第2章 災害時のメンタルケアの特徴と長期的ケアの必要性

第2章
災害時のメンタルケアの特徴と長期的ケアの必要性
1)過去の事例における被災者の状態と援助の方向性の推移
日本は地震大国と呼ばれる程、過去にも大規模な被災を経験して来ている。しかしなが
ら 、被 災 者 、特 に 被 災 地 の 高 齢 者 や 障 が い 者 の メ ン タ ル ヘ ル ス に 注 目 さ れ 始 め た の は 阪 神・
淡路大震災以降と言っても過言ではない。本章では、大規模な都市型災害であり、様々な
心理的援助が模索された阪神・淡路大震災及び高齢者が多数被災した新潟県中越沖地震と
の主に2つの事例から、被災者の一般的心理状態・被災地の状況・被災地の高齢者あるい
は障がい者の心理状態が、地震発生直後からその後の時間経過とともにどのように推移し
ていくのかを振り返ってみることとした。その上でそれぞれの時間経過毎にどのような支
援が必要なのかについて考察した。
1.急性期(災害発生直後から数日間)
被災者の心理状態
災害の直後はその衝撃に圧倒され、どの被災者も身体や思考や感情、行動にも影
響が現れる。心拍数や血圧の増加、呼吸は速くなり、発汗がおきる。ものごとを合
理的に考えることが出来なくなり、集中力や記憶力も低下する。また茫然自失に陥
り、不安や恐怖が強く、怒りと悲しみで一杯になるなどの情緒不安定に陥ることも
ある。行動も硬直化し、イライラしやすく、また非難がましくなって、コミュニケ
ーションが上手くとれなくなる。
被災地の状況
・ 人 々 が 避 難 所 へ 逃 げ て 来 る 。余 震 の 恐 怖 な ど で 、避 難 所 の 中 は 緊 張 し た 状 態 が 続 い て
いる。
・ 生 存 者 同 士 が 互 い の 無 事 を 確 認 し 、時 折 安 堵 の 声 が あ が る 一 方 で 、安 否 が 分 か ら な い
家族の情報を求めてイライラとしている人がいる。
・ 視 覚 障 が い 者 も ラ ジ オ な ど か ら 被 災 の 情 報 を 得 る こ と が 出 来 る が 、被 害 や 被 災 の 全 体
像 が 見 え な い 状 態 で 、案 内 の ア ナ ウ ン ス が 聞 こ え な い と 怒 り 出 す 声 が あ る な ど 、ち ょ
っとした事でトラブルが起きやすい状況もある。
・ 視 覚 ・ 聴 覚 障 が い 者 の 中 に は 、音 声 や 拡 声 器 な ど で 伝 え ら れ る 情 報 や 、電 話 な ど の 連
絡 手 段 、健 常 者 に 即 時 に 伝 わ る 情 報 も 伝 え ら れ て こ な い も の が 多 く 、疎 外 感 や 孤 立 感
を 味 わ っ て い る 人 が い る( 後 に 、 こ の 時 の 健 常 者 に 対 す る 感 情 や 疎 外 感 が 、復 興 段 階
で 周 囲 に と け 込 め な い 状 態 を 作 る 場 合 が あ る )。
・ ト イ レ が 近 い 高 齢 者 は 避 難 所 で も ト イ レ ま で は 距 離 が 遠 く 、ま た 仮 設 ト イ レ も 混 雑 し
て い る た め 間 に 合 わ ず 漏 ら し て し ま う 場 合 が あ る 。ま た 、オ ム ツ な ど を 利 用 し て い る
人 も 屎 尿 の 臭 い な ど に 対 す る 周 囲 の 目 が 気 に な り 、申 し 訳 な さ を 感 じ た り 、周 囲 の 人
に対して「冷たい」と感じ、孤立感を深めている場合がある。
・ ト イ レ の 問 題 を 解 決 し よ う と 、水 分 補 給 を 控 え よ う と す る 高 齢 者 も あ り 、脳 梗 塞 や 心
筋梗塞を誘発しやすい状況を作り出している。
・ 避 難 所 の 床 が 固 く 、ま た 混 雑 の た め 寝 返 り も 打 て ず( 場 所 に よ っ て は 横 に な る こ と が
