Electronic Properties of Solids V : Transport Properties of Metals and Semiconductors 第5講 M.Shiga - 金属・半導体の伝導現象 - 1 はじめに 前回は金属の諸物性の電子論について、電気抵抗の 所まで来て紙数が尽きたが、今回は引き続き、ホール 効果、熱伝導などにふれ、さらに半導体の基本的な性 質について述べる。 2 ホール効果 導体に電流を流し、さらに磁場をかけると、その方 向によって様々な現象が生じる。ここでは、代表的な 現象であるホール効果(Hall Effect) について述べる。 これは磁場を電流に垂直にかけた時、両者に垂直な方 向に電圧が生じる現象で、磁場測定やキャリア密度(後 述)の推定に使われる。 まず、図 5-1 を見ていただきたい。長さ l 、巾 h 、 厚さ d の短冊状の導体に電圧 V、磁場(磁束密度 Bz) をかける。 電流( Ix )方向を x、磁場方向を z とすると、 磁場 0 の時は、電子は-x 方向へ動こうとするが、磁 場中ではローレンツ力を受け、図の点線のように上向 き(+y方向)の力を受ける。しかし、y方向には電 流は流れないので、上側表面に過剰の電子が溜まり、 負に帯電する。逆に下側表面は電子不足となり正に帯 電する。つまり、y方向に電圧が発生する。この電圧 による電場と、ローレンツ力が打ち消し合い、x方向 に定常電流が流れることになる。このときy方向に発 生する電圧がホール起電力であり。その大きさは以下 のようにして求まる。 図 5-1 ホール効果の概念図 一般的に、電場 E、磁束密度 B 中にあり速度 v で 動く電子に働く力は F e E v B で与えら れる。ここで、括弧内第 2 項は言うまでもなくローレ ンツ力である。ベクトルの外積は x y z v B v x Bx vy By vz Bz で与えられるので、Bx=By=0 を考慮すると、 Fx eE x e v y Bz Fy eE y e v x Bz Fz eE x (5-1a) (5-1b) (5-1c) が得られる。定常状態で電流が流れ得るのは x方向の みなので、vy = vz = 0, Fy = Fz = 0 でなければならな い 。 x 方 向 へ の 電 流 密 度 は jx nev x な の で 、 v x jx ne と書ける。一方、 (5-1a) 式 = 0 よ り、 B E y v x Bz z jx ne さらに、V y h Ey , I x 圧、Ix は電流)より、 (5-2) jx d h (Vy はホール電 1 I I Vy Bz x RH Bz x ne d d (5-3) とホール電圧 Vy が求まる。ここで、 RH 1 ( ne) をホール係数とよぶ。したがって、板状試料の厚さ d がわかっておれば、ホール電圧を測定することにより、 ホール係数が求まり、電子密度(体積当たりの電子数。 より一般的には キャリア密度)n を推定することが 出来る。逆に、RH がわかっておれば、磁束密度の測 定に使える。ただし、金属の場合は電子密度が大きい のでホール係数が小さく、実験室条件ではホール電圧 は微少で、出来る限り薄い(dが小さい)試料を使う 必要がある。半導体の場合はキャリア密度が小さくホ ール電圧も大きいので、磁場の測定には半導体が使わ れる。また、後述するp型不純物半導体ではキャリア ーが正孔なのでホール電圧は正となる。 3 金属の熱伝導とヴィーデマン・フランツ (Wiedemann-Franz)の法則 金属の特徴の一つは電気伝導だけでなく熱伝導も大 きいことで、両者の間には関連がある。具体的には、 ヴィーデマン・フランツの法則として知られる経験式 -1- Electronic Properties of Solids V : Transport Properties of Metals and Semiconductors で、熱伝導率と電気伝導率の比が温度に比例するとい うものである。ここでは、オームの法則を導いたのと 同じ手法、つまり、電子を電荷を帯びた古典気体とし て扱い、その平均粒子速度にフェルミ速度を適用する 方法により、自由電子についてこの法則を理論的に導 く。 熱伝導率 K の定義式は、z 方向に 温度勾配 dT dz があるとき、単位時間、単位面積を通過する エネルギーを ju とすると、 ju K dT dz K el 2 k B T L T 3 e 2 2 k L B 2.45 108 WK 2 3 e 2 (5-5) で与えられる(参考書 (1) 参照) 。 