脊髄小脳変性症の理解のために[PDF:6.95 MB]

東京都立神経病院
1
はじめに
この冊子は、脊髄小脳変性症で療養中の患者さん及びそのご家族のために作成され
たものです。内容は、病気についてのご説明をはじめ、看護、リハビリテーション、福
祉、そして在宅療養支援など療養する上で必要なことを部門別に、また多くの方にお
読みいただけるよう、症状の軽い方から比較的進行した方までを念頭に置いて、 で
きるだけやさしく解説致しました。したがって、現在のご自分の症状に当てはまると
ころだけを参考にしていただければよいと思います。また、本冊子には各部門ごとの
質問コーナー、有用情報の紹介(書籍やホームページ)、投書用のご意見用紙など
も設けてありますので、皆様にとってこの手引書が療養する上での羅針盤となれば
幸いです。
緊急時連絡先
家庭医
専門病院
① 東京都立神経病院
② 東京都立府中病院ER(急患室)
042-323-5110
042-323-5111(代表)
③
④
その他
①
②
表紙: 地上に育つ木は、幹を脊髄に、枝を末梢神経に、葉を全身の各組織に見立てることがで
きます。大地からさまざまな栄養を吸収して成長する木のように、本冊子から得たさま
ざま知識で療養生活が少しでも豊かになりますように。
2
目次
Ⅴ.社会福祉
Ⅰ.病 気 を 知 る
1.脊髄小脳変性症とは
4
2.非遺伝性脊髄小脳変性症の代表:
多系統萎縮症
5
3.遺伝性脊髄小脳変性症の代表:
MJD,DRPLA,SCA6
7,8
4.最近の研究の進歩
8
5.質問コーナー
10
1.制度の活用
2.医療と保険の給付
3.介護保険
4.身体障害者福祉
5.年金
6.相談窓口
7.質問コーナー
Ⅱ.治 療 と 対 策
1.運動障害に対して
2.自律神経障害に対して
3.呼吸障害に対して
4.嚥下障害に対して
5.質問コーナー
Ⅵ .在 宅 療 養 支 援
13
14
17
19
21
1.
2.
3.
4.
5.
23
30
31
Ⅳ. リハビリテーション
1.はじめに
2.運動療法について
3.歩くこと
4.道具の選び方
5.自宅の改造
6.手・会話の障害
7.飲み込みの障害
8.家庭で行う運動プログラム
9.質問コーナー
通院が困難になった時
訪問診療・看護の利用
地域で受けられるサービス
在宅療養で役立つあれこれ
質問コーナー
54
55
56
57
59
Ⅶ.有用情報
Ⅲ.看 護
1.日常生活の援助
2.日常生活で注意する点
3.質問コーナー
46
46
48
49
49
51
52
33
33
34
34
37
38
39
40
44
3
1. 書籍紹介
2. ホームページ紹介
3. 難病相談
60
61
61
Ⅷ .患 者 会
62
索引
63
おわりに
65
ご意見用紙
67
Ⅰ 病 気 を知 る
この項では、脊髄小脳変性症の概念や症状、最近の研究
の進歩などについてご説明します。
脊髄小脳変性症(英語でS pinoc erebellar degeneration
といい、その頭文字をとってSCDといいます)とは、
いわゆる神経難病といわれる疾患の一つで、小脳を中心に、中枢神経系(大脳、
小脳、脳幹、脊髄からなる神経組織)が広く障害される原因不明の緩徐進行性の
疾患群です。中枢神経系の中でもどこが障害されるかによって、それに対応した
症状が出現します(下図)。一般的には、小脳症状と言われる歩行時のふらつき
やパーキンソン症状の一つである動作の緩慢さで発症することが多く、徐々に呂
律の回りにくさや飲み込みにくさ、また立ちくらみや尿失禁などの自律神経系の
症状が加わります。数年で車椅子を必要とすることが多いのですが、人によりま
た病型により進行の速さは大きく異なります。脊髄小脳変性症の発症頻度は、人
口10万人あたり約10人と言われ、神経難病の中ではそれほど希な疾患ではありま
せん。脊髄小脳変性症のうちおよそ60%は孤発性ですが、家族性に(血縁のある人に)
発症する場合が40%ほどあります(遺伝性脊髄小脳変性症又は脊髄小脳萎縮)。
脊髄小脳変性症とは
障害部位
大脳(基底核)
小脳
脳幹
脊髄
主な症状
動作が遅い、歩幅が狭くちょこちょ
こと歩く、表情が乏しい
呂律が回らない、ふらつく、字が書き
にくい
立ちくらみ、手足のやせ、尿失禁
左図に示した中枢神経系のうち、どこが障害されるかによっ
て、それに対応したいろいろな症状(上の表)が出現します。
実際には、これ以外にも後述するような種々の症状が出現
し、かつさまざまな程度に組み合わさって出現してくるので、
より複雑な症状となってきます。
脊髄小脳変性症は右図に示したよう
に非常に大きな概念で、基本的に非
遺伝性と遺伝性とに分かれます。そ
して、各々がさらに多くの病型に分
かれます。ここでは、それらの中で
もとくに頻度の高い代表的な四つの
疾患(MSA, SCA3, SCA6, DRPLA)に
ついてご説明します。
多系統萎縮症:MSA
エス・シー・エイ・スリー:SCA3
エス・シー・エイ・シックス:SCA6
歯状核・赤核・淡蒼球・ルイ体萎縮症: DRPLA
4
非遺伝性の脊髄小脳変性症:多系統萎縮症
多系統萎縮症(英語の頭文字をとってMSAといいます)という病名は、今まで小脳
症状の目立つオリーブ橋小脳萎縮症(OPCA)、パーキンソン症状の目立つ線条体黒
質変性症(SND)、自律神経症状の目立つシャイ・ドレーガー症候群(SDS)と呼ば
れていた三つの病気を一つにまとめた総称名として使われます。なぜこのように呼
ばれるようになったかのと言いますと、この三つの病気は左下図に示したように、
症状が進行するといずれも以下に述べる三つの主要症状が出現し(臨床的共通性)、
また脳の細胞を顕微鏡で詳しく調べると非常に共通した所見を示す(病理学的共通
性)からです。したがって、最初はオリーブ橋小脳萎縮症とされた診断名が、途中
から多系統萎縮症に変わったとしても、呼び名が変わっただけで、違う病気になっ
たわけではありません。基本となる三つの症状とは、①小脳症状、②錐体外路症状
(パーキンソン症状)、③自律神経症状で、これに種々な程度の錐体路症状が加わ
ります。これらのうちどの症状が最初に現れ、またどのような順序で出現してくる
のかは患者さんによって異なります。右下図は、最初にパーキンソン症状が出現し
た患者さんの例ですが、経過年数(横軸)とともに徐々にほかの症状も積み重なっ
て出現してきます。
調
状
り
まっすぐに歩けず、ふらつきます。また、呂律
が回りにくくなったり(爆発的、あるいは言葉
を一つ一つ区切るような話し方)、字を書くのが下手になった
りします。患者さんは、しばしば「手足の力が弱くなった」と
感じますが、実際には筋力は正常なことが多く、自分の思った
方向へ手や足が向かないための症状です。
1.小脳症状
動作が遅くなったり、歩幅が狭くなっ
たり、方向転換時に転びやすくなった
りします。また、表情が乏しく声が小さくなり、語尾が聞き取りにくくなります。
2.錐体外路症状(パーキンソン症状)
急に起き上がったり、立ち上がったりすると、血圧が下
がり、そのために頭がボーとしたり、失神したりするこ
とがあります(起立性低血圧)。また、トイレが近くなったり(頻尿)、間に合
わずに失禁してしまったり、逆になかなか尿が出ないこともあります(尿閉)。
夏の暑い日でも汗をかかないことに気がつくこともあります(無汗)。
3.自律神経症状
5
上に示した三つの主要症状に加え、錐体路症状といって手指の細
かい運動がしにくくなったり、膝が曲がりにくく、突っぱった歩き方
になったりすることがあります。また、球麻痺といって言葉がはっ
きりしなくなったり、飲み込みが悪く食事のときにむせたり、ある
いはおかしくもないのにすぐに笑い出してしまうような症状が出現
することもあります。
このほかにも、次に示したようないろいろな症状が出現することがあります。
食事性低血圧
食後15分以後から血圧が下がり、1時間以上続くこともあり
ます。食後にウトウトしているようなときには一度血圧を測っ
てみる必要があります。
通常、夜間の血圧は昼間より低目になりますが、こう
した変動が逆転し、夜間に血圧が上昇したり、逆に睡
眠中に異常に低下することがあります。
血圧の著明な変動
睡眠中に大声ではっきりした寝言を言ったり、隣で
寝ている人を叩こうとするなどの異常行動を示すこ
とがありますが、本人は全く覚えていません。レム睡
眠と関係があると言われています。
睡眠中の異常行動
睡眠時無呼吸症候群
声帯外転麻痺
いびきや10秒以上の呼吸停止(無呼吸発作)が睡眠
中に繰り返し出現します。
睡眠中に独特ないびき(非常に大きくて、甲高い音)をか
くことがあり、放置すると窒息するおそれがあります。 下
の図は、のどの内視鏡写真ですが、声帯外転麻痺の患者さ
んでは、覚醒時(③)よりも睡眠時に声門が著しく狭くな
り(④)、この狭いすき間を空気が出入りするときに、独
特な大きないびきが出現しま
す。
正常では、声門(空気の通
り道)はこの程度開いてい
ます。
①
②
③
④
6
声帯 外転麻痺が進行す る
と、声門はほとんど閉じて
しまい、空気が通りにくく
なります。とくに、夜間睡
眠中 にこうした傾向が 強
くなります。
右の図は 、脳の横断面のMRI像で
す。基本 的には小 脳と脳幹 の萎縮
(小さくなること)を認め、経過
A
B
年数とともに進行します。特徴的
きょう
な所見は、橋(脳幹の一部)と呼ば
れる部位にみられる「十字」サイ
ン(図Aの黄色矢印)と被殻(大脳
基底核の一つ)の外側でみられる
「白いすじ」(図Bの黄色矢印)で
あり、神経細胞が障害された結果
生ずる所見です。これらの変化は、
必ずしもMSAでのみ認められるわけではありませんが、診断上重要な所見の一つです。
遺伝性脊髄小脳変性症
遺伝性脊髄小脳変性症は臨床症状が多彩なことから、これまで分類に混乱があり
ましたが、近年多くの疾患が遺伝子診断可能となっており、最近では遺伝子異常に
基づいた分類が一般的となってきています。その多くは常染色体優性の遺伝形式
(常染色体上にある病的遺伝子を両親から一つでも受け継いだ場合に発症する遺伝
形式で、上の世代から下の世代へと受け継がれる)の病気ですが、それ以外の遺伝
形式の病気も少数あります。近年多くの常染色体優性遺伝性脊髄小脳変性症は、脊
髄小脳失調症1、2、3・・(英語ではSCA1、SCA 2、SCA 3・・と呼ぶ)のように番
号をつけて命名されるようになりました。しかし実際には、SCA 3は従来どおりマカ
ド・ジョセフ病(略してMJD)
と呼ばれることが多く、歯状核
赤核淡蒼球ルイ体変性症(DRPLA)
は番号ではなく、DRPLAという
病名が使用されています。当院
での常染色体優性遺伝性脊髄小
脳変性症の相対頻度は、右図の
如くです。各疾患の相対頻度に
は地域差があり、関西ではSCA
6が多く、東北や北海道ではSCA
1、SCA 2の相対頻度が、他の
地方より高いといわれています。
ここでは,代表的なSCA 3、SCA
6、DRPLAの症状について記載
します。
7
SCA 3(マカド・ジョセフ病)
1. 世界的にも、我が国においても常染色体優性遺伝性脊髄小脳変性症の中で最も
頻度が高い病気です。
2. 発症は若年〜中年にわたり、初発症状及び病像は発症年齢によって異なります。
若年発症(<20歳)では、運動緩慢、ジストニア(ある姿勢をとるとき出現す
る四肢・頚部・体幹筋の異常な緊張のこと)、痙縮(つっぱり)が主症
状です(Ⅰ型)。
高齢発症(>40歳)では、小脳症状が前景となり、筋萎縮、腱反射減弱、感覚
障害などの末梢神経障害が加わります(Ⅲ型)。
中間年代(20〜40歳)の発症が最も多く、小脳性運動失調に痙縮をともなう病
像をとります(Ⅱ型)。
3. 若年発症者にみる動作緩慢、ジストニア、顕著な注視性眼振、外眼筋麻痺、顔
面筋攣縮(顔面の筋肉がピクピクする症状)、びっくり眼はこの疾患に特徴的
な症状です。
SCA6(エスシーエイ・シックス)
1. 当院では、3番目に頻度が高い優性遺伝性脊髄小脳変性症ですが、関西方面
では最も頻度が高い病気です。
2. 発症は中年期が多く、ゆっくりと進行する小脳症状(歩行時のふらつきや呂律
不良など)に終始する予後の良い脊髄小脳変性症です。
3. 画像検査では小脳萎縮を認めますが、脳幹その他には萎縮を認めません。
歯状核赤核淡蒼球ルイ体萎縮症 (DRPLA)
発症年齢によって著明に病像が異なります。
20歳以下の若年発症では、ミオクロ−ヌス(体がピクッと動く不随意運動)、
てんかん、精神発達遅延または痴呆、小脳性運動失調症が主症状です。
40歳以上の発症では、小脳性運動失調、アテト−ゼ(ゆっくりとした、力のこ
もったような繰り返して起こる不随意運動)、性格変化、痴呆などが主症状
です。
20〜40歳の発症では、上の二つ病像の移行型を示します。
最近の研究の進歩
近年では、採血をするだけで遺伝子診断が比較的容易にできるようになりました。
遺伝子診断により、同じ遺伝子異常でも患者さんごとに臨床・病理像が大きく異な
ることや、よく似た臨床症状を呈していても原因遺伝子(病気の発症に密接に関係
する遺伝子)が異なることもわかってきました。また家族歴がなく非遺伝性と考え
られる患者さんにも、遺伝子に異常が見られる方もいらっしゃることがわかりまし
た。
常染色体優性遺伝性脊髄小脳変性症の多くにおいては、原因遺伝子内のシトシン
8
(C)、アデニン(A)、グアニン(G)と
いう正常でもみられる三つの塩基が
繰り返すCAGの繰り返し配列が、患
者さんにおいて異常に伸長している
ことが明らかになりました。たとえ
ば、マカド・ジョセフ病ではCAGの
繰り返し数(リピ−ト数)(CAGCAG
CAGCAGというようにCAGがn回繰り返
した場合、CAGリピ−ト数はnとする)
は、正常人では14〜44であるのに、
患者さんでは母親あるいは父親由来
の遺伝子のいずれか、あるいは非常
に稀には両方において56〜86と伸び
ています(右上図)。これらの3塩基の異常伸長による病気をトリプレットリピ−ト
病(CAGが伸長している場合CAGリピ−ト病ともいう)と呼ぶようになっています。
このCAGリピ−ト病の特徴として、①同じ家系内では,下の世代の発症者ほどCAGリ
ピ−ト数が増大し、発症年齢が若くなる、②症状も重症化したり、老年で発症した
人と病像が異なる場合が多い、といった表現促進現象がみられることが多いことが
わかってきました(右下図)。
遺伝子の中のCAGは、アミノ酸の
グルタミンを作る指令を発し、CAG
リピ−ト数が異常に伸びた患者さん
では、グルタミンが異常に伸びたタ
ンパク質が神経細胞の中で作られま
す。このような変異蛋白(正常とは
異なる蛋白)は、正常蛋白と比べて
構造が変化して毛玉のような塊を作
りやすくなり、他の蛋白の代謝にも
悪影響を与えることで神経細胞を障
害し、ひいては細胞死をまねくと考
えられています。前記したSCA 3、S
CA 6、DRPLAは代表的なトリプレッ
トリピ−ト病です。
一方、非遺伝性脊髄小脳変性症の代表格である多系統萎縮症にも、脳内の神経細
胞やオリゴデンドログリアという細胞の中にアルファ・シヌクレインという蛋白を主
成分とする異常な封入体が存在することもわかってきました。
以上のような知見から、遺伝性及び非遺伝性脊髄小脳変性症の多くにおいて、異
常な蛋白の形成と蓄積が神経細胞に対して何らかの作用を及ぼしていることが推測
されています。実際に遺伝性脊髄小脳変性のモデルマウスも作製されており、これ
らのマウスを使って病気の発症機序の解明や治療法の開発をめざした研究が精力的
に行われています。これらのことより、近い将来、病気の原因や有効な治療方法が
開発されることが期待されています。
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質問 コーナー
Q1.脊髄小脳変性症は、人から人にうつることがありますか?
