1b - 東京大学医学系研究科の入学案内

医学教育振興財団
2005 年度英国短期留学報告書
バーミンガム大学
医学校一般診療部
実習期間:2005/3/7-4/1
M3 Male
1.はじめに
充実した一ヶ月間のイギリス滞在であった。本報告書は財団に実習内容を報告する目的で作成さ
れるものだが、来年度以降の応募者、参加者、又はいずれにも当てはまらない人々が読まれる事も
考慮して作成した。全体として五部構成とし、財団への実習報告書という本来の趣旨を果たすもの
は、第二部に収められている。本プログラムへの応募を考えている医学生へ伝えたい事としては第
四部にまとめているので、該当する方々は是非そちらも参照されたい。
本プログラムを知ったきっかけは、2001年10月にニューヨークの St.Lukes Roosevelt
Hospital にてレジデントをされていた、大学の先輩である大木先生宅を訪れた時の事だった。その
時の食事でご一緒した、同病院にて1年目の研修を始めたばかりの松永先生も同じく大学の先輩で
あったのだが、私が海外での臨床研修に興味があると知るや否や先生は颯爽と部屋を出て行き、暫
くして論文の裏紙に印刷された大量の報告書を手に戻ってこられた。そこには1998年当時に先
生が経験された本短期留学の報告書と、ハーバードメディカルスクール提供の Clinical Clerkship
の報告書が印刷されていた。いずれも先生自身の経験された屈辱感、挫折感とその克服までが赤裸々
なまでに記述されており、教養学部二年目にして不幸にも大学生活にそれほどの刺激を覚えなかっ
た私には非常に印象的だった。
それから3年が経ち、思い通りの準備が出来ないまま学内選考と財団による選考を運良く通過し
た私は、バーミンガム大学医学部における1ヶ月の実習に参加させて頂いた。直前の1月を沖縄県
立中部病院での Clinical Clerkship、2月を都内の各病院での実習に充てたために、英語を除くイギ
リスでの実習の為の準備としては直前の一週間を予定していたのだが、その一週間にインフルエン
ザに罹ってしまい、ろくな事前準備もないままに渡英ということになってしまった。
2.バーミンガム大学医学部における実習内容
2−1.実習の概説
バーミンガム大学医学部は、計2400人以上の学部学生と1000人以上のスタッフを有し、
日本の医学部と比較すると相当な規模の組織である。我々日本からの実習生は Primary care
department のスタッフにお世話になり、彼らが担当する5年生の General Practice の実習枠に変
則的に組み込んでもらっていた。Primary care department とはバーミンガムの卒前教育において
1年生から定期的に行われる surgery での実習、Communication Skills course、そして5年生で行
われる General Practice の実習を担当しており、全教育カリキュラムの中の十数%をも占めている。
これらの項目は、日本の医学部では診断学実習や医療面接実習の時間に相当すると考えられるが、
カリキュラムの中に占めるその圧倒的な割合に驚かされる。
これらのカリキュラムの構成は、General Practitioner を育て上げようという政府、ひいては社会
の要請に応じて組まれているのではないかと感じた。教育理念を念頭に置いてかくも合理的にカリ
キュラムを作ることを英国で可能にしていて、日本で不可能にしているものは何だろうか。私は日
本にも同様の教育理念を取り入れるべきだとは思わないが、英国の医学教育には臨床医を育てる職
業訓練校であるといういかにも英国らしい実際的で明確な理念が感じ取られた。そして、全ての医
学部において掲げるべき共通の教育指針は General Medical Council という組織が要綱において明
らかにしている。日本においては卒前教育の理念は実質上各大学医学部に委ねられており、東京大
学のような大学院大学に置いては研究者を育てたいという思惑が、私立の大学に置いては国家試験
の合格率を挙げたいという思惑が交錯し、英国のように臨床医の職業訓練校として徹底できないと
いう現実がある。そもそも臨床医学に興味があって海外での臨床実習を希望した我々4 人の学生が、
