10 月はピンクリボン月間です。 当財団の乳がん専門医、橋本秀行先生に

10 月はピンクリボン月間です。
当財団の乳がん専門医、橋本秀行先生にお話を伺いました。
●はじめに、乳がんの患者数など、乳がんの現状について教えてください。
現在、乳がんの患者数は年々増えています。日本全国では 1 年間に約 9 万人
です。今から 10 年前は約 3 万人だったので、この 10 年で 3 倍程になっていま
す。乳がんで亡くなる人は海外では減っていて、日本では増えています。なぜだ
と思いますか?理由として、まずは乳がん検診の受診率が海外に比べて十分で
はないということ(図 1)
、そして、日本人に合った検診が必ずしも行われてい
ないということが挙げられます。日本人は欧米人に比べ、胸に脂肪がないのでマ
ンモグラフィ検査が不得意、写らない人もいます。その人たちに海外から輸入さ
れたマンモグラフィ検査だけを行っても、必ずしも良い結果は出ないと考えて
います。しかし、検診をきちんとすれば亡くなる方は減ります。
海外と日本の乳がん検診の受診率比較(図 1)
出典:厚生労働省 HP
●千葉県で行っている乳がんの検査には「マンモグラフィ検査」と「超音波検
査」がありますが、違いは何でしょうか?どちらを受けた方がいいですか?
それぞれ全く違う検査方法です。マンモグラフィ検査は胸を挟んでX線撮影
します。超音波検査は高い周波数の音(超音波)を出して、その反射を画像で表
しています。乳がんを探すためには両方とも必要不可欠な検査です。それぞれの
検査で見えるがんもあれば見えないがんもあるため、両方の検査を受けるのが
望ましいです。マンモグラフィ検査で乳がんが見えない原因は年齢による乳腺
密度の違いと大きく関係しています。乳腺の密度は年齢とともに変化し、特に閉
経前の方は出産・授乳の可能性があるので、乳腺は基本的にたくさんあります。
そして閉経をすぎると、乳腺が萎縮して少なくなって脂肪にかわっていきます。
これは誰しもが同じです。マンモグラフィ検査では、乳腺が多いところは白く写
ります(図 2)
。そして、乳がんのしこりも白く写ります。だから白と白が重な
ってしまうと、白く写ったしこりが見えないというのが、乳がんが見えない原因
です。20 代 30 代は乳腺の量が非常に多いので、マンモグラフィ検査は期待する
効果を得るのが難しく、基本的には不向きです。若い方は超音波検査を、ある程
度年齢を重ねた方は超音波検査とマンモグラフィ検査の両方を行うのが理想的
です。
加齢による乳房の変化(図 2)
●20 代でも乳がん検査を受けたほうがいいのでしょうか?
私の考えとしては、20 代は乳がん検診を受けなくてもいいです。それは、20
代の乳がんは 30 代以上に比べ非常に少ないから(図 3)
。理想を言えば全年齢の
方が検診を受けた方がいいかもしれません。しかし、めったにない事柄にお金や
時間をかけるなら、その他の胃がんや大腸がん、子宮がん検診などを受けた方が、
検診を受けるメリットがあるかもしれません。ただ、アンジェリーナ・ジョリー
さんの乳がん予防のための乳房切除が話題になったように、乳がんの遺伝的要
因を持っている人は、20 代であっても乳がん検診を受けたほうが良いでしょう。
それ以外の人は、基本的には 30 代からでいいと私は考えています。
年齢別乳がん罹患率(図 3)
出典:国立がん研究センターがん情報サービス「がん登録・統計」
地域がん登録全国推計によるがん罹患データ 2012 年
●乳がんの精密検査とはどのようなことを行うのですか?
検診では超音波検査かマンモグラフィ検査を行っていますが、もう一度その
両方の検査を行い、評価をし直します。検診と精密検査の目的は全く違います。
検診では少しでも異常(がんの疑い)のある人を探していき、精密検査では本当
のがんの人を探し出します。精密検査で超音波検査やマモンモグラフィ検査を
行っても、がんであるかどうかはっきり分からないグレーゾーンになる人がい
ます。そのような方々に対し、乳房に針を刺して細胞をとる細胞診や針生検とい
う検査をします。そこまですると 99.9%乳がんかどうかわかります。
●遺伝性の乳がんや遺伝子検査について話題になっていますが、橋本先生は
どうお考えですか?
