電子レンジの遮蔽機構の電磁界シミュレーション

W HITE PAPE R | CST AG
2014
EFFICIENT ELECTROMAGNETIC SIMULATION
OF
SHIELDING MECHANISMS
IN
MICROWAVE OVENS
電子レンジの遮蔽機構の電磁界シミュレーション
電子レンジのドアは食品の出し入れ口であると同時に、熱空洞の構造の一部でもあります。ドア周りは密閉できないた
め、電磁波が漏洩して他の電子機器に干渉する可能性や人体内部の電力レベルが安全基準を超えるおそれを念頭に置い
た設計が求められます。具体的には、漏洩電磁波に関して法律の定める規格に従い、電子レンジから特定の距離を置い
た場所における電力強度を規定値以下に抑える必要があります。さらに EMC 規格を満たす必要もあります。この資料
では遮蔽機構のシミュレーション事例を紹介し、電磁界解析の導入により設計効率が向上する可能性を示します。
高周波電磁界と誘電体の相互作用によって生じるマイク
ロ波加熱は、調理、乾燥、殺菌などに使用されます。しか
しこれらの有益性も、管理された熱空洞環境の外では危険
かつ有害な効果でしかありません。事故防止のために電子
レンジは適切に遮蔽し RF 波の漏洩を防ぐ必要があります。
暴露の規制については、複数の機関によって暴露限度と試
験方法がそれぞれ定められています。その一部を下表に示
します。
規制機関
British Standards Institution
(UK)および IEC
FDA(USA)
5cm 距離の電力密度
5 mW / cm2 [1]
1 mW / cm2 購入前
5 mW / cm2 購入後[2]
1 mW / cm2 閉口時
5 mW / cm2 閉口時および
経済産業省(日本)
発振停止装置が動作する
図 1: 遮蔽性が低い電子レンジからの漏洩
直前の最大位置の開口時
[3]
Radiation Protection Bureau
1 mW / cm2 試験負荷有
(Canada)
5 mW / cm2 負荷無[4]
表 1: 電子レンジ暴露限度
密封された熱空洞でのみ構成されていれば遮蔽は難しく
ありません。しかし現実の電子レンジには漏洩が生じる可
能性のある場所が少なからずあります。たとえば庫内に食
遮蔽性の改善が必要とされるもうひとつの理由は電磁両
品を出し入れするためにドアが必要ですが、そのために空
立性(EMC)にあります。電子レンジの電磁界が周囲の電
洞のエッジ周りにシーム部分が形成され、そこから電磁波
子機器に結合してスプリアス信号が発生すると、機器がダ
が漏洩する可能性が生じます。
メージを受ける可能性があります。家庭用電子レンジの多
くは産業科学医療用バンド(ISM バンド)の 2.45GHz 前
窓も漏洩の主な原因となります。窓は調理の進み具合を確
後で動作しますが、この周波数帯は規制の対象外となって
認するために必要となる部品ですから、可視スペクトルは
おり Wi-Fi や Bluetooth などの短距離無線通信に広く利用
透過し、マイクロ波スペクトルは不透過とするように注意
されているため、電子レンジから漏洩した電磁波はネット
して設計する必要があります。ドアと窓からの漏洩例を図
ワーク障害を起こすノイズとなります。
1 に示します。
1
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遮蔽問題の特定
改善する箇所を決定するには、どこからの漏洩が最大かを
知る必要があります。暴露限度は平均値ではなく最大値に
基づく数値であるため、有効性が確認された遮蔽を下敷き
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される通り)ゼロに近いですが、正面にはホットスポット
が見られます。ホットスポットは限界値の 5 mW / cm2(50
W / m2)に達しており、ドアの検証を集中的に行う必要が
あることを示しています。
にして再設計することで、規制を遵守できない事態を避け
られます。
シミュレーションには設計のさまざまな特性を分析する
機能があります。遠方界モニターを使用すると、エネルギ
ーの漏洩が最大の方向を特定することができます。遠方界
分布図は漏洩の生じる部品を示唆します(図 2)。たとえ
ば側面に大きな漏洩が生じている場合は、封止やシームに
改善が必要であると考えられます。正面の場合は、ドアに
問題があると考えられます。
図 3: 電子レンジから 5cm 距離の電力密度分布
最後に、実世界のように外界に置いた状態のシミュレーシ
ョンを行います。人体は複雑な構造をしており、内部でエ
ネルギーの反射や集中が生じ、そのため電磁界から受ける
影響を予測することは困難です。人体モデル(均質なファ
ントムモデルまたは不均質な voxel モデル)を含めてシミ
ュレーションを行うことにより SAR の計算が可能となり
ます。SAR は人体に吸収される電力を測るものさしであり、
対象となる人体組織に応じて基準が定められています。制
限値 5 mW / cm2 に準拠した電子レンジは、通常の使用で
は 5cm 距離で SAR の問題が生じることはありません。し
かし四肢など部分的に非常に接近すると(1mm 以内など)
最悪の場合、SAR の閾値を超える可能性があります[5]。
CST MW STUDIO には SAR 計算に関連したツールボック
スがあって、ポイント値や容積平均、あるいは器官の平均
などの計算が行えます。人体モデルの位置やポーズを変え
てさまざまなシナリオで計算を行い、通常の使用では SAR
