が終焉するこ
とはないか(繰返しますが、ご注意を。此処でも私は、数学の進歩は無限にあるとも、ないとも言って
おりません。仮に、それがあるとしたとしても、それは、如何なる時点に於いても、過去を振り返っての
類推、想像に過ぎなく、未来に対しては検証不可能だ、と述べているのですが)、その懐疑は、所謂
<集合論の矛盾>を持ち出すまでもなく、その可能性(ご注意を。可能性です。)を否定することは(
実は、肯定することも)、それこそ、数学的な方法論、論理をもってしても出来ない、と、これだけは言
い切れるのではないでしょうか。数学に基礎をおく物理学を含む自然科学もまた同様でしょう。さらに
いえば、以下に書きますが、「無限」と「永遠」の概念は違っていてしかるべきだ、と私は考察しており
ます。
その前に、――― 「今、もし、神がいないとしたならば、我々は神を創りださねばならない」とはどう
いう文脈の中で述べられたことでしょうか」 ――― 、とのご質問、これは有名な言葉なのですが、
すみません、何処に書いてあったのか思い出せません。私は、学生時代にドストエフスキーの著作
の殆どを、その後、再度、日本語に翻訳されているものの私が知る限りの全てを読んだのですが、そ
の後は、その機会が無く、いや、再読しなければ、と思いつつ先延ばしにしている次第なのですが、
解ったらお知らせいたします。ただ、此処での文脈には余り関係が無いのではないか、とも思われる
のです。彼は、神を創りだすことが出来る、とは言ってはいなかったのですから、それは確かでしょう
。また、この引用は仮定文だ、ということに留意してください(これは、序でなのですが、私は、今では
、ドストエフスキーは S. Kierkegaard をも、J.-P. Sartre をも超えている、と判断、評価しております。こ
れについては、私の<<愛と生命の摂理>>を参照して頂けるならば幸いですが)。
次。――― その後の生物進化は進化論と現代(分子)生物学でほとんど説明がつくと考えていま
す ――― 。私は、進化論が専門である Y.T. さんからは学べるだけ学びたいと思っております。私
よりは Y.T. さんの方が自然科学に関しては学識が深かろう(まあ、お笑い下さい。私なんぞは、不確
定性原理も、相対性理論も、それらの結論はともかくとして、それらに到る演繹は充分には理解して
いないのですから)。ただ、Y.T. さん自身が「ほとんど」と挿入されたようように、少なくとも現時点での
論議は相対的ですね。私が、最終的に同意できなかったとしたとしても(仮定法ですが)、互いに
agree to disagree ということになるかも知れないと予想されますが。
日本語人は、学問は永遠である、とか、科学は永遠である、と気楽に言いすぎますね。しかし、此
方での心ある人は、一般的には多分に無意識でしょうが、<eternity>(永遠)と<infinity>(無限)
を区別して話をしております。いつぞや私が Y.T. さんと話題にした我が家の隣のドイツ人の天文学
者は、私と天文の話だけではなく神学の領域にまでを話題にしているのですが、彼が意識している
か無意識であるかどうかまでは不明であるものの(それを確かめられるか、確かめられないか、が私
の英語の能力の境界、限界なのですが)、彼の発言の背景には上記の区別があることは確実に感じ
とられます。いや、むしろ、無意識であるという、その背景の方が重要でしょう。さて、一方、日本では
、あのノーベル賞を受賞した利根川氏がその直後に文芸春秋紙上でなされ、掲載された対談を読
む機会があったのですが、良くも悪くも、その区別の意識がないからああした発言になるのだ、と判
別、判断したことを思い出します。これでは、留学しようが何しようが、古臭い<和漢洋才>の延長だ
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、と思いつつ、また、それでも科学という分野はやっていけるのだ、ということを皮肉にも認識した次
第です。
そうなのでした。それでも科学はやっていけるのだ、ということで、むしろ、此処に私の結論が書ける
のです。それでもやっていけるのだ、ということは、科学の諸分野というものは方法論的に本質論とし
て閉じた体系であり、仮に、経験則としての科学の進歩、発展は限りがない、ということを認めたとし
ても(仮定法の文です。)、それは<永遠>ではなく<無限>でしかない、ということなのです。同時
に、むしろ、それが故に、科学は科学の方法論の範囲に於いて意味がある、と言えるのではないで
しょうか(それが、あの先輩には分らなかった、いや、多分、無意識にも解りたくなかった、ということは
、自己欺瞞につらなる傲慢さというものは無意識であることが多いということなのでしょうね)。また、身
近な例を挙げましょう。自然数(や分数)の数は無限であるが、その濃度は実数よりは小である、とい
うのが数学的な結論ですね。しかし、それら濃度の違う自然数や実数のそれぞれが無限であり、か
つ、それが永遠である、などといったら笑い話になるでしょう。つまり、自然数(実数)が無限であるの
は自然数(実数)の体系の範囲、その概念に於いて無限である、ということにすぎないのですね。さ
すれば、永遠とは、それを信じる信じないに拘らず、超越的な概念になりますね。無限、という概念は
、必ずしも、超越という概念には関わらないのです。超越に関する概念を考察するならば、また別の
、科学とは別の方法論が(論理的にも)必要である、と私は繰り返し述べているのにすぎないのです(
ご注意を。繰返しますが、私はどちらが正しいなどとは言っておりません。考察するならば、という条
件を言っているのにすぎません)。以上での、<永遠>と<無限>の二つの言葉を区別する方が適
当、いや合理的である、ということは Y.T. さんと私では合意できますでしょうか。少しだけ補足させて
頂きますが、此処に於いて私が方法論を強調しているのには、Kierkegaard が、真理とは真理に到る
過程である、としたことに私は無条件で同意しているからでもあります。これを Y.T. さんもまた同意す
るだろう、と期待しておりますが、例えば、数学での命題の証明で、その数式処理の過程に誤りがあ
ったとして、経過は正しくなくても、しかし、その答えだけは、偶然にも、正しい演繹での結論と一致
することもある、というような可能性を考えてみてください。その一点に於いてだけ、私も Y.T. さんの「
一部でも明らかな嘘の書いてある書物は全部捨てるものだ」を「一部でも明らかな誤謬のある演繹は
、その結論の全部を切捨てるものだ」に変えて同意致します。結論が一致することは、かえって始末
が悪いことがある、と私が私の著作の中で書いたのですが、それは、こういうことでしたが、これもまた
、Y.T. さんも同意するだろう、と予想しております。此処に於いて本質論ではなく実存論に切替えて
表現をするならば、懐疑の深さ、その level が違う場合、その双方の結論の如何に拘らず比較は不
可能である、ということになりませんか。次に進みましょうか。
Eukleidis 以来、現代に到るまで線とは幅のないものですが、しかし、幅のない線なるものは実存し
ないのです。幅のある線などは線ではない、と言ってしまえばそれまでですが、では、idea ではない
ところの、具体的人間なんぞは人間ではない、と言い切れますか。池田晶子は、「私が今ここにいる
こと、これ以上に不思議なことはない」、と言っていましたが、有神論的であろうが無神論的であろう
が、これが実存主義の出発点でしょう。それに反して、具体的に実存するものを全て捨象して本質だ
けを念頭におくところの数学や物理学に於いては(その意味で、私は、所謂「社会科学」に属する学
問というものが科学であるかどうか、それを疑問に思っておりますが)、誰一人として、その科学的性
格、つまり、本質論的な方法論の範囲、境界、更にいえば、その限界をも疑おうとはしない傾向にあ
りませんか。私は、科学に於いては検証不可能な類推にまでにも信頼を置くということは(特に日本
人の)科学者にありがちなことでありますが、それこそが、皮肉にも、真の科学的精神にも反している
、と見做し、総括しているのです。その点に私の懐疑していることがあるのです。それが故に、科学的
精神と近代の哲学、神学、特に実存主義とはすれ違い、対話が成り立ち難いのではないですか。こ
れは少し話が外れますが、私の学生時代に、「どのような理論であろうとも、何所かに臍の緒のような
ものがある」、と電磁気学の研究室の助手が言っていたことを思い出しております。あの美しい数学
の体系である Eukleidis の<<幾何学原論>>にしても、奇妙なことで有名な第五公理がありました
ですね。
138
以下は、Y.T. さんの ――― そもそもなぜ神や超越なるものを考えなければならないのですか。
超越から直接啓示でもあれば話は別ですが,そうでない限りそんなに考えにくい存在をなぜ考える
のでしょう。 …(中略)… いまもし宗教というものがなければこの世界はずいぶん平和なものになる
とはお考えになりませんか。聖書が書かれた頃は,創造主を考えなければ説明のつかなかったこと
が,今は説明がつくわけですから,「超越」を考えなければならない理由が僕にはわかりません
――― 、についてわたしの返答です:
まずは、「そもそもなぜ神や超越なるものを考えなければならないのですか。超越から直接啓示で
もあれば話は別ですが,そうでない限りそんなに考えにくい存在をなぜ考えるのでしょう」、とのこと。
では、科学者は何故宇宙の起源などを考えるのでしょうか。科学者は、その過程を考える権利がある
が、哲学者、神学者は、その意味を考える資格が無い、黙っていろ、いや、そればかりか、考えるな、
ということでしょうか。池田晶子は、考えること、これ以上に楽しいことはない、といっていましたが、そ
れは、この地上の誰ににでも与えられた人権である、とすら言えませんか。信条の自由とは、本質的
には、そういうことですね。続く「超越から直接啓示でもあれば話は別ですが …(後略)…」、此処の
Y.T. さんの言わんとする意味がよく理解できないのですが、私は、ここで、むしろ、Kierkegaard の<
<恐怖と戦慄>>で書かれていたことが問題にされてしかるべきだと感じました。何をもって人は、
超越からの啓示を、それとして人間存在が認識できるのでしょうか。Jesus は、邪悪で不義の時代は
しるしを求める、と反論しておりました。自分が発狂しているのではないか、と疑うところまでいかなく
ても、自分の思い違いではないか、聞き違いではないか、誤解しているのではないか、という反省の
無い、自分が確かに聞いた、そして正しく理解した、と自らの自信に確信の基礎を置こうとする「啓示
」なるものほど怖ろしいことは無いでしょう。私は、それを神がかりと呼んでいるのです。従って、次の
「いまもし宗教というものがなければこの世界はずいぶん平和なものになるとはお考えになりません
か。聖書が書かれた頃は,創造主を考えなければ説明のつかなかったことが、今は説明がつくわけ
ですから、「超越」を考えなければならない理由が僕にはわかりません」、この後半については、上記
により、既に、私なりに回答したつもりですが、「今は説明がつくわけですから」、とのことは完全に全
面的に確かですか。その地平は遠のいてはいませんか。仮に、いつまでも限りなく遠のいていくので
はないにしても、説明し尽くされていたとしても(仮定文ですよ)、やはり、根源的な「何故」は、池田晶
子が言うような不思議は残りませんか。前半、「いまもし宗教というものがなければこの世界はずいぶ
ん平和なものになるとはお考えになりませんか」、について率直に私の思う通りの反応を書けば、こ
れは暴論でしょう。では、例として「キリスト教」に話題を絞りましょう。まず、Kierkegaard の言うような<
新約聖書のキリスト教>(あるべき Jesus に拠るキリスト教)と Y.T. さんの言う「宗教」(団体)の一つで
ある「キリスト教」を別として考えている私にとってはお答えしかねるのですが(その件についても、私
の<<音楽に関する四部作>>の第四部と<<あれかこれか>>の第三部を参照されることを願う
として)、それは置くとしても)、逆に言えば、科学が無かったら原水爆も無かった、と私が言ったとし
たら、Y.T. さんは納得するでしょうか。それは科学が悪いのではない、科学の成果を悪用する世俗
権力が悪いのだ、とするのならば、その論法は、皮肉にも、Jesus が悪いのではない、彼の言葉を宗
教権力が利用するから悪いのだ、としても同様のことになるでしょう。斯様なわけですが、誤解しない
で下さい。私は科学に反対しているのではありません。科学的方法論の他の方法論との論理的な境
界、科学的方法の根源的な限界を知ることなしの科学を至上とする態度に反論しているのです(限
界!、この言葉に、あの先輩は怒り狂いましたですねぇ。仮に、科学的な論理が無限であったとして
も、それによる成果が無限であったとしても、方法論的には限界がある、ということが彼の頭脳の理解
の彼方にあって、私のことを、今まで彼が出会ったなかで一番に嫌な奴だ、と呼びましたが、閑話休
題)。私は、同時に、既成の教理、神学に対して全面的、絶対的に反対しているのではありません、
それらについての(教)権力側の絶対視、被支配者側の盲従に対して異議申し立て、拒否をしてい
るのです。私自身の実存に於いて、私は私の旧、新約の理解にもとづく「異端」を選びましたが、そ
れもまた究極的には(ということは超越の視点からは)相対的でしょう。私なんぞの懐疑の level よりは
Y.T. さんのそれの方がより深いことを願いつつ、この便りも終りに近づけましょう。
139
Y.T. さん、私の考え方は不可知論に近いですね。でも最後の最後まで不可知論ではないのです
よ。何時ぞや書き送ったように、Jesus の十字架上での受難、その意味だけは確かだ、と信じておりま
す。これは、Kierkegaard 流にいえば、激情を持って信じるということを選ぶ、ということになり、この時
点にいたり、初めて、論証の対象からは外れます(この「激情」と翻訳された言葉は解り難いのですが
、私は、実存の主体性の選び、と受け取っております)。逆に言えば、論証の対象ではないが故にこ
そ、私にとっては、それが、その事象が啓示なのです。これを私の<啓示>の定義としてもよいでし
ょう。ただ、ここで重要なことは、この啓示は、私が他者に誇ることではない、ということです。そうした
ことを勘違いしている神がかりの人々の言動には私も嫌悪を感じます。Jesus の十字架上での受難、
それ以外は全て、人の為すことは、科学を含めて、相対的である、と私はしております(此処に述べ
た相対性についての更なる論述、人間相互の間、つまり、この世界では相対性にも段階がある、とし
たことについては、私の<<あれかこれか>>や<<愛と生命の摂理>を参照されたい、と念じて
おりますが、此処では、相対性が漸化式のように入れこになっている、と理解して頂けますか)。以上
、科学というものも、その方法論の中で、他と較べて相対的に真理でありうる、しかし、むしろ、それで
こそ意味がある、と私の思うことを述べましたが如何でしょうか。
太田将宏 (2008 年 6 月 27 日)
追伸。
Y.T. さんに、一つ質問があるのですが、光の速度を超える速度はない、と言われていますが、それ
は、実験結果以外の理論的な根拠があるのでしょうか。何でか、私には、この限界が呑込めないの
です。また、Big-bang の際の宇宙の膨張は光速を超えていたのではないか、という説を何処かで読
んだこともありましたが、まあ、少し幼稚な質問かもしれないので、今まで、お聞きするのをためらって
おりましたが。
Y.T. 様
6 月 30 日付けのお便りを頂きました。どうも有り難う。まずは、Y.T. さんと私の共通の見解、立場を
整理して確認しましょうか:
そこにて、「『永遠』と『無限』の違うこと,当たり前だと思います」、とのことでしたが、「永遠」について
の概念に、何か Y.T. さんが付け加えることはありませんか。また、人間のなす事は相対的である、と
書いたことは Y.T. さんの神経を逆撫でしますでしょうか、と私が書いたことについて、「全くそんなこ
とはありません。むしろごく当たり前のことと考えています」、とのお返事を頂きました。私は、科学的
な方法論に於いて、科学もまた相対的であろう、と結論づけているのですが、その件について、「ぼく
は科学至上主義者ではありません。それだけはおわかりください。でも宇宙の起源も生命の起源も
知りたい。神などのせいにしてすましているのではなく」、とのお返事で、前半は了解致し、共通の基
盤が出来たように思われる一方、後半については、以下のささやかな論述を読んで頂けますか:
お返事に「仰ることがわかりません。数学と物理学が併置されていますが,これは横に並ぶもので
はないでしょう」、とのこと、前回の私からの便りを書いていた間にも、これでは論理の網目が粗すぎ
るか、と感じていたのですが、やはり、そうでしたか。それで、以下に少し補足する文章を書きますが
、それでも、哲学に素人の私のことですから、西洋哲学史の概要を書く精度には欠けているかも知
れませんが悪しからず。
古代人の知恵を評価するのに於いて、Y.T. さんよりは私の方が神話に対しても好意的であるか、
と感じるのですが、如何でしょうか。昔、早稲田大学高等学院で、もう名前も忘れてしまいましたが、
ギリシャ神話について友人と話をしていた折に、別の男が、神話などを読んでもギリシャの哲学とは
関係が無い、と私を咎めるように断定したことがありました(彼だけではなく、こういう、誰に迷惑をかけ
ていない限りは、たとえ間違っていても、それは、本人の自由だ、ということが分からない似非秀才と
140
いうのもいるものですね。もっとも、彼は秀才でもなかったと憶えておりますが)。ものを言うのは自分
で読んでから後にしろ、と怒鳴りつけたかったのすが、他の親しい友人の手前、それは控えました(
大学時代、学生寮にもいましたね。何事についても、受売り、孫引きだけで、突如として、滔々と自己
主張した男が)。私は、既に、その時以前にプラトンの<<饗宴>>は読んでいたのですが、そのな
かで、如何にソクラテスがギリシャ神話からの有効な引用で他者への説得を展開していたかに驚嘆
したことを今なお憶えております。私には、神話を扱う話題の場合には、それが仮に日本語、或いは
日本語に翻訳されたものであっても、内容は恰も外国語であるかのようにして読解する必要があると
思われるのです。古代人は、彼らの言葉での内容で現代の我々も思考、考察するような内容をも語
っている、と私は判断しているからです。
もう、名前も忘れてしまいましたが、1970 年代の日本で、「サルトルはもう古い。これからは構造主
義の時代だ」などと発言したオッチョコチョイの学者だったか著作家がおりましたね。しかし、J.-P.