出 来 な い )、 エ コ ノ ミ ー ク ラ ス 症 候 群 が 起 こ っ て い る 。 特 に 、 心 臓 に 負 担 が か か る た
め高齢者で具合が悪くなり倒れる人が出ている。
・ 電 気 は 通 じ て い て も 、水 や ガ ス が 通 じ て お ら ず 、食 事 は 配 給 さ れ る お に ぎ り や カ ッ プ
め ん で し の い で い る 。公 園 に 仮 設 ト イ レ が 設 置 さ れ る が 長 蛇 の 列 が 出 来 て い る 。避 難
場 所 近 く に 配 水 管 が 引 か れ 、水 を 取 り に 行 っ て 、カ セ ッ ト コ ン ロ で お 湯 を 沸 か す 姿 も
見 ら れ る 。洗 濯 が で き ず 、下 着 が 替 え ら れ な い た め 、避 難 所 に は 汗 な ど の 臭 い が こ も
っている。
援助の方向性
・ 高 齢 者 や 障 が い 者 な ど 普 段 か ら 把 握 し て い る 人 に つ い て 、安 否 と 心 理 面 ・ 身 体 面 両 方
の状態の確認、適切な避難行動がとれているかなどの確認を行う。
・ 避 難 先 な ど で は 、聴 覚 障 が い 者 や 視 覚 障 が い 者 へ の 情 報 が 十 分 行 き 届 い て い る か 、確
認し、支援する必要がある。
・ 発 達 障 が い 者 の 情 緒 的 な 混 乱 や パ ニ ッ ク へ の 対 処 、専 門 機 関 へ の 連 絡 ・連 携 を し て 必
要に応じて、周囲の被災者の理解と協力を得られるように働きかける。
・ 障 が い 者 ・ 高 齢 者 の 身 体 面 や 心 理 的 な 状 態 の 把 握 と 、深 刻 な 問 題 に 対 し て は 速 や か に
医療支援チームや専門家・機関に繋げるなどの緊急支援が中心となる。
2.反応期(1週間から6週間)
被災者の心理状態
非常事態で興奮し、抑えられていた感情がわき出してくる時期。つらい出来事が
よみがえってきたり、悪夢をみたり、緊張が高まり、イライラや孤立感が増し、し
ばしば抑うつ的になる。特に、家族を失った高齢者は、生き残った事に救われた気
持ちと同時に、
「 若 者 が 亡 く な っ て 、役 に 立 た な い 年 寄 り の 自 分 が 生 き 残 っ た 」と い
う罪業感(サバイバーズ・ギルト)を強く持つ場合がある。
被災者の状況
・ 避 難 所 で は か な り の 人 が 風 邪 を 引 い て お り ,特 に 高 齢 者 の 症 状 が 重 く 入 院 が 必 要 な
場 合 も 出 る 。入 院 に は 至 ら な く て も ,高 血 圧 ,心 臓 疾 患 な ど の 身 体 疾 患 や 強 い ス ト
レ ス の 中 で 持 病 が 悪 化 す る が 、差 し 当 た っ て の 生 活 に 追 わ れ 、医 者 に 通 う だ け の 余
裕 を も て な い 人 も 多 い( 阪 神・淡 路 大 震 災 で は 、震 災 後 6 か 月 の 間 に 、震 災 に よ る
負 傷 以 外 で 422 人 の 高 齢 者 が 亡 く な っ て い る )。
・ 避難所では、床が固く、カラダを動かす事も周囲に配慮しなければならないため、
歩けていた者が歩けなくなるなどの二次的な問題が起き始めている。
・ 体育館などの閉ざされた避難所空間では、カビ臭や汗臭いにおいがこもっており、
気分不調を訴える人も出ている。
・ 高 齢 者 の 中 に は 、た だ で さ え 、周 囲 に 迷 惑 を か け て い る と 考 え や す く 、少 々 の 身 体
の 不 調 は 訴 え て は 申 し 訳 な く 思 い 、心 理 的 援 助 の 手 を 差 し 伸 べ ら れ て も「 誰 で も 辛
いのだから」と悩みを打ち明けられない。
・ 疲 れ た 被 災 者 の 間 で 、障 が い 者 に 対 す る 差 別 や 障 が い 者 の 言 動 に 奇 異 の 目 や イ ラ イ
