修士論文要旨 相対論的な系における変分計算 Variational Approach to Relativistic Systems 物理学専攻 原子核理論研究室 A9SM2046 谷村雄介 変分原理は量子力学の諸問題を解く際に非常に広く利用されている原理である。この原理は、下 に有界なハミルトニアンの期待値に下限があり、その下限が基底状態のエネルギーであることを 保証している。言い換えれば、どのような(2 乗積分可能な)関数をもってきても、その期待値は 基底状態のエネルギーを決して下回ることはなく、真のエネルギー固有値の厳密な上限になって いる。非相対論的な系においてハミルトニアンは下に有界であるため、この原理は 1 粒子系から 多体系まで、また精密計算にも近似計算にも適用が許されるきわめて強力かつ汎用性の高い原理 である。もちろん、量子多体系として記述される原子核もその例外ではない。 相対論的な系には正のエネルギーと負のエネルギー両方の状態があり、物理的な基底状態は正 エネルギーの状態のうち一番エネルギーが小さなものである。非相対論のときと同じようにエネ ルギーを最小化して基底状態を求めようとすると、負のエネルギーの状態が変分の解に混ざって きて解を “汚染” し、しばしばエネルギーが真の値を下回ってしまう。この現象は量子化学の分野 において “variational collapse” または “finite basis-set disease” とよばれ、およそ 50 年前から知 られていた。80 年代を中心に、原子や分子に対する相対論的 Hartree-Fock 計算の分野で、この問 題を避けるための対策について盛んに研究がおこなわれてきた [1, 2]。 原子核物理の分野でも相対論的平均場 (RMF) 計算は広く積極的に利用され、多くの成功を収め ている [3]。しかしその一方で、variational collapse の存在によって、非相対論的な枠組みに比べ て計算の自由度が制限されているのも事実である。特に、非相対論的な平均場計算では、虚時間発 展法による原子核の形に対称性を仮定しない 3 次元の計算 [4] が実現されているのに対し、RMF では同じ方法によるエネルギーの最小化が使えないために 3 次元の計算が難しいという現状があ る。しかし、軽い核や不安定核など、軸対称性を著しく破る変形の可能性があるものには空間対 称性を仮定しない計算が望ましい。また、相対論的な効果を取り入れたそのような計算は、高エ ネルギー反応や高密度の核物質に応用できる可能性がある。 Variational collapse の根本的な原因は、明らかに、エネルギースペクトルに下限がなく変分原 理の不等式が成り立たないことである。過去に提案された対策の中で、この事実に着目しなんら かの形で厳密な変分原理の適用を実現するものが、H −1 に対する変分原理の適用 [2] である。図 1 に相対論的なハミルトニアン H とその逆 1/(H − E0 ) の典型的なスペクトルを示す。実定数 E0 を正エネルギーと負エネルギーの状態のギャップにとることにより、1/(H − E0 ) は上下に有界と なり、さらにそのスペクトルの一番上に対応するのが基底状態となる。この有界なエルミート演 算子に対しては明らかに “変分原理” ⟨(H − E0 )−1 ⟩ = 1 ⟨Ψ|(H − E0 )−1 |Ψ⟩ ≤ ⟨Ψ|Ψ⟩ Eg.s. − E0 (1) が成り立つ。Eg.s. は真の基底状態のエネルギーである。 本研究では、(1) の変分原理に基づき ⟨H −1 ⟩ を最大化することによる Dirac 方程式の解法を確立 することを目指す。さらに、先に述べたような多体の RMF 計算への応用をその先の目標とした い。⟨H −1 ⟩ を最大化するための 2 つの方法を導入し、実際に中心力場中の 1 粒子 Dirac 方程式で それらの妥当性を検証した。 āᡲዓཞ७ ளጉཞ७ ளጉཞ७ ᡲዓཞ७ ளጉཞ७ ᡲዓཞ७ă ளጉཞ७ 図 1: H (上)と 1/(H − E0 )(下)の典型的なスペクトル。赤は Fermi sea、青は Dirac sea の状 態を表す。H そのものとは異なり 1/(H − E0 ) は有界なスペクトルを持つ。 1 つ目の方法 [5] は、虚時間発展法にヒントを得て、それに似た原理で iterative に基底状態以外 を減衰させるものである。原理的には(座標を有限の大きさに切った格子の上で)正確な解を得 られると期待される方法であり、実際に得られた結果は正しい解ときわめて良く一致した。 2 つ目は、試行関数を変分パラメーターを陽に含んだ関数の形で与え、⟨H −1 ⟩ を最大化するパラ メーターの組を求める方法である。試行関数の動径部分を Gauss 波束 (に近いもの) とし、近似的 な解を求めた。この方法で得られた結果は正しい解を十分良く近似することがわかった。 今後の課題はこれを現実的な原子核の計算に応用することである。具体的にはより複雑な、1) 多体系としての、2) 2 次元(軸対称)または 3 次元(空間対称性の仮定なし)の計算に方法を拡張 することが必要である。1 つ目の方法で 3 次元の 1 粒子 Dirac 方程式を解けるようにすると、RMF の基底状態を 3 次元の座標空間で iterative に求めることができるようになる。そして 2 つ目の方 法は AMD 波動関数 [6](またはそれに近いもの)を用いた空間対称性を仮定しない RMF 計算に 応用できるようになることが期待できる。 参考文献 [1] H. Wallmeier and W. Kutzelnigg, Chem. Phys. Lett. 78, 341 (1981) ; H. Wallmeier and W. Kutzelnigg, Phys. Rev. A 28, 3092 (1983) ; R. E. Stanton and S. Havriliak, J. Chem. Phys. 81, 1910 (1984) ; Y. Ishikawa, R. C. Binning, Jr., K. M. Sando, Chem. Phys. Lett. 101, 111 (1983) [2] R. N. Hill and C. Krauthauser, Phys. Rev. Lett. 72, 2151 (1994) [3] B. D. Serot and J. D. Walecka, Adv. Nucl. Phys. 16, 1, (Plenum Press, New York, 1986) [4] Myaing Thi Win, K. Hagino, and T. Koike, Phys. Rev. C 83, 014301 (2011) [5] K. Hagino and Y. Tanimura, Phys. Rev. C 82, 057301 (2010) [6] Y. Kanada-En’yo, H. Horiuchi, and A. Ono, Phys. Rev. C 52, 628 (1995)
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