Sartre の提起した諸問題への回答は、今なお耳にしませんですね。それどころか、プラトンが提起し
た問題、何故ソクラテスは民主主義によって死ななければならなかったのか(事実上は殺されたのか
)、という問題は、この二十一世紀になっても未だ解決の彼方にあるではないですか。松浪信三郎の
本<<実存主義>>(岩波新書)に拠ると、実存主義の起源はソクラテスにまで遡る、とのことでした
が、確かに、ソクラテスが自ら毒を仰いで死んだのは、彼自身の実存的な選択ではありましょう。しか
し、人間が(自身をも含めた)人間について思考する限り、実存についての意識の起源は人類の発
生にまで遡るのではないでしょうか。そこに於いても神話の解読には意義があるのではないでしょう
か。それならば、松浪のように、殊更に実存を主義の level でソクラテスを引合いに出して論じること
は余り意味が無いですね。それが故に、「私ほど実存ということを強調する者はいない」、と宣言した
S. Kierkegaard を初始とする、という一般的な見解に私も倣っているのです。また、それが故に、(少
し大まか過ぎますが)ソクラテス以後、Kierkegaard 以前まで、西洋哲学に於いては本質主義が主流
であった、と言えるのではないでしょうか。ヨーロッパでの古代の学問が哲学から数学と自然科学が
分離されて以来、数学と自然科学は、その純粋に概念的本質主義である方法論だけを受け継いで
進展、発展、進歩してきた、と私は判断しております。ちなみに言いますと、私は、数学は思考実験
だけで事足りる自然科学であり、それ以外の自然科学は、Y.T. さんが仰る通り、「実験と観測による
実証」を要する学問分野である、としてだけで区別しております。
その概念的本質主義の伝統は、アリストテレス以来、Sartre が評価し、また批判した R. Descartes
にまで継承され、次に引用する Descartes の言葉に端的に現れておりましょう;
――― 物理学について言うと、私が、もし、事物が他のようにはありえない、ということを示さずに、
ただ、事物が如何様に在り得るか、ということのみを述べることだけが出来るとするならば、私は、そ
れについては何一つ知りたいとは思わないであろう ――― 。
しかし、この、否定命題、「事物が他のようにはありえない」、を証明することは、その対象によっては
不可能である可能性がある、と私には思われます。E.W. Dijkstra という computer science の学者は
、test と言うものは、問題の存在を証明することはできるが、その非存在を証明することはできない、
と言っておりました。私は、これは、computer science に限らない、と考察しているのです。物理学で
の実験の結果に拠る証明も与えられた条件範囲次第だということになりませんか。
一方、どちらかと言うと等閑に附されていた、人間の実存に関する考察と本質主義との亀裂が先鋭
として表面に現出したのは、また、それが尖鋭、有効に出現できたのは、Descartes と同様に哲学者
であり自然科学者でもあった Pascal の<<キリスト教弁証法の覚書>>(通称<Pensée>)に於い
ての哲学と自然科学との弁証法的な対比の試みに多くを負っているのではないでしょうか。ここでは
、概念的本質主義である自然科学は(反)定立として扱われているのでしょうが、しかし、その結論は
止揚されることもなく、Pascal の言う(Pascal)の<賭け>でしかなかったのですね。そこでは、超越的
な存在を信じるも信じないも、fifty-fifty の確率での均衡と感じられ、主体的な選択の何らのよすがも
無いことは自明でしょう(此処で、もう一度、ドストエフスキーの<<悪霊>>に登場するスタヴローギ
ンを思い出して下さい)。Kierkegaard の「激情」も、実は、破れかぶれにも聴こえる、ということでは同
様でしょう。
141
次に、まだ、話がすれ違っている(と私には思われる)対話の件についての整理をしたく思います。
――― 神が人その他の生物を創った」と聖書に書いてあるから僕は嘘だと思うのです。聖書に「
神が"生命"を創った」と書いてあれば太田さんの仰るとおりだと思います ――― 、とのことですが
、もう少し「人その他の生物を創った」と「生命を創った」との違いを説明して頂けませんか。私は、生
命なるものは具体的な生物に宿っている、或いは、宿っているとされている概念、と単純に考えてい
るのですが、Y.T. さんは、それぞれの具体的な生物の属性は解明されつつあるけれど、生命そのも
のは、その起源すらも未だであるが故に区別しているということなのでしょうか。古代人には、勿論、
Y.T. さんの専門である分子進化学は知る由もなかったことですが、それでも、私には、概略、
summary としては創世記にある記述と同じことであろう、と思われるのですが。
私からの、科学者は何故宇宙の起源などを考えるのでしょうか、との問いかけに、Y.T. さんは、
――― 宇宙は目に見えるからです。宇宙が存在することは自明ですよね。でも神は見えないし,僕
には感じられません。生命も目に見えるし存在するからその起源を考えるのです。「神」と「宇宙の起
源」は横に並びません ――― 、と答えられているのですが、此処で、見ずして信ずるものは幸い
なり、と Jesus が言った、などと書くと混ぜっ返しになりますか。しかし、見える、見えない、感じられる
、感じられない、と言うことは、必ずしも、概念としての対象の存在の肯、否定に短絡できないのでは
ないでしょうか。さらに、生命を宿しているものは見えますが、生命そのものは見えませんね。生命と
は、我々にとっては、未だ、概念なのです。此処で、「「神」と「宇宙の起源」は横に並びません」、とい
う文が今ひとつ解らないのですが、私の読取り方で以下の記述を継続いたします。
――― 原水爆は確かに科学が作り出しました。多くの人を殺しました。でもその反省から半世紀
以上人を殺してはいません。宗教が理由で第2次大戦後だけでも何人が殺されましたか。今も毎日
殺されています。殺し合っています。ブッシュはキリスト教徒です。しかも自分では敬虔なキリスト教徒
だと思っているでしょう。ファンダメンタリストがブッシュを支えているのです ――― 。まずは、前半
についてですが、Y.T. さんともあろう人が(破れかぶれか)論旨をすり換えてはいませんか。貴兄が
言う、「その反省から半世紀以上人を殺してい」ないのは、それ自体が科学の成果ではないのは無
論のこと、必ずしも科学者や技術者が寄与したことでは無いでしょう。次に、Y.T. さん、それを言った
限り、貴兄はそれを保障しますか。さもなくば、我そこにあらずの駄弁にすぎないですね。これは、典
型的な予定調和の論陣だ、と言うとしたならば言いすぎでしょうか。Y.T. さんの仰る、「半世紀以上
人を殺していません」、というのも、たまたまの核兵器保有国どうしでの戦略核の均衡であって、その
均衡の将来への保障が何処かに見られますか。J. F. Kennedy は、核戦争も辞せずと言う文面の最
後通牒をソヴィエト社会主義連邦共和国に送りつけました。戦略核の均衡以後に於いても、
Kennedy が始めたヴェトナム戦争を引継いだ L. B. Johnson は、枯葉作戦と呼ばれる化学兵器を使
用し、多数のヴェトナム人を殺戮し、生残った人に於いても、その大量破壊兵器による後遺症で今
なお苦しんでいる人が多くおります。G. W. Bush は、USA は、ジュネーブ協定の埒外にあってしか
るべきだ、と主張しておりました。USA の政府も、議会も、ということは、国民も広島、長崎への原爆投
下、関東大空襲を始めとする無差別な市民殺傷、について未だ謝罪をしておりませんね。彼らは、
一切、反省などはしておりません。反省の無いところに「保障」の保障は無いでしょう。人道に対する
犯罪で国際裁判に引き出すべきは、USA の歴代の為政者たちでしょう。次には後半についてです
が、Bush は、「自分では敬虔なキリスト教徒だと思っている」 とは、引用符付、括弧付の「(キリスト教
徒)」であって、新約のキリスト教徒ではない、と私は弾劾しているのですが、如何でしょうか(学生寮
にもいたではないですか。これでも早稲田の学生かと思われるような知能で、多分に無自覚と見られ
る稚拙な世俗的権力への意思をもった「キリスト教徒」が。その無自覚である、ということが Bush と共
通していますですね。この世の子らは、人の子よりも利口である、と言った Jesus の言葉を思い出しま
す)。
この話題は、もともと、Y.T. さんの前々回のお便りにあった、「いまもし宗教というものがなければこ
の世界はずいぶん平和なものになるとはお考えになりませんか」、という問いかけから始ったのでし
たね。そこで、私は、それならば、同等のことが科学についても言える、とだけ述べましたが、宗教も
科学もどちらをも否定すべきだ、などとは書いた憶えがありません。しかし、私は、科学を排斥すべき
だ、とは考えていない、と明言すべきだったのかも知れませんね。私は、排斥すべきは、科学そのも
142
のでなく、宗教そのものではなく、科学の成果を、宗教の教理を、利用、悪用する権力と、それらを自
己保全のために容認、或いは絶対視する知的怠慢の人々にその非を帰するべきだ、と愚考している
者なのです。 さて、大分長く書きましたので、この辺りでお送りしようか、とも思ったのですが、私にと
っては、まだ先があることが気掛かりなので、もう少し続けさせて頂ましょう。
科学に於ける、宗教に於ける論理の方法論について書こうとしてきたのですが、結論の一つを先に
述べるならば、超越的な存在を認める、認めないにかかわらず、人間に可能な一切の思考には、人
間のもつ如何なる方法論をもってしても、究極的には限界があるのではないか、ということがあります
。それについては、学生時代に稚拙な文章を発表し、私の近年の<<あれかこれか>>や<<愛
と生命の摂理>>にも書いたことですが、別の方面からも、より明確になるように書いてみたいと思い
ます。まずは、E. Fusserl の言葉を引用させて頂きましょう;
――― この反省的体験に於いて知覚される世界は、ある意味で、私に対して常にそこにある。
それは、各場面に、それに固有な内容を伴って、従前どおりに知覚されるのである。それは、今まで
に現れた通りに現れ続けている。しかし、哲学者としての私に特有な反省的態度に於いては、私は、
もはや、自然的経験の実存的信憑を発動しない。私は、もはや、この信憑を妥当なものとして許容で
きないのである。ただし、その間にも、それは、常に、そこにあり、注意の視線によって捉えられさえし
ている(<<デカルト的省察>>) ――― 。私が私の<<あれかこれか>>に書いた胡蝶の夢
の逸話を思い出していただけますか(また、ゴーゴリの小説に、自分がスペインの国王である、と信じ
て疑わない狂人のことが書かれておりますね)。ここで、Fusserl は、この後で、判断中止、客体として
の世界を括弧に入れて話を進めようとしていますね。そうせざるを得なかったのでしょう。
Kierkegaard は、永遠とは、有限が無限に出会う、その場である、と繰返して書いておりました。そし
て、その場を、瞬間と定義しました。しかし、私には、人が、私が、その瞬間を知覚することは無いの
ではないか、と思われます。ということでは、信じても信じなくても、超越の選びによって救われること
には変りが無い、ということになりませんか(しかし、その選びは人の知るところではないので、人は、
宗教的にも、倫理的にも、更に、論理的にも何ら他者に対して誇れる余地がない。その意味で、私
は、(ユダヤ)民族の、(「キリスト者」)の、また如何なる個人の選民意識なんぞを否定する者です。し
かしながら、私にとっての啓示というものがあるとするならば、それは、やはり、Jesus の十字架なので
す。そこにて、もし、どのみち救われるのであり、それを知ることに意味がないとしたならば、例えば、
科学や歴史を知ることも、知るか知らないかということに於いては、同様、同等に意味が無いことにな
りますですね。Y.T. さんも、「宇宙の起源も生命の起源も知りたい」、と書いてこられましたが、この二
つは「横に並びません」か。
学生寮で出合った人々についても書きましたが、良くも悪くも人というものが変わるものであるか如
何かということについては、私は分りません。しかし、そういう自分自身が相対的な存在である、と身
に沁みて感じとれることは、ある一定の年齢に達した人の経験だけによって与えられるものではない
かと思われます(私もそのように自覚する年齢になった、と言うことですか。だいぶ抵抗しましたけれ
ど)。此処で、一言釈明させていただきますと、私は、ただ、ある種の科学信奉者の傾向に対して以
外には、科学そのものに対しては何らの反感を持っているわけではないのです(この辺りは、私の<
<音楽に関する四部作>>のなかで一部の Mozartian の贔屓の引き倒しについて書いたことと似
ていますね。私は、私の四部作のなかで、それは、音楽についてのことだけではない、とことあるごと
に書いてきましたが)。前にも書きましたが、私は、必ずしも、私が書いた作品、及び私の書簡にある
如何なる記述に関しても(最終的には)同意、賛成を求めているのではありません。私は、私の実存
的な選択もまた相対的である、と自覚しているからであり、一方では、繰返しますが、人間相互の相
対性に関しては、それが相対的であったとしても、懐疑の深さに相当する段階もあるが故、相互の結
論が安易に一致することの方が返って始末に負えないことがある、ということを経験しているからでも
あります。
143
太田将宏 (2008 年 7 月 4 日)
Y.T. 様
先日(7 月4日)に書き残したことを書き続けます。
――― 数学は,ある仮定から出発してどういう結論が導かれるかだけを問題にするので,物理で
応用されようがされるまいがそんなことは関ない,というのが数学の立場だと思います。物理は,現実
の自然現象が厳然としてあるわけです。これを説明したい,ということから出発します。物理では実験
結果がまずあります。ふつうはもっと簡単な原理を仮定し,そこから結論を導き出して実験結果と照
合します。実験に会わなければ先に仮定した原理を破棄することになります。常に実験で理論の正
しさが検証されるという点で,数学とは決定的に異なります。・・・というごく当たり前のことをといいたか
ったのですが,うまく伝わらなかったでしょうか ――― 、とのことですが、うまく伝わっているかどう
かという以前に、私は、Y.T. さんのこれと違ったことを書いた覚えが無いのです。ただ、私は、数学に
於いても思考実験というものがあり、その思考過程は(物理を含む)自然科学と同様ではないか、と
見做しているのですが。また、私は、Y.T. さんが言う「理論の正しさ」は、その実験の範囲のみで正し
いということを出ない、としておりますが。
――― 聖書には,神が「今存在する生物ひとそろい」を創ったことになっています。現代生物学
では,生命がなぜ生まれたかは完全には説明できませんが,いったん原始的な生命が出来たら,そ
こからは突然変異・自然淘汰で説明できると考えています。ですので,聖書に書いてあることは嘘だ
,と主張したのです ――― 、これまた、最後の文を除いては、私には Y.T. さんの主張と異なるも
のはありません。しかし、私は、「聖書に書いてあることは嘘だ」,とは主張しないのです。I. Newton
は、彼の言葉で<<Principia>>を書きました。後世になって、<<Principia>>では説明のつか
ない事象が発見されました。それを説明、解明する為に、新たな物理学の理論が構築されました。で
も、誰も、<<Principia>>には嘘が書いてある、とは言わないでしょう。量子力学は、Newton の古
典力学をも包含しているからです。同様に、旧約は、古代人により古代人の言葉で書かれた書物で
す。瑕疵もあることでしょうが、しかし、超越が「生物ひとそろい」を六日間で創ったか、そうではなくて
「突然変異・自然淘汰」によって何億年もかけて揃えられたか、その違いに私は何らの本質的な差異
を見ないのです。仮に(仮にです)、超越的な存在が天地を六日間で創ろうが、何億年かけて創ろう
が、その存在の計らいに設計図、施工手続きのようなものがあったのではないか、ということに関して
は、設計図としての生物の染色体についての説明にあっても、また同様、同列であって、論理として
は「横に並びません」か。一般に前者を<神の摂理>と呼んでいるだけなのです。後者は、たんなる
偶然の重畳なのでしょうか。また、現時点では、上記の施工手続きのようなものは未だ解明されてお
りませんね。さて、私は、仮に、と書きました。では、仮に、を外しましょう。外したところで、「突然変異
・自然淘汰で説明できる」、ということに関しては、それが偶然によるのか、超越の計らいによるのか、
どちらとも決めかねることに関しては、論理的にも何らの違いがないのではないでしょうか。Y.T. さん
は、「現代生物学では,生命がなぜ生まれたかは完全には説明できませんが」、とのことで、将来は、
と期待されているような nuance が感じられますが、文章全体は、期待を超えて断定になっておりま
すね。一方、私の方では、何れが正しいかを論議しているのではありません。将来に於いて全てが
解明できるかどうか、できるともできないとも現在に於いて予想すること自体が予定調和になりますの
で、その将来まで判断を保留にしているのです。此処で、Y.T. さんは、「現代生物学では,生命が
なぜ生まれたかは完全には説明できませんが」、と言いながら「現代生物学」を弁護し、「聖書に書
いてあることは嘘だ,と主張したのです」、と断定していることを、私は、それは unfair でしょう、と指摘
しているだけなのです。
144
――― 「神」と「宇宙の起源」は横に並びません,という文は僕がなぜ神を考えるのか,という問い
を発したら,では科学者はなぜ「宇宙の起源」などを考えるのかと太田さんのメールにあったから発し
た文です。太田さんが横に並べられたので,ちょっと違うのではと書いたのです ――― 、とのこと
ですが、私の記憶では、Y.T. さんと私の対話の順序が違っていると思い、お互いの mails での対照
を見てみようともしたのですが、そうこうしているうちに、Y.T. さんからの次の返信が届きましたので、
…(中略)… また、その対照の作業から得られる結果は、さして生産的でもないとも予想されるので、
それは控えて、次のことだけを述べさせていただきます。まず、言葉としての「横並び」が私には充分
に解らなく、それで途惑ったのでした。Y.T. さんが言うように、「『神と』『宇宙の起源』は縦並びになら
ないのであるとすると、むしろ、何か双方の概念に上下関係を観ているのかな、といったような疑問だ
ったのです。次として、一方、私の方では、池田晶子が言っていたように、私もまた、私が今ここにい
る、ということが不思議でならないので、これまた彼女が書いていたように、(宇宙の起源を含めても、
それらを)考えることほど楽しいことはない、という意味でも双方は同列かと思われていたのです。し
かし、Y.T. さん、A(創世記?)と B(科学?)を較べて B が正しいとして、A も B も双方の意味合い
で正しいのではないか、と述べている私に、A と B のどちらかだけ(或いは B だけ?)が正しいとする
、上記の文脈での Y.T. さんの断定は、論理展開の経過として私には理解できかねないのです。ど
ちらが正しいというのではないにしても、それでは話がかみ合わなくなりますね(これは念の為なので
すが、ここで、私は、話の内容にて私の方が正しい、と主張している訳ではないのです)。まあ、そう
いうわけで、「横に並びません」とした意味を確認したかった次第でした。
Paulus は、ユダヤ人には躓きとなり異邦人には愚かとなる(コリント前書、第一章 23 節)とかいてお
りましたが、いかに奇想天外に見られようとも、旧、新約は、私が今ここにいる、という不思議さに対し
て、一応の答えを提出していると思われるのですが、此処で、それを信じる、信じないは、また別問
題であることは私も認識しておきます。
――― 原水爆について,太田さんの仰ることにすべて異存ありません ――― 、よかった。お互
いの共通の足場が増えたので少しほっとしております。 ――― でも,だからといって宗教に根ざ
す殺し合いは何とかならないものでしょうか。現代の殺し合いは民族問題,経済問題,宗教問題がそ
の原因のほとんどだと思うのですが,その中で宗教対立による殺し合いほど不毛なものはないので
はないでしょうか ――― 、私も殆んど同感です。殆んど、と言いましたのは、近代に於いて、単純
、純粋な宗教戦争があったかどうか、私には疑問の余地があるかと思われるからなのです。例えば北
アイルランドでの旧教徒、新教徒の対立の実体は、経済的に不利な立場におかれてきた旧教徒によ
る新教徒に対する経済闘争であった、と見られておりましたですね。ただ、近年、イスラム原理主義
が表面に出てきてから様相が違ってきたようにも思われます。しかし、そこで彼らにとって、西側とイス
ラエル、とりわけ USA の圧倒的な経済力を背景とした軍事力に対しての闘争において、terrorisme
の他に何か有効な手段があるのでしょうか。その意味でも根は西側の植民地政策 とりわけ divide
and rule 以来の陣地争い、経済闘争にあった、と私は見ているのですが、大雑把すぎますか(その
反面としての、私のイスラム原理主義に対する批判は、私の<<あれかこれか>>の第一部の<宗
教>に言及いたしておりますが、読んで頂けましたでしょうか。私は、彼らを Catholique に較べて見
るならば、その中世の level だとして眺めております)。
私は、ハーグの国際裁判所に引き出すべき人物は、G.W. Bush たちなのではないか、と批判して
いるのですが、世界の大半は自国の目先での国益を優先する double standard によっているので、
実現は遠い、いや、不可能でしょう。また、これは序でなのですが、私は、1000 人の中で 999 人は自
己の利益を最優先して行動すると観ております。それを正当化するために「正義」を振り回す輩は、「
聖書」なるものを読んでいたとしても、新約全体の趣旨からは最も遠いところにいる、と見做しざるを
えないのです。
Y.T. さん、此処で一つ提案させて頂きたいのですが、Jesus の言ったところと、教会が言っているこ
ととは、一応分離して考えた方が、互いの交信が smooth に出来ると思われるのですが、如何でしょ
145
うか。宗教そのものに原因がある、ということと、宗教をだしに使っている集団に原因がある、というこ
とは別問題だと思われるのですが、如何でしょうか。しかしですねぇ、私は、新約にみる Jesus の言葉
(小黙示録)通りに、この世の終末まで、この世の悲惨さは続くと悲観しているのですが。
太田将宏(2008 年 7 月 20 日)
追伸
もし神がいないとしたならば、我々は、それを創りださなければならない、とは<<カラマーゾフの
兄弟>>の中で、アリョーシャがコーリャに語った言葉である、と私の知人が知らせてくれました。
Y.T. 様
日本も暑いようですが如何お過ごしですか。
さて、「ニュートンがプリンキピアを書いたときには,その後の量子的な現象自体が知られていませ
んでした。ですので,プリンキピアには当然嘘は書いてありません。でも聖書が書かれた時代には,
生物は今と同じひとそろいがすでに存在していました。その意味でこのたとえ話はどうも適切ではな
いと思います」 ――― 、とのことですが、それであるのならば、神話の時代や古代に於いては、突
然変異も自然淘汰も知られていませんでしたね(無論、そうした事象があった(なかった)、ある(無い
)、ということと、それについての認識があった(なかった)、ある(無い)、ということとは別ですね)。そ
れでも、片方では、嘘が書いてある、他方では、嘘が書いてない、と断定するのは fair ではない、と
私は述べてきたのです。繰返しますが、私は、此処でも科学と宗教のどちらが正しいなどとは述べて
おりません。私は、また、科学に対して反感を抱いている訳でもありませんし、無論、I. Newton を誹
謗する為にこれを書いているわけでもありません。ただ、貴兄との対話での方法論について述べて
いるだけなのです。
以下に入る前に、まず、お断りしなければと思われることに、私は、Y.T. さんの専門分野に関して
は素人である、ということがあります。ただ、そんな私でも、科学に関する様々な話題を、眼にする、
耳にすることが多いのですね。それで、今まで Y.T. さんともこうした話題で対話を続けてきた次第で
すが、また一つの提案があります。Y.T. さんの学者としての見識による見解と、それに必ずしもそぐ
わない学説を一応分けての双方を聞かせていただければ有難い、ということです。Y.T.さんが断定し
たこととは、多少なりとも異なった意見にも出会ったことがあるのですが、何せ、科学の最先端につい
ては知り難い立場に私はあるのです。それが私にとって、宗教の話題を持ち出す以前に躓きの石に
なっているような気がしております。
さて、先日、私が書いた、――― 私は、仮に、と書きました。では、仮に、を外しましょう。外したと
ころで、「突然変異・自然淘汰で説明できる」、ということに関しては、それが偶然によるのか、超越の
計らいによるのか、どちらとも決めかねることに関しては何らの違いがないのではないでしょうか
――― 、とのことへの Y.T. さんからのお返事ですが、――― 偶然によるなどとは言っていません
。もう一度同じことを繰り返せばおそらく同じような生物が進化してくるだろう,といっているのです。神
の計らいによるのなら,全然違う生物が創られることがありそうですが,そうはならない,とおもうので
す ――― 、とのことでしたね。
さて、これは少し古い学説なのかもしれませんが、私は、突然変異なるものは、ある確率で起こる現
象だ、と学びました。確率を持ち出す限りは、それは偶然によるものですね。少し近年になって読ん
だものに、幾世代にも渡る環境の変化は遺伝子に影響を与える、と言った記述がありましたが、それ
でも、なおかつ、確率に於いての現象ですね。「神の計らいによるのなら,全然違う生物が創られるこ
146
とがありそうですが,そうはならない」 ――― 、とのことですが、これは、一寸、返事に困るのです。
超越による創造は一回限りというのが「キリスト教」の教理でしょうが、それに関しては、私も一応は(
進化を含めるならば、六日で一度に全部の創造であるかどうかはともかくとして)、納得、同意してい
るからなのです。その理由は、Jesus の受難もまた一回限りであるべきであるからなのです。従って、「
全然違う生物が創られる」機会そのものが無いのです。しかし、Y.T. さんの話は、仮に、とした一種
の思考実験だ、と解釈いたしましょう。それでも、しかし、自然現象に偶然が介入する余地があるかど
うかという問題に、浅学の私には、それは全く無いとする学説に未だ出会ったことがないのです。加
えるに、もし宇宙規模で考察したならば、宇宙開闢、big-bang 以来、Y.T. さんが言う「 もう一度同じ