ラ し た 感 情 を ぶ つ け ら れ る こ と が あ り 、避 難 所 の 中 で も 一 時 場 所 が 分 け ら れ た 事 も
あった。
・ 特 に 高 齢 者 に は 気 力 を 失 い 、呆 然 と す る 状 態 を 示 す 人 が 多 く ,中 に は 人 と の 付 き 合
いを避け,一人でぼんやりしている人もいる。
・ 「 す ん で し ま っ た こ と を ど う こ う 言 っ て も 始 ま ら な い 」「 い つ ま で も 地 震 の 事 を 引
き ず っ て い る の は 恥 ず か し い こ と だ 」と い う 羞 恥 心 、家 族 を 地 震 で 失 っ た 人 は「 自
分 だ け が お め お め と 生 き 残 っ て し ま っ た 」と い う 罪 業 感 が 生 じ る 。こ う し た 諦 観 ・
羞恥・罪業という感覚は特に年配・高齢者に生じやすい。
<中 越 沖 地 震 :要 介 護 高 齢 者 、生 活 不 活 発 病 の疑 い 避難 所 で活 動 減 り>
新 潟 県 中 越 沖 地 震 では、ストレスから心 筋 症 の患 者 が発 生 したという報 道 があったが、
生 活 不 活 発 病 の兆 候 も出 てきた。
県 理 学 療 法 士 会 と県 作 業 療 法 士 会 が7月 28日 、要 介 護 者 が避 難 する柏 崎 市 の4福 祉
避 難 所 で、生 活 不 活 発 病 の兆 候 を調 べるチェックシートを使 って高 齢 者 28人 に聞 き取 り調
査 し、約 3分 の1が身 体 機 能 低 下 を訴 えた。「地 震 後 は寝 ていることが多 く、足 が悪 くなっ
た」「前 は壁 伝 いに歩 けたのに車 椅 子 を使 うようになった」などの内 容 だった。
避 難 所 ではトイレや入 浴 など日 常 行 動 に助 けを借 りることが多 く、周 囲 に気 兼 ねして散
歩 などを控 える傾 向 などが原 因 とみられる。
04年 の新 潟 県 中 越 地 震 では被 災 地 の高 齢 者 の約 3割 の歩 行 能 力 が低 下 したことが厚
生 労 働 省 調 査 班 の調 査 で判 明 。県 は今 回 の地 震 では厚 労 省 が作 った同 病 のチラシを配 る
などして注 意 喚 起 し、県 理 学 療 法 士 会 などに対 策 を依 頼 していた。
(毎 日 新 聞 2007 年 7 月 30 日 東 京 夕 刊 )
援助の方向性
・ 特 に 高 齢 者 は 、風 邪 な ど の 身 体 の 不 調 を 軽 視 し て い な い か 、持 病 の 有 無 や 健 康 被 害
が 悪 化 し て い な い か な ど 、ス ト レ ス 面・身 体 面 で の 経 過 観 察 と 、生 活 不 活 発 病 な ど
の 二 次 障 が い 予 防 の た め の 声 か け 、必 要 に 応 じ た 巡 回 医 療 へ の 紹 介 な ど が 重 要 で あ
る。
・ 危 機 状 態 が 去 り 、感 情 が 表 出 さ れ や す い 時 期 で も あ る が 、障 が い 者 や 高 齢 者 は 孤 立
感を深めたり避難生活で悩みを抱えやすい時期である。
・ 初 対 面 で い き な り 悩 み や 心 配 事 を 尋 ね て も 表 面 的 に 受 け 流 さ れ た り ,か え っ て 反 発
を 招 く た め 、当 面 は 、支 援 者 は で き る だ け 長 時 間 、避 難 者 の 雑 談 に 加 わ っ た り 、荷
物 運 び な ど の 作 業 を 手 伝 っ た り し な が ら 、関 係 を 深 め る と 共 に 、元 気 の な い 人 、不
安や緊張の強い人をチェックすることに重点を置く必要がある。
・ 深 刻 な 問 題 を も っ た 人 に は ,機 会 を 見 て は 短 時 間 で も 話 を 聞 き ,心 情 を 把 握 す る と