その医学教育の合理性、一貫性に感銘を受けたのも当然であった。
2−2.プライマリケアスタッフとの面談
初日に手渡された一ヶ月のコースの予定表の中で、ちょくちょく先生の名前だけが書かれたコマ
があることに気づいていたが、一、二コマ終えるに連れ、それらはレクチャーではなくこの Primary
care department の先生方との面談であるという事が判明してきた。大抵、
「バーミンガムでの暮ら
しはどう?」とか「実習はうまくいってる?」と尋ねられ、そこから日英の生活の差異、文化的差
異などの雑談をしたり、又は先生の専門の話を主にされる方々もいらっしゃった。生憎、我々四人
の中に特に GP(General Practice)に興味を持ち、GP に関して造詣の深い者がいなかったので話
題に困ることも多く、この点でも十分に事前準備できなかった事が悔やまれた。GP についての基礎
知識は実習を通して多くを得られたものの、関連文献に目を通したのは日本に帰国後の事であった。
専門的な話として、英国における医学の歴史を教えて頂いたり、実際の教材を用いて生命倫理のデ
ィスカッションをする時間もあった。
2−3.Communication skills course
ほぼ例年と同じように行われたと思うが、今年はコマ数が少なかったと思われる。プロの患者役
である SP の存在など最も分かりやすい特色だが、私の大学でもプロではないにしろボランティアの
方々を相手に医療面接の実習をしていたのでその点は日本でも環境が整いつつあると思う。今回は
一ヶ月を通して約 9 時間程度の実習で、評価するにはあまりに少ない時間だとは思うが、バーミン
ガムの5年生の実習を傍観させて頂いた際にはこの実習の意義を少しばかり想像する事ができた。
ロールプレイで SP を相手に15分ほど GP の役割で consultation を行い、そのフィードバック
を SP、その他の学生数人、実際の GP、または Clinical Skills unit のスタッフから受ける。GP の
役の学生はやたら慣れており、技巧的とさえ言えた。そして指導する GP やスタッフ、SP の方もフ
ィードバックし、建設的なアドバイスを与えることに慣れており、単に態度や相槌の話に留まらず
医師としてどこまで患者の要求に応える義務があるか、どういう場合に訴えられるかなどという社
会的な話題にまで及んだ。その時のシナリオとしては、急性咽頭炎で身体所見上は溶連菌感染を疑
わせない患者さんが抗菌薬を要求してきた場合と、うつ病疑いの患者さんの二通りで、それぞれ二
通りの患者のキャラクターを設定してロールプレイを行なった。抗菌薬は理論上必要ないので、い
かにそれを納得させ、患者の満足する診療を行なうことができるか、うつ病の患者さんから如何に
話を聞きだし、また薬物以外のケアとしてどのようなものを提供できるか等にディスカッションの
中心は置かれていた。抗菌薬の話などはいかにも外国的だと感じたが、これは案外気軽に抗菌薬が
処方されていた surgery での現実とは大きな乖離があった。
結局、1年次から5年間に渡って提供される時間数とそれを教える教員の質の高さが日本との決
定的な差ではないかと思った。私自身は、コミュニケーション能力というものは個人の人格、倫理
観念など本質的には変えがたいもので決定されるもので、授業で教え込んだとしてもそれは授業の
場でのみ実演されるような演劇の練習に過ぎないと思っていた。しかし、演劇のように技巧的であ
れ、実際の診療においてコミュニケーションの難しい患者、精神疾患を抱えている患者などに対峙
した際、医学教育においては一応正しいとされている標準的対応を知っている場合と知らない場合
では何らかの違いが生まれるであろうと思われた。これからは外来診療がメインの時代だと言われ
始め、そして医療訴訟が増加の傾向にある今、この実習の果たす意義は日本においても少なからず
増えていくのではないか。ただ、今の日本において医師−患者間のコミュニケーションの質を最も
左右しているものは教育ではなく、医師の労働環境や診療の質の評価体系のあり方であるという私
の考えは、surgery での実習等を通しても変わることはなかった。
2−4.Surgery での実習
2−4−1.Kings Norton Surgery について