ことを繰り返せばおそらく同じような生物が進化してくるだろう」、と迄の決定論の是非を問うには、自
然科学に於いても時期尚早なのではないでしょうか。つまり、此処での「おそらく」や「ありそう」は、ず
るいということです。さもなくば、最大限に好意的に見て、論法が不正確なのですね。一方は「ありそ
う」で、恣意的な期待によって肯定、他方は論旨に都合が良いような(半分意図的な)想像、「ありそ
うですが,そうはならない」によって否定とになってはいませんか。Y.T. さん、貴兄は、自分の見解に
、ただ、ご自分がそう思っていたいからだけの理由で、双方で曖昧な「おそらく」と「ありそう」でつな
げて固執しているのではないでしょうか。
話は少し逸れますが、私は、仏教については不案内の者なのですが、仏教で一般に言われている
「輪廻」なるものは、方便ではないかと思われるのです。元々、本来、我々として考えられるべき輪廻
は、時間を一様無限とする限り、全ての分子、原子、素粒子、Energie の組合せが時間的無限、つま
り、永劫の彼方に現在と同一になる可能性があるとし、その時には、そのときにこそ、私は一切と共に
再来する、といった無意味な回帰なのではないでしょうか。しかし、その時の、「私」とは何者なのでし
ょうか。そしてそれは、F.W. Nietzsche の永劫回帰論と同様、それは、巨大な nihilism ではないでし
ょうか。そこには「解脱」はありませんね。Y.T. さんの仰る、「もう一度同じことを繰り返せばおそらく同
じような生物が進化してくるだろう」、というのと(時空を超えても)似てはいませんか。そこにも「解脱」
もありませんね。それでは(それでしかないではないか、と言われればそれまでですが) 、それは決
定論であり、また、運命論にも通じることであることを覚悟しなければならないでしょうね。
Y.T. さんも、「現代生物学では,生命がなぜ生まれたかは完全には説明できませんが,いったん
原始的な生命が出来たら,そこからは突然変異・自然淘汰で説明できると考えています」 ―――
、と書かれたように、科学に於いても、初源が検証不可能な仮説である限り、それに基いた一切の理
論的な成果を無条件に信じることになれば、それはまた一種の宗教である、とも言えるのではないで
しょうか。A. Einstein は、物理学の理論は、それで説明のできない事例が出てくるまでの真理に過ぎ
ない(<<物理学は如何にして創られたか>>)、と言っていましたが。
太田将宏 (2008 年 7 月 27 日)
MEMORANDUM
私は、仏教で言う「解脱」が、他力、自力で如何に違うかなどは知りませんが、新約、ヨハネによる
黙示録には、もはや時なかるべし、と書かれています。私は、これを時間を一様無限とすることの否
定である、と読解しております。旧約、創世記に読む「光あれ」以前も終末での「時なかるべし」も如
何なる事態であるのかなどは私の想像を絶するのですが、私は、科学に於いても、かつての宇宙永
遠説の否定と同様に、一様無限の時間なるものもまた疑問視され否定されようとする時期に来てい
ると概観しているのです。ただ、此処でお断りしたいこととして、私は、対比はしているものの、如何
なる意味でも旧、新約の自然科学的な解明などを意図しているのではないということです。
F.N. 様、F.M. 、Y.T. 様、T.J. 様、K.N. 様、C.Y. 様:
147
季節の変りめになりました。昨夜、例によって、私の睡眠障害の故に、眠れないままに、思いを巡ら
していると、小学校五、六年の頃に新約を読んで納得できなかったところが、今なお、理解に至って
いなかったことに気がつきました。それは、これです:
Jesus の言葉に、塩もしその味を失わば(英語訳では、“If salt loses its saltiness”、となっております
。)、…… とありますが、それなのです。NaCl が、そのショッパイ味を失う、とはどういうことなのでしょ
うか。以下の、三っつを考えてみました:
1.奇蹟によって化学的かつ日常的には起りえないことが起って化学的に安定している NaCl が他
の物質、例えば、Na と Cl に分離するようなこともあるのでしょうか。しかし、何の為の奇蹟でしょうね。
ただ(この例の場合)出来た Na と Cl を捨てる為でしょうか。だいいち危ないですよね。Na に触れば
火傷をするし、Cl は毒ガスですから。
2.巷で良い味の塩と言われているものには、NaCl 以外のものが含まれているのですね。しかし、
何かの事情で NaCl 以外のものの味が失われても、塩は、依然として、塩でショッパイではないです
か。それを外に捨てて、人々の足に踏みつけさせる、ということは、waste of natural resource なので
はないですか。
3.塩だとされて買ってきたものが、うどん粉だった。それで味がなかったのであるが、それでも、何
がなんでも、外に捨てて、うどん粉に歯噛みをさせることもないではないですか。
以下の二つの事情で解決を求めております:
1.私は、Jesus の言った言葉には間違いがない、と思いたいのです。
2.有名な G.R. Gissing の<<The Salt on the Earth>>の書名は、上の Jesus の言葉に基ずいて
います。この本の冒頭の文章は、二、三回読んだだけで暗誦できたほどの名文でした。もう、出だし
以外は、忘れましたが。
ご回答を下さった方(々)には、私の次の著作を贈呈致したく存じますが如何でしょうか。
太田将宏 (2008 年 8 月 28 日)
Y.T. 様
お元気ですか。此方では、やっと涼しくなった、と思ったら、昨日は、また、33.5 度 C で、深夜には
、またまた、雷雨でした。カリブ海ではハリケーンが数珠繋ぎになっている様子です。
この夏、当方では、日本からの家内の先輩、家内の同輩、元のトロント居住者の家族が次々と我が
家を訪ね、滞在していましたので、忙しく、てんやわんやでした。そうしたわけでもないのですが、一
息つきたいと思い、元寮友の皆様に実に馬鹿々々しい話題の mail を送った次第でしたが、Y.T. さ
んは笑って下さいましたか。
ところで、今思い返してみると、その mail を書いた発想、発端には、Y.T. さんとの交信、対話もあっ
たのですね。あの、化学的に安定している塩、NaCl が味を失うかどうかの話題に於いて、仮に、
Jesus が言ったことが科学的に観て間違っていたとしても、それは彼が「嘘」を言っていた、ということ
にはならない、ということなのです。そして、彼が言ったことの趣旨は、それなりに通じていますでしょ
う。やはり、旧、新約にわたって、(もしかの)間違いと、Y.T. さんが言う「嘘」とは、分けて考えた方が
良いのではないでしょうか。そして、また、いつかの「ふつうは一部でも明らかな嘘の書いてある書物
は全部捨てるものだと思うのですが,……」、とのことですが、そこに、Y.T. さんの科学者としての厳
密な思考手続きが反映しているか、とも思われたのですが、一方、科学に於いてでさえも、一部の否
148
定が全否定につながるとすることは、その各分野の学問体系の根幹に拘らない限り、それは、短絡
的なのではないでしょうか。さて、私は、今まで、Y.T. さんに巧く反論できなかったのでしたが、今度
は如何ですか。
(…(後略)…)
太田将宏 (2008 年 9 月 4 日)
Y.T. 様
お便りいただきました。どうも有り難う。ただ、昨日から Canada の連邦政府に送る書類(これが面倒
くさいのですね)を用意しつつあるので、さしあたって、今回は以下の件だけで失礼を致します。
Y.T. さんの義憤、「聖書に書いてある創造説は聖書そのものの根冠(ママ)に関わりますよね。塩
がどうした,という話はどうでもいい話で,僕は何で太田さんがこんなことでわざわざメールを出すの
か,意図がわかりませんでした。笑いはしませんでしたが,座興のつもりならそれとわかる文面で送ら
ないと,貰った人が気の毒です」 ――― 、とのことについてです:
あの mail は、私なりの black humour のつもりで書いて、読む人が読めば、全体的には、「座興の
つもり」であることが分かってもらえる、と期待していたのですが、そうとは Y.T. さんには読めなく、お
気に召しませんでしたか。いや、実際、以下のような人々を笑い飛ばそうとする「意図」で書いたので
すが、それが宛先の方々に当てはまるかどうかの判断については各々方にお任せする他は無いの
ではなかったのです。しかし、私は、皆様が私と一緒に笑って頂けるのではないか、と予想、期待し
ておりましたが;
1. まずは、あんなことを書いた私自身
2. Creationists
3. 旧、新約は科学書として読むに耐えられない、として失望する人。こうした人々は、私が<<音
楽に関する四部作>>に書いた、Beethoven の作品に Mozart の音楽が聴けない、と不平を言う一
部の Mozartian に似ていませんか。
上記の 2 と 3 は、自分自身が取る方法論を対象の違いによって切り替えられない不便な頭脳構造
にある、ということでは共通していますですよね。
私は、「塩がどうした,という話はどうでもいい話」だとは(この言葉は、有名な山上の垂訓の一部で
あり、それに続く文節(マタイによる福音書、第五章 13 節後半、但し、厳密に言えば、歯噛み云々は
、別のところからの私の勝手な引用)を読むならば)、Y.T. さんのようには言えないのです。一方では
、旧、新約を科学的な見地からだけで読もうとするのは不適当だ、ということを認め、説明するのには
良い一例ではなかったでしょうか。しかしながら、更に、Y.T. さんの言う「気の毒」な人が他に出現し
ましたら、私は、今後、こうしたことは自粛しようかと考慮しておりますが。
太田将宏 (2008 年 9 月 7 日)
追伸
Y.T. さん。私は、これは冗談ですよ、と予め断ってから冗談を言うような野暮はしたくないのですけ
れど。
MEMORANDUM
149
その後、今日(2012年9月21日(秋分の日))にいたる迄、「気の毒」な人は見当たらない様子で
す。
Y.T. 様
昨日、私からの mail を発送した後で一寸気になることがあったので、また書いております。何ゆえ
、こうも話がこんぐらかっているのか、と思い巡らしていた次第だったのです。それは、もしかしたら、
Y.T. さんが何かで忙しすぎるのか、或いは、疲れていて体調が思わしくないのか、とも勝手に想像し
ていたのですが、そうではないとしたならば、むしろ、言葉使いの故ではないかと思われるのです。ま
あ、揚げ足取りとは取らないで下さい。一言で言えば、「嘘」というのは倫理に関してで、「間違い」と
いう言葉は論理に関して使われるべき言葉だと思っていましたが、如何でしょうか。「嘘」を言う、と言
ったとき、それは対象としての誰かを騙そうとしたことを暗示していますですね。例えば:
「ニュートンも一杯嘘を書いています。たとえばニュートンは,光は粒子の流れである(後の光量子
説とは違う意味で),と考えていましたが,これは嘘です。だからニュートンの光粒子説は今は誰も相
手にしません」 ――― 、とありましたが、I. Newton は、「一杯」の「嘘」で誰かを騙そうとして彼の学
説を説いた訳ではないでしょう。旧約の<<創世記>>も同様なのではないでしょうか。Newton や
<<創世記>>の記述者たちが彼らの同時代人に意図的に「嘘」をついたわけではないばかりか、
彼らが現代、現時点での我々を欺かそうとするようなことなどはありえなかった筈ではないですか。ま
た、A. Einstein たちが<<物理学は如何に創られたか>>に書いたように、光の粒子説と波動説は
歴史的に交代してきたのですね。そこにては、Newton の光は「粒子」でもありうる、という概念がその
彼の具体像を離れても、その後の科学の進展に於いて重要だったのではないでしょうか。我々の現
時点に立って、仮に、Newton の説が誤りであったとしても、それに対し、後知恵をもってして「嘘」と
いう言葉を使うのは不適当なのではないでしょうか。私は、科学的な成果、というものは、Einstein も
謙虚に言ったように、あくまで、或る時点に於いて与えられた既存の条件に伴う事象の解明である、
と見做しております。また、私の知る科学者たちは、一般的に、現時点では、何々は正しく、別の何
々は誤りだと見做されている、というように表現をしておりますが。
上記は、<<創世記>>の記述者や Newton を擁護する為もありましたが、それよりも、此処では
、私は、「嘘」と「間違い」を区別して使ってきたけれど、Y.T. さんは、必ずしも、そうではなかった、と
いうところに対話に於いての混乱の原因があったのではないか、ということに気づき、そこでの推測を
述べるのが趣旨でしたが、如何でしょうか。
忌憚なく申し上げます。これは Y.T. さんだけではないのですが、私が注意して書いている程には
、皆様は注意して読んでいないのではないか、というのが私の著作についてだけではなく、mails の
交換についてもの印象なのです。Y.T. さんに対しても、私は、こう書いたのだけれど、と私自身の過
去の mail から自己引用をして誤解を解こうと試みたことがありましたね。今回も、私は、教条的に「聖
書に書いてあることを信じ」る、などと単純に述べた覚えなどは無いのですが、Y.T. さん、それは短
絡のし過ぎではないでしょうか。
しかしながら、そもそも、言葉というものには曖昧なところがありますね。英語でも true の antonym は
lie ではなく false です(これらは論理数学で使われている言葉ですね。また、lie の antonym は
honesty でしょう)が、しかし、false statement と言われた場合、deceit ないし deception つまり lie といっ
た nuance も無いわけではないのですね。日本語でも、会話では、「間違い」を「嘘」ということもあるか
と思われます。しかし、正しくは、「嘘」の反意語は「真実」で、「間違い」の反意語は「事実」ではない
でしょうか。私は、その程度には言葉の区別する努力をしてきたつもりですが(また、これは余談です
が、曖昧な事象を話題とするときは、曖昧のままに扱うことが、むしろ正確だ、と思われるのですが、
その件については、私の<<愛と生命の摂理>>を参照していただけますでしょうか)。
150
最後に、――― 古代ギリシャで火,空気,水,土を4元素とする説を唱えた人物がいました。この
説を太田さんは信じられますか。おそらくは信じられないと思うけど,それはなぜですか。なぜ聖書に
書いてあることを信じて,これを信じられないのですか ――― 、とのこと、これも上記と同様です。
まず、私は、旧、新約に書かれていることを creationists たちが信じているようには教条的に信じてお
りません。一方で、四元素説については、その内容、「火,空気,水,土」には同意できないものの、「
元素」と言う概念に於いて、その単純化した考え方、方法論については評価をしております。ただし、
その概念は、あくまで本質論に拠っているのです。一方、旧、新約に書かれていることは、実存論で
扱うべきでしょう。貴兄は、それらを混同してはいませんでしょうか。
お元気で。
太田将宏 (2008 年 9 月 8 日)
Y.T. 様
ようやく雑事が片付いて、さてと、J.S. Bach の<<Was frag’ ich nach der Welt>>(BWV 94)を
聴きながら、つくづく思いましたのは、次のようなことでした。まあ、聞いて下さい:
いつぞや、私が Canada に来た当初は赤貧身を洗うが如し、だったと書いたことがありましたですね
。実際、あの当時、1Canadian Dollar が 289 円(1US ドルは 298 円)でして、それも、当時の Canada
では 1 ドルが 100 円分ぐらいしかの使いでがなかったのですよ。そのころ、此方で安く買えたのはキ
ャベツ、ひき肉、ピーナツバター、じゃが芋ぐらいなものでした。それで、ロールキャベツばかり食べ
ていたこともいつか書いたように憶えておりますが、日本人が経営する食料品ではインスタントラーメ
ンでさえ日本に較べて三倍もしたので、当時の私たち夫婦にとっては贅沢品だったのです。たまさか
ですが、気張って、それを買ってきて、安いジャガイモを茹でたのを入れて、トロント名物ポテトラーメ
ンなどと言い、二人で笑いながら食べたものでした。また、何も入っていない、海苔も巻いてない、飯
をただ握っただけのむすびを持って、近くの公園のベンチで、よく食べたものでした。秋の景色が良
かったのが幸いでしたが、他人が見たならば、東洋人のホームレスか、と思ったかもしれませんね。
でも、その頃が、夫婦だけでの外国生活を楽しむということでは一番に充実しておりました。家内の
方はどうだったか知らないですけれど。
その頃は Toronto にいた私の妹が AM しか入らないラジオをくれたのです。それで、たまたま、
Beethoven の熱情ソナタを聴いたのですが、Canada でも日本と同じように熱情ソナタは熱情ソナタと
して聴ける、響いている、と当たり前のことに感心しておりました。その後、日本から、後送した荷物が
届いたのでしたが、それを包んでいた新聞紙を夢中で読んだのは、日本語に飢えていたせいでしょ
う。しかし、その後、母が交通事故にあったときに此方に来てから初めて日本に帰ったのでしたが、
日本では、こうも言葉が通じることに、むしろ違和感を感じたくらいでした。閑話休題。
Y.T. さん宛に私が忘れないうちにと書いた先の便り二つを読み返してみて、何だかぶっきらぼうだ
なぁ、と感じもしましたが、これも又お互いの交信を効率よくしたい、との思惑に変りがないので悪しか
らず受け取って下さったならば幸いです。以下は、その後思い巡らした補足説明です:
先日、説明なしに、曖昧な事象を話題とするときは、曖昧に扱うことが、むしろ正確だ、と思われる、
と書いたことについてですが、…(中略)… 更に言えば、例えば、私が J.S. Bach の作品、とりわけ
<<Die Kunst der Fuge>>(BWV 1080)を聴いて学んだことは、人間に於ける情緒的な側面は、
人が安易に言うようには不合理だとは言い切れない、というようなことなのです(しかし、ここで、注意
してください。私は、合理的であるとも、ないとも言ってはおりません)。例えば、彼の Fugen をピアノ
で手がけていると、これらは、やはり、自分で弾いていなければ理解できない、自分で弾いているか
らこそ理解できる、といったことが多々あるのですね。知的な分析と、情緒的な共感とは分離できない
、その相互関係は言葉で考えていることと、言葉では考えられない思考(それもまた、あくまで、思考
151
です。言葉の粗い網目からはこぼれておりますが、)との総合なので、その総合は言葉だけで考える
限りは曖昧だ、いや、言葉で考えるからこそ曖昧になる、とするのが実際的なのだろう、というようなこ
とでした。言語学にたずさわっている人は、人間は言葉だけで考えている、などと安易に言張ります
が、私は、それに対して経験的な理由により反論しております。ただ、論理体系というものは、良くも
悪くも言葉によって構築されるものだ、ということは認められてしかるべきだ、と思う一方、禅宗の坊さ
んなどは、言葉で言い表せることは全て仮想だ、とまで言っておりますが、これについて Y.T. さんは
如何お思いですか。
私は、「真理」という言葉を使うのを極力避けております。この言葉は、絶対的な立場、或いは、そ
れを仮想した立場になければ発せられない言葉ではないでしょうか。あの(私が何時か話題にした)
幼児性の抜け切らない先輩のようには(彼の場合は学問、とりわけ物理学でしたが)、真理がどうのこ
うのと、あたかも自分自身を絶対者の立場に於ける真理の担い手であるような錯覚から発言したくは
ないからです。私は、また、「真実」と「事実」をも使い分けようとしております。それは、事実は必ずし
も真実ではないこともあるのではないか(或るいはその逆)と感じているからです。言い換えれば、真
実、という言葉には、発言者とその対象に於いて何かしらの実存的な関わりを暗示している、と聞き
取れてしかるべきだ、と思われるからなのです。反面、「事実」という言葉は即時化した対象からの現
象に留まっているような響がありますね。
私は、Y.T. さんが書かれたことの内容に対しては、一度も反対したことはなかった、と思い返してお
ります。Y.T. さんが仰ったように、一つの論理体系の中で一つでも過誤があったならば、全体を否定
しなければならない、ということに私も原則的には同意しております。しかし、何をもって過誤とするの
かというのは、科学全体の中ですら相対的ではないでしょうか。I. Newton による<<古典物理学>
>は、その体系の中では正しかったのではないでしょうか。現時点に於いて科学が全てを解明した
わけではない、というのは、たしか、Y.T. さんも認めたところだったと思うのですが、それでは、現時
点での科学自体もまた相対的だということすね。また、次に、科学の方法論を如何なる場合にも、例
えば旧約の理解についても当てはめられるかどうかという疑問が未だ残るのではないか、と私は書い
てきただけなのです。科学での方法論というものは、実存論ではなく本質論の中にあり、何処まで言
っても、何処まで行っても本質論である、とするのは私だけではありません。哲学、特に本質論の絶
対化に異議を唱える実存主義の哲学ではそれは常識でしょう。実存は本質に先立つ、ということは、
そういうことですね。現在、実存主義は、その内容に於いてだけではなく、その方法論に於いて検討
すべきだ、と私は考察しております。私見によれば、内容よりも、方法論の方が重要だ、とすら思われ
るのです。Y.T. さんは、J.-P. Sartre の<<存在と無>>を私よりはきちんと読んでいたので、本質
論的な方法論とは全く違った思考の領域、それに伴った方法論がありうる、ということを知っている、
という前提で書いてきたのですが、もしそうでなかったとしたならば、あの単純思考しかできない先輩
と同じではないですか。Y.T. さんは、いつぞや、科学を絶対視しない、というようなことを書かれてい
たのですが、例えば、旧約に対しても、科学的な方法論を絶対視しているように私には見受けられる
ので、そのあたりに対話の行き違いがあったのか、と振り返って思案していた次第です。言葉を変え
て言えば、一つの論理体系を構築しつつあるとき、構築し終えたとき、或いは、後年になって、内容
的にも、方法論的にも、その体系の外に、まだ何らかの領域が存在する可能性について思い巡らす
ことは誰にでもあることではないでしょうか。私は、その可能性についての考察の多様性と深さによっ
て懐疑の level が決まり、本質論であっても存在論であっても次の段階へと進展する、と期待してお
りますが。
太田将宏 (2008 年 9 月 26 日)
MEMORANDUM
152
自然科学は、本質論的な方法論の範囲に基いているが故、つまり、実存的な選択が無いが故、そ
の論理体系の発展を見てきたのでしょう。そこに於いては、人間存在の「幸福」の定義が何であれ、
それを科学の理論の進化とは別問題として残らざるをえないのではないでしょうか。もし、Y.T. 氏た
ちが拘るように、自然科学に於いての新たな成果が以前のものを凌駕するが故だけにて肯定され、
以前のものが否定されるとするならば、科学の進展に於いて、より新しい見解は、より良いものだ、と
いう風潮をかもし出すでしょう。その風潮が、科学の成果を適用する技術を通して何がしかの製品化
が為された際には、更に、それが皮肉にも、無条件にも、より新しい製品は、より優れたものだ、とい
う「空気」、思考怠慢の世相に伝播してはいませんか。一方、実存的な哲学もまた、それ自体の進展
があったものの、人類の実存そのものに於いては、ソクラテス以来、いや、人類発祥以来、「幸福」の
定義を括弧に入れようが入れまいが、何れのそれを求める選択に何らの本質的な差異が見られな
いのではないでしょうか。それは、人が人生の意味、世界の意味を求めることに於いても同様でしょ
う。人間存在は、彼、彼女が遭遇する各状況に於いての選択にて自己の実現を意図する、そこには
、他者に本質として受け渡すものは何も無い、次代に受け渡すものは何も無い、とするならば、それ
は、悲観的過ぎるのでしょうか。
先日、これは嘘であってほしい、というような報道に接しました。南アジアの或る国で、流産した胎
児や新生児の間引きに、それを便所に流している、という話でした。その子供たちは何の為に生ま
れ、何故に暗い悪臭の中に消えていかねばならないのでしょうか。此処にて、「幸福」の定義が何で
あれ、少なくとも、その子供たちは幸福ではなかった、ありえなかった、それどころか、不幸を通り越
して筆舌を絶した悲惨の極致であった、と言えるのではないでしょうか。私は、<<カラマーゾフの
兄弟>>の<反逆>を思い出し、イワンと同様に、超越的な存在が創造したこの世界を、この人類
を容認できない、という思いに駆られております。
Y.T. 様
暫くご無沙汰していましたが、Y.T.さんは如何お過ごしですか。
私の方は、今月の 25 日に三度目の地中海での cruise から帰ってきたのですが、今度は、歳のせ
いなのか、いつになく、まだ時差ぼけや疲れが残っております。今回は Venezia が中心の cruise だ
ったのですが、何処に行っても人だかりで、また、観光地ずれした所ばかりでした。でも、まあ、これ
で、テラニア海(前々回)、エーゲ海(前回)とアドリア海(今回)で泳ぐことができたことにはなりました
が。
音楽の方では、G. Carissimi の Oratorio の四曲(Jonas、Jephte、Ezechia と Job)の清澄な響きに耳
を傾けております(ただ、私の乏しいラテン語の知識では libretto を辿るのには辛いところが多いの
が難点なのですね)。
さて、次の話題は、何か、以前の討論の蒸返しになるか、との懸念もあるのですが、今ならば、私の
側での論旨をもう少し明確に説明できるかもしれないので、まあ、聞いてください(ただ、三年近くの
間隙があっての話題の再開ですので以前と重複している記述を避けることは実際的ではないようで
す):
A. Einstein が、物理学とは推理小説のようなもので、新たな事実が現れないまでの間に限り有効
であるにすぎない、と書いていましたが(<<物理学は如何に創られたか>>)、私は、それを、自
然科学の全体そのものが、その発展拡張の過程に於ける時点々々での仮説の集合である、と解釈
しております。ただ、此処でも私が科学を否定してはいない、ということだけは留意願います。また、
此処で宗教には仮定が無い、つまり、仮説が無い、とも主張しておりません。それどころか、如何なる
宗教に於いても、それを外から見るならば、仮説の集合であるということすらをも認めております。そ
もそも、宗教に伴う神話や奇跡なるものには、哲学用語の語彙をもたなかった古代人の実存が反映
した表現、表記である、と私は理解しているのです(ということはいつか書きましたね)。現代人、とりわ
153
け教典の非神話化に拠る見解をもつ人は、教典そのものの記述でさえも仮説として認識しているの
ではないでしょうか。その上での、自己の実存的選択として、S. Kierkegaard が言う「激情を持って」
