フェス旧市街の空間構成 - 都市計画DocumentSV

平成 24 年度 都市計画主専攻 卒業論文中間発表会
2012.11.21
フェス旧市街の空間構成
都市文化共生計画研究室 200911354
清水薫
担当教員:松原康介
1-1.研究の背景・目的
近年、都市の構造は大きく変化し、ヒューマンス
1-2.研究の方法
モロッコにはマラケシュの国内最大規模の旧市街(約
移民が住み分けたとされる。(図 3)年表(表 2)に見ら
6 ㎢)、最古の歴史を持つフェスの旧市街(約 2.5 ㎢)、
れるように多くの王朝が取って代わるようにフェス
小規模ではあるが保存状態が良好なメクネスの旧市
を支配した。そのため多くの人、物、情報が集まり
街(0.6659k ㎢)等が存在する。こうした住環境の形成
お互いに街区を形成しながら発展した。
には以下の 3 点が大きく影響している
①歴史的街区の形成
①既往研究を調査し、イスラム都市に関する歴史・
出自が同じ者達が居住するまとまりのことを言う。
ケールの都市空間が消失している。研究対象地であ
空間の変遷を整理する。
それぞれの街区が得意産業を持ち工房や商店と結び
るモロッコでは多くの興味深い歴史都市の空間構成
②現地調査を実施し、現状を把握する(2012.7.25~
つき組織化されていた。街区ごとに長老(ムカッダム)
が保存されている。
8.16 に実施)
が自治していたため、住民の意見に基づくミクロな
③高橋信二氏(1996)作成の地図(図 1)を用いて分析用
街づくりが可能であった。
データを作成し分析を行う。
②増改築のルール「公私の分離」
既往研究を調査すると、木島らが「イスラーム都市
解析作業」¹⁾の中で 18 のイスラム都市を例に、袋小
路と道路総延長の関係について分析を行っている。
商業や学問等の場である公的空間と住宅のみから
また同書の中で、山田らはフェス旧市街のフンドゥ
2-1.旧市街概要
成る袋小路や中庭等の私的空間の分離のことを言う。
クの建築形態とその実態について実例を取り上げ建
一般にイスラム都市の旧市街は、複雑に入り組んだ
ベシーム・S・ハキームによると、そのルールは街路
築形態やその用途ごとに分類を行い考察している。
迷宮の様な街路と細胞のように密集した住宅や施設、 の幅員や利用権、窓の高さの規定や隣人の先買権の
今村らは「イスラーム世界の都市空間」²⁾の中で、イ
それらを取り囲む城壁から成る。(図 2)
スラムの文化や人々の生活について言及している。
保障等広範に及ぶものである。(表 1)
③ハブス
しかし、モスク、マドラサ等の公共施設と周辺施設
ハブスとは商店が所有する土地や建物をハブス物
の空間構成を分析した研究は見られなかった。
件として公共施設(モスクやマドラサ)に寄付するこ
そこで、「街路による空間の構成という観点から、
とである。運営側はその土地や建物からの利益を施
A:ユダヤ人街区
B:ベルベル人街区
A:政庁カスバ
C:アラブ人街区
B:ユダヤ人街区
図 3)創世記(809 年頃)(左)と両岸統一頃(1070 年頃)(右)の市街地想像図
年代
788年
809年~
1056年~
1070年
1248年~
1269年
1276年~
1912年~1956年
現代
出来事
イドリス一世がフェス川右岸にイドリス朝を興す(首都はフェス)
左岸にも都市が発展
ムラービト朝、ムワッヒド朝による支配
マラケシュに遷都。フェスは省都として繁栄(現在の城壁の起源)
マリーン朝による支配
フェスに再遷都
フェス・ル=ジュディード建設(軍事・行政の集積地区)
フェスのフランス保護領化
旧市街の保存、新市街・郊外地の発展
表 2)フェス形成過程の略年表
公的施設等の分布と街路・街区等の関係や構成を分
設の補修や増築に還元していた。運営手法としてハ
現在は 2 本の主要通り主要道路タラー・ケビーラ、
析し、それぞれの施設、街路の持つ役割を明らかに
ブス物件を建築行政役所として用いることが多く規
タラー・セギーラ沿いには観光客向けの皮製品を扱
すること」を目的とし、研究を進める。特に最古の歴
模と形態は一定に保たれた。これが旧市街の保存に
う店舗や伝統衣装ジラーヴァを扱う店舗、カフェ等
史都市であり、規模もマラケシュに次いで大きく、
大きな役割を果たしている。
が並ぶ。一方そこから一本派生した住宅用通路には
(松原康介、「フェスの保全と近代化」⁴⁾,pp21-30、2008 を参照)
保存状態の良さから見ても旧市街の代表例と呼ぶに
閑静な住宅地やホテルがある。(図 4,5)
ふさわしいフェス旧市街を研究対象地とする。
図 2)フェス旧市街
2-2.フェス旧市街の歴史的・空間的変遷
フェス旧市街はフェス川両岸を起源とし、カラウィ
ン・モスク、アンダルース・モスクを中心に発展し
た。川を挟んで西側にはチュニジアのカイラワーン
からの移民、東側にはスペインのアンダルス地方の
1.害の回避
2.相互依存
3.プライバシー
4.先行権
5.空中権
6.他人の財産の尊重
7.隣人の先買権
8.公共通りは道幅最低7ジラー
9.公共通りに障害物を置かない
