第2回(PDF)

第 2 回 語り愛、九州大谷文芸賞 講評
【講評】 審査委員長 梁木靖弘
人が作りだすものは、当然のことながら、人間に似ています。
「文は人なり」という言い方がありますが、それ以前の問題と
して、たとえば、家という空間には、骨組みがあって、肉づ
けがなされ、電線や水道管という血管があり、心に相当す
る居間があります。文学作品もたぶんそうです。筋立てとい
う骨格があって、描写で肉づけされ、全体で人間が立ち上
がってきます。いい文章というものは、どこを切っても新鮮な
血が流れていて、細やかな神経が通っていて、しなやかな
筋肉が躍動していて、骨格がしっかりしている、と思うので
す。文章の良し悪しは、そこにあると思います。もうひとつ付
け加えれば、生きているということは、底知れないということ
です。
さて、前置きはこれくらいにして、今年の選考過程につい
て、具体的にお話ししましょう。うれしいことに昨年度の倍以
上、25作品という応募がありました。全体の数が多いので、
まず4人の選考委員がそれぞれに気になる作品を挙げるというところからはじめました。ここで一票以
上入ったのは 「現代御伽草子」、 「FLY」、 「ぼくはリン」(中井喜久乃・純心女子1年)、 「風鈴の
お求めはあちらで」(今井恵里・純心女子1年)、 「サンタクロースの泣いた夜」(野田絢子・並木学
院)、 「三人紙幣」、 「つばきと子ぎつね」(神崎立花・東鷹1年)、 「妖精さんと魔法の扉」、 「幸せ
の答え」、 「透き影の国より」、 「おかしな螺旋」、 「PROMISE」(江崎美香・純真1年)の12編でし
た。
「現代御伽草子」は、伽という名前の才色兼備だが男勝りの女の子と、やさしい草子という男の子のラ
ブストーリー。いかにもいまどきの女の子の願望がストレートに出た物語ですが、いかにもというお話も、
伽と草子で御伽草子という語呂合わせも、いまどきというレベルを超えていません。
「FLY」は、孤独な女の子が秘密の場所で、ピーターパンに出会い、空へ飛んでゆくという話。これも
どこかへ行ってしまいたいという願望を充足させるための話で、それ以上の説得力はありません。解
決法として、安易にピーターパンなど出さないほうがいいと思います。
「三人紙幣」は、財布の中で 1 万円札、5 千円札、千円札がかくれんぼをするという話。ちょっと変わ
った発想ですが、これだけでは物語としての広がりがありません。
「妖精さんと魔法の扉」は、自分を変えたいと思う女の子が、雨の日の帰り道に妖精から、なりたい自
分を選んでいいといわれ、結局、いままでの自分を選ぶという話。自分探しの話で、物語にいまひとつ
おもしろさがないので選外になってしまいましたが、語り口のうまさは特筆していいでしょう。
「幸せの答え」は、悩みを抱える高校生が、答えを求めて生きるという話ですが、悩みのまわりをぐるぐ
る廻り続けるだけですので、展開としては多少つらいところです。恋に恋する年頃という言い方になら
えば、悩みを悩む年頃でしょうか。
「透き影の国より」は、ガラスで出来ている国の少年がそこから逃げ出す話。SF 映画「CUBE」に似た
感じがあり、人工的な閉塞状況から外へ逃げ出すという設定は、願望としてはよくわかりますが、小説
としては観念が先走りしています。
「おかしな螺旋」は、人々に製品を買わせるために、自分たちの作った電気製品をこっそり壊すという
商売をしている人間たち。マッチポンプ状態の社会を描く社会批判の話ですが、アイデア先行で、大
雑把すぎ、細部のリアリティに欠けています。
以上が、2順目の選考で落ちてしまった作品。
さらに残った「つばきと子ぎつね」は、ツルの恩返しならぬ、子ぎつねの恩返し。オリジナルという点で
は物足りませんが、そつなく手堅くまとめた民話で、童話的な応募作品の中ではいちばん完成度が高
いということで、佳作。
「サンタクロースの泣いた夜」は、毎年クリスマスの夜になると丌在になる両親が、じつはサンタクロー
スの家柄で仕事をしていたという話。気の利いたショート・ショートならオチが利くかもしれませんが、種
明かしを引っ張りすぎて、いい加減間延びしてしまいます。ただ、小説として 30 枚を使い切った筆力