私は佐藤さんと一緒に Kings Norton Surgery に配属された。この surgery は昨年度も土井さんた
ちがお世話になっていた所で、昨年度報告書を参考にしながら安心して実習に臨む事ができた。
Women’s Hospital の裏手にある我々の寮から University station まで10分歩き、そこから電車で
10分程の4駅目の Kings Norton station で降り、更に15分歩いて通っていた。
Kings Norton Surgery は South Birmingham Primary Care Trust に登録されており、約350
0人の患者を GP 三人で診ている比較的小規模の surgery である。昨年度報告書にも記載されてい
るが、Coward 夫妻と Dr. Damian の三人の GP が居て、さらに Practice Manager、Practice Nurse、
Receptionist などの coworker もいて皆が非常に親密な関係を持っていてとても雰囲気のいい
Surgery だった。Practice Manager の Gail はとても気立てのいい女性で、常に我々学生に気を遣
ってくれていた。彼女は Coward 夫妻の自宅の傍に住んでおり、夫妻の子供たちの学校への送迎な
ども請け負うほど親密な間柄で、週末の Easter のパーティの際にもご主人と二人でいらっしゃって
いた。Dr. Damian は MRCGP(Member of Royal College of General Practitioners)になりたての3
1歳の若手医師で、我々と最も歳も近く非常に親しみ易かった。Coward 夫妻の通っている教会仲
間でもあり、Easter の時は教会の舞台装置の組み立てに取り組んだりしていて完全に地域に溶け込
んでいた。
2−4−2.Surgery での GP の診療内容
実 習 二 日 目 に 、 こ の Surgery の ボ ス と も い う べ き 存 在 で あ る Dr. Andrew Coward か ら
patient-oriented な consultation とは何かについて、ほんの少しの「flavor」を教えてもらう。我々
日本人はコンサルテーションと聞くと、患者さんの問題について他科へ相談することを思い浮かべ
てしまうが、こちらでは医師が患者さんから話を聞き、問題についてディスカッションし、具体的
な解決への道のりを見出していく一連の流れを包括的に指すようで、GP は患者さんの医学的問題を
解決するだけではなく、患者さんの生活、心理社会的要因も考慮した consultation が求められ、そ
の為には patient-oriented な communication skill 等が非常に重要であるという話であった。それ
からすぐに、佐藤さんと二人だけで別室にてヘロイン中毒の27歳の男性から20分ほど話を聞く
機会を得た。この男性はバーミンガム訛りが非常に激しく、言っている事の半分も分からなかった。
この辺りの若者にとっては薬物はタバコを買うくらいの容易さで手に入るため、この男性は盗みを
働いて資金を調達してヘロインを入手していたらしいが、副作用の気分の落ち込みが激しく、いい
加減に止めたくなったので GP にかかろうと思ったということであった。日本とは違って、GP は盗
難や薬物中毒のような違法行為でも患者の秘密は厳守しなければならず、警察に通報する義務はな
いためにこの男性も Andrew の事を全面的に信頼していた。その後 Andrew の診察室へ移動し、薬
物中毒の治療薬である partial agonist のオピオイドを転売したりしてないでちゃんと飲んでいるか、
尿検査でチェック。陽性反応が認められ、彼の adherence が確認された。彼は定住地がなく、どこ
ででも寝泊りしているというから信じられないが、Andrew の話によると、彼は生まれたときから
孤児院のような施設で育ち、sexual abuse のようなものを受けてきたとのこと。彼は頭もいいので
境遇が違えばもっと違った人間に育っていたはずで、翻って今の我々があるのも非常に幸運な巡り
合わせによるのだと彼の境遇に Andrew はとても同情を示していた。
