3Dプリンタの進化と普及は 本がイノベーションを起こすビッグチャンス︕

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【第2回】 2014年8⽉18⽇ 齋藤ウィリアム浩幸 [内閣府本府参与、科学技術・IT戦略担当]
3Dプリンタの進化と普及は
⽇本がイノベーションを起こすビッグチャンス︕
先進国のものづくりが
激変する可能性
ヨドバシカメラやビックカメラなどの家電量販店でコー
ナーが設けられるほど普及してきた「3Dプリンタ」。私は、
この3Dプリンタの技術こそ、⽇本が起こすべきイノベーショ
ンのカギを握っていると考えています。
ご存知のとおり3Dプリンタは、樹脂や⾦属といった材料を
少しずつ積層しながら固めて、データ(設計図)どおりの⽴
体物をつくるマシンです。
こう書くと、前回の私のメッセージと⽭盾するのではない
かと思われる⽅もいるかもしれませんね。たしかに私は前
回、「⽇本のお家芸“ものづくり”だけでは新興国に負けるの
低価格3Dプリンタの例
は明らか」と⾔いました。でも、モノをつくる3Dプリンタに注目せよというのは、⼀⾒
⽭盾しているかのようでそうではないのです。
理由を端的にいうと、これから述べるように、3Dプリンタの技術が進化、普及してい
くと、先進国のものづくりのあり⽅やコストが⼤きく変わり、⼈件費の安い新興国に製造
拠点を移すという発想そのものが覆される可能性があるからです。
本当にそうなのか。まずは今何が起こっているのか、世の中のトレンドを⾒てみましょ
う。
http://diamond.jp/articles/print/57422
10/4/2014
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アトムからエレクロトンへ、
そして再びアトムへ
IT⾰命によって、時代の主流は「アトム(原⼦)からエレクロトン(電⼦)へ」と移
りました。これは、物理的な世界からバーチャルな電⼦情報の世界への移⾏を意味しま
す。たとえば、新聞を読むとき、アトムの世界では印刷された紙という物理的なモノが必
要でした。しかし、今ではスマートフォンやタブレットなどで、いつでも好きなときに電
⼦化された情報を読むことができます。これがエレクトロンの世界です。
他にも、⾳楽CDはダンロードできる配信⾳楽へ、現⾦からクレジットカードへ、出張
からWeb会議へ、コミュニケーションはSNSへ――と移っています。クラウドサービ
スの進化やビッグデータの活⽤なども、エレクトロンの発展の中で進んでいます。
そして今、3Dプリンタの登場によって、世界は次のステージへと踏み出しました。そ
れが「エレクトロンから再びアトムへ」。電⼦情報を基にもう⼀度、物理的なモノを再構
築する段階に⼊ったのです。
つまり、3Dプリンタの登場は、時代の流れをもう⼀度アトムに引き戻すという画期的
なできごとといえるわけです。
では、具体的にどう活⽤できるのか。たとえば、⼈類が⽉に家を建てるとしましょう。
地球から建材を運んでいたら、⼤変な⼿間とコストがかかってしまいます。そこで、家の
構造と建材についてのデータを⽉に送信します。⽉では、そのデータを基に、⽉にある砂
を使って3Dプリンタで建材をつくり、家を建てます。このように3Dプリンタは、バー
チャルな情報を構造物に戻すことができる⼈類初の技術なのです。
産業⽤から家庭⽤まで、
さまざまな分野で実⽤化
⽉での住宅建設はまだ先の話になるでしょうが、3Dプリン
タの技術は、すでにさまざまな分野で実⽤化されています。
航空機では補修⽤パーツから始まり、新機種の部品にまで
広がっています。⽶ボーイング社は1997年に⽶マクドネル・
ダグラス社を買収し、旅客機「MD-80」を引き継ぎました。
トイレのパーツは壊れやすいのですが、詳細な図⾯がありま
せん。そのため、古いパーツの形を3Dスキャナで読み取り、
3Dプリンタで補修パーツを製造しています。同じくダクラス
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社が開発した戦闘機「F-18」では、補修に使われる90のパー
ツが3Dプリンタによるものです。
さらに、最新鋭の「F-35」ステルス戦闘機では、開発段階
から900以上のパーツが3Dプリンタで製造されるようになっ
たといわれています。
医療現場でも、⻭科で使われる矯正⽤マウスピースや、さ
まざまな臓器、骨、ギブスなどが3Dプリンタでつくられてい
ます。
たとえば、CTスキャンで撮った画像情報を基に、内側の
構造や⾎管の位置まで忠実に再現した⼼臓の模型をつくるこ
とも可能。ウェットな質感や感触も再現できます。私は医学
部で⼿術を経験しましたが、こうした正確な模型は⼿術前の
予⾏練習にも非常に役⽴ちます。
複雑な形をした⽿も簡単に複製でき、⼈間の⽿よりも精度
3Dプリンタの造形精度は⽇々進化
している。初期のもの(上の⽩)
と⽐べ、最新機種(下の⿊)の精
度の⾼さは⼀目瞭然だ
が良いという実験データもあります。
こうした業務⽤の3Dプリンタは⾼価ですが、冒頭で述べたように家電量販店が扱う家
庭⽤3Dプリンタなら20万円程度で購⼊できます。⾃称“超オタク”の私も、主要機種4台
を購⼊済み。いろいろなモノをつくって遊んでいますが、わずか数年前に⽐べて格段に精
度が向上し、価格も下がっています。
パーティでのワインがもったいない︕
3Dプリンタで解決できる!?