A1. 感染症のように、病原体を介して他の人に感染するというようなことはありま
せん。しかし、家族性(血縁者)に発症するタイプの脊髄小脳変性症(家族のな
かで同様の病気にかかること)があり、その一部で遺伝子の異常が発見されてい
ます。ただし、どのような機序で病気が起こるのかといった点は、まだ十分には
解明されていません。
Q2.脊髄小脳変性症の診断には、どのような検査が必要ですか?
A2. まずは、専門医による詳しい問診と診察でおおよその診断は
つきます。その診断を確定する上で、種々の検査が必要となり
ます。脳や脊髄のCT、MRI、脳血流シンチ、脳波、筋電図、末
梢神経伝導検査、髄液検査等が行われます。また、小脳・脳幹
機能や声帯麻痺の有無、聴力や眼底などの異常の有無などを診
る目的で、神経耳科や神経眼科的検査も必要となります。さら
に、遺伝性が疑われる場合には遺伝子検査も行われる場合があ
ります。
Q3.遺伝子診断とはどういうものですか? どのように行うのですか?
A3. 神経病院では、倫理委員会で承認されたガイドラインにそって、遺伝子診断が
行われています。原則として病気を発症した患者さんに、遺伝子検査の意義と方
法、行うことによる利益と不利益等を十分理解していただいた
上で文書に同意の署名をいただいて行います。実際には、通常
の採血と同じく、患者さんから末梢静脈血を約10ml採血させて
いただいて、その血液から白血球を分離し、さらに遺伝情報が
含まれるDNAを抽出します。このDNAを用い、病気の原因遺伝子
の領域を分子生物学的な方法で解析します。結果は、患者さん
あるいは特殊な場合には代理人の方に直接お伝えし、決して第
三者にはお伝えすることはありません。
Q4.有効な治療法はないのでしょうか?
A4. 現在のところ、病気の進行を止めたり、完治させる治療法は知られていません。
しかし近年、主に遺伝性疾患を中心に発症機序の研究が急速に進んでおり、近い
将来有効な治療法の開発が期待されています。一方、各種の症状に対する治療や
リハビリテ−ションは、症状の緩和や改善に有効であり、第Ⅱ章(治療と対策)、
第Ⅲ章(看護)、第Ⅳ章(リハビリテーション)をご覧ください。
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Q5.多系統萎縮症の夫をもつ妻です。日常生活でどのようなことに気をつけて
いったら良いでしょうか?
A5. この病気は、脳梗塞や脳出血のように急に悪くなったりすることはないことを
お話しして、ご主人が今ある運動機能を積極的に維持し、ご自身でできる範囲の
日常生活動作をこなされるように、適度の介助と精神的なサポ−トをしてあげて
ください。立ち上がったり食事の後にボ−ッとされるときは、血圧が下がってい
る可能性がありますので、座ったり横にしてあげてください。また体温の調節が
難しい方もいらっしゃるので、夏場はエアコンによって、室温を適度に調節して
あげることも必要です。また、ご自身では気づかない症状として、声帯外転麻痺
によるいびき様の呼吸(大きく、甲高い音)や睡眠時の無呼吸がありますので、
これらに気づいたときには主治医の先生に伝えてください。
Q6.遺伝相談はどこで受けることができますか?
A6. 遺伝相談(遺伝カウンセリング)とは、遺伝が関係するさまざまな問題解決に向
けて、相談を受けたい方(カウンセリー)と相談者(カウンセラー)との間で行わ
れるカウンセリング・プロセスのことを言います。遺伝相談の目標は、個々のカ
ウンセリーの"生活の質(QOL)"の向上にあります。しかし、QOLについてすべての
人に共通する価値観はありません。したがって、カウンセリーの人生の目標やQOL
についての価値観、倫理観などを踏まえて、カウンセリー自身が、自らのQOLの向
上のために、適切な選択肢を理解した上で自立的な決定ができ、その決定を尊重
し、それが実現されるように遺伝カウンセラーは支援します。ま
だ全国的にも、脊髄小脳変性症に関してしっかりとした遺伝相談
が受けられる施設(たとえば信州大学遺伝子診療部など)は、非
常に少ないのが現状です。当院でも遺伝相談外来開設にむけて準
備を進めているところですが、当面は患者さんご自身を一番良く
知っておられる主治医の先生にご相談ください。
Q7.東京都から送られてくる臨床調査個人票を主治医の先生に書いてもらう時、
「脊髄小脳変性症」と「多系統萎縮症」の2種類あるのですが、どちらを
提出したらよいのですか?
A7. 脊髄小脳変性症の分類(診断名)によって使い分けています。多系統萎縮症と
診断されている患者さんは「多系統萎縮症」と書かれた個人票を、また遺伝性の
脊髄小脳変性症(マカド・ジョセフ病やSCA 6など)の患者さんは「脊髄小脳変性
症」と書かれた個人票が該当します。よくわからない場合には両方提出していた
だいて結構です。主治医の先生がどちらか判断して記載してくれます。
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Q8.パーキンソン症状があるといわれたのですが、パーキンソン病にもかかっ
ているという意味ですか?
A8. いいえ、違います。パーキンソン病の患者さんで見られる症状(たとえば動作
が遅いなど)に似ているという意味であり、パーキンソン病そのものではありま
せん。ただし、治療はパーキンソン病に対する薬と同じものを使います。
Q9.今後、病状がどのように進むのか心配です。
A9. 残念ながらまだ有効な治療法が開発されていない現在、多系統萎縮症では平均
数年で車椅子、7〜8年で寝たきり状態に近くなることが多いと言われています。
しかし、実際には、こうした経過は個人差が大きく、また遺伝性の脊髄小脳変性症
であるSCA 6という病気では、進行が遅く、10〜20年近く歩行が可能な方もおら
れます.したがって、病気の進行については、正確な診断名を得たうえで、主治
医の先生にお尋ねいただくのが最善の方法と思います。
Q10.最近、夜間のいびきがとても大きくなり、となりに寝ていられないほどで
す。これも病気の症状ですか?
A10. 脊髄小脳変性症の中でも、とくに多系統萎縮症と呼ばれる病気は、しばしば異
様に大きく、かつ甲高いいびきをかくことが知られています。これは、この病気か
らくる声帯外転麻痺という症状の一つで、空気がのど(気管)の狭くなったとこ
ろを強引に通ろうとするときに声帯が振動し、大きないびきとして発生します。
放っておくと窒息死することもありうる、気をつけなければならない症状の一つ
です。ただし、この病気であっても健常人と同じような心配のないいびきをかく
ことはありますから、まず耳鼻科的な検査をうけて心配ないびきなのか、そうで
ないのかを調べることが必要です。
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Ⅱ 治療と対策
脊髄小脳変性症は、現在もなお原因が明らかでなく、した
がって根本的治療法もまだみつかっていません。症状に応
じて、それらを軽減させたり現在の体の機能を保つことを目的とした治療(対症療
法)が主体であり、いろいろな試みが行われています。病気の性質を理解した上で
の日常生活におけるさまざまな配慮・工夫が治療の基礎となりますので、一般療法
の項目として記します。ただし、以下に述べる諸症状は、すべての脊髄小脳変性症
の患者さんで生ずるわけではない点をご理解ください。
運動障害に対する治療
一般療法
症状の進行に伴い転倒しやすくなり、骨折や外傷などの危険があ
りますので、歩行の際には注意が必要です。できる範囲のことは
自分で行うという姿勢でリハビリテーションを継続してください。
薬物 療法
(赤字は商品名の一例であり、同じ成分の薬でも別名のこともあります。)
甲状腺刺激ホルモン放出ホルモン
(TRH)が使用されています。TRHの
作用により小脳におけるノルアドレナリン代謝が促進され、運動失調を改善す
ると考えられています。酒石酸プロチレリン(ヒルトニン:注射薬) 、タルチレリ
ン水和物(セレジスト:経口薬)が国内で承認され、使用されています。
1.小脳症状(運動失調)に対して
2.錐体外路症状(パーキンソン症状)に対して
1)ドーパ製剤 (メネシット、ECドパール等)
脳内の伝達物質であるドーパミンを補充することにより症状の改善
を図る薬剤です。
2)ドーパミン受容体作動薬 (ペルマックス、カバサール等)
脳内でドーパミンが受け取られる場所(受容体)を直接刺激して、ドー
パミンそのものが結合した場合と同様の効果を示すことにより症状
の改善を図る薬剤です。
3)その他
ドーパミン放出促進薬(シンメトレル)、抗コリン薬(アーテン) 等、上
記とは違う働きをもった薬剤が使用されることもあります。
けいしゅく
手足の痙縮(筋肉のつっぱり)に対し
ては、抗痙縮薬(筋弛緩薬)が用いられ
ます。 痙縮の緩和により動作の改善が期待できます。しかし、筋力が低下して
いる場合には、筋痙縮による筋緊張がむしろ姿勢や歩行を保持する重要な要素
となっていることがあります。このような場合 、痙縮の緩和によりかえって筋
力低下が感じられるようになったり、動作しにくい状況になることがあります。
全体のバランスをみながら処方量を調節します。
3.錐体路症状( 痙 縮)に対して
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1) 中枢性抗痙縮薬(リオレサール、ミオナール、テルネリン等)
脊髄の運動神経細胞の興奮性を鎮めることにより効果を示します。
2) 末梢性抗痙縮薬(ダントリウム)
骨格筋に直接作用して痙縮を低下させます。
自律神経症状に対する治療
上半身を起こした時や食後に血圧が低下
する状態であり、全身の血流に障害を及
ぼすと考えられます。脳血流低下によるめまい・失神が代表的な症状です。自覚
症状がない場合でも血圧低下が著しく要注意の場合もありますので、指摘を受け
た際には以下の点を参考に、対処してください。
起立性低血圧・食事性低血圧
一般 療法
1.急に立ちあがらずに、ゆっくりと起きあがる。:急
激な体位の変化に血圧維持が追いつかない状態なの
で、徐々に上半身を起こすことで体を慣らす効果が
期待できます。
2. 起きあがる時は、両下肢をよく動かしてから起きる。
3. 弾性ストッキングを使用する(夜間は外します)。
4. 腹帯などを使用し、腹部をやや強めにずれないように縛る。
上記の2から4は、いずれも下半身への血液貯留を防ぐ効果があります。
弾性ストッキングや腹帯は、薬局や院内の売店で購入できます。
5. 食後はしばらく体を横にする。:食後は食事性低血圧が重なり、低血圧が
起こりやすいため注意が必要です。
6. 入浴は長湯を避け、お湯の温度はぬるめにする。:一般に、入浴中は血管
が拡張するため血圧は低下します。
7. 睡眠時には頭や上半身をやや高めにする(15〜25度程度上げる)。:血圧を
上げる作用に関連したホルモンの分泌が促進され、低血圧の予防効果があ
ると言われています。
薬 物療 法
1. 交感神経刺激薬(ジヒデルゴット、メトリジン、リズミック、エホチール等)
交感神経を活性化し末梢血管収縮等の作用を示し血圧を上昇させます。
2. ノルエピネフリン補充薬(ドプス)
体内でノルエピネフリン(交感神経刺激作用をもつ)に変換され、血圧を上
昇させます。
3. 副腎皮質ステロイド薬(フロリネフ)
腎臓での水とナトリウムの再吸収を促進し、血液量を増大させることによ
り血圧を上昇させます。
これらの薬物療法で、上半身を起こしたときの血圧低下が改善されるも
のの、横になった時に逆に血圧が上がりすぎることもあるので(臥位高
血圧といいます)、横になったときの血圧も測ってみて下さい。
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排 尿障 害
一 般療 法
排尿障害は排出障害(排尿困難、尿閉)、蓄尿障害(尿意切迫、
頻尿)に大きく分けられ、程度の差はありますが、しばしば両
者が組み合わさって出現します。排尿機能検査を行い、 排尿障
害の性質や程度を評価した上で、治療方針を選択していきます。
薬物療法により十分な改善がみられない場合に必要となります。
1.用手圧迫法