の基準値を超えないことを確認できます。さらに CST
図 2: 電子レンジの遠方界:ドアの遮蔽網の網目を変えてシミュ
MPHYSICS STUDIO を使用して生体熱を考慮した人体の
レーションを行った結果:直径 1mm(上)
、直径 6mm(下)。網
熱シミュレーションを行うことができます。
目が大きい方が放射が大きい。
遮蔽機構
漏洩の主因が特定できたら、近傍界分布と電力密度分布に
よって漏洩機構を正確に捉えることができます。電力密度
漏洩源が特定されたら、設計を変更して遮蔽を改善します。
モニターは電子レンジ表面から 5cm 距離にある直方体を
以下では 2 つの遮蔽機構(ドアフィン、遮蔽網)について
カバーするように定義します。この方法によって法定の試
シミュレーションを行い、再設計によって遮蔽を改善する
験を模擬し、問題となる電力密度が発生しそうなホットス
例を示します。
ポットを明らかにします。モニターの結果図を見ると(図
3)レンジ背面の電力密度は(金属ソリッドの空洞で予想
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ドアフィン
金属材質であるドアと筐体の間を完全に密着させるのは
フィン形状の寸法をパラメータで表し掃引します(パラメ
難しいため、ドアの周囲にフィンを配置して 1/4 波長のチ
ータスイープ)
。ここではドアと本体の間の隙間、間隔、
ョーク構造を形成します(図 5)。電磁波に共振するフィ
寸法をパラメータ化します(図 6)。これら 4 つのパラメ
ンが短絡回路のように働いてマイクロ波の漏洩を防止し
ータを媒介変数としてパラメータスイープを行い、フィン
ます。設計に注意して、この遮蔽機構を最適化する必要が
形状による特性の違いを観測します。
あります。
図 6: フィンの形状パラメータ
図 4: 均質な人体モデルを使用したシミュレーション
パラメータスイープの結果を図 7 に示します。フィンの特
性は寸法によって左右され、場合によっては共振周波数が
ISM バンドの外に移動します。共振周波数が ISM バンド
内に入っている結果をカラーで示します。この場合に使用
されたパラメータ値(のセット)が、設計に使用可能な候
補となります。候補は複数あり、いくらかは設計の融通が
利くことが分かります。
図 5: 電子レンジのドアフィン(拡大図)
遮蔽機構の最適化の一環として、3 次元フルウェーブシミ
ュレーションによるフィンの最適化を行います。熱空洞全
体を解析する必要は無いのでフィン部分のみを独立させ
てシミュレーションモデルとします。モデル構造の両側に
ポートを定義します。ポート機能はその位置における電力
データを保存します。これにより 2 ポート間の伝送が S パ
ラメータとして算出されます。S パラメータ S21 の値が小
さいほど遮蔽性が高いことを表します。周期的境界条件を
図 7: パラメータスイープの結果
適用すると、シミュレーションの複雑さを下げることがで
きます。
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最適化は遮蔽問題に適しています。同様にパラメトリック
結果を図 8 に示します。フィンを最適化した結果、2.4∼
な手法であるパラメータスイープはパラメータ空間全体
2.5GHz の ISM バンドにおける伝送は少なくとも 55dB と
を均等に探索します。これに対し最適化は目的の最適値に
なり、最大は 80dB に達します。このフィンをフルモデル
向かって効率良い探索を行います。最適化機能(オプティ
に実装した場合、5cm 距離の電力密度は元のモデルに比べ
マイザ)にはローカルとグローバルの二種類があります。
6%減少すると予測されます。
ローカルオプティマイザはパラメータ空間に定義された
初期値の周辺領域を探索します。グローバルオプティマイ
窓の遮蔽網
ザは空間内に散乱した値から最適値へと収束します。
ドアの窓に金属製の遮蔽網を取り付けて電磁波漏洩を防
目標とする最適値は最適化のゴールとして定義します。要
求定義に応じてゴールは最大値や最小値、またはターゲッ
トに最も近い結果となるパラメータ値(のセット)を定義
止します。この網は放射を遮断する一方で可視光を透過す
る必要があり、一種の高周波通過の周波数選択性サーフェ
ス(FSS)であるといえます。
し、単一点または範囲の設定が可能です。この例では、周
遮蔽網は網穴の直径をマイクロ波の波長よりも小さくす
波数 2.45GHz(電子レンジの動作周波数の中央)における
ることにより効果を発揮します。マイクロ波周波数帯にお
S21 の最小化をゴールとします。
いて目的の周波数において網は表皮深さよりも厚くなり、
上記パラメータスイープを参照し、カラーで示された結果
がどれも最適値の近傍にあって各々のパラメータ値が近
いことからローカルオプティマイザを選択します。このよ
ソリッドな金属シートを近似してシールドの役割を果た
します。上記より波長がはるかに短い光学周波数帯では、
穴は何も妨げずに波を透過します。
うに、最適化ではパラメータスイープ(この場合は run172)
上記のように、遮蔽網の設計では穴の大きさを適切に定義
の結果を利用して初期値を定義することにより、設計の微
し配置する必要があります。小さい穴は遮蔽性が高い反面、
調整が可能となります。
微細な網加工を要するため製造難易度が上昇し、また可視
この例では最適化の手法として Trust Region Framework ア
ルゴリズムを用いました。このローカルオプティマイザは
