ミクロ経済学 5: 選好と合理性

Ken URAI, Osaka University
November 18, 2013
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■ミ ク ロ 経済学■ 5 : 選好と 合理性
* 教科書 浦井・ 吉町 (2012) 第 2 章 個人の選択と 社会の状態 p.93 ∼ p.110
いわば倫理学的な「 手段・ 目的」 から 、 社会科学に おけ る 「 原因・ 結果」 への問題の組み換え は、 選択の自
由を 与え ら れた個人の合理的な 行動と し て 可能にな る よ う な 、 各人の世界観( 背景) と と も に与え ら れる と き 、
ウ ェ ーバー的に 言う 客観的な 認識と な る 。 社会科学と し て の経済学理論は、 そ う し た 一つの客観的説明( 唯一
ではな いかも し れな いが) を 与え る こ と と 言え る 。
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ミ ク ロ 経済学理論で想定さ れる 個人主体はし ばし ば「 経
済人」 と 呼ばれる こ と があ る 。 こ れは前章でも 触れた 人間知性の問題と 関連し て 言え ば、 議論の出発点と し て
必要不可欠に 想定さ れて いる 主体の合理性が、 何ら かの意味で限定さ れた 特殊な も のである( そ う いう も ので
し かあ り え な い) と いう こ と を 特に 強調し て 注意を 促すた めであ る 。
【 1 】 選好: おそ ら く 最も 一般的に 考慮する 場合でも な お避け ら れな い枠組から 述べる こ と に する 。 我々 は個
人主体の行動を 、 あ る 選択問題と し て 取り 扱う が、 ま ずほと んど の設定に おいて 、 選択肢の全体が集合と し て
与え ら れて おり 、 そ の集合上に 2 項関係と し て の選好が与え ら れる 。
● こ れは通常の場合制限的と いう 意識すら な さ れな いこ と が多いが、 実際にはすでにその段階で集合概念( 公理的集合論) に依存する
こ と ( 特に選択肢の全体が明確に見渡せる こ と )、 集合上の関係と いう こ と から「 選好が明瞭な数学的対象物である 」 と いう こ と ( 曖昧さ が
無いと いう こ と )、 特に 2 項の関係と いう こ と から「 他者の選好に依存し ない独立し た選好である こ と 」、 な ど が暗黙的に 仮定さ れて いる 。
● 集合と いう のは「 そこ に入る か入ら ないかが明確に述べら れたも のの集ま り 」 と し ておく 。( 本当はそれでは不十分 — 例えば {x|x ∈
/ x}
な ど は集合と 呼べな い「 ラ ッ セルのパラ ド ッ ク ス」 問題 — な ので、 今日の数学は公理的集合論と いう も のに立脚し て いる 。 以後、 数学的
内容に ついて 詳細が必要であ れば 神谷・ 浦井 (1996) な ど を 見よ 。)
● 2 項関係と いう のは、 ある 集合の上で、 その2 つの要素に対し て 述べら れた 明確な 性質のこ と であっ て 、 2 つの間にそれが成り 立つ
か成り 立た な いか、 いずれかがはっ き り し て いる 。
更に 選好に 対し て は、 通常反射性、 推移性が仮定さ れる 。 数学ではこ の2 つを 満た すも のを 「 前順序 (pre-
ordering)」 と 言う 。 更に こ れに 完備性を 加え て 、 以上の3 つを 満た すも のが「 合理的選好」 と 呼ばれる 。 こ
れが経済学( あ る いはゲーム 論他社会科学的な 個人の設定) に おけ る 最も 標準的な 個人( 選択主体) の設定で
ある 。
● 数学的内容: 一般に 、 集合 X 上の2 項関係 - が与え ら れて いる と き 、 そ の2 項関係が以下の2 つの条件を 満た すな ら ば、 そ れを
X 上の前順序 (preordering) と 呼ぶ。
・ [反射性 (reflexivity): ] X の任意の要素 x に ついて x - x が成り 立つ。
