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地球科
学
学習観
光・秩父モニタージオツアー・5
平成25年11月10日(日)
10:00
昼 食
16:30
西武秩父駅・仲見世通り駐車場 集合・出発
美の山
紅簾石片岩 見学
「 勉強屋 」(上長瀞駅前)
虎岩と自然の博物館 見学
青石塔婆 見学
聖神社 見学
西武秩父駅・仲見世通り駐車場 到着・解散
伊勢・志摩へ
行ってみよう!
吉田史夫氏 撮影
秩父まるごとジオパーク推進協議会(秩父市産業観光部観光課)
〒368-0033 秩父市野坂町 1-16-15 秩父観光情報館2階
Tel.0494-25-5209 fax.0494-27-2627
秩父は「日本地質学発祥の地」
多様な地質からできている秩父は、明治の初め
から研究の地となってきた。
盆地を取り巻く山は、2 億年前の地層。
地質は東西方向の帯状構造。東北の大地震で
三波川帯
知られるプレートの移動によるもの。武甲山の
秩父帯
石灰岩は南の海の珊瑚礁が起源。
東側は、地下深くから隆起した変成岩。
山中地溝帯
盆地内は、約 1500 万年前、東に広がる海(秩父
新第三系
湾)に覆われていた時代(新第三紀)の地層。
鯨の化石は「秩父湾」の証人
四万十帯
四万十帯
三波川帯
秩父帯
(約 8500 万年~6500 万年前)
(約2億年~1.5 億年前 中生代ジュラ
紀)
山中地溝帯 (約 1.3 億年~1 億年前 中生代白亜紀)
四万十帯
(約1億年~6500 万年前 中生代白亜
紀)
新第三系
(約1500 万年前 新生代新第三紀)
三波川帯・その名の由来
三波川: 群馬県多野郡鬼石町の西にある川。神流川の支流。
三波石: 神流川を中心とする地域の石材。青緑色がきれいな石材。庭石に使われている。
三波川変成帯: 秩父盆地の東側を区切る地質の区分。長瀞の荒川べりや鬼石町で良く観察できる。
さらに伊勢・志摩から四国・九州まで続いている。明治21年(1888)小藤文次郎が命名。三波
川流域を代表的な場所として、この名がつけられた。
ジュラ紀~白亜紀前期にプレートで付加、低温高圧(地下 20~30km)で変成。白亜紀後半に
上昇。変成度が高いと斑状変晶(点紋)ができる。
主体 三波川結晶片岩類 泥・砂・石灰岩が原岩。鉱物の「結晶」と「片理」が特徴。
南縁 御荷鉾緑色岩類 玄武岩溶岩など火山の石が原岩。「片理」の無い蛇紋岩・蛇灰岩。
結晶片岩の分類
結 晶
石
石の名前と色
墨 → 石墨片岩(黒)
紅廉石 → 紅廉石片岩(紅)
緑泥石 → 緑泥石片岩(緑)
絹雲母 → 絹雲母片岩(銀色)
美の山(秩父盆地の絶景ポイント・関東平野と秩父を区切る山)
展望台からは盆地を取り巻く山々と眼下に河成段丘の上に広がる市街地が見渡せます。
盆地を取り巻く山々(秩父帯)は、約2億年前~1.5 億年前の中生代ジュラ紀にプレートにの
って運ばれてきたものです(付加体)。西方の両神山と二子山のあいだのひときわ低くなっ
ているところは山中地溝帯と呼ばれ長野県の佐久まで続く凹地帯です。
正面に尾田蒔丘陵(高位段丘)、左に羊山丘陵(中位段丘)、その間に市街地(低位段丘)
が広がります。
美の山は、盆地の東側を区切る三波川帯が露出した変成岩の山で、地形はなだらかで頂
上まで車でのぼれます。南に下ると和銅の遺跡があります。
紅廉石片岩
親鼻橋上流右岸の大きな岩が世界でも珍しく貴重な
紅簾石片岩の露頭です。明治 21 年(1888)小藤文次
郎が世界で初めて報告しました。紅簾石はマンガン
を含む紫~紅色の鉱物です。ここでは、銀白色の鉱
物・絹雲母を含む絹雲母片岩も見られます。
お う けつ
岩の上には大きなポットホール(甌穴 )があります。
かつて川底であったころ、上流にあるチャートなどの
硬い石が岩のくぼみに取り込まれ、激しい流れによ
って回転し削ってできたものです。
昼
食(勉強屋・上長瀞駅前)
虎岩と自然の博物館
地秩父鉄道の「鉱物植物標本陳列所(大正 10 年・1921)」から
始まり、昭和 58(1983)年に県立移管、平成 18(2006)年に「埼
玉県立自然の博物館」に名称変更。地学・生物展示ホールが
あり科学教室・野外観察会などを実施しています。
「地質学発祥の地」の碑が建てられています。荒川に向かう
駐車場に宮沢賢治の歌碑があります。
荒川べりの茶色と白の縞模様(横臥褶曲)が見られるおおきな岩が虎岩です。茶色は「ステ
ィルプノメレン」という鉱物、白い部分は割れ目を埋めた「方解石」です。岩には金色に輝く
黄鉄鉱の結晶も見られます。
つくづくと「粋なもやうの博多帯」荒川ぎしの片岩のいろ 宮沢賢治
青石塔婆(薄く割れる結晶片岩の特徴を生かした石材)
いたび
日本一の板碑は、結晶片岩の薄くはがれやすい特徴(片理)を利用し、
応安 2 年(1369)に建てられました。
裏山には板碑の石材を採掘した遺跡が残っています。ここの石材は
「秩父青石」と呼ばれ、縄文時代から関東一帯で石皿・石斧や板碑とし
て使われてきました。
洪水の記録(秩父盆地に降った雨が全てここに集まる)
小学校校庭の山ぎわの変成岩に「水」の文字が刻まれ
ています。江戸時代の寛保 2 年(1742)の洪水位の記録
です。ここは秩父盆地に降った雨が集まる、唯一の水の
出口です。かつては人の出入り口でもあった。
盆地地形のなせる歴史。
聖神社
黒谷は、盆地内の新第三紀の地層と三波川帯との境界に位置します。慶雲 5 年(708)秩父
で見つかった銅が朝廷に献上され、元号が和銅と改められ貨幣「和同開称」が作られまし
た。
秩父地方の三波川帯からは、長瀞の法善寺の裏の山などでも見つかっていますが、黒谷
は銅にちなむ地名も多く、和銅発見の有力な場所とされています。
国道からすぐの聖神社は、貨幣「和同開珎」にちなみ
“銭神様”として人気のスポットです。
神社の東の和銅山には、採掘跡や精錬所跡が残って
います。鉱石の破片や坑道があり、江戸時代のころま
で採掘されたと推定されています。