さまざまな問題に幅広く使用でき、また感度解析の情報
性が低下します。さまざまな仕様によるシミュレーション
は、安全性、可視性、製造難易度のバランスの取れた設計
を実現するのに役立ちます。
(パラメータに対する S パラメータの導関数)を使用して
網構造は、単一穴モデルに周期境界条件を設定してモデル
所要時間を短縮できるのが特長です。
化することができます。また、穴の大きさや深さをパラメ
適切な初期値が分からない場合やパラメータ空間が複雑
な問題には CMA-ES(Covariance Matrix Adaption Evolutionary
Startegy)が適します。CMA-ES は Trust Region Framework の
ータ化し、パラメータスイープを実行することもできます。
穴の大きさをスイープした結果からは(図 9)、穴を小さ
くすると伝送が急減する様子が観測されます。
ようなローカルオプティマイザと対照的に、結果が初期値
修正した設計の有効性も同じ要領で調べることができま
に依存する割合が低いグローバルオプティマイザです。ま
す。ユニットセルをずらして定義することで、穴の配置を
た、非常に用途の広いアルゴリズムです。
変えた設計が表現できます。あるいは素子を修正し、たと
えば図 10 のように穴に大小を付けて、その影響を見るこ
とができます。
ドアフィンの場合と同様に、再設計した網構造をフルモデ
ルに実装してシミュレーションを行います。予想通り、穴
が小さい方が最大電力密度は小さくなります。穴の半径
2.4mm では、電子レンジの正面 5cm 距離の最大電力密度
が 4.7 mW/cm2 であったのに対し、半径 1mm では最大電
力密度は 1.9 mW/cm2 という結果が得られました。
図 10 に示す半径 2.4mm と 1mm の二種類の穴を交互に並
図 8: 最適化したドアフィンによる S パラメータ
べたハイブリッド網構造では特性がやや低下し、
5.6mW/cm2 となりました。
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図 10: 可視性を高めた網構造。
まとめ
電子レンジの遮蔽機構の設計に電磁界シミュレーション
が役立つことを、具体的な解析例を挙げて説明しました。
電子レンジの設計では、漏洩電波に関する規制を遵守する
製品設計が必要不可欠です。電磁界シミュレーションは遮
蔽機構の開発に役立ちます。遮蔽効果を可視化し、設計に
よる効果の差異を明らかにします。パラメータスイープと
図 9: (上)網構造の一部。ユニットセル単体を強調表示。
(下)遮蔽特性 vs. 穴の半径(mm)
。半径 1mm における遮蔽と
伝送の特性値を表示。
最適化機能は、条件に最も適した寸法を算出し、バランス
の取れた設計検討に必要な詳細情報を提示します。
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[1] IEC 60335-2-25, “Household and similar electrical
appliances. Safety - Part 2–25: Particular requirements for
microwave ovens, including combination microwave ovens”.
[2] 21CFR1030.10 “Performance standards for microwave and
radio frequency emitting devices –Microwave ovens”, U.S. Food
and Drug Administration.
http://www.accessdata.fda.gov/scripts/cdrh/cfdocs/cfcfr/CFRSearc
h.cfm?FR=1030.10
[3] “Ordinance Concerning Technical Requirements for Electrical
Appliances and Materials (Electrical Appliance and Material
Safety Law)”, Section 95, Ministry of Economy, Trade and
Industry (Japan).
[4] “Radiation Emitting Devices Regulations (C.R.C., c. 1370)”,
Schedule II, part III, Department of Justice (Canada). http://lawslois.justice.gc.ca/eng/regulations/C.R.C.,_c._1370/page-4.html
[5] “Microwave ovens”, EMF Fact Sheet, Federal Office of Public
Health (Switzerland).
http://www.bag.admin.ch/themen/strahlung/00053/00673/0375
2/index.html?lang=en.
執筆
Marc Rütschlin, CST AG
CST AG
Bad Nauheimer Str.19
64289 Darmstadt
Germany
CST AG
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禁無断転載
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