ここで、CV は体 積比熱、<|v|> は平均分子速度、l は平均自由行程で ある。1/3 が掛るのは、分子はあらゆる方向に飛翔し ているので、そのz方向成分の平均を取るためである。 前回述べたように、電子気体の比熱は状態密度に比 例し、自由電子の場合は (5-6) (5-7) となる。ここで、τは電子の平均緩和(衝突)時間で ある。 一方、電気伝導率 σ は 前講 (4.17) 式より ne2 m (5-8) なので、 (5-7)、 (5-8)式よりτを消去すると、熱伝導 率と電気伝導率の間には以下の関係式が成り立つ。 K el (300 K ) 5.9 107 2.45 108 300 434 W m 1 K 1 と求まり、実測値 403 W・m-1・K-1 にかなり近い値が 得られる。従って、伝導電子による熱伝導が支配的で あることがわかる。 ◯ 熱伝導率の温度依存性 前回示したように、金属の比抵抗ではマーティセン の法則 (T ) 0 L (T ) (4.22)が成り立つので、 熱伝導率の温度依存性は で与えられる。[(4.6)式]ここで、nは電子密度であ る。この式、及び v v F , l v F を (5-5)式に 代入すると、自由電子による熱伝導率 Kel は 2n k B 2T 2 nkB 2T K el v l F 3 mv F 2 3m (5-10) となる。実際の金属では(273 K において) Ag : 2.31, Au : 2.35, Cu : 2.23 (×10-8 WΩK-2) と、これらの金属では自由電子の値に近いことがわか る。 なお、熱伝導率の測定は、電気抵抗の測定に比べ格 段に難しいが、この関係式を使うことにより、電気抵 抗の測定から熱伝導率の概略値を推定することが出来 る。例えば、銅について室温の熱伝導率を自由電子モ デルにより推定すると、 1 1 1.7 108 5.9 107 1m 1 を 用 い、 (5-4) 2 2 n 2 2 nk B 2 T Cel D(F )k B 2T kB T 3 2 F mvF 2 (5-9) このようにヴィーデマン・フランツの法則が導ける。 定数 Lをローレンツ数といい、自由電子では で与えられる。気体の場合、熱エネルギーは、高温・ 高エネルギー領域から、低温・低エネルギー領域へ衝 突せずに飛翔する分子によって運ばれる。証明は略す が分子運動論によれば、気体の熱伝導率は 1 K CV v l 3 M.Shiga L T K el (T ) 0 L (T ) と書ける。 このとき、分母・分子共に温度依存性があるので少し 複雑であり、温度領域を分けて考える必要がある。た だし、いずれの場合も、 K el (0) 0 であり、また十 分高温では L (T ) T 0 なので K el (T ) は一定 値に近づく。 (1) 純金属:ρ 0 が十分小さい場合、極低温を除いて n は (T ) T (n : 2 5) なので、K (T ) T n 1 と なり、温度と共に減少する。すなわち、熱伝導率は低 温で極大値を示す。 (2) 合金:ρ0 が大きく、少なくともρL(T) の温度依 存 性 が T n (n >1) で 与 え ら れ る 低 温 域 で 0 L (T ) であれば、 K el (T ) は単調に増加し高温 で一定値に近づく。 -2- Electronic Properties of Solids V : Transport Properties of Metals and Semiconductors M.Shiga て捉える必要がある。電子波の波束は波数 k0 を中心 として、その近傍の波数の波を重ね合わせて得られる。 波束の中心速度、つまり電子の粒子速度は群速度に等 しい。すなわち、 d d 1 dE vg d 1 dk dk で与えられる。ここで、 E は電子の運動エネルギー、ν(ω)はそれに伴う 振動数(角振動数)である。 中心波数 k、速度 vg の電子が dt 時間に、電場 Є によりなされる仕事(電子のエネルギー変化)は、 dE dE dk F dx e v g dt dk (5-11) edE dt dk となり、両辺から dE dk を消去すると、 dk e dt が得られる。すなわち、単位時間にその波数は 変化する。 一方、加速度 d v g dt は、 (5-12)より、 図 5-2 金属・合金の熱伝導率(参考のため 結晶質・ 非晶質 SiO2 のデータも示してある。(参考書 (2) より引用) 実際の測定値(図 5-2)を見ると確かに純金属では低 温で極大値を示し、合金では単調増加を示している。も ちろん、その絶対値は純金属の方が大きい。