CKD 患者における鉄欠乏貧血の評価と鉄剤の投与 長崎腎病院 薬剤課

CKD 患者における鉄欠乏貧血の評価と鉄剤の投与
長崎腎病院
薬剤課
江藤りか
腎性貧血の治療には ESA(造血刺激因子)製剤が多用されている。しかしながら、2006
年の診療報酬改定で、rHuEPO(遺伝子組換え人エリスロポエチン)が包括化されたため、
鉄剤の使用頻度が増加している傾向が認められている。
今回は、鉄剤を投与するにあたっての指標、注意点などについて、2008 年版日本透析医
学会「慢性腎臓病患者における腎性貧血治療のガイドライン」を中心に紹介したい。
【貧血の鑑別診断】
一般診療における貧血の診断には、MCV(平均赤血球容積値)の値により、貧血を小球
性、正球性、大球性に分けて考えられる。
貧血の鑑別診断
小球性
鉄欠乏性貧血、慢性疾患に伴う貧血、鉄芽球性貧血、サラセミア、無トランス
フェリン血症
正球性
腎性貧血、溶血性貧血、再生不良性貧血、赤芽球癆、骨髄異形成症候群、慢性
疾患に伴う貧血、白血病
大球性
腎性貧血、巨赤芽性貧血(ビタミン B12 欠乏、葉酸欠乏)、肝障害、甲状腺機
能低下症、再生不良性貧血、骨髄異形成症候群、薬剤による DNA 合成障害
文献1)より引用
腎性貧血の定義は、「腎障害による腎での EPO(エリスロポエチン)産生能の低下によ
る貧血」をいい、これには、赤血球寿命の短縮、造血細胞の EPO 反応性の低下、栄養障
害と血液透析における回路内残血の要因も含まれる。
腎性貧血の透析患者に対する ESA 療法の目標 Hb(ヘモグロビン)値は、10~11g/dL が
推奨されている。
一方、鉄の状態を評価し、赤血球造血に必要な鉄を補充することが、ESA 療法時の Hb 値
の達成、維持と ESA 投与量の適正化のために重要である。
【鉄の評価】
2008 年版日本透析医学会「慢性腎臓病患者における貧血治療のガイドライン」では、
CKD 患者における鉄の評価に、血清フェリチン濃度と TSAT(トランスフェリン飽和度)
を用いている。ESA 療法における鉄補充の開始基準は、TSAT20%以下、および血清フェ
リチン濃度 100ng/mL 以下が推奨されている。
1. フェリチン
全身の鉄貯蔵を反映している。鉄剤を静脈内投与した後は、血清フェリチンは一過性
に上がるため、その測定は投与後、1 週間は開ける必要がある。
また、鉄欠乏にも関わらず、炎症性疾患、感染症、肝疾患、悪性腫瘍などで高値を示
すことがある。
2. TSAT(トランスフェリン飽和度)
鉄が結合している血液中のトランスフェリンの割合を示す。トランスフェリンとは、
おもに肝臓で産生される鉄結合性糖たんぱく質で、鉄の運搬を司る。
TSAT(%)=[血清鉄(μg/dL)/総鉄結合能(TIBC)(μg/dL)]×100
3. CHr(網状赤血球ヘモグロビン含量)
網状赤血球に取り込まれた鉄を測定。鉄不足時の造血反応の指標で、骨髄における鉄
の利用を直接反映している2)。保険適応が認められていない。
主な鉄貯蔵の評価指標
血清フェリチン
100ng/dL 以下で鉄欠乏
300ng/dL 程度が許容できる最大値3)
TSAT(トランスフェリン飽和度)
TSAT(%)=[血清鉄(μg/dL)/総鉄結合能(TIBC)(μ
g/dL)]×100
20%以下で鉄欠乏
CHr ( 網 状 赤 血 球 ヘ モ グ ロ ビ ン 含
Hb 含有 32.2pg/cell で鉄欠乏1)