先⽇は、名前⼊りのワイングラスをつくって
みました。私は⾃宅に友⼈を招いてワインパー
ティをよく開くのですが、このとき気になって
いたのが多くのワインがムダになってもったい
ないこと。というのは、談笑しているときにワ
イングラスをテーブルに置き、結局、⾃分のグ
ラスがどれかわからなくなって、新しいグラス
にワインを注ぐということが繰り返されるから
です。
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筆者がワイングラスの3Dデータをダウンロードした
Webサイト
名前⼊りのグラスならワインをムダにしなく
てすみます。素材はガラスではありませんが、
透明でなかなか⾼級感があり、友⼈たちにも好評です。
現在では、3Dデータをアップロードできるサイトや、3Dデータをプリンティングし
てくれるサイトなど、無料・有料を含め、さまざまなサービスが登場しています。前述の
ワイングラスも、私がそうしたサイトからデータをダウンロードして3Dプリントしまし
た。
冷蔵庫や空調機など、特定の家電製品のパーツの3Dデータが購⼊できるサイトもあり
ます。壊れたパーツの3Dデータを購⼊し、⾃宅の3Dプリンタで復元すれば、すぐに修
理できます。
スマートフォンを3Dスキャナーにしてくれる「アプリ」も登場しています。スマホの
カメラで⽴体物を撮影すると、その3Dデータが⾃動で作成されます。そういえば先⽇、
ルーブル美術館で、彫刻をスマホでスキャンしている⼈を⾒かけました。彼は⾃宅に帰っ
て3Dプリンタで復元して楽しむのでしょう。
アート作品の3Dデータをサイトにアップロードし、それを誰かが⼿を加えて再びアッ
プロードするといったクラウドソーシングも盛んに⾏われています。“オレの作品のほう
が⾯⽩いぞ︕”というわけですね。
3Dプリンタの⽣みの親は
⽇本⼈だった
ところで、3Dプリンタの研究は1970年代に⽶国や⽇本で始まりましたが、最初に特
許を出願したのは⽇本⼈の⼩⽟秀男⽒(当時、名古屋市⼯業研究所に勤務)だったという
ことをご存知でしょうか。
1980年に特許を出すところまできていたのに、何とも残念な話ですが、お⾦の問題な
どで特許を取れなかったといわれています。結局、4年後の1984年、3Dシステムズの創
業者、⽶国⼈のチャック・ハル⽒が特許を取得、今では世界⼀の3Dプリンタメーカーに
成⻑しています。
しかし、仮に⽇本⼈が特許を取っていたとしても、結果は同じで、3Dプリンタをリー
ドしたのは⽶国なのかもしれません。というのも、製品化が⽇本ではなく⽶国で先⾏して
いるのは、イノベーションに対する両国のスタンスの違いを象徴しているからです。
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⽇本は失敗を警戒するあまり何も⼿を出さない、あるいは⼿を出しても初期段階のつま
ずきで、あっさりと撤退してしまう傾向があるように思われます。
チャック・ハル⽒が特許を取得してから30年、ようやく3Dプリンタは前述したように
さまざまな分野で実⽤化され始めました。世の中を劇的に変えるような技術は⼀朝⼀⼣に
は完成しないということですね。
現在の性能を基に
ビジネスを考えてはいけない
とはいえ、現状の3Dプリンタは、まだよちよち歩きの状態。パソコンでいえば「MSDOS」の時代です。しかしだからといって、メーカーになることにビジネスチャンスが
あると考えるのは間違い。数年後には劇的に技術が進化する反⾯、価格はどんどん安くな
ることが予想されるからです。前回述べたように「ICT(情報通信技術)は重要だが、
半導体やストレージなどの開発に投資してはいけない」というのと同じ理由です。
また、現時点の3Dプリンタの性能を基にビジネスを考えるのもいけない。今、⽇本に