排尿後あるいは排尿時に、下腹部(恥骨の上)を手で押して圧を加えるこ
とにより排尿を促す方法です。圧力がかかる姿勢、つまりトイレに座った状
態や、臥床している時には30度位ベッドを上げた状態で行います。
2.間歇導尿
間歇的に、尿道に細い管(尿道カテーテル)を挿入し、膀胱に溜まった尿を
出す方法です。排尿障害の程度に応じて1日に必要な回数を設定し、毎日決
まった時間帯に行うようにします。患者さん自身が行う場合、ご家族が行
う場合、訪問看護を利用する場合がありますが、通常薬物療法で効果がみ
られず、中等度以上の排尿障害がある場合には、下記の尿道カテーテル留
置の方法をとることが一般的です。なお、患者さん自身あるいは御家族が
導尿を行う場合には、膀胱炎などの尿路感染症を防ぐため、尿道口の消毒
や挿入する管の清潔操作など、正しい方法を習得していただく必要があり
ます。
3. 尿道カテーテル
間歇導尿では対応できず、すでに薬物療法による効果も望めず、常時残尿
が200ml前後ある場合には、尿路感染や腎臓に負担をかけないために留置カ
テーテルが必要になります。尿道にカテーテルを留置し、排出された尿は蓄
尿袋に集められます。定期的(通常、2週間に一度)に新しい尿道カテーテ
ルに交換する必要があります。(第Ⅲ章の「看護」の項を参照)
尿道カテーテル留置の管理における、種々なポイントについては、
第Ⅲ章の看護(排泄の項)に詳しく述べてあります。
4.膀胱瘻
腹部表面と膀胱とをカテーテル(やわらかい管)でつなぎ、尿道を経由せ
ずに尿を流出させる方法です。結石や腫瘍、炎症による癒着など何らかの
原因で尿道が著しく狭くなっており、尿道カテーテルの挿入が困難な場合
に適応となります。泌尿器にて手術が必要ですが、その後のカテーテルの
交換は尿道カテーテルの場合と同様です。
15
薬 物療 法
排出障害に対する薬
1. 副交感神経刺激薬 (ベサコリン、ウブレチド等)
膀胱の収縮力を増強させ、尿の排出を高める働きがあります。
2.交感神経α受容体遮断薬 (ミニプレス、エブランチル、ハルナール等)
尿道括約筋の収縮力を減弱させ、尿道内圧を低下させることで尿の排
出を高めます。なお、起立性低血圧のある方では同症状を悪化させる可
能性があり、使用できない場合があります。
蓄尿障害に対する薬
副交感神経遮断薬(ポラキス、バップフォー等)は、膀胱の収縮力を減弱
させ、膀胱の過緊張状態や異常収縮を抑制することによって蓄尿機能を改
善します。頻尿・尿意切迫が改善される一方で、残尿(排出されず膀胱内
に残った尿)が増えたり、排尿困難が強まることがあり、開始後も経過を
観察していく必要があります。
右の図は、膀胱や尿道に対する薬の効果を模式的に書いた図です。膀胱や尿道の
機能を調節する神経が障害されることにより、膀胱は縮んで小さくなったり、逆に
大きく伸びきったようになったりし
ます。また、尿道にある筋肉と膀胱
の筋肉との連携運動がうまくいかな
いこともあります。基本的に上で述
べた薬剤は、この三つの基本病態に
対して用いられます。すなわち、膀
胱が縮んだ状態にある場合にはそれ
を広げるような薬を、また広がって
しまった場合には収縮力を増すよう
な薬を用います。そして排出障害と
蓄尿障害が組み合わさっている場合
には、それぞれの状態を見て、必要
に応じて可能な範囲で薬を併用する
こともあります。
排 便障 害
腸管の運動が不安定となり、便秘や下痢、あるいは両者を繰り
返す場合があります。
一般 療法
水分量の調整や食事内容の工夫で予防できます。繊維質を摂取すると腸の
動きを正常に保つことができます。水分を合わせて取ることで糞便が柔らか
くなるとともに、腸を刺激し、排便がスムーズになります。腹部マッサージ
も効果的です。腹部を時計回りにマッサージすることで、腸の走行に沿って
刺激を与えることができます。
16
薬 物療 法
便秘に対しては下剤や浣腸、下痢に対しては整腸剤や下痢止め
が用いられます。いずれも一般的によく用いられているもので
あり、状態に合わせて適宜薬量の調節を行います。
発汗は温熱刺激により誘発され、体温を一定に保つための調節
に関わっています。発汗が低下すると熱が放散されないために
体温が上昇しやすくなります。発汗が低下している部位の代償として、正常に
発汗する部位でより発汗量が増して、体温が保たれる場合もあります。全身の
発汗低下が生ずると、夏期等にうつ熱(熱が体内にこもってしまう状態)による
体温上昇を起こすことがあります。クーラーを使用して室温を適度な状態(25℃
程度)に保つことが必要となります。布団やタオルケットなどかけものの調節も
重要です。
発汗障害
第Ⅰ章で述べた呼吸についてのいろいろな障害は、
生命維持に直結した問題です。適時適切な評価及び
以下にご説明する補助呼吸や気管切開等の治療の必要性が生じる場合があります。
呼吸障害に対する治療
非 侵襲的人工呼吸
鼻もしくは鼻〜口を覆うマスクを用いて、小型の
人工呼吸器により、呼吸に合わせて設定した圧の空
気が吹き込まれます。マスクはつけはずしが可能で
あり、睡眠時等必要な際に適宜装着します。誤嚥(嚥
下障害により気管に唾液や食物が流入してしまうこ
と)のないことが必須条件となります。呼吸障害自体
の進行や、他の要因(嚥下障害等)の進行に伴って効
果が得られにくくなることがあります。本治療法は、
閉塞性睡眠時無呼吸症候群に対して第一選択となる
治療法ですが、睡眠中に大きないびきを生ずる声帯
外転麻痺や中枢性睡眠時無呼吸のときにも有効なこ
とがあります。
( 「人工呼吸器の
使い方」から引用)
人工呼吸器
に接続
気管切 開
気管切開術は、全身麻酔下に、首の正面に触れることができる気管に外科的
に穴を開けて、そこから気管カニューレというチューブを差し込む方法です。
次のような状態になったときに適応となります。
①重度の声帯外転麻痺により、窒息する危険が
高いとき
②嚥下障害が著明であるとき
③自発呼吸が非常に弱いとき
④のどに多量の痰がからみ、排出できないとき
⑤誤嚥性肺炎をくり返し起こすとき
⑥非侵襲的人工呼吸では十分な効果が得られな
(「ALSケアブッ
いとき
ク」から引用)
⑦その他
17
気管切開のみで呼吸状態が改善する場合もありますが、 ③のように同時に補
助呼吸の必要性も高い状況においては、気管切開による人工呼吸器の装着につ
いても考える必要があります。基本的に、呼吸はこのチューブを通じて行われ、
空気(呼気)は声門を通らないので、声を出すことはできなくなります。痰な
どの吸引、酸素投与、人工呼吸器の接続もこのチューブから行われます。水が
入らないようにすれば入浴は可能です。
なお、嚥下障害が比較的軽度の場合には、下図に示したようなシリコン製気
管チューブ(レティナ)と会話弁(スピーチバルブ)という組み合わせで発声
が可能となります。つまり、会
話弁は一方通行になっており、
息を吸うときは気管孔を通って
空気が入りますが(水色の矢印)、
息を吐くときは、会話弁が閉じ
るため、息が声門を通り(紺色
の矢印)、発声が可能となりま
す。
しかし、この方法は気管切開術
を受けた誰でもが使えるというわ
けではなく、また当初は使えても
徐々に病気が進行し、飲み込みが
悪くなってくると、使用は難しく
なります。
気管切開による人工呼吸
一般的には、呼吸する筋肉を動かす神経や筋肉自体が障害され、それにより
呼吸不全状態に陥った場合に人工呼吸器の装着が必要となります。しかし、脊
髄小脳変性症の場合には、むしろこうした障害よりも、先に述べた声帯外転麻
痺や延髄にある呼吸中枢そのものの障害により自発呼吸が微弱となる(中枢性
睡眠時無呼吸)ために、呼吸不全に陥ることがあります。この場合、しばしば
夜間の睡眠中により症状が明らかとなるため、開始当初は夜間だけ人工呼吸器
をつけることがあります。呼吸器が24時間必要となった状態に至っては、呼吸
器を外すことは困難となります。
気管切開を行うかどうかや人工呼吸器をつけるか否か
を決心することは困難をともないますが、十分な時間
をかけて主治医と話し合った上で結論を出すことが大
切です。
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嚥下障害に対する治療
一般療法
食事の形態を飲み込みやすい状態(きざみ、みじん、ペースト)
に変えたり、とろみをつけたり、食事のときの姿勢を整える(体をしっかり支
えるなど)ことで誤嚥が抑えられれば、経口摂取を継続することができます。
口内に入れる一回量を減らし、またゆっくりと確実に飲み込むように心がけて
ください。詳細は第Ⅲ章の看護および第Ⅳ章のリハビリテーションの項をご覧
ください。
経管栄養
誤嚥の危険性が非常に高い場合や、十分な食事量を確保できない場合には、
経管栄養という方法が必要となります。これは直径4〜5mm程度の軟らかい管を
消化管(多くの場合胃)の中に入れて、水分や栄養剤を注入します。具体的には、
下の模式図に示すような二つの方法 、すなわち鼻から管を入れる経鼻経管栄養
いろう
と腹部から胃に穴を開けて直接管を取り付ける胃瘻という方法がよく行われま
す。このほかにも、首の横から食道の中に管を入れる方法や、開腹して直接胃
に穴をあける方法が必要になることもあります。 いずれの方法でも口の中に
は食物(流動食)が通らないため、味覚を感ずることはなくなってしまいます。
管からは、食事、水分、薬のほか、好みのジュースなどを入れることは可能で
すが、粒が粗いと詰まってしまう危険があります。管の交換は、経鼻経管栄養
の場合にはほぼ2週間に一度、胃瘻の場合にはほぼ半年に一度です。経鼻経管
栄養は、すぐにでもできる容易な方法ですが、胃瘻の場合には内視鏡下での小
手術が必要になります。その具体的な方法については、次の質問コーナーをご
覧ください。
鼻孔から管を挿
入します。
食道
腹壁にあ けた小
さな穴か ら管を
挿入します。
胃
(「ALSケアブッ
ク」から引用、
一部改変)
19
喉頭気管分離術
誤嚥はあるものの舌の動きが良好な場合には、喉頭気管分離術が適応とな
ることがあります。この手術方法は、下の図に示したように、切離した気管の
下端はのどに開口させ(気管切開術と同じ)、上端は食道に吻合(縫い合わせ
る)する方法で、全身麻酔下でおよそ2時間かかります。この手術により、食
べ物の通り道(赤で示す)と空気の通り道(青で示す)とは完全に分離するこ
とになり、したがって誤嚥を完全に予防しつつ、口からものを食べられるよう
になります。しかし、病気が進行し、舌の動きが悪くなると、先に述べた経管
栄養という方法に移行せざるを得ません。本手術は、喉頭摘出術と同様、高度
の誤嚥があり、頻繁に誤嚥性肺炎を起こす場合にも適応となることがあります。
詳細は、当院神経耳科の医師にお尋ねください。
トピックス
2008年3月、群大の平井教授は遺伝子導入
治療により、病気のねずみ(SCDマウス)の
歩行が、著明に改善したことを報告しまし
た。右図は、ねずみの足跡ですが、正常な
ねずみ(野生型)に比べ、SCDマウスではそ
の足跡はよろよろと不規則なパターンを示
しています(+GFP)。しかし、このねずみ
に遺伝子導入治療を行った結果、その足跡
はほぼ正常に近くまで改善しています(+CR
AG)。今後は、徐々に大きな動物での実験
や副作用のことなどについての検討がなさ
れていくようです。
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質問 コーナー
Q1. 薬の副作用が心配です。大丈夫でしょうか?
A1.
どんな良い薬にも副作用はあると言えます。一般的に薬の処方量は
安全に使用できると考えられる量に設定されており、いわゆる通常量
を超えることは特別な場合を除いてありません。同じ薬を飲んでいて
も副作用の出方には個人差があります。明らかな副作用がみられない
場合、また多少みられても特に害はないと判断できる場合には使用を続けること
ができます。明らかな症状が現れたり、それが徐々に悪化していくような状況で
は減量又は中止を余儀なくされることがあります。逆に何か症状があった場合に
薬が原因であるとは限りません。副作用については常々注意しておりますので、
気になることがあればいつでも主治医にお尋ねください。
Q2.薬はずっと飲み続ける必要があるのでしょうか?
A2.
