Title 算数科における授業の成否を分ける瞬間についての一考察 Author(s)

Title
算数科における授業の成否を分ける瞬間についての一考察
Author(s)
早勢, 裕明
Citation
北海道教育大学紀要. 教育科学編, 66(2): 99-106
Issue Date
2016-02
URL
http://s-ir.sap.hokkyodai.ac.jp/dspace/handle/123456789/7886
Rights
Hokkaido University of Education
北海道教育大学紀要(教育科学編)第66巻 第2号
Journal of Hokkaido University of Education(Education)Vol. 66, No.2
平 成 28 年 2 月
February, 2016
算数科における授業の成否を分ける瞬間についての一考察
早 勢 裕 明
北海道教育大学釧路校数学教育研究室
A Consideration on the Moment to Divide the Success or Failure
of the Lessons in Elementary School Mathematics
HAYASE Hiroaki
Department of Mathematics Education, Kushiro Campus, Hokkaido University of Education
概 要
問題解決的な学習に踏み切れない教師の不安にかかわって,授業の成否を分ける瞬間のいく
つかを示し,対応策を考察することが本稿の目的である。研究協力者3名の授業をメンバーで
分析,考察し,授業の成否を分ける瞬間における教師が抱く不安として「授業者が意図する考
えや反応が,子どもから出ないのではないか」という共通点が見られた。また,成否を分ける
瞬間における対応策として,①教えたいことを子どもから出るようにする,②対比・比較を通
して,似て非なるものに焦点を当てる,③つぶやきを拾う,④子どもの反応を指導目標に強引
に関連付けるが考察できた。
1.はじめに
そのような教師の不安をいくらかでも軽減する
ため,問題解決的な学習に踏み切ることができた
本稿は,科研費C26381169「算数科における問
4名の教師とチームを組んで取り組んでいる研究
題解決的な学習の日常化に関する教師教育の視点
である。
からの研究」の2年次として,研究メンバー相互
の授業参観や研究協力校の授業参観を通して得ら
れた知見を述べるものである。
2.研究の目的
本研究は,筆者が,算数科の授業において問題
本稿の目的は,問題解決的な学習に踏み切れな
解決的な学習に踏み切れない教師に多く出会った
い教師の不安にかかわって,授業の成否を分ける
ことに端を発している。
瞬間のいくつかを示し,対応策を考察することで
多くの教師が,問題解決的な学習がよいことは
ある。
分かっているし,そのような授業がしたいけれど
も,踏み切れない不安を抱えてるのである。
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早 勢 裕 明
3.研究の方法
いて重視すべきことであるため設定した。
また,基準Bについては,授業とは本時の目標
科研費研究メンバーによる授業DVD視聴を行
を達成するために行われる教師の意図的な営みで
い, ス ト ッ プ モ ー シ ョ ン 方 式( 網 走 教 育 局,
あり,第一義的と考えられるからである。
2009)によって,授業の成否を分ける瞬間を分析
し,メンバー相互の協議を通して,対応策を考察
⑵ 授業の成否を分ける場面と教師の不安
するという,事例研究的な手法をとる。
① 教師の不安について
佐伯(1986)は,数学の授業に関する教師の不
4.算数科における授業の成否にかかわって
安について,次のように述べている。
教師の不安は「学習」もあるが,逃げたい,
⑴ 授業の成否を判断する基準とするもの
いや逃げられないという教師の立場からくる不
授業の成否を捉えるとき,我が国における数学
安もあると考えられる。(中略)授業に慣れて
教育の不易の部分や現行の小学校学習指導要領が