求められているのは、ゼロからのイノベーションではなく、これからさらに進化する3D
プリンタの技術を想定し、新しいビジネスモデルを創り出すイノベーションではないで
しょうか。
たとえば、有名デザイナーがデザインした靴の3Dデータをインターネットで購⼊し、
⾃宅の3Dプリンタでつくれるようするのはどうでしょう。私の⼦どもが4ヵ⽉くらいの
とき、かわいい靴を買ってあげましたが、⼦どもの成⻑は早く、1ヵ⽉もすれば履けなく
なるので本当に不経済。もしこうしたサービスがあったら、著作権料の⽀払いは必要で
しょうけど、成⻑しても⼦どもの⾜を再スキャンすれば、いつでもサイズはピッタリで
す。
こんなサービスが近い将来、続々と登場してくるでしょう。
3Dプリンタによって
何が変わるのか
では、3Dプリンタがより進化し、普及してくれば、何がどう変わるのでしょうか。
まず、前述した靴の例のように、消費者がインターネットで取得した3Dデータを⽤い
て、3Dプリンタで製品をつくれるようになるため、メーカーと消費者の距離が近くなり
ます。今の技術では、誰でも⼿軽にコピーできる複写機ほど操作は簡単ではありません。
スキャニング、3Dデータ作成・編集、複製(印刷)と、各段階でシームレスな統合が必
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要です。しかし、いずれもっと使いやすいハードウェアやソフトウェアが出てくるでしょ
う。
そうなれば当然、運送・発送の需要が少なくなります。在庫コストや在庫管理の負担も
減るでしょう。ワイングラスのような割れ物を海外に送る場合も、厳重な梱包や発送は不
要。3Dスキャナーでワイングラスをデータ化し、メールで送信、受け取る⼈が3Dプリ
ンタを使って復元すればいいわけです。今、ロジスティックが注目されていますが、物流
会社にとっては厳しい時代が来るかもしれません。
また、「ビスポーク(bespoke)」(オーダーメイド)も進むでしょう。Tシャツも
靴も⽇⽤品も、好みに合わせて⾃分にピッタリのものをつくれるようになります。オー
ダーメイドというと⾼級品でしたが、3Dプリンタを使えば、いくらでもカスタマイズで
きます。
実際、3Dプリンタで作成とまではいきませんが、3Dスキャナーを使ったジーンズの
販売をボストンのデパートで⾒たことがあります。腰と⾜回りをスキャンしたら、2〜3
時間後にオーダーメイドのジーンズが完成。すでにファッションの世界にまで3Dの技術
が⼊り込んでいるわけですね。
従来の⾦型などでは実現できないような“複雑な形状”もつくることができます。設計に
変更が⽣じても、3Dデータを変えるだけでOK、同じ機械で修正も製造も⼿軽にできて
しまいます。
何個つくっても1つあたりのコストは変わらないため、⼤量⽣産で単価を安くするとい
う規模の経済は働かない。しかも、精巧で複雑な細⼯が必要な製品もシンプルな形の製品
も、材料費が同じなら、かかるコストは同じです。
さらに、環境にやさしいというメリットもあります。たとえば、円盤をつくる場合、こ
れまでは四角い板から円をくり貫き、残りを捨てていました。しかし、3Dプリンタは積
層しながら⽴体物をつくり出しますから材料のムダが⼀切出ません。
⽇本の今の“ものづくり”で⼤丈夫︖
以上のように3Dプリンタにはいくつものメリットがありますが、私がそれを実感した
エピソードをここで紹介しておきましょう。
私は最近、仕事で特殊なタグをつくるため、⽇⽶の2つの会社に試作品の製作を頼んだ
ことがありました。
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完成した両社の試作品をみると、性能は⽇本の会社のほうが優れていたものの、どちら