・ [推移性 (transitivity): ] X 上の任意の3 要素 x, y, z に 関し て 、 x - y かつ y - z な ら ば必ず x - z が成り 立つ。
● 数学的内容: 一般に 、 集合 X 上の2 項関係 - が以下の条件を 満た すな ら ば、 そ の2 項関係は完備 (complete) であ る と 言わ
れる 。
・ [完備性 (completeness): ] X 上の任意の2 要素 x, y に 対し て 、 必ず x - y も し く は y - x のいずれか少な く と も 一方が成立
する 。
※ 前順序であ っ て 完備でな い例: R2 に おけ る ベク ト ルの大小関係な ど 。
※ 推移性は自然な 仮定と 言え る か: 反射性はと も かく と し て 、 推移性は我々 の選好を 記述する 場合に十分自
然な 条件と 言え る だろ う か。( 例え ば、 ごく わずかであ れば少な く て も 気に し な いと いう よ う な 人間特性。)
上述し た 合理的な 選好 - は、 概念と し て は「 よ り 以上に好ま し い」 を 表現する X 上の2 項関係であ る が、
こ れが与え ら れて いる と き 、「 無差別である 」 と いう こ と を 表現する ( 同じ く X 上の2 項関係) ∼ を 「 x ∼ y
⇐⇒ (x - y and y - x) 」 と 定義し 、 ま た「 よ り 好ま し い」 と いう こ と を 表現する ≺ を 「 x ≺ y ⇐⇒ (x - y and
not(y - x))」 と 定義する 。 こ のと き 任意の x, y ∈ X に ついて x ∼ y, x ≺ y, y ≺ x のいずれか一つ( 一つの
み) が成立する こ と が分かる ( 三分法の成立: 確認せよ )。
12 そ も そ も 客観的な 因果関係と いう のは、 自然科学に 置いて も 完全な 意味で成り 立っ て いる わけ ではな いと いう 考え 方があ る ( いわゆ
る ヒ ュ ーム 的懐疑)。
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※ 上では「 よ り 以上に好ま し い」 と いう 概念を 表現する つも り で - と いう 記号を 用いて 主体の合理的選好を 記述し た後、 ∼ およ び ≺
を そこ から 導出する と いう 議論を 行っ たが、 逆に「 よ り 好ま し い」 を 表現する ≺ と 「 同程度に」 好ま し い」 を 表現する ∼ から 出発し て 、
それら の推移性や反射性およ び完備性( 三分法) に相当する 概念を 適宜想定し 、 それら を 用いて 完備な - を 定義する と いう 論法も 可能で
あ る 。 両方式は( 例え ば完備性や三分法を 横に 置いて 話を し た 場合な ど は) 必ずし も 同じ に な ら な いが、 話を 「 合理的選好」 の定義に 限
る な ら ば同じ 話( ど ち ら から ど ち ら を 定めて も 同じ こ と ) に な る 。
※ 選好の合理性 … 選好は個人が信念を 持っ て そ の行為を 決定する た めの土台と な る も のであり 、 経済学理論的に は出発点に 相当する
も のである 。 し かし な がら 、 我々 がその議論を 主と し て 合理的な 選好に限定し て 行う 背後には、 純粋に経験的( 実証的) と いう よ り も 、 む
し ろ 議論そのも のが成立する ための必要性と いう 側面が大き い。( こ れは必ずし も 否定的な 意味ではな く 、 社会科学にと っ て 、 先の Weber
的な 意味から 不可避的な も のと 言う べき である 。) 例え ば ≺ が推移性を 満たさ な いと いっ た状況 x ≺ y, y ≺ z, z ≺ x は、 選択肢 {x, y, z}
の下での行為の決定を 不可能に する であ ろ う 。 例え ば、 そ う いう 主体は「 x よ り も y 」 , 「 y よ り も z 」 ,「 z よ り も x」 と いう 持ち 替え の
提案に 対し て 、 無限に 代価を 支払い続け る 可能性すら ある 。( 世界観と し て 成り 立た な い、 あ る いはそ う し た 合理的でな い主体はすぐ に 自