信仰を選び取っている、というのが私の理解なのです。
一方では(もう、遠慮しないで名前を出しますが)、H.M.氏という人が学生寮にいましたですね。上
記の双方での仮説に関する見解を前提にするならば(以下に述べることにも伴い)、私は、常々、彼
のような人間にとっては(彼だけではなく)自然科学、とりわけ物理学が宗教だったのではなかったか
、と思い返すのです。敢て今の時点での例で説明するならば、「Big-Bang」を信じるか、創世記の「光
あれ!」を信じるか、何れもが仮説に基づいているという意味では大差が無いのにも拘らず、そのよう
なことを認めようとしなかったからなのです。彼の主張の当否を脇に置いたとしても、あの時点での彼
は、これまた後述するように、物理学の絶対性などを他者である私に説得することなどが方法論的に
不可能である、ということを自覚する知性としての能力なかったのですね。それでは(これまた以下に
説明することにも伴い)、彼が随分と興奮して喚いていた物理学至上主義なんぞは自己の正当化に
つらなる自己満足に過ぎないのではないでしょうか。彼は、私が彼の幼稚な使命感を傷つけた、と勘
違いしたので(N 氏が同席していたので助かりましたが)私が危険な目にあったことは以前に一寸だ
け書きましたね。此処では、たまたま、説明のために、H.M.氏を槍玉にして書いてきましたが、一般
論に枠を広げると、この方が重要なのですが、彼のような何々を至上とする使命感なるものをもつ人
間が、もし彼、彼女の頭脳が単細胞であるのならば、その(宗教をも含む諸思想の)対象によりけりで
は危険な傾向をもつものではないでしょうか(これは、ドストエフスキーが<<カラマーゾフの兄弟>
>にて、アレクセイ カラマーゾフを通じて描いております)。ただ、誤解無きよう願います。此処で、
私は、物理学を過小評価しようとしているのではないのです。また、無神論、有神論の何れが正しい
かを主張しているのではないのです。ただ、もし、超越的な存在が無いとしたならば、永遠も無いし
救済も無い、とする一方、無ければ無い、必要も無い、それはそれでもいいとしても、その違いが
H.M.氏の宗教的物理至上主義では理解の彼方にあったということだったのですね。
さて、H.M.氏について書くのは一部のつもりだったのですが長くなり、もし聞き苦しかったならばご
容赦を願いつつ本題に入ります(ただ、彼をだしにして書いたのですが、彼のような思考形態が一つ
の典型として私と対極にあったが為に彼を利用していたにすぎないことをご理解願います)。
私は、科学というものは初源を解明する方法論をもたない、と見做しております。以前に利根川進
氏がノーベル賞を受賞した後での文芸春秋に掲載された対談を読んでいたときに、遺伝子による支
配が述べられていても、遺伝子が先か、生物、とりわけ人間が先か、が解明されていないではないか
、という感想をもちました(卵が先か雌鶏が先か、という論理の混迷は Marxisme にも見て取られます
ね。その意味では、皮肉にも、それも「科学的共産主義」なのでしょう)。話題を広げると、Big-Bang
にしろアフリカのイーヴにしろ、その前がある筈ですね。此処での、その前、というのは、必ずしも、時
間軸に沿っての意味合いではありません。それを何ものかの意思と呼ぶならば宗教に傾きますので
、何ものかのきっかけ、とでもに致しましょう。前の前(また、先の先)という意味では、科学は無限なの
でしょうが、それは、本質論の範囲で無限なのであって、人間存在としての実存を前提とした永遠の
概念に較べるならば、科学的な方法論の領域には限界がある、ということなのです。人間は実存的
な対自存在であるが故に、遺伝子(の解明)に具体的な人間のありようを説明しきることは期待できな
い、ということです。科学は how に答えるものであるけれど、永遠とは why に対する回答なのですね
。その永遠の存在か可能であるならば、それが救済なのではないでしょうか。仮に(仮にです)、全宇
宙の森羅万象の全てが科学によって解明されたとしたならば、その暁には、人類は満足するでしょう
か、虚無感に襲われるのでしょうか。Pascal の<<キリスト教弁証法の覚書>>(通称、<<Panseé
>>)は、後者での「沈黙に恐怖を覚える」、と書いていましたね。それは、仮に、科学が本質論的な
方向に於いて無限であるとしても、そこには実存論的な選択の余地が無いだけではなく、有神論的
実存主義にての永遠の概念が入る余地がないからなのでしょう。また、ドストエフスキーは、<<カラ
マーゾフの兄弟>>にて、その時代の言葉で、イワン カラマーゾフに、人類の思考は三次元空間
に閉じ込められていると語らしめておりましたが、それを、私は、人間存在は、超越の摂理が何たる
かを知る手段をもたない、もてない、と翻案しております。
154
これはご参考までなのですが、私は、上記の本質論と実存論の哲学的な区別、とりわけ、科学は本
質論に属することを P. Foulquié の<<実存主義>>から学んだのです。この Que Sais-Je?文庫の
日本語訳(矢内原伊作の翻訳ですよ!)は白水社から出ており、それで私は読みましたが、150 ペ
ージ足らずで実存主義の簡明な鳥瞰が得られるので、よろしかったらお読みになりませんか。或い
は、 もし、もはや、以上の話題が Y.T.さんの意に沿わないことがありましたならば、私には Y.T.さん
を折伏するような意図はないので、agree to disagree というあたりに収めて、次回は、また音楽の話
題に戻りましょう。
太田将宏 (2011 年 6 月 29日)
Y.T. 様
当方では、連日 30 度 C を超える暑さになりました。期せずして早々にお返事を頂きましてうれしく
思います。ただ、また、話がややこしくなってきましたですね。正直に言って、今、血圧が上がってい
るようで、偏頭痛に悩んでいるのですが、私側の論旨をできるだけ再度、整理してみようと思っており
ます。
一方、「ビッグバンはそういう意味での仮説ではありません。それは観測結果が示しているのです。
歴史的事実と言ってもいいかもしれません」、とのことですが、それであるのならば、I. Newton の古
典力学の「三法則」でもまた、ある時期まで、それなりに、実験や、「観測結果」によって証明されてい
たではないですか。加えて、「 宇宙マイクロ波背景輻射がまさにビッグバンがあったことを直接示して
いるのです」、と続いていましたが、「暗黒物質」や「暗黒エネルギー」でさえも、未だ充分に解明され
ていませんですね。私は、「宇宙マイクロ波背景輻射」を否定しているわけではないものの、それと「
暗黒物質」や「暗黒エネルギー」の何れが宇宙の全体像を論理づけるのか、それが今の時点では不
明である限り、Big-Bang もまた、ある時期までの仮説である可能性がないか、と判断を保留している
のです。いや、更に重要なこととしては、如何なる時点に於いても、何々は仮説ではない、と証明す
ることもまた不可能事である、ということではないですか。A. Einstein は、「真理、真理」などと喚く
H.M.氏とは違って(それで、前回、H.M.氏を引き合いに出したのですが)、自らの理論をも含めて、「
推理小説にも擬えられる」、と謙虚に述べていた、というのが私の理解なのです。彼は、自然科学の
歴史的な発展経過を鑑みて、全ては歴史の時点々々での仮説で、それが有効なのは次の時点まで
、と自覚していたのではないでしょうか。高校生であったときの私は、その見識に頭が下がる思いをし
たことを今思い出しております。しかしながら、私は、「暗黒物質」とそれが全宇宙に占める質量の割
合は読んだことがありましたが、「暗黒エネルギー」という言葉を教えて頂いて Y.T.さんに感謝してお
ります(私の知っている言葉では、「電磁力」、「引力」と「弱い力」、「強い力」と称されている四っつの
力なのですが、「弱い力」と「強い力」なるものも充分に解明されていない、というところまでなのです)
。それが、「空間それ自体の性質」、と聞かされるので腑に落ちるような一面もあるものの、やはり、そ
れもまた仮説の段階ですね。
私は、前回、古い記憶で、遺伝子が先か人間が先か、と書きましたが(英語では precidence という
適当で便利な言葉がありますが)、遺伝子が人間を支配するのか、人間が遺伝子を支配するのか、
という問題設定では、人間存在の実存の問題が滑り落ちてしまう、ということを言いたかったのです。
Y.T. さんによれば、「明らかに遺伝子が先です。生命の起源は,進化が解明されたほどには研究が
進んでおらず,謎が多いのですが,だいたいのシナリオはできつつあります」、とのことですが、「謎
が多いのですが,だいたいのシナリオはできつつあります」、との段階では、「明らかに遺伝子が先で
す」、との断定自体が未確認であり、未だ仮説にすらに至らない予想にすぎないのではないですか。
それでは予想外の事象の可能性は全く無いとされない限り、何ものも「明らか」ではない、と私には
155
思われるのです。更に敢て失礼を省みず揚げ足を取るならば、先の Y.T. さんの二文は前後で矛盾
してはいませんか(論理として、「謎が多い」演繹的な論述が、未完の帰納的な予想につなげられて
いますね)。それよりも、遺伝子が先にあったとしたならば、その遺伝子を生成した実体は何だったの
でしょうか。進化の過程でしょうか。それならば、そこにも人間の実存の入り込む余地は無いですね。
それにも関連して、――― 文字通りの『鶏が先か卵が先か』はほとんど解明されていると思います。
というか、子供のなぞなぞ以上の意味のない質問ではないでしょうか。アフリカのイヴのその前はもち
ろんあります。アフリカのイヴとは,現代人のすべてのミトコンドリア遺伝子は,彼女のそれのコピーで
ある,という意味です。それ以上のことを意味するものではありません ――― 、とのことですが、「ア
フリカのイヴ」自体こそが全くの仮説ですよ。私が知る限りでは、学者諸氏も仮説、いや、むしろ仮定
のようなものとして断っていました。さもなくば、彼女に伝えたミトコンドリア遺伝子は何処に由来する
ものなのでしょうか。その意味で、科学というものは初源を解明する方法論をもたない、ということの一
つの例として挙げたのでして、またまた「ほとんど解明されていると思います」とのことであっても、そ
の前、その前、…、と辿りつく先が解明されない限りは全てが仮説であり、また、何々は何々と定義す
る、との本質論に沿っての方法論では、科学というものは初源を解明する方法論をもたない、とする
しかない、という文脈でわたしは書いたつもりだったのですが、混乱していましたでしょうか。また、な
おかつ、此処での、その前、というのは、必ずしも、時間軸に沿っての意味合いではありません、と書
き加えていたのですが、それでも「子供のなぞなぞ以上の意味のない質問」だったのでしょうか。い
や、それ以前に、貴兄の論調には多くの「だいたいの」とか「ほとんど」とかでつなげて貴兄の即断を
説明していますですね。私が、 鶏が先か卵が先か、と問うたのは初源を問題にしていたのにも拘ら
ず、それを忘却して「 現代人のすべてのミトコンドリア遺伝子は,彼女のそれのコピーである」とは、
それ、初源以後、以降の事象の説明にすぎないではないですか。もし、私の質問が「子供のなぞな
ぞ以上の意味のない質問」であったとしたならば、貴兄の回答は、子供以下の頓珍漢な返事ではな
いですか。貴兄は、次第に H.M.氏にそっくり(の論調)になってきましたね。
MEMORANDUM
此処に混乱があったことを自覚いたしました。私は、「アフリカのイヴ」を、「イヴ」という言葉から、最
初の人間として仮定された人だとして受取っていたのですが、S.M. に拠るならば、現代人の最古の
先祖ということだったのですね。しかし、何れにしろ、彼が「 アフリカのイヴのミトコンドリア遺伝子は、
「 アフリカのイヴの母からうけとった」、というのは初源についての話題に於いて、では、その母のミト
コンドリア遺伝子は……、となり、自己撞着になっていますね。
Y.T. さんも「科学は初源を解明する方法論をもたない,とのこと。それはその通りかもしれません」、
と仰っていたので、私は、そこでは私とも共通の基盤ができたのかもしれないか、と思っておりました
。また、H.M.氏については、(私が知る限りですが他者と事を構える様子が少ないと思われる)Y.T.
さんでさえも、「僕も彼の言動には疑問を感じることが多くあります」、とのことで、人は変わるものであ
ると思いつつも、彼は相変わらずなのではないか、と推測しております。いや、もう彼についてとやか
く言うよりも、Y.T. さんに質問があるのです。まず、普通に言う「物質」と「暗黒物質」の割合が2:8で
あることは、どのようにして測られたのでしょうか。また、これは序でなのですが、私には「紐の理論」な
るものがよく解らないのですが、素人の私にも解るように説明していただけるならば幸いです(また、
今後も上記の一部のように、それは私も知っている、と書くことがあるかもしれませんが、それは、そ
んなことは私だって知っているわい、ということではなく、Y.T. さんに私がどの程度を知っているかを
知らせた方が communication が smooth になるかと愚考しているから、と理解願います)。埴谷雄高
は、「全ての論理は明晰であるべきである。さもなくば、その論理そのものに欠陥があるのではないか
」、と書いていましたが、それには予定調和の響きがあるものの、そのとおりではないか、と私にも予
想はされております。その意味では、現代の自然科学の諸説入り乱れている様相、また、その推移を
眺めると、未だ仮説すらでさえ安定の域に達していない、というのが私の鳥瞰なのですが。
156
太田将宏 (2011 年 7 月6日)
Y.T. 様
…(前略)…
まず、先日に意味不明の文を書いてしまいましたのでそれを訂正させて頂きます。ドストエフスキー
は、<<カラマーゾフの兄弟>>にて、その時代の言葉で、イワン カラマーゾフに、人類の思考は
三次元空間に閉じ込められていると語らしめておりました、と書きましたが、人類の思考は三次元で
はなくて無限次元にあっても永遠ではない、と現代の言葉では言い換えられる、と付け加えたく思い
ます。時折、私が引き合いに出す S. Kierkegaard の言葉に、真理とは真理にいたる過程である、と
いうのがありますが、絶対者ではないところの相対的な人間には、もともと真理などは存在しなく、そ
こにあるのは過程だけではないでしょうか。 さもなくば、何々を真理とするとする者がいたならば、そ
れは、自分自身が相対的であるのにも拘らず、その相対性に絶対性の自信をおいているのに過ぎ
なくなり、矛盾をきたすからなのです(それを暴いている小説にゴーゴリの<<狂人日記>>があり
ますね)。それとも、無神論者にとっては、自身が絶対なのでしょうか。そうであるならば、Kierkegaard
の<<恐怖と戦慄>>にある<アブラハムの不安>などは問題にならないのでしょう。
…(後略)…
太田将宏 (2011 年 7 月6日)
Y.T. 様
返信を有難うございました。しかし、それにしても、いやあ、全く、日本も Canada も暑いですねぇ。ま
た、Y.T. さんも偏頭痛をおもちなのですか。私は、Y.T. さんの「発作」という言葉を聞いて吃驚しまし
た。
私の方は、今回、時差ぼけが長引いて漸く昨日ごろ正常に戻ったようなのです。また、今回に限ら
ず、自分で自覚している以上に疲れているときなどに起こるようなのですが、頭の中が、むわーとして
、後右下のところが痛むのです(ただ、今回は、脈拍に合わせてのズキズキとした痛みがないことだ
けは幸いでした)。耳が、ツーンとしていることも多く、あまり気持ちが良いものではありませんね。また
、二、三年前に左目の片隅で、線香花火のような閃光が左によぎることがあったのですが、これは
Y.T. さんのと同じなのでしょうか(私は、この頃では、それを見ません)。
ところで、Y.T. さん、早とちりは嫌ですよ。私が、超越の非存在を証明することは、その存在を証明
することと同様な不可能事であることを人類は人類史を通じて学んできたのではないかと思われるの
です、と書いたことについて、「超越者の存在の証拠が僕には何も見えません。それだけのことです
。太田さんにはもちろん十分な証拠をお持ちなのでしょうね」、とあり、その存在を証明することと同様
な不可能事である、というところを読み飛ばしたのではないでしょうか。人類史を通じて数々の神学
者や哲学者が果たせなかった証明につき、不肖の私が「証拠」などを持っているわけがないではあり
ませんか。そんなものが見えないことは、私も Y.T. さんと同様なのです。私が、人類が、証明できる
ような存在は超越でも絶対でもないということを、私は此処かしこに書き続けてきたつもりだったので
す。言換えますと、もし、超越が存在するならば(仮定文ですよ)、それは人間の考えうる全ての思考
命題の外にある、ということではないでしょうか。さもなくば、「超越」は超越ではなく、それは人間の神
がかりでの妄想、つまり偶像なのでしょう。つまるところ、相対的な人間がなす証明などは、信じるに
足るものではないということではないですか。ですから、そのうえで、為しうる限り客観的に言うとして、
S. Kierkegaard の「激情」という言葉を引用したのですが、それ(Pascal の「賭け」)が私にとっての私
157
なりの実存的選択だったのです。いや、これまた Kierkegaard が強調する「主観」的に言うならば、私
は、Jesus の十字架を否定的に見ることはできないということなののです。
前回では、仮説、仮説、と繰返したので、Y.T.さんが気を悪くなさったか、と気にもしていたので、今
回の返信をうれしく思っております。でも、一寸振返ってみて頂けませんか。私たちが小、中学生で
あった頃は、未だ、宇宙は一様で無限に広がっているという「宇宙永遠説」なるものが(全体的には)
幅を利かせていたではないですか。それを私たちの今日の後知恵で笑い飛ばすことができるとして
も、その私たちの見解もまた絶対的ではなく相対的だろう、ということを述べたくて、(ご苦労でも)
H.M.氏を引合いに出したというのが私の文章の文脈なのでしたが、また、私が自然科学を否定して
いるのではないことは、前にも書いた通りであって、ただ、その絶対化に反論していた、というのに過
ぎなかったのですが。
Y.T. さんの「太田さんのいい方をすればすべて仮説であって,事実だとか真実,真理などと呼べる
ものが何かあるのか,心配になります」、とのことなのですが、かえって、私は、「心配」するよりは安心
するのです。此処にて実存論に移行するならば、私も含めて、全ての人間存在は、相対的であると
いう一点に於いて、ということは、これが絶対的な 「真理」だ、などと主張できるものが何も無いという
一点に於いて、J.-P. Sartre の言う「理由なしの選択」の(無意味な)「自由」に於いて、全ての人が(
原則的には)平等ではありませんか。現象論的に言うならば、そこに「事実」があるのではなく、我々
の意識が現象としての「事実」を現存させるのですね。次に、「真実」は、倫理的な意味合いがあるか
ら此処では省きたいのですが、そこには実存的な選択がある場なのでしょう。最後の「真理」なるもの
は、この前に申し上げた、「真理に至る過程」にあるのであって、人間存在が「真理」なるものを我が
物にして主張することなどは不可能であり、敢て為すことを試みるならば、それは不見識であるという
のが私の見解なのです。この一点が、それに賛成するしないに拘らず、H.M.氏の理解の彼方にあっ
たようです。そういえば、彼は「真実」と「真理」は違う、などと言い頑張っておりましたが何処が違うか
も言えませんでした。本質論的な言葉の罠に捕らえられていたからでしょう。
私が心配するのは、むしろ(前にも書いたのかもしれませんが)、あと8000-11年ほど経つと、ま
た 2000 年問題のようなことが再発するのではないか(こういう悪たれを言うから、H.M.氏が私に「嫌な
奴だ」、と罵ったのかもしれませんね)、ということと、地球の温暖化で空気が宇宙空間に蒸発、発散
してしまうのではないか、ということなのです。
さて、此処で質問させてください。全ての人間存在(による思考)は相対的である、と私は度々書い
てきましたが、では、全ての人が相対的である(とすること)、ということだけは、例外的に絶対的なの
でしょうか。これが、我ながら自分では解けないのです。此処で、「相対的」という言葉にある negative
な響きの故に、それを「絶対的でない」という否定の表現に変えましょう。さて、これは、私が幼少の時
に気がついたことなのですが、未だに解決できないところの命題に(現在の私の言葉で言い換える
ならば)、全ての肯定命題の集合と全ての否定命題の集合を(双方の要素の数が無限であることを
留意しつつも)、それらを一対一対応で較べるならば、後者は前者よりも一つだけ要素が少ない(数
学の言葉で言うならば「濃度が低い」)、ということがあるのです。それが何故であるか、現在の私でも
説明、証明ができないのですね。ただ、此処で言えることとして、あの有名な「集合論の矛盾」で持出
された「全ての集合の集合」などを問題にする以前に、その部分集合である全ての肯(否)定命題の
集合にて既に矛盾が起こっているのではないか、ということなのです。更にこれは何か、如何なる公
理系であろうとも、その内部には真とも偽とも決定できない命題が少なくとも一つはある、という数学
的結論に連なると予想されるのですが、私は数学の専門家ではなく、Y.T. さんの方がそれに近いと
ころに専門があると思われるので、ご意見を頂けますでしょうか。
太田将宏 (2011 年 7 月 13日)
158
Y.T. 様
3月11日の地震、津波の災害から約四ヵ月半経ちましたが、その後、東京での生活は如何でしょう
か。此方では、昨日より少し温度が下がり(それでも30度 C 前後)少し過し易くなり、また、雨も少し
降ったのですが、庭の芝生が回復するまでには至りません。数年前のように、いったん枯れつくして
しまうと後で種から育てるか、または植え直しをするので面倒なのですね。
さて、まず、繰返し確認して頂きたいのですが、私は自然科学(者)を貶め(ようとし)ているのでは
ないのです。多くの先達の業績と、続く人々の真摯な研究の成果には感嘆し尊敬の念を覚えざるを
えないのです。Y.T. さんは、――― ビッグバンも仮説です。進化論も仮説です。でもそれで多くの
ことが説明できるのです ――― 、と前半は私に同意して書かれてきたのでしょうが、対話での共
通の基盤が再度できたようで幸いに感じております。結局は、私はそれを述べ続けてきたのにすぎ
なかったようですね。それでも後半については、「多くのことが説明」ができたことを私自身も瞠目し
ているのですが、多い、少ないを言う限りでは、それもまた相対的だ、と繰返せざるをえないのです。
また、アルキメデスは、「我に支点を与えよ、さらば地球をも動かさん」、と言ったということですが、そ
れは、何も自然科学だけを対象するのではなく、人間の思考基盤の限界をも指し示している、という
のが今日の現代的な(拡張)解釈なのではないでしょうか。しかし、私は、仮に、現代数学でさえ行き
詰まり破綻したとしても(仮定文です)、それをもってして、では超越は存在するなどと証明したことに
はならない、ということをも自覚しております。
次に、「もし神が不在なら,イエスに何の意味があるのでしょう」、とのことなのですが、Jesus 自身が「
我が神、我が神、何ぞ我を捨てたもうや」、と十字架上で叫んでいるのですね。この絶望は、J.-P.
.Sartre が言った「神が存在しないということを証明しようとしているのではなく、神がいてもいなくても
同じである、ということを証明しようとしているのだ」、という一文を想起しませんでしょうか。私は、その
前のゲッセマネの園での Jesus の祈りの場面は、<ルカによる福音書>の福音書記者、ルカによる
創作か、後世での加筆ではないか、と疑っておりますが(弟子達は皆、そのときでは眠っていたとの
ことですから、いったい誰が彼の祈りを聞いていたのでしょうか)、しかし、此処で重要なことは、それ
ではなく、逃れようとすれば逃れられるであろうところの磔刑を超越の意向に任せようとする、その彼
の態度、姿勢、覚悟の神話的な記述なのだ、と私は読んでいるのです。そうした読解にて、仮にこの
記事が作り話であるとしても、この逸話の前後、及び四福音書全体からも推測されることもあって、そ
れらの結語になっている場面である、と私は好意的に判断、判読しております。この好意的な判読な
るものが私の(S. Kierkegaard)が言った)「主観」の例なのです。
その前の「棕櫚の日曜日」、人々はイェルサレムに入場した Jesus を歓呼して迎えました。ローマ帝
国の桎梏から解放する「救世主」としてでした。その彼らが、五日後には十字架につけよ、と叫んで
いるのですね。何故でしょうか。それは、彼らの期待を裏切り、「愛」などという腹の足しにもならないこ
とを説き続け、「私は、この世のものではない」などと、彼らにしてみれば戯言としか聞けないことを云
い続けたからなのですね(究極的に突き詰めていけば「愛」と言うものは「此の世」のものではないの
でしょう)。また、彼の磔刑は、彼自身が予測していた磔刑だったのですね。予測されていたからこそ
彼は苦悩したのです。予測できたことは対処できるのですね。彼には逮捕を避けて逃げる(例えばガ
リラヤに逃亡するなどの)余地、もあったのではないでしょうか。しかし、それは超越の思惑から外れる
、という認識の故、従容として受難の道を実存的に選択したというのが、私なりの「ゲッセマネの祈り」
の非神話化なのです。
Y.T. さんからの、「選択するには理由が必要だと思うのですが,違いますか」、との質問を受け、ま
た、上に Sartre を引合いに出したので、それをもう少し続けますと、彼は「『理由無しの選択』を為さ
ねばならないという不条理、それが『原罪』である」、とも言っているのですね。また、理由がありえな
いことは Kierkegaard が既に指摘していたことです。此処で理由無しの選択につき、Sartre が述べた
ことを私流に言換えるならば、超越が存在する、或いは、しないということを証明しようとしているので
159
はなく、超越が存在しようがしまいが、理由無しの選択ということでは同じである、ということを証明しよ
うとしているのだ、となるでしょう。これは、<<カラマーゾフの兄弟>>のイワン フョードルヴィチ カ
ラマーゾフのの言説、<反逆>や<大審問官>、とりわけ後者に読む自由の重荷の概念に近くなり
ますね。一方、<<悪霊>>のキリーロフは、「一番最初に全てを肯定する人は死ななければならな
い」、と「人神」の理論を展開しております。しかし、それを反転するならば「神人」ではないか(私は、
Jesus を暗示していると解釈しております)、とスタヴローギンが喝破していますね。それが Jesus の十
字架ではないでしょうか。私は親鸞に心を惹かれております。しかし、十字架も何も無い彼が何をも
ってして、「善人なおもて往生す、いわんや悪人おば」、を証明するのでしょうか。できるのでしょうか
。しかし、此処に於いてでさえも、信仰とは、客観的に見るならば、理由なき選択である、S.
