2. 人文科学研究所共同研究報告 2-1 価値と規範についての哲学的研究 ― 個人と共 同体の関係を中心として ●代表者 飯田 隆(哲学科・教授) ●分担者 永井 均(哲学科・教授) 小林紀由(哲学科・教授) 高橋陽一郎(哲学科・准教授) 【研究の目的および概要】 平成 23 年度の共同研究「価値と規範の概念的基礎についての研究」,ならびに,平成 24 年度の共同研究「価値概 念および規範概念についての歴史的ならびに理論的研究」という,二年間にわたる共同研究の成果をもとに,価値 と規範についての哲学のさらなる展開をはかることが,本研究の目的である。規範の多くが共同体において初めて 意味をもつだけでなく,各個人がどのようなものに価値を見出すかもまた,その個人が属している共同体において 何が価値あるものとされているかと無関係ではありえない。したがって,本年度の研究においては,個人と共同体 との関係という観点から,価値と規範の問題にアプローチすることをテーマとした。 その方法としては,一方で,形而上学,認識論,倫理学,美学,宗教学といった,哲学に属するさまざまな分野 において,個人の価値と共同体の価値の関係がどうなっているかを探求し,価値と規範についての哲学理論を視野 においた一般的研究を行うとともに,他方で,そうした問題性が現在とりわけ尖鋭に表れているジェンダーの問題 を具体例として取り上げ, 「哲学と女性」という観点から,価値と規範,個人と共同体といった問題を具体的に検 討するためのワークショップを,第 4 回および第 5 回の「日本大学人文科学研究所ワークショップ」として開催した。 また,「日本大学人文研究所哲学セミナー」として,イギリスの哲学者 Hayo Krombach 氏の講演会も催したが,こ れは,もうひとつの具体例として,国際的な対話の可能性と必要性というテーマについて論じるものであった。こ のテーマもまた,共同体と個人という観点から価値と規範の問題を考える際に,グローバル化の進行している現代 世界において詳細な検討を必要とするものであり,来年度以降の研究へのきっかけを与えるものとして,価値ある ものであった。 【研究の結果】 平成 23 年度より行っている「日本大学人文科学研究所哲学ワークショップ」の第 4 回と第 5 回は,上記のように, 「女性と哲学」という共通テーマで行った。哲学の多くの分野において,近年強く感じられていることは,これま での哲学が男性中心的な営みとしてあり続けてきたことが,哲学に大きな歪みや盲点を生み出しているのではない かという疑惑である。このことは,価値と規範の問題を考える場面においても変わらない。よって,この二つのワー クショップは,こうした疑惑にはたして根拠があるのか,もしもそれが正しいとするならば,価値と規範の問題に ついて検討する際に,こうした歪みを正したり,盲点に気付くためには,どのようなことに特に気を付ける必要が あるのかといったことを,開かれた形で議論したことにより,本研究にとってきわめて有益であった。いずれのワー クショップも,本学の学生や院生だけでなく,外部からの多くの聴衆を引き付け,長時間にわたる活発な議論が展 開された。 第 4 回のワークショップは「哲学とミソジニー ふたたび」と題され,三人の若手の哲学者が発表を行った。その うちの二人は,女性であり哲学者であるという自身の経験も踏まえながら話し,哲学的探究において男女の区別が 本来あってはいけないのに,それがなぜなされるかを議論したが,もうひとりの男性の提題者の発表には,むし ろ「女性的な」思考の可能性を追求すべきだという趣旨の主張も含まれていたために,二つの立場の対立点が明確 となり,白熱した論議をよんだ。また,これらの提題には,ヘーゲルやシモーヌ・ヴェイユといった,それ自体研 究対象となる哲学者についての興味深い論点も含まれており,問題の多面性がよくうかがわれるワークショップで 9 あった。 他方,第 5 回のワークショップは「フェミニスト現象学」と題され,四人の若手の女性哲学者が発表を行った。 そのタイトルからもわかるように,このワークショップは,現象学という哲学的方法が,フェミニズム哲学やジェ ンダー論で議論されてきた問題群を扱う際に,どのような有効性をもつかという問題意識のもとで企画されたもの である。論じられた主題は,女性の身体性の考察が身体論一般に対してもつ意義,障害者当事者の経験の現象学的 記述の哲学的意義,ジャーナリズムにおける性差をめぐる言説の特徴などであり,考察すべき対象の広がりをよく 示していた。 【研究の考察・反省】 人文科学研究所共同研究費によって平成 23 年度より開始した「日本大学人文科学研究所ワークショップ」は,本 年度で通算五回開催されたことになる。いずれも,若手の哲学研究者を講師として招き,聴衆としては学外にも広 く呼び掛けて多くの参加者を得てきている。この試みは今後も続けて行くべきものと考える。 他方,学内での共同研究の体制については,もう少し考える余地があるかもしれない。たしかに学外者の講演や ワークショップは,共同研究への刺激として有効にはたらきはするが,それは主に各個人の研究の成果に反映され るにとどまることが多く,実質的な共同研究として実を結ぶためには,また別の方法を考える必要があるかもしれ ない。 【研究発表】 Takashi Iida Creating a Philosophical Language – Lessons from the Japanese Experience The World Congress of Philosophy, August 8, National University of Athens, Athens, Greece. 高橋陽一郎「ショーペンハウアーにおける無根拠としての意志の自存性―シェリングとの関係を中心に―」日本 ショーペンハウアー協会・日本シェリング協会共催シンポジウム提題。日本ショーペンハウアー協会第 26 回全 国大会,平成 25 年 11 月 30 日,立正大学 【研究成果物】 小林紀由「グローバル化と新たな社会的連帯のあり方―ポスト宗教的連帯をめぐって」 『精神哲学』 (日本大学哲学 研究室)平成 26 年 3 月発行予定. 高橋陽一郎「藝術としての哲学―『よりよい意識』からのショーペンハウアー哲学の誕生―」 『美学』第 243 号,pp.112.美学会,平成 25 年 12 月. Yoichiro Takahashi Lebensphänemenologie durch Physiologie in der mitteleren und späten Periode Schopenhauers Schopenhuer-Jahrbuch für das Jahr 2012, S.163-173. 10
© Copyright 2024 Paperzz