然淘汰さ れる 、 社会を と ら え る に あ た っ て の焦点た り え な い、 と いう こ と であ る 。 13 )
【 2 】 効用関数表現 (Utility Representation) が可能な 選好は、 合理的選好であ る 。
効用関数 (utility function) と は、 選択肢の集合 X 上で定義さ れ、 実数の集合 R 上に 値を と る 関数であ り 、 各選択肢に 対する 主
体の満足・ 喜びの度合いを 数値で表現する こ と ができ る と いう 想定の下で使用さ れる 関数であ る 。 効用関数 u : X → R に を 用いて 、 X
上の2 項関係 - を (x - y) ⇐⇒ (u(x) ≦ u(y)) と 定義する と 、 - は明ら かに「 反射性」「 推移性」 およ び「 完備性」 を 満た す( 問題1 参
照)。 こ のと き - を 効用関数 u から 導かれる 選好、 あ る いは、 u を - の効用関数表現、 と 呼ぶ。
( 証明) 効用関数 u : X → R から 導かれる 2 項関係 - が、 反射性、 推移性、 完備性を そ れぞれ満た すこ と を 言え ば良い。
( i) 反射性に ついて : 任意の選択肢 x ∈ X に ついて 、 関数 u に よ る 値 u(x) は当然 u(x) = u(x) を 満た すので、 u(x) ≦ u(x) すな
わち - の定義に よ っ て x - x つま り 反射性が成り 立つ。
( ii) 推移性に ついて: 任意に 選択肢 x, y, z ∈ X を と る 。 今 x - y かつ y - z が成り 立っ て いる も のと 仮定する 。 こ のと き 、 - の定
義によ っ て u(x) ≦ u(y) かつ u(y) ≦ u(z) が成り 立っ て いる 。 実数上の ≦( 大小) 関係は明ら かに推移性を 満たすので、 u(x) ≦ u(z) が
成り 立つ。 よ っ て 再び - の定義に よ っ て 、 x - z が成り 立っ て いる こ と が言え る 。 つま り - は推移性の条件を 満た す。
( iii) 完備性に ついて: 任意に 選択肢 x, y ∈ X を と る 。 関数 u に よ る 値 u(x) と u(x) に ついて は、 実数上の ≦( 大小) 関係が明ら
かに 完備性の条件を 満た すこ と から 、 u(x) ≦ u(y) も し く は u(y) ≦ u(x) の少な く と も いずれか一方が必ず成り 立つ。 よ っ て - の定義
に よ り 、 x - y も し く は y - x の少な く と も いずれか一方が必ず成り 立つ。 つま り - は完備性の条件を 満た す。 ( 証明終)
こ の主張の逆、 すな わち 「 選好が合理的である なら ばそ れは効用関数表現を 持つ」 は、 必ずし も 正し く な い。
選好の合理性に加え て 「 選好の連続性( x 以上に好ま し い集合と x 以下に好ま し い集合がと も に境界を 含んで
いる )」 と いっ た こ と を 仮定する 必要があ る( c.f. Debreu (1959))。 こ の仮定を 満た さ な い例と し て 、 辞書式
順序 Lexicographic ordering に 基づく 選好が挙げら れる 。
【 補論1 】 X を 選択肢の集合と し 、 - を X 上の合理的な 選好( 反射性、 推移性、 完全性を 満た す2 項関係) であ る と する 。 X が有
限集合 X = {x1 , . . . , xn } であ る と き や、 可算集合( 可付番集合 countable set) であ る と き - は効用関数で表現可能であ る が、 X が
非可算集合の場合に は反例があ る 。
( 反例) X = [0, 1] × [0, 1] = {(x, y)| 0 ≦ x ≦ 1, 0 ≦ y ≦ 1} ⊂ R2 と する 。( 実数区間 [0, 1] は可算集合ではな いこ と に 注意せよ 。)
- を X 上の Lexicographic ordering と し て 次のよ う に 定義する : (x1 , y1 ) -(x2 , y2 ) ⇐⇒ (x1 < x2 ) or ((x1 = x2 ) and (y1 ≦ y2 )).