Kierkegaard が言う「激情」である、ということになるでしょう。もし超越が存在するならばという条件付
の論理のもとでは、超越とは、絶対者とは、相対的な人間の、思惟、思慮による理由の彼方になけれ
ばならない、さもなくば、相対的な人間がそれを超越=絶対者とすること自体が矛盾をきたす、という
ことも(人間の論理の範囲でさえも)「客観的」に言えるのではないでしょうか。
また、私の主観に戻ります。Y.T. さんは、私が「なぜキリスト教の神を選択し,他の選択をなされな
かったのかが分からないのです」、との疑問を呈していますが、Y.T. さんも「十字架は心に響きます」
、と言っていらっしゃるではないですか。それもまた Y.T. さんの心情、つまり主観なのではないでしょ
うか。ただ、いささか異なるのは、Y.T. さんと私の主観が Jesus に帰依するまでであるかどうか、その
程度の違い、つまり相対性にあるか、と私は愚考しているのです(貴兄と私の何れが相対的に高い
などとは論じていないことに留意願います、念のため)。客観性に戻るならば、信仰といえども、人間
側では相対的である、ということでしょう。それを穿き違えているのがイスラム原理主義者たちや既成
の「キリスト教者」ではないでしょうか。先週、ノールウエイにて「キリスト教原理主義者」による
terrorisme が発生したと聞きましたが、私は Y.T. さんを「キリスト教会」に勧誘しているわけではない
のですよ。
しかしですねぇ、私には、私が本当に Jesus に帰依していた(いる)のならば、これ程のいい加減な
生涯(生活)を送って(して)いなかった(いない)筈だ、という忸怩たる思いが抜けないのです。恥ず
かしながら、これも相対性の一種なのでしょうか。ただ、もし、Y.T. さんが書かれたように、私が「僕は
太田さんは神(超越)の存在をもっと実感をもってとらえて」いたとしたならば、私は神がかりだったで
しょう。それでは嫌ですね。つまり、あの Mother Teresa もまた、「私は時々神はいないのではないか」
と思うことがある、と告白しておりましたが、むしろ、それが故に私は彼女を尊敬し敬服しているという
ことなのです。
長い間、旧約の ――― 神のなされることは皆その時にかなって美しい。神はまた人の心に永遠
を思う思いを授けられた。それでもなお、人は神のなされるわざを初めから終りまで見きわめることは
できない(伝道の書、第三章 11 節) ――― が私の座右の銘だったのですが、現在では、新約の
――― ピリポはイエスに言った「主よ、私たちに父を示してください。…… イエスは彼に言われた、
…… 私が父におり、父がわたしにおられることを信じなさい。もしそれが信じられないならば、わざ
そのものによって信じなさい(ヨハネによる福音書、第十四章 9、11 からの抜粋) ――― にも心が
惹かれております。その Jesus の「わざ」の頂点が彼の十字架上の死であり、その帰結が彼の復活な
のではないでしょうか。
お返事が送れて失礼をいたしました。
太田将宏 (2011 年 7 月25日)
Y.T. 様
160
ほぼ一年間交信が途絶えておりますが如何お過ごしでしょうか。私は、この春に帯状疱疹とかとい
う病気に罹り二ヶ月ほど寝込んでしまいました。おおかたは回復したものの、体力が衰えて一度に十
年ぐらい歳をとったような気分です。
Y.T. さんからの昨年の mail で「これ以上議論を続けてもあまり意味があるとは思えません」、とのこ
とでしたので、音楽の方に話題を戻そうかとも思案したのですが、その音楽が私にとって不調だった
のですね(今なお不調なのです)。ピアノを弾く方では(幼少の頃から始めたのではないので或る程
度は昔からなのですが)、自分の意識と指や腕の動きのずれが甚だしくなって、以前に弾けた曲が
できなくなっているのです(自転車でも水泳でも同じような傾向になってきております。次の冬のスキ
ーが心配になってきました)。CD や tape を聴く方でも、何か mannerisme に陥ったようで、何を聴い
ても新鮮に感じられなくなっているのです。
さて、最近になって、光より速い事象が確認された、との報道がありましたが、それをもってして、A.
Einstein が彼の<特殊相対性理論>で(Y.T. さんが仰った様には)嘘を言ったということにはならな
いのはないでしょうか。W. K. Heisenberg の不確定性原理が破れたこともまた同様でしょう。私は、彼
らが間違いをおかした、とすらともしていないのです。I. Newton も A. Einstein も W. K. Heisenberg
も当時の自他により彼らに設定されていた条件の範囲で論理を構築していたのですから、その限定
の中では、正当、有効だったのではないでしょうか。私は、ただ、光速より速い速度が無いとする特
殊相対性理論や不確定性原理に何かを(直感的に、ということは確たる理由も無しに)ugly のものと
して感じていただけでした。それで何時ぞや Y.T. さんに光速についての問合せをしたのですが、そ
れについての Y.T. さんのお返事は可笑しかったですよ。正、逆の方向に光を発信しても、その速度
は二倍にはなることなく、相互の変位が単位時間ごとに倍になるだけ、ということだけじゃないですか
。当初の起点から観測するならば、双方の速度は同一の所謂光速なのですね。
これは私見としてなのですが、この地球上の悲惨な状態を鑑みるならば、日本に於いてもフランス
に於いても、巨額な費用がかかる物理学の実験は、自腹を切ってやるか、さもなくば、寄付を募るか
、それらの経済的範囲でのみ遂行すべきであり、税金その他の公的資金に頼るべきではない、とい
うのが私の現在での見解なのです。科学と技術の境界は曖昧なのですが、それでも科学の成果が
いずれ、いつかは技術を通じて人々へ貢献するようになる、などとの予定調和を唱えること自体が傲
慢でしょう。それでは(繰り返しますが)、原水爆の問題は如何なのでしょうか。また、科学は neutral
であって、その成果の適用、応用は別問題だとする主張もありましたが、その自己正当化、自己弁
護は、先に述べた予定調和とは矛盾してはいませんか。A. Einstein は、自身の物理学の成果によ
る世界への影響を見届けるという姿勢を貫き、平和運動を先導していたではないですか。そもそも、
現在の物理学者のとしての言い分に、いつかは役に立つ、とありますが、その「いつ」を彼らが保障し
ているのでしょうか。できるのでしょうか。例えて言うならば、誰かが金を借りる際に、いつかは返す、
などと言うことにより、相手に受入れられるような説得できるのでしょうか。要するに、自己正当化とし
ての、その「いつか」なる自己弁護は自己欺瞞、他己欺瞞であり、科学的好奇心といえば聞こえが好
いけれど、本音は自分たちの好奇心、それを満足させたいだけなのではないですか。私は、今、昔
の旧日本フィルハーモニーが分裂する直前に、或る団員が、自分たちは他の仕事をしている人たち
よりも自分たちが好きなことをやっているのだから、収入に多少の不足があるのは仕方が無いのでは
ないか、と言っていたことを思い出しております。彼らの方が正直ではないでしょうか。
私は、Einstein の謙虚さに学び、更に、学問であれ芸術であれ、それを絶対化し至上とするならば
、それは一種の宗教だろうと見做しております。私たちが学生時代だった頃は、「学問に身を捧げる」
などということが賞賛されておりましたね。何ものに対しても「身を捧げ」るようなことがあるならば、そ
れこそ偶像に跪拝する宗教ではないですか。これは、自然科学者の科学の進展に為した寄与には
無関係の話題であり、また、貴兄が H.M. 氏とは同じではない、として今まで書いてきたつもりだった
のですが。
161
さて、最後に私が一番重要と思われることを(Y.T. さんからの昨年最後の mail にても、私に対して
の気遣いが読取れなかったわけではないので、実は、その後も以下を書いたものか如何か迷ったの
ですが、友人関係というものは、事なかれの馴合いを超えての緊張関係にあるのが正常であろう、と
する単純な私の行動指針をもってして書き送ることに致しました。その為に Y.T. さんからの昨年八
月の mail を要約する為に以下の文を抜き出したのですが、加えての「:」の後が私からの(一応の)
返事です:
1.「太田さんのおっしゃることが難しくてよく理解できませんが」:私が難しいことを言えるわけが無
いじゃないですか。ただ、私は自身が知的怠慢ではないように努めているだけなのです。
2.「要するに選択には理由はない,信仰とはそういうものだ」:これは「信仰」だけについてではあり
ませんね。S. Kierkegaard だけではなく、そもそも実存的な選択とは理由無しである、ということを J.P.Sartre も書いているではないですか。もし、彼らや私への批判がおありでしたら、それをお聞かせ
願いたいのですが。
3.「『私は重要な選択をした。それには理由はない』といわれて,そうですか,となかなか納得はで
きませんよね」:では、つぎの4.の「心に響くことは他にもあります」での他の何かを選択するとして、
それには確たる理由がある、となさるのですか。私は、Sartre は「理由なし」に左翼に傾斜していった
、と眺めているのですが、これは如何でしょうか。
次に、これは実に細かいことなのですが、私が信仰について論じたときに、「重要な選択」と言う言
葉を使ったことがあったでしょうか。自分としてはそう思っている、という断り無しに対話の相手に、こ
れが「重要」であるという言い方は、支那人が、正しい何とか、と相手に向って言う言い方と同様に(
相手が同意する以前に「重要な」とか「正しい」とか自分側にとってだけの主観的な判断に於いて先
取りするが故に)僭越なので、私は、それを対話上は避けてきたつもりでいるなのですが。
4.「ぼくも,十字架は心にっひびく,と書きました。けれど,僕にとって心に響くことは他にもあります
。多くはないが,いくつかのうちの一つです」:私は、それに対して、――― それもまた Y.T. さんの
心情、つまり主観なのではないでしょうか。ただ、いささか異なるのは、Y.T. さんと私の主観が Jesus
に帰依するまでであるかどうか、その程度の違い、つまり相対性にあるか、と私は愚考しているので
す ――― 、と Y.T. さんに向けて私の主観を絶対化するようなことがないように注意深く書きました
ですね。貴兄は、もしかして、ご自分が好きなことは良いことだ、と好悪、と真偽、善悪を混同している
のではないでしょうか。もし貴兄が好きであることが理由づけでであったのでしたら(仮定文ですよ)
囲碁でも何でもお好きなことをなさって余生をごゆっくり安楽にお過ごしください。
5.「でもこれ以上議論を続けてもあまり意味があるとは思えません」:これは、Y.T. さんにとってだけ
に意味が無いのか、双方にとって意味が無いということなのか、それが判然としない曖昧な一文なの
ですが(当方の英語では、普通、一般的に、通常では(それが無いと据わりが悪いという感覚がある
のか)”for me”とか”for us”が続くのですが)、忌憚無く言うと、とりようによりけりでしょうが、この台詞
は礼を失していますよ。貴兄が「『神』と『宇宙の起源』は横に並びません」、といたことも、理由無し、
有効な反論無しでは同様でしょう。また、「「ニュートンも一杯嘘を書いています」、という現代に於い
ての後時絵でのもの言いもまた先人の業績に対し、無礼きわまる者ではないでしょうか。貴兄は、そ
うした言葉使いで学生に抗議してきたのでしょうか。むしろ、そもそも、私が提供した話題に付合うか
どうかなどは元から貴兄の自由だったのですよ。私の方では、如何なる話題であっても貴兄が嫌に
なったら、私は、何時でも取りやめようとしていたのです。もし、私がそれを予め書かなかったとしたな
らば(書いたと思うのですが*)、それは私の落度だったのでしょうか。貴兄が、後日に、何らかの話題
を続ける意志、意向を失ったのならば、それもまた貴兄の自由なのですから、それを書き送ればいい
のです(例えば、永らく私との付合いを頂いた或る学者は(実は、この書簡集の中での K.T. 先生と
の宛先がある方ですが)、最後に私に向けて、老齢の故に自分の事で一杯になり、今後は …… 、
162
と書いてきました)。極端に言えば理由無しですらでもいいのですよ。更に極論するとしたならば(ま
たまた仮定文ですよ)、mails の交換をも含めて、今後、お互いの付き合いを存続させるかどうかでさ
えも、双方、各々の主体的な自由の選択じゃないですか。そうした緊張関係が良い意味での友人、
いや他人同士の関係ではないですか。一方、意味があるとか無いとか、お互いの了解事項であるべ
きことに、その了解を迂回してに踏み込むようなことは(日本人ががよくやるようですが、いや、支那
人や朝鮮人ももですが)僭越ですね(貴兄の場合には、相手を傷つけまいとする配慮からか、と相手
、私が譲歩し、善意に受取りたい場合も多々あるのですが、今回での貴兄のようなもの言いでは少
なくとも対話を不明瞭にしますね)。また、1..との関連で読むならば、理解できないけれど、……、そ
れは意味が無い、となるじゃないですか。これは、昔、主婦たちの団体の代表をしていたおばさんが
、消費税の導入に対して、難しいことは解らないけれど反対です、と言っていたのと同じ level での発
言ですね。それでは、私としては対処のしようがないのです。
何れにしろ、この暑い夏をお元気でお過ごし願います。
太田将宏 (2012年7月27日)
* 私は、このような、<話題が Y.T.さんの意に沿わないことがありましたならば、私には Y.T. さん
を折伏するような意図はないので、agree to disagree というあたりに収めて、次回は、また音楽の話
題に戻りましょう>との文が 2011 年 6 月 29日に書いてあったのを見出しました(2012年7月31日)
。
MEMORANDUM
私は、人が「難しくて解らない」と言うときは四つの要因があるのではないか、と眺めているのです。
その一つは、対応する対象が曖昧である場合ですが、この場合は、その対象の方に問題、原因が
あるので「解らない」方が当然であり(実は、そもそも、「難しく」はありえなかったのであって、できうる
こととして)、その曖昧さを指摘するしか手立ては無いのですね。次は、単純に「解らない」、分らない
ということなのでしょうが、この場合は、対応するに充分な知的訓練が不足であるが故に同意も反論
もできない、ということなのではないでしょうか。その次は、何か、異物のようなものが咽に引っかかっ
た様に感じ、飲下せないという状態、状況なのではないでしょうか。これは、もし、飲下したくないとい
う状況であるのならば、実は、「解らない」のではないのですね。解っていることが分っていないので
す。反論ができない、し難いとする限りでは、実際には解ってはいるのです。この場合には、無意識
な自己欺瞞があるのでしょう。最後は、解らないふりをしている場合です。それが意識的であり、意図
的である限り、相対する人への他己欺瞞になりますね。
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宗教 - この世話がやける錯綜
F.N. 様
(…(前略)…)
イスラムとテロリズムについてですが、まずは、テロリズムについて私が考えてきたことを書いてみた
いと思います:
私は、国家によるテロリズムというものがある、と考えております。典型的な例で述べるならば、USA
による広島への原子爆弾投下や関東大空襲などがそれでしょう。彼らは、現在でも、他国の市民に
対して大空襲を為し続けておりますね。あのように独善的であり、また圧倒的な破壊暴力に対して、
今、USA からテロリストと呼ばれている人たちにとっては、他に、彼らのああした September 11 のよう
な行動以外に如何なる手段がある(あった)のでしょうか。その意味で、私は、彼ら(の単純なテロリズ
ム)に同情しております。ただ、私は、どちらの側にしても、無関係な人々をも殺傷するテロリズムは容
認できません。しかしながら、アフガニスタに於いてでも、イラクン於いてでも、殺傷される(実際の敵
としての相手ではないところの)市民の数は、USA(や、その実質的な傀儡である NATO や多国籍軍
)側での被害よりも二桁も多いですね(また、統計上では、USA による同士討ちが最も多い、ということ
でした)。America(人)の本音は、敵を減らす、殺すためには、市民の死などは彼らの眼中に無いの
ではないか、と私は疑っております。
No Fly List というのをご存知ですか。私のような無名な者であってでさえ此処、Canada にあってさ
え、友人に、America(人、政府)への、そのような批判は危ないよ、と注意されました。また、かつての
フランスやポーランドでの抵抗運動がレジスタンスと呼ばれ、イスラムのそれがテロリズムと言われる
のも、私には何か釈然としないものが残ります。
次は、イスラムそのものについてですが、私個人は、イスラムを好きになれません。とりわけイスラム
原理主義には疑問を感じております。ご存知のとおり、私は「キリスト教(会)」を随分と批判してきまし
たが、仮に私が無名ではなかったとしても(教会は(とりわけ Catholique は)、過去の罪過を未だ清
算していないものの)、現代では私は、まあまあ安全です。ところが、イスラムについては、もし、私の
名前が知られているのであれば、此処、Canada でも危ないのです。私は、そこにイスラムの後進性を
見ているのです。
何と呼ぶのか忘れましたが、ユダヤ教には律法の細目を定めた旧約とは別の文書がありましたね。
イスラム教にも同種の文書があるとのことです。例えばの例ですが、一夫多妻はクルアーンにて肯定
されておりますが、四人までという制限はクルアーンには書かれてはおりません。私は、このようにし
て本来の original から離れていく邪教が成立する過程を見てとれるように思っております。ユダヤ教
にも、「キリスト教」の(とりわけ Catholique の)教会にも、そうした夾雑物があり限りは、同様、同罪だ、
と見做しております。Jesus は、貴方がたは、律法に書かれていることよりも、貴方がたの言い伝えを
尊重している、とそうした人々を非難していたではないですか。
序でに、クルアーンの唱誦についてですが、昔、私がクルアーンの日本語訳を黙読したときの読後
感は、これは、旧、新約に較べるとたいしたことはないな、といったようなのが偽るざるところでした。
私の嫌いな<<論語>>にも似ている、とも思いました。その理由については、もう、よくは憶えては
いないのですが、<天>とか<神>を引き合いに出したとしても、しょせんは勧善懲悪、ご利益宗教
、処世術の域をでていない、とでもいったところが私の印象でした。しかし、奇想天外と思われるかも
知れませんが、F.N. さんからのお便りで思い出したのは、F. Schubert の<<Winterreise>>だっ
たのです。私の<<音楽に関する四部作>>にも書きましたが、あの三文詩人、Wilhelm Mueller
の駄作に、ひとたび Schubert が曲をつけたら、別の次元の作品として総合された凄絶な世界が開け
ていくのですね。私が初めてこの作品を聴いたときは、まだ中学生でドイツ語を知りませんでした。し
164
かし、此処には何かがある、との予感を感じとってはいたのです。一方、クルアーンの唱誦は TV で
聴いたこともあるのですが、そうした予感はありませんでした。それでクルアーンは程度が低い、など
と決めつける僭越さは私にはないものの、アラビヤ語を勉強して、クルアーンの唱誦を習おう、などと
いう気持の発端からは程遠い、というのが今でもの私自身の実情です。この短い人生、そう何もかも
できない、全ては優先順位による、としても致し方ない、ということでしょう。
話し相手としての対象になりえない、個人、集団、国家などは、彼らがそれを自覚するまで無視す
る他はないですね。でも、彼らは執拗なときもあるので困ります。Leave me alone!、というのが Princes
Diana の最後の言葉だったですね。今日は、この程度にいたしましょう。
太田将宏。 (某年某月某日)
Y.T. 様
また、昨日、今日と雷雨が降り続けて降ります。それだけではなく雹も降るのですね。こんなことは、
十数年に一回あるか無いかということですが、今月で既に二度目です。さて、Y.T. さんからの長いお
便りを頂いて、どの様に返信したものか、と途惑っておりますが、まあ、「超越」に関することと音楽に
関することを分けてお返事した方が実際的か、と判断しております。以下は、「超越」に関することを
まとめてみたものです:
まず、「どうも信仰の問題なので,とやかく言うのはどうかとも思いますが,太田さんの信仰のよりどこ
ろは聖書にのみある,と思っていいのでしょうか」 ……、とのことでしたが、まず、私は、Y.T. さんと
は限らず、誰からも「とやかく」言われても構わない、と思っております。わたしの家内なんぞは、(とり
わけ食事のときなどは)政治や宗教のことを話題にしない方がいい、などとの御託を述べております
が、私には、左様な小市民的な話題の区別、選択なんぞが無いのです。ただしかし、私は、宗教に
ついて対話、討論、討議する際には、それなりの rules があってしかるべきか、と日頃から思い巡らし
てもいるのです。それは、宗教についても、科学についても、ということは、何事にもよらず、人間が
認識すること、人間のなすことは相対的である、ということを認め、それが故に、かつ(いつかも書いた
覚えがありますが)、互いに agree to disagree という立場が取れるかどうか、ということなのです。反面
教師として、例えば、創価学会の信徒と話しをしている場面などを思い浮かべてください。彼らには、
超越的な存在は絶対であるにしても、それについての人間側の認識は相対的である、ということが
金輪際分らない人々が多いのではないでしょうか。それは、対話に於いては、宗教に限らず、何れ
が正しいかということと別の次元の問題なのですね。
次に、私の信仰、超越に対峙しての立場は、まずは旧、新約にもとづいている、としても良いかと思
われます。ただし、私は、それらの記述から私なりに取捨選択して私なりの見解を築き上げ(ようとし)
ているのです(どのように、また、どのように理由づけて私の取捨選択をなしているかは、私の<<音
楽に関する四部作>>の第四部、<<あれかこれか>>の第三部、さらに、先日、Y.T. さんへの返
答としてお送りした私の mails を参照して頂けたらと存じます)。それは、誰に於いても、超越の前に
は(此処では、もし、超越が存在するならば、としておきましょう。)一人で立たなければならない、とい
う前提が抜き難く私の内にあるからなのです。
…(後略)…
太田将宏 (2008 年 6 月 27 日)
S.M. 様
165
…(前略)…
全てを肯定するということは、全人類の滅亡をも是認する、その引鉄を引くことをも究極の悪として
容認する、というのがドストエフスキーの小説、<<<悪霊>>のキリーロフの「人神」論の延長には
なりませんか。それを言うのは、登場人物(或いは作者) が意図するところではなく、キリーロフの論
理の私自身(或いは作者)による延長であったとしても、それが超越的な存在を抜きにした人間の側
から為すところの論理の自立の帰結というものではないでしょうか。また、<<カラマーゾフの兄弟>
>のイワンの<反逆>、超越が創ったこの世界を容認できない、をも延長するならば、これまた、核
戦争の勃発をも肯定しなければならないでしょう。しかし、もう一方があります。上に、人間の側から為
すところの論理、と書いたことに留意願います。これは、私が<<あれかこれか>>や<<愛と生命
の摂理>>にも幾度か書いたことなのですが、人間の考えうる全ての命題の集合に超越の存在の
当否、その摂理のありようは入らない、ということなのです。超越が絶対であるにしても、その超越に
関る人間側の概念は相対的である、と言換えても良いでしょう。それを履き違えているのがイスラムの
原理主義だ、と私は断じております。また、「キリスト教会」の歴史に於いても同様な傲慢、僭越な大
審問官が度々登場していました、現代でもいますですね。
私の論旨を要約するならば、上記双方の弁証法であって、それは、ドストエフスキーに学び、その
延長として考察(愚考?)したものだったのですが、如何でしたでしょうか。
太田将宏 (2011年2月25日)
S.M. 様
…(前略)…
今回は、S.M. さんからの<<不幸な意識の弁証法>>を読んでの、私が連想したことを書きます
。まず、これはまた J.-P. Sartreが来日したときのことですが、日本の識者との対談で、哲学者どうし
で話をするのは難しい、まず、その手続きとして、互いの言葉の意味からしての確認をしなければな
らない、というようなことを言っておりました。それが故に、S.M. さんとの話が噛合わないことをも懸念
しつつ、以下の感想を書いております(これは、あくまで感想でして、今後の話題のきっかけになれ
ば、として書いているのに過ぎません)。
S.Kierkegaardは、そこに人間がいない弁証法、としてHegelを批判、非難していたのですが、そ
れが、S.M. さんのまとめからは、Hegelの全体に該当していたかどうかまでは分りませんでした。また
、これは、意味あいが違ってもI.Kantにも言えることなのでしょうが、無論、哲学者として、直接的に
「神」についてを記述することは極力避けようとしていることも窺えるのですが、彼らは、Kierkegaard
が言う「新約聖書のキリスト教」ではなく、西欧の「キリスト教」社会を背景として論理を組み立てている
のですね。
ただ、S.M. さんによる「説明」(要約?)では、最後の二つの文章が共に「到達しようとする」、「達成
しようとする」の「しようとする」で終わっているのですね*。これでは、達することが可能かどうかが不明
ですね。私は仏教には詳しく無いのですが(とりわけ禅宗では)、自他を区別すること自体を消滅さ
せることが悟りである、と説いているようです。しかしながら、そもそも、何ゆえ、人々に自他の区別が
存在しているのか、その初源が説明されていないではないですか(また、此処での「他」には何らか
の超越的存在をも含まれているのでしょうか)。一方で私の立場からするならば、もし、旧約に読むよ
うに超越が人間を創造したとするとして、それならば何ゆえ「永遠を思う思い」をも与えたのか、という
疑問が残るのです。私には、その不条理を脇に於いた議論は受入れ難いのですが、S.M. さんもま
た自身がHegelが言う「絶対知に到達することもな」い、と書かれていますね。それは、しかし、S.M.
