料理書からみた世界の豆料理の調理特性

話 題
料理書からみた世界の豆料理の調理特性
聖徳大学 人間栄養学科 調理学研究室
教授 吉 田 真 美
1.豆料理の研究を始めるまで
研究手段がなんとなく見えてきた。人種の
私は世界の豆料理について研究してい
るつぼであるアメリカ(USA)には世界
る。研究を始めるにあたって困ったことは、
中の国から多くの人々が移住しており、彼
研究の常套手段である先人の文献が見当た
らのために英語で書かれた各国の料理書が
らないことであった。豆類に関する、植物
売られているに違いない、と予想した。そ
学的、栄養学的または調理学的な研究は多
こで単身アメリカに買い物に行った。アメ
くなされ、文献もたくさんある。しかし、
リカのサンフランシスコや近郊地域の一般
狭い範囲を深く追求するこれらの研究に対
書店に毎日入り浸って料理書を捜したとこ
して、私が調べたかったことは、もっと広
ろ、嬉しいことに予想はあたり、世界の多
く、世界での豆料理の特徴についてであっ
くの国の料理書が書店に並んでいた。こう
た。
して研究のための文献として、大量の料理
そのため全く我流で研究方法を探ること
書を入手することができた。
にした。世界の人々がどのように調理して
それと同時に、実際に豆類の調理をする
豆類を食べているか、これは学術雑誌には
ことも想定して準備を始めた。日本で販売
ほとんど掲載されていない。そこで料理書
していない種類の豆類が多く、輸入業者に
を調べれば良いと思いついた。しかし、日
依頼して買おうにも購買可能な単位量が大
本語で書かれた世界の料理書は、フランス
きすぎて、余剰が多く出るし、値段も高く
やスペインなど特定の国のものが大半であ
つくことがわかった。そこでアメリカの
り、ほしい国のものは日本語では出版され
スーパーマーケットに行くと、多種類の
ていない場合が多かった。まして日本で販
乾燥豆が00g 程度の家庭用サイズの袋に
売されている英語で書かれた料理書はもっ
入って売られており、値段もとても安かっ
と少なかった。たとえ各国から取り寄せた
た。この時とばかりに多種類の豆類を買い
ところで、その国の言語を理解できないの
こんだのはよいが、とにかく重くて運ぶの
で有効利用できないことはわかっていた。
に閉口した。この時購入した豆類は現在も
なんとか読めるのは英語だけとなると、
私の研究室に保管されており、世界で食用
--
とされている主な豆類が揃っている。学生
表 1人当たりの供給食料(2002年)豆類
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に実物の教材として示したり、実際の豆料
理の試作に利用している。
豆類の缶詰もアメリカのスーパーで多種
類売られていたので、味付けを調べるため
に役立つと喜んで買い込んだが、これは失
敗だった。さらに重くて重くてついに持っ
て帰ることを諦め、ホテルのチェックアウ
ト時に部屋に並べて、メイドさんへ「どう
ぞお使い下さい。」というメモとともに置
いてきてしまった。
その後、数回の渡米や日本の書籍店、イ
ンターネットなどの利用などで、資料(料
味料、スパイスなどを調べ、地域ごとの豆
理書)や試料(豆類)を揃えて、私のゼミ
料理の特徴を調べた。
の学生と共に本格的な研究を始めた。
3.豆類の種類からみた世界の利用分布
2.調査地域
料理書から調べた利用頻度の高い豆類の
豆料理研究の調査対象地域として世界の
分布は、世界の地域により明らかな特徴が
18地域(または国)を選択した。選択基準
みられた(図)。人類の歴史の中で、人間
は、総務省統計局発表資料により、00年
の移動や国の興亡や国境線の変更があり、
度に「豆類」が1人当たり年間4kg 以上
豆類のみならず、食べ物全体が歴史の中で
供給されている国を調査することにして、
移動を繰り返して近隣に広がっていったと
料理書が入手可能な1カ国を選び、それに
考えられる。