( つま り 、 ま ず x 座標に 関し て 大小を 比較し 、 x 座標が同じ であ ればはじ めて y 座標に ついて 大小を 比較する と いう こ と 。) こ のと き 、
X 上の関係 - は反射性、 推移性、 およ び完備性の条件を 満た すが、 効用関数に よ る 表現が不可能であ る 。
( 証明) u : X → R を - の効用関数表現であ る と する 。 任意の x ∈ [0, 1] に 対し て 、 ux = u(x, 0) およ び ux = u(x, 1) と いう 2
つの実数を 考え る と ux < ux であ る ので、 そ の間に 入り 込む有理数 q(x) を ux < q(x) < ux な る よ う に と る こ と ができ る 。 定義よ り
x < x′ であ れば q(x) < q(x′ ) であ る ので、 x に 対し て 決ま る q(x) を 関数と みな せば、 こ れは実数区間 [0, 1] から 有理数全体の集合 Q
の中への1 対1 写像と な る 。 こ れは実数区間が非可算集合である こ と に矛盾する 。( 実数区間 [0, 1] が非可算集合であ る こ と に ついて: 対
角線論法 diagonal argument )( 証明終了)
Lexicographic ordering に 基づく 選好は、 果た し て 我々 の現実に おいて 稀な 例外と 言え る だろ う か。 我々 は
「 議論し やすいこ と だけ を 議論し て いる ( マ ルク ス )」 のではな いだろ う か。( 社会科学に おいて は、 そ れがま
た 現実を 構成し て いる と 言え る と こ ろ に 、 そ の特徴があ っ た り も する のだが。)
【 補論2 】 例え ばレ ス ト ラ ン で食事を する と いう 場合に おいて 、 そ れは単な る 『 食物』 の提供( 簡単に 味に 対し て 評価さ れた 数値と し
よ う ) であ る のみな ら ず、 接客サービス( 感じ のいい受け 答え な ど への点数と する )、 場と し て の雰囲気( 部屋、 建物、 環境等へのやはり
点数と し よ う ) な ど の複合的な 財・ サービス と し て 、 我々 はそ れを 消費し て いる 。 さ て 、 そ のよ う な 場合、 た と え ば:
『 自分はレ ス ト ラ ン を 選択する に あたっ て は( 各サービス に 大雑把に上中下く ら いの許容範囲を 定めて おき 、 そ の範囲内に
おいて ) ま ずは「 味」 を 重視、 そ の次に 「 雰囲気」 を 重視、 続いて 「 接客態度」 を 重視する 』
と いっ た 形で把握する こ と は無いだろ う か。 否、 むし ろ そ う いっ た 選好の持ち 方の方が、 普通な のではな いだろ う か。
13 ダッ チブ ッ ク ( 汚い賭け 帳) 議論: 非合理的な 概念枠組は自然淘汰さ れる と いう 意味で、 人間に と っ て 一種、 合理性が欠く べから ざ
る 性質であ る と する よ う な 論調を し ばし ばダッ チブッ ク 議論と 呼ぶ。 そ も そ も は、 自ら の行為決定を 行う 場合の主観的確率が、 客観的な
確率同様の公理を 満た すべき 根拠と し て な さ れた 議論( F. ラ ム ジー c.f. Ramsey (1931)) であ る 。 た だし こ こ で、「 合理的な 概念枠組を
持た な い」 と いう こ と と 「 非合理的な 概念枠組を 持つ」 と いう こ と の間に 、 微妙な 論理飛躍があ る こ と に 注意。
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( ま と め)
・ 選択肢の集合と 二項関係
・ 合理的選好と は何か( 完備性を 満た さ な い例)
・ 効用関数表現から 合理的選好へ
・ 合理的選好から 効用関数表現へ( 辞書的順序・ 選好の連続性)
・ 合理的選好と 三分法・ 推移性は制限的でな いか・ ダッ チブッ ク 定理・ 辞書式選好は例外的か
以下は内容的に 上級ミ ク ロ の範囲な ので試験に は出さ な い
【 3 】 個人におけ る 選択と 選好( 選択対応の合理化と 顕示選好)
選択集合 X において( その背後の選好や効用を 考え る こ と なし に) そのと ある( 空でない) 部分集合 A ⊂ X