10.余分な水は独占してはならない
11.建物所有者が隣接する私有地を利用できる
12.悪臭、騒音の発生源のモスクに隣接の禁止
図 1) 高橋信二、「フェス旧市街の通りと歴史建築の地図」、1996
図 4,5)主要通り(左)と住宅用通路(右)の写真(現地調査にて撮影)
建築の原則と行動のガイドライン
自分の正当な権利を他人に害を及ぼさない限り全面的に行使できる。
イスラムの価値観から成る自己抑制的な行動を推奨する原則。クルアーンの章句が由来。
「視線の見通し」によるプライバシーの侵害の禁止。無断進入の禁止。
時間が経過し既成事実になったものに関して一定の権利を与える。窓の位置等。
建物の上空への増築を認めるもので隣人の日照を妨げる場合も認められる。(「害の回避の例外」)
財産の所有権は尊重されねばならず、所有者に迷惑をかけるいかなる行為も許されない。
売り出される施設や土地の隣人や共同利用者が(優先的に)購入する権利を与える。
ラクダ2頭がすれ違うことのできる幅がこの道幅の根拠。高さにも言及されており水平に3.23~3.50mの規定。
一時的であろうと恒常的であろうと禁止されている。
水源の所有者は余分な水を分け与えるべきことと定めた。イスラーム都市の公共の水場を作り出した原則。
外壁に隣接する空間をその住宅の持ち主は恒常的に占拠しなければ動物を繋いだり商売してよいという原則。
モスクの近隣に作られるスーク(市場)の商品の配置に影響を及ぼした。
表 1)建築の原則とガイドライン(ベシーム・S・ハキーム、「イスラーム都市」³⁾,pp11-13,p166、1990 を参照)
本研究はフェス旧市街の歴史的空間の保存に大き
な役割を果たしているモスクやマドラサ等のハブス
施設に特に着目し、それらと周囲に立地する住宅や
商業施設との関係について分析を行う。
3-1.GIS によるフェス旧市街の空間情報
分析の対象地は図 6、表 3,4 の通りである(図 1 の
部分)。分析対象地を以下のように設定した理由
は、この対象地が①主要通りタラー・ケビーラ、タ
ラー・セギーラを含むこと②代表的な公共施設であ
りハブス施設でもあるムーレイ・イドリース聖廟、
マドラサ・ブー・イナニアを含むこと③その他の公
共施設も最も多いエリアであること、の 3 点が挙げ
られる。
3-2.モスクの周辺施設の集計(50m バッファ)
表 3)図 8 の凡例
用途
住宅(19世紀以前)
住宅(20世紀以降)
パレス
モスク
マドラサ
フンドゥク
霊廟・記念碑
パンを焼く場所
商社
ハマム
公衆トイレ
その他
a
b
c
d
e
f
g
h
i
j
k
施設数
2296
239
87
66
9
65
46
24
16
16
13
284
表 4)図 8 の各施設の用途と施設数
19世紀以前の住宅
20世紀以降の住宅
美しい家とパレス
マドラサ(マドラサ)
記念碑(霊廟)
フンドゥク
パンを焼く場所
ハマム
公衆トイレ
商社
その他
表 5)表 6 の略字
モスクID
0
1
2,3
4,5
6,58
7,8
9
10
11(カラウィン・モスク)
12
13
14
15
16
17
18
19
20
21
22
23
24
25
26
27
28
29
30
31,32
33
34,35,36
37
38
39
40
41
42
43
44
45
46
47
48
49
50
51
52
53
54
55
56
57
59
60
61
62
63
64
65
a
9
52
31
28
66
72
61
56
104
32
37
28
35
82
28
14
36
52
48
37
54
56
56
56
52
52
59
65
53
58
42
53
48
69
43
59
53
58
59
b
11
1
0
6
0
0
0
0
0
0
0
0
0
0
9
17
8
1
0
0
1
0
0
0
0
0
1
0
0
0
1
0
0
0
0
3
0
0
0
c
0
0
1
3
1
0
1
0
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0
0
0
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3
2
0
0
0
2
6
1
2
5
0
2
3
1
2
1
1
2
1
0
0
1
0
d
1
0
0
0
0
0
0
0
4
2
0
0
0
1
1
0
0
0
0
0
0
0
0
0
0
0
0
0
0
0
0
0
0
0
0
0
0
0
0
e
0
0
2
0
1
0
0
0
0
0
0
1
1
0
0
0
0
5
2
1
1
0
0
5
1
0
3
1
0
0
7
3
3
1
2
1
2
0
0
f
3
1
3
4
1
0
0
2
9
3
8
4
5
3
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0
0
0
2
3
6
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0
0
0