いないために,次に何が起こるか分からないと
求める学力観を踏まえ,教師が大前提としている
ころから起こってくる不安も関係しているよう
指導観を無視することはできない。それは,次の
に見える。(下線は筆者)
言葉に代表されるようなものである。
「授業は生き物」という先輩教師の教えにも通
・人間が真に所有し,理解する知識は,自ら発
じるものである。何が起こるか分からないからこ
見した知識のみである。(片桐・他,1987)
・教師は学級で一番最後に納得する人になって
ほしい。
(笠井,2015)
そ,わくわくするのでもあるが,本時の目標を「子
どもがあたかも発見したと思える」展開で達成で
きるだろうかという不安は,常につきまとう。
教師が教え込む授業や一問一答の授業をよしと
ただ,「教師論を持ちだせば,すべての教育論
しない,教師に「導かれた発見」,教師が本時の
はおしまいになってしまう」
(平林,1975)ため,
目標の肝となることを簡単に言わない,子ども主
「教師の力量がないから」という考察は避けたい。
体の授業が想起される。
② 授業の成否を分ける場面
算数の授業者が,常に意識していることは,
「あ
横野(2011)は,留学生に対する教育実習生の
たかも子どもが自分たちで見付けたと思える授
日本語授業で,「学生の理解確認ができていない
業」
(早勢,2013-2)の日常実践なはずである。
場面」を指摘している。これらは,授業の成否を
しかし,これらを「成否を判断する基準」とし
分ける場面と捉えることができると考えている。
ては,漠然としているため,相馬(2013)が強調
算数の授業という視点から,〔表2〕のように
している「よい授業」の条件を参考に,本稿にお
まとめる。(早勢,2013-1)
ける基準を〔表1〕のように捉えたい。
〔表2〕 授業の成否を分ける場面
〔表1〕
授業の成否を判断する基準
基準A:子どもが目的意識をもって主体的に取り
組んでいるか。
すなわち,考えつづけているか。
基準B:本時の目標が達成されたか。
基準Aについては,現行の小学校学習指導要領
における算数科の目標が,
「算数的活動を通して」
を文頭句としていることから,すべての授業にお
100
①教師が一方的に話を続け,学習者に対して明確
化や精緻化の発問を行っていない場面
②学習者の発言に対して,教師が訂正のみ,もし
くは相槌しか打たない場面
③教師の明確化や精緻化の発問に対し学習者の訂
正や拡張の説明がない場面
④教師の発問に対し,学習者の沈黙が続いている
場面
⑤教師が沈黙を恐れ,質問や説明を続けてしまう
場面
算数科における授業の成否を分ける瞬間についての一考察
〔表3〕
算数科における授業を見る視点(池田,2002)
どのような場面で
どういう点に留意すればよいか
目標設定
1 授業のねらいを ①教えたいことを子どもから出るようにする。教えたいことは,絶対に教えない。
達成する上で
②何が本質的であるのかをとらえる。指導目標を明確にとらえる。
③指導目標に応じた教材の取り扱い方,活動の取り扱い方を十分に検討する。
a 授業をシミュレーション化する。
b 問題場面から,子どもの反応を予想して,もう一度,指導展開を振り返る。
④子どもが何ができて何ができないかを明確にとらえた上で,指導目標を設定する。
導 入
2 授業の導入にお
いて
①子どもの問いが生まれるようなしかけをしておく。また,教師は,きっかけを与えて,
そのあとの子どもの動き出す方向を認めてあげる必要がある。
a 意外性・驚きに焦点を当てる。
b 対比・比較を通して似て否なるものに焦点を当てる。
c あいまいさに焦点を当てる。
②できない子も問題理解できるように配慮する。
3 子どもに発問す ①子どもの理解できる言葉を用いる。
る際に
②なぜその発問をするのかを問う。
③一般的な発問から考え方に関する発問,そして,知識・技能に関わる発問へと順番に
行っていく。
4 授業の中で子ど ①どういう意図で指名するのかを明確にする。
もを指名する際 ②どのような反応から取り上げていくか,その順番を明確にする。
a 間違った解答から取り上げる。
に
b どろくさいやり方から取り上げる。そして,それを洗練していくといった流れで
取り上げる。