に対し A の中での選択点候補( 複数でも よ い) の空でな い集合 C(A) ⊂ A を 定める よ う な し く みが存在し て い
る と し よ う 。( すべて の A ⊂ X に 対し て C(A) が定ま っ て いな く て も 良い。 C(A) が定義さ れて いる よ う な 部
分集合 A ⊂ X の全体を D と 表すな ら ば、 C を C : D → X と 見て 定義域が D で X に値を と る 1 対多の『 対
応』 と 見る こ と も でき る 。 ) 以下、 こ のよ う な C を 選択集合 X 上の選択対応 (Choice Correspondence)
と 呼ぶ。 ある 選択対応が合理化可能である と は、 X 上のと ある 合理的な 選好 - が存在し て 、 x ∈ C(A) と いう
こ と と 、 x ∈ A に 対し て 任意の y ∈ A が y - x を 満た す( x は A におけ る --最大元) と いう こ と が( A に
対し て C(A) が定義さ れて いる 限り ) 同じ であ る と いう こ と を 指す。( ※ 最大元と 極大元)。
※ 選択対応が合理化可能であ る こ と を 保証する 条件と し て 顕示選好の弱公理と いう のが知ら れて いる 。 選
択集合 X 上で定義さ れた 選択対応 C : D → X が顕示選好の弱公理( Weak Axiom of Revealed Preference)
を 満たすと は、 以下の条件が成り 立つこ と である 。( Choice Function のよ り 多く の議論について は Mas-Colell
et al. (1995), Rubinstein (2006) な ど を 参照せよ 。)
( Weak Axiom of Revealed Preference) 任意の x, y ∈ X およ び A, B ∈ D について、 {x, y} ⊂ A∩B
かつ x ∈ C(A) かつ y ∈ C(B) であ る な ら ば、 必然的に x ∈ C(B) が成り 立つ。
【 4 】 社会選択 Social Choice ( 1 ) コ ン ド ルセパラ ド ッ ク ス
選択肢の集合 X と いう のが、 社会全体に と っ て の( 例え ば互いに 異な る 政策目標であ る と か、 優先順位を
与え る べき 公共事業の計画であ る と か) 一般に 相異な る 資源配分状態を 導く よ う な 相異な る 公的な 選択の問題
であ る と 考え て みよ う 。 こ のと き 、 そ の社会を 構成する 個々 の主体の( X 上の) 様々 な選好( 複数) の在り 方
に 対し て 、 そ れら 様々 な 選好を いわば代表する も のと し て の社会全体の選好を ど のよ う に構築すべき か、 と い
う 問題が考え ら れる 。 こ れが社会選択の問題であ る 。
こ の問題に 対し て は、 ま ず最初に「 ア ロ ーの一般可能性定理( 不可能性定理) 」 と いう 非常に 重要な 否定的
結論が存在する ( 詳細は後述)。 社会を 構成する 個々 の主体に 合理的選好があ る と し て も 、 そ れら を 合成し て
社会全体の合理的選好に する と いう こ と の難し さ は、 以下に 述べる コ ン ド ルセパラ ド ッ ク ス と 呼ばれる 状況の
中に 、 き わめて 端的に 示さ れて いる 。
★( コ ン ド ルセパラ ド ッ ク ス ): X を {A, B, C} と し て 、 主体1 、 主体2 、 主体3 が社会を 構成し て いる と する 。 各主体の選好がそ れ
ぞれ以下のよ う であ っ た と する :
主体1 — A ≺1 B ≺1 C
主体2 — B ≺2 C ≺2 A
主体3 — C ≺3 A ≺3 B
こ のと き 、 多数決原理でも っ て 社会全体の合理的選好を 導出する 、 き わめて 不公平な 投票順序の決定権が存在し て し ま う 。
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こ の逆理は「 き わめて 自然な 要請から 社会的な 選好に循環が生じ 得る 」 と いう 事実を 物語っ て おり 、 し たがっ て「 非循環的な 決定」 ある
いは「 合理的な 社会的選好」 を 頭から 要求する こ と の数学的な 危う さ( 不可能性の存在) を 容易に 我々 に 予想さ せる と こ ろ のも のであ る 。