があり、佳作。
「PROMISE」は、小説としては欠点が多い印象を持ちました。まず文章が幼いし、整合性のないとこ
ろもあります。ただ、それらの欠点を差し引いても、この作品には、魅力があります。作者が体験したと
思われる学校でのイジメのリアリティが見事に再現されています。今年の作品の中では、もっとも高校
生の等身大に近い感覚をもつ小説だと思います。優秀作。
「風鈴のお求めはあちらで」は小品ながら、一番大人びていて、短編としても高い完成度でした。お盆
の時期、風船売りのおじさんに連れられて、あの世を垣間見た少女の話で、広がりと余韻という点で
は申し分がありません。優秀作。
そして、今回、選考委員全員から支持されたのが「ぼくはリン」。子犬の視点で、自分を飼ってくれた
家族との日常の交流を描いた作品で、語り口の確かさ、感覚的こまやかさ、心の温かさを兼ね備えた
すばらしい作品だと思います。文句なくこれが、最優秀作。
以上が入選作でした。
残りの作品について簡単に触れておくと、戯曲が1編ありました。「遠い記憶の向こうに、君は確かにい
た。」、ナザレのイエスと現代をかなり強引に結びつけた世界の終末を描く SF ですが、アイデアが先走
って、リアリティがありません。
「悪夢の始まり」はいろいろな童話を下敷きにしたパロディで、どんどん悫惨な話になってゆく。丌幸な
宿命だけが繰り返されるので、血が流れている感じがしません。
「モグラ三兄弟の温泉探し」は、文字通りモグラの 3 兄弟が地下の温泉を掘るという話で、風呂がな
いから温泉を掘ろうというだけでは、残念ながら物語の推進力になりません。
「負けるな貧乏人」は貧乏な男が宝くじに当たって親孝行をするというもの。発想、展開、文章、あら
ゆる点で幼いと思います。
「三人姉妹」も、なぜか丌幸になってしまう 3 姉妹の話で、思いつきの域を出ていません。
「優理とカラクリ爺さん」は、遊び友達で廃屋を修理したらそれが金持ちの爺さんものだったという設定
に無理があり、展開も魅力に欠けます。
「猫の楽園」も、思いつきの域を出ていません。
「最強姉妹」は、アニメのような物語で、末の妹を男たちから守る強い姉たち、しかし末の妹がもっとも
戦い好きだったというもの。アイデアはおもしろいのですが、リアリティがありません。
「ユウキくん」はいなくなったユウキ君を探す話で、人間だと思っていたらユウキは猫だったというオチ。
意外性という点で物足りません。
「丌幸せな童話」は塔の中の美しい姫を助けに行く若者という「ペレアスとメリザンド」のような設定で、
姫は蛇のような尻尾で彼を殺してしまいます。文章力はありますが、これだけでは物足りない感じがし
ます。
「私は死をもって最高傑作と成る」は、自殺してはじめて、自殺が過ちだったことを知るというもの。描
き方が中途半端で、アイデアを作品に昇華し損ねています。
「僕達は生きていくために」、国王の子どもである双子の兄妹が、両親の暗殺で国から逃げ出すという
もの。どこか遠くへ行ってしまいたいが、それは恐怖をともないます。願望が先行し、物語の必然性も、
リアリティも薄いのではないでしょうか。
「Hot Milk・・」は、両親が亡くなり一人ぼっちの私と、優しい彼の話。これも願望の物語で、美しすぎ
る言い回しが逆効果で、自己完結してしまっています。
評価が高かった作品は、やはり文章が生きています。読んでいて今年の特徴かもしれないと思った
のは、狭い環境に閉じ込められて、そこから脱出したいと願望するものです。心理的に言うと、思春期
に象徴的な親殺しをして(あるいはその反対に自殺願望が強まるかもしれません)、自立していくもの
です。心理的に親離れが出来ないと、現実に親を殺してしまいかねません。自立のプロセスを創作で
表現することは、高校生にはよくあります。無意識に内面を描くのですから、どうしてもリアルな話では
なく童話・ファンタジー・SF のような空想的なものになりがちです。そういう世界をリアルに描けるように
なるのは、むしろ全体を見渡せる大人になってからではないでしょうか。
結論から言うと、やはり、等身大の世界をみずみずしく描いた作品のほうが魅力的です。