薬物療法全般に言えることですが、症状に対して何らかの効果がみられ、継続
する意義が高いと考えられる状況においては飲み続けることをおすすめします。
一方、開始当初は効果がみられていても、次第に効果がみられなくなる場合もあ
ります。その際は主治医が使用を継続するかどうかを再検討し、やめることもあ
ります。
Q3.新薬の情報を目にすることがありますが、試すことはできますか?
A3.
日々治療法の開発が進められておりますが、その情報がどのような性質のもの
かを知る必要があります。マウス等の動物実験において効果が期待できると判
断されたというような場合、その有用性が確かなものかを評価するには更に時
間が必要です。ヒトに使用できるものかどうか(安全性等)を判断するにもいく
つものハードルがあります。一方いくつかのハードルを経
てヒトへの効果を試す段階にきた薬を治験薬と言います。
このような薬は通常限られた施設(研究機関)において使用
されることが多く、使用を希望される場合には、その利点
と欠点とを十分ご理解いただき、さらに使用条件を満たし
ているかどうかを主治医が判断した上で初めて治験に参加
することができます。また、当然のことですが、患者さん
ご自身の都合で途中で中止することも可能であり、その場合でもなんら不利益
を被ることはありません。
21
Q4.健康食品を試してみたいのですが?
A4. さまざまな病気に健康食品の類が効いたという宣伝がしば
しばみられます。多くの場合これらの情報は医学的に十分証
明されているとは言えず、基本的に医療機関で使用されるこ
とはありません。高額な代価をもって症状を回復させる、治
すと約束するような治療法には注意が必要です。治療に関することは医師に相談
してください。
Q5.胃瘻はどのようにつくるのですか? 手術は大変ですか?
A5. 口から内視鏡を胃の中まで入れ、まず胃の中に異常がないかどうかを観察します。
その後、おへその左上あたりの皮膚を局所麻酔したのち小さく切開します(長さ
約1.5cm)。ついで、その切開創に胃瘻チューブと呼ばれる軟らかいシリコン製
の管を通し、胃の中に留置すれば完成です。消化器外科の医師が行い、20〜30分ほ
どで終わります。比較的安全な小手術と言えますが、まれに腸が胃の上に覆いかぶ
さり、そのため皮膚から直接胃に穿刺することができない場合や、胃にあけた穴
から胃液がもれて腹膜炎を起こすことがあります。また、手術後に切開創が化膿
し、治るのに時間がかかったりすることもあります。通常、術後2日ほどで、流動
食の注入を開始することができます。胃瘻チューブの入っている皮膚(切開した
場所)が乾燥してきれいであれば、そのままの状態で入浴することができます。
胃瘻チューブは、約6ヶ月ごとに交換する必要があり、その場合には短期間の入
院が必要です。
Q6. 病気のことを考えるととても不安になり、夜も熟睡できません。どうした
ら良いでしょうか?
A6. 診断を受けて多くの患者さんが驚き、困惑します。怒りや不信感、絶望感など
を抱く方もいます。将来のことを考えるとさまざまな不安が襲ってきますが、ど
んな感情であっても、それはあなたやあなたのご家族にとっては当然のことです。
冷静になって状況を把握し、さまざまな問題を解決していく必要があるわけです
が、それには時間が必要です。まずは病気に関する理解を深めることが大切です
が、そのために医師や看護師、さらにはリハビリスタッフや医療相談担当者など
さまざまな病院スタッフが情報を提供し、お手伝いできる準備ができています。
ご家族や親しい友人達と話し合うことによって気持ちが整理されることもあるで
しょう。しかし、なかには強い不安やうつ状態に陥ってしまう方もおり、カウン
セリングや精神科医の診察が必要となることもあります。不安等を和らげる薬物
を一時的に使用することもあります。大事なことは、不安を自分一人で抱え込ま
ず、孤立しないで多くの人達と意思疎通を図ることです。まわりには、あなたや
あなたのご家族のお手伝いをしようとする人が大勢いることを忘れないでくださ
い。
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Ⅲ. 看 護
療養生活を送る上で最も重要なのは、患者さんとそのご家族の「前向きに有意義に
過ごそう」というお気持ちです。筋力の維持やリハビリにもなるので、多少時間が
かかっても身の周りのことはできるだけ自分で行うことが望ましいでしょう。しか
し、症状が進んでくるといろいろと介助が必要になったり、心配なことも出てくる
かもしれません。患者さんだけでなく、介護しているご家族ならではの悩みや心配も
一人で抱え込まず、何でも看護師にご相談ください。内容に応じて、医師、リハビリス
タッフ、医療相談担当者、栄養士などのアドバイスを受けることができるよう、窓口
となって調整致します。ここでは、日常生活のお手伝いの方法を幾つかご紹介します。
患者さんのご希望やご自宅の状況に合わせてアレンジしてみてはいかがでしょうか。
日常生活の援助
1.食 事
この病気(脊髄小脳変性症)では、一般に運動機能が落ちても食欲は保たれます。
そのため運動不足からくるカロリーオーバーとなり、体重が増え、その分さらに体
の動きが悪くなってしまいます。食事は腹八分目におさえましょう。できるだけ自
分で楽に食べられるように、介護用品店で売っている食事用補助具(ストロー付き
コップや改良スプーン)を利用してみましょう。
特に食べてはいけないものはありませんが、次の食べ物は飲み込みづらいので注
意してください。むせるようなら控えましょう。
!
けて
つ
気を
サラサラした液体(お茶・ジュース)
パサパサしたもの(パン、ゆで卵)
口の中にはりつくもの(わかめ、ウエハー
ス)
麺類、すっぱいもの、からいもの、 熱いも
のなど
23
食べ物が誤って気管に入ると(これを誤嚥
といいます)それを吐き出そうとして反射
的に強い咳がでます。これがむせた状態であり、このようなときには落ち着いてしっ
かり咳払いなどをして、むせたものを出しましょう。むせずに、気管に入ってしま
う場合の方がむしろ危険です。繰り返し誤嚥したときの症状として熱がでることが
あります。食事でむせるようなら次のような工夫をしてみてください。
むせるようになってきたら
対策1:むせにくい姿勢をとる
座位(30度位)をとり、軽く首を前に曲げる。
対策2:むせにくい食事にする
1) 食べやすい形にする。
細かく刻んだり、ペースト状にすると食べやすくなります。あらかじめ
調理加工された食品も介護用品店に売っています。ベビーフードなどを利
用してもよいでしょう。
2) 一口ずつゆっくり食べる
一回に口に入れる量を減らす。次々に口に運ばない。飲み込むタイミン
グを計る(手の動きが不自由なためにコントロールが難しい場合は無理
せず介助してもらう)。むせた後は少し時間をおいてから食べましょう。
3) やや濃い目の味付けとする。
4) 水分にとろみをつける。
介護用品店などで売っているとろみ剤を使うと手軽にとろみがつけられ
ます。お茶やジュースにとろみ剤を混ぜてポタージュスープやカスター
ドクリーム状にして飲みましょう。
水分に混ぜるだけで、とろみ
がつきます。30本入りで、1000
〜1500円程度で、病院の売店
でも売っています。
いろいろな味が付いたものも
あります。
水分補給用のゼリー飲料で、
150ml、100円程度です。
24
これらの対策をしてもなお、むせるようでしたら、口から食事をとるのは難しい
かもしれません。その場合には、①鼻から胃まで管を入れる ②お腹から胃に穴を
開けてチューブをつけるなど、管から水分・栄養を補給
する方法があります(経管栄養といいます)。また、飲
ポイント
み込みの運動を改善させるための訓練(嚥下訓練)もあ
食事の後に、咳払い、
ります。これらについては、それぞれ第Ⅱ章の「治療と対 唾液の飲み込み、ゼ
策」や第Ⅳ章の「リハビリテーション」の項をご覧くださ リーを最後に食べるな
い。頻回にむせる時は吸引(鼻または口から細いチュー ど、のどの奥に食べ
ブをのどの奥まで入れ、痰やむせたものを吸い出す方法) 物を残さない
を行う必要があります。かかりつけの医師や看護師にご
相談ください。
2.清 潔
清潔を保つことは、気分転換や風邪予防、床ずれ予防になります。
自力での入浴が難しくなっても、家族やヘルパーの協力を得て入浴
や体を拭いてもらうなど、次のような方法を用いて体をきれいにし
ましょう。
手浴・足浴
洗面所やお風呂場、又はベッドサイドでも行うことができます。
1)洗面器にぬるめのお湯をはり、手や
足をつけます。周りが濡れないよう
にビニールやタオルを敷きます。
2)石鹸をつけて指の間を洗います。
3)洗面器の湯を取り替えてすすぎ、
タオルで拭き取ります。
洗髪(ベッド上で)
1)頭の下に平オムツ(吸水性が良いので利用します)、その下にタオルやビ
ニールシートを重 ねて敷きます。
2)洋服が濡れないように、襟元にタオルを巻きます。
3)ボトルにお湯を入れて準備し、シャンプーします。
シャンプーを洗い流す前にタオルで泡を拭き取る
と少ないお湯ですすぐことができます。
4)すすぎ終わったらオムツを外し、タオルで拭き取
ります。
ヒント!
ドライシャンプー(介護用品店やドラッグストアで売っています)を使
うと水を使わなくてもできます。
ボトルは台所洗剤の空容器や500〜1000mlのペットボトルのフタに幾つ
か穴を開けたものを使うと便利です。
オムツは一枚で800〜1400ml位の水を吸収します。
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歯磨 き
自分で歯ブラシを持ってブラッシングをするのが難しいよ
うであれば、電動歯ブラシが便利です。水でむせてしまう場
合は、カット綿で拭き取る方法をおすすめします。
陰 部 の清 潔
入浴できないときは毎日下着を替え、清拭したり、ウオシュレットを使いま
しょう。また、次の方法でベッドの上でもきれいにできま
す。
1) お尻の下にオムツを敷きます。刺激の少ない石鹸な
どをつけて洗います。
2) お湯をゆっくりかけて洗い流します。(前頁のヒン
トで記載した穴あきボトルを使うと便利です)
3) ティッシュや布でよく拭き取ります。トイレで穴あ
きボトルを利用して洗うこともできます。
発汗障害などの自律神経症状が強い場合、体温調節が難しくなります。
次のポイントを考慮して、介護用品店などで選びましょう。手持ちの
服を改良したり、手作りしてもよいでしょう。
着ていて楽なもの:軽く、適度なゆとりがあり、伸縮性があるもの
着脱しやすいもの:上着は前開きでボタンの代わりにマジックテープつきの
もの、ズボンはウエストがゴムのもの(自作も可能です)
安全性:すべらない靴下など
素材:木綿・綿ジャージ・パイル
地・厚手のガーゼなど(とくに、
寝巻きの場合)保温性・吸湿性・
通気性に優れたもの
3.衣 類
1)
2)
3)
4)
4.体 位 変 換
自分で寝返りするのが難しいときは、2〜3時間おきに体の向きを変えてあげ
ましょう。床ずれの予防になるばかりでなく、左右の肺に痰がたまるのを予防
するためにも重要です。除圧マット・エアマットなどを使ってもよいでしょう。
エアマット
まくら
26
5.排 泄
自律神経障害・運動障害により排泄動作に介助が必要になることが
あります。(第Ⅱ章の「治療と対策」をご覧下さい)介助するとき
は、患者さんの羞恥心を考慮してお手伝いをしましょう。
1) 着替えがしやすいズボンや下着を着ましょう。
2) ふらつくようであればトイレに手すりを付けると安全です。
自宅改造については第Ⅳ章の「リハビリテーション」の項
をご覧ください。
3) 夜のトイレの回数が多くて気になるようでしたら、日中に水分を多く取り、
寝る前は控えましょう。なお、病気からくる症状(頻尿やトイレまで我慢が
できないなど)のときには、薬が有効な場合もありますので、主治医に相談
してみてください。
4) 動きの状態に合わせて、ポータブルトイレや尿器
(右図)を使いましょう。ただし、ふらつきが強
いときには、かえって危険な場合があり、とくに
夜間にポータブルトイレを使う場合は、転倒に十
分注意してください。
5) トイレが間に合わない場合は、オムツや尿取りパットを利用する
のも一つの方法です。
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尿道カテーテル留置における管理
カテーテル(尿を流出させるための穴が開いている軟らかい管)が常に尿道〜膀
胱内に入っているため、体位交換時や移動時などにこの管が引っ張られないような
注意が必要です。カテーテルの先端には、左図のように水の入った直径2-3cmの風船
(バルン)がついており、膀胱の中に留置・固定されます。そのため多少の力でカ
テーテルが引っ張られても抜けることはありませんが、痛みや違和感を感じたり、
わずかな血尿がみられることがあります。しかし、強い力で引っ張ると、この風船
が膨らんだまま尿道を通過す
るため、膀胱壁や尿道を傷つ
ける可能性があります。多く
の場合、下腹部の痛みととも
に、明らかな血尿が見られま
す。そこで、カテーテルが引っ
張られないようにするため、
テープなどでカテーテルを下
腹部や大腿部に固定しておき
ます。通常の使用では抜けて
しまうことはほとんどないの
で、過度に心配せず、積極的に
体を動かしましょう。
以下に、尿道カテーテル留置の管理についてのポイントを述べます。
1) 陰部の清潔
26頁の方法を参考にして、カテーテルも一緒に洗うようにします。尿道口・
カテーテルを洗ってから、肛門部を洗うことで、感染を防いでいきましょう。
2) 尿の誘導
カテーテルに尿が満たされているときは、その部分をしごくことによって、
カテーテル内の尿が蓄尿袋に入るように誘導しましょう。
3) カテーテルの固定
力がかかったときに抜けないために、テープを用いてカテーテルを腹部又
は大腿部に固定します。また、体位を変えた時や体を動かしたときに、カテー
テルが体につぶされたり、よじれないように注意しましょう。
4) 水分の摂取
尿量を多くしてカテーテルのつまりや膀胱炎を予防するために、水分を多
くとりましょう。
28
5) もしものときに
以下のときには、かかりつけの医師や看護師に相談しましょう。
① カテーテルの入っているところ(尿道の先端)に、強い違和感や痛みが
あるとき
② カテーテルが抜けてしまったとき
③ 一日の尿量に大幅な変化があったとき
④ カテーテルをしごいても尿量が増えないとき
(カテーテルがつまっていることもあります)
⑤ 尿の色がいつもと違う(赤い、にごっているなど)のとき
⑥ カテーテルが入っているにもかかわらず、尿道の先端から尿がしみ出て
くるとき
⑦ 下腹部が膨隆し、押すと痛みを訴えるとき
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日常生活で注意する点
脊髄小脳変性症は、一般に症状が緩徐に進み、長期の療
養生活を送ることが多くなります。適切な時期に、適切
な医療が受けられるよう何か症状に変化があったら、
医師や看護師にご相談ください。より快適な療養生活
を送るために、次の点にご注意ください。
余病を起こさないための工夫
風邪や肺炎、尿路感染、床ずれなどの合併症を起こさないことが大切です。
以下のことを積極的に生活に取り入れ、予防していきましょう。
1) 外出後は手洗いやうがいをしましょう。
風邪を予防するためにも必要なことです。
2) 十分に睡眠をとりましょう。
夜眠れないときは
① 寝る前に、自分なりのリラックスの方法を取り入れましょう。
たとえば、音楽を聴く、温めた牛乳を飲む、足浴をするなど
② どうしても眠れない日が続く場合には、かかりつけの医師に相談をして
睡眠剤の服用を検討しましょう。
3) 十分に水分をとりましょう。
一日1000〜1500mlの水分摂取を目安とし、食事の時や朝起きた時などに必
ずコップ一杯のお茶を飲むなど自分なりの習慣をつけると飲みやすくなりま
す。
4) 栄養のバランスがとれた食事をしましょう。
5) 適度な運動をしましょう。
手足の筋肉の廃用萎縮(使わないために筋肉がやせ
てくること)、関節痛や関節拘縮(関節を動かさない
ことにより痛みや関節の曲げ伸ばしの範囲が狭くなる
こと)を予防するばかりでなく、心臓や肺の機能にも
適度な刺激を与え、さらに運動不足からくる肥満防止
にもなります。
低血圧
脊髄小脳変性症の症状として低血圧(とくに起
立性や食事性)が起こる場合があります。(詳し
くは第Ⅱ章の「症状と対策」の項をご覧ください)
意識が遠くなってボーっとしている、目の前が白っ
ぽくなる感じがする時は低血圧を起こしているこ
とがあります。自宅に血圧計がある場合には、あ
せらずにまず計ってみてください。収縮期圧(上
の血圧)が100mmHg以下のときは、右記の方法で対
処しましょう。
これらの症状が起きた場合は、かかりつけの医
師・看護師に相談してください。低血圧症状があ
るときは転倒しやすくなりますので十分に注意し
てください。
30
低血 圧がおき やすい 時
1.食 後
2.急に立 ち上が った時
3.排 便 ・ 排 尿 の 後
低 血 圧 が起 き た 時
1 .両 足を少し 上げる
2 .寝 てもらう
3 .声 をかける
質問コーナー
Q1. 会社の仕事は続けてもよいですか? 継続して働くのが困難になった場合、
自分にあった仕事はどのようにみつけたらよいですか?
