日本人は自信を取り戻したか?(その 1)-賃上げは人への投資

2015 年 3 月 19 日
第 28 号
日本人は自信を取り戻したか?(その 1)-賃上げは人への投資
大和住銀投信投資顧問
部長
経済調査部
門司 総一郎
以前当コラムで紹介しましたが、2013 年 6 月に発表された「日本再興戦略-Japan is Back」は、
「失
われた 20 年」の本質を「経済的なロスよりも、企業経営者が、そして国民個人もかつての自信を失い、
将来への希望を持てなくなっていることの方がはるかに深刻」と捉え、成長戦略の役割を「企業経営
者の、そして国民一人ひとりの自信を回復し、
『期待』を『行動』へと変えていくこと」と定義してい
ます。
それから 1 年 9 ヵ月が経過しましたが、日本人は実際に自信を取り戻し、期待を行動に変えつつあ
るようです。今回と次回の「市場のここに注目!」は、賃上げや M&A を手がかりに、日本人が自信を
取り戻したかどうか考えてみますが、今回は賃上げについてです。
3 月 18 日は春闘における企業側の一斉回答日でしたが、過去最高のベースアップ(ベア)や一時金の
満額回答など明るい話が並びました。経団連によれば昨年の大手企業の賃上げ率は 2.28%。これが今年
の賃上げの最低ラインといわれましたが、かなり上回る結果が期待できそうです。榊原定征経団連会
長も「集中回答をみる限り・・ベアと定期昇給をあわせて 3%近い数字になるだろう」(日経、3 月 19
日)とコメントしています。
主要企業の労使交渉妥結状況( 見込みを含む )
企業名
ベア(今回)
ベア(前回) 備考
トヨタ
4000円
2700円 定昇+ベアでは1.13万円(3.2%)
日産
5000円
3500円 定昇+ベアでは1.10万円
電機大手6社
3000円
2000円
味の素
2000円
あり 定昇+ベアでは9824円(3.0%)
大成建設
7900円
7700円 定昇+ベア+制度改革では4.2%
すかいらーく
4300円
あり 定昇+ベアでは1.05万円
三越伊勢丹
1000円
なし ベアは11年の統合以来初めて
日本航空
2000円
なし ベアは14年ぶり
三菱東京UFJ銀行
2.0%
0.5%
東京海上日動火災保険
2.0%
なし ベアは20年ぶり
出所:日本経済新聞、読売新聞より大和住銀投信投資顧問作成、%表示の数字はアップ率
今年の春闘の最大の注目点は昨年 16 年ぶりに復活したベアがどうなるかでした。当初経営者側は 2
年連続のベアに慎重でしたが、ふたを開けると自動車や電機などで過去最高のベアが続出。昨年見送
った空運や損保などの企業にもベアが広まりました。
特に目立ったのは人手不足が深刻な建設と外食です。
建設では大成建設の他、
大林組が 5500 円(1.2%)、
本資料は投資判断の参考となる情報提供を目的としたもので、当社が信頼できると判断した情報源からの情報に基づき作成したもので
す。情報の正確性、完全性を保証するものではありません。本資料に記載された意見、予測等は、資料作成時点における当社の判断に
基づくもので、今後予告なしに変更されることがあります。投資に関する最終決定は、投資家ご自身の判断で行うようお願い申し上げ
ます。
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市場のここに注目!