と も に ,カ ウ ン セ リ ン グ を 行 っ た り ,精 神 科 医 に 紹 介 す る な ど ,必 要 な 援 助 を 与 え
る。
・ 精 神 科 医 や カ ウ ン セ ラ ー へ の 紹 介 は 、時 に は「 こ ん な 状 況 だ っ た ら 誰 だ っ て 苦 し い 、
で も 精 神 科 の 先 生 に お 世 話 に な る ほ ど 、お か し く な っ て い な い 」な ど と 婉 曲 に 拒 否
されることが多いため、避難所全体への心理教育的アプローチも必要となる。
・ 非 常 に 活 動 的 で 進 ん で 周 囲 の 世 話 を し て い る 人 ,あ っ け ら か ん と の ん き に 構 え て い
る よ う な 人 で も ,よ く 話 を 聞 い て み る と ,し ば し ば 不 眠 に 悩 ん で い た り ,建 物 の 振
動 に 過 敏 に 反 応 し て い る 。活 発 に 行 動 す る こ と で 不 安 を 忘 れ よ う と し て い る 人 ,シ
ョックや疲れを自覚できずにいる人がいるため元気すぎる人にも注意が必要であ
る。
3.修復期(1ヶ月半から半年)
被災者の心理状態
心理面での適切なケアが受けられた場合や、通常の心理的な回復過程では、悲しみ
や寂しさが募り、不安を感じることもあるが、混乱した感情が徐々に修復され始める
時期。つらい出来事が思い出されると苦しくなるが、少しずつ気持ちが収まり、日常
への関心や将来への見通しに目を向けていけるようになる。しかし、一方で突然被災
の記憶がよみがえったり、災害を思い出す話題や場所を避ける場合もある。自分が自
分でないような感情にとらわれることも珍しくない。抑うつやアルコールの問題など
も顕在化しやすい。
被災者の状態
・ こ の 時 期 の 高 齢 者・障 が い 者 の 抱 え る 心 の 問 題 は 実 生 活 上 の 困 難 と 複 雑 に 絡 み 合 っ
て お り ,心 理 的 な ケ ア だ け で 解 決 す る も の で は な い 。例 え ば 仮 設 住 宅 の 抽 選 ,自 宅
の 取 り 壊 し ,親 族 や 友 人 の 来 訪 ,救 援 物 資 の 到 着 な ど ,状 況 が 変 化 す る た び に ,心
情 が 刻 々 と 変 化 し ,昨 日 ま で 元 気 だ っ た 人 が 急 に 自 分 の 殻 に 引 き こ も っ て し ま う こ
ともある。
・ 避 難 所 で は 、ほ と ん ど プ ラ イ バ シ ー の な い 状 態 で 一 緒 に 暮 ら し て い る た め ,普 段 は
話 し 合 い 、い た わ り 合 っ て 生 活 し て い る が 、救 援 物 資 の 配 分 や 部 屋 の 割 り 振 り な ど
に つ い て ,何 か い さ か い が 起 こ る と ,一 挙 に エ ス カ レ ー ト し ,全 体 の 雰 囲 気 も と げ
とげしくなってしまう。
・ 復 興 に 向 け て 歩 み 出 す 人 々 が 居 る 中 で 、高 齢 者 の 中 に は 家 屋 を 失 い 、建 て 直 し や 生
活 に か か る 費 用 な ど を 考 え る と と て も 気 力 が 湧 か ず 、何 を し て 良 い か 分 か ら ず に 一
日 座 り 込 ん だ ま ま で 動 け な い 人 や 、繰 り 返 し 被 災 の 時 の 状 況 を 思 い 出 し て は「 あ の
時 、自 分 が あ あ し て い れ ば 」な ど と 考 え 続 け て い る 人 も い る 。ま た そ う し た 自 分 に
対 し て「 情 け な く て 、嫌 で し ょ う が な く 、と て も 悔 し い 」な ど 自 責 の 念 を 強 め て い
る場合がある。