参考のため、 代表的な絶縁体である SiO2 の熱伝導率の温度依存性も 示すが、全く別の理由により、結晶質の水晶では低温で 極大を示し、非晶質である石英ガラスでは単調に増加す る。この傾向はフォノンを気体と見なすモデルによりあ る程度説明可能である。 (参考書 (3) 参照) 4 半導体の電子論 半導体は最も重要な機能材料の一つであり、材料科 学者としてその性質を理解しておくことが望まれるが、 ここでは、これまで学んできたことを基礎に基本的な 性質を説明する。 4-1 伝導電子の有効質量 前回、結晶の周期ポテンシャルは電子を散乱せず電 気抵抗の原因にならないといったが、電気抵抗値に関 係しないわけではない。それは、電場をかけたときの 加速度に影響し、電子の有効質量の変化として記述さ れる。これを論じるためには、古典的な気体モデルは 使えず、電子を第 I 講 1.3.2 で述べた波束の運動とし (5-12) e dv g 1 d dE 1 d 2 E 1 d 2 E dk dt dt dk dkdt dk 2 dt 1 d 2E 1 2 e 2 e 2 2 dk d E dk 2 (5-13) と書ける。これを、古典論の運動方程式 dv dt 1 m e と比較すると、 2 2 2 m* d E dk の有効質量を持った粒子とみ なせる。 1 次元モデルについて、自由電子および周期ポテン シャル中の電子の分散関係、群速度、有効質量を図 5-3 に示す。このように周期ポテンシャル中では電子の見 かけの質量が変る。特に、バンドの上端付近では有効 質量が負になる。すなわち、電子が電場から受ける力 の逆方向に加速(減速)される。 -3- Electronic Properties of Solids V : Transport Properties of Metals and Semiconductors M.Shiga 4-2 ホールの運動と半導体 後に示すように、半導体では本来電子が詰まった状 態であるブリルアン・ゾーン内側の電子が励起され、 価電子バンドに空きが生じこれが正孔(ポジティブ・ ホール)として伝導を担う(キャリアとなる)ことが 知られている。直感的にはこれで十分理解出来るが、 定量的にそのホールの有効質量などを論じようとする と、十分ではない。以下、参考書 (3)の手法でこの点 を説明する。 簡単のため、図 5-4 のようなバンドの頂上(k = 0) にあった電子が抜けた 1 次元バンドを考え、それに電 場をかけていくことによる変化を順を追って説明する。 (1) 電場がかかっていない時。 (図 5-4 a) 図 5-3 自由電子(左)と周期ポテンシャル中の 電子の (a) エネルギー分散曲線 (b)群速度 (c) 有効質量 k k (2) x 0 (5-14) +x方向に電場 εをかける。 (図 5-4 dk x e x dt b → c ) (5-15) より、各電子の波数は -x 方向に ⊿k 変化する。 (a)→(b)→(c) これに伴い、空孔も⊿k だけ-x方向に移動する。 (3) 一方、実空間での電子の速度は群速度 v g 1 dE dk で与えられる。従って、k < 0 に対 しては、vg > 0, k > 0 に対しては、 vg < 0 である。 (図 5-4 (d)) (4) 全電子の速度の和を V、空孔にあった電子の速度 を vh とすると、 ε=0 では、V v k 0, v h 0 (5-16) は電子が詰まっている全ての状態につい ここで、 ての和を意味する。 ε >0 では、 V v k 0 電子は負電荷なので正の電流が流れる。 (5) 空孔がない時の全電子の速度の和は 0 なので、 v v k all k v h 0 v 従って、 図 5-4 ホールの運動 k v h 0(ここで、vh > 0 に注意)。 すなわち、全電子の速度の和は空孔に電子があるとし た時の速度に-符号を付けたものに等しく、電流は、 J ev k e(v h ) ev h -4- となり、全電子に Electronic Properties of Solids V : Transport Properties of Metals and Semiconductors よって運ばれる電流は空孔(速度 vh)においた電荷 +e の粒子(ホール)が運ぶそれに等しい。 ◯ ホールの有効質量 電場 εにより、vh は時間とともに増加する。すな わち、 d v h dt 0 。従って、ホールの有効質量は正 であり、バンドの上端での電子の有効質量が負であっ たことから、次式で与えられる。 mh * 2 d 2 E dk 2 0 4-3 M.Shiga も eV のオーダー、つまり 10000 K 程度で室温の熱 エネルギーより 1 桁大きい。