曽爾高原の猪鹿 こんせき 曽爾少年自然の家がある曽爾村を含む宇陀山地では、ふだんからその姿を見たり、その痕跡を 目にすることができる大型のほ乳類がすんでいます。その代表がイノシシとシカです。これらの動 物を動物園以外で、野生の状態に近いかたちで観察できるのは、六甲山ロックガーデンのイノシ シと奈良公園のシカです。奈良公園のシカは昭和32年に国の天然記念物に指定されています。 30cmの積雪に弱いイノシシ イノシシは北アフリカからユーラシア大陸に広くすんでおり、日本では本州以南の都府県にいま す。全身が褐色から暗褐色で、長い太い剛毛でおおわれています。首から背にかけての剛毛は 「イカリ毛」とよばれ、興奮するとたてがみ状になります。分布の中心は近畿地方で、中部、関東と 東に進むほど個体数が少なくなり、中国、四国、九州と西に進むにしたがって少なくなります。この ひづめ かかと 理由として考えられるのが冬の積雪量と森林の面積です。蹄のある動物は後ろ足の踵の高さ以上 に雪が積もると歩きにくくなるという特徴があります。イノシシの蹄から踵までの高さが約30c mです ので、これ以上に雪が積もると食べ物を探すための移動ができにくくなります。宮城県・石川県よ りも北の本州は多雪地帯のために生息していません。 もう一つは、イノシシの生息場所は常緑広葉樹林や落葉広葉樹林、水田や畑などに接する里山 の二次林があり、クズ、カヤ、ヤマノイモ、ミミズ、カエル、ヘビ、昆虫類などの生き物がいる環境で す。森林率が4 0 %以上の地域は東北・ 九州、関東から四国で、この2 つの条件を重ね合わせると、 森林の多い東北・北陸地方は生息環境がよいとされますが、大雪のために冬の行動が制限され るために分布しないことになります。これ以外の地域で森林が多いのに分布しないのは、イノシシ にとっての森林の質が悪いことや、狩猟による捕獲が考えられます。最近問題になっている地球 温暖化が進行すると、一冬の積雪量が30c m以上の日が70日を越える地域が減っているため、イ ノシシは北に分布域を拡大すると考えられます。また、中山間地域の水田や畑地が過疎化や高 齢化のために耕作を放棄すると、その土地にカヤやクズなどの植物が生えてくるので、イノシシの 食べ物が増えるという結果を生み出します。 50cmの積雪に弱いホンシュウジカ 奈良公園の鹿は「春日さんの鹿」の愛称で親しまれており、奈良の鹿愛護会によって保護管理 されています。このシカはベトナムから極東アジアにかけて分布しており、ヨーロッパ、オーストラリ ア、アメリカでは人為的に移入され野生化しています。夏毛は茶色で白斑がある「鹿の子まだら」 となり、冬毛は白斑が消え全身が灰褐色となります。いつでもお尻が黒い毛で縁取られた大きな 白い斑点となっています。産まれたばかりの小鹿には細かい白斑があります。成熟すると雄には 角が生え(雌にはない)、角は毎年生え変わります。奈良公園では毎年観光客への危険防止の ために、雄鹿の角切りを行っています。ニホンジカが多く分布するのは北海道東南部、関東西南 部から近畿地方で、イノシシと同じように自然分布を制限する要因に積雪があります。ホンシュウ ジカでは積雪量が50c m以上20日を越えると移動や餌を食べるのが困難になるので、秋田県・山 形県・新潟県には生息していません。少し大型の工ゾジカでは移動を制限する積雪量は60c m以 上80日以上であり、その地域が北海道の西半分なので、北海道のシカは雪の少ない東南側に 生息しています。 もう一つは、ニホンジカの生息する環境は常緑広葉樹林や落葉広葉樹林や寒帯草原ですが、 森林から離れて生活することはありません。ホンシュウジカやエゾジカはイネ科の草やササ類、広 葉樹の若葉を食べます。冬季には雪に埋もれた枯れ草やササ類を主に食べます。奈良公園がい つも芝に覆われているのは一年を通してシカが芝を食べてくれるからです。本州以南でシカが少 ないのは草原的な環境が少なく、農耕地や住居地の土地利用のしかたがシカの生息を制限して いると考えられています。生息が分断されている半島や島では狩猟による減少も考えられます。