・ 高 齢 者・障 が い 者 の 中 に は 、避 難 所 か ら 生 活 の 場 を 変 え て い く 人 を み る と「 取 り 残
さ れ る 」「 お い て 行 か れ る 」 と い う 気 持 ち が 強 く な り 、「 自 分 は ダ メ だ 」「 他 の 人 に
迷 惑 を 掛 け て い る 」「 行 政 に 甘 え て い る と 言 わ れ た 」 な ど 自 責 の 念 や う つ 症 状 に 陥
る人がいる。
・ 仮 設 住 宅 に 行 く た め に 抽 選 で 、今 ま で 築 い て き た 避 難 所 の 絆 が 再 び 崩 れ 、震 災 で 受
けた被害程度の違いから、復帰にも差が生まれはじめる。
・ P T S D と し て の 回 避 行 動 か ら 外 出 を 避 け る よ う に な り 、仮 設 住 宅 の 中 に こ も る よ
うになったり、歩行など身体機能の低下などの生活不活発病が起こる。
・ 仮 設 住 宅 が 建 て ら れ る の は 、多 く が 野 球 の グ ラ ン ド や 公 園 な ど 、そ の 一 角 だ け が 隔
絶 さ れ た 環 境 に な り や す い 。そ の た め 、周 囲 か ら 隔 離 さ れ た よ う な 仮 設 住 宅 の 構 造
と な り 、住 む 人 た ち に 更 に「 取 り 残 さ れ て い る 、隔 絶 さ れ て い る 」と い う 心 理 的 影
響を与えやすい。
・ 震 災 1 0 ヶ 月 後 ~ 1 2 ヶ 月 後 が 相 談 ピ ー ク で あ り 、震 災 関 連 相 談 は 8 0 % 。1 1 月
から1月頃にかけて件数の落ち込みがあり、季節変動がある。
支援の方向性
・ 県外からの支援やボランティアが去り、支援活動は自治体主導へと移行するため、
連絡連携が必要となる。
・ 震 災 後 張 り つ め て い た 気 持 ち が ゆ る み 、恐 怖 体 験 を 受 け 入 れ る 心 の 準 備 が 出 来 た 被
災者の中には、深い感情を込めて被災体験を語り始める人が出てくる。
・ こ の 時 期 の 高 齢 者 ・ 障 が い 者 の 悩 み は 多 岐 に わ た り 、「 自 立 へ の 不 安 や 先 行 き へ の
不 安 、将 来 の 生 活 設 計 」な ど 実 生 活 上 の 困 難 と 複 雑 に 絡 み 合 っ て お り 、ひ た す ら 聞
き手となり、時間をかけて気持ちを受け止めるような支援が必要である。
・ 仮 設 住 宅 へ の 入 居 や 施 設 入 所 の 情 報 が 各 方 面 か ら も た ら さ れ る が 、手 続 き が 煩 雑 で
あ っ た り 、書 類 の 書 き 方 が 分 か ら な い な ど 、高 齢 者 は そ れ を 十 分 に 理 解 し た り 、積
極 的 に 応 募 し た り 出 来 な い こ と が 多 い 。ま た 、相 談 し た く て も 黙 っ て い る 人 も 多 い
ため、他の避難者やボランティアの協力を得ながら積極的な声かけが必要である。
・ 支 援 者 は 高 齢 者・障 が い 者 が 被 災 に よ る 変 化 と い う 現 実 を 受 け 入 れ 、合 理 的 に 問 題
解 決 が 図 れ る よ う に 、訴 え に 傾 聴 し 、心 理 的 な 支 え と な り 、今 後 予 期 さ れ る P T S
D (お よ び P T S R )に 対 応 す る こ と に 置 か れ る 。
PTSD(心 的 外 傷 後 ストレス障 害 )とは
① 「侵 入 ・再 体 験 」
… トラウマを受 けた場 面 が突 然 脳 裏 によみがえるフラッシ
ュバックを体 験 したり、思 い出 したくもないのにその場
面 を繰 り返 し考 えてしまうこと
②
「過 覚 醒 」
… 気 分 が高 ぶって落 ち着 かなくなったり、イライラと過 敏
になったり、寝 付 きが悪 くなる
③ 「回 避 ・感 情 麻 痺 」
