アンテナ整合回路の最適化 - 株式会社エーイーティー

W HITE PAPE R | CST AG
MATCHING CIRCUIT OPTIMIZATION
2013
FOR
ANTENNA APPLICATIONS
アンテナ整合回路の最適化
アンテナ設計にインピーダンス整合は欠かせません。アンテナの入力インピーダンスとアンプのインピーダンス(たと
えば 50 Ohm)の整合が取れていないと、アンテナから放射するはずの信号がアンプに反射します。通常はディスクリー
トインダクタやキャパシタと伝送線路からなる整合回路でアンテナのインピーダンスを整合します。このホワイトペー
パーではアンテナ整合回路の最適化について解説します。整合回路の設計は一見難しくなさそうですが、実際にはさま
ざまな配慮を必要とします。
整合回路を使用したアンテナインピーダンスの変換には
あるため閉形式解は使用できません。整合回路設計によれ
下記の利点があります:
ばアンプの周波数依存インピーダンス(ロードプル測定な

アンテナ形状を調整するのに比べて、動作帯域の
どにより評価)を容易に考慮できます。また、遮断帯域の
チューニングが簡単で早い。
定義を挿入して不要な干渉信号を除去し、アンテナ間のア

共振器を追加して動作帯域を拡大できる。
イソレーションの改善を図ることができます。

ディスクリート部品の値を変えることで、ぎりぎ
りの設計変更に対応できる。

整合回路を最適化する設計ツールが利用できる。
整合回路設計では、電力波による反射率と散乱行列の定義
を使用するのが普通です。というのもこれらがマイクロ波
回路の電力伝搬を正確に表すため[1,2]ですが、標準的な教
その一方で、整合回路の最適設計では下記のような課題に
科書には電力波ではなく、伝送線路を伝搬する物理波であ
取り組む必要があります:第一に、整合回路のすべての部
る進行波による反射率と散乱行列の定義しか記載されて
品に損失があり、最適化はこの損失を考慮して行う必要が
いません。しかし、多重反射のために、進行波では電力の
あります。第二に、市販されている部品の特性値は特定の
伝送を説明できません。たとえば共役整合(周知のように
ディスクリートな値に限られます。第三に、製造部品の寄
電力伝送に最適)の場合、進行波の反射率は非ゼロですが、
生リアクタンスを考慮する必要があります。たとえば特定
電力波による定義では反射ゼロになります。
の周波数(自己共振周波数)の後ではインダクタのリアク
タンスは負となり、キャパシタのように見えます。最後に、
部品には製造公差があります。設計者は部品の製造公差が
整合回路の性能にどのような影響を与えるか確認する必
要があります。
電力波理論では、負荷インピーダンス
ーダンス
と基準インピ
の間の反射係数は次式で求められます:
∗
Γ
いささか矛盾しているようですが、整合回路の設計が目指
なお、アステリスクは複素共役を表します。負荷インピー
すのは最善な整合ではありません。整合回路に損失を導入
ダンスと基準インピーダンスが互いに複素共役であると
すれば簡単に整合が取れますが、それではアンテナ効率が
反射率がゼロとなることは、この式から明らかです。
低下します。整合回路設計の真の目的は、アンプとアンテ
ナの間に最善な電力伝送を実現し、その結果としてアンテ
ナ効率を最適化することにあります。これはアンテナ設計
者がよく承知している事柄です。しかし普段、ディスクリ
ート素子を配置してネットワークアナライザで入力イン
ピーダンスを計測するというやり方で設計を行っている
とうっかりするかもしれません。
整合回路を、複素終端(ポート 1:アンプ、ポート 2:ア
ンテナインピーダンス)した 2 ポートのマイクロ波回路と
考えると、回路の変換器電力利得は(電力波定義による S
パラメータを使用して[2]) |
|2 で与えられます。変換
器電力利得はアンテナに送られた電力とソース電力の比
であるため、これによりアンプからアンテナへの電力伝送
効率を測ることができます。変換器電力利得には、不整合
整合回路は実際にはフィルタですが、フィルタ設計とアン
による損失と整合回路部品の抵抗損失が含まれます。アン
テナ整合回路設計には明確な違いがあります。フィルタは
テナシステムの総効率は、変換器電力利得にアンテナの放
通常 50 Ohm を動作周波数とし、最適設計に閉形式解が存