財団では遺伝性乳がん・卵巣がんの危険性をチェックするために、財団で精密
検査を受ける方には、主に以下の質問によるスクリーニングを行っています。
・乳がんを発症した家族が 3 人以上いるか。
・40 歳未満で乳がんを発症した家族がいるか。
・卵巣がんを発症した家族がいるか。
ここに当てはまった人は、乳がんになる遺伝子を持っている確率が一般の人
よりも高いです。そのような人には、遺伝カウンセリング外来の野村先生(※1)
と話をしてもらい、
「あなたはどれくらいの確率でその遺伝子を持っている可能
性がある」ということを説明してもらっています。遺伝子検査は血液で検査でき
ます。しかし、その先が大切なので、検査の説明に当たっては、答えが出た後の
ことを予測して話します。
がんには、おとなしいがん、ゆっくり進むがん、進行が速いがんなどいろいろ
なタイプのものがあります。遺伝子が原因の場合、進行の速いがんが多いです。
乳がんに関しては検診でかなり細かく検査できるため、乳がんの遺伝子を持
っていても通常は医師の指示通りに検診を受けていれば大きな問題はありませ
ん。しかし、問題は卵巣がんです。乳がんの遺伝子は乳がんだけでなく卵巣がん
もつくりだす可能性があります。残念ながら、通常の検診に卵巣がん検診は含ま
れていません。そのため、病院の婦人科などで直接卵巣の検査をしてもらうしか
ありません。
自分の遺伝的危険性を知ることはプラスの面もあればマイナスの面もありま
す。ですから、遺伝に関する専門の先生が話す場所が必要なのです。それが、財
団の遺伝カウンセリング外来でもあります。
●もし乳がんになってしまったら、どんな治療法があるのでしょうか?また、
最新の乳がんの治療法についても教えてください。
がんの治療は悪いところを手術でとるというのが基本です。それが今の医学
では最善の方法となっています。乳がんの手術には、乳房を残す温存手術と、全
て取ってしまう全摘手術がありますが、手術だけでは終わらず、放射線治療や抗
がん剤治療、ホルモン剤治療などを受ける人もいます。それは、がんが取りきれ
なかったり、比較的発見が遅い人ではリンパ管や血管を通してがん細胞が生命
維持に必要な臓器に転移する可能性があるためです。よく誤解を受けやすいの
ですが、乳房温存の手術をたくさんしている病院はいい病院、全摘出を行う病院
だから悪い病院、ということはありません。一度乳がんになると再びがんになり
やすいので、温存した乳房に再発する人もおり、温存療法には危険が伴います。
早期発見であっても、周りに広がりやすいタイプの乳がんで温存手術が向かな
い人もいます。きちんと判断して、その人にあった治療をする必要があります。
最近では、リスクを回避するために全摘手術を選ぶ人が増えています。今では、
全摘手術と同時に乳房を再建する手術を行うことができることも関係している
かもしれません。再建すれば見た目は元の胸と一緒です。
●自分で乳がんに気づける方法はありあますか?(乳がんセルフチェック)
月に一度、乳がんのセルフチェックを推奨します。千葉県が発行している乳が
んのパンフレットに詳しいやり方が記載されているので、ぜひご覧ください。
パンフレットは、財団ホームページ
『毎年 10 月は「ピンクリボン月間」です。』内『乳がんのセルフチェック』の項目中
*乳がんのパンフレット→ PDF 形式 のアイコンから見ることができます。
●乳がんについて、今と昔を比べて橋本先生はどう感じていますか?乳がんに
対する、世間や患者さんの考え方に変化はあったのでしょうか?
昔は医師にとっても世間一般的にも、乳がんはもっと他人事でした。乳がんの
専門医ができたのも、ここ 10 年くらいです。それは急性虫垂炎の専門医がいな
いように、あまり専門性が要求されていなかったためです。昔は、乳がんだった
ら胸部をとにかく広く切り取ればいいという考え方でした。乳房の全摘出はも
ちろんのこと、わきの下のリンパ節や、大胸筋、小胸筋、肋骨も3本切るような
大手術でした。しかし、そうするとリンパ液がきちんと流れなくなり、指紋がな
くなるほど手が浮腫んでしまいます。つい 4、50 年前までは、そのような手術
を行っていました。しかし時代は進み、肋骨や筋肉を取らない手術でも再発の危
険は変わらないことがわかりました。
今は温存手術など様々な治療法があるため、高い専門性が求められているこ
とも昔と異なる点です。乳がんの患者さんは年々増え続けています。患者さんが
増えれば、私もなるかもしれないと考える人も増えます。マスコミで取り上げら
れることも多くなり、患者さんにとっても乳がんは他人事ではなくなってきま
した。そのため、患者さん自身も乳がんに関する様々なことを知っています。乳
がんが広く認知されてみなさんが検診を受けるようになることは良いことです
が、乳がんに関する興味や知識が増えたことで、過度に心配するようになってし
まうはあまり良いこととは言えません。そこが、昔とだいぶ違うところだと思い
ます。
●乳がんの患者さんは様々な不安を抱えていると思いますが、その不安をやわ
らげるために先生が行っていることはありますか?