二週目には Catherine の糖尿病外来を見学する機会があったが、皆血糖値はよくコントロールさ
れており、むしろ IUD(Intrauterine Device)の装着希望の患者など糖尿病以外の主訴の患者が多く
Catharine も苦笑いしていた。しかし日本では殆ど見ることのできない IUD、英国ではただコイル
と呼ばれる子宮内避妊器具、の装着を見ることができたのは貴重な経験であった。診察室の中のあ
りふれた診察台の上に患者さんを乗せ、その上で砕石位になってもらい、ものの15分程度でコイ
ルの装着を終えてしまった。reversible な手技で簡単な上に、ピル等の内服薬のような副作用も無
いためにこの方法を選ぶ人がいるらしい。
以下、診療所で見た症例等についてつらつらと書き下す。
Obsessive-compulsive disorder の患者、nasopharyngeal cancer を契機に鬱病になってしまった
21歳女性、家庭の事情が負荷となってうつ状態に陥っている主婦、low back pain で sick note を
書いてもらいに来た男性、風邪気味の女の子、結膜炎の女の子、抗生物質を服用後に薬疹が出て、
ステロイドと抗ヒスタミンを飲んだ後は頭痛が出現した男性
18歳女性で右背中の痛みを自覚して来院した患者さん。尿の試験紙で即座にポリ2+、潜血1
+と判明して UTI の診断。問診だけで何を考える?と質問されたが、彼女が排尿時痛と頻尿を言及
していたことを聞き取れず、UTI は less likely と答えてしまっていた。結局シプロフロキサシンを
投与。history を漏らさず完全に聞き取ることは難しく、やはり英語の壁は高い。鬱病の26歳女性
は下背部通を依然より訴えており、病院から何も連絡がないということで来院。その場で Andrew
から病院に電話して確認し、すぐに連絡させるようにアレンジ。
また、実習期間中何度か学生だけで予診をとり、先生にプレゼンするという機会を設けていただ
き、次のような症例を見ることができた。2歳の女児で身体の発疹に気づいて来院。 German
measles、つまり rubella かどうか問題になったが、spots も少なく、あまり考えにくかった。結局
Virus によるものだろうということで、対症療法的にいつもの Paracetamol を処方。33歳のフィ
リピン人女性は、Vaginal discharge を訴えて来院。yellowish, smelling な discharge がピルを服用
し始めた1ヶ月後あたりから出始めた。Candida か Bacterial vaginosis では discharge の性状から
後者が考えやすいが、正確な診断としては検体を採取して病院へ送り、培養検査に出さないと分か
らない。Andrew は、ほぼ Bacterial vaginosis で間違いないが、診断を確定させるために検体を培
養検査に出すかどうかは患者さんの希望次第ということで患者さんの判断に委ね、結局検体を採取
診察室にて Damian と
することになった。Andrew は常に患者さんにはいくつかのオプションを提示し、どれを選ぶのも
患者さんの希望次第という点を強調していた。ある中年女性は、Thyroid toxicosis に対してプロピ
オチルウラシルとβブロッカーを使っており、三週間前にβブロッカーを半分に減量したところそ
の一週間後から歯肉の tingling と口の冷涼感を感じるようになったと訴えてきた。あまりに tricky
な臨床像で Andrew も首を傾げていたがとりあえずβブロッカーの用量を再び戻して経過観察。2
6歳の肺炎疑いの女性は、一ヶ月前に Sinusitis で Surgery にかかっていた。Asthma を幼少期より
わずらっており、現在は咳がひどく、背中も痛くて深呼吸ができないと訴えていた。Andrew は
Sinusitis による pus を誤嚥したことによる肺炎かもしれないと考え、amoxicillin を処方していた
が、とくに喀痰培養のための検体などは採取していなかった。
またある日は、私が1人で患者さんとゆっくり話ができるように、予約の日ではないにも関わら