日本、中国、朝鮮半島、フランスを加えて
東アジアの日本、中国、朝鮮半島では
18地域とした(表)。
大豆 (soybean) の使用が際立って多いが、
これらの地域の料理書70冊を調査対象資
その他の地域ではほとんど利用されていな
料とした。料理書の選定基準として、各地
かった。また、小豆の利用が多いのもこの
域の伝統的な料理が、料理の種類全体に
3地域だけの特徴であり、世界的にみれば、
渡って掲載されているものとした。
この3地域が利用する豆類の種類に関して
これらの料理書から豆使用料理を抜き出
特殊であった。
したところ、1000品を超える料理が見いだ
インドはアジアで最大量の豆消費国で
された。おのおののレシピについて地域名、
あり、利用される豆類の種類も多種多様
料理名、豆の種類、調理法、豆の形状、調
であった。東アジアの国々とは大きく異
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図 豆類の利用の世界分布
なり、緑豆(mung bean)の利用が最も
白色と緑色の仕上がりで、料理の視覚的な
多くみられる一方、ひよこ豆 (garbanzo、
美しさアップの役割も果していた。グリー
chickpea) やレンズ豆 (lentil) も多く利用
ンピースやさやいんげんは、野菜の性質を
され、この傾向は中東諸国と類似していた。
有する未熟豆に分類されるが、ヨーロッパ
ピーナッツの利用も多かったが、大豆の利
では野菜として扱われており、肉料理の付
用はみられなかった。
け合わせなどの野菜料理に多く使用されて
中東地域(イラン、イラク、ヨルダンな
いた。一方、ひよこ豆やレンズ豆の利用が
ど)を中心とした周辺のトルコ、エジプ
多い点では、中東に類似していた。
ト地域はひよこ豆、レンズ豆が食用豆の
アフリカは、北アフリカとそれ以外の地
中心を占めており、次いでそら豆 (broad
域ではだいぶ様子が異なっていた。北アフ
bean) が多かった。エジプトでは、レンズ
リカはエジプトや中東に似て、ひよこ豆や
豆よりそら豆とひよこ豆に比重が移ってい
レンズ豆の利用が多かったが、それ以外
た。
の地域ではピーナッツやささげ(黒目豆:
ヨーロッパは、全体的には白いんげん豆
black-eyed pea)が多くみられた。
(white bean、 イ タ リ ア で は cannellini
アメリカ大陸においては、北のメキシコ
bean)、グリーンピース (green peas)、さ
では黒いんげん豆(black bean)の利用
やいんげん (green bean) の利用が目立ち、
が多く、南のブラジルも黒豆や白いんげん
--
豆が多かった。
や厚揚げなどの関連製品に加工して利用す
世界全体としては、ひよこ豆、レンズ豆、
るためであった。
白いんげん豆、黒豆、大豆、グリーンピー
その他の地域は粒状で調理される場合が
ス、さやいんげん、ピーナッツが料理本に
多かった。ペースト状にする場合も10~
頻出する主な豆類であった。
0%程度みられたが、その内容を調べると、
加工するためではなく、潰してスープにす
4.豆類の加熱調理法
るとか、コロッケに調理する目的であった。
一部の例外を除いて、乾物の豆類はいず
れも軟らかくするために水浸漬と茹でる調
6. 豆料理の調味法
理操作を必要とする。その後の調理段階で、
豆料理がどのように味付けされているか
各地域がどのように豆類を加熱調理して仕
について調べた。
上げているかについて調べた。加熱法には、
東アジア3地域(日本、中国、朝鮮半島)
湿式加熱といわれる水を媒体として加熱す
とその他の地域との間に大きな調味法の差
る方法(茹でる、煮る、蒸す)と、乾式加
がみられた。すなわち、この3地域は、味
熱といわれる油を媒体とするかまたは媒体
付けには主に調味料を使っており、しょう
なしで加熱する方法(焼く、揚げる、炒め
油、砂糖、塩、みりん、みそ、だしなどの
