乳がんの手術を受けられる前に

乳がんの手術を受けられる前に
川崎病院
外科
主治医
治療を受けられる患者さんへ
乳がんは比較的性質の良いがんの一つであり、優れた検査法や有効な治療手
段が多いことから、早期に発見して適切な治療を受ければ、ほぼ完全に治すこ
とが出来ます。
初めてのことで分からないこと、不安なことがたくさんあると思います。こ
れからの長い道のりを共に歩むために、あなたが今お感じになっている不安感
や疑問点、生活のこと、どんな些細なことでも遠慮なく、医療者にご相談くだ
さい。また、病気を克服するためにご家族や友人とよく相談し、あなたの病気
や気持ちを理解してもらうことがとても大切です。
乳がんの治療の流れ
 治療の進め方
一般に乳がんは、局所的な治療法である外科手術や放射線照射と、全身的
な治療法である薬物療法を組み合わせて治療を進めるのが基本です。
ただし、主に乳管内にとどまっているがんで、手術でとりきれた場合など
は、手術後の治療が必要でないこともあります。また、他の臓器に転移して
いる方では、全身的な治療法である薬物療法を中心に治療を進めます。
乳がんの治療の流れ
手術法の種類
センチネルリンパ節生検について
 センチネルリンパ節生検とは
腋窩リンパ節の中でも、最初にがん細胞がたどりつくリンパ節(センチネ
ルリンパ節)に、がん細胞があるかどうかを調べる検査です。
まず、手術の前に乳がんの近くにアイソトープまたは色素を注射し、これを
目印にして、術中にセンチネルリンパ節を探し出して摘出します。センチネ
ルリンパ節にがん細胞がなければ、その先のリンパ節にも転移がないと判断
して腋窩リンパ節の郭清を省略しま
す。
センチネルリンパ節生検が適応と
なるのは、乳房切除の術式に関係な
く、しこりが小さく(通常 2~3cm 以
下)、リンパ節転移の可能性が低い場
合です。誰もができるわけではあり
ません。
 腋窩リンパ節郭清省略の可能性について
腋窩リンパ節の郭清を省
略できるかどうかは、手術
中と手術後の病理検査の結
果で判定します。
手術中の迅速病理検査で
転移が見つからなければ、
リンパ節郭清を省略します。
手術後の病理検査でセンチ
ネルリンパ節への転移が認
められた場合は、再手術で
郭清するか、腋窩への放射
線照射などの追加治療を行
います。
術中の病理検査と追加切除について
乳房温存術の適応がある方でも、手術中の「迅速病理検査」で切除断端にがん
細胞が見つかった場合(「断端陽性」といいます)は、術後の局所再発のリスク
が高くなるため、必要に応じ
て追加切除を行ったり、温存
術から切除術へ変更される場
合がまれにあります。
患者さんにとっては、予定
外のことで驚かれるかもしれ
ませんが術中に見つかったこ
とで、再手術などの負担を減
らすことができます。乳房温
存術では、こうした追加切除
の可能性があることも理解し
ておいてください。
術後の合併症
 わきの下に液がたまる
手術直後に、わきの下にリンパ液がたまることがよくあります。退院後に液
がひどくたまる時は、週 1~2 回を目安に通院し、液を抜くようにします。通常
1 ヵ月位で治りますが、それ以上続く場合でも、徐々に改善します。乳房温存手
術後には局所切除した場所にリンパ液がたまることがあります。
 腕や肩の運動障害
センチネルリンパ節生検だけですんだ場合を除き、腋窩の郭清をした後は多
少なりとも腕や肩が動きにくくなることがあります。乳房温存手術は、乳房切
除術に比べて全てにおいて障害の程度が軽くすみますが、運動障害や痛みを残
さず、早期に回復するためには、手術直後からリハビリテーションを始めるこ
とが大切です。思うように回復しない場合でも、退院後に根気よくリハビリテ
ーションを続けることで、ほとんど元に戻ります。センチネルリンパ節生検を
行って、腋窩リンパ節の郭清を省略できた場合は運動障害やわきの下の浮腫、
腕のむくみなどがごく軽度ですみ QOL が向上します。
 手術創部の皮膚の知覚障害
乳房切除術でも乳房温存手術でも腋窩リンパ節の郭清を一緒に行うと、術後