さん自身が自称もしているところの「凡人」についてだけではなく、全ての人間存在に該当すべき、と
せざるをえないのではないでしょうか。さもなくば、そこには何らの普遍性も無いでしょう。私は、人が
意識するしないに拘らず、超越的な存在の摂理として、Kierkegaard が述べたような「瞬間=永遠」に
166
於いての超越と人間存在の接点の可能性があるとしております。それが故に、どちらで人生を送ろう
とも同じ結果になる、という S.M. さんの結果論には賛成しかねるのです。
私は、聞きかじりであっても仏教からは種々様々なhintsを得てきているのですが、法然は、ただ
念仏のみ、と説き、親鸞は、念仏すらもいらない、として絶対他力の境地まで進んだ、と聞いておりま
す。更に、これは一遍上人が言ったことだ、と憶えていることとして、仮令、我々が無に帰するとしても
、阿弥陀仏の栄光は燦然として輝いている、ということがあるのです。それで、私も私が書いたものの
区切りの場所に(J.S. Bach を真似て)SDG(Soli Deo Gloria(ただ神のみに栄光あれ))と書いて
いるのですが、気障でしょうかね。いや、本当の問題は、そこにはないのです。所謂「キリスト教」を含
め、一切の「天国」、「神の国」、「極楽」、「地獄」などを言う宗教のそれは嘘も方便だ、と割り切るなら
ば、何か、話がすっきりとしませんか(北森神学では、「神の国」や「天国」を否定しないものの、霊魂
不滅などは、旧、新約の何処にも書かれていない、と主張しております)。次に、所謂「輪廻」(reinca
rnation)が本当に釈迦までに遡るかどうかはともかくとして、それがあるかどうか S.M. さんは如何に
考察されますか。私は、仮に前世があったとしても、その記憶がない限りは、あっても無いと同じであ
り、私の実感のように無いとするならば、死後の世界も無い、と結論付けるのが合理的な判断だとし
ているのです。では、救済は無いか、というところで話は分かれるのですね。私は、それでも救済が
ある、というのが信仰であるとし、旧、新約の行き着くところは、そこではないか、と思い巡らすようにな
ってきたのです。そこに救済の二重性があるのですね。自己犠牲の極致である Jesus の十字架の故
に、「復活」の形態が如何なるものであれ、いや、それがあるか無しかすらをも含めて、私は、彼に身
を委ねようとしている者なのです。此岸に於いて、救済としての福音を知り、自己の為せることを為し
、一方、彼岸については、(霊魂ではなくても)新しい何もの(者?)かとして(の復活のあるか無しか
すらをも)超越的な存在に委せる、というのが私の立場なのです。しかし、この見解は、顕かに異端で
すね。所謂「キリスト教」では彼岸に於ける復活はあるとしております。しかし、そもそも Jesus には、「
キリスト教」設立などの意図は全く無く、ユダヤ教の範囲に留まろうとしていた、という神学論すらある
のです。
私が旧約を読む限りでは、古代のユダヤ人は、個人々々にあってでも先祖から子孫への連続した
繁栄への超越の祝福のみを期待していたのではないか、という感触があるのです。要するに、個人
は血統にある(個人=血統、血統=個人)、ということですか。例えば「イスラエル」とは個人でのヤコ
ブであり、そのヤコブから発生した十二部族でもあるということですね。序でに言うならば、明治以前
の日本に於いては(私は諸大名家の養子縁組の多さに意外さを感じていることもあり)、「家」とは、
武士社会に於ける概念であり、必ずしも血統ではなかったし、明治以後武士以外の階級(とりわけ耕
地の相続に拘る百姓)が姓を名のることが許されるようになって以後、その概念が血統を強調する「
家」にとって代わられてきた、と私は眺めているのです(これは、序での序でなのですが、私は、「継
体天皇」にて、そのおくり名が暗示するごとく、それ以前の血筋による皇統は途絶え(或いは一つの
王朝が断絶し)、実は、天皇家が万世一系ではなかった、と推測しております)。
相変わらず、<<愛と生命の摂理>>の第二部を編纂し続けておりますが、かつて、或るロシア文
学の専門家が(実は、この書簡集の中での K.T. 先生との宛先がある方ですが)、当時、私が書いて
いた第一部について、「紀要論文」と呼んでいたのですね。それまで私は、自分が書いてきたものを
論文だとは思っていなかったので途惑いましたが、それ以後は<<試論集>>と自称するようにな
りました。それに、Kierkegaardの著書には所謂哲学書と呼べるものは、せいぜいが<<哲学断片
後書>>ぐらいなものなのですね。私もまたKierkegaardの著書のような体裁で書けばいいのでは
ないか、としているのですが、これ、何処かで受け入れられるでしょうかね。一方では、私が書いてき
たものについての反応の一つに、日常生活からかけ離れている、といった人もいるのですが、それは
、抽象的な思考が苦手な専業主婦の知的怠慢として切り捨ててしまっていいのかどうか、ということも
気になるのです。そうした迷いのために、幾分かの私自身の身近なところで遭遇したことをも書き加
えているのですが、何か、書いているものの品格を落としているような気もしないではないのですよ。
Kierkegaardは、自身の身辺のことなどをあまり書かなかったですし。
167
太田将宏 (2011年3月31日)
* この件の詳細は、<哲学>の章、2011年4月17日付けの S.M. 氏宛の返信を参照願います。
Y.T. 様
…(前略)…
Y.T. さんは、「『超越的存在』なぞ存在しない,との確信のようなものができつつあります」、と仰って
いましたが、超越の非存在を証明することは、その存在を証明することと同様に不可能事であること
を人類は人類史を通じて学んできたのではないかと思われるのです。Y.T. さんの「死ねばそれです
べて終わりです」、もまた仮説ではないでしょうか。ただ、私も、私は、生まれる前には存在しなかった
としか思えないが故、死んだ後も存在しないのではないか、と思われるようになってきました。そうい
えば、司馬遼太郎もまた、人はそれを「うすうす感ずいているのではないか」、というようなことを何処
かで書いておりました。また、一遍上人は、たとえ我々が無に帰するとも阿弥陀仏の栄光は燦然と輝
いている、と言っていたようですが、私も地獄、極楽(天国、神の国)なんぞの言葉は方便なのではな
いか、と疑っております。しかし、そうした方便の否定自体も、これまた、仮説なのですね。それが故、
その上での、自己の実存的選択として、S. Kierkegaard が言う「激情を持って」私なりの、なけなしの
信仰を選び取っている、というのが私の立場なのです(と前回に書いたのですが)、ただ、私は、解ら
ないこと、解りようがないこと、つまり、解るための方法論がない命題は超越的な存在に任せて、解る
ことを、できることを、ぼちぼちとやろうとしているだけなのです。それにしても、この私の偏頭痛は何
とかならないものでしょうかね。
太田将宏 (2011 年 7 月6日)
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168
教会 - この世話がやける集団
F.N. 様
先日 J.S. Bach の教会カンタータ<<Ach wie fluechtig, ach wie nichtig>>を聴いていた時、<
So schnell ein rauschend Wasser schiesst, So eilen unsers Lebens Tage.>、という言葉に出会いました
。いつぞや F.N.さん宛てに書いた手紙と全く同じですね。全く、日、月、年が過ぎるのが速いので途
惑っております。
ところで、――― では「神について書かれている聖書はどうだ」と言われるでしょうが、私たちが今
手にしているものは相対的なものです。だからこそ出版している nestle 社では、「誤植を発見した方
は連絡して下さい、訂正版をお礼に送ります」と言われているように、誤植もあるでしょう。そして改訂
版がこれまでに数十版出され続けていると言うこと、今後も続くと言うことはその相対性を表していま
す ――― 、と書かれてきたことについて、もう少し考えてみました。まず、nestle 社の良心は感じら
れるとして、やはり、この人間の世界に於いては、相対的なものでも段階、水準の違いが厳然とある
のではないか、ただ様々な違いを横に並べてみても詮方ないのではないか、との思いが私には残っ
ております。また、誤植と恣意的な解釈による翻訳は違いますでしょう。私は、旧、新約の理解につい
て、それが相対的であることに同意した上で、私の<<あれかこれか>>に次のように書いたので
すが:
<私は、全ての教理は、律法学者たちの、スコラ哲学者たちの、教会当局の言い伝えだと思って
いる。それでは、旧、新約自体はどうであろうか。それらも、言い伝えの、そして、人間によって書か
れたものの集大成であることを認めざるを得ないではないか。しかし、此処でもまた、その段階があろ
う。即ち:
第一段階:
超越からの何らかの啓示があった、或いは<人の子>が、実際に、本当に言った
言葉。私は、便宜上、神殿、王朝、教会権力等の組織体系の強化、維持に関りのない、と思われる
言葉が該当する、として旧、新約を読んでいる。
第二段階:
旧、新約の成立過程に於ける加筆で第一段階に入らないもの。つまり、超越ないし
<人の子>を騙って言われた言葉。
第三段階:
教会等の教義と伝承。私は、便宜上、教義は一度白紙に戻し、教会の伝承以外に
は見られない事象は無視して旧、新約を読むことを試み始めている。>
音楽の話になりますが、あくまでこれは例なのですので、少しく我慢して聞いて下さい。私は、現在
、G. Henle Verlag の楽譜を使って J.S. Bach の作品を弾いております。この版が一番 Bach の手稿
に忠実である、と言われているからです。ところが、これには、例えば、Bach Gesellschaft の版と較べ
て、指使いなど一切書いてないのです*。無論のこととして、速度記号、表情記号やスラー、スタッカ
ートなど articulation に関する記号は全く書かれておりません。それ故に、それらを Bach が書かなか
ったが故に、これらは、全部、演奏者の責任に於いて分析、決定しなければならないのです。
まず、留意しなければならないことは、部分が全体を構成し、全体が部分を決定する、ということで
しょう。次に、それをもとに、何処まで繋げるか、どこで切るか、という articulation を決めなければなり
ません。その際に、ここが面白いところなのですが、答えは一つではないのです。此処は、絶対に繋
げなければならないとか、切らなければならない、という箇所は確かにあります。しかし、どちらでも良
い、という箇所もあるのですね。ただ、後者の場合でも、同じ音形が複数出てくる場合(必ずあると言
ってもいいのですが)、それらは、同じ articulation で弾かなければ全曲が統一できないでしょう。さら
に、私の小さい手で弾く場合と Bach のように大きな手で弾く場合とでは、指使いも違ってくることがあ
るのですね。私の場合には、中声部を右、左手で交換して弾く頻度が多くなりがちなのですが、これ
がまた、面白いことに、逆に、指使いから articulation のヒントが得られることが実際にあるのです。逆
に、そうした自由があるので、様々な演奏の可能性があって多様性を楽しむことができる、と言っても
良いかと思われます。言い換えれば、規範的に絶対に正しい演奏などというのは存在しない筈です
169
ね。逆説的にいえば、仮に、Bach 自身の演奏を聴けたとしても、それすらでもまた唯一の絶対では
ない筈でしょう。
* その後、G. Henle Verlag が変えたことについては、<音楽-この世話がやける学問>を参照
願います。
さて、問題は、旧、新約のような瑕疵のある文献を如何に取り扱うか、ということにつきるかと思われ
ます。そして、その瑕疵は、如何なる言語への翻訳以前にも存在していた、というのが私の、いや、そ
れは私のだけではない見解ですね(その典型的な例は、私も雅歌からの例で<<音楽に関する四
部作>>に書きましたが、何よりも私よりも F.N. さんの方が多くの例をご存知でしょう)。Bach の場合
は、決して(或いは、必ずしも)瑕疵とは言えないのですが、楽譜の realization に関する全てに必要
な情報が提供されている訳ではない、という意味では共通しているところがあるかと思われます。私
は、必要に応じて Bach の譜面を解読することにより、こうした文献を読むことについては随分と鍛え
られた、と自負しております。もちろん、数ページ毎の楽譜と新、旧約の量とは比較になりませんが、
方法論的には、また、それに要する sense としては助けになっている、と自認しております。以下に暫
く私の自らに課した旧、新約への読解の姿勢を記したく存じます:
まずは、先入観を排する。既成の教会の教理から旧、新約を読み取るのではなく、旧、新約から教
会の教理を検証する、ということになりますか。現代人にとって、Jesuis、<人の子>を信ずる、という
ことは、それに先だって教会の教理、伝承を信ずる、ということではないでしょう。Bach の作品につい
ても、Henle 版以外は、Bach Gesellschaft のものですら出版社、編纂者の解釈が Bach の指示以外
に articulation として書き込まれているのですが、それらが妥当であるかどうかが日進月歩の Bach
解釈で常に論議の対象になっているのが現状なのです。それは、相対性の認識ということに於いて
教理についても類似していますですね。これは、極端な例ですが、Peters 版(日本では全音楽譜出
版)による<<Inventionen und Sinfonien(これ、間違えたつ綴りではありません。念のため。)>>
は、少しでも Bach の作品に幾らかでも心得のある人は誰もが否定しておりますが、現在でも出版さ
れ続けているのには、L.v. Beethoven の弟子であった C. Czerny による時代様式錯誤での間違った
校訂、つまり、Bach の時代の作品には即さない様式の校訂を出版社が商売上の損得で認めたくな
いからでしょう。ここまでくると権威主義を伴った資本の暴力は犯罪的ですね。同様なことが、所謂「
キリスト教会」に於いても観られませんでしょうか。
次に、事実書かれてあることに自分の恣意をまじえない。書かれてあることは書かれてあること。書
かれてないことは書かれてないこと。書かれてあることと自分の想像は、一応は分離する。Bach の
fugues の主題や対旋律を、即物的にではなく、主観的に、或いは、romantique に唱わせるるような
版は、とっくに批判の的になっております。話が変わって、これは、最近、コーランの翻訳についてな
のですが、こちらの新聞、Toronto Star の日曜版に良い例が出ていたので紹介します。私も、昔、コ
ーランは、岩波文庫で全部を読んだことがあったのですが、そのなかに、夫が不従順な妻に対する
態度についての助言があったのを憶えております。まずは彼女を諭せ、それで彼女が解らなかった
ら bed を共にするな。それでも聞き訳がないのなら、ひっぱたけ、と書かれてあるのです。最後の、<
ひっぱたけ>、という言葉が<彼女から去れ>とある女性の研究者、翻訳者によって変更されている
、とのことですね。私は、アラビヤ語は知りませんが、彼女によれば、その言葉は、彼女がなしたよう
に、とも訳せる、とのことでした。さて、F.N. さんは、ご存知だと思うのですが、イスラムにとっては、旧
約もまた彼らの聖典なのですね。では、例えば、創世記にある「あなたは夫を恋、慕うが、彼はあなた
を支配することになる。」(第三章 16 節)などというような言葉との関連に於いては如何になりますか。
これは、<ひっぱたく>ことが現代に於いて受け入れられるかどうか、とは別の問題でしょう。旧、新
約でも同様なことが起こりました。父なる神を<Father-Mother>としている版が或る英語訳にて登場
したのです。
次に、どのように読んだとしても、さして翻訳による違いとは認め難い、こうとしか理解できない文章
に焦点を当てる。例えば、<人の子>が愛について語ったということは、その<愛>が如何なるもの
であるかはおくとしても、否定する人はいないでしょう。Bach の fugues の主題は劈頭部にある、という
170
ことは、その構成の如何にかかわらずに、誰も否定できないでしょう。Jesus、<人の子>が十字架に
かかった、ということは、史的 Jesus の如何に拘らず、新約に記述されているという事実は否定できな
いでしょう。此処で、旧、新約の読解については、教会の教理の成立過程にでもなされてきたと思わ
れる一方、更に、その選択に於いて、教会当局の組織維持に都合の良いところが引き合いに出され
てきている、というところが私には懸念されるのです。そこには、教会、宗派の、恣意、集団の主観が
紛れ込んでいないか、という疑念でもあります。私は、中学生の時代にルーテル教会の通信講座で
キリスト教の教理の初歩を学びました。その延長としてルターの「大教理問答書」や「小教理問答書」
をも読みました。それで、まあ、幼い判断だったのでしょうが、それまで通っていた日本キリスト教団の
教会から、ルーテル教会に変りたい、と母に話した数日後、それを母から聞いたのでしょう、日本キリ
スト教団の方の教会の牧師が私に「一つの教会に通い続けなければ信仰は保てない」、と言ったの
です。せいぜいが、「一つの教会」などではなくして、「一つの宗派」、と言うべきだったでしょう。その
意味で二重に傲慢ですね。私は、その二つの宗派のどちらが良いかは別として、今でも、その牧師
の僭越さを憎んでおります。
上記の後に(後にです。)、記述の多くを包括する解釈を優先する。しかし、それ以外の記述を排
除するものではない。ということは、演繹的な理解と帰納的な理解を繰返すということで、Bach の作
品の理解の上での<部分が全体を構成し、全体が部分を決定する>、ということと類似していません
か。また先に、旧、新約に、事実書いてあることと自分の想像は、一応は分離する、と書きましたが、
想像力も大切でしょう。想像力の無いところには、その対象が何であれ、その理解は不可能であるか
とすら思われます。私は、事実書かれてあることと、自己の想像を止揚、総合したところに、私自身の
旧、新約の理解をおこうとしております。しかしながら、それ以前の過程として、事実と想像の一応の
分離は必須である、とせざるをえないはずです。その上に於いてに限り、自身の選択的な解釈にて
対象を読解する、ということなのです。
上記のような手続の何れかが欠けているような解釈は、翻訳の如何に拘らず、受け入れがたいの
ではないでしょうか。しかしながら、それでも、私の、誰の解釈も絶対的ではありえないでしょう。誰か
が、Protestant の教理は、その信者の数だけある、と言っていましたが、更に、しかし、もっと重要なこ
とは、それでも、もし超越的な存在があるとしたならば、超越の前には、私も、誰も、一人で立たなけ
ればならない、という事実です。それが故に今回は、現象学などの理論による旧約、創世記の理解、
などという、他人から見れば奇想天外であろうことを<<あれかこれか>>の<神学断片後書>に
書いた次第なのですが、私自身としては、こうとしてしか考えられない、与えられた条件のもとでの自
分の総力を結集しての見解を書いたならば、かくの如くの結果にしかならなかった、というなのです。
それでも、一切は相対的です。主よ、私を導きたまえ、と祈るしかないですね。それでも受け入れら
れなかったとしたならば、超越に対してですら、私を失敗作として造った貴方自身を省みたらどうか、
としか言えないではないですか。
さて、これだけは、私のささやかな矜持として誰にも話すまい、と思っていたことが一つだけありまし
た。これだけは、最後までと留保していたことがあったのです。しかしながら、もうその時ではないでし
ょう。それは、私が<<音楽に関する四部作>>、<<あれかこれか>>や<<愛と生命の摂理>
>の何れに書いたことにしろ、私が所謂「異端」の領域に入ろうとした時に感じた恐怖と戦慄につい
て、誰一人として、その怖れを推察、慮った人がいなかった、ということです。F.N. さんなら解って頂
けると期待しているのですが、私の著作は、私自身にとっても怖ろしい作品でした。私は、<<カラ
マーゾフの兄弟>>のイワンのように、むしろ、自身が間違っていたならば、と望んでいた程でした。
それが故にも、私は、心を開いて、どのような反論でも受け止めよう、と待機していたのですが、皆さ
んに想像力が欠如していたのか、或いは、あの程度の論理を難しいと言った人も多かったのにも拘
らず、何らの質問も回帰してこなかったということは、私の文章が拙かったのか、これは、永遠に識別
不可能かもしれない、と現在、思い巡らしている次第なのです。他者、他人が私の期待していたよう
ではないということは、最終的には、当たり前としなければならない、と自覚しようと努めてきたのです
が、なかなか、そのようにはいきませんですね。
171
しかし、なおかつ、Soli Deo Gloria、と言いつつ臨終を迎えたいと願っている太田将宏より (2007
年 10 月 28 日)。
K.T. 先生
先生が仰るには、「日本の教会については私が知っているかぎり、『超越』などありません。平板な
倫理面だけで、それも概念的な言葉の羅列です。バイブルをかみ砕くということすらできていないの
です。もう日本では牧師を捜すのが不可能な状態です。私自身もあちこちの牧師の話を聞き、連れ
合いの教会、母親の教会の信者、牧師の話を聞き、私自身もお相伴で説教を聞きますが、私のほう
がかれらより深く人生を省察しているようです。『現実のキリスト教』はアメリカどうよう、日本ではだめ
ですね。私の教え子が神学校に転学しましたが、これも全くだめな人間で、話になりませんよ。教会
はすこしばかり人の好い(教会だけで)人達の社交場にすぎません。それに日本人は「超越」の垂直
線思考はできない型の人種なのです」 ――― 、とのことでしたが、私が日本にいたときよりも酷い
状態になっているようですね。
私は、あの<<あれかこれか>>の第三部で浅野純一先生を、旧約の学者としての彼を批判いた
しましたが、彼の人格は尊敬しておりました。彼が、自分は全ていろいろ克服してきたつもりだが、自
分の名誉欲だけは克服できないで残っている、と学生たちの前で告白したことを伝え聞いたからでし
た。私は、残念ながら、そこに居合わせることがなかったのですが、それを聞き、伝道にあれだけの
実績があり、人々の尊敬、崇拝をあつめた人にして何と正直な人だろうと感じ入りました。
中世から Renaissance に至る時代の教皇を始めとする Catholique の聖職者たちのの腐敗、堕落、
強欲、好色、金銭欲、権力欲などは現代まで語り継がれておりますが、仮に彼らは論外としても、数
世紀前の過去のみならず、近、現代に於いても、牧師を含めた所謂聖職者たちが寝穢く名誉、権威
を欲することは、私の学生時代にも眺められたことでした。むしろ(無論、役人などを除いた)俗人た
ちの方がその辺りでは淡白ではないか、とすら推測されたものです。それは、彼らが、現代でも(彼ら
が意識するしないにかかわらず、公式、非公式を問わずに建て前として不本意にも)、金銭や色事か
ら遠ざけられている時代環境の故に、あちらの方にはけ口を求めるのか、と私は想像を巡らせたもの
でした。しかしですねぇ、名誉欲というのもくだらないですね。私は、私が何者であるか私自身でも解
らない、他者も、超越的な存在以外は、私が何であるかは解らない、としますと、この世での栄誉は、
私の実体ではなく私の幻影、現象に対してのものでしかないではないですか。
教会の歴史は斯くの如くであった、しかし、それを通して神の御胸は現代まで伝わってきた、と言っ
た比較的には開けた牧師に出合ったこともありました。しかし、それは、詭弁でしょう。いや、逆説的