ずわざわざある患者さん、Mr. Gonall を Surgery に来てくれるように Andrew が手配してくれた。
Mr. Gonall は狭心症を患っており、一昨年三枝病変に対してバイパス手術を行ってその後はこの
Surgery にて経過をフォローしているとのこと。約1時間半にも渡って病状や入院中の出来事、日
常の暮らしやバーミンガムの歴史などの雑談(むしろ雑談がメインだったが)を交わし、最後にな
んと入院中に描き溜めたという Mr. Gonall 直筆の画集をプレゼントしてくれた。オリジナル画集の
コピーでわざわざその日に私に渡す為に用意してくれたらしく、内容は本人が入院中に経験した出
来事を風刺画のように英国人的機知をちりばめて表現されていた。私にとって一生の宝物となる事
は間違いなく、予想もしていなかったために大変感動した。後日、Catharine に住所を尋ねてから
Mr. Gonall の自宅へ日本からのお土産を届け、お礼の挨拶に伺った。
2−5.その他の実習(Clinical skills laboratory、A&E、Project)
2−5−1.Clinical skills laboratory
臨床技能実習を実際の患者さんではなく、人形などのモデルを使って経験できる設備があると
Primary care department の先生の一人がおっしゃっていたので、Lynne さんを通じて是非その設
備で実習させて頂きたいとお願いしていただいたところ、Selly Oak Hospital の Clinical skills
laboratory というところでの半日の実習を第三週の木曜日に組み込んで下さった。Selly Oak
Hospital は Birmingham University Hospital とともにその地域の NHS trust を担う病院で、
University station から一駅のエリアに非常に巨大な敷地を有していた。その医学生の為の Clinical
skills laboratory は、東大に最近出来た臨床技能実習室の約2倍程度の広さ(大体50畳程度であろ
うか)で開放的な空間に人型の人形が5、6体と腕のモデルが数体転がっていた。我々はそこで
Accident&Emergency department でも働いている nurse から午前中いっぱい phlebotomy と
cannulation の練習を行った。用いた人間の腕モデルは非常にリアルで、皮静脈にはほぼ人間の静脈
圧に近い圧力でピンクの液体が満たされており、技術的なレベルとして実際の患者さんで練習する
場合と違いはなかった。皆が成功するまでしつこく繰り返し練習し、最後には実習証明書をサイン
付きでいただいてとても嬉しかった。
2−5−2.Accident&Emergency
私は最終週に、Andrew にかねてお願いしていた Selly Oak Hospital の Accident&Emergency で
の実習を実現することができた。当日は Registrar という Senior House Officer の上のドクターに
密着して診療を見学していた。慣れれば1人で患者を診る機会を得たいと思っていたが、この一ヶ
月を通して病棟に入るのは初めてで全てが不慣れであったために時間の都合上からも見学に留まっ
た。午前中は異常に暇で患者さんもなかなか来ず、スタッフ一同手持ち無沙汰にだらだらとおしゃ
べりしていた。患者さんが来なければ何もすることはないというのも当たり前だが、これが日本だ
ったら何かしら仕事を見つけるなり、どこかで論文を読む、たまった仕事を片付けるなり常に働い
ているのだろう。10数人のスタッフが何もすることも無く漫然とおしゃべりしている光景はある
意味異様であった。昼頃からようやく混み始め、肩関節脱臼の患者、眼球外傷の小児、手の裂傷の
患者等を救急外来では見ることができた。救急車で来院する患者としては、糖尿病性ケトアシドー
シス疑いで昏睡している女性、心筋梗塞の発作で運ばれてきた男性等がいた。患者さんは来院する
と問診表に記入し、その診察カードが作成されるとそれらは次々とスタッフステーションの前の棚
に置かれていく。一時は20枚以上のカードが貯まっていて、ドクターの「It’s ridiculous!!」とい