こ のために雌ジカの狩猟は禁止されていますが、ホンシュウジカの分布の中心である紀伊半島、特 に大台ヶ原地域ではシカの個体数が増加し過ぎて、樹木の皮をはぎとって冬季に食べるというこ とが起こり、樹木の立ち枯れが目立つようになっています。 農林業被害の発生 奈良地方気象台の曽爾での観測によると、最近25年間での月最大の積雪量は26c m(1987年1 月)ですから、イノシシとニホンジカが冬季も活動しやすい自然条件です。そのために、宇陀山地 では水田や畑に餌を求めてやってきたり、植林地では植林した苗を食べたりする農林業被害が 発生しています。 イノシシは群れ生活を基本としますが、普通は雄と雌は別々に活動します。子どもたちは母親と いっしょに行動し、雄は1∼2年で成熟して母親の集団から出て行きます。産まれたての子には淡 うり ぼう 褐色の縦しまがあることから「瓜坊」とよばれます。この集団が、畑のサツマイモやヤマイモを鼻先 もみ で掘り返して食べます。水田に入り収穫前の籾を食べたり、連れている子に籾を食べさせるため にイネを倒したりします。春先には竹やぶに生えているたけのこも食べます。 また、シカは雄と雌が別々の群れをつくりますが、秋になると雄は一雄多雌の群れになり、縄張 りをつくります。集団や単独で林外の草地で朝夕に草を食べます。成長期のイネがはえた水田は ひのき まさしく林外の草地ですので、イネの先の部分を食べます。杉や桧を植林した山肌も林外の草地 ですので、スギやヒノキやマツ類の葉を食べます。また、冬季には葉だけではなく木の樹皮をはぎ とって食べます。また、縄張りを示すためにも皮をはぎとります。 防護柵 電気柵 写真 イノシシとシカの被害を防ぐための施設(曽爾村太良路の水田) 中山間部でイノシシとシカの被害が発生する田畑には共通点があります。どの場所も人家から は離れており、谷すじに面した休耕田や耕作を放棄した田畑に接している場所です。少年自然の 家に上がってくる道沿いの曽爾村の太良路地区には防護柵(写真の左)と電気柵(写真の右)が 見られます。 さく 電気柵は直径2c mの鉄パイプを地上100c mの高さに差し込み、地上40c mと80c mの所に電流を ひも がい し 流すための電線を碍子で取り付けます。最上部にはビニール紐を張ったもので、この杭を土地の 起伏にしたがって2∼3. 5mの間隔で水田を囲むように張りめぐらせます。電源はバッテリーです が、人が触れると電気ショックを感じます。 イノシシの侵入を防ぐ防護柵は直径6c mの木の杭を地上100c mの高さに打ち込み、幅65c mのト タン板を地上からの隙間がないように杭に打ち付けます。トタン板を挟むように直径2c mの鉄パイ プを地上150c mの高さに差し込み、地上85c m、110c m、130c mの所にビニール紐を張ったもので す。杭の間隔はトタン板の長さ(約2m)になります。さらにがんじょうに作られた防護柵は直径10c m の木の杭を地上150c mの高さに打ち込み、太さ7∼8c mの丸太を重ねるように地上120c mの高さま で番線で止め、さらに30c m上に有刺鉄線を張ってあります。杭の間隔は180c mです。シカの侵入 を防ぐ防護柵は地上170c mになるように鉄パイプをたて、ビニール製のネットや漁網を張りめぐらし ています。また、狩猟期になるとイノシシと雄シカを猟銃で捕獲したり、イノシシを捕獲檻を使って 捕獲します。また、シカは同じ道を歩くという特性を利用してワイヤーロープを使ったくくりわなを仕 掛けることもあります(狩猟期以外は県に有害駆除申請をする)。 発行年月 平成14年3月 執筆者 今西 塩一 参考文献 ・阿部永監修(1994)『日本の哺乳類』,東海大学出版会. ・中村和雄編(1996)『鳥獣害とその対策』,日本植物防疫協会. ・環境庁(1983)『第2回緑の国勢調査』,大蔵省印刷局. ・奈良地方気象台(1997)『奈良県の気象百年』,大蔵省印刷局. ・奈良新聞社(1976)『母と子のための奈良県の動物』,奈良新聞社.
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