③発表者とは別の子に説明させる。
④発表のさせ方について,継続的な指導が大切である。
展 開
5 子どもの多様な ①多様な考えの取り扱い方
考えを取り扱う 誤答や稚拙なものから取り上げ,それを練り上げていく。
a いかに多様な考えを取り扱うか
際に
・
「これを書いた人は,どのように考えたかわかりますか」
・
「前にやったことないかな」
・
「ちょっと難しいね。これは,後でやろうね。」
・
「似ているものはどれか」「関連するものはどれか」
b 複数の考えを対比させるときの留意点
・複数の解答を比較する場合は,自分以外のやり方を必ず1回はやってみる必要が
ある。その後で比較することが大切。
②つぶやきを拾うこと
・
「ぼそぼそ」からすばらしいアイデアが見いだされることが多い。
③間違った答えの取り扱い
・それが活かせないかを考える。難しいときは,
「その子のおかげで,こんなマメ知
識が聞けたね」と評価してあげる。
④子どもの反応を指導目標に強引に関連付ける。
⑤予想外の反応の取り扱い
a 教師がそれを取り上げない場合,なぜ意見を取り上げないのかを理解させること
が大切である。
b それが数学的であるかどうかによって,取り上げるかどうかを決定する。
c たとえ授業のねらいからはずれたとしても,新たな発見が生まれないかどうかに
焦点を当てて取り扱うことも重要である。
終末・等
6 授業のまとめに ①まとめのタイプに応じた留意点
おいて
a 振り返りによるまとめ
・どんなことをやったか,何がわかったか等を書かせる。
b 発展によるまとめ
・生活に関連づける方向と関連する算数の知識を広げる方向がある。
②何をまとめるか
a 子どもの考えをまとめにする。
b 数学的な考え方をまとめにする。
③板書計画とノート指導
a 1時間の授業の流れがわかるように板書すること。きっかけになった子どもの一
言を取り上げてほめてやるとよい。
b クラス全体で共有すべき内容をおさえた上で,1人1人が自分なりのまとめがで
きることが理想である。
101
早 勢 裕 明
さらに,池田(2002)は「算数科における授業
で囲んだ部分に成否を分ける瞬間があっ
を見る視点に関する研究」で10名のベテラン教師
たと考えられた。〔表5〕に,当該部分のプロト
に対するインタビュー調査から,〔表3〕のよう
コルを示す。
な視点をまとめている。これらは,授業を成功に
つなげるポイントとしても捉えることができる。
実際の授業事例を分析・考察する際の視点としたい。
5.授業事例についての分析と考察
次に,研究メンバーが授業者である3つの授業
DVDをメンバーで視聴し,成否を分けた瞬間に
ついて考察した内容を述べていく。
なお,いずれの授業も日常的に問題解決的な学
習に取り組んでいる授業者のものであり,
〔表1〕
の基準A,
Bを概ね実現した授業である。従って,
成否を分けた瞬間とは,より効果的に本時の目標
を達成するためにという視点での考察になる。
⑴ 授業事例1(1年「なんばんめ」2015. 5. 1)
本時の目標と授業展開は〔表4〕の通りである。
〔表4〕 1年「なんばんめ」の授業の概要(1/3)
本時の目標:集合数との比較から,順序数の意味に気
付く。(数量や図形についての知識・理解)
教師の働きかけ(■)と子どもの反応(・)
もんだい 〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇 (実際は車の図)
■ 図を提示し,
「3 にいろをぬりましょう。」と板
書
■ 机間指導で子どもの考えを把握し,取り上げる考
えと順番を構想する。
〔表5〕 〔表4〕 の囲み部分のプロトコル
教師(T)と子ども(C:全体,Ci:個人)の発言
T1 いろんな種類の3が出てきて驚いたんだけど,何
人かのプリントの写真を撮ったので,テレビで見
てみようか。
T2 (●●●〇〇〇〇〇〇〇を提示)
これと同じ人?この人の気持ち分かるかな?
C1 左から3こぬってる。
T3 なるほどね。じゃあ,これは?
(〇〇〇〇〇〇〇●●●を提示)
C2 右から順番に3こぬってる。
T4 こんなのもあったんだけど。
(〇〇●〇〇〇〇〇〇〇を提示)
C あーっ。
T5 この人の気持ち分かった人は?