る)がある。中国とタイでは「揚げる、炒
典型的な調味料が豆料理にも使用されてい
める」が最も多かったが、その他の地域で
た。スパイス(ハーブを含む)の使用はわ
はいずれも「煮る」ケースが最も多くみら
ずかであり、日本は特に少なくて、しょう
れた。カレー、シチュー、スープ、みそ汁、
がとこしょうがみられる程度であった。 煮豆などに仕上げていた。また、東アジア
その他の地域は、世界地図で、日本から
3地域(日本、中国、朝鮮半島)では「蒸
西回りで進むと、タイでは1品の豆料理に
す」加熱法も多くみられた。
使用される調味料数とスパイス数が約半々
となり、タイより西側の国々、さらに大西
5. 豆類の使用形状
洋を越えたアメリカ大陸に至るまで、すべ
食卓に出される時の、豆類の形状につい
てスパイスでの味付けが中心であり、調味
て調べるため、粒状、粗挽き状、ペースト
料の使用は少なかった。中でも最多のスパ
状の3通りのいずれかと、どこにも属さな
イス使用国はインドであり、スパイス大国
いもやしの4つに分類した。
の様相であった。インド以外の地域でもい
東アジア3地域(日本、中国、朝鮮半島)
ずれも3種類程度のスパイスが使用されて
は、豆類をペースト状にして食べるケース
おり、世界的には、にんにく、こしょう、
が粒状よりも多かった。これらの地域は大
唐辛子が最も多く使用されていた。一方、
豆の利用頻度が最も多いため、大豆を豆腐
調味料の使用は少なく、塩のみ、あるいは
--
塩とレモン汁またはスープストックの組み
れてきた。
合わせ程度であった。砂糖の使用がほとん
一方、大豆以外の、インゲン属やヒヨコ
どなく、日本のように砂糖を入れて甘い煮
マメ属などに代表される大半の豆類には、
豆に調理する例は全く見られなかった。砂
たんぱく質(約0%)とわずかな脂質(約
糖が使用されるのは、豆類のでんぷんを利
2%)が含有されているのに対して、炭水
用した菓子(ケーキ)調理の場合であった。
化物は約0%も含まれており、食物繊維を
引いても約0%のでんぷんを含む。
7. 考察
牧畜により肉類や乳製品を得て、これを
世界の豆料理からみると、私たち日本を
食料としている民族にとって、豆類はたん
含めた東アジアの国では、豆類の食べ方が
ぱく源としての大きな意味はなく、それよ
世界とは異質であった。食文化は歴史、気
りも炭水化物源である必要があったと推定
候、土壌、地理、宗教、民族など様々な要
される。そのため、その用途に適し、さら
因が絡み合って、長い年月の中で形成され
にその土地の風土に合致した種類の豆類
てきた。豆食文化もその一つであろう。
が、歴史の中で選択されてきたのであろう。
日本で、大豆がどの豆類よりも群を抜い
肉類の調理においては、冷凍設備のない
て多く食べられているのは、含有する栄養
時代には、その臭みや腐りやすさが大きな
素が最も大きな理由の一つあろう。大豆の
問題であったと思われる。そこで、消臭作
たんぱく質(%)と脂質(19%)の成分
用、賦香作用、辛味作用、抗菌作用を有す
の割合は、他の豆類と比較してとても大き
るスパイスが切実に求められた。そのため、
い。その一方で、炭水化物も8%含まれて
肉調理において、おいしさ向上にもつなが
いるが、その大半は消化されない食物繊維
るスパイス使用が普遍的に発達し、それが
であり、でんぷんはほとんど含まれていな
豆料理を含む他の料理にも及んだと推定さ
い。でんぷんの多い米を主食とする日本人
れる。
にとって、大豆は大切なたんぱく質源であ
長い人類の歴史の中で、豆料理が世界各
り、肉類や魚介類と同じ役割やその代用を
地で創られ、現代まで伝わってきたことに
果たしてきた。同時に大豆の発酵により
は、大きな意義と必然性があったと考えら
しょうゆや味噌を得て、これらの調味料を
れる。
使用して、豆料理を含む日本料理が調味さ
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