2015 年 3 月 19 日
前田建設が 5000 円(1.3%)のベアを発表しました。また外食ではすかいらーくに加えて、コロワイドが
4320 円、元気寿司が 5000 円のベアを実施する見込みです。「すき家」を運営するゼンショーホールデ
ィングスは今期赤字の見通しですが、それでも 2000 円のベアを発表しました。
一方、賃上げに慎重なのは消費増税の影響で今期苦戦を余儀なくされた小売です。イトーヨーカ堂
やイオンリテールでは労使の隔たりが大きく交渉が続いており、昨年ベアを実施したファミリーマー
トは今年は見送りを決めています。
恩恵は非正規社員にも及びそうです。春闘全体に大きな影響を及ぼすトヨタの交渉では、非正規社
員の日給の引き上げ幅が過去最高の 300 円(月額 6000 円相当)に決まりました。また主要企業の経営者
を対象にした日経のアンケートでは、49.2%が「非正規社員の賃金を改善する」と回答しています。
中小企業の交渉はこれからですが、こちらについても「大企業の賃上げの波及効果は大きいはずだ」
(三村明夫日本商工会議所会頭、日経、3 月 19 日)、
「非正規労働者の賃上げ回答もあり、格差是正の環
境整備ができた」(古賀伸明連合会長、同)など明るい見方が出ています。
当初経営者側が慎重だったにもかかわらず、盛りだくさんな結果になった理由はいろいろあります。
安倍晋三首相の働きかけは大きかったと思いますし、企業側には「賃上げを惜しんだ場合、昨年のよ
うに景気が低迷すれば戦犯扱いされかねない」との懸念もあったと思います。また上場企業は最近株
主還元を拡充していますが、「従業員にも還元しよう」というノリもあったでしょう。
これら以上に重要と思われるのが、ビジネス環境に対する経営者の認識の変化です。昨年復活する
までベアがなかったのは、いったん賃金を引き上げてしまうと業績が悪くなっても簡単に引き下げる
ことができないためです。業績が伸び悩んだ過去 20 年はこれが普通の発想でした。
しかし足元の企業業績は 2012 年度から 3 年連続増益、2015 年度も増益の見通しです。こうした状況
では、業績の下振れを前提として物事を考える必要は薄らぎます。
また過去 20 年間は労働市場の需給が緩んでおり、容易に人を採用できました。しかし、景気の回復
と団塊世代の労働市場からの退出により、足元は空前の人手不足、人員不足が事業拡大(あるいは現状
維持)のボトルネックになりかねない状況です。こうした環境の変化を認識することにより、企業は高
めの賃上げを認めざるを得なくなりました。
就職活動の本格解禁が 3 月 1 日に 3 ヵ月後ずれしたことも影響したと思われます。就職活動と春闘
の時期が重なったため、賃上げ交渉での企業の態度がそのまま就職市場における企業の人気・不人気
につながりかねなくなりました。2 月 27 日に大成建設は、組合の要求を待たず会社側から高水準の賃
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基づくもので、今後予告なしに変更されることがあります。投資に関する最終決定は、投資家ご自身の判断で行うようお願い申し上げ
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市場のここに注目!
2015 年 3 月 19 日
上げを提案しましたが、その裏にはこうした「先ず隗より始めよ」的発想があったのではないかと思
います。この就職活動と春闘の時期が重なったことも、組合に有利に働いたと見ています。
本来、業績や労働市場の需給の観点からすれば、賃金はもっと早く上がるべきだったのでしょうが、
労使とも失われた 20 年の発想にとらわれていたために、そうならなかったのだと思います。しかし、
昨年の春闘に政府が介入することによりこの発想に穴が開き、今年組合が高めの賃上げを要求してそ
れが受け入れられたことにより、今度はその発想に亀裂が走ったような状況です。
過去 20 年の発想を壊すことにより、企業経営者や従業員の考え方は大きく変わりました。経営者は
企業を取り巻くビジネス環境に自信を持ち、守りの経営から攻めの経営に転じます。また従業員は低
賃金に甘んじなくてもよいことに自信を持ち、今後も高めの賃上げを要求することになるでしょう。
このように、今回の賃上げは日本人が自信を取り戻しつつあることを示す好例でしょう。
より前向きな発想も出ています。積水ハウスの和田勇会長兼 CEO は「好業績のため積極的に人材に
投資し従業員に還元したい」(日経、3 月 19 日)とコメントしていますが、人にお金を投資することに
より、事業を拡大するとの発想です。賃金を利益の配分と見なすだけでなく、設備投資や M&A などと
同様に将来の成長のドライバーと位置付けるものです。
株式市場の賃上げに対する見方も変わりました。当初は「賃上げで消費拡大」のシナリオから消費
関連銘柄が物色されましたが、途中からは賃上げを発表した企業そのものが買われるようになりまし
た。これは投資家の発想が「大幅な賃上げは事業の先行きに対する企業の自信を示すもの」に転じた
ためです。
「人件費が増えて利益が減る」との懸念もありますが、余り広がっていません。投資家の発
想も守り(コスト削減)よりも攻め(成長)を重視するものに変わりつつあるようです。
このように今回の春闘における予想以上の賃上げは日本人の自信回復を示す 1 つの例と考えていま
す。次回は M&A を取り上げます。
以上
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す。情報の正確性、完全性を保証するものではありません。本資料に記載された意見、予測等は、資料作成時点における当社の判断に
基づくもので、今後予告なしに変更されることがあります。投資に関する最終決定は、投資家ご自身の判断で行うようお願い申し上げ
ます。
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