C3 左から3台目にぬった。
T6 みんなすごいな-。3つの塗り方が出たね。
では,今日の「はてな」です。
「どうしてぬりかたがちがうのだろう」
(板書)
T7 黒板に4つの考えを掲示
あ ●●●〇〇〇〇〇〇〇
い 〇〇●〇〇〇〇〇〇〇
う 〇〇〇〇〇〇〇●●●
え 〇〇〇〇〇〇〇●〇〇
C4 いとえ,あとうが似てる。
T8 シーッ。考えてみようか。
教職経験で初めて1年生を担任した授業者の5
月の授業である。学習ルールの指導が大切な時期
でもあり,全員がきちんと座って45分間考え続け
ていた姿は見事であった。
成否を分ける瞬間として,我々が捉えたのは,
■ 子ども3名のノートの写真をディスプレイで提示
し,多様な「3」があることを確認
・●●●〇〇〇〇〇〇〇
・〇〇〇〇〇〇〇●●●
・〇〇●〇〇〇〇〇〇〇
はてな
どうしてぬりかたがちがうのだろう。
3つの考えを紹介する際に,「気持ちが分かる」
■ 子どもの考えを4つ板書し,それぞれの「3」の
特徴について考えを発表させる。
あ ●●●〇〇〇〇〇〇〇
い 〇〇●〇〇〇〇〇〇〇
う 〇〇〇〇〇〇〇●●●
え 〇〇〇〇〇〇〇●〇〇
・「3こ」塗ってるのと「1こ」のがある。
・「3つ」塗ってるのと「3つめ」のがある。
・「左から」と「右から」がある。
てな)の「どうしてぬりかたがちがうのだろう」
なるほど
「ひだりから3つ」と「ひだりから3つめ」
●●●〇〇〇〇〇〇〇 〇〇●〇〇〇〇〇〇〇
は,何を教師が求めているのか分からなかったの
■ 練習問題として教科書の問題に取り組ませる。
この時の教師の心中は察してあまりあるものが
102
と問い,子どもから予想外に完璧な発言が出てし
まい,子どもにどのように塗ったかまで説明され
てしまったことである。結局,この段階で課題(は
に対する答えが出てしまっている。〔表2〕の⑤
の場面にかかわる教師の「気持ち分かる」の発問
になったのではないだろうかと考えられた。
その後に,本時の課題を提示したが,子ども達
ではないだろうか。
算数科における授業の成否を分ける瞬間についての一考察
あるが,せっかくのC4の発言も,教師は拾いき
も3なの?」「これは1じゃない?」などと問う
れなかった。ここは,〔表2〕の①又は②の場面
ことが考えられる。
に対応しているように考えられた。
T8の瞬間については,
〔表3〕の5-②として,
授業者への
「なぜ,気持ち分かると発問したか」
5-④を意識し,
「えっ,何?」「もう一度言って」
とのインタビューでは,
「そこまで完璧な答えが
と問い返し,目標達成に強引に関連付けることが
出ると思わなかった。」「まったく紹介しないで展
考えられた。
開すると,教師のねらう考えが出ないかもしれな
いと思った。
」との言葉であった。
⑵ 授業事例2(4年「垂直と平行」2014.11. 7)
対応策としては,〔表3〕の1-①のスタンス
本時の目標と授業展開は〔表6〕の通りである。
を強くもち,2-①bを踏まえ,3つの図のみを
で囲んだ部分に成否を分ける瞬間があっ
提示し,
「どうして同じ3なのに塗り方が違う
たと考えられた。〔表7〕に,当該部分のプロト
の?」や,1つだけ塗っている図について「これ
コルを示す。
ベテランの授業者で,要所要所で子ども達に問
〔表6〕
4年「垂直と平行」の授業の概要(3/13)
い返し,確認や強調をしながら,本時の目標を明
本時の目標:平行な直線に交わる他の直線がつくる角
を調べる活動を通して,平行線の性質を考え説明でき
る。(数学的な考え方)
教師の働きかけ(■)と子どもの反応(・)
確に意識していた,ぶれのない授業であった。
問 題
ることに苦慮していたようである。教師は,子ど
ア
ウ
A
あ
○
イ
エ
オ
ア~オの直線があります。
ななめに交わる直線Aをかい
たとき,角あと大きさが等し
くなる角はどこでしょう。
(ア⑊ウ⑊オ,イ⑊エ,
イ⊥A,エ⊥Aである)
・直線アとウとオは平行に見える。
・直線イとエも平行みたいだ。
・角あと大きさの等しい角はたくさんありそう。
・角あの他にも等しい大きさの角がありそうだ。
課 題
直線Aと交わる線でできる角の大きさを調べてき
まりを探そう。
・直線アとウとオは平行だ。
・直線イとエも平行だ。
・角あ(70゚)と等しい角は6つある。
・角 あの他にも等しい大きさの角(90゜
と110゜
)が
ある。
■ 平行な直線と交わる直線でできる角の大きさには,
本当にきまりがあるのかな。
・平行な直線と交わる直線でできる角の大きさは等
しい。
・等しい大きさの角を色分けすると分かるよ。
まとめ
平行な直線は,他の直線と等しい大きさの角で交
わる。
■ みんなで見付けたきまりは,いつでも使えるのか
試してみよう。
確かめ
平行な2本の直線に交わ
る直線を1本かいて,でき
た角の大きさを調べよう。
・やっぱり等しい大きさになるよ。
子ども達は,同位角や錯覚,対頂角の関係を分
度器による計測で気付いていたが,言葉で説明す
もの声を生かし,みんなで見付けたと思える展開
に粘り強く取り組んでいた。教えたいことは,絶
対に教師からは言わないという,〔表3〕の1-
〔表7〕 〔表6〕の囲み部分のプロトコル
教師(T)と子ども(C:全体,Ci:個人)の発言
T1
C1
T2
どう,きまりはあるの?