… トラウマを受 けた場 面 を思 い起 こさせる場 所 や状 況 を
避 け る よう にな る ため 、 生 活 半 径 が 著 し く 縮 小 し 、 感
情 の動 きまで制 限 される
以 上 の3大 症 状 が1ヶ月 以 上 持 続 し、社 会 的 ・職 業 的 機 能 低 下 を来 した場 合 、PT
SDと診 断 されるが、震 災 後 の状 況 下 では、3大 症 状 が出 ながらも、生 活 をしている(し
なければならない)場 合 が多 くあるため、診 断 基 準 を満 たさない場 合 も「外 傷 後 ストレ
ス反 応 (PTSR)」として扱 われる。PTSDは文 化 差 を超 えた普 遍 的 な症 候 群 である
が、日 本 人 がPTSDに罹 患 した場 合 、身 体 化 症 状 を呈 しやすい一 方 で、「侵 入 」症 状
が少 なく、診 断 基 準 を満 たさない為 にPTSRとして扱 われているケースが多 いのでは
ないかという説 もある。
2)長期的ケアの必要性
阪神・淡路大震災では、マスコミを通して被災地の状況は刻々と伝えられ、衝撃と悲嘆
に打ちのめされた被災者の姿や、過酷な避難所生活の様子がテレビやあらゆるメディアを
通じて紹介された。その為、被災者の心理的問題への社会的関心がにわかに高まり、震災
直後は被災地内外の多くの精神科医や臨床心理士・ケースワーカーなどがボランティアと
して支援活動に加わった。援助活動は多岐に渡り、被災地内外の保健所活動に加わる場合
もあり、有志で電話相談窓口を開いたり、避難所に直接赴いて援助を申し出る場合もあっ
たようである。
しかし、これらの活動は被災者が避難所から仮設住宅に移り始めた5月頃(震災から3
ヶ月後)に一端終息の時期を迎え、一斉に差し伸べられた支援の手は遠のいた。その後の
被災地で、果たして被災した高齢者・障がい者の心及び生活は、力を取り戻したのであろ
うか。
・ 阪 神 ・淡 路 大 震 災 における、こころのケアセンターの来 談 者 統 計 では、 新 規 来
談 者 数 は震 災 後 2年 半 を経 過 しても減 少 傾 向 が見 られず 被 災 住 民 のメンタル
ヘルスへのニーズは依 然 として高 い。
・ 震 災 後 3年 半 の時 点 で住 民 の約 10%にPTSDが見 出 された 。3年 10ヶ月 時
点 で、復 興 住 宅 住 民 の26%がPTSDのハイリスク群 と認 められ、同 時 にうつ
状 態 、およびアルコール依 存 の可 能 性 のある住 民 がそれぞれ6%という結 果 も
得 られている。
・ 震 災 から4年 近 く立 った時 点 で PTSDをより正 確 に評 価 するために、構 造 化 面
接 を行 い、 仮 設 住 宅 と復 興 住 宅 に住 む86人 に面 接 、9%が面 接 時 点 で臨 床
的 にPTSDと診 断 可 能 。完 全 に基 準 は満 たさない物 のPTSD症 状 を部 分 的 に
有 している人 が14%であった。
・ 仮 設 住 宅 入 居 の時 と同 様 に、復 興 住 宅 の入 居 は、高 齢 者 や障 がい者 優 先 で
行 われた。結 果 として高 齢 者 が集 中 してしまい、棟 全 体 の6割 以 上 が65才 以
上 という状 況 が生 まれている。高 齢 者 中 心 のコミュニティを支 える手 段 として、
様 々な施 策 が行 われているが、多 くは期 間 限 定 の事 業 であったり、マンパワー
が絶 対 的 に不 足 するなど多 くの問 題 に直 面 している。仮 設 住 宅 における高 齢
者 の孤 独 死 という問 題 が新 たに生 まれていったのである。
・ 震 災 から相 当 期 間 を経 てもなお、被 災 地 には数 多 くのPTSD患 者 が「潜 在 」し
ていることが伺 える。
このように被災住民の心理的影響は依然として顕著で、今後も息の長い支援が必要であ
り、阪神・淡路大震災での被災者の支援は、被災高齢者・障がい者への長期的なケアの必