った叫びが印象的だったが数十分も経つとそれらがあっという間に処理されており、ここのスタッ
フが本気になって捌いた結果なのか何なのか仕組みがよく分からなかった。概して外傷が多く、内
科的救急例はそれほど多くなかった。日本の救急現場との際立った違いとして、やたら警察の付き
添いが多いという点であろうか。どのドクターも脱臼や手の裂傷などをその場でさくさく治療して
いたのはさすがであった。しかし communication skill は、大学で教育されている内容や Surgery
で GP たちが実践しているものとはかけ離れ、とても質の良いものとは言えなかった。特に狭心症
の精査目的で、今回胸痛があるわけでもなく来院した中東系の患者を診た際、ドクターの態度が急
に高慢なものとなり、問診というより尋問に近い診療をしていた背景には人種差別的な考えがある
のか、ただその registrar の機嫌が悪かったのか正確なことはよく分からない。
2−5−3.Project
報告書を読んで Project をやらなくてはいけないという事は分かっていたが、事前に準備しておい
ても Project 担当の Prof. Parle の指示次第でやり直しの可能性もあったため、Prof. Parle との面談
を待つことにしていた。しかし予定表では Prof. Parle との面談は第一週の木曜と第三週の木曜にし
かなく、第四週の金曜に Project を完成させるには時間が無かった。しかも今年は第三週の週末に
Easter があるということで第三週の木曜から第四週の木曜まで大学は休みの体制に入り、非常に不
便だった。結局、第一週の木曜に Parle から指示を受けてからテーマを練り始め、Parle とメールを
やりとりしてテーマが決まったのが第二週の中ごろ。そこからアンケートの内容について Parle と
再びメールを交わし、アンケートの内容が固まったのが第三週の初め。更に学生にアンケートをす
るのなら医学部の認可が必要という事が水曜に判明し、そこから認可手続きを始め、木曜に Parle
が動いてくれてようやく認可が下りた。その日の午後から翌週木曜日まで大学は休みという事で、
学生にアンケートを配るのはその日の昼休みしかチャンスは無く、手分けしてアンケートを配り、
夜にはキャンティーンで開催されたチューターと学生との懇親会のようなパーティーに顔を出して
まで回答を集めた。以上のような条件のため、アンケートの分析、検討には十分な時間を割くこと
ができなかった。最終日の前日はほぼ徹夜で取り組むも完成と呼べるような代物では無かったが、
発表当日は我々の拙い発表にもかかわらず来てくださった多くの先生方には大変評価していただき、
イギリス人の暖かさが骨身に沁みた。
Project のテーマとして、我々は医学教育を取り上げた。この短期留学プログラムを提供している
日本医学教育振興財団の主要な事業が医学教育にあるということ、また我々は他の大学と異なり、
バーミンガム大学において実践されている授業、セッションに参加する機会を得られたという点か
らテーマとして適切であると考えた。まずはアンケートで医学教育に対する学生の満足度を知ろう
としたが、バーミンガムの学生だけでは先生方にとってもつまらないだろうと考え、メーリングリ
ストを利用して東京大学の 4 年以上の学生にも同じ内容を尋ね、その結果を比較し、原因について
分析することにした。題して、医学教育の日英比較。結果は、満足度を五段階で評価した時に東京
大学の学生 23 人とバーミンガムの学生 56 人を比較すると、それぞれ平均3.0と4.1で 1 以上
の差が見られた。communication skills course についての満足度もそれぞれ平均2.67と4.1
で開きがあった。統計的な処理をしていないのでそれらが統計学的に有意かどうかは言えないが、
我々はそれぞれの大学での医学教育のカリキュラム、教員の数、教育システム、そして学生の意見
を分析した結果、日本の医学教育、イギリスの医学教育における幾つかの問題が浮き彫りになって
きた。それらはとてもここで述べられる程簡単なものではないが、日本においてはカリキュラムの
改革よりむしろ、医学教育を施す教員の質、インセンティブのあり方に根本的な問題があるという