アとウとオは平行。
本当? 確かめていた人がいたんだよね。
(iPadで撮影した子どものノートを提示)
アに垂直な直線を1本かいて調べたら?
C2 他も垂直になったから,3本は平行。
になって,70゜
が6つあった。
C3 角あは70゜
と平行って何か関係あるの?
T3 70゜
C (沈黙)
T4 平行と何か関係あるの?
C4 線が平行になると,そこに縦でも斜めでも線を
入れると,同じ大きさの角ができる。
T5 本当?
C4 じゃ,別な線でもやってみる?
C イとエで!
T6 イとエだと?
C 90゜
T7 平行と角の大きさに関係あるの?
C (沈黙)
T8 難しいね。今日のまとめをしようか?
(子どもに問いかけ,声を拾いながら)
T9 平行な直線と/1本の直線が/交わったときの
/角度は等しい。
T10 本当か,確かめてみよう。→ 確認問題
103
早 勢 裕 明
①を日頃から大切にしているからである。
きと捉え,「本当?」よりも「どういうこと?」
〔表2〕の④の場面にかかわり,T3の発問に
と全体に問い返し,板書で確認していけば,本時
対する子ども達の沈黙による教師の動揺からか,
のまとめはほぼ完了したとメンバーで考察された。
⑤には陥っていないが③の場面としてT4,T7
授業者へのインタビューで「なぜ,C4の発言
と同じ発問を繰り返している。また,〔表3〕の
を確認,強調しなかったのか」と尋ねたところ,
5-④に結びつくC4の発言を強調・確認してい
「これ以上粘っても明確な説明は出てこないと判
ないのである。この発言を目標につながるつぶや
断した」とのことであった。ここでも,教師の意
図する考えが出ないことへの不安がうかがえた。
〔表8〕
6年「拡大図と縮図」の授業の概要(6/11)
ただ,終末では,子ども達とのやりとりをしな
本時の目標:1つの点を中心とした拡大図のかき方を
理解し,三角形の拡大図をかくことができる。(数量
や図形についての技能)
教師の働きかけ(■)と子どもの反応(・)
がら,子どもの声を生かしてまとめを行い,確認
問 題
ア
イ
この三角形の2倍の
拡大図をかきます。わ
くの中にかききれるの
はアとイのどちらで
しょうか。
問題で確かめるという教師の働きかけは見事で
あった。
⑶ 授業事例3 (6年「拡大図と縮図」2014.11. 7)
本時の目標と授業展開は〔表8〕の通りである。
で囲んだ部分に成否を分ける瞬間があっ
■ 予想を教えて。
・ア(18人) ・イ(0人) ・どちらも(11人)
■ では,ちょっとかいてみよう。
・どこを測ればいいかな。
・枠が小さくてかけない。
・辺を伸ばして重ねてかけばかけそうだ。
たと考えられた。〔表9〕に,当該部分のプロト
課 題
もとの辺をのばして2倍の拡大図をかこう。
出ている授業であり,本時の目標の達成は確実に
■ アがかけてる人がいるので説明して。
・辺をのばして,コンパスで印を付けて。
・2倍だから,コンパスで2回分。
■ イもかいてる人がいるんだけど,どうやってかい
たかわかる。
・こっちも,同じように…
■ アとイのかき方で似てるところあるの?
・どちらも辺をのばしてる。
・辺をのばす始まりの点が違うだけで,かき方は一
緒。(■「点~を中心に」は教える。)
■ では,この問題はできますか。(確認問題)
・中心にする点が違うだけで
かき方は同じだ。
■ 四角形でもかけそうですか
・2つの点は決まるけど?
・対 角線をのばせば,三角形
が2つあるのと同じだよ。
■ 辺をのばせない頂点に対応する点は,どのように
見付ければいいのだろう?