X を 選択肢の集合と し 、 2 人以上の主体 i = 1, 2, . . . , n がそ れぞれこ の選択集合上の選好を 持つも のと す
る ( ど のよ う な 選好であ る かと いう こ と に ついて と り あ え ずは固定し な い) と き 、 こ の社会を 構成する n 人
の選好のあ り 方 (-1 , . . . , -n ) に 対し て 、 社会の選好 - を 決める 一般的な 方法 F ( こ れを n 個並んだ個々 人の
選好のあ り 方から 、 一個の社会の選好を 決める 関数と と ら え て ) を 社会的選好集計関数 (Social Preference
Aggregator) と 呼ぶ。( こ れは社会が何を 選ぶかと いう こ と ではな く 、 そ れ以前に 、 異な る 意見の在り 方を 社
会的に ど う 集計化する か、 と いう こ と そ れ自体に ついて のルールであ る 。 同様に 、 n 個並んだ選好から 社会的
な 選択 x ∈ X を 1 つ決める 関数を 、 社会選択関数 (Social Choice Function) と 呼ぶ。) ア ロ ーの一般可能
性定理は、 こ の社会的選好集計関数が合理的であ っ て 、 し かも X が3 個以上の選択肢を 持つ場合に は
( 1 ) 全て の主体に 関し て 全て の合理的選好の可能性を 考慮し た も のであ る こ と ( Universal Domain)。
( 2 ) 全員が A よ り も B が好ま し いと 表明し て いる と き に は、 社会的に も A よ り B が好ま し いと いう こ
と を 満た すこ と ( パレ ート 性)。
( 3 ) 2 つの選択対象への社会的選好の在り 方はその2 つの対象に 対し て 各人のつけ る「 選好の成立不成立
のあ り 方のみ」 から 決ま る ( Independence of Irrelevant Alternatives)。
と いう ( かな り 望ま し い) 条件を 満た す限り に おいて 、 そ こ に 必然的に 独裁者が存在し な け ればな ら な いこ と
( 次の条件) を 主張する 。
( 4 ) ある 主体 i が存在し て 、 任意の2 つの選択対象 x, y ∈ X と 社会的選好 - = F (-1 , . . . , -i , . . . , -n ) に
関し て 、 主体 i の選好状況が x -i y であ る 限り ( 他の主体の選好状況がど う であ ろ う と も ) 必ず x - y が成り
立つ( 独裁者の存在)。
REFERENCES
Debreu, G. (1959): Theory of Value. Yale University Press, New Haven, CT.
神谷 和也・ 浦井 憲 (1996): 『 経済学のた めの数学入門』 東京大学出版会, Tokyo.
Mas-Colell, A., Whinston, M. D., and Green, J. R. (1995): Microeconomic Theory. Oxford University Press,
New York.
Ramsey, F. P. (1931): “Truth and Probability,” in The Foundations of Mathematics and Other Logical
Essays, (B., B. R. ed) , pp. 156–198. Colledted in F. P. Ramsey: Philosophical Papers, edited by D.
H. Mellor, Cambridge University Press, 1990. 日本語訳:『 ラ ム ジー哲学論文集』 D.H. メ ラ ー編( 伊藤・
橋本訳) , 1996, 勁草書房, Tokyo.
Rubinstein, A. (2006): Lecture Notes in Microeconomic Theory: The Economic Agent. Princeton University
Press, Princeton and Oxford.
浦井 憲・ 吉町昭彦 (2012): 『 ミ ク ロ 経済学 — 静学的一般均衡理論から の出発』 ミ ネ ルヴ ァ 書房, Kyoto.