もデザインがイマイチ。そこで再度、要望を伝えてトライしてもらったのですが、⽶国の
会社は3⽇でつくってきたのに対し、⽇本の会社はなんと3ヵ⽉もかかったのです。
話を聞いてみると、「⾦型を起こすのに時間がかかった…。何万単位では少なすぎる、
何⼗万単位でないとペイしない…」と⾔うんですね。⼀⽅、⽶国の会社は「3Dプリンタ
だから、注⽂はいくつからでもOK」です。私がどちらの会社に仕事を頼んだか、もうお
分かりですね。
⽇本では今、⽐較的⽣産しやすい製品は新興国で⼤量⽣産し、国内では⾼度な技術を要
する製品の多品種少量⽣産が主流となっています。しかし、これまで⾒てきたような世の
中の流れに照らし合わせてみると、⽇本で今進められている“ものづくり”が、何とも危う
いものに⾒えてきませんか︖
3Dプリンタの付加価値連鎖で
勝機を⽣み出せ︕
では、⽇本はどこに勝機を⾒出すべきなのでしょうか。
⽇本のものづくりは、まだバーチャルなデータを⽴体物に戻すという発想に追いついて
いません。⽇本がこの分野でリベンジを目指すなら、進化していく3Dプリンタが巻き起
こすバリューチェーン(付加価値連鎖)を積極的に取り⼊れていくべきです。そこで重要
なのが、サイエンスとエンジニアリングに加え、デザイン⼒。パーツ屋ではなく、オン
リーワンの製品・サービスを開発し、コスト競争に巻き込まれないことも重要です。
それにはまず、前回の繰り返しになりますが、失敗を恐れずにチャレンジすること。私
はこれまで1万社を超えるベンチャー企業を観察してきましたが、そこから得たのは、優
秀な企業は成功するまでに何度も失敗し、それをその後の成⻑につなげているという法則
です。
幸い、3Dプリンタは失敗してもコストが知れているため、⽴ち直れないほどの痛⼿は
受けません。何年も修⾏したり、師匠について学ぶ必要もありません。誰でも⾃由な発想
でトライすることができるのです。
クラウドソーシングを活⽤すれば、多様な⼈の意⾒を簡単に聞くこともできます。1+
1を3、あるいはそれ以上にする開発が⾏えるかどうかが、これからのビジネスのポイン
トです。たんにデータを引っ張ってくるだけでなく、どうつなげるのか。さまざまな分野
の専門家の知恵を結集させれば、⾯⽩いアイデア、ビジネスモデルがたくさん⽣まれてく
るでしょう。
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⼦どもの創造性を刺激する
格好の遊び道具にもなる
⼤⼈の社会だけでなく、⼦どもが失敗しながらものづくりを学ぶための道具としても⼤
いに期待しています。
私は⼦どもの頃、パソコンをオモチャにして遊んでいましたが、10歳のときに、ある
⼤⼿⾦融機関からプログラムを書く仕事を請け負いました。住宅ローンの⾦利を計算する
簡単なプログラムでしたが、それを理解したのは後になってからのこと。私はゲーム感覚
で、社員とミーティングを重ねながら2年がかりでプログラムを完成させました。好きな
ことに取り組み、それが認められて対価を得られるということは⼤きな喜びであり、世の
中を知る⼀歩ともなりました。
これから学校や図書館、⼀般家庭に3Dプリンタが普及していけば、私にとってのパソ
コンだったように、⼦どもたちの創造性を刺激する格好の遊び道具になるのではないで
しょうか。
3Dプリンタは、⼤⼈も⼦どももたくさんのプロトタイプをつくりながら技術を積み重
ねていける、⼤きな可能性を秘めた道具です。これを活⽤して、80年代に世界を席巻し
た⽇本のものづくりの⼒を蘇らせるべき︕ 今こそ、そのビッグチャンスなのです。
※ご意⾒・ご感想は、齋藤ウィリアム浩幸⽒のツイッター @whsaito まで。
(構成/河合起季)
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