要性を浮き彫りにした。被災地では今も尚、高齢化社会に対する新たな試行錯誤が継続さ
れているのである。
私たちの記憶に新しい新潟県中越沖地震のその後についても、以下のような記事が被災
後の高齢者の長期的ケアの必要性を改めて示唆している。
<心の傷、高齢 者 に色 濃 く…3年 前 の中 越 地 震 で被災 者 調 査 >
新 潟 県 中 越 地 震 (2004年 10月 )で被 災 した60歳 以 上 の人 は、若 い人 に比 べ、抑 うつ感 な
ど「心 の傷 」がいまも治 りづらい状 態 でいることが、東 京 女 子 大 の広 瀬 弘 忠 教 授 (災 害 心 理
学 )らの調 査 でわかった。
新 潟 県 中 越 沖 地 震 でも多 くの高 齢 者 が被 災 し、避 難 所 生 活 を余 儀 なくされているが、広 瀬
教 授 は「高 齢 者 の場 合 、ストレスが小 さいように見 えてもなかなか癒 やされない。周 囲 が積 極
的 にかかわるなど心 のケアが大 切 だ」と提 言 している。
広 瀬 教 授 らのグループは、新 潟 県 中 越 地 震 で被 災 し、仮 設 住 宅 で暮 らした経 験 がある長 岡
市 (旧 山 古 志 村 を含 む)の20歳 ~80歳 代 の住 民 112人 を対 象 に、意 識 調 査 を行 った。調 査
は05年 から今 年 にかけて3回 に分 け、「なんとなく不 安 だ」「眠 れない」など、PTSD(心 的 外 傷
後 ストレス障 害 )の判 定 にも使 われる13項 目 の心 理 状 況 について質 問 した。
その結 果 、初 回 調 査 時 には、59歳 以 下 の被 災 者 の中 で、PTSDの症 状 が「ある」と答 えた
項 目 は平 均 で3・11件 だったのに対 し、60歳 以 上 は2・84件 と少 なかった。しかし今 年 2月 の
第 3回 調 査 では、59歳 以 下 の被 災 者 は平 均 2・33件 と減 ったのに、60歳 以 上 は2・66件 と、
ほとんど変 わらないことがわかった。
特 に「物 事 に無 関 心 」「抑 うつ感 がある」など無 力 感 や無 気 力 に関 する4項 目 については、5
9歳 以 下 では減 少 したのに、60歳 以 上 は、逆 に0・57件 から0・61件 へと上 昇 していた。広 瀬
教 授 は「被 災 後 に家 の片 づけや仕 事 などで活 動 できる若 い人 に比 べ、高 齢 者 は避 難 所 での
生 活 が長 くなりがちで、心 の傷 が治 りにくいようだ」と話 している。
(2007 年 7 月 29 日 3 時 0 分 読 売 新 聞 )
では、長期的ケアは、誰がどのように担うべきなのだろうか。阪神・淡路大震災のここ
ろのケアセンターの報告では、被災者のもとへ以前から顔を見知った地域の人が話しを聞
きに行くことで、
「見捨てられなかった」
「安心して話せる」
「災害を受けたから特別扱いを
受 け て い る の で は な い 」と い う 感 じ が 持 て て 話 し や す か っ た と い う 体 験 が 寄 せ ら れ て い る 。
1983年のコロンビアの噴火災害後の報告では、精神科に対してなじみのない農民に対
して、精神保健サービスを提供するためには、地域の開業医やソーシャルワーカーを訓練
し、確保する事が重要と述べられている。また、1987年のアルメニア地震では、児童
を対象とした危機介入の担い手として、教師が果たす役割の重要性が指摘されている。こ
れらは地域の精神保健システムが整備されていない、専門家の数も限られている場合の戦
略として、現実的かつ効率的なものである。実際、日本でも、1991年長崎雲仙普賢岳
噴火災害では、身近な存在である保健婦をトレーニングして、日常の保健活動の中に精神
保健の知識を反映させるという方法をとっている。精神保健サービスを効率よく提供する
ための重要な点は、
①
被災以前から、被災者の身近な存在である人が