A1.
まず、会社で病気について理解してもらうことが重要です。その上で、勤務可
能なうちは、継続して出社しましょう。フレックスタイム(時差出勤)やSO
HO(在宅勤務)などの仕組みをもっている会社の場合はなるべく働き続ける
のが望ましいでしょう。通勤が困難になった場合にはパソコンやインターネッ
トを活用した仕事を考えてみるのも一つの方法です。新たな就職を考えている
場合は、退職する時に離職票をもらい、住んでいる地域のハローワークに提出
し、仕事を紹介してもらいます。仕事がみつかるまでの間は
雇用保険を利用します(勤続年数によって受給期間は異なり
ます)。さらに、雇用促進や職業訓練に関するさまざまな制
度がありますので、市町村の福祉課や病院のケースワーカー
などにご相談ください。また、身体障害者手帳をお持ちの方
は、それを提示することにより身体障害者としての雇用枠で
も探すことができます(レインボーワーク)。
Q2.お酒とタバコなどの嗜好品は病気に影響がありますか?
A2.
過度の飲酒はアルコール性小脳萎縮の原因になりますが、お酒・タバコと脊
髄小脳変性症との間に直接的な因果関係があるとは考えられていません。適量
の飲酒は構いませんが、酔いによるふらつきの増強には注意してください。タ
バコについては急にふらつきが強くなる方がいるほか、肺がん・慢性気管支炎・
心筋梗塞などの危険因子になることは明らかであり、またタバコの害は喫煙し
ている本人だけでなく、周りにいる人にも及び(受動喫煙と言います)、また
火事の危険もあることから、禁煙をおすすめ致します。神経病院では、院内の
みならず建物周囲(敷地内)も禁煙となっています。
Q3. 病気になったあとも趣味は続けられますか?
A3.
何か制限はありますか?
危険のない範囲で、可能な限り今までの趣味はお続けください。病気になる
とどうしても気分が沈みがちになりますが、旅行は気分転換になりますし、散
歩も日課として続ければ、立派な歩行訓練になります。また、歌を歌う、カラ
オケ・英会話などは発声することで言葉のリハビリにもなります。短歌・俳句・
川柳を作って投稿する人、ワープロを使って自叙伝を発行したり、絵を描く人
などもいます。自分の好き
なことを選び、できるだけ
多くの趣味をもちましょう。
31
Q4.ボランテイアを頼むにはどうすれば良いですか?
A4.
地域の民生委員や社会福祉協議会に相談してください。特
に社会福祉協議会は全国の各市町村にあり、さまざまな福祉
活動を行っています。希望する援助の内容・時間帯・期間な
ど具体的に検討してから相談するとよいでしょう。
Q5.介護していく上で、何か心構えは必要ですか?
A5.
在宅介護では、家族全員が心を一つにして介護をするこ
とが必要です。しかし、家族だけで介護をしていると、共
倒れとなることもありますから、上手に公的サービスを利
用して、介護を継続していけるような体制づくりをしましょ
う。ヘルパー派遣や訪問看護については第Ⅴ章の「社会福
祉」の項をご覧ください。介護をしていく上で疑問や心配
なことがあれば、主治医や看護師はもとより、保健所や公
立の難病センター(第Ⅶ章の有用情報を参照)などにも相
談してください。東京都では、神経病院をはじめいくつか
の病院において、ご家族の休養を目的に、患者さんが短期
間入院できる制度があります。
32
Ⅳ. リハ ビリテー ション
Ⅰ.はじめに
脊髄小脳変性症の患者さんは、ふらつく、あるいは歩くことが困難などのげにんで次第に体を動
かさなくなり、それによって廃用症候群といわれる様々な障害が出てきます。さらに進行すると、筋
力の低下だけにとどまらず、バランス能の低下もみられるようになります。これらの進行を防ぐため
には、筋力訓練、バランス訓練などのリハビリテーションを行うことが大変重要となりま
す。2−3週間の訓練で失われた筋力が改善し、歩行の改善が見られ店頭も減少し
た例もあります。
Ⅱ.運動療法についての基本的な考え方
不動による臥床状態
活動の低下
意欲の低下、うつ状態
(精神機能の廃用症候群)
持久力の低下
(心肺系の廃用症候群)
筋力低下・バランス能低下(易転倒性)
(骨格系の廃用症候群)
運動不足
不動による臥床状態
33
Ⅲ.歩くこと
歩行が困難になっても座ってばかりいないで、頭部にヘッドギアーをかぶり、杖、手すり、歩行器
などを利用して積極的に歩くことにより、筋力が維持され自力移動が可能な期間は延びます。しかし、
不安定な歩行のために転倒し、骨折や硬膜下血腫などを起こすと、かえってベッド臥床の状態を促進
することもありますので、判断に苦しむところです。一般的に車椅子を利用するきっかけは、度重な
る転倒で危険を感じたときや日常生活を効率よくすごすために必要となったときです。車椅子を利用
するようになっても介護者が見守れるときは、歩行や立位保持訓練を行い、筋力維持に努めることが
大切です。
Ⅳ.道具の選び方について
杖
失調症への対応の場合、体重を杖に預ける目的ではな
く、重心が揺れても安定感を得るために杖を使用します。
比較的体から離して杖を突くほうが安定します。片手だ
けでは十分でないとき、両手で2本杖を使うと安定します。
杖の先に鉛などを入れ、重くすることで(300〜500g)歩
きやすくなることもあります。
歩行 器
歩行器を選ぶときの注意点は、①幅が広いほうが安定感が
ある ②4輪タイプのものが支持面が広く安定する ③手元でブ
レーキを調節しながら歩行できると歩行器だけが先行して滑っ
て行かない ④おもりを入れると安定感を出せる(低い位置に
荷物入れがある) ⑤キャスターの向きが固定されていると方
向転換しにくい、などの点です。
おも り
足首に500gのおもりを巻いたり、おもりをはめ込んだ靴を使用することによっ
て歩行が安定する場合があります。また、手首におもりをつけることで、手の
揺れが減って食事がしやすくなることもあります。
膝 サ ポー タ ー
大腿や膝を締め付けることで、歩行の安定感が得られることがあります。有
効な場合には、膝用のサポーターを使っていただくことが多いです。
コル セ ッ ト
腹部を締め付けることで動揺が減少し、安定感が得られる場合があります。
34
頭 部 保 護帽
転倒時の頭や顔面の怪我防止のために、クッションのついたヘルメットをお
すすめすることがあります。
車椅子
車椅子にはいろいろな種類があります。使いたい場所や場
面に応じて、便利なものをお選びください。家の中では歩け
ても、外出のときに、安全のためや同行する方に遅れないよ
うにと準備する方が多いようです。介護者なしで外出される
場合は、電動車椅子が便利なこともあり、ご一考いただければ
と思います。車椅子を使い始めると歩けなくなるのではないか
と、できるだけ使わずにがんばろうとする方がおられますが、そのためにかえっ
て外出する範囲が狭まり、運動量が減ってしまうかもしれません。車椅子は移
動のための道具ですので、使いたい場面に合わせて選んでください。
1.介助型車椅子
車椅子を自分で動かすのでなく、人に押してもらう場合に使います。
軽量で持ち運びは便利です。
2.普通型車椅子
一般的な車椅子で、自分で操作する場合に使います。屋内だけで使う
場合は、足台がはずれるタイプのものを足で蹴って使うと便利なことがあ
ります。後ろにもキャスターがついた6輪タイプのものも小回りがきいて、
屋内で使用する際には便利です。車のトランクにつめこむための背折れや、
坂道での介助のための介助者用ブレーキが必要かどうかなども車椅子を
選ぶポイントとなります。
3.電動車椅子
簡易型は、普通型車椅子に電動用の車輪を取り付けたもので、走行時
間は短めですが、軽量なので車への積み込みに便利です。普通型は、長
時間走行できるので、外出用として使いやすいです。シニアカーは、バ
イクのようなハンドル操作で、前後に長いので屋外用です。そのほか特
殊なものに、リクライニング型、座面昇降型などがあります。失調症状
の状態によって安全に操作できるかどうかを確認されて、可能な限りこ
れらを利用して行動範囲を広げていただきたいと思います。
4.リクライニング型車椅子
背もたれが倒せるタイプで、起立性低血圧のある方には是非必要です。
長い時間座ることが大変な場合や、体をまっすぐに起こしていられず寄
りかかった姿勢が必要な方に使います。
35
体を支える機能のあるクッション・座位保持装置
車椅子などに座っていて体が傾いてきてしまう場合、体の脇を支えたり、お尻
がずれない工夫のしてあるクッションを使用すると改善する場合があります。
ポータブルトイレ
全体的に重量があり、底面積が広く、しっかりとした手すりが付いているも
のをおすすめします。
特 殊 尿器
尿瓶を自分で使用する場合、手がぐらぐらして取りこぼしてしまうことを防
ぐために、電動で吸引するタイプのものが便利な場合があります。(スカット
クリーンなど)
シャワーチェア
入浴ではシャワーチェアを使うより、お風呂マットに直接
座ったほうが安定して安全な場合が多くみられます。立ちしゃ
がみがしやすいように浴室に手すりを付けるか、四つ這いで
出てきて浴室の外で立ちあがる方もおられます。それらの動
作が困難で、シャワーチェアを選ぶ場合には、背もたれが高
く、肘掛けが付いているものをおすすめします。
リフトなどの移乗介助機器
手すりなどにつかまったり、介助で車椅子やトイレや浴槽などに乗り移るの
が大変になった場合、リフトの検討も選択肢に入ってき
ます。部屋から部屋へ移って行く大掛かりなものから、
ベッドと車椅子等限られた場所で使うもの等種々ありま
すので、目的に合うものを検討してください。吊り具も
いろいろ工夫されていますが、吊られた状態の不安定感・
起立性低血圧のためどなたにも適合するというわけでは
ありません。
36
Ⅴ.自宅の改造について
「状態に合わせて少しずつ変えていく」 ことをおすすめし、その具体的な方法
を以下に述べます。
つかまる場所の確保
周りの人は危なっかしいと思っても、実際には伝い歩きが比較的安全に
できる方が多いようです。つかまるとこ
ろをしっかり確保することが重要です。
浴室・トイレ・廊下などできるだけ手す
りを設置することをおすすめします。し
かし、症状が進むと手すりをつかみ損ね
たりして転倒することもあります。過信
せず、本当に安全か周りの人のアドバイ
スを受けてください。
バリアフリー
つかまるところがあれば、段差をまたぐことは苦手ではないので、バリ
アフリーにすることは急がなくてもよいでしょう。
布団・床上生活
伝い歩きが危険となったとき、他のほとんどの病気では車椅子をすすめ
られますが、脊髄小脳変性症では、這ったりいざったり
するほうが便利で安全に動ける場合があります。立ちあ
がり動作はつかまるところさえあればできることが多い
ので、トイレなどに立ちあがりのための手すりを付けて
ください。但し、自分で動ける場合はよいのですが、介
助が必要なときは布団では介助者の姿勢が疲れますので、