従って、励起される電子 数は少数である。 図 5-6 に Si の分散曲線を示す。Si の場合共有結合 性が強いので空格子近似との対応は難しいが、下から、 縮退のない2本の分枝とその上の太線で表した2重縮 退のある1本の分枝に、格子点当たり8個(ダイアモ ンド構造では格子点当たり2個の原子、Si では1原子 当たり4個の価電子を持つ)の電子が占有し価電子バ ンドを作り、その上の分枝との間に狭いエネルギーギ ャップが存在する。その結果、状態密度曲線にもギャ ップが生じる。 ◯ 半導体の電気伝導率 前回述べたように、半導体の電気伝導率は、 n e , em * とキャリア密度と移動度の 積で表す。金属の場合はキャリア(電子)密度がほぼ 一定で、電気抵抗値を支配するのが緩和時間 τであっ たのに対し、半導体の場合はキャリア密度 nの変化が 支配的である。真性半導体の場合、キャリアが電子と ホールの 2 種類あるので、 伝導バンドの電子濃度を n、 移動度を μe、価電子バンドのホール濃度をp、移動 度を μh とすると、 n e e p e h と書ける。 いずれにせよ、伝導率を決める最大の要因はキャリア 密度、n、pなので、以下その見積り法について述べ る。 (5-17) 真性(固有)半導体 図 5-5 真性半導体のバンド構造。0K では価電子バンド が電子で完全に満たされており、伝導バンドには電子は 存在しない。有限温度では熱エネルギーにより電子が励 起され、価電子バンドにホールが、伝導バンドに電子が 現われ、それぞれ伝導に寄与する。このとき、フェルミ レベルは禁制バンドの中間にある。 4-4 4-4-1 図 5-6 Si の電子分散曲線。低エネルギー側の 2 本の分枝 は縮退せず、その上の太線の分枝は2重に縮退している。 Ge や Si など、いわゆる半導体では、図 5-5 に示 すように、電子の詰まった価電子バンドと空の伝導バ ンドの間にエネルギー ギャップがあり本来絶縁体で あるが、エネルギー ギャップ Eg が比較的小さく、 室温においても価電子バンド上端の電子が熱励起され、 伝導バンドに電子が、価電子バンドには空孔が生じる。 従って、電場をかけると電流が流れる。後に述べる不 純物半導体と区別し純粋の Si や Ge を真性(固有) 半導体という。代表的な半導体のエネルギー ギャップ は、Si:1.17、Ge:0.744、GaAs:1.52 eV といずれ 真性半導体のキャリア密度 キャリア濃度の見積もり I:粗い計算 図 5-7 真性半導体の状態密度とフェルミ分布関数。ホ ール数と伝導バンドの電子数が等しくなければならな いので、フェルミ準位はギャップの中央にある( f (EF)=1/2 であることに留意)。従って、半導体にはフェ ルミ面は存在しない! 真性半導体では n = p でなければならないので、f (EF)=1/2 で定義されるフェルミ準位 EF はエネルギ ー・ギャップのほぼ中央になければならない。 (図 5-7 参照)なお、このことは半導体ではフェルミ面は存在 -5- Electronic Properties of Solids V : Transport Properties of Metals and Semiconductors M.Shiga しないことを意味するので注意しておこう。ここでは 簡単のため、ちょうど中間にあるとする。価電子バン ドの上端のエネルギーを Ev 、伝導バンドの底を Ec とすると、 E F EV EC E F E g 2 従って、 EF EC EV 2 と書ける。ホールはほとんど Ev 付近に、電子はほとんど Ec 付近に分布しており、ま た、Eg ≫ kBT、従って、(Ec-EF)≫ kBT なので、 フェルミ・ディラック分布関数は、 (1) 伝導バンドの電子に対して、 1 fe exp EC EF k BT 1 exp EC EF k BT (5-18) exp E g 2k BT (2) 価電子バンドのホールに対して、 図 5-8 半導体の電気伝導率の温度依存性。縦軸を log σ、横軸を 1/T でプロットすると直線にのる。エネルギ ーギャップが大きいほど勾配が大きくなる。 1 f h 1 exp EV EF k BT 1 1 exp EF EV k BT 1 n De ( E ) f e dE (5-19) EC E 1 2m 2 2 e exp F 2 k BT 32 exp E g 2k BT E dE E E exp k T とn、pは近似的にボルツマン分布に従う。 