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ブタを医学・医療に使う意義 ―現状と将来

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Biophilia18号より
ブタを医学・医療に使う意義
―現状と将来
自治医科大学 先端医療技術開発センター
はじめに
これまでも実験動物として注目されて
小林 英司
育動物」
と人の都合により犠牲死する
「非
終生飼育動物」に分けられる。前者が、
きたブタであるが、近年、臓器不足への
動物園などにいる
「展示動物」
であり、多
切り札としての異種移植、さらに幹細胞
くの動物愛好家が飼っている
「伴侶動物」
を用いた再生医療実現化のためのバイオ
である。後者が
「産業動物」
といわれ、食
リアクターとして世界的に注目度が上が
肉となり犠牲死させられる
「家畜」
と医薬
ってきた。
品開発等に用いられている
「実験動物」
で
本稿では、実験動物としてのブタの定
ある。まことに人間に都合のよい分類で
義や人畜共通感染症の問題についての基
あるが、昨今の世界的な動物福祉の動向
本的事項に解説を加える。そしてこれま
からこの分類を十分理解しておいた方が
での進展を踏まえ、医療用ブタとしての
よいことがうかがえる。たとえば、伴侶
考え方を紹介する。さらに今後の実用的
動物であるペットとして存在するイヌや
な展望とそのために必要な社会性につい
ネコが、飼育放棄や野生化によって保健
て述べる。家畜ブタ自体が医学・医療使
所等に捕獲された後、処分される。これ
用されてきた歴史的なことに関しては、
を実験動物として使用することに抵抗が
著者の他の総説を参考にしていただきた
生じてきた流れがある2)。また、展示動物
い 1)。
として動物園にいたサルが増えすぎたか
らといって、実験動物に使用するのにも
実験動物としてのブタ
まず、実験動物としてブタを定義しな
がら現状を解説したい。
小林 英司
自治医科大学 先端医療技術開発
センター 客員教授
大塚製薬工場(株) 特別顧問
オーストラリアクイーンズランド大
学外科主任研究員、自治医科大学臨
床薬理助教授を経て、2001年より現
職。2003年より同大学実験医学セン
ター長を兼務。2009年より現職。発
生工学的手法を用いた先進的実験動
物を開発し、臓器移植・再生医学研
究で多くの成果を上げている。現在、
国際実験マイクロサージャリー学会
会長、国際移植学会ステアリング委
員。
6
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きわめて一般的なことだが、動物の大
無理が生じたいきさつも理解できよう3)。
それでは、実験動物としてのブタはど
うであろうか? 古くから、ブタはヒトの臓器の大きさ
まかな分類としての系統樹がある
(図1)
。
と同等であることや家畜としての長い歴
自然界に存在する動物を「野生動物」と
史から実験動物として注目されてきた。
「飼育動物」
に大別し説明しようとする考
しかし、肉を食べるために飼育する家畜
え方である。野生動物は当然、人の手を
と医薬品開発のために使用するブタを科
加えずヒトとの共生を考えることが必要
学的にまた倫理的に厳密に区別してきた
であろう。一方、飼育動物は、病気など
歴史はさほどない 1)。体のサイズからミ
になっても治療して飼育をする「終生飼
ニブタを医学用、大きくなるブタを家畜
Biophilia Special
動物
野生動物
飼育動物
終生飼育
非終生飼育
産業動物
家畜
実験動物
図1
実験動物の倫理的カテゴリー
とする方もいるがあまり実験動物として本質的なことで
ない。今後、次の2点を強化して実験動物として特化し
ていくことが必要であろう。
医療用ブタの今後の発展
それでは、今後ブタを医学・医療へ応用するとしてど
のような展望があろうか?