ベッドの導入を考慮されたほうがよいでしょう。
ベ ッ ド・ 車 椅 子の 導 入
一般的な改修方法に準じてよいと思います。介助者が
常にいるならば安全ですが、自分で乗り移ることがかえっ
て危険な場合があるので、状況に応じて考えてください。
玄関 か ら外 に 出る ア プ ロー チ
屋内だけの生活にならないように、手すりや車
椅子で屋外へ出るため、玄関から道路までの段差
を解消することが必要です(右図)。
37
先を見越して一気に改修・新築する場合の注意点
1) 居室・トイレ・浴室・屋外へのアプローチを確保する。例えば、車体が長
めのリクライニング車椅子でも通れるようにする。
2) 他の家族も使いやすい状態にする。
3) 自分ですべて行うことだけでなく、手伝ってもらうことが必要になったと
きのことも考え、介助者が動きやすいようなスペースを確保する。
Ⅵ.手の使い方の工夫
小脳失調の方の場合、力はあるのに手が思う場所に行かない、動きがゆっくりに
なる、手がぐらぐらするなどの症状があるため、字を書く・食事をする・ボタンを
とめる等の動作が苦手になってきます。手以外の部分がしっかりと支えられていれ
ば、手の細かいコントロールが比較的に行いやすいことがあるので、背もたれ等で
背中や頭を後ろからしっかりと支える・テーブルに肘をつく・腕を体にぴったりと
きんばくたい
つけて固定するなどの工夫を試みます。腕や手首におもりをつけたり緊縛帯(ゴム
ベルトなど)で締め付けると安定することもあります。
Ⅶ. 話づらい・相手が聞き取りにくいという症状(構音障害)への対応
小脳失調の方の話し方の特徴として、一つひとつの音がつながってしまったり、
言葉がところどころで途切れて不自然なアクセントがついてしまう、突然大きな声
になってしまう、かすれ声になってしまう、話し方が遅く抑揚に乏しく単調になる
などの特徴があります。練習としては、「一音一音をはっきりと大きな声で発音す
る」ことが重要です。首がぐらぐらしないように頭や体をしっかりと支える椅子に
座る、意味の区切れで一息つく、声の大きさをコントロールする、あせらずゆっく
り話すなどにも留意します。聞く方も、一語一語言葉の区切りごとに確認してあい
ずちを返しながら、じっくり聞くことが必要です。
話し言葉がわからなくなった場合の方法
紙に書く
指で字を書く
文字盤を指差す
コミュニケー
ション機器の利用(トーキングエイドやパソコン)
透明文字盤
を目で追う
うなづきやまばたきで「はい」・「いいえ」の合図
をする
気管切開のために話ができない場合にはカニューレの
工夫やスピーチバルブ・電気喉頭などを試みる
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文字枠付きの文字盤の使用場面
キーガードを利用したパソコン操作画面
トーキングエイドを専用スタンドに取
り付けて、寝た状態で使用している場面
トーキングエイド操作場面
Ⅷ.飲み込みが不自由になったら
飲み込みの障害については、すでに第Ⅲ章の「看護」の項で述べているので、こ
こでは飲み込みの運動を改善させる目的で行われる嚥下訓練をご紹介します。しば
らく食事が食べられなかった後など、飲み込みの機能が急に悪くなった後等に行い
ます。食事の前の準備運動や維持的訓練としても行うのも有効です。
39
1.押し運動
な
壁などを 強く 押 し ながら 一瞬息を 止 めた後 に 、「ア 」 「エ 」 「ウ 」
ど声を出してみる。
2.首・肩・舌の運動
首を回す
舌をまっすぐに出す
肩を上げ下げする
舌を右に向ける
舌を左に向ける
3.のどのアイスマッサージ
氷で先を冷やしたスプーンや、割り箸の先にガーゼを巻いて水に浸し、凍ら
せたもので舌の奥や口腔の奥を刺激する。
Ⅸ. 家庭で行う脊髄小脳変性症の運動療法
1.生活動作が自立し、歩ける場合
練習の目的
練習の内容
歩行と立位の安定
1) 筋力増強練習
① 足の筋肉:ものにつかまって、しゃがみ立ちをくり返す。
② 腹筋:仰向けで膝を立て、おへそをのぞき込むように体を起こす。
③ おしり挙げ(体と臀部):膝を立てて、腰を持ち上げる。(でき
れば片足を挙げ、5秒間保持する)
40
2) バランス練習
① 膝を立てた座位・横座り
不安定なときは手を後ろにつく。
② 重心移動
足を左右に開き、ゆっくり片足ずつ交互に体重をのせていく。
足を前後に開き、片足を軸にしてもう一方の足を前後にゆっくりステップする。
41
③ 立位保持
a.足を閉じた立位
b.継ぎ足にした立位(右図)
c.片足立ち
④ 移動動作
四つ這い歩き、いざり、伝い歩きなどできるものを行う。
⑤ 足の動きのコントロール
自分の姿勢がどうなっているか意識しながらゆっくり動かすことが
大事です。
生活上の
ポイント
● 家事や散歩などをなるべく行う。
● 生活の動作すべてがリハビリにつながるので、
できるだけ自分でできることはする。
● 弾力包帯や重錘バンドを使うと歩きやすくな
ることがある。
● 転倒には注意する。
2.生活動作に介助を要し、歩くのが不安定な人
練習の目的
歩行と立位の安定
練習の内容
1.筋力増強練 習
1)
2)
3)
4)
5)
腹筋
おしりの挙上
椅子座位から立ちあがる
椅子座位で、ももを持ちあげ5秒保持する
椅子座位で、膝を伸ばし5秒保持する
2.起居動作の再学習
頭や体幹をそり返し、足で床を蹴って行う寝返りや、仰向けから起き
あがるときに、両足が持ちあがるような方法はなるべく使わない。
3.バランス練習
1) 四つ這い
2) 膝立ち
、
42
● 時間がかかることでもなるべく人に頼らずに、
生活上の
自分で行う。
ポイント
● 横になっている時間を増やさない。
● 伝い歩き、四つ這い、いざりなど見守りがつい
ても、なるべく自力で移動する。
● 四つ這いは、床に頭を打ちつけることがあるので、いざりのほ
うが安全な場合もある。
● 伝い歩きや車椅子移動の人はベッドが、また四つ這いやいざり
の人は布団か低めのベッドが便利である。
3.生活動作のほとんどが全介助で、歩くのが困難な人
練習の目的
寝たきりにならないようにし、生活のリズムをつくる。
練習の内容
1.座位保持
ベッドアップ座位、車椅子座位、腰掛け座位
2.筋力増強練習
3.関節可動域訓練
4.呼吸訓練
生活上の
ポイント
おしりの挙上、足の動きのコントロール
手足の関節の他動的屈伸運動
深呼吸をして肺を広げる。痰を出す訓練として、空
気をたくさん吸ってから咳をする。
● なるべく座位をとり、寝たきりにならないよう
にする。
● 起立性低血圧(立ちくらみ)に注意する。
練習を行う上での心がけ
1.起立性低血圧の対策
1) 急激に起きたり、立ちあがることは避ける。
2) 弾性包帯、弾性ストッキングの使用
3) 起きあがり、立ちあがり前に、足首の曲げ伸ばしをくり返す。
2.転倒に注意し、手すりなどを使用したり、安全な場所で行う。
3 疲れない程度の量を毎日行う。
4.寝たきりにならない心がけが何より大切
43
質問コ ーナー
Q1. リハビリをすれば失調症状は治りますか?
A1.
運動療法の目的は、筋力を維持して動作を安定させたり、上手にコントロール
させたり、体力を維持して爽快に過ごすということにあります。動きは改善さ
れると思いますが、症状が治るということにはなりません。
Q2. 退院後のリハビリは、どこに行けばよいのですか?
A2.
ご自分で動ける方は自主トレーニングで、見守り
や軽い介助が必要な方はご家族やヘルパーさんに
手伝ってもらって、また全面的に介助が必要な方
の場合には訪問リハビリや訪問看護で行うとよい
と思います。普段行う運動の内容の確認や相談な
どは訪問リハビリや府中病院リハビリテーション
科外来でできます。
Q3. 介護保険のリハビリは、レクリェーションが主体なので、もっとトレーニ
ングをするところがありますか?
A3.
脊髄小脳変性症は維持的な運動が重要であり、介護保険の通所リハビリででき
るとよいのですが、まだまだ数が不足しており、高齢者の方への対応が主になっ
ているようです。トレーニングの内容より、通うことそのものが体力維持になる
こともあるので、続けていただくことをおすすめします。仲間を誘い合って運動
も多くできるようなグループづくりをしていただくことができないでしょうか。
Q4. 徐々に体の動きが悪くなってきましたが、車の運転はいつまでしてもよい
のですか?
A4.
車は移動が困難な障害のある方にとって非常に便利で、行動範囲を狭めないた
めに有効なものだと思います。安全な範囲で是非続けていただきたいと思いま
す。厳密には運転免許を交付している警察の判断ということですが、比較的簡
単に更新できてしまう印象があります。危険がないかどうかの判断は、最終的
には自己責任になってしまいますが、主治医の先生に相談してください。物が
二重に見える(とくに振り向いたときなど)、動作の開始が遅れる等の症状が
ないか注意する必要があります。
44
Q5.電動車椅子の運転は危険ではありませんか?
A5.
安全に関しては制度上は自己責任です。身体障害者福祉法利用
(40歳未満)の場合には補助を受けるために実技判定が必要です
が、介護保険の場合は規定がありません。主治医の先生に相談し
てください。
Q6.歩行補助具や車椅子の選び方を教えてください。
A6. 道具を選ぶのは身体の状態だけではなく、どんな場所で使うのか、どのくらい
の距離を移動するのか、一人で使うのか、見守る人や介助する人がいる状況で使
うのかを考慮して選びます。散歩くらいならば一人で杖なしで歩けても、旅行で
長距離を移動したり、他の人のスピードに合わせる必要がある場合は、介助型の
車椅子がよいと思います。それに加えて、デパートやその他の公共施設などの平
らで広い場所は押して歩くこともできます。座って自分で操作したい場合は普通
型となります。外を歩くとき、杖をつくと安定はしますが一人で歩くのは転びそ
うで心配な場合は、歩行器ならば大丈夫かもしれません。手元ブレーキや荷物
(おもり)入れがあるものを選んでください。常に付き添う方がおられる場合は、
杖のほうが身軽に動けて良い場合もあります。歩行器でも不安定ではあるが、近
所までの買い物や郵便局など自宅周囲の近い距離をなんとか自分で動きたいとい
う場合には、電動車椅子が便利かもしれません。安全に操作できることを確認し
て使用してください。(屋外を自分で普通型の車椅子で動くことは非常に困難で
す)屋内では、手すりなどつかまるものがしっかりある場合は杖や歩行器は使わ
ない場合が多いようです。片方しか手すりがない場合には、もう一方の手で杖を
使うか、あるいは全くつかまるものがない場合には歩行器を使うこともあります。
屋内の場合は4脚ともキャスターではなく、しっかり止まるものがよいと思いま
す。
Q7.言葉の発声や字を書くのが不自由なのでパソコンを利用したいのですが、
補助は受けられますか?
A7.