すなわち、 n p exp E g 2k BT 10 9 12 C EC (for Si 300 K) (5-21) B E EC m k T 2 e B 2 exp F 2 k BT 32 従って、移動度の温度依存性を無視すれば、 c exp E g 2k BT , ln E g 2k BT ln c と、電気伝導率の対数 lnσ を 1/T の関数としてプ ロットすると直線になる。 (図 5.8 参照) ここで、 4-4-2 キャリア濃度の見積もり II:より正確な計算 12 伝導バンド、価電子バンドの状態密度を E 型と し、その有効質量をそれぞれ、me、mh とする。 (1) 伝導バンドの電子濃度 n 伝導バンドの状態密度は、 x 0 2 E EC x 2 k BT exp( x 2 )dx とおき、定積分 を用いた。 4 32 1 2m 12 De ( E ) 2 2 e E EC 2 ただし、E > Ec フェルミ・ディラック分布関数は (5-20) (2) 価電子バンドのホール密度 価電子バンドの状態密度は p 32 1 2m 12 Dh ( E ) 2 2 h EV E 2 E EF kT ゆえ、 f e exp E E F k BT 、従って ホールの分布関数は、 -6- (5-22) Electronic Properties of Solids V : Transport Properties of Metals and Semiconductors の原子は Si サイトを置換し、容易に余分の価電子を 伝導バンドに放出し、伝導バンドの電子濃度を増加さ せる。また、逆に質量作用の法則によりホール濃度は 減少する。これらの不純物は電子を(伝導バンドに) 与えるもの、ドナーと呼ぶ。ドナーを多く含む半導体 をn型半導体とよび、電気伝導は主に伝導バンドの電 子が担う。 一方、B、Al、Ga、In 等の3価の元素を不純物と して加えると、価電子バンドから電子を捕獲し、価電 子バンドにホールを作る。これらの不純物を電子を受 容する物、アクセプターとよぶ。アクセプターを多く 含む半導体をp型半導体とよび、電気伝導は主に価電 子バンドのホールが担う。これらの様子を図 5-9 に模 式的に示す。 1 f h 1 f e 1 exp E EF k BT 1 1 exp EF E k BT 1 E EF exp k BT M.Shiga (5-23) 同様の計算により、ホール濃度は EV p Dh ( E ) f h ( E )dE E EF (5-24) m k T 2 h B 2 exp V 2 k BT 32 と求まる。 (3) フェルミ準位 真性半導体では n = p なので、 (5-21)= (5-24) して、 EF 12 EC EV 43 k BT ln mh me と 図 5-9 (a) Si に As(5 価不純物)をドープしたところ。 As は電子を 1 個伝導体に放出し+e に帯電する。放出さ れた伝導電子は完全に自由電子となるわけでなく As+ の正電荷から引力を受ける。(b) Si に B(3 価不純物) をドープしたところ。Si の価電子バンドから 1 個電子 を捕らえ-e 帯電する。価電子バンドに生成したホール は B-の負電荷から引力を受ける。 (5-25) (4) 質量作用の法則 (5-21)×(5-24)より、 3 E 32 k BT n p 4 me mh exp g 22 k BT (5-26) となり、電子濃度とホール濃度の積はフェルミ準位に よらず一定である。これを化学反応の平衡式にならっ て質量作用の法則とよぶ。この関係式は、後述する不 純物半導体の場合も成り立つ。 4-5 不純物半導体 代表的な半導体である Si ( Ge も同じ) は4価の元 素であり、結晶構造は fcc ダイヤモンド型である。ダ イヤモンド構造では4個の最近接原子が正四面体配置 をしており中心の Si から伸びる 4 本の共有結合手が 最近接 Si とσ共有結合を形成するというイメージが 比較的よく成り立つ。もちろん多原子結晶なので本講 第Ⅲ講の『多原子分子からのアプローチ』で示したよ うにエネルギーバンドを形成し、価電子バンドは共有 結合性バンドで、伝導バンドは反結合性バンドと考え て良い。 さて、ここで、Si に P、As、Sb などの5価の元素 を極微量不純物として加えると(ドープする) 、これら 4-6 擬水素原子モデルによる不純物準位の推 定 4.6.1 n型半導体 図 5-10 不純物半導体のエネルギー準位 Ed:ドナー準 位、Ea:アクセプター準位。 ドナーから放出された電子は完全に自由になるわけ でなく、正に帯電したドナーイオンから引力を受け束 縛されている。 (図 5-9 参照)このときのエネルギー準 位(ドナー準位)は以下のように擬水素原子モデルに より見積もることが出来る。ハミルトニアンは水素原 -7- Electronic Properties of Solids V : Transport Properties of Metals and Semiconductors じになるはずである。表 5.2 に Si, Ge についての結 合エネルギーを示す。 B Al Ga In Si 0.045 0.057 0.065 0.16 Ge 0.0104 0.0102 0.0108 0.0112 子と同様に、 2 e2 = 2 2me r (5-27) 表 5.3 Si 及び Ge 中の 3 価の不純物によるアクセプタ ーの結合エネルギー Eb とする。水素原子との違いは、(1) 電子の質量を 伝導 バンドの有効質量 me とする。(2) クーロン引力を母 体(Si、Ge)中の引力、すなわち 真空の誘電率 ε0 の 代わりにこれら半導体の誘電率 εを使う。ハミルトニ アンの形は水素原子と全く同じなので、基底状態(1s 状態に相当)のエネルギー準位、及び軌道半径は、 e 4me 2 E1s 2 2 , a 2 2 me e 二つの表を見比べても、結合エネルギーが母体のみに よって決まっていること、ドナーとアクセプターの結 合エネルギーがほぼ等しいことがわかる。 (5-28) と求まる。エネルギーの原点は伝導バンドの底であり、 その直下にドナー準位 Ed が出来る。 (図 5-10 参照) 従って、0 K では、電子はドナーに捕捉されている。 しかし、その結合エネルギー Eb Ec Ed は真性半 導体のエネルギーギャップよりずっと小さいので、室 温でも容易にイオン化し、電子は放出され結晶中を運 動する。Si、Ge について計算すると、 Si:me=0.25 m、ε=11.7ε0、Eb= 0.025 eV (290 K)、 a=2.47 nm Ge:me = 0.12 m、ε=15.8ε0、Eb=0.0065eV(75 K)、a=7.0 nm この結果で分ることは、(1) 結合エネルギーは室温と 同程度かそれより小さく、電子は容易に伝導バンドに 伝導電子として励起され得る。 (2) 軌道半径は、Si,Ge の原子間距離 約 0.25 nm よりも十分大きく、誘電率 としてバルクの値を用いてもいいことがわかる。この モデルによると、結合エネルギーは母体の性質のみに 依存し不純物の種類によらない。表 5.1 に実測値を示 すが、絶対値こそ少し異なるが、不純物による差はほ とんどなく、このモデルがほぼ正しいことがわかる。 P As Sb Si 0.045 0.049 0.039 Ge 0.012 0.0127 0.0096 表 5.1 Si 及び Ge 中の5価の不純物によるドナーの結 合エネルギー Eb 4.6.2 p型半導体 アクセプターが電子を捕獲すると、-イオンとなり まわりのホールを引きつける。ドナーの場合と同様、 水素原子モデルで結合エネルギーが計算出来る。この 場合、基底状態はアクセプターが電子を捕獲していな い状態、いいかえれば、ホールと結合した状態なので、 アクセプター準位 Ea は価電子バンド上端の直上にあ る。結合エネルギーの理論値は当然ドナーの場合と同 M.Shiga 4-7 不純物半導体のフェルミ準位とキャリア 濃度 4.7.1 半定量的考察 半導体はダイオード、トランジスタ等いわゆる電子 デバイスに使われるが、その働きを理解する上で、不 純物半導体のフェルミ準位の変化を知ることが重要で ある。 図 5-11 (a) n型、(b) p型 半導体の電子の占有 状況とフェルミ準位。f(EF)=1/2 なので、フェ ルミ準位は不純物準位の近くに来る。 図 5-11 はn型、及びp型半導体の電子の占有状態を 示す。n型の場合、 k BT Eb の低温では、ドナーに 捕獲されていた電子の一部が伝導バンドの底に励起し ているのみで、価電子帯は完全に満ちている。すなわ ち、価電子バンドにはホールは存在せず、ドナー準位 の一部が空になり、伝導バンドの底にドナーから励起 された伝導電子がわずかに存在するのみである。従っ て、図 5- 11(a)からわるようにフェルミ準位は、ドナ ー準位と伝導バンドの底の間になければならない。 温度が上昇し、価電子バンドから伝導バンドへの励 起(固有励起)が無視出来なくなると、不純物濃度は 普通 ppm オーダーなので、固有励起による電子が支 配的になり、フェルミ準位は真性半導体の値に近づい てゆく。その様子を図 5-12 に示す。 