②
被災者のもとに出かけて援助を提供し、
③
他のシステム(医療機関・行政機関)と連携し援助と組み合わせ
④
継続したサービスを提供する
という点があげられる。地域住民、教師など、高齢者や障がい者に身近な支援者を訓練
し 、被 災 時 に は 、保 健 婦 や 福 祉 行 政 職 員 や ボ ラ ン テ ィ ア と 連 携 し 、よ り 身 近 に 地 域 を 歩 き 、
被災高齢者・被災障がい者のニーズを積極的に拾い上げる活動が重要なのである。
3)災害時のメンタルケアの特徴とサポート体制作りの必要性
阪 神 ・ 淡 路 大 震 災 で は 、 震 災 後 6 か 月 の 間 に 、 震 災 に よ る 負 傷 以 外 で 422 人 の 高 齢 者
が亡くなっている。この中には、例えば、避難所でのトイレが足りず、高齢者にとって
頻繁に用を足しに行くことが難しいために、故意に水分を取らずにいたため、強いスト
レスと重なり脳梗塞や心筋梗塞を起こしたケースなどもある。こうしたケースは、災害
によるストレスや被災の二次的被害を防ぐための正しい知識を、高齢者に身近な支援者
となり得る人が持つことで防げる可能性がある。こうした災害時に必要な知識は様々あ
るが、災害時という得意な状況下で必要となる知識であるため、通常の心理的支援の教
育の中では触れられないことが多い。
また、これまで述べて来たように災害時の被災者に対するメンタルケアや被災者支援
は 、以 下 の よ う な 点 に お い て 、通 常 の 精 神 的 治 療 も し く は 通 常 の メ ン タ ル ケ ア と 異 な る 。
即ち、
・ 災 害 時 のメンタルケアは、被 災 者 を、被 災 前 の通 常 の心 理 状 態 に回 復 させること
を目 的 とする介 入 であること
・ 支 援 者 には、災 害 によって人 がショックを受 けた後 の心 理 的 反 応 や各 種 症 状 につ
いての知 識 や専 門 的 な医 療 機 関 へ紹 介 する必 要 性 の有 無 の見 極 めが必 要 であ
ること
・ 災 害 後 は、被 災 者 に対 する数 年 にわたる長 期 的 な心 理 的 援 助 の必 要 性 があるこ
と
・ 災 害 発 生 時 から、複 数 の機 関 ・支 援 者 が被 災 者 に関 わると同 時 に、数 ヶ月 の間 に
支 援 に関 わる機 関 ・支 援 者 や支 援 の内 容 が変 遷 していくこと。即 ち、行 政 や他 県
からの緊 急 支 援 が行 われるのは災 害 直 後 ~1ヶ月 間 がピークであり、その後 の支
援 者 の中 心 は、地 域 行 政 や地 元 ボランティアの活 動 へと移 行 していくため、被 災
者 へのメンタルケアは、専 門 家 のみでは成 立 せず、被 災 地 域 の地 域 住 民 による支
援 と理 解 も必 要 となること
・ 特 に、高 齢 者 ・障 がい者 の悩 みの内 容 は、被 災 後 の生 活 の変 化 と共 に変 遷 し、常
にPTSDや抑 うつ状 態 に陥 る危 険 性 をもはらんでいるため、半 年 ~1年 、それ以 上
の数 年 にわたる長 期 的 な支 援 が必 要 となること
である。このような違いがあるため、災害時のメンタルケアのあり方や、災害時の支
援者については、災害時に特化した教育と訓練が必要であると考える。災害発生時から、
ま ず 必 要 な の は 、被 災 者 で あ る 高 齢 者・障 が い 者 の そ ば に 必 ず 誰 か が い て 孤 立 さ せ な い こ
と 、正 し い 災 害 時 メ ン タ ル ケ ア の 知 識 を 持 ち 、支 援 で き る 人 が 高 齢 者・障 が い 者 の 身 近 な
地 域 の 中 に い る こ と な の で あ る 。ま た 、高 齢 者・障 が い 者 の 長 期 的 ケ ア の 必 要 性 を 念 頭 に
置いた、地域に根差したサポート体制作りと支援者の養成の必要があると考える。