ことが明らかになった。例えば、学生からのフィードバックや施す教育の質が教員の評価項目に含
まれなければ、教員は自らの教育の質の向上に努めないことは自明である。その他、教員を教育す
るシステムの不在、圧倒的な教員の不足等の問題があり、そもそも人材の教育に投資する規模が英
国とまるで違うのではないかと思われた。また、英国では1997年以来ブレアの労働党政権の下
で NHS 改革が進行中であり、医師を増やす為に1998年〜2005年の間に医学部の定員を5
8%増加させている。現にバーミンガム大学医学部の第一学年には450人もの学生が在籍してお
り、これは少人数講義を主体とするハーバード式の Problem-based-learning の教育方式とは相容れ
ない方向で、これほど多くの学生を少人数のグループに細分化すると、カリキュラムの組み方が当
然複雑になり混乱を招くし教育の質にバラつきも出てくる。更にバーミンガム大学では解剖実習は
もはや行われず、標本を使って解剖の講義が行われるというが、これも学生の増員が実習廃止の遠
因にあるのではないかと考えられる。学生の解剖の教育に対する不満は大きかった。
3.課外活動
3−1.イギリスの人々
Surgery の Coward 夫妻は我々を International party と銘打ったイベントや、Easter の日の御
祝いに招いてくれ、様々な人々と交流の機会を持つことができた。International party では Coward
夫妻宅にて夫妻の教会仲間やバーミンガムの海外からの学生を招いて Easter に因んだゲームをし
たり、キリストの復活についてのビデオを見て Easter の意味合いについて考えてみたりと彼らの文
化に触れることのできる絶好の機会であった。Easter 当日は、夫妻の通っている教会に行って賛美
Coward 夫妻の家でご家族と。
後列左から Catharine の父親、Andrew、
Catherine、Catherine の母親。
前列右から、日野さん、清山、永松さん、
Ben、Naomi、Alice、Hanna。
歌を歌い、司祭の説話を聞き、子供たちの賛美歌を楽しんだ。キリスト教の行事に参加するのはこ
れが初めてであったため、全てが新鮮であった。我々のような異教徒(?)さえも歓迎してくれた
教会と夫妻に感謝したい。教会の行事の後は、場所を夫妻の家に移し、皆で食事を楽しんだ。お世
話になってばかりでは申し訳なかったので、我々は寮で予め用意した材料で皆に寿司を振舞った。
おにぎりに醤油をつけて食べる人には閉口したが、意外にもこれらは好評であった。
Easter の連休の最後には、5年前のバーミンガム OB である西浦先生とその仲間の先生方を訪ねに
四人でロンドンへ行った。せっかくイギリスに行くのだからこちらでしか会えない人々になるべく
会っておきたいという私の思惑の下、西浦先生にメールを差し出したところお会いして下さること
になり、その上ロンドン在住の他の先生方まで集めていただいた。当日はロンドン大学インペリア
ルカレッジの内藤先生、ロンドン大学衛生熱帯医学大学院の関先生、厚生労働省の高城先生にも来
ていただき、インド料理をつまみつつ大変貴重なお話を伺うことが出来た。
他、医学部五年生のパーティーに参加する機会などもあり、大変楽しかった。
3−2.週末の旅行
三度の週末の内、我々四人は第一週に湖水地方へ、第三週にスコットランドのエジンバラへ旅行
に行った。今までの参加者にしろ、周りのイギリス人にしろ皆が週末は遊びに行くべし、どこそこ
に行くべしと言うものなので半ば旅行に行かなければいけないという強迫観念に囚われていた気が
しないでもないが、しかし実に楽しい日々を過ごすことができた。女性三人に男一人という困難な
シチュエーションだったが、他の三人とも部屋が同じになろうが気にすることもなく(気にならな
い?)とても快適に過ごすことができた。湖水地方では Windermere で1泊し、二日目に宿のツア
ーに参加してピーターラビットの作者の家やワーズワースの家など一通り回ることができた。同地
方はイギリス屈指の観光地、保養地であるが、風景はどことなく日本の穂高の様でもあり、私のよ
うな日本人にとって温泉が無いということは何よりの欠陥に思えた。ワーズワースの家ではなんと