射効率を乗じることにより求められます。
在します。対照的にアンテナ整合回路では、周波数に応じ
て急変するアンテナのインピーダンスを考慮する必要が
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例をあげて整合回路設計の過程を説明します。図 1 は 3
次元電磁界シミュレータ MW STUDIO で解析したアンテ
ナモデル、図 2 は上記アンテナの未整合 S11 を示します。
図 1 シンプルな Bluetooth 用非共振アンテナ。グランドプレーン
のサイズ 15 x 40 mm。アンテナ素子はサイズ 3 x 15 mm でグラン
ドプレーンの上部 2 mm の距離にある。
図 3(上) 損失のない理想的な整合回路によるインピーダンス整
(下)整合回路トポロジ。
合。青は S11、緑は変換器電力利得。
図 5 は、選択したトポロジについて公差解析を行った結果
図 2 図 1 のアンテナ(未整合時)の S パラメータ
を示します。このトポロジは部品のブレに対する感受性が
強く、部品公差による性能低下は 5dB ほどにもなります。
このアンテナについて、整合回路の最適化ツール Optenni
図 6 はそれと対照的なトポロジで、名目値による性能比較
Lab を使用して整合回路を設計します。シミュレーション
ではやや劣りますが、部品のブレに明らかに強いことを示
したアンテナのインピーダンスは、MW STUDIO 内蔵の
しています。図 7 は許容差を縮小した(5%→3%)公差解
シンプルなマクロを使用して MW STUDIO から Optenni
析の結果です。
Lab へ送ることができます。
Optenni Lab で 最 適 化 し た 整 合 回 路 を CST DESIGN
図 3 は Optenni Lab で理想的な無損失部品を使用して整合
STUDIO(CST DS)に戻してさらに解析を進めることが
したアンテナの S11 を示します。なお、Optenni Lab は複
できます。整合回路を CST DS ブロックで表現して部品の
数の整合回路トポロジを最適化し提示する場合がありま
編集、さらには新たに最適化ゴールを設定して最適化を実
す。図 3 下はそうして提示されたなかから選択したトポロ
行します。整合回路があれば、ジョイント回路や電磁界の
ジを示します。
シミュレーションを CST DS で容易に実施可能です。
図 4 は、損失のある部品として村田製作所の整合部品を使
整合回路の最適化では、遮断帯域を定義して不要な干渉信
用した回路の S11 と変換器電力利得を示します。通常、現
号を減衰させることができます。ここでは整合回路はフィ
実的な部品モデルの特性値は、損失のないモデルの特性値
ルタのように機能し、従来型のフィルタは不要となります。
と異なります。これは次の理由によります:損失と寄生効
ただし遮断帯域の基準が導入されることでアンテナの動
果により、現実の部品は理想的な部品と異なる機能を示し
作帯域における性能が低下するおそれがあるため、遮断帯
ます。また、製造者から提供されるのはディスクリートな
域と通過帯域の間で整合回路の動作の均衡を図る必要が
名目値のみです。
あります。
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図 4 村田製作所の部品モデルによるインピーダンス整合回路(下)
図 6 別の整合回路(下)による公差解析の結果。歩留り 78%、
その S11 と変換器電力利得。
ワーストケースの効率 -1.7dB。
図 5 図 4 の整合回路による公差解析の結果。ターゲットの効率
図 7 図 6 の整合回路について、インダクタの許容差を縮小した公
-1.5dB に対する歩留り 40%、ワーストケースの効率 -5.8dB。
差解析の結果。歩留り 100%、ワーストケースの効率 -1.3dB。
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整合回路設計に測定データを使用する場合は、測定用ケー
ブルの影響を除去することが重要です。測定の基準面は、
整合回路を置く位置に正確に配置しなくてはなりません。
僅か数ミリの伝送線路が入るだけでも整合回路の動作が
CST STUDIO SUITE の 3 次元電磁界シミュレータや