に真理かも知れません。悪魔が支配する「キリスト教会」という偽善者たちの集会での継続を通して
旧、新約が継承され、現代の我々の手にまで届いた、と受け取るならばです。しかし、その牧師に私
が、無神論者の牧師がいたとしても、その職業に関して卓越した能力があれば、それはそれでいい
ではないか、と質問したときには、もし彼が無神論者になったとしたら彼は牧師を辞める、との返事が
返ってきました。無神論ぎりぎりの淵の縁を通る覚悟のない非現代的な信仰などとは、いい気なもの
ではないですか。しかし、それでも、当時は現在の日本での教会の現状よりは比較相対的にはマシ
だったのですね。或るキリスト教団体の、もう引退した元総主事からも、先日、先生からのと同様なこ
とを聞きかされました。神学校というのは、そうした牧師を粗製濫造するところではないか、と失望した
ことを今なお憶えております。昔、「デモシカ教師」という言葉がありましたですね。現代では、「デモ
シカ牧師」という言葉は無いものでしょうか。いや、例えば、関東学院大学の神学部が入学志望者が
なくなって閉鎖されたのは、私が Canada に来る前、35 年以上も前のことでし、その元総主事からは
、今では牧師のなり手が少ないとも聞きましたので、それでは「デモシカ牧師」ですらも不足している
のでしょうか。ただしかし、こうした問題は、牧師に限ったことではないのではないか、と(特に)日本
の現状に疑念が湧いてきたのです。これを言うと後知恵になるかとも思われるのです。私の<<あれ
かこれか>>の第一部は、私の見る限りの斯様な問題について広く告発したつもりでしたが。
172
ご自愛願います。
太田将宏 (2008 年 6 月 15 日)
M.N. 様
(…(前略)… )
――― ただ私の場合は、私がどんなに神をないがしろにしても、神が私を見捨てずにここまで来
た感じがあります ――― 。私も、同様、同感です。今現在はクリスチャンくずれの私であってでも、
私が若年の十三歳の頃、あの時、もし、洗礼を受けていなかったとしたならば、その後の経過はとに
あれ、超越的な存在の恵み、摂理を思うことは無かったことでしょう。ただ、私の教会に対する見解は
、Catholique、Protestant を問わず、私の著作に書いたとおりですが、以下に書くようなことをも思い巡
らしております。ただ、私は、近年(失わんとするものが少なくなってきたので)、益々、歯に衣を着せ
ずに語るようになってきました故に、考えていることを忌憚なく、正直に、ありのまま書きますが気を悪
くなさらないで下さい:
私は、少なくとも、教会の存在意義を必要悪として認めております。仮に(典型的な仮定文ですが)
、誰かが、例えば私の娘などが、S. Kierkegaard や私の言う<新約のキリスト教>に同意、賛同する
ようなことがあって、そのように、<新約のキリスト教徒>になりたいとして、しかし、教会での受洗(や
聖餐)を如何にしたものか、などと私に相談することがあったとしたならば、Jesus が、今は受けさせて
もらいたい、と Johannes に言った故事(マタイによる福音書、第三章 15 節)に倣い、私も教会での受
洗を容認するでしょう(ただ、私には、新約では(新約の記述がそこまでの精度で書かれているかどう
かには疑問が残っておりますが) 、洗礼(や聖餐)を与える人や組織を問題にしてはいないで、それ
を受ける人がそれに相応しいかどうかだけを問題にしている、と読み取っております)。
しかし、仮に、私が教会の存在を肯定することがあったとしても、私は、Catholique の教会、その体
制を容認できないのです。そのわけを要約致しますと;
1. 彼らが彼らの伝承を(仮に旧、新約の記述に反してでさえも)、旧、新約よりも上位においている
が故に、彼らの教理上の問題に対するに、異議申し立て、対話が成り立たないからです。Jesus も、
あなた方は神から与えられた律法よりもあなた方の伝承を重んじている、と批判、非難していましたで
すね。一方では、現時点で、同性同士の結婚、女性の聖職者への叙任を拒否していることに関して
は、旧、新約にある記述に沿っているが故に、私は支持しておりますが。
2. 先日、塩野七生の<<ローマ人の物語>>全十巻を読み終えたところですが、当時の
Catholique の他派に対する迫害は酷いものだったのですね。私もまた、所謂「教権」なるものの不寛
容にもとづく権力行使は、中世の異端尋問や魔女裁判にも連なっていることだ、と判断し断罪してお
ります(此処で、新約に読む<荒野の誘惑>を思い出しませんか)。その後の大航海時代には
colonist たちの世界中からの搾取の露払いをし、その落とし前で現代に於いても Vatican は法外に
裕福である筈なのに、その歴史的な責任を未だに果たしておりません。アジア、アフリカと中南米の
植民地化を先導したのは Catholique の聖職者たちであり、世界の大半は未だにその傷あとに苦しん
でいるのが現状ではないですか。また、これは、Catholique だけではないのですが、彼ら、白人たち
の支配体制による黒人奴隷の導入は、植民地の原住民が疲弊し、彼らの使役を続けることができな
くなったが故であったということを、私は近年おくばせながら知りました。アメリカ大陸南北に於ける宗
教集団の先導による原住民の取り扱いは(彼ら、原住民の子女の両親からの独善的な隔離を含め)
、言語に絶する犯罪的な暴挙ではないでしょうか(これに限っては、今年、カナダに於いて、政府に
よる謝罪とささやかな保障が為されましたが、何ゆえに昔、いや、たかだか六十年前までの白人の不
始末、罪過を現在の有色人種である我々を含めての税金で贖わなければならないのか、という戸惑
いが残っております。それが為、私は、ないでしょうか、と書き、なかったでしょうか、とは書かなかっ
たのです)。
173
3. Catholique の宗教的なご都合主義がいまだに見られます。西ローマ帝国の末期、世俗に取入
った Catholique により、多くの彫像が破壊され、それがテベレ河などに投げ込まれました。これは、
先年、タリバンが仏像を爆破したような蛮行だと思われますが、それでも、それは、出エジプト記、第
二十章 4 節などに根拠はあることはあるのでしょう。しかし、では、私の家の近くの Catholique 教会の
前面にある白面のマリアの像は何でしょうか。また、旧、新約に何らの根拠も無い「守護聖人」、これ
は、実質的には、Catholique 教会の多神教への擬制までへの移行ではないですか。
4. あの、天国の鍵を預けたとされる Petrus への招命に破門までをも含めることは、強弁がすぎま
すね。譲歩して言ったとしても、歴史的に他の解釈を容認しない Catholique の態度こそが批判、い
や、非難されてしかるべきでしょう。ドストエフスキーもまた、そうした信者たちへの情報管理に通じる
体質を<<カラマーゾフの兄弟>>での<大審問官>にて暗黙に批判しておりますでしょうが。
Jesus は、裁くなかれ、と言っていました。また、私は、Catholique の教会に参列している人を裁くよ
うなことは致しません。そのような立場にはおりません。しかしながら、集団組織としての教会に対して
は話は別なのです。かつて、その権力の被害にあった人々の苦悩、犠牲を慮ると、私の平衡感覚に
支障をきたらすからです。人は人それぞれの個人の尊厳があるが故、むしろ、彼我の教理もまた相
対的である、ということを認めてこなかったのは、主として Catholique の教会権力であり、歴史的に見
るならば、その典型は、それに因る宗教裁判ではなかったでしょうか。私は、私自身の考えを絶対視
することを避けているが故にも、他方、過去に於いては顕在的、現在でも潜在的である破門の権利
などを Catholique に容認できないのです(逆説的に言うならば、皮肉にも、Catholique なんぞに許
されるならば、私にも許されて然るべきだ、となるではないですか)。そもそも、教理上の差異なるもの
は、旧、新約の解釈、またその実施に、各時代に於いて、また、現代に於いては程度の問題、何処
に線を引くかという問題が多いのではないかとも思われます。その相対性を置き去りにして、自己の
、ある集団の見解を絶対化しているのは「キリスト教」だけではないですね。いや、宗教集団だけでは
なく、世俗の政権、例えば、J.W. Bush の言動にもそれが観られるではないですか。
しかし、一方では、(特に)Catholique の教会に通う信者の方々には、心が穏かな人々が多いです
ね。私は、彼らは、私なんぞとは違って業が浅い人々だ、私なんぞは野蛮人だ、と思い知らされるこ
とが多いのです。また、私の言うこと書くことが、そのような人々の気持ちを傷つけることもあるか、と気
にならないわけではありません。私の著書を読んで、ただ一言、「賛成できない」、と理由も言わない
で仰った人、信者もいました。普段でしたならば、私は、他者の意見を否定する場合は、理由を言う
のが最低限の礼儀だ、と反発したのでしょうが、彼女の言うに言われない心境が察せられたので黙っ
ておりました。しかし Jesus は、私は、この世に剣を投げ込むために来た、とも言っていましたですね
。いえ、また、口汚い書き方になってしまいましたが、何せ、心を入れ替える、などという器用なことの
できない私ですので、悪しからずお笑い願います。
太田将宏 (2008 年 9 月 3 日)
追伸
日本の歴史上の人物で私が嫌いなのは、源頼朝と徳川家康なのです。しかしですねぇ、豊臣秀吉
以来、徳川家光にいたる「キリスト教」の禁令のようなものに関しては、何も日本に特有なものでもな
かったのですね。J.S. Bach に関する本を読んでいたとき、ドイツの諸封土では領主が自分の宗派を
変えると領民も変えねばならなかった、という記述に出会いました。信教の自由が人権として考えら
れるようになったのは、わりかし新しいことだったのですね。しかも、宗教的権力も世俗的権力も、互
いに相手を呑込もう、としている傾向は現代でも消え去っていない、と私には思われます。その件に
つきましては、私の拙著<<あれかこれか>>中の<実践知性批判>にある拙文<宗教>の項を
(短い文章ですので、)読んで頂けますでしょうか。
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174
175
超越 - この世話がやける存在
H.F.A. 様
ご丁寧な御返事を有難うございました。さっそくの感想文を頂きまして嬉しく思います。
そこで<絶対>は無い、という結論は一致しましたですね。ただ、私の場合は、この、人の世には
絶対は無い、としたつもりだったのですが、そのあたり、同じであるかどうか分かりませんでしたが。
新約には、最も救いから遠い(救いに価しない)と思っている者が最も救いに近い、という逆説があ
る、と私は読むのですが、これは、親鸞の言ったとされる、悪人なおもて往生す、いわんや善人をや
、という言葉に似ていますですね。
しかし、私は、救いから遠い、と思っているから救いに近い、と思っているから救いから遠い、だから
、…… との意識の循環から逃れませんですね。私は、これは言葉の遊びではない、と思っておりま
す。それは、日常的にも、例えば、人前で謙虚であろうとしたときなどに、自分の意識の動きに敏感
な人は自覚する折もあるのではないでしょうか。謙虚であることは良いことだ、謙虚である自分は善人
だ、と殊更に思わないで謙虚でいられる人は純粋な人なのでしょうが、それは、一面では、善悪の反
省的意識がない、ということにもなりましょう。こうした意識存在、即ち対自のありかたを J.-P. Sartre は
、意識は反射・反射するもの、と規定していたのではないですか。私は、「キリスト教」の通常の教理
から離れ、それを<原罪>と定義した方が、創世記を破綻なく説明できると考え、<<愛と生命の摂
理>>の<純粋意識批判>を書いた次第だったのです。逆に言うならば、善悪を知った瞬間に人
間が意識存在になった、と説く旧約に、私は古代人の知恵を読み取っているという次第なのです。し
かし、「キリスト教」の、最初の人間アダムが神、超越に背いて犯した罪が生まれながらの罪として彼
の子孫に伝わり負わされているもの、という教理にしても、意識存在以前の胎児、嬰児、幼児に於い
てすらも可能性としては既に存在している、その可能性そのものを「原罪」と定義するならば、それを
受け入れてもよいか、とも考察しておりますが。
私は、仏教については禅宗に興味をもったこともあったのですが、自力の人には、何か、臭みのよ
うなものを感じることが多かったのです。司馬遼太郎も書いていたことですが、禅というものは、ほん
の少数の天才だけのもので、一般の人には毒になる、私は、その一般の人にしか出会う機会がなか
ったようですね。それに、私は天才ではないので、天才の何たるかなどを知る由もないので(誰の言
葉か忘れましたが)、ただ人のみに支えを築く人ありとせばあわれなるかな、という方に、むしろ、心が
ひかれるのです。
どの宗教も超越的な何ものかを対象としているのではないか、ということがありますが、もうひとつ私
の愚考するのに、この人の世(此岸)を離れて、もし、超越的な存在(これが、彼岸でしょうね。)、絶
対的な存在があるとしたならば、それは、自分に合わせる存在ではなくて、自分がそれに合わせる存
在ではないか、ということです。自分に合う宗教を shop around して、適当なのをみつくろう、と
いうこととは違うのではないかと思われます。そこに超越的な存在の厳しい一面もあるので
はないでしょうか。私は、六十歳になったときに、おくばせながら、いつ死んでもよい、と覚悟でき
るように努めよう、と思い立ちました。しかしながら、私もまた超越的な存在に自分を合わせることなど
はできない人間です。そんな私でも、せめてできそうなことは、そうした絶対者に感謝して息をひきと
ることぐらいのことでしょう。そうしたことのために、Jesus は刑死したのだ、超越的な存在には、そうし
た<愛>、寛容である一面もある、しかし、それは Jesus という犠牲なくしては成就されなかった
、というのが私の新約の理解なのです。
此処から先、私の著述にて、私は「キリスト教」の異端の領域に入りました。それら全てを含めて、ど
のように受け止められるかは、全く、H.F.A.さんの自由であって、私は、無論、その自由を尊重いたし
176
ます。私は、そうしたことを私の草稿に書いたつもりでしたが、さもなくば、私は、異端ではなかったで
しょう。
また、お便りを頂ければ有り難く存じます。
太田将宏 (某年某月某日)
K.T. 先生
先生が、それほどまでに御忙しいのに拘らず、早速のお返事を頂きまして、いつもながら恐縮して
おります。
私のような素人が先生からのご質問にお答えできるかどうか心もとなく、また、好い加減なことは書
けないと自覚しております故、この手紙を書くのに二、三日がかかってしまったとしてもご容赦願いま
す。
まずは、「キリスト教」の世界、歴史に於いて、超越的な存在に対して、人間側での意図、意思、選
択に意味があるかどうかは、古来よりの神学論争でして、現代でも決着を得てない問題なのです。こ
れは、超越による選び、とは如何なることなのか、という問題と裏腹な関係にある、と私には思われま
す。
Catholique では、教会を通じて(のみ)救われる、という教理にての姿勢、態度をとってきた(いる)よ
うに観られますが、その反面としての(特に中世に於いての)破門の乱用などには、私でなくとも憤り
を覚えてしかるべきだ、と見做しております。
ギリシャ、ロシヤ正教については、今までの私には縁が遠く、私の<<あれかこれか>>に書いた
程度の主観的な印象しかもっていないので、ここでは省かして頂ます。ただ、歴史的には、ギリシャ
正教がラテン語ではなく新約の言語であるギリシャ語でmissaをあげていたことについて、比較相対
的に正統なものであろうと推測、判断しております。
Protestant 側では、「聖書」に書かれてあることを信じることによって(のみ)救われるとしているよう
なのですが、その「聖書」に書かれてあること自体の解釈、書かれてあることについての時代的な制
約への推量、或いは過去に於いて読解された時点での時代的な背景、それらに伴う取捨選択とそ
の強調の程度などが現在に続くまで論争の種でして、それが Protestant 自体が諸派に分かれ、分
かれている要因として私には観られます。しかしながら、宗教戦争や宗教的紛争の多くの実際は、彼
らの世俗的な実利、或いは勢力、権力争いによる面が、より大きかったのではないでしょうか。ただ、
Protestant では、Catholique では七つある秘蹟を、洗礼と聖餐以外は何ら旧、新約に根拠が無い、
として否定しているのが一般的であって、それは正当なのではないでしょうか。
私には、真言密教を含めて、仏教については貧しい知識しかないのですが、司馬遼太郎は、釈迦
が何を悟り、何を語ったかは、現在では知る由もない、というようなことを書いてたのを憶えております
。同様に「キリスト教」でも、四福音書のなかで、Jesusが本当に語った言葉とそうではない言葉を如
何様にして識別するかが解決でき難い問題なのです。実際、全部が全部Jesusが言った言葉ではな
い、ということはカトリック側(の神学)でさえ認めざるを得なくなってきている様子です(私の一応の指
針とその解釈については、先生も既に読んでくだすった私の<<あれかこれか>>と<<愛と生命
の摂理>>での記述と重複しますので省略させて頂きましょう)。そのあたり、比較的に時代が新し
いイスラムの教典では話が単純なのではないかと推測されたものの、そうはいかないようで、スンニ派
とかシーア派とか、何かややこしい事態になっているようですね。私の意見などは、ささやかでありま
すが、ただ、こうした問題を自分自身の問題としたとき、言い換えれば、ただ一人で超越的な存在を
前にしたとき、あたかも<<罪と罰>>のマルメラードフの如く、態度を決めねばならない、とだけは
表明したく思っております。
177
次は、「アガペー」と「慈悲」についてなのですが、私は、「アガペー」は、「愛」などという曖昧な言葉
よりも「慈悲」という言葉に翻訳されていてしかるべきだった、と思うのですが、ただ、重要な一点が残
るでしょう。誰が、如何にして、その「慈悲」なるものを明示、証明したか、できたか、ということを考えざ
るを得ないのです。ドストエフスキーは、キリーロフに、人類最初に全てを受け入れ、全てを肯定する
者は、死ななければならない、と言わしめておりました。しかし、キリーロフがそこまで論理をつめてい
ながら、スタヴローギンに指摘させるまでも無くして、ということは自分自身で「人神」=「神人」に思い
到らない、という論理的にも不自然な設定では、この時点で、この小説は破綻している、というのが私
の見解なのです。周知の如く、Jesusが既に、彼の十字架上に於いてそれ、「人神」として全てを肯
定し受入れる「慈悲」を体現、成就していたが故なのです。彼の受肉、生誕は、彼の十字架上の死
の予告であり、それはまた、「神人」としての彼の復活の前提ではなかったでしょうか。やはり、誰かが
言ったように<<悪霊>>」は偉大なる失敗作である、と私も判断し、同意しているのです。しかし、
このように設定しないと小説全体が成り立たない、という処が作家ドストエフスキーの苦しいところだっ
たのでしょうね(これは、しかし、少なくとも、亀山郁夫氏が書いたようには、悪霊とは観念である、など
と単純に短絡できない問題である、と思うのですが)。
ここで、長年の間、私にとって気になっていたことを先生にお尋ねいたします。ドストエフスキーの
長編では、例えば、イッポリトの告白のように、論理、思想、観念がむき出しになっている処が必ずあ
りますね。こうした小説造りは、他の作家たちと較べても特異でありませんでしょうか。しかし一方では
、彼にしても、同等なものを筋書きに埋め込むことは不可能であろう、と推察されるのですが、省かえ
ってみると、私の視点は、その辺りに集中しすぎていたようです。ただ、それが気になっているのは、
昔、松波信三郎教授の部屋の、(ご存知かと思われるのですが)或る学者が「源氏物語、あれは大し
たことがないよ」、とか、「マルメラードフ、彼は、本当に人を愛することを知らない、「愛」というものが
何であるかを知らない」、などと言っていたことを思い出すにつけ、その発言自体は、文学から見ても
、哲学の側から見ても浅薄だろう、と思わざるをえないが為なのです。むしろ、文学と哲学の領域の
其々が重なる、そのありように、何か人間の思考の経過で交差する重要なものがあるのではないか、
と思案するのですが、一方では、交差はしても相互に交換不可能なものがあるのか、といった疑問が
私自身に何時までも残されている故でもあるのです。埴谷雄高は、文学が一番多くのものをぶち込
める容器と見られる、というようなことを書いておりましたが。
話を元に戻しますならば、<アガペー>というギリシャ語の言葉にも、その本来の意味では、上記
のような新約的な意味合い迄は無かった筈でして、逆に言えば、その意味でも、「慈悲」と同義語とし
て良いのではないか、と私は判断しております。そういえば、誰かが、<エロス>、<フィリア>と<ア
ガペー>の違いを、「だからの愛」と「それでもの愛」だとして説明しておりました。言葉としてはその
通りででしょう。しかし、旧、新約を通じて、超越は、怒りの神でもあり、超越との契約、即ち律法から
逸脱した人間を救済するのには、犠牲が必要とするものであり(この辺り、私の私見によれば、眼に
は眼を、歯には歯を、のようなセム族民族にある、或種のバランス感覚のようなものに通じるものを感
じておりますが)、それを自己犠牲として成就したのがJesusであった、という含みを旧、新約にある<
アガペー>に読み取ることは、あながちの深読みにはならない、というのが私の見解です。ただ、そ
の含みは、繰返しますが、<アガペー>と「慈悲」のどちらにしても本来の言葉自体には無かったも
のかと思われます。
以下も私個人の見解で、先生へのお返事に直接的には関りがないのかも知れませんが、ただ、自
分、自己を抜きにした論理は、また、個別からの裏付けのない普遍化は、この場合には空論になる、
という一面もあるかと思われますので書き加えさせていただきます。Jesusは、十字架上で、彼らを憐
れみ赦し給え、その為すことを知らずならば故なり、と超越に祈願いたしました。さすれば、私の作品
に書いたことを此処でまた繰返して書きますが、また、私は、此処で、「異端」の領域に入りますが、
教会に行こうが行かまいが救われる、洗礼、聖餐を受けようが受けまいが、それどころか、超越を、そ
の存在を信じようが信じまいが、と読み取りざるを得ないのです。また、誰が救われるか、誰が救われ
178
ないか、と言ってはならない、とも書かれてありました。恵みの雨は良き者にも悪しき者にも降り注ぐ、
と信じております。それが真の全ての肯定なのではないでしょうか。全てを肯定するということは、左
様なことであり、Jesusの復活に連なる受難に制限をつけてはならない、ということでもありましょう。そ
れでは、教会権力にとっては不都合でしょうが、それが、私の、超越の現前での、「新約聖書」のキリ
スト教です。
超越の視点からは、ブッシュもビン-ラディンもサダム フセインも平等でしょう。それなのに軽薄に「
十字軍」を叫び、アフガニスタンに、安易に「民主主義」を錦の御旗にしてイラクに侵攻したのは、所
謂「キリスト教」の如何なる宗派の教理の観点からして判断されてでさえも、ブッシュの意識的、或い
は無意識での自己欺瞞、自己矛盾、そしてこの場合は偽善でしょう。人間が、人間の側から無限の
自由(民主主義?)を主張して出発し、(相対的な仮の)正義を振りかざしたならば、ドストエフスキー
が言った如く、無限の専制に終わる、ということになりましょう。これが、私の見る悪霊です。亀山氏が
短絡して断定したような「観念」そのものではなく、相対性を自覚すべき人間の「観念」の絶対化なの
です。少なくとも、フセインの有限の専制により、イラクは、曲がりなりにも、ほぼ一つに纏まっていた
ですよね。
S.D.G.
