“我が心の曲”江崎昌子 Chopin

江 崎 昌 子
ポーランドは今、ズウォタ イエシェニ(黄
ズだったのがうれしかったこと、初夏のまぶし
金の秋)と呼ばれるたいへん美しい季節を迎え
すぎるほどの青空の中で見た民族舞踊の生き生
ています。ワルシャワの街は豊かな自然に恵ま
きとしたリズム、明るい8月のさなか、小鳥や
れ、特に大木の落葉樹が見せてくれる季節の移
木々の風に吹かれる音を聴きながら、緑に囲ま
り変わりが私は大好きでした。春から夏にかけ
れて演奏したワジェンキ公園の野外コンサー
ては森のように緑が繁り、秋にはそれが一斉に
ト・・・・。
色づき太陽の光で黄金色になることから、黄金
しかし、私にとってズウォタ イエシェニは、
の秋と呼ばれています。やがて並木道が金色の
もっともショパンへのインスピレーションを与
落ち葉でしきつめられると、私の手をすっぽり
えてくれた特別な季節です。
と覆うほどの大きさの葉っぱを見つけては、分
毎年行われるポーランドの街アントニンのシ
厚いベートーヴェンのソナタの楽譜にはさんで
ョパンフェスティバルは秋のさなかにあり、シ
乾かし、紙のようになったらそれに直接手紙を
ョパンが静養していた湖畔のお城で各国から集
書いて、日本のお友達に 葉っぱの手紙 を送
まったピアニストがコンサートをします。リサ
ったりしていました。そしてまもなく長く厳し
イタルやオーケストラとの協奏曲が数日間にわ
い冬が訪れ、水墨画のように街は沈んでいきま
たって行われ、リサイタルはこの宮殿で、協奏
す。
曲は近隣の街のホールで行われます。私が出演
この街には極端なまでの季節感というものが
させて頂いたときは、オープニングの演奏会で、
あり、その中で私は季節にふさわしい幾つかの
4人のピアニストがそれぞれショパンのオーケ
音体験 をしました。例えば留学したはじめ
ストラ付作品を演奏しました。私が「クラコヴ
ての年の凍てつく冬の日、教会の中で歌われる
ィアク」作品14、ポーランドのベアタ・ビリン
神聖なクリスマスキャロルのほとんどが素朴な
スカさんが、「お手をどうぞ」による変奏曲
マズルカだったり、最後に歌ったのがポロネー
作品2、
「ポーランド民謡による幻想曲」をタ
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チアナ・シェヴァノワ先生、そして「アンダン
の演奏前の必需品」
、と言って手を温める道具
テ・スピアナートと華麗なる大ポロネーズ」作
をみんなに見せてくれました。舞台裏を明かす
品22をケヴィン・ケナーさんが演奏されまし
とこんな感じですが、自分の演奏が終わり、外
た。これらの作品は、どれも民族舞踊のリズム
に出て少し歩くと暗闇の中にお城が明かりを灯
が色濃く反映されていて、独特な香りに包まれ
したように浮かび、そこからかすかに聞こえて
た貴重な体験でした。
くるショパンに耳を傾けるのは、おとぎの世界
さらに忘れられない思い出は、この音楽祭で
そのものです。
の最後に、ピアニストが全員出演する ノクタ
この真夜中の ノクターン で弾いたマズル
ーン と呼ばれる夜のコンサートはひとつの名
カ作品63-3は、ちょうどズウォタ イエシェニの
物になっていて、夜の10時から約20数人のピア
季節で、この曲の持つ佇まいと重なり今でもそ
ニストが1、2曲ずつ演奏し、演奏の合間には
のときの空気を蘇らせる忘れられない曲です。
ショパンの手紙が読まれ、夜中の2時過ぎまで
恩師、ブコフスカ先生のもとでたくさんのマズ
続きます。舞台と扉1枚を隔てるだけの楽屋と
ルカを教えていただいたのですが、その中でも
は言えないような小さな場所には演奏が丸聞こ
作品63の第2番と第3番は、先生ご自身がショ
えで、たくさんのピアニストが自分の出番をそ
パンコンクールで弾かれたこともあり、レッス
こで待つのですが、緊張とやたらに眠い、変な
ンでは黙ってまず弾いてくださったのが印象的
感覚の中で修学旅行中のようにひそひそと楽し
です。ポーランドの詩人、ノルヴィトが ショ
く話している人もいれば、ほとんど眠っている
パンは野原に落とした農民の涙をダイヤモンド
人、夜中の1時過ぎに弾くのを待ちながら「僕
に変えた と述べているように、この曲の語り
はどうしてスケルツォの2番なんかにしてしま
かけるような旋律は心をしめつけられるように
ったのだろう・・・・」と嘆きながら大あくび
哀しくはかない美しさで、何度演奏してもその
をして待つピアニストもいました。また、ケヴ
都度 我が心の曲 となっていく作品です。
たたず
よみがえ
ィン・ケナーさんは、かばんからドライヤーと
肘まで覆う長いゴム手袋を出して、
「これは僕
(えざき・まさこ ピアニスト、洗足学園音大講師)
Mazurka
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