「実質賃金」の本質とは (2014.10.03 衆議院予算委員会の感想含む) 実質賃金が上がっていないというデータが今秋出回り、メディアも一斉に取りあげました。10月3日の衆議 院予算員会では安倍総理が民主党・前原元党首の追求に追われる場面が頻繁に報道されました。 厚生労働省が 12 月 2 日発表した 10 月の毎月統計調査が実質賃金 2.8 パーセント減、16 か月マイナスであり ました。(※1) しかしこの実質賃金アップという言葉、一般的にはどんなイメージを持たれているのでしょうか。 おそらく理想としては良性インフレに給料アップが追いつく現象を思い浮かべるのではないかと思います。物 価は上がるけど同等かそれ以上にお給料も上がっていく。こういう理想がアベノミクスです。 ですが現実はそうはなっていません。実質賃金の低下現象はデフレ脱却がいかに難しいかを物語っています。 そして実質賃金の低下が招くさまざまな社会現象が何重にも折り重なっています。 日本の全産業の8〜9割を占める中小、そして零細企業(※2)、つまり下請け企業の多くは長いデフレ不況にお いて商品単価を抑えられ続け、そのぶん利益の薄い仕事をたくさん抱え込むことでどうにか経営を繋いできまし た。下請けに行くほど毎月従業員の給料を支払うために儲けの出ない仕事を引き受け、どうにか現金を回してき たというのが現状です。 人を雇う余裕がない企業は、少ない人数でたくさんの労働をさせなければなりません。つまり労働者にとって は、労働量は増えているのに賃金は上がらない、という現象が起きるわけです。 ここに実質賃金という言葉に対するイメージの本質があるように思います。 要するに、労働量が増えて忙しくなっているのに給料は上がらないという現象は、実質賃金減なわけです。増 えるべき賃金が増えていないのですから賃金は低下しているとみなすべきです。 どうでしょうか。物価上昇率に給料アップが追いつかない現象だけが一般的な実質賃金減のイメージで語られ ていますが、じつは労働対価がマイナスになっているときも当然、実質賃金減といえるわけです。 さらに言えば、労働量が増えているのに賃金が上がらない状態はストレスのタイプがよくないように思われま す。というかたちが悪い。 自分は損をしている、社会から不遇な目にあっている、というストレスは暴力性を招きやすい。差別やヘイト スピーチ、いやな事件が頻発する近年の現象は、このストレスタイプが遠因ではないと否定できるでしょうか。 また利益の出ない仕事をたくさん抱える企業は、商品・製品の品質を低下させがちになり、ごまかすようにな り、その果てに食品偽装問題があり、建築手抜き問題があり、企業の隠ぺい問題があり、安全毀損問題があり、 そして世界に誇る日本のモノづくり精度の高さはどんどん損なっていく傾向にあるわけです。 いっぽう元請け会社は、下請け企業に商品単価を下げてもらうお願いをする場合、下請けがどんな悪い工夫を して商品を納品してくるかそのリスクをマネジメントする認識が足りないように見受けられます そうした問題を起した企業の謝罪会見を散見してきたわたしたちは、企業のリスクマネジメントについていい イメージをもっていません。 大企業病という言葉が生まれ、無責任体質に慣れ、いつのまにか元請けに当たる大きな企業とはそういうもの だという認識が一般的になっていて、下請けの企業は目先の薄い利益に飛びつくほかなく、従業員の賃金を上げ ることができないままなし崩し的に労働量を増やしてきたのが現状です。 衆議院予算員で行われた実質賃金についての安倍総理と民主党の応酬は、追求するほうもされるほうも実質賃 金低下の本質的なイメージがないまま数字だけを追ったむなしい内容でした。またそれを報じたメディアも実質 賃金低下の持つ社会不安について深い考察で語られることはなかったように見受けられました。 さて、それでは政治が悪い、大企業が悪い、という批判が実質賃金低下の本質的な理由に当たりうるかという と、わたしはそうとは言えないと考えます。 わたしたちは税金を払っているからと言って社会のお客さまではありません。まるでレストランのテーブルに 座って料理が悪い、注文と違うとクレームをつけるような感覚で政治や大企業を批判しても政治や大企業は何も 変わらないのが資本主義の原理です。 小さな企業では、とにかく目先の現金のために儲けにならない仕事を受けざるを得ず、景気対策やアベノミク スは自分たちに関係のない話だと思っている経営者も多いと思います。 しかしアイデアは必ずあります。たとえば、従業員に労働量が増えて賃金を上げられない場合、長時間労働を させてしまうようなら1.その一人分の長時間労働を二人に分ける。仮に 12 時間労働なら 8 時間と 4 時間に分 け女性活用効果をねらって女性パートを雇う。2.あるいは作業効率を上げるためにグループワークにする。な ど、じつはやり方は意外にあるものです。 こういうアイデアは家や仕事場で頭を抱えていても浮かんでくることはありません。 多少お金はかかってもセミナーに通ってみたりコンサルタントに相談してみるのもいいでしょう。 そうした切磋琢磨から生まれる中小企業の現実的な視点というものを体得し、実質賃金アップのためには政治 はこういう政策をすべきだという声を、地元の議員やメディアにどんどん発言してゆくべきです。 その声をメディアが拾い上げ、専門家が議論し、政治を動かし、行政に命令するという循環を正常に機能させ ることが社会のほんとうのあるべき姿です。 つまりは、実質賃金が上がらず不遇な目にあっている人たちこそ本当の意味で社会というレストランの料理人 に当たるのです。けしてお客さん気分でクレームをつけている間は社会は絶対に変わりません。実質賃金減とい う悪い食材を、ほかのどの食材と折り合わせて、どう料理して、どう盛り付ければおいしい食事に仕上がるのか、 それを考えるのは小さな企業で賃金が上がらず喘いでいる人たち自身です。 2014.12.11 西尾正章 (※1) 2014.12.02YOMIURIONLINE 経済面より (※2)中小企業庁 中小企業・小規模事業者の数(2012 年 12 月時点)の集計結果より
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