UWB 高出力進行波アンテナ

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UWB 高出力進行波アンテナ
高出力マイクロ波(HPM)進行波アンテナの設計と実装事例をご紹介します。高出力の単発信号発生
器を使用して 出力-3dB、パルス幅 1ns、ピーク電圧 100kV 以下でアンテナを駆動します。信号発生器に
は出力用の中空同軸導波管が搭載されているため、同軸導波管と平行板の間のトランジションについて
も設計と製作を行いました。まずシステムの物理的な寸法、電気的パラメータの理論値および特性を
MATLAB[1]で計算した後、CST STUDIO SUITE[2]でアンテナの構成要素をモデル化し、計算と最適化を
実行します。さらに CAD エクスポート機能を使用してシミュレーションモデルから製作モデルと回路
図を作成します。製作したアンテナの測定を行い、シミュレーションの結果と比較します。
高出力マイクロ波(HPM)電源と HPM 放射素子は、
5.
分散: UWB レーダのような応用では、アンテナ
世界の研究機関と企業間で近年大きな関心を集める
の分散性を考慮する必要があります。アンテナ
技術です。防衛関連と民間需要の両方に広い応用が
の分散性とは、広帯域で位相中心が動くことに
期待されます。
よって生じる拡散効果です。システムは送受信
HPM システムの設計では、放射素子が決定的に重要
です。同システムの放射エネルギーは非常に強く、
信号間のコリレーションに依存するため、分散
性の考慮が必要となります。
放射方向が適切に設計されていないと周辺機器がダ
メージを受ける可能性があります。このことは設計
上大きな制約となります。高出力パルスの放射効率
と効果を高めるために下記の点に留意する必要があ
ります:
1.
ウルトラワイドバンド(UWB): デュレーショ
ンが非常に短い高出力パルスは、本来的に UWB
です。したがって UWB 帯域に課せられる非常
に厳しい基準を達成する必要があります。
2.
指向性: 周囲の人や装置にエネルギーが向かわ
ないように、指向性アンテナとする必要があり
ます。
3.
高効率: 電圧破壊につながる定在波が生じない
ように放射素子と給電の間の整合を確実に取る
必要があります。
4.
ワット損: HPM 応用のアンテナには、電力破壊
を避けつつ非放射エネルギーの消散を可能とす
る堅牢性が求められます。
図 1: CST アンテナモデル
1
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アンテナ
本事例のアンテナは、指数関数的に緩やかな末広が
りに形成した 2 枚の平行板で構成され
(図 1)valentine
アンテナの一変型と考えられます。valentine アンテ
ナ自体も通常の TEM ホーンアンテナの一変型です。
高出力パルス応用に向けたアンテナの設計について
は以前にも論文が発表されていますが、このアンテ
ナの製造には数値制御装置(CNC 装置)が必要でし
た[3]。
丸み部分の直径を大きくすることにより末端部から
の電流反射を減らし、低周波の放射を向上させます。
アルミニウム製のアンテナ構造全体に有限の抵抗値
が存在するため、放射されない電流はアルミニウム
の抵抗損失により消失します。放射せず消失もしな
い電流は発生器側に反射するため、不適切な終端で
は二次的な不要パルスが放射する可能性があります。
CST STUDIO SUITE の時間領域ソルバー(T ソル
バー)で計算した放射素子上の電力エネルギー分布
を図 3 に示します。計算には Intel Core i7-3820 CPU
今回のプロジェクトの目的は、自前の設備で製造が
(3.6GHz)を搭載した HP ワークステーションに、
可能なシンプルなトランジションの立案です。上記
さらにシミュレーション高速化のため Tesla C2075
の製造課題を前提としてアンテナの全体構造を設計
GPU を搭載した計算機を使用しました。
した結果、特性は他モデルに僅かに及ばないものの、
製造工程のシンプルさとパフォーマンスの良さを買
って下記のモデルが選ばれました。
放射メカニズム
今回設計したアンテナは進行波アンテナと同じ放射
メカニズムを有します。入力された電界は、放射が
始まるまで 2 枚の平行板に導かれます。平行板が広
がり始めるとインピーダンスが変化し、放射が開始
低周波数帯では他の周波数帯に比べて明らかにエネ
ルギーの広がり方が大きく、低周波は素子の末端か
ら、高周波は基部からそれぞれ放射することを示し
ています。
導波管内でモード分散が生じるのを避けるために、
TEM モードのみが励起され、高次モードがエバネセ
ント波となるように注意して設計します。
垂直に立てたアンテナでは垂直偏波となります。
します。次第に広がるプレートの間をパルスが伝搬
するに従い放射が高まり、プレート間の距離が半波
0.5 GHz
長に等しくなる地点でスペクトルの各成分が放射さ
れます。放射地点のインピーダンスは自由空間と等
しく、η=120πΩ です。したがって放射はまず高
1 GHz
周波から始まり、低周波はアンテナ末端部から放射
します(図 2)。
2 GHz
図 2: アンテナの電流
図 3: 放射素子上の電気エネルギー分布
2
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シミュレーションの結果
平行板の間に TEM モードを励起して計算した放射
もうひとつのシミュレーションでは、第 1、第 2、第
素子の S11 パラメータを図 4 に示します。このシミュ