一方、p型半導体の場合はすこしわかりにくいが、 低温ではほとんどのアクセプターがホールを束縛した 状態にあり、伝導バンドには電子は存在しない。従っ て、図 5- 11(b) を見ればわるように、フェルミ準位は -8- Electronic Properties of Solids V : Transport Properties of Metals and Semiconductors 価電子バンドの上端とアクセプター準位の間にある。 M.Shiga kBT が結合エネルギーに近く、不純物準位がほぼ完 全に熱励起される領域。 出払い領域とよばれ、室温付 近の不純物半導体はこの領域にある。 この場合、n 型では、n~Nd、この等式と (5-29)より、 N EF EC k BT ln d n0 (5-34) p型では、p~Na、従って 図 5-12 n型、p型半導体のフェルミ準位の温度 依存性 4.7.2 定量的な見積もり (1) 低温(n型:kBT ≪Eb =Ec-Ed、p型:kBT ≪Eb =Ea - Ev はじめにn型の場合を考える。伝導バンドの電子濃 度nは (5-21)より、 n n0 exp EF EC k BT , n0 2 mek BT 22 32 N E F EV k BT ln a (5-35) p0 が得られる。 (3) 高温:kBT ~ Eg = Ec-Ev 価電子バンドから伝導バンドへの固有励起が支配的 になり、フェルミ準位は真性半導体のフェルミ準位に 漸近する。その様子を図 5-12 に示す。 4-8 不純物伝導 (5-29) で与えられる。これは励起されたドナー濃度 n* N d 1 f ( Ed )に等しいとみなせるので、n=n* と等置することにより、EF、従って nが求まる。結 果は、 E Ed k BT Dd EF C ln 2 2 n0 (5-30) n n0 N d exp EC Ed 2k BT (5-31) 12 ここで、Nd はドナー濃度、Ed はドナー準位である。 p型についても同様に、 E Ec k BT N a EF a ln 2 2 p0 p p0 N a exp Ea EV k BT , (5-32) 図 5-13 n型半導体のキャリア濃度の温度依存性 12 p0 2 mh k BT 22 32 (5-33) が得られる。ここで、Na はアクセプター濃度、Ea は アクセプター準位である。 (2) 中間温度:kBT ~ Eb 前項で述べたように不純物半導体では、結合エネル ギーが真性半導体のエネルギーギャップより小さいの で低温では不純物から励起されたキャリアーが支配的 である。しかし、不純物濃度は小さいので高温では濃 度の制限のない価電子バンドから伝導バンドへの励起 が支配的になる。その結果、 キャリア濃度の対数を 1/T の関数でプロットすると、高温側から、固有伝導領域、 -9- Electronic Properties of Solids V : Transport Properties of Metals and Semiconductors 出払い領域、不純物支配領域の3つの領域に別れる。 図 5-13 はn型半導体のキャリア濃度の温度依存性を 示す。電気伝導率もほぼこれに近い温度変化をするが 移動度μの温度変化により少し異なってくる。 5 半導体の応用 5-1 p-n接合と整流作用 5.1.1 整流作用の定性的説明 M.Shiga (3) 電圧をかけない時の電子の流れは、p領域の伝導 バンドに価電子バンドから熱励起されたわずかな電子 0 がn領域へ拡散することによる電流 I t と、n領域伝 導バンドのあるドナーから供給される大量の電子がエ ネルギーバリア⊿ E を越えて p 領域へ進入すること 0 による電流 I r とが釣り合い電流は流れない。(図 5-15 b) (3) 順方向に電圧 V をかけると、(図 5-16 a)It は変 化 し な い が 、 Ir は 、 エ ネ ル ギ ー バ リ ア が E EF eV と減少するので、増加する。 すなわち、 I r 全電流は、I 図 5-14 p-n接合ダイオード (1) 順方向(図 5-14 a) :p型に+、n型に-の電圧を かけるとホール、電子ともに界面に向かって動き界面 付近で対消滅する。また、電極では導線の電流により ホール、電子が補給される。このようにして回路に定 常的に電流が流れる。 (2) 逆方向(図 5-14 b) :n型に+、p型に-の電圧を かけると+極にn領域の電子が、-極にp領域のホー ルが引き寄せられるが、その後、界面近傍でキャリア ーが欠乏する。そのため定常電流は流れない。 