モデルと本物:化学と生物学の場合

第 18 回 東京大学理学部公開講演会
モデルと本物:化学と生物学の場合
情報理工学系研究科長・理学部情報科学科 教授 萩谷 昌己
図 1:電子投票プロトコル ( 情報科学 )
●モデルとは?
とき、写し取られなかった観点は捨てられます。
「モデル」には色々な意味がありますが、ここ
しかも、写し取られた観点も近似でしかありま
では、本物を何らかの観点から写し取って作ら
せん。では、
モデルを考えて何が嬉しいのでしょ
れた贋物という意味で捉えています。プラモデ
うか。まず、モデルを解析することにより、本
ルや建築モデルは外観や構造を写し取っていま
物の理解を深めることができます。また、モデ
すが、経済モデルのように、数学的な性質に着
ルをコンピュータの上で実際に動かす ( シミュ
目して作られる数理モデルもあります。化学や
レートする ) ことにより、モデルを用いて本物
生物学の分野でも、とても精密なものからとて
の将来を予測することができます。そして、モ
も粗っぽいものまで、様々な種類のモデルが用
デルを合成することにより本物を設計すること
いられます。本物を写し取ってモデルを作った
ができます。
裏に続く⇒
●同じ本物に ...
DNA システム ( 図 3: 化学 ) という、全く異な
同じ本物に対しても、写し取る観点が異なって
る分野の三種類の対象を、プロセス計算および
いたり、写し取る観点の近似の仕方が異なれば、
プロセス計算を一般化した「グラフ書き換え系」
様々なモデルが考えられます。たとえば、化学
によってモデル化します。
における分子と化学反応に対して最も精密なモ
デルは、量子化学に基づく第一原理計算による
●抽象化
ものです。分子動力学は第一原理計算から見れ
本講演の最後に、既存のモデルをさらに粗くす
ば近似でしかありません。プロセス計算は、分
る「抽象化」という考え方について触れます。
子同士のインタラクションや分子の構造変化
モデルを抽象化することにより、モデル化の目
をさらに大雑把に写し取ったモデルです。本講
的を満たしつつも、解析や設計を効率的に行う
演では特にプロセス計算のモデルに焦点を当て
ことが可能になります。
て、様々な対象をモデル化してみます。
●同じモデルが ...
& 参考文献
一般に、同じモデルが様々な本物に対して適用
1. 萩谷昌己 , 山本光晴 : 化学系と生物系の計算
可能です。同じモデルを全く異なる分野で使う
モデル , アルゴリズム・サイエンス シリー
のはとても楽しいことです。たとえば、プロセ
ズ⑯ , 共立出版 , 2009.
ス計算の対象は、インターネット上のサービ
2. 萩谷昌己 , 西川明男 : DNA ロボット -- 生命
ス、コンピュータ内のメモリー管理、細胞内外
のしかけで創る分子機械 , 岩波科学ライブラ
の分子反応、さらに人間や社会にまで及んでい
リー 153, 岩波書店 , 2008.
ます。特に、本講演では、電子投票プロトコル
EGF
EGFR
EGF
EGFR
( 図 1: 情報科学 )、シグナル伝達 ( 図 2: 生物学 )、
Shc
Grb2
SoS
Raf
GTP
ATACCAACAATAGTAACAGAC
Ras
c
MEK
ERK
図 2:シグナル伝達 ( 生物学 )
a
b
B
d
c
C
TTGTTATCATTGTCTG
d
D
図 3:DNA システム ( 化学 )
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