0
0
0
0
0
0
0
0
0
1
2
0
0
0
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1
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2
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0
1
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0
0
0
0
0
1
1
1
0
1
1
0
1
1
0
0
0
1
0
1
1
1
0
h
2
0
1
0
1
1
0
1
1
0
0
0
0
1
0
0
0
0
0
1
0
0
0
0
0
1
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0
0
0
0
0
0
0
3
0
0
1
1
i
1
0
0
0
0
0
1
0
1
1
0
0
0
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0
0
1
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0
0
0
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0
0
0
0
0
1
1
0
1
1
j
1
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0
0
2
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0
1
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2
3
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0
0
0
0
0
0
0
0
0
0
1
0
0
0
0
k
2
4
2
0
0
2
2
7
19
12
20
14
22
5
3
1
1
6
6
6
4
4
0
5
4
0
2
3
0
2
3
1
4
5
6
8
2
1
2
51
50
0
0
1
0
0
0
0
1
1
5
1
1
3
1
0
0
1
1
5
6
58
62
54
0
0
0
0
0
4
0
0
0
1
2
0
0
2
0
1
1
0
1
0
1
0
1
1
0
1
0
8
6
0
45
0
8
0
0
1
1
1
0
0
2
53
0
1
0
1
1
0
0
0
0
2
24
58
29
57
11
3
0
0
0
7
4
9
3
1
0
0
0
1
0
0
0
0
1
1
1
5
0
4
0
2
1
0
0
0
0
0
1
0
0
2
0
0
0
0
1
2
0
1
0
1
0
3
5
2
2
4-1.現地調査を踏まえた集計分析の検証
モスクとその周辺の施設や住宅の占有状況に関す
る分析を行った結果、モスクの周辺施設の立地には
ブー・ジュルード門から旧市街の中核を成すカラ
ウィン・モスクまでに分析の対象を絞ったが、より
これにより、これまで議論されてきた、富裕層が所
広範囲での分析を行い更に精度の高い検証結果を得
有するパレスをハブス物件としてハブス施設である
る。
モスクに寄付しているという仮説を定量的に証明s
ることができた。また、パン工房も近隣に立地する
6-1.参考文献・資料
傾向にあることが判明した。パン工房は 24 件とその
数は少ないが多くのモスクの近隣にパン工房がある
・木島安史,「イスラーム都市解析作業」,1990
ことが表 6 から分かる。
・ベシーム・S・ハキーム、佐藤次高監訳,「イスラー
また、「建築の原則とガイドライン」にあるように
モスクの周辺には飲食店がほとんどなかった。(図 7)
ム都市」、第三書館、1990
・米山俊直、村川敏弘,「モロッコの歴史都市フェス」,
平凡社,1996
・陣内秀信、新井勇治,「イスラーム世界の都市空間」,
法政大学出版局,2002
・松原康介「モロッコの歴史都市フェスの保存と近代
化」,学芸出版社,2008
写真からも分かるように露店を出している者は時々
いるが、現地調査で見た際、モスクに隣接する通り
の対面にはジラーヴァ(伝統衣装)や金物売り場がほ
とんどであった。
5-1.今後の展望
①マップの充実化
街路のデータに関して不足があるので街路のレイ
ヤを充実化し街路に関する分析を行う。
→ヒューマンスケールの都市に関する分析に繋がる。
②分析の継続
パレスがモスクの周辺に立地する傾向にあること
は把握できたが、その他の施設に関しても分析を行
う。
③現地調査で得た情報の反映
地図にプロットした主要通りに並ぶ店舗と周辺施
図 6)GIS を基に作成した対象街区のデータ
④広範囲での分析
パレスの立地が大きく影響していることが判明した。
図 7)左側はカラウィン・モスクの壁面
表 6)集計結果
設の関係についても分析をする必要がある。