3 のモードを線形重畳した電磁界を用いて 3 モード
レーションは 0.2∼5GHz の周波数範囲について行い
同時励起とします。このシミュレーションによる反
ました。2.5GHz より上の高周波数帯では高次モード
射係数(アクティブ S パラメータと呼ばれる)を図
励起が生じるため、純粋な TEM モード励起とはみ
5 に、遠方界分布を図 6∼8 に示します。
なせません。このため、もうひとつ別なシミュレー
ションを実行しました。
図 4: 放射素子の S11
図 5: 放射素子のアクティブ S パラメータ
図 6: 放射分布 – 磁界断面
図 7: 放射分布 – 電界断面
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0.5 GHz
1 GHz
2 GHz
図 8: 放射分布 – 3 次元表示
電界面はθ = π/2 および φ = [0.2π]、磁界面は
φ =π/2 および θ = [0.2π] に対応します。
図 9 は、周波数と指向性 [dBi] の関係を示します。
前面
予想通り、周波数 [GHz] が高くなるほど指向性が
増しています。
1 GHz
背面
2 GHz
図 10: 同軸から平行板へのトランジション
図 9: 指向性 vs. 周波数
同軸から平行板へのトランジション
設計とシミュレーション
従来設計[3][4][5][6]と異なり、本設計のトランジシ
ョンは高価な CNC 装置を必要とせず、非常にシン
同軸導波管の中心導体を伸張し、外部導体を断ち切
プル製造することができます。
ることによりトランジションを形成します(図 10)
。
CST STUDIO SUITE のパラメータスイープ機能を
差動モードでは TEM ホーンのプレート間にラジオ
使用して、断ち切り角度との関係によりエネルギー
電位差が生じるので、このモードの放射電磁界を意
整合を評価します。15 度から 25 度の間で断ち切り
図して設計します。同相モードでは意図しない方向
角度を変えて解析を行った結果、21 度が最良となり
に放射が生じエネルギーを消失するため、断ち切る
ました。これより大きい角度では同相モードが励起
角度を最適化して同相モード励起を抑制し、消失エ
される可能性があり、小さい角度では反射係数が低
ネルギーをなるべく小さくします。
下します。
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断ち切り角度を 21 度に設定した後、次のパラメータ
として内導体の半径を考慮します。外部シェルの基
部から先端に向かって内導体の半径が徐々に増すよ
うにします(図 12)。均一半径では中心導体の特定
領域の電気容量が減少しますが、太さが増すことで
容量が僅かに増加し、減少分が相殺されます。
内導体の半径が増すにつれて整合が改善する様子を
図 13 に示します。終端部が 3.5mm(青紫)と 5.5mm
(緑)では僅か 2mm の違いにもかかわらず、後者
の整合が特に高周波領域において著しく改善してい
ます。
図 13: 周波数と S11 の相関:終端半径を色別表示
完全アセンブリ
図 11(a): 差動モード
電気的接続
トランジションと平行板の電気的および機械的接続
部を図 14 に示します。この接続部を加えてアンテナ
構造は完成します。同軸内部のコニカルコネクタは、
小型ソケットで平行板に接続します。小型ソケット
は 2 本のネジで上部板にねじ止めします。接続部の
平行板は幅狭ですが、シミュレーションによって計
算した値まで断熱的に広がることに注意が必要です。
図 11(b): 同相モード
図 12: 同軸内導体の半径バリエーション
図 14: 同軸導波管と平行板の接続部: プレキシグラス製
スペーサを紫色で表示
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ラインインピーダンスが固定される箇所にプレキシ
アンテナケース
グラス製スペーサを配置して、2 枚の板を所定の間
隔で支えます。小さいネジでスペーサの両側に板を
ねじ止めします。
アセンブリした全体構造の反射係数を図 15 に示し
ます。パルス幅 1ns に相当する中心周波数 fc = 1GHz
で整合が良く取れています。
上記の「送信間相互変調」は、Business 2-UHF が発
する UHF 信号が Business 1-VHF アンテナに結合する
のが原因で、1232MHz(2*151.5MHz +2*464.5MHz)
においてアンプで生成された相互変調生成物が GPS
受信機に再放射して干渉が生じます。
この干渉を避けるには、VHF システムの前部に低域
通過フィルタまたは帯域通過フィルタを組み入れ、
不要な UHF 信号がアンプに達しないようにします。
先の 1 対 1 解析ではフィルタによる干渉対策の必要
性を確認したので、Business 1-VHF システムに起因
するすべての干渉に帯域通過フィルタが有効である
ことが期待されます。
図 16: アンテナケース側面図
EMIT の VHF システムと FM ラジオシステムにそれ。
図 15: 完全アセンブリの S11
完全アセンブリアンテナの放射分布を図 17 から図
0.3∼3GHz の周波数帯で整合が取れていれば十分で
19 に示します。低い周波数帯では同相モード励起が
すが、それ以上の周波数でも同軸から平行板へのト
僅かに見られますが無視可能なレベルです。同相モ
ランジションは優れたパフォーマンスを示します。
ードが目的の放射分布におよぼす影響は、特に中心
ただし、上記周波数帯より高い周波数では、平行板
周波数近くでは軽微です。放射は主に、末広がりの