に創部および上腕のわきの下の知覚が消失します。この知覚が消失する事は、
徐々に改善していきますが、知覚低下は一生残ります。また、知覚が低下して
いるのに、ある種の知覚が敏感になり、異常感覚を訴える方もいます。最近の
手術では、腋窩リンパ節の郭清時に胸壁から出ている知覚神経〔第(1)、2、
(3)
肋間上腕神経〕を温存するようにしています。それでも術後の知覚低下と異常
感覚は起こりますが、その程度は時間とともに改善し、術後 1 年目の知覚脱出
の範囲と程度は神経を温存しなかった場合に比べて少なくなります。
 腕がむくむ
腕のむくみは、腋窩リンパ節を郭清して取り除いたために、わきの下からの
リンパ液の環流が悪くなることによって起こります。現在行われている手術で
は、昔のような高度のむくみを生じることはなくなっていますが、軽度のむく
みが 10%強位の方にみられます。
また、手術を行わなかった鎖骨上下のリンパ節に放射線を照射した場合は、
むくみの程度が増強されます。 腕のむくみを治す確実な治療法はありません
が、腕をいつも高めに維持するようにし、リハビリテーションを続けることで
徐々に回復します。退院した後に腕がひどくむくむ時は、むくんでいる腕の運
動を少し控えめにして、前上腕をマッサージするか、肩周囲を、上腕のむくみ
をゆっくり吸い取るようにマッサージします。腕のむくみ用のストッキングや
バンテージ(弾力性のある腕カバー)をはめるのが効果的です。心配なことが
ありましたら、医師あるいは看護師注)と相談してください。
 感 染
腋窩リンパ節を郭清した場合は、感染に対する抵抗力が落ちます。手術後 1
~2 年、場合によっては 5 年も経過した後に、腕や手指の傷口から細菌が侵入し
たり、外傷がない場合でも、抵抗力が落ちると喉頭や咽頭などにいる細菌が血
液を介して患側前腕や上腕に侵入して、丹毒や蜂窩織炎が起こることがありま
す。特に、太っていて腕にむくみのある方は注意する必要があります。 丹毒
は皮膚および皮下の炎症であり、蜂窩織炎は皮膚の深いところに生じ、急激に
下方に広がる化膿性の炎症のことをいいます。感染が起こると腕に発疹がでて、
痛みと発熱が生じ、体がだるくなります。そして、腕のむくみが急激にひどく
なりますので、まず、腕や手指にけがをしないようにすることが大切です。感
染してしまった場合は、医師の診察を受け、すぐに抗菌薬を服用します。場合
によっては抗菌薬の点滴を受けると早く軽快します。感染を一度起こすと、こ
れを繰り返すことがありますので注意が必要です。 ただし、あまり神経質に
なりすぎる必要はありません。常に清潔にさえしていれば、手術した側の腕か
ら採血してもかまいません。
乳房温存手術後の放射線照射
通常、手術後退院してから外来で、週 5 回、5 週間(計 25 回)放射線照射を
受けます。当院では放射線の設備がないので、神戸百年記念病院の外来にて行
って頂きます。
方法は、残った乳房全体に 1 回 2 グレイを、肺や心臓にかからないように左
右 2 方向から胸壁に対して接線方向になるように照射し週 5 回×5 週間×2 グレ
イ、総計 50 グレイを照射します。遠方の方や交通の便が悪い方、歩行が不自由
な方に対しては 1 回の照射量を 2.5~2.66 グレイに増やして計 16 回(3~4 週間)
とし、短期間で照射する方法も試みられています。
がん細胞が残存している可能性が高い場合には、しこりを取ったところに照
射野を絞って正面より電子線の追加照射(ブースト照射)10~16 グレイを加え
ます。このように何回にも分けて照射するのは、1 回の放射線量を少なくして、
正常組織への影響を減らすためです。
最後に
乳がんの治療は多くの場合、長い年月を要します。必要な治療は、病態や
ご自身の希望によっても異なります。
治療の流れを主治医に確認し、ご自分の希望を伝え、その治療による利点
や欠点、長所や短所などを十分話し合いながら治療を進めていくことが大事
です。