正しい知識を持っていてもらえれば、当然不安はやわらぐと思います。しかし、
そう簡単に不安は払拭できるものではありません。そのために私が取り組んで
いることのひとつは、
「アイビー千葉」という乳がんの患者さん団体に来ていた
だき、毎週水曜日に相談会を開いていることです。大学病院に勤務していた時は、
他の病院で乳がんと診断された患者さんがほとんどでした。そのため、治療につ
いての話から始めます。しかし、乳がんだと言われたばかりの人に「じゃあ温存
にしますか?全摘しますか?」という質問をしても、患者さんは「いま乳がんと
聞いたばかりなのに」という気持ちになります。財団に来て、そのことに気づく
ことができました。検診機関の仕事は、きちんと検診を行い、治療の必要がある
方を専門施設に紹介することで終わるのかもしれません。しかし、それだけでは
良くないと考えています。患者さんの先々の不安をケアしなくてはいけません。
しかし、患者さんにとって、その不安を伝えるのは医師ではなく過去に乳がんを
経験した人の方がいい場合もあります。10 年や 20 年たっても元気な人がいる
と伝えることで、勇気付けられるかもしれません。その他にも、財団には乳がん
看護専門認定看護師(※2)がいます。認定看護師は、その多くが実際に治療を
行っている病院にいます。検診機関で認定看護師が必要かというと、そう考えな
い医療従事者も多いかもしれません。患者さんは医師に治療や医療的なことな
どたくさん聞きたいことはあると思いますが、医師には聞きづらいこともある
かもしれません。財団では、そのような患者さんのために、診察室とは別の部屋
で認定看護師と話す機会があります。そこでいろいろと不安に思っていること
を聞いてもらえたらと思っています。一人ひとりに紹介状を渡すときも、認定看
護師や看護師全員に患者さんの不安をやわらげる対応を意識してもらうように
しています。また、
「ここは診断書を書いて病院を紹介してさようならではあり
ません。いつでも相談しに戻ってきてくれて大丈夫です。
」ということを言って
もらっています。患者さんにとって、行き場がないことは大変なストレスです。
紹介した病院が自分に合わないと思ったときは、いつでも言っていただき、別の
病院を紹介するようにしています。
●先生が乳がんの診療に携わってこられた中で、一番印象に残っている出来事
はありますか?
大学病院に勤務していた頃、若い乳がんの患者さんを看取ったことです。若い
ということは、家族にとっては小さい子のお母さんであったり、職場ではバリバ
リ働いている人。人はいつか亡くなりますが、そういう人たちが乳がんで命を落
とすのはとても辛いです。検診を受けてもらえたら、そういう人たちを救えたか
もしれないという思いが強くあります。その患者さんは病院に来た時点でがん
がかなり進行していて、摘出手術をしたけれど大変厳しい状況でした。ご主人や
ご両親は状況を理解していますが、子どもは理解できません。私もつらいですが、
当然家族はもっとつらい、みんながつらいのです。現場にいた人間として、こう
いうことは二度とあってはならない、あって欲しくない、そうならない方法はな
いのかと考えました。そのようなこともあり、40 代の人にはマンモグラフィ検
査と超音波検査を、さらに若い人には超音波検査を受けてもらいたい、という思
いが大変強いです。
●最後に、乳がん検診について先生からみなさんにお伝えしたいことがあれば
お願いします。
とにかくたくさんの人に受けてもらいたいです。多くの人に乳がんを知って
もらいたい、検診を受けてもらいたいというのが一番です。周りに検診を受けて
いない人がいたら、ぜひ受診を呼びかけていただきたいです。お願いします。
平成 28 年 8 月 6 日・7 日に開催された
「第 67 回日本実業団水泳競技大会」
50m 平泳ぎ(年齢別)にて、金メダル
獲得!全国 1 位に輝きました。
医師プロフィール
橋本秀行(ハシモト
ヒデユキ)
平成 2 年
滋賀医科大学医学部医学科卒業
平成 9 年
ロンドン大学付属ハマースミス病院留学
平成 11 年
財団法人千葉県対がん協会検診センター診療部長
平成 17 年
ちば県民保健予防財団総合健診センター乳腺・甲状腺科部長
平成 20 年
同 診療部長
乳がん検診は財団の人間ドックでも受けられます。
財団の人間ドック TEL:043-242-6131
精密検査は専門機関へ
乳腺専門外来 TEL:043-246-8664
乳がん検診はお住まいの市町村でも行っています。
※1 財団の遺伝カウンセリング外来については、財団ホームページ
『毎年 10 月は「ピンクリボン月間」です。
』内
『
「遺伝するがん」への不安をお持ちの方へ』の項目中
*遺伝カウンセリング外来のパンフレット→ PDF 形式 のアイコンから見ることが
できます。
※2 乳がん看護専門認定看護師とは、日本看護協会によって、乳がん治療の領域で
熟練した看護技術と知識を有すると認められた看護師です