4)
まず、実験用イヌ等では、血友病 や筋ジストロフィ
前述したが、ブタは、家畜としての長い歴史はあるも
ー5)などヒトと同様に自然発祥した疾患モデルがある。し
のの、実験動物としての基本的データがまだ十分とは言
かし、ブタにはない。これはブタが家畜としての歴史か
えない 8)。しかし、医薬品開発等でヒトでは生検材料等
らすれば当然なことであり、伴侶動物のように自然発祥
を採取しづらいところがある場合なども含め、実験動物
した疾患遺伝子が保存されなかったことによると考えら
としてブタを使うことにはきわめて展望がある。我々は、
れる。しかし、単一疾患遺伝子異常の疾患モデルについ
ヒトでは生検材料が取りにくい腱等での経皮吸収剤の濃
ては、近年のブタにおけるクローン技術の進歩が著しい。
度を測定するために、皮膚がヒトのそれと似通っている
試験管内でブタ線維芽細胞の目的遺伝子をノックアウト、
モデル動物としてメキシカンヘアレスブタを使って報告
ノックイン等行うことで、その細胞からクローン技術で
した 9)。これらの基本的情報は、専門誌を参考にしてい
個体の作出が可能である。CFTR遺伝子異常で生じるヒ
ただきたい。また、医療技術トレーニングとして、医療
トのう胞性線維腫症は、マウスでは生じないがブタで誘
機器開発の有用性、安全性試験の使用、さらに異種移植
6)
導できたという成果も近年報告されている 。
次に、感染コントロール面で、食肉と実験動物では異
のソースとしての展望については、本特集の各記事をお
読みいただきたい。
なる点である。当然であるが食肉ブタのSPFと実験動物
本稿では、少し切り口を変えた展望として、ブタをヒ
としてのブタのSPFとは意味合いが異なる。加熱処理で
ト細胞や増幅母体(in vivo bioreactor:キメラ動物)
(図
問題ないとされるE型肝炎ウイルスが、家畜ブタに存在
2)として使用するための考え方を紹介したい。
する。我々は、手術等で血液が付着する恐れがある実験
キメラとは、ライオンの頭にヤギの胴体、蛇の尻尾を
では、E型肝炎フリーなブタの実験使用を勧めてきた 7)。
持つギリシャ神話に登場する怪物キマイラ(Chimaira)か
現在、大きな国際問題となっている新型インフルエンザ
ら語源を発する。その後、一般的に同一生物の中に遺伝
の起源がブタ由来とされているが、実験動物は元々感染
子が異なる組織や細胞が接触して存在する現象として、
制御ができる飼育施設で管理されており、この面から家
多くの自然科学分野で用いられようになった。20世紀に
畜との違いも明確である。
開花した他者の臓器や細胞を移入して致死的患者を救う
移植治療法はまさにキメラ現象のヒトでの具現化で、末
期臓器不全の患者を救う唯一の治療法としてMiracle of
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Transplantationと呼ばれている。しかし、その希望に満
侵襲の度合いは深まることになり、その実験系の「苦痛
ちた治療法も21世紀に入り、皮肉にも移植医療の成績向
度」をどう評価するかが問題となる。
上とともに圧倒的な移植臓器の不足が生じ、倫理的、社
2つ目は、動物とヒトのキメラを作ることによりヒト
会的、そして国際的問題を醸し出し始めた。一方、ヒト
とヒトでない存在の境が曖昧になり、ヒトの尊厳が脅か
幹細胞研究の基礎が加速し、種々の幹細胞が樹立されて
されるという考えの存在である。これはさらに次の2つ
いる。前述のキメラ現象は、ヒト−動物間のキメラ研究
に問題が分けられると思う。
という新たな科学と倫理の時代へと突入している。すな
①ヒトの一部を持つ動物個体「動物−ヒトキメラ」:典
わち、動物にヒトの細胞を組み込んで研究に用いれば、
型は、神経細胞の移植によりヒトの脳の一部を持つ
ヒトの発生過程の神秘の謎の解明につながり、世界中で
マウスの作成が話題になった。
問題になっている移植臓器のドナー不足を乗り越える可
②動物の一部を持つヒト「ヒト−動物キメラ」:異種移
能性が出てきた。ヒトの細胞や臓器を動物の体を借りて
植は、すでにこの問題を現実のものにしている。ブ