5.1.2 I r0 exp eV k BT 従って、 I r I t I r0 exp eV k BT 1と急激 に増加する。 (4) 逆方向に電圧をかけると(図 5-16 b)、逆にエネ ルギー バリアが高くなり、Ir は減少する。すな わち、 (5) I r I r0 exp eV k BT 、 逆方向全電流は、 I I r0 exp eV k BT 1 となる。すなわち、微少な熱拡散電流 は流れない。 I t0 以上に電流 エネルギーレベルと電子の流れ 図 5-16 順方向、逆方向に電圧をかけた時の、p - n 接合ダイオード素子中の電子のエネルギー レベルと電子の流れ。 図 5-15 p-n 接合素子中の電子のエネルギー レベル (1) 独立に存在するn型、p型半導体のフェルミ準位 n p を そ れ ぞ れ 、 E F , E F と す る と 、 図 5-11 よ り 、 E Fn E Fp である。(図 5-15 a) (2) 両者を接合すると、n領域からp領域へ電子が流 入し、界面付近でn領域では電子欠乏層が、p領域で はホール欠乏層が生じ、n側は+にp側は-に帯電す る。その結果、図 5-15 (b)に示すようなポテンシャル 段差が生じ、両者のフェルミ準位が一致するところで 平衡状態が実現する。 (フェルミ準位は電子の化学ポテ ンシャルであることに留意) (5) ホールの流れ:ホールに対するポテンシャル エネ ルギーの変化は電子の場合と逆符号になるが、同様な 考察により順方向に電流が流れる。 [ 図 5-17 ] (6) その結果、図 5-17 に示すように、室温の熱エネ ルギー(~0.03 eV)に相当する電圧まではほぼ 電圧に比例した電流が流れるが、それ以上になる と順方向のみ電流が増加し整流作用が生じる。 - 10 - Electronic Properties of Solids V : Transport Properties of Metals and Semiconductors M.Shiga (2) 発光ダイオード、半導体レーザ p-n接合に順方向電流を流すと接合部で電子・ホー ル対消滅がおこる。このときエネルギーが電磁波とし て放出される。その時の波長は真性半導体のエネルギ ーギャップに相当し、適当な半導体を選ぶと可視光で 発光する。 GaP:赤、GaN:青 (3) 光電効果、太陽電池 逆に、p-n接合部に光を当てると、電子ホール対が 生じるが接合部のポテンシャル差のために電子はn領 域へ、ホールはp 領域に追いやれれ起電力が生じる。 参 考 書 (1) C. キッテル:熱物理学 (丸善) (2) 近角聡信、橋口隆吉 編:物質の電気的性質 (朝 倉書店) (3) C. キッテル:固体物理学入門(上) (丸善) (4) 例えば、松波弘之:半導体工学 (昭晃堂) 図 5-17 ゲルマニウムのp-n接合素子の整流特性。縦 軸は電圧の絶対値(データは Shockley による) 5-2 トランジスタ(n-p-n 接合型)の原理(図 5-18) ************************************************ 演習問題 5-1 厚さ 0.1 mm、 巾 10 mm、長さ 50 mm の Cu 試料を用い、厚さ方向に磁束密度 1 T(テ スラ)の磁場をかけ、長さ方向に1 A の電流を流し た時、巾方向に -0.55 μV のホール電圧が生じた。 (1) Cu のホール係数を求めよ (2) Cu 1原子当たりの伝導電子数を求めよ。 演習問題 5-2 式を導出せよ 図 5-18 n-p-n 接合トランジスタの原理 (1) エミッタ(n型)に-、ベース(p型)に+の順 方向電圧をかける。その結果、エミッタからベースに 電流が流入する。ベースの領域は薄く、多数のキャリ アがベース領域で対消滅せずコレクタ領域に進入する。 (2) コレクタ・ベース間に大きな(10 V 程度)の逆方 向電圧をかけておくと、(1) によりコレクタ領域に進 入してきた電子が加速され電流が流れる。このとき、 コレクター領域は逆方向なので電気抵抗値が大きく、 ベースの電位(Vb)を基準とすると、エミッタの入力電 圧変化(Ve)に比べコレクタ端子には大きな電圧変化 (Vc)が生じる。すなわち、電圧増幅作用が得られる(よ り詳しくは参考書 (4)を参照) 。 5-3 その他の機能 (1) センサー 電子・ホール対は熱エネルギーのみでなく、光、赤外 線、X 線、γ線などの電磁波によっても励起される。 この作用を利用してセンサーとして使われる。 可視光:CdS、赤外:PbS、X 線:Si 等 - 11 - p 型半導体のフェルミ準位 (5-35)
© Copyright 2024 Paperzz