太田将宏 (2008年5月25日)
K.T. 先生
…(前略)…
古い話で恐縮ですが、先生、憶えていらっしゃりますか。あのドストエフスキーの読書会での、「大
審問官」、のところに話題が及んだときに、沈黙し続けていたJesusが大審問官に接吻した、という記
述についての私の発言なのですが。
何故か解らないので、自分でももどかしいのですが、この時点で、Jesusは大審問官に勝った、勝
っている、と感じるのですが。勝った、という言葉は、適当ではないかも知れないのですけれど ……
と、しどろもどろに言ったことを私は憶えております。そのときの先生のお返事は、そう見る人がいる、
多い、とのことでした。先生は、如何に見られますか、とお聞きしたく思ったのでしたが、しかし、その
時は、私の発言自体が曖昧で、それでは不躾になるかと感じて遠慮いたしました。しかし、その後も
、今日に到るまで気になっていたのです。
次は如何でしょうか。――― イエスを裏切った者が、あらかじめ彼らに、「わたしの接吻する者が、
その人だ、その人をつかまえろ」と合図をしておいた。彼はすぐイエスに近寄り、「先生、いかがです
か」と言って、イエスに接吻した。しかし、イエスは彼に言われた、「友よ、何のためにきたのか」 (マ
タイによる福音書、第 26 章 48-50 節) ――― 。ちなみに言いますと、このJesusの返答は、四福
音書のなかで、此処だけにしかございません。
さて、「大審問官」について、勝った負けた、の表現は不適切であったにしろ、また、Jesus とイスカリ
オテのユダの何れの側が主導し、どちらから先に接吻しようとしたかはさておいても、Jesusが裏切り
者をも受け入れた、という記述(受け入れた、と読めるように書かれているという事実)は<大審問官
>のそれと共通してはいませんか。これもまた、私の、信じなくても、洗礼を受けなくても、人の思案、
意図に拘らずに救われる、とする新約の読み方の根拠の一例です。
以上のことは、未だ「ユダによる福音書」を読む機会が無いままに記述せざるを得ませんでした。不
勉強の言訳をするよりも黙って勉強をすべきなのですが、でも、先生、辛いですよね。先輩でもある
先生を前にして弱音を吐くのも僭越で礼を失しているかと思われたので今までは書かなかったので
すが、私は、社会的には三十年余りも大型コンピュータの技術にうつつをぬかし、それとバランスをと
179
るように、私生活では音楽に浸りこんだ挙句、さて、と思った時には、残されたときの少なさに呆然と
している此の頃なのです。あの<<白痴>>でのイッポリトの主張は、若年であるか老齢であるか、
病弱であるか壮健であるか、によって相対的な程度の違いがあっても、本質的には変りなく有意味、
有効ですね。Mement Moriということですか。まあ、キリーロフもイヴァンも私も理科系でしたが。
でもですね、先生、今だから言いますが、K 君が、太田君はキリーロフだ、とまぜっかえしたときに、
先生が、そうだ、そうだ、と笑って仰ったのは、失礼だったですよぅ。いや、光栄でしたか。しかし、せ
めて、いや、太田君はイヴァンだ、といって欲しかった、と今にして思っておりますが。
太田将宏 (2008 年 5 月 28 日)
Y.T. 様
…(前略)…
さて、「ところで唐突な質問ですが,太田さんの『超越』なるものは,人格を持っているのですか。怒
ったり妬んだりするのですか」 ――― 、とのことですが さて、私の「超越』なるもの」について少し
整理し、私が懐く超越の概念を記したく思います:
…(中略)…
私は、もし、私を含めて相対的でしかない人間が「『超越』なるもの」が如何なるものであるかを理解
したとしたならば、出来たとしたならば、そんな理解にあるものは、そもそも、超越的な存在ではない、
ということを私の著作の中で書いてきたのでした(此処で、如何なるものと書き、如何なる者と書かな
かったことに留意してください)。これは、絶対者という概念についても同様でしょう(此処で、絶対者
と書き、絶対的な存在と書かなかったことは、私の便宜的な妥協です)。S. Kierkegaard の<<恐怖
と戦慄>>は、超越と、それへの人間の認識との断絶を扱ったものである、と私は理解しております
。これが有名な<アブラハムの不安>なのですね。また、これは、人間の世界に真の客観が存在す
るか、という疑問にもつらなりますね。私が書連ねてきたことの要旨は、超越が絶対的であるとするな
らば、超越についての人間側の如何なる概念も相対的であり、それを超えたところの客観は存在し
ない、ということを認めるべきであろう、という主張なのでした。超越は、旧約に於いて、確かに、私は
妬む神である、と自身の表出をしております。しかし、超越的な存在が「人格」を持っているか、という
ことは、所謂「人格神」に関する問題ですが、この場合「人」という言葉が紛れ込んでいる「人格」とい
う言葉の適用自体が不適当ですね。そこで、「人格」に擬えて「神格」とでも言うべきでしょうか。しかし
、それでは、「神格」、つまり所謂「神」、超越についての絶対的な概念を先取りすることになりますね
。そもそも、人間の知るところのない概念でその格、つまり、その属性を定義すること自体が不可能事
であるということなのでしょう。それが故に、此処に、私は、むしろ、人間の言葉自体の限界を視てい
るのです。更に、言葉を使って考察することの限界をも見ているのです。つまり、人間側では超越が
何たるかを言表す言葉自体が存在しえないのですね。その意味で、超越的な存在に、言葉として「
人格」に擬えるようなXがあるかどうか、との設問の回答については、論理的にも、人間世界の全ての
言語の全ての単語の集合の中に於いても存在し得ない言葉に拠る試みとなる為に回答そのものが
不可能事となる、としか私には結論できないのです。言葉を変えて述べるならば、それは、究極的に
信仰のあり様の命題、その対象になる、と私は考察、認識しているということですね。つまるところ、旧
、新約に書かれてあることを読解し、それを信じる、ということにしか手立ては無い、ということでしょう
。しかし、以下、便宜上Xに「人格」を代入して書き続けるならば、さて、旧、新約の超越に関する概
念については、所謂「人格神」でしょう。旧約に於いてのそれは、怒りの超越であり、我は妬む神なり
、と自己開示したとされる超越であり、それらの属性の総合としての人間の超越に対する概念があっ
た、と言っても良いかと思われます。では、新約に於いては如何でしょうか。まずは、私が書いてお送
りした<<あれかこれか>>の第三部中の<救済>を既に Y.T. さんが読まれているかどうかが分ら
ないので書き難いのですが、もし既に読まれていたならば、Y.T. さんも同じものを此処に読むのは
煩わしいでしょうし、まあ、出来るだけ重複しないように、また、「人格神」に焦点を合わせて以下に書
180
いてみようと思います。Y.T. さん、その良い機会を与えて下さり、有難うございました。ただ、次の新
約からの引用は下に転写させて頂きます:
――― ピリポはイエスに言った「主よ、私たちに父を示してください。…… イエスは彼に言われ
た、…… 私が父におり、父がわたしにおられることを信じなさい。もしそれが信じられないならば、わ
ざそのものによって信じなさい。ヨハネによる福音書、第十四章 9,11 節からの抜粋)―――。
Jesus は、ここで、「父」としての超越的な存在を人間が直接的に認識できない(可能性がある)、と
いうことを暗示している、と私は読んでおります。さすれば、また、更に続ければ、超越的な存在は、
Jesus の受肉により「人格神」を間接的に自己開示した、ということになりますね。つまり、(便法として
の)「三位一体の」一つの位(格、属性)としての「子」である超越の自己啓示とも読むことはできませ
んか。そして、彼の受肉それ自体に始る、その、わざそのものによっては、彼の受難と復活によって
完了し、成就する、と私は読み、上の Jesus の言葉によって、超越に関して人間側が理解しうる概念
が革命的に変貌した、と私は理解しているのです。この「聖句」を強調した説教等を私は聞いた経験
がありませんが、此処までは正系、正統な新約の理解からは外れていませんでしょう。しかし、更に
私は、自身が、S. Kierkegaard やドストエフスキーを越えて、「異端」の領域に入って行くことを自覚し
ているのです。それを、私の<<音楽に関する四部作>>の第四部、<<あれかこれか>>の第
三部に書き連ねた次第ですが、それにはいる前に、彼らから何を学んだかを概略したく思います;
私は、Kierkegaard によって、所謂「キリスト教会」を通しての救済は可能ではない、と確信しました。
超越の前には、「激情をもって信じることを選び」、一人で立たなければならないのです。ドストエフス
キーにより、<<悪霊>>での登場人物、キリーロフに言わしめた言葉、人類最初に全てを肯定す
る人は(死をも肯定できる、ということを明示するために、と私は解釈しておりますが)、自ら死ななけ
ればならない、として(実は、キリーロフ自身は期せずして)Jesus を暗示していることを学びました。
つぎに、スタヴローギンにより、自分が、信じるといったときには、その信じる自分を信じない、信じな
い、といったときには、その信じない自分を信じない、という迷路のような spiral に導かれたのですが
、それを私は、J.-P. Sartre が言った、意識は反射・反射するもの、ということに対応し、同等であると
総括しております。これは、私自身の長い間の問題、悩みでもありました。私のなけなしの信仰の基
盤が霧消する危機に遭遇したからです。
さて、もし、超越が存在するとしたならば、いや、私自身は、上記の Jesus の言葉によって信じること
を「激情を持って」選びましたが、一方、話は前後しますが、ふと、私が超越をその存在を含めて信
ずるか信じないか、などということは、超越にとって何程のものであるか、という疑問が残っていたのに
気がつき、その疑問が、むしろ、逆説的に、私が反射・反射する意識の迷路から外光に導くきっかけ
となったのです。しかし、皮肉にも、私が「異端」の領域に(勇気をもって)入るのは、此処からなので
すね。超越を信じても信じなくても救われるならば救われる、救われないならば救われない、しかし、
Jesus の十字架を無に帰することは出来ない、それに制限を課することもできない、では、それ故に、
全ての人が救われることになるではないか、という結論です。私は、その意味で、超越は、怒り、嫉み
を究極的には超えた慈悲(…(削除)…)としての「人格」をもっていると結論づけざるを得ないのです
(繰返しますが、私は、仮にこの言葉を使っております)。
これは、補足ですが、例えば、山の頂上は一つであろうが、その登り口は幾つもある、それ故に、新
約の指し示したところが神(超越)に到る唯一の道ではない、という発言を過去に二度ほど聞きました
が、私はそれを肯定しません。まず、直接的には人間の認識の彼岸にあるところの超越に到る、とは
如何なることでしょうか。次に、誰が、全ての肯定という究極的な調和を身をもって、自らの死をもって
指し示したでしょうか。私は、Kierkegaard の言った<新約聖書のキリスト教>以外の「キリスト教」、い
や、それら以外の異教徒、さらに、無神論者であっても、私自身を含め、自らの知らないところで、救
われている、という私の結論に賭けております。
…(後略)…
太田将宏 (2008 年 6 月 18 日)。
181
M.N. 様
お元気でお過ごしでしょうか。南半球のそちらでは春たけなわなのでしょうか。私は、未だ、南十字
星を見たことが無いので、いつか、その機会があれば、と望んでおります。此方トロントでは、地球温
暖化のせいか一ヶ月後れで 10 月に入って漸く紅葉が始りかけました。
先日は、「ご本をゆっくり読ませて頂いた後で、またお便りするつもりですが、私は太田さんが現在
に至った心の遍歴に少なからず興味があります」、とのことでしたが、私からの返事を読み返してみて
、これでは返事になっていない、と思い返しましたので、今また、お便りをしたためております。
これは、私が、小学生の頃だったと思うのですが、教会で次のような話を聞いたことを憶えておりま
す。今の私には、どこまでが本当の話だったのかが疑問にも思われるのですが、まあ、一つの説話と
して読んでください:
アメリカのある村の教会で、日照りが続き旱魃が起こっていたので、雨乞いの祈祷会を開いたそう
でした。そのときに、一人のお婆さんだけが傘をもってきて、他には誰も持ってこなかったとのことで
す。お婆さんは、神様に祈るんだから、きっと、雨が降る、雨が降れば傘がいる、と信じて傘を用意し
たのです。
話は、そこまででした。その話をした人は、神に対しての信仰について語りたかったのでしょう。祈
祷会の後で雨が降ったか降らなかったかは、私には聞いた記憶がありません。ただ、そこまでの話で
も、何か、私には感じ取るものがありました。私は、そのお婆さんのようになりたい、と思いました。でも
できないな、とも思ったので、もしかしたら中学生の頃であったのかも知れません。
私は、その後、暫くして、長い間、この話だけではなく、こうした話を冷笑するような傾向になりました
。雨を降らすことが良いかどうか(UK の国歌、God save the gracious queen とか G.W. Bush が叫んだ
God bless America も同様で)、そんなことを超越的な存在が嘉することであるかどうか、知れたことで
はない、とでもいった見解です。今思えば S. Kierkegaard の<<恐怖と戦慄>>などの著作からの
影響があったかとも思われますが。
さて、次は、近年、いつともなく、考えたことです:
もし、雨が降らなかったとしたならば、他の人たちの面目も立ったので、彼らは、そのお婆さんをか
らかったか、などと私は勝手に想像しておりますが、そんな彼らの後知恵なんぞは、どうでもいいので
す。むしろ、肝心のお婆さんは、どうしただろう、と考えざるをえないのです。私は、お婆さんは、雨は
降らなかったけれど、神様には神様の思し召しがある(のだろう)、と動揺することなしにと静かに思い
、神様を信じ続けた、と話を結びたく思います。
しかし、私自身は、ずるいですね。そのお婆さんとは違って、私ならば、そうした場合、そうした局面
では、雨が降らなかったような場合の答え、超越の摂理は人の知る所ではない、を前もって用意する
にきまっているからです。それで、今あらためて願っております。私は、そのお婆さんのようでありたい
、と。何とはなしの話になったかも知れませんが悪しからず。
太田将宏 (2008 年 10 月 7 日)
Y.T. 様
ご無沙汰いたしましたが、Y.T. さんも引退後の生活に慣れてきた頃ではないか、と推察しておりま
す。こちらの方でご無沙汰していましたのは、何か、話の接ぎ穂を失ってしまったように感じていたの
と、昨年の十月から、故あって、ドストエフスキーの<<カラマーゾフの兄弟>>についての試論を
書き続けてきて(特に頭の中が)忙しかったからでしたが、Y.T. さんの方から、書くことを億劫に感じ
る、というようなことを書かれてきたことも遠慮した理由の一つでした。しかしながら、Y.T. さんは、私
なんかよりも余程に多くの論文などを書き、発表されてきたのではないでしょうか。
182
これから<<罪と罰>>についても書こうとしておりますので、当分の間、こうした生活が続くかと思
われ、Y.T. さんと文通していた頃、D. Bonhoeffer の聖書の非神話化についても学ばなければいけ
ないと思いながら、それも先延ばしになりそうです。そんなわけで、当分の間、きちんとは説明できな
いのですが、Y.T. さんは学者なので、様々な事象から論理を抽出することには、これまた私なんぞよ
り慣れているのではないかと推察され、古代人が書いた旧(、新約)の神話(じみたもの)から、彼らの
抽象性を欠いた具体的な表現のみに限られた言葉で書き残された文献から、彼らが抽象化しては
言い顕わせられなかった概念を察していただけるならば、と期待しております。これは浅野純一先生
も言っていたことですが、まったく、古代のヘブライ語には、例えば「歴史」、という抽象語も無かった
くらいですので、まして、「超越」などという言葉自体が無かったことでしょう。それが故に「神は」、「我
はありてあるものなり」、と言った、としか記述されていないのですね。これを、実存主義的な現代語
に翻訳すると、超越的な存在は(それがもし存在するならば、その啓示として)、本質的な存在である
と同時に実存的な存在である、となるわけですね。Y.T. さんは、神がかった話や神話的な奇想天外
な話題は、あまり好きではないのではないでしょうか。でも、旧、新約は、古代人が彼らの言葉で不器
用に書き残したものだとしても、その現代にも通じる背後を考察しては頂けませんか。私の方では、
試論を書き上げ次第、それをもお送りできるならと思っております。多少は上記の話題にも関連して
おりますので。
おくばせながら、今年もお元気でお過ごし願います。
太田将宏 (2009 年 1 月 25 日)
S.M. 様
…(前略)…
北森神学のユダヤ。キリスト教に於ける霊魂不滅の否定説なのですが、私は、彼の著書では<<
神の痛みの神学>>を読んだだけでして、昔、その神学を信奉していた人に最近、問い合わせたの
ですが、彼も口を濁しているのですね。私はと言えば、それを肯定も否定をもしておりません。Jesus
の復活は身体ごとでしたし、新約の別のところでは、「新しい体」と書かれているところがありますが、
要するに誰にも分からないのです。ただ、私は、それをも超越的な存在に任せる、という横着を決め
込んでいる、と言ってもいいのかもしれません(S.M.さんのご理解を期待しているのですが、この私の
悪たれた言い方の方が、懐疑のlevelが低い「キリスト信者」の口移しよりはましかと思われます)。ま
あ、洋の東西を問わず、仰るとおり、「神」を信じている人々は、不死を霊魂の不滅として信じている
のでしょうし、更に私は、ドストエフスキーも同様ではないか、と推測しているのです。ただ、私は、こ
れもまた私流の新約の非神話化なのですが、罪あるがままの自身の存在が、そのままに肯定される
かどうか、もし(新約の言葉での)「義」とされるならばそこに救済がある、と理解しております。その救
済が、終末であると同時に現在なのですね。しかし、その瞬間を私が知覚できるかどうかについては
、それもまたJesusにまかせっきりでして、ずぼらを決めこんでいるのです。
…(後略)…
太田将宏 (2011年4月11日)
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183
結
カシオ計算機の名誉会長であった故樫尾俊雄氏は、「考えることと、勉強することは違う。発明に
勉強は障害になる」、との自らの発想法を明かした、とのことであるが、それを、私は、勉強にて留ま
るならば、創造に寄与しない、と受取っているのです。私は、この一連の mails の交換にて幾人かの
学者諸氏とも交信してきたのですが、彼らは、勉強だけにて疲れきってしまい、それが故にも、最良
の場合に於いてでも、誰々の、何々についての権威、というところでおさまりかえってしまうのではな
いでしょうか。つまり、S.M. 氏にしろ、Y.T. 氏にしろ、ただ哲学を弄んでいたのではないか、というの
が私が率直に述べようとする総括なのです。しかしながら、よくもまあ、彼らは、あそこ迄も私に付合
ってくれた、その一件に関しては感謝しなければならないのでしょう。S.M. 氏は、次のような最後の
mail を私に送ってくれました:
太田将宏様
メール遅れてすみません。体調が悪いだけでなく、文字を打つのが困難になっています。そこで、
必要なことから書かせて頂きます。本文に見出しが無いのが読みにくいと思います.見出しを入れて
テーマをはっきりさせれば読みやすくなると思います。
出版だけを考えて、思い切って半分程度にちぢめて出版するのはどうでしょうか。その方が出版し
やすいと思います。
「議論の相手が無名」と言う件ですが、権威云々という意味ではありません。例えば、S.M. との議論
ですが、太田さんは彼を知っているが、読者は知らないという意味です。だから読者はコメントできな
いのではないでしょうか。隣のおじさんのものまねがそうです。聞き手は似ているかどうか判断できな
い。内容については、いずれ書かせていただきます
S.M. (2012年2月20日)
これは、次に視るように、彼の逝去の七日前の日付です。ALS で苦しんだ彼としての壮絶な最期
ではなかったのでしょうか。次は、S.M. 氏の息女が彼の家族を代表して送ってくれた mail です:
太田様 メールありがとうございます。娘の S.R. です。トロントでは大変お世話になり,有難うござい
ました。皆様、お変わりありませんか?
父がお世話になっておりましたが、つい先日(16 日午前 0:12)他界いたしまので、ご報告させてい
ただきます。今まで本当にありがとうございました。お体にお気をつけ下さい。
家族一同 (2012 年 2 月 17 日)
誰かが、何を言われたか、何を為されたかよりは、何をしてくれたかを考えた方が良い、といってお
りましたが、私は、S.M. 氏の好意の大きさに較べ、自分の人間としての小ささを身に沁みて感じてお
ります。私が、中学生の当時の校長が、「剃刀では大木を倒せない。大木には鈍刀が必要だ」、と言
っていたことを思い出しております(N.B. 当時では chain saw などは普及していなかったのです)。
私は、以下の mail を返信として書くことしかできませんでした:
S.M. 氏のご家族の皆様
S.M. 氏のご逝去に伴いまして、先ずは S.M. 氏のご冥福とご家族の方々へのお悔やみを申し上げ
ます。
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小生自身、寂寥感に襲われておりますが、それは、ご家族の方々には更にひとしおではないか、と
察しております。また、ご息女、S.R. 様よりのご報告を感謝しております。久々に S.R. 様からご丁寧
なお便りを頂いたのですが、なつかしく感じる一方、S.M. 氏の「お互いに最後まで頑張ろう」との言
葉につられ、あまえ、それこそ最後まで苛烈な対話でのmailsを送り続けてきたことに今更ながら心
が痛み、忸怩たる思いの心境にあります。ただ、それも、S.M. 氏を(仮に論敵にあったとしても)尊敬
していたが故、とご容赦願えるならばと願っております。小生にとりましては、S.M. に最後まで付合っ
て頂いたことは感謝が余りあるものなのです。
此処まで書いてきまして、故 S.M. 様に捧げる為、Luigi Cherubiniの<<Requim>>を懸けま
した。たかが音楽、と心外に思われるでしょうが、遠く離れた私が S.M. 氏への弔いを表現することと
して出来ることはこれくらいのことしかありませんでした。しかしながら、私に出来ることだけはしたい、
ということだったのです。ただ、クリスチャンくずれの私が、過度の感傷を避ける為に懸けたこの男声
合唱版を今日ほどの祈りの気持ちにてmissaのtextを追ったことはありませんでした。S.M. 氏に倣
い、私も最後まで頑張ろうとの気持ちを新たにした次第です。
残されたご家族の方々の悲しみからのご回復とご健康をお祈り致します。また、奥様、S.R. 様、(未
だお会いしたことのが無いのですが)ご子息、S.R. 様、北米方面にご旅行がある折には我が家にも
お立寄り願います。
太田将宏 (2012年2月17日)
Soli Deo Gloria.
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185
参考文献
<<瞬間>>
(音楽に関する四部作)
S. Kierkegaard
太田将宏
<<前奏曲集 Ⅰ>>
<<前奏曲集 Ⅱ>>
<<間奏曲集>>
<<後奏曲集 >>
―
―
―
―
<<あれかこれか>>
実践知性批判
人生行路の二段階
純粋意識批判
<<愛と生命の摂理>>
太田将宏
― 哲学断片前書
― 哲学断片 並びに 神学断片
― 神学断片後書
太田将宏
― <<罪と罰>>についての試論 並びに <<カラマ
ーゾフの兄弟>>についての試論
― 総論
― 我が闘争
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186
あるアマチゥアの覚書
私はアマチゥアである
主題なき変奏
後書ばかり
著者: 太田将宏
初版: 2011 年 12 月
改訂: 2014 年 5 月
(非売品)
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