偶然にもニューキャッスルで実習中の佐田君をはじめとする学生四人にお会いすることができ、非
常に驚いた。ツアー中でゆっくりできなかったのが残念である。
エジンバラではロンドン組の木畑も夜行バスで駆けつけ、五人で一日を観光に費やした。翌日は
私一人だけ更に北のセントアンドリュースへ赴き、ゴルフの聖地である Old course 付近を散策し、
父親への土産を物色した。
4.来年度の応募者、参加者の方々へ
4−1.本プログラムの意義
米国での臨床実習、研修が年々人気を増し、その機会を広げていく中、英国での臨床実習プログ
ラムはあまり他に類を見ない。特にバーミンガムでは地元の General Practitioner の診療現場である
surgery で実習を行うという事で、他のイギリスのプログラムと比較しても大変ユニークである。他
の学生と授業やセッションを受けることでイギリスの卒前教育を体験でき、また地域の surgery でイ
ギリス特有の医療制度を肌で実感することができるという点がバーミンガムの特長ではないだろう
か。医療制度に興味のある学生には特にお薦めであるが、逆によく言われるイギリス医療の特長の
一つである、physical examination の技術を学んだり、clinical thinking を鍛えたりといった実習は期待
できないのでその点は予め了解しておく必要がある。
4−2.実習
十分に事前準備をして行くことをお勧めする。私は準備期間としていた実習前の一週間にインフ
ルエンザで倒れこんでしまって十分な準備をすることができず、イギリスに行ってから悔やむこと
が多かった。そして、十分に他の学生と事前に連絡を取り合う事が重要。プロジェクトに関しても、
予め大まかにアイデアを交換し、資料など用意して行くことができるとベストではないだろうか。
英語は医学英語もそうだが、バーミンガムのプログラムでは Communication skill 等のセッション
もあり、一般会話をする英会話力が求められると思う。そして、General Practice の実習に行くの
で、General Practice についての最低限の基礎知識は必要である。例えば医中誌において「一般医」
や「General Practitioner」という単語で検索しても日本語文献はいくつかヒットする。特に近年は
NHS 改革が進行中で、数年前とは状況が大幅に変わってきているので、最新の状況を掴む事が必要
だと思われる。
4−3.イギリスでの生活
バーミンガムに着いたらまず駅前の Water stones などで A to Z というマップを購入し、大学付近
の地理を把握すべし。我々の寮は浴室にシャワーが付いておらず、入浴には苦労したが、その他に
も全てが寮に揃っているわけではないので、実習の始まる二日前には寮に入って、翌日を買い物に
費やすと良いと思う。ラジオ等あれば良かったと、終わる間際に気付いた。
学生同士の連絡に、現地で携帯を購入すると日本から持ち込むより費用が安上がりで良いかと思
われる。ロンドンの街角などで入手できる。
買い物は主に寮から北西の方角に歩いて15分ほどの Harborne という街の Somerfield というス
ーパーで行っていた。街の目抜き通りにある中華の take away の店は個人的にお薦めである。
来年度以降バーミンガムへ行かれる学生の方々は、遠慮なく質問して欲しい。この報告書には書
き尽くせなかった事も少なくない。メールは、[email protected] までどうぞ。
5.終わりに
実に多くの方々のご協力により、この実習は実現した。
まず、15年の長きに渡ってこのような意義深いプログラムの継続に努めておられる医学教育振興
財団の理事の先生方とバーミンガム大学の関係者の方々に深く感謝申し上げたい。特に Kings
Norton Surgery の Andrew、Catherine、Damian、Gail には感謝し尽くせない程、公私ともにお
世話になった。将来、英国に行くことがあれば必ず再会を果たしたいと思う。
そして、大学の先輩である谷口さんを初めとしてこのプログラムの先輩方にも大変お世話になった。
先輩方の努力の上に本プログラムは継続して成り立っている。心より感謝申し上げたい。
最後に、常に私の強力な支持者であり続ける家族に感謝したいと思う。