保健機能食品を活かした新しい薬膳 長村 鈴鹿医療科学大学 洋一 保健衛生学部 教授 世界中医薬学会連合会食療委員会 理事 日本における薬膳の問題点 中国における薬膳は古来の中医学に基づき分類されたそれぞれの気質のヒトに対 し供給されるメニューである。その気質分類の中には既に病気であるヒトも含まれて いるので、病気の治療食まで含めた非常に広範で、優に三千を超えるメニューが薬膳 には存在する。ところが、現在中国にある薬膳のメニューのうちで、日本国内でその まま実行できるものは、数がかなり限られる。数が制限される大きな理由は、効果の ある薬膳メニューは、特定の漢方薬、または漢方の素材となる食材を使用しなければ ならない。そのような食材は、日本では通常には入手困難であるものが少なからずあ る。また例え入手できてその素材を活かした料理を作成しても、日本では薬機法(旧 薬事法)および食品衛生法に抵触するケースが多く存在し、そのかなりのメニューが 日本では医薬品に該当するものを含んでいるために実際には利用できない。 さらに、日本食の健康に寄与している大きな原因食材の一つに魚があることは多く の研究結果が示しているが、中国の伝統的薬膳には魚としては鯉が出てくる位で、数 は限られている。ましてやイワシ、サバ、サンマ、マグロ、ブリといった n-3 系脂肪 酸を多く含む健康によいとされる青魚は基本的に利用されていない。 日本食は薬膳的構成をしている 日本の日常的なメニューである美味しくて栄養があるうどんは、単なる麺からのみ なる「素うどん」ではなく、てんぷら、鴨の肉、油揚げなどが加えてある。これらの 添え物を我々は「かやく(加薬)」と言い、ネギやショウガを加えてよりおいしく健 康的なうどんにするが、このネギやショウガを「やくみ(薬味)」と言う。すなわち バランスよく栄養があって美味しいうどんは、健康に良い素材を加えて作成した薬膳 の概念が詰まっている。日本を世界トップの長寿国にしている一因には薬全的日本食 の寄与は大きく、あえて中国のそのままを真似なくても良いと考えられる。 そこで栄養豊富なまたは体調調節機能(食品の第3次機能)を有する素材を加薬、 薬味といった観点で用い、日本食をおいしく健康的なメニューに作り上げてゆく薬膳 的考え方を、新しい日本食の在り方として提案したい。 薬膳素材としての保健機能食品 日本食を薬膳的に捉えて新しいメニューを開発しようとすると問題となるのは、料 理に使用できてかつ体に良い食材をどのように調達するか、そして調達できた食材に 本当にその効果が期待できるか、という点である。そんな観点から日本を見回すと、 特定保健用食品(トクホ)、栄養機能食品、機能性表示食品からなる保健機能食品と いう健康改善機能に関して科学的エビデンスの裏付けを持って表示されている食品 が多数出回っている。この保健機能食品は、血糖や血圧の上昇を抑える、疲れをとる、 体脂肪が減る、健やかな眠りにつける、骨や歯が丈夫になる、お腹の調子が整う、ひ ざ関節機能を滑らかにする、お肌の潤いを保つ、記憶力を良くする等の体に良い機能 を言っても薬機法違反にならない。 そこで夫々がどんな食材から構成されているかを調べて見ると、錠剤カプセル形態 以外は、お茶、ジュース等の種々飲料、麺、おかゆ、納豆、ヨーグルト、スープ、シ リアル、ソーセージ、即席麺、豆腐、ハム、パン、ハンバーグ等の一般食品のみでな くミカン、もやしなどの生鮮食品まで出ている。 新しい健康食メニューの名称「健美和膳」 我々の研究室ではこれら保健機能食品を使用してたくさんの美味しい食事メニュ ー作成を試みたが、おいしかったメニューのキャッチコピーとその主材料をいくつか 紹介する。 ・骨を丈夫にし、おなかの調子を整える「テンサイノウミソヨーグルト」 ・記憶力をサポートし、骨を丈夫にするサバ水煮の中華風サラダ ・記憶力を良くし、コレステロールを抑えてくれるトマトソースのツナリゾット ・高めの血圧を抑え、健やかな眠りをサポートし、お肌の潤いを守るおかゆ これらメニューの主材料は、 「おなかの調子を整える」ヨーグルト、 「カルシウムが骨 になるのを助ける」納豆、「記憶力をサポートする」サバの水煮、大豆イソフラボン を十分含んだもやし、 「血圧が高めの方へ」の表示のある GABA を含んだおかゆ、健や かな眠りをサポートする」テアニンを豊富に含んだ麦茶、「肌の潤いを守る」セラミ ドを含んだゼリー等である。 この新しい薬膳メニューに対し当日本薬膳学会(高木久代代表理事)は「健美和膳」 と命名している。この「健美和膳」を当学会は「エビデンスのある健康機能を有する 食材をかやく(加薬)またはやくみ(薬味)として用いて作成する日本人向けの美味 しい健康食」と定義している。ここで、エビデンスのある健康機能を有する食材とは、 従来の薬膳に用いられている漢方食材(例、ショウガ、ニンニク、クコ、山査子、桂 枝、ナツメ、山芋等の多くの食材)および日本の国が保健機能表示を許可している保 健機能食品(特定保健用食品、栄養機能食品、機能性表示食品)等を指す。 6千万人以上の人達の健康な食生活のために 多くの医療費を必要しているがん、心疾患、肺炎、脳血管疾患などの疾患は、多く の臨床試験や、疫学調査によって食生活とかなり密接に結びついていることが明らか である。事実、メタボ、血圧、血糖値、中性脂肪、コレステロール、γGTなどにつ いては適切な食生活で改善されることが示されている。これらの検査値が異常で食生 活の改善により健康状態の改善をはかることのできるヒトのおよその数は 6 千万人以 上である。これらの人々の食生活改善手段として日本独自の「健美和膳」の摂取を広 め国民の健康な食生活を取り戻す切っ掛けを提供したい。
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