Optenni Lab のような最新のシミュレーションツールの使
用により、特に整合回路理論の知識が無くても、整合回路
の設計をほんの数分で行うことができます。
大きく変わる可能性があります。
アンテナのインピーダンスデータからは、整合回路以外に
も重要な情報が読み取れます。潜在帯域幅は、最適化した
整合回路により得られるインピーダンス帯域幅の最大を
各周波数について表します。したがって非共振アンテナの
プロトタイプや異なる整合を施したプロトタイプについ
てこれを使用して、それぞれが達成可能な帯域幅のランク
付けができます。電磁アイソレーションは、各周波数にお
けるワーストケースのアイソレーションを表します。これ
はアンテナ整合とは無関係の概念であり、たとえばアンテ
ナ設置問題に使用してアイソレーションが最善となる設
置個所を求める、あるいはアンテナ構造によってアンテナ
間のアイソレーションを改善することができます。
図 8 例題のアンテナの潜在帯域幅。2 部品の整合回路により達成
可能なインピーダンス帯域幅を中心周波数の関数として示す。
図 8 は例題のアンテナの潜在帯域幅を示します。潜在帯域
幅のカーブは、損失のない 2 部品からなる最適化した整合
回路により、各周波数において達成可能なインピーダンス
[1] K. Kurokawa, “Power waves and the scattering matrix,” IEEE
帯域幅(反射損失レベル 6dB)を表します。このアンテナ
Trans. Microw. Theory Tech., vol. MTT- 13, no. 3, pp. 194–202,
は周波数 2.45 GHz で潜在帯域幅 270 MHz 以上を示し、
Mar. 1965.
Bluetooth の帯域(およそ 100MHz)をカバーするのに十分
[2] J. Rahola, “Power waves and conjugate matching,” IEEE Trans.
であることが分かります。言い方を換えれば、反射損失レ
Circuits Syst. II, Express Briefs, vol. 55, pp. 92–96, 2008.
ベル 6dB における潜在帯域幅が Bluetooth システムに要求
[3] M. Rütschlin, “Measurement and Simulation in Modern
される帯域幅を上回っていることから、この 2 部品の整合
Device Design”, 7th CST EUC 2012, Mannheim, Germany,
回路は 6dB よりもかなり良い反射損失で Bluetooth システ
http://www.cst.com/Content/Events/EUC-2012-Presentations.as
ムの帯域をカバーすると考えられます。
px
まとめると、整合回路を使用することによりアンテナ設計
プロセスにかかる時間を短縮すると共に、整合回路に含ま
れる損失と交差に着目することで、アンテナの帯域幅を広
[4] J. Rahola, “Bandwidth potential and electromagnetic
isolation: Tools for analysing the impedance behavior of antenna
systems,” in Proceedings of the EuCAP 2009 conference, Berlin,
March 23-27, 2009.
げることができます。さらに、十分な総放射効率が確保で
きるように、動作帯域の全域にわたって放射効率が十分に
執筆
大きい必要があります。
実際に整合回路設計を行う際は下記のガイドラインに従
うことをおすすめします:

インピーダンス測定では正しい基準面を使用する。

部品モデルは、理想的なモデルではなく、損失や
Jussi Rahola, Optenni Ltd, Espoo, Finland
http://www.optenni.com
CST AG
www.cst.com
寄生効果を含む現実的なモデルを使用する。

インピーダンス整合を最適化するのではなく、整
合回路の変換器電力利得を最適化する。

部品公差の影響をチェックする。
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