・対角線ならのばせるよ。
・2つの三角形になったよ。
まとめ
1つの点を中心にした拡大図は,辺や対角線をの
ばしてかける。 まとめ
・他の図形でも,1つの頂点を中心に拡大図が かけそうだ。
104
コルを示す。
本時の目標を明確に意識し続け,問題の工夫か
らも,目標にダイレクトにつながる意図がにじみ
〔表9〕 〔表8〕の囲み部分のプロトコル
教師(T)と子ども(C:全体,Ci:個人)の発言
T1
C
T2
C1
アとイの考え方は,まったく別々ですか?
同じ。 一緒だよ。
どこが同じと言えるの?
コンパスで2回印を付けているので2倍になって
いるところ。
C2 コンパスで印を付けて,その印を結んでいるとこ
ろ。
T3 みんな同じ?
C 同じ!
T4 まず,初めにしたことは何?
C 辺をのばす。
T5 あとは?
C コンパスでもとの辺の2倍に印をつける。
T6 アの図は,どの点からのばしたか見えてますか?
C 点Aから。
「点Aを中心に」と板書)じゃあ,
イの図には,
T7 (
なんてかいたらいいと思う?
C 点Bを中心に。
T8 どの点からのばすかを「点~を中心に」と言いま
す。
T9 みんなの予想はどれが正しかったの?
C どっちもかける。
T10 そうだね。では,こんな問題もできるかな。
(点Cを中心に作図する確認問題を配付する)
算数科における授業の成否を分ける瞬間についての一考察
なされていたとメンバーでも判断できた。四角形
〔表3〕算数科における授業を見る視点の項目の
の拡大図のかき方も子どもから「三角形が2つと
関連を示したものである。
考えれば同じ」という発言がなされていたことか
●は,〔表2〕の項目に関して,授業事例の成
ら,このことがうかがえた。
否を分けた瞬間で授業者が不安を抱いたと考えら
「点Aを中心に」という言葉を子どもから引き
れる項目である。また,〔表3〕における☆は,
出すことには,そもそも無理があると授業者もお
授業事例に見られるよさにつながる授業者の意図
さえていた。しかし,「点Aからのばす」などの
が認められた項目,★は,授業事例の成否を分け
言葉が出れば,
強引にでもまとめにつなげ,
「中心」
た瞬間においての対応策につながる項目である。
という用語を補足する予定であった。この教師の
〔表10〕から,本稿で述べた3つの授業事例の
意図は,T2の「共通点」を問うことで,どちら
成否を分けた瞬間に関して,●や☆,★が共通す
も「コンパスで辺を2倍している」という発言を
る項目に見られた。
引き出すことに直結している。
しかし,T3で「みんな同じ?」と問い,教師
の意図につながる発言が出そうにもないと判断,
〔表2〕の③にかかわり,意図する考えが出ない
のではと言う不安をうかがい知ることができる。
ただ,それでもなお,〔表3〕の1-①「教え
たいことは,絶対に教えない」という教師の強い
思いから,メンバーでは,次善の策としてのT6
やT7の発問になっているとの考察がなされた。
対応策としては,
「共通点」だけでなく,
「では,
を問えば,
「点Aからのばしている」ことと「点
Bからのばしている」ことの違いが,子どもから
出され,より教師が意図する展開で「中心」とい
う言葉を提示できたのではないだろうか。
〔表3〕
の2-①bの視点をさらに重視することが効果的
と考えられた。
6.今回抽出された成否を分ける瞬間と対応策
3つの授業事例から,授業の成否を分ける瞬間
に教師が感じる不安は,
「教師が意図する考えが
出ないのではないか」ということからくるという
ことが共通にとらえられた。
〔表10〕は,5節で考察した3つの授業事例の
成否を分けた瞬間について,教師の不安を感じる
場面としての
〔表2〕授業の成否を分ける場面と,
授業の成功につながるポイントとも考えられる
表3・授業を見る視点からとらえられる対応のポイント
アとイのかき方で違うところは?」と「相違点」
各表の項目
授業事例
①明確・精緻化の発問がない場面
②訂正・相槌のみの場面
③学習者の訂正・拡張がない場面
④学習者の沈黙が続いている場面
⑤沈黙を恐れ質問・説明する場面
① 教えたいことは教えない
② 何が本質かを捉える
a授業をシミュレーション
1
③
b子どもの反応を予想
④ 何ができて何ができないか
a意外性・驚きに焦点
① b対比・比較を通して
2
cあいまいさに焦点
② できない子も理解できる
① 子どもが理解できる言葉