下記のような要件がありますので、該当するかどうか福祉事務所で問い合わせ
てください。
パソコン:文字を書くことが困難で、上肢の障害又は言語・上肢の重複障害
の程度が1・2級の人
意思伝達装置:言語及び筆談により意思疎通ができない人で、両上下肢の機能
が全廃の人)
携帯用会話補助装置:音声もしくは言語機能障害又は肢体不自由で音声言語
に著しい障害を有する人
パソコン周辺機器:視覚障害1・2級又は上肢障害1・2級の人
45
Ⅴ.社 会 福祉
制度の活用
患者さんの療養生活で、その一助となるのが医療・福祉・介護・年金の制度です。
これらの制度は、患者さん個々の状況により何をどのように活用できるのかが異な
ります。これから紹介する制度を利用してみたいと思われましたら、それぞれの申請
窓口、保健所、病院の医療相談室などへの相談をおすすめいたします。また、ここ
では制度やサービスの概要を紹介していますが、時間の経過とともに内容の変わるも
のもあります。詳細及び最新情報は申請窓口にお問い合わせください。
医療と保険の給付
1.特定疾患医療受給者証(東京都の場合は 都 医療券)
医療機関にかかったときに生じる医療費支払いの自己負担分について、所得に応
じてかかった費用の一部が助成を受けられます。申請は診断が確定されてからにな
ります。
申請窓口
市役所、町村役場(区部の場合は保健福祉センターなど)
必要書類
①
②
③
④
⑤
有効期間
申請してから医療券が手元に届くまでに1〜2ヶ月位かかります
が、認定された場合医療費助成の開始日は窓口に申請した日に
さかのぼります。認定の更新は、毎年9月(事前に継続申請の連
絡がきます)です。医療券が届く前に支払いが生じた場合は後
日、助成を受けられる額を都や県に請求できます。
その他
区市町村によっては、医療費助成のほかに難病手当を支給して
いる所もあります。窓口は区市町村の障害担当部署になります。
2.傷病手当金
申請書(申請窓口にあります)
臨床調査個人票(申請窓口にあります)
生計中心者の所得税額を確認できるもの
保険証
世帯調書(申請窓口にあります)
健康保険の休業補償として支給されます。病気療養のため仕
事に専念できず、給料が減ったりもらえなかったとき、これ
を補う手当金です。受給するにはいくつかの要件があります。
46
《受給要件》
○ 就業中の病気・けがのため療養中(自宅療養を含む)であること
○ 今までやっていた仕事に就けないこと
○ 4 日以上仕事を休んだ時(3 日続けて休んだ後の 4 日目から支給さ
れます)
○ 給料が貰えないこと(給料をもらっていても傷病手当金の額より少
ないときは、その差額が支給されます)
○ 勤めている会社が健康保険に加入し、なお本人がその保険に加入し
ていること
申請窓口
職場の健康保険組合(組合管掌健康保険加入者)又は社会保
険事務所(政府管掌健康保険加入者)
申請書 類
傷病手当金請求書に事業主の証明書と医師の意見書が必要です。
これらの書類は申請窓口にあります。
受給期間
その他
3.高額療養費
申請窓口
休業4日目から1年6ヶ月の範囲です。
区市町村の国民健康保険には、この制度の適用はありません。
健康保険で医療を受け病院への支払いが自己負担限度額(年
齢、所得などで違いがありますので、申請窓口にお問い合わ
せください)を超えた場合、申請することで、限度額を超え
た医療費が支給されます。
区市町村の国民健康保険課(国民健康保険加入者)、職場の健
康保険組合(組合管掌健康保険加入者)、社会保険事務所(政
府管掌健康保険加入者)
加入している健康保険の窓口に、事前の申請をすると認定症が
発行されます。医療期間の窓口に予め認定証を提示すると、自
己負担限度額の支払いで済みます。
認定証の提示がない場合は、後日申請して払い戻しを受けるこ
とになります。
47
介護保 険
65歳以上の方が利用できる制度ですが、国が指定した16疾病の場
合は40歳以上の方でも利用できます。脊髄小脳変性症は指定された
疾患の一つですので,介護や介護用品などが必要と思われたら申請
しましょう。要介護の度合に応じて、さまざまなサービスが利用で
きます。
申請窓 口
区市町村介護保険担当部署又は地域包括支援センター
審査
認定
区市町村から委託を受けた訪問調査員が患者さんを訪問し,心
身の状態などの聞き取り調査をします。入院中でも訪問してく
れます。その調査結果と主治医意見書により審査が行われます。
審査会の結果は、申請から30日以内に通知されます。通知が遅
い場合はその旨の連絡がありますが、もし何も連絡がなかった
ら問い合わせをしてみましょう。
ケアプラン作成
要介護の方:居宅介護支援業者(区市町村からも
らう介護保険のしおりに事業所が載っていま
す)と契約を結び、ケアマネージャーにケア
プランの作成を依頼します。
要支援の方:地域包括支援センターが担当します。
利用できるサービス
● 居宅サービス:ヘルパーの派遣、訪問入浴サービス、デイサービス
への通所、福祉用具の購入やレンタル、簡単な住宅改修など
● 施設入所サービス(要介護1以上の認定が必要):老人保健施設、
特別養護老人ホーム、介護保険利用
の療養病床
費用
要支援から要介護度5まで、それぞれにケアプランの上限額が決
まっており、その1割を利用者が負担します。
48
身体の不自由さを補うために種々のサービスを利用したい
と思ったときは,身体障害者手帳を取得しましょう。障害の
等級(程度)、居住する区市町村によって利用できるサービスの内容が違うもの
もありますので、区市町村の障害福祉担当部署で、事前によく相談されるのがよ
いでしょう。
身体障害者福祉
申請窓口
区市町村の障害福祉担当部署が申請窓口です。指定医に診断書
(申請窓口で渡されます)を書いてもらいます。申請書、診断
書、申請者の写真(縦4×横3cm)、印鑑を持参し申請します。
審査
区市町村経由で申請を受付、東京都が審査します。
交付
1〜2ヶ月後に身体障害者手帳が交付されます。
利用できるサービスの主なもの
● 手当の支給:心身障害者福祉手当、特別障害者手当など(65歳以上新
規は除く)
● ホームヘルパーの派遣
● 施設の利用:身体障害者療護施設など
● 日常生活用具の給付:電動ベッド,携帯用会話補助装置、吸引器、パ
ソコンなど
● 補装具の交付:車椅子、歩行器、保護帽など
● 税の軽減:所得税、住民税、自動車税など
● 交通運賃の割引:タクシー、バスなど
◆ 上記のサービスを利用するには、受給者証の交付の申請が必要です。
護保険のサービスが利用できる場合は、そちらが優先となります。
費用は、サービスにかかる費用の1割を利用者が負担します。
介
受給者証交付の申請 → 聞き取り調査 → 障害程度区分認定
審査会 → 区分認定 → 支援の種類・支給期間・支給量・利
用者負担額などの決定 → 受給者証の交付
年金は老齢になったときや病気やけがなどで障害をもったときに、生活
を部分的に補うために支給されるものです。年金に加入中に病気やけが
がもとで日常生活が自分一人ではできなくなり、著しい不自由さを感じたら、年
金の申請窓口に相談しましょう。加入している年金により窓口や年金額などが異
なります。また、年金の制度は複雑な仕組みになっていますので、申請窓口で相
談されたほうが、適切なアドバイスを得られます。
年金
49
1.障害基礎年金
申請窓口
受給条 件
障害等 級
決定
その他
国民年金から支給される障害年金です。
区市町村の国民年金窓口(国民年金に加入の方)
もよりの社会保険事務所(厚生年金に加入の方)
①病気やけがで医療機関に初めてかかった時、年金加入中であ
ること。②病気やけがが治った(症状が固定した)日、又は治
らずにその病気で初めて医療機関にかかった日から1年6ヶ月を
過ぎた日に、年金制度に定められた障害の状態にあると証明で
きること。③年金の保険料を納めていること。(加入すべき期
間の2/3以上)
国民年金法で障害の状況が細かく定められています。医師の作
成する診断書と申請者の作成する申立書により社会保険庁が総
合的に審査し、決定します。たとえば、1級:体幹の機能で座っ
ていることができない、又は立ち上がることのできない障害な
ど、2級:体幹の機能で歩くことができない障害など
「裁定通知書」と「年金証書」が社会保険庁から送られてきま
す。申請してから3〜6ヶ月位かかります。
① 身体障害者手帳の等級と年金の障害等級とは異なります。
② 医療機関に初めてかかった日から,1年6ヶ月過ぎた日に障
害の状況が軽かった場合でも、その後65歳前に年金受給要件
を満たす状態になったときには請求することができます。
③ 就労して所得を得た場合、所得額によっては年金の支給が停
止されることもあります。
④ 20歳前に医療機関に初めてかかった方でも,年金受給要件を
満たす場合があります。
2.障害 厚 生年 金
厚生年金から支給される障害年金です。障害基礎年金に
上乗せして支給されます。
申請窓口
もよりの社会保険事務所(厚生年金加入の方)
受給条件
障害基礎年金と 同じ
障害等 級
1級,2級は障害基礎年金と同じですが,3級が加わります。
決定
障害基礎年金と同じ。
その他
障害の状態が3級よりも軽い場合、障害手当金として一時金が
支給されることもあります。
50
相 談窓 口
1.保健所
自宅療養についての相談。
2.区市町村の介護保険担当部署または地域包括支援センター
介護保険全般について相談。センターは役所が休みの時でもオープンしてい
る所が多く、介護保険の申請手続きの代行をしてくれます。
3.区市町村の障害福祉担当部署
医療費助成の申請(市によっては、他部署の場合もあります)。身体障害者手
帳取得について。支援費制度についての相談。
4.社会保険事務所
年金全般の相談。
5.社会福祉協議会
ボランティア派遣要請、車椅子の一時的な貸し出しなどの相談。
6.通院している病院の医療相談室
医療、介護、福祉等の制度やサービス内容についての全般的な相談。
ここでは一般的なことだけを
ご説明しましたが、年齢、障害
度、家庭状況などにより福祉
の内容も大きく異なります。詳
しくは、各担当窓口で直接お
確かめください!
51
質問 コーナー
Q1.自宅での療養が難しくなった時は、どのような場所で療養できるのですか?
A1.
医療的なケアを多く必要とする患者さんは、病院を利用します。医療的なケアを
必要としない患者さんは、介護保険の施設(「介護保険」の項参照)の利用も可
能です。しかし、どこも混んでいることが多く、またその時の病状によっては利
用できないこともあります。病院については、区市町村の高齢者福祉担当部署から、
介護保険の施設についてはケアマネージャーから、住まいに近い病院や施設の情
報を得られます。これらの情報をもとに、ご家族が直接申し込みます。その際、主
治医の紹介状などが必要となります。
Q2.家族だけの介護では大変になってきましたが、これからも自宅で看ていき
たいと思っています。人手はどのように確保したらよいのでしょう?
A2.
介護保険を申請し、要介護の認定を受け、ケアマネージャーにヘルパーの派遣を
依頼します。介護保険の対象とならない40才未満の方は、身体障害者手帳(「身
体障害者福祉」の項を参照)を取得し、ヘルパー派遣を担当部署に相談してくだ
さい。ヘルパー派遣の場合、介護が主たる仕事になります。医療行為には制限があ
りますので、注意が必要です。
Q3.病院を退院してからもリハビリを続けたいのですが、どのような場所でで
きますか?
A3. 介護保険利用者は、老人保健施設に通ってリハビリを受けら
れます。施設の混み具合や送迎可能地域であるかどうかなど、ケ
アマネージャーに調整を依頼し、ケアプランに組み込んでもら
います。身体障害者手帳を取得している方は、地域の福祉センター
(脳血管障害の方を対象としたリハビリを実施しているところ
が多い)で相談してください。
52
Q4.病気が進行し、家の中でもうまく歩けずふらついたりするようになってき
ました。手すりなど付けたいのですが、どこに頼めばいいのでしょう?
A4. 介護保険利用者は、簡単な住宅改修であれば保険の給付内で可能です。ケアマネー
ジャーに相談してください。身体障害者手帳を取得している方は、住宅設備改善費
の給付が受けられますが、障害等級によって給付内容が違ってきますので、担当
部署に相談してください。
Q5.転ぶことが多くなってきました。保護帽を着けた方がよいと言われました
が、介護保険で購入できますか?
A5. 保護帽は、購入やレンタル物品にはありません。身体障害者手帳(「身体障害
者福祉」の項を参照)を取得して、補装具の交付申請をします。保護帽の他に、吸
引器、座位保持装置、携帯用会話補助装置なども同じように、介護保険では利用
できないので、障害福祉担当部署で相談してください。障害の状態によっては給付
されないものもあります。
53
Ⅵ. 在 宅療 養 支 援
自宅に帰るための準備及び自宅療養についてご説
明します。
通院が困難になったら・・・
病気の進行にともなって通院が困難になったとしても、自宅
での療養生活を続けることができます。神経病院の「地域療養
支援室」では、在宅での療養が安全に継続できるように、お手
伝いします。多摩地区にお住まいで、主治医が必要と判断し、
ご本人(ご家族も含む)が希望した場合は、神経病院からの訪
問診療、訪問看護、訪問リハビリのサービスを受けることがで
きます。上記のサービスをご利用にならない場合でも、退院後
自宅で安心して療養を開始できるよう、条件整備のお手伝いを
いたします。
下の図は、在宅療養をしている患者さんの一例です。
家族が集まるリビングにベッドを置いて、家族との団欒を楽しみながら療養してい
らっしゃいます。定期的に医師が訪問診療に伺っています。看護師も定期的に訪問
して、病気の状態を看たり、体を拭いたりしてお世話をします。薬や経管栄養食は、
近くの薬局が届けてくれます。ホームヘルパーが、患者さんのお世話や家事のお手
伝いをします。これらのサービスは、医療保険や介護保険、その他の制度を利用す
ることにより、少ない負担で利用することができます。
54
訪問診療・訪問看護利用の流れ
病状が安定してい
て、ご本人の在宅療
養への希望があれ
ば退院となります
退院の決定
在宅ではどんな生
活になるのか、ご
一緒にイメージ作り
をします
在宅療養の相談
ご本人・ご家族の希望確認
地域のサービス機関への連絡
在宅療養に必要なサービスの決定
当院の訪問サービス利用について院内での正式決定
ご本人とご家族および当院・地域のサービス提供機関との
打ち合わせ
在宅療養に必要な知識の伝達
日常のお世話
の仕方につい
てご指導いた
します
在宅療養に必要な物品の準備
退院・在宅療養開始
当院からの訪問診療・訪問看護
55
在宅療養で困
らないように
十分な準備を
します
地域で受けられるサービス
ケアマネージャー
介護保険
専門病院
(訪問診療・看護な
ど)
家庭医
(訪問診療など)
訪問看護ステーション
訪問リハビリ
テーション
ホームヘルプサービス
訪問入浴
保健所
私たち、地域療養支援室は、患者さんがご自宅に帰ったあとも、神経病院の訪問
診療・看護だけでなく、地域の様々なサービスを利用して、できるだけ快適な療養
生活が送れるよう支援します。相談したいことや、わからないことがあるときは、
いつでも連絡が取れるように整えます。専門病院と地域のサービス機関とは連携を
とりあっています。緊急時には、必要な医療が速やかに受けられるように準備しま
す。介護者の疲労や、冠婚葬祭などにより自宅での療養
が一時的に困難になったときは、可能な限り当院でベッ
ドを用意します。その他、地域での療養についてご相談
地域療養支援室
があれば、いつでもお受けします。
042-323-0198
56
在宅療養で役立つあれこれ
1.退院の時は・・・
地域によっては社会福祉協議会でストレッチャー(寝台)が乗せられる車を低
料金で借りることができます。予約が必要で、できるだけ早めに確保したほう
がよいでしょう。いくつかのタクシー会社でも、ストレッチャーを乗せられる
「福祉タクシー」があります。一般のタクシー料金と同額で利用できますが、
やはり予約が必要です。また、患者さんを搬送する専門
の「民間救急」の車もあり、さまざまな設備が整ってい
るので安心ですが、料金がやや高めです。いずれも予約
が必要です。
通常、退院当日は訪問看護は利用できないので、注意
してください。 週末や夕方以降は、サービスの利用がで
きにくくなることがあるので、退院日はできるだけ週の
前半、午前中が望ましいでしょう。
2.自宅に着いたら・・・
まず患者さんご本人を、ベッドに移しましょう。患者さんの状態が落ち着いた
ことを確認し、排泄のお世話や水分等の補給をしてから、その他の整理にかか
ります。
3.療養室はどのようにしましょう・・・
自宅は患者さんとともにご家族も生活する場です。病室という条件にとらわ
れず、家族全員が快適に暮らしやすいように整えます。多少賑やかすぎたり狭
かったりしても、家族とともに過ごせるリビングルームなどを療養の場にする
方も多くいます。
お世話をする人の立場に立てば、二階より一階のほうがよいでしょう。また、
災害時を想定しても療養室は一階が適しています。医療機器(人工呼吸器や中
心静脈栄養、経管栄養など)を利用している場合は、それらにできるだけ直射
日光(紫外線)が当たらないようにベッドを置きます。酸素を利用する場合は、
火気の近くに酸素の器械を置かないようにしましょう。
脊髄小脳変性症の症状の一つとして、発汗障害により体温の調節ができにく
くなったり、起立性あるいは食事性低血圧など血圧の調節がうまくいかないこ
とがあります。前者に対しては、室温調節のためにエアコンを準備しておくこと
が望ましく、また後者に対しては、すぐに横になれる空間をできるだけ確保する
ことが必要です。
57
4.地域で療養を続けるために・・・
退院したら、できるだけ近所の人に患者さんの状況を伝えておくと、災害や事
故のとき、あるいはちょっとした用事を頼みたいとき等に大変心強いでしょう。
医師や看護師などが頻繁に出入りすることを伝えておくことも大切です。患者
さんの状態が許せば、できるだけ外の世界とつながりをもち、さまざまな刺激
や情報に接することができるようにして療養生活を充実したものにしましょう。
5.外出は・・・
医療機器をつけたままでも、外出することはできます。必要な医療機器をす
べて搭載できる車椅子(もしくはストレッチャー)をできるだけ入院中に用意
しておきましょう。
神経病院の理学療法士(PT)がご相談にのります。慣れないうちは、自宅近
くを短時間外出します。安全のため介護者以外に2〜3人ほどの人手を用意しま
す。慣れてくれば車や電車、ときには飛行機や船を利用して出かけることもで
きます。その際には神経病院の医師・看護師・リハビリのスタッフもご相談に
応じます。旅行等で遠距離に外出するときは、旅先でも安心して医療が受けら
れるよう、神経病院の主治医による紹介状をお持ちいただきます。
58
質 問コー ナー
Q1. 神経病院に入院した患者であれば、だれでも神経病院の往診を受けられ
るのですか?