ばかりでなく同軸導波管にも高次モード励起(高次
平行板の基本 TEM モードです。
TE11 モードと縮退 TE11 モード)が生じます。これ
ら高次モードのカットオフ周波数 fcutoff,TE10 = 2.25GHz
予想された通り、アンテナケースにエネルギー反射
は、この応用に要求される水準を優に上回ります。
や表面波は生じません。
図 17:完全アセンブリアンテナの放射分布 – 磁界面
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図 18: 完全アセンブリアンテナの放射分布 – 電界面
図 19: 完全アセンブリアンテナの放射分布 – 3 次元
測定と結果
Technion 物理部門の高パルスパワー研究所でアンテ
ナ測定を実施しました(図 20)。高出力の信号伝送
ではエネルギー吸収に注意し、周辺機器にダメージ
を与えないようにする必要があります。電磁的に隔
離されたシールド環境ですべてのアンテナ測定を実
施することにより、周辺オブジェクト、特に金属製
オブジェクトによる反射の影響を受けない放射分布
が得られます。
下記の二通りの方法で測定を行いました:静電容量
式分圧回路(CVD)と D-Dot センサ。
同軸導波管トランジションから平行板に切り替わる
場所に伝送信号評価用 CVD を付けます。CVD は片
面に銅パッチをめっきした薄い誘電体層で作成し、
めっき面を表にして平行板の底面に貼り付けます。
図 20: アセンブリしたアンテナ
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これによりプレートキャパシタが形成されます。電
圧をプロービングする同軸プローブは、オシロスコ
[1] MATLAB, Ver. R2011a; The MathWorks Inc.
ープに直接接続します。測定された CVD 波形を図
[2] CST STUDIO SUITE 2011, Ver. 2011, CST - Computer
Simulation Technology, AG.
21 に示します。パルスの立ち上がり時間は約 1.2ns
です。同軸導波管からトランジションに入った直後
の地点を測定した結果、信号波形は崩れておらず、
トランジションが問題なく機能していることが分か
ります(図 21)
。
[3] Cadilhon, B.; Pécastaing, L.; Reess, T.; Silvestre de
Ferron, A.; Pignolet, P.; Vauchamp, S.; Andrieu, J.;
Lalande, M.; , “High Pulsed Power Sources for
Broadband
Radiation,”
Plasma
Science,
IEEE
Transactions on , vol.38, no.10, pp.2593-2603, Oct. 2010.
[4] Carl E. Baum.; “Radiation of Impulse-Like Transient
Fields”, Sensor and Simulation Notes, Note 321, Nov.
1989.
[5] Farr, E. G.; Sower, G. D.; Buchenaur, C. J.; “Design
Considerations for Ultra-Wideband, High-Voltage
Baluns”, Sensor and Simulation Notes, Note 371, Oct.
1994.
[6] Cadilhon, B.; Pecastaing, L.; Vauchamp, S.; Andrieu,
J.; Bertrand, V.; Lalande, M.; , “Improvement of an
ultra-wideband antenna for high-power transient
applications,” Microwaves, Antennas & Propagation,
IET , vol.3, no.7, pp.1102-1109, October 2009.
[7] EG&G, Division of URS Corporation. ADC D-Dot
(Free Field).
図 21: CVD 測定波形
次に、電波暗室にアンテナと D-Dot センサ[7]を配置
して、アンテナから離れた地点の電界を測定します。
ここではアンテナの正面 270cm 距離で測定を行い、
電界強度 156.87 kV/m2 を得ました。これを 4 次多項
式に近似すると受信電力は 1/r4 になります。この測
定結果により、設計したアンテナがすべての要求水
準を達成することを確認しました。
Author
まとめ
高出力パルス応用 UWB アンテナの設計事例をご紹
介しました。CST STUDIO SUITE のシミュレーショ
ンでアンテナの広帯域特性を解析し、放射素子とト
ランジションの設計を改善しました。設計をもとに
製作と測定を行い、予期した通りのアンテナ特性を
Erez Ben-Ari,
Technion - Israel Institute of Technology
The work was undertaken under the supervision of
Prof. Jacob Krasik, Physics Department, Technion.
CST AG
www.cst.com
確認しました。
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