3 ② なぜその発問かを問う
③ 発問の順序を踏まえる
① 指名の意図を明確に
a間違った解答から取上げ
②
4
b稚拙な考えを洗練する
③ 別の子に説明させる
④ 発表の仕方の継続的指導
a多様な考えの取り扱い方
①
b複数の考えを対比
② つぶやきを拾う
③ 間違った答えの取り扱い
5
④ 指導目標に強引に関連付け
a取り上げない理由を理解
⑤ b数学的であるかどうか
c新たな発見につながるか
a振り返りによるまとめ
①
b発展によるまとめ
a子どもの考えをまとめに
6 ②
b数学的な考え方をまとめ
a授業の流れがわかる板書
③
b一人一人がまとめを
表2・不安場面
T4の発問につながっているのである。ここでも
〔表10〕
授業事例における成否を分ける瞬間と教師
が不安を感じる場面や対応策の関連
1
●
●
2 3
● ●
●
●
★ ☆ ☆
★
★
★
★
★
★ ☆
105
早 勢 裕 明
⑴ 教師が不安を抱く場面
教育実習生,学生の模擬授業などとの比較も行い,
〔表2〕の●から,③④⑤の項目が,「教師の
考察の客観性を高めていく必要があると考えてい
意図する考えや反応が子どもから出ないのではと
る。
いう不安」と強く関連していると考えられた。そ
の不安から①②が誘発されるともとらえられた。
⑵ 成否を分ける瞬間における教師の対応策
☆や★の項目にも4つの共通点が見られた。こ
れらの項目を強く意識して教師の働きかけを粘り
引用・参考文献
平林一榮,1975,算数・数学教育のシツエーション,広
島大学出版研究会,p.140.
早勢裕明,2013-1,
「問題解決の授業」に踏み切れない教
師の不安についての一考察-小学校に おける算数の
強く行うことが肝要と推察できる。
授業研究を通して-,
北海道教育大学紀要
(教育科学編)
改めて,そのポイントを〔表3〕の記述を再掲
してまとめると,次のようになる。
第64巻第1号,pp.97-109.
早勢裕明,2013-2,子どもの「だって」を引き出す算数
科の授業について,釧路論集(北海道教 育大学釧路
校研究紀要)第45号,pp.49-58.
Ⅰ 教えたいことを子どもから出るようにする。
教えたいことは,絶対に教えない。
[1-①]
Ⅱ 子どもの問いが生まれるようなしかけをして
おく。
対比・比較を通して,似て非なるものに焦点
を当てる。
[2-①b]
Ⅲ つぶやきを拾う。
[5-②]
Ⅳ 子どもの反応を指導目標に強引に関連付け
る。
[5-④]
北海道教育庁網走教育局,2009,オホーツク学力向上サ
教師が,明確に本時の目標を意識し,子どもの
相馬一彦,2013,
「考えることが楽しい」算数・数学の授
ポートプラン「授業研究の栞」,北海道 教育庁オホー
ツク教育局HP,pp.40-41.
池田敏和,2002,算数科における授業を見る視点に関す
る研究,日本数学教育学会誌第84巻第4号,pp.27-35.
笠井健一,2015,算数科における自分や集団の考えを発
展させる学び合いの授業,初等教育資料 №926,東洋
館出版社,pp.14-17.
佐伯卓也,1986,プレサービス教師のための数学不安尺
度(TMARS)の試作,数学教育論文発表会発表要項
19,日本数学教育学会,pp.153-156.
反応をつぶやきなども含めて,強引に目標に関連
付けるスタンスが,極めて授業の成否に影響する
業づくり,大日本図書,p.1.
横野由起子,2011,インターアクションから見る 理解
確認のための手法,国際教養大学専門職大学院グロー
のである。そして,そのために,対比や比較を効
バルコミュニケーション実践研究科日本語教育実践領
果的に位置付け,共通点や相違点を子ども達から
域実習報告論文集№2,pp.99-113.
引き出すことが重要と考えられる。それは,教師
は学級で最後に納得する人(笠井,2015)を体現
することになるのではないだろうか。
7.今後の課題
本稿は,研究メンバーである問題解決的な学習
を日常的に実践している授業者の,しかも3つの
事例に関する考察に止まっている。
残された科研費研究の期間において,さらに,
多くの授業を分析,考察し,問題解決的な学習に
踏み切るための手立てを明らかにしたい。
そのため,問題解決的な学習に不慣れな教師や
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(釧路校准教授)