費用はかかるのですか?
A1. 当院の訪問診療は、通院が困難な多摩地区にお住まいの方に限ります。重症で
難病の認定を受けている方は、往診や訪問看護に費用はかかりません。
Q2. 自宅で急に具合が悪くなった場合、どこに連絡をすればよいですか?
A2. 神経病院からの往診を受けている方は、地域の主治医又は
神経病院の「地域療養支援室」にご連絡ください。休日夜間
は神経病院の当直医が対応します。緊急の場合は、あらかじ
め電話を入れた上で救急車で府中病院のER(急患室)に来て
いただいても結構です。その場合、帰りの 車の手配をしてお
く必要があります。神経病院からの往診を受けていない方は
直接府中病院のERにおいでください。
Q3. 介護者が何らかの理由で一時的に介護できなくなったときは、どういう
サービスが受けられますか?
A3. 前もって予定がわかっているときは(冠婚葬祭など)早めに神経病院にご相談
ください。また、介護者の急病等、緊急のときもご相談ください。できるだけベッ
ドをご用意できるように努力いたしますが、場合によってはベッドが用意できな
いこともあるので、他の病院の利用もご検討ください。
Q4. 患者が自宅で療養しているときは、家族はどんな生活になるのですか?
ずっと一緒にいなくてはいけませんか?
A4. 医療機器を利用していたり、病状が重い患者さ
んはいつでも介護が必要です。家族は基本的には常
に患者さんのそばにいることが望ましいでしょう。
しかし、患者さんの病状が落ち着いていて、介護に
慣れた看護師や介護師の支援で家族の介護負担を軽
減することは可能です。ケアマネージャーや神経病
院の地域療養支援室のスタッフにご相談ください。
59
Ⅶ. 有 用 情 報
書籍紹介
医学専門書は含みません
1) 地上に降りた天使
諸星 くると(著), 明窓出版, 価格 \1,155
2) GOGOおばさんとバックオーライ―脊髄小脳変性症を二人の荷物として
中山 一江(著), 東京図書出版会 \1,000
3) 有りの侭に 難病患者が綴った自分史
谷田明(著), 創栄出版, \1,800円(税込)
4) 神経系慢性期理学療法ノート
石倉隆(著), 西日本法規出版, \4,200円(税込)
5) 神経難病, Clinical nursing guide 7
高橋和郎(編),メディカ出版, \4,305円
6) 脊髄小脳変性症リハビリテ−ション実践マニュアル
Medical rehabilitation
No.28
立野勝彦(著), 全日本病院出版会, \2,500
7) 患者と家族のためのしおり、脊髄小脳変性症
厚生省, 日本出版サ−ビス(1982), \316
8) 介護保険特定疾病の基礎知識
全国老人保健施設協会(編集), 厚生科学研究所, \1,575円
9) 脊髄小脳変性症 Q&A 126
金沢一郎(編),全国脊髄小脳変性症友の会(1996),\1,200
申し込み方法は下記のホームページ又は電話で。
(http://homepage3.nifty.com/jscda/page04-hon04.htm)
(Tel: 03-3949-4036 または03-3949-2011)
60
ホームページ紹介
1) 難病情報センター(http://www.nanbyou.or.jp/)
厚生労働省の補助事業として、厚生労働省健康局疾病対策
課と財団法人難病医学研究財団の協力運用のホームページ
で、パンフレットのダウンロードができます。
2) 高速推進研究室 (http://www.imasy.or.jp/~hsdl/)
高速推進研究室(HSDL)は、(運動)神経難病の克服を支援する、ナースによる個
人研究室です。
3) 神経筋難病情報サービス(http://www.saigata-nh.go.jp/nanbyo/index.htm)
国立療養所の神経筋グループによる「国立療養所における神経筋難病のあり方に
関する研究班」から、神経筋難病に関する情報サービスを提供しているホームペー
ジです。患者団体のリストも載っています。
4) 全国脊髄小脳変性症友の会(http://homepage3.nifty.com/jscda/index.htm)
脊髄小脳変性症の患者、家族の交流と親睦や関係機関への働きかけなどを目的と
するホームページです。
5) 難病等患者さん支援のページ
(http://www.fukushihoken.metro.tokyo.jp/shippei/nanbyoshien/shien.html)
東京都福祉保健局保健政策部疾病対策課のホームページです。
6) 日本神経学会(http://www.neurology-jp.org/index.html)
7) 東京難病団体協議会(東難連)(http://www.tounanren.org/02about.html)
東難連は、14疾患団体で構成され、東京都から特殊疾病患者に対する「健康指導
事業・生活療養相談事業」の委託を受けて、難病患者の拠点として相談事業等のさ
まざまな活動をしています。脊髄小脳変性症を含む神経系難病の「無料医療相談
会」の情報もあります。
難病相談
東京都難病相談・支援センター
112-0012 東京都文京区大塚4-21-5
Tel. 03-3943-4050
難病患者さんとそのご家族の療養生活相談及及び情報提供、
専門医療機関の紹介、日常生活用具の紹介などを行っています。
61
Ⅷ.患者会の紹介
全国脊髄小脳変性症友の会(全国SCD友の会)
(ホームページ:http://homepage3.nifty.com/jscda/index.htm)
〒170-0004東京都豊島区北大塚2-7-2
電話:03-3949-4036 FAX:03-3949-4112
このほかにも、全国各地に友の会があり、その一覧表は下記のホームページに載っ
ており、連絡先も記載されています。関心のある方はご利用ください。
国立療養所神経筋難病研究グループ提供
神経筋難病情報サービス(http://www.saigata-nh.go.jp/nanbyo/index.htm#start)
62
索引
あ行
異常行動
6
遺伝相談
11
遺伝子診断
10
いびき
6,11,12
医療券
46
胃瘻(いろう)
19,22
衣類
26
医療相談室
46,51
ER(イーアール=急患室)
2,59
運動障害
13
エアマット
26
栄養
30
エスシーエイスリー(SCA3)
7,8
エスシーエイシックス(SCA6) 7,8
エスシーディー(SCD)
4
エスエヌディー(SND)
5
エスディーエス(SDS)
5
エムアールアイ(MRI)
7,10
嚥下障害
19
オリーブ橋小脳萎縮症
5
オーピーシーエイ(OPCA)
5
オムツ
27
か行
介護保険
会話
家庭医
看護
間歇導尿
患者会
気管切開
気管カニューレ
起立性低血圧
緊急時
吸引
車椅子
ケアマネージャー
ケアプラン
痙縮(けいしゅく)
経管栄養
48
18,45
56
23
15
62
17,18
17
5,35,36,43
2,56
18,25,49
35,37,45
48,52,53,56
48,52
13
19
血圧の変動
呼吸障害
誤嚥
コルセット
高額療養費
6
17
19,24
34
47
さ行
在宅療養
54,56
在宅療養支援
54
酒
31
趣味
31
自宅の改造
37
社会福祉協議会
51
社会保険事務所
50
ジストニア
8
自律神経症状
5,14
小脳症状
5,13
傷病手当金
46
障害基礎年金
50
障害厚生年金
50
歯状核赤核淡蒼球ルイ体萎縮症
8
シャイ・ドレーガー症候群
5
手浴
25
食事性低血圧
6,14
身体障害者手帳
49
仕事
31
人工呼吸器
17,18
錐体外路症状
5,13
錐体路症状
5,6,13
睡眠
6.14.18
睡眠時無呼吸症候群
6,17,18
嗜好品
31
失神
5,14
スピーチバルブ
18
脊髄小脳変性症
4
線条体黒質変性症
5
声帯外転麻痺
6,12,17
性格変化
8
清潔
25,26
セレジスト
13
先髪
25
足浴
25
63
た行
体位変換
26
多系統萎縮症
5
立ちくらみ(起立性低血圧も参照)4
タバコ
31
弾性ストッキング
14
地域療養支援
56
痴呆
8
ディーアールピーエルエイ(DRPLA)8
てんかん
8
道具
34,45
トーキングエイド
38,39
とろみ
19,24
トリプレットリピート病
7,9
特定疾患医療受給者証
46
訪問診療
訪問看護
ホームページ
膀胱瘻
保健所
歩行器
ボランティア
訪問看護ステーション
54,55,59
55,56
61
15
51,56
34
32
56
ま行
マカドジョセフ病(MJD)
末梢神経障害
ミオクローヌス
民間救急
めまい
8
8
8
57
14
や行
な行
日常生活
難病の医療券
尿道カテーテル
入浴
11,23,30
46
15,28
25,26,56
13,17,21
15
ら行
リハビリテーション
療養室
臨床調査個人票
は行
排尿機能検査
排尿障害
パーキンソン症状
パーキンソン病
肺炎
歯磨き
ヒルトニン
びっくり眼
頻尿
非侵襲的人工呼吸
膝サポーター
表現促進現象
副作用
福祉タクシー
便器
便秘
ヘルメット
ヘルパー(ホームヘルパー)
薬物療法
用手圧迫法
15
15
5,12,13
12
17,20
26
13
8
5,15,16
17
34
9
21
57
21
16.17
35
48,49,52
64
33
57
11,46
おわ り に
この小冊子は、脊髄小脳変性症の患者さんの療養のための実践的手引書として2005
年に神経病院のメンバーによって作成されました。発刊から3年目にあたる本年は、
改定版作成年度であり、治療法における最近の進歩など内容の全体的な見直しを行
い、2009年春に第二版として完成しました。なお、本冊子は2007年から当院のホーム
ページ(http://192.168.0.109/sinkei/index.htm)の中にPDFファイルとして挿入され、
ご希望の方は自由に印刷できるようになりました。したがって、本冊子は電子媒体
となりますが、今後も定期的に改訂をおこないつつ、継続していきたいと考えてい
ます。
この小冊子が少しでも皆様のお役に立ちますことをスタッフ一同願っております。
神経病院スタッフ
脳神経内科(SCDグループ)、看護師、リハビリテー
ション科、医療相談室、地域療養支援室
脊髄小脳変性症の理解のために
−あなたとあなたのご家族へ−
発行者:東京都立神経病院 SCDグループ
2005年2月2日
2009年1月20日
第一版発行
第二版発行
65
ご意 見 用 紙
この小冊子をお読みになり、ご意見、ご感想あるいはご要望な
どがございましたら、この用紙にお書きいただき(他の用紙で
も結構です)、切り取り線より切り離して下記の要領でお送り
ください。次回の改訂版(三年毎)の参考とさせていただきま
す。匿名でも結構です。
●神経病院にご入院中の方:各病棟ごとに設置してあります「あなたのご意
見箱」にお入れください(公衆電話の脇にあります)。
●府中病院に外来通院の方:神経内科外来の受付にある箱に入れていただく
か、受付の看護師にお渡し下さい。
●神経病院の在宅診療にお入りの方:当院スタッフが在宅訪問したときにお
渡しください。
●上記以外の方:郵送にて下記の住所にお送りください。
183-0042 東京都府中市武蔵台2-6-1
都立神経病院 脳神経内科 磯崎英治
インターネットをご使用の方は、神経病院のホームページ
(http://192.168.0.109/s inkei/index.htm )の「ご意見箱」経由でも結構です。
皆様からのご意見・ご感想・ご要望
切り取り線
66
67