量)
保険適応ではない
【鉄剤の投与】
鉄剤には、経口鉄剤と静注鉄剤の2つの投与経路がある。
透析患者における ESA 投与による急激な造血時の機能的鉄欠乏に応じるには、静脈内投与
が必要であるとして、「慢性腎臓病患者における貧血治療のガイドライン」では静脈内
投与を推奨している。一方、消化管を介した吸収の段階での調節を受ける経口投与が最も
安全であるという考えもある3)。また腹膜透析、保存期慢性腎臓病患者への鉄剤の投与
は、経口投与が推奨されている。
鉄剤の投与
血液透析患者
鉄剤の静脈内投与は、1 回 40~50 ㎎を透析終了時に投与す
る。最大で週 1 回 3 か月間ないし、毎透析に計 13 回の投与
を目安とする。鉄剤の最終投与から 1 週間以上の間隔を空
けて鉄の再評価を行う
腹膜透析
鉄剤の投与は経口投与を推奨し、経口が困難な場合や経口
保存期慢性腎臓病患者
だけでは鉄欠乏貧血の改善が認められない場合は、静脈内
投与に変更する。経口鉄剤は、鉄として 1 日あたり 100
(105 *)~200(210 *)㎎を投与する。(* :硫酸鉄水和
物の鉄含量)静脈内投与の場合は、通院時に 1 日 40~120
㎎を投与する。
【鉄の過剰】
鉄は生体にとって必須の微量金属であるが、過剰に存在すると細胞に障害を与え、活性酸
素を介した酸化ストレスの増大が引き起こされる4)。鉄剤の静脈内投与はすべてが体内
に負荷されることになるが、投与されたすべての鉄が造血に有効に利用されるのではな
く、脾臓をはじめとした多くの細胞に“鉄の囲い込み”を引き起こし、鉄過剰状態とな
ることがあるといわれている3)。鉄剤の投与にあたっては、定期的な貯蔵鉄の評価が必
要となる。
“鉄の囲い込み”が臓器・組織に障害を与える可能性
網内系
鉄の利用障害、鉄の機能性欠乏
白血球
易感染性
血管内皮細胞
動脈硬化
ミトコンドリア
エネルギー産生障害
文献3)より引用
【鉄剤の慎重投与および禁忌】
鉄剤投与の適応があると判断されても、鉄剤を投与すべきでない病態がある。
その主なものを紹介する。(文献1より引用)
1. 重篤な肝障害(禁忌)
肝障害を増悪する恐れがある。
2. 感染症の存在(慎重投与)
鉄剤投与により細菌感染症、真菌症などの合併や憎悪が報告されている。
3. ウイルス性肝炎(慎重投与)
ウイルス性肝炎の活動には、鉄を介した酸化ストレスが関与している2)。鉄欠乏状態
では、肝機能以上の改善、インターフェロンへの反応性改善などが報告されており、
鉄剤の投与により逆効果が発生する可能性がある。
【おわりに】
CKD 患者における鉄欠乏貧血の評価と鉄剤の投与および、注意点について述べてきた。
最近では、鉄代謝調節ホルモンのヘプシジンの関与も多くの文献で述べられている。
CKD 患者の貧血の治療に際しては、貧血の判別、鉄欠乏のマーカーの評価を適切に行う
ことにより、安全に実施されることが望まれる。
【引用文献】
1)2008 年版日本透析医学会:慢性腎臓病患者における貧血治療のガイドライン.透析
会誌 41:661‐716,2008
2)加藤明彦:鉄欠乏の判断と鉄補充、臨床透析 vol.24 no1:37-46,2008
3)福本裕美等:慢性腎臓病患者の貧血治療における鉄管理、腎と透析 vol71No2:
260-265,2011
4)平川暁子等:鉄代謝と鉄剤の適切な使用法、腎と透析 vol62No4:785-791,2007