発生させたり増幅させたりする in vivo bioreactorの研
タやマウスの膵臓細胞を移植された患者の、アイデ
究手法である(図2)。
ンティティ・クライシスである。これは通常の臓器
移植による、ヒト−ヒトキメラがもたらしている問
キメラブタの利用とその倫理性
題(レシピエントの人格同一性の混乱による精神医
キメラブタ利用における倫理面について、動物工場、
学的症状の発生)の発展形として考えてよいか、あ
るいはまったく異質の問題かを整理する必要がある。
異種再生医療の問題を取り上げて解説したい。
動物工場、異種再生医療の倫理問題は、大きく分けて
2つと考えられる。1つは、動物を医療資源の工場にする
キメラ作成の手法と課題
ことの、動物愛護の観点からの問題。とくに胎子を犠牲
試験管内では作り上げられないヒトの臓器を、医学用
にする手法の場合である。生きた動物をドナーにする従
に専門に開発されたブタ等の動物内で作ろうとするのが
来の異種移植の、動物愛護からの問題の発展形と捉えら
動物工場である。一方で、ヒトの脳組織の一部を持つマ
れている。動物の固有の発生と発育に干渉することで、
ウスや動物の発生過程にヒトの幹細胞を注入してできる
・ブタの体の中でヒトの細胞を増幅する
・ブタの体の中でヒトの幹細胞を臓器に分化させる
遺伝子改変無菌ブタ
キメラ臓器
増幅したヒト細胞
図2
8
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Biophilia Special
動物工場の手法
ヒトの細胞
を胎子に注入
であろう動物の倫理的問題を危惧する人たちもいること
が分化、増殖する足場と増殖因子を提供する“場”として
は事実である。我々は科学と倫理を両輪と考えながら、
働いてもらおうとする手法で、これまでのヒト−動物の
苦しむ患者にいち早く福音を鳴らす手法を開発研究する
キメラ研究の倫理的問題を解決する手法である。まず、
必要がある。
患者から骨髄細胞を採取して試験管内で間葉系幹細胞を
現在のところ機能を持つ細胞を質的・量的に発育させ
樹立し、これをブタ胎子から取り出した腎臓の原基に注
臓器にすることは試験管内ではできない。ヒトの臓器に
射する。そしてこの腎臓原基を患者の血管が豊富な体網
匹敵する機能を持つ臓器を作り上げるには、幹細胞以外
等に埋め込み移植する手法である。ブタの腎臓原基は患
に細胞が発育する足場(スカフォード)と幹細胞が種々の
者からの血管を引き込みながら、打ち込まれたヒトの幹
細胞に分化・成長するための増殖因子の2つが必須であ
細胞が、腎臓の細胞へと分化が進む。ここでブタの組織
る(図3)
。今後のキメラ研究について以下の2つの異なる
がヒトの体内から消えてしまえば、患者はブタ−ヒトキ
手法があると考えられている。
メラでなくなると考えている。つまり、ブタの胎子臓器
が一時的なヒト幹細胞が発育増殖する場となったことに
1.ヒトの臓器を持つブタの育成=
なる。
動物−ヒトキメラの作成
ブタ胎子の臓器にヒトの幹細胞を注入し、その胎子を
おわりに
育て上げる手法である。すなわちヒトの細胞の一部がブ
近年、ブタという動物の二面性が明確化してきた。1
タの臓器内で発生しキメラブタとなる。たとえば、腎臓
つは古くから食肉として我々人類を救ってきた家畜とし
を作り上げようとするには、ブタ側の遺伝子を操作して
ての重要性である。もう1つが、実験動物としてのブタ
ブタの腎臓細胞が発育しないようにすると打ち込んだヒ
である。また今回紹介した医学・医療用ブタとするため
ト幹細胞が代わりに増殖しやすくなりヒトキメラ化が進
には、実験動物としての研究を十分積むとともに、食肉
む。ブタの腎臓はヒトの腎臓と同様なサイズまで発育す
と同様、その命が奪われることに対する感謝を我々は肝
る可能性があり、まさにヒトに血管付きで移植可能な臓
に銘じる必要がある。
器が完成するが、血管系がブタであるところからヒトに
移植する際の拒絶反応を止めるための工夫がさらに必要
謝辞
本項の倫理的側面については、 枷
勝 島次郎氏に助言をい
である。
ただいた。
2.ブタの臓器の一部を持つヒト(患者)の育成=
ヒト−動物キメラの作成
[参考文献]
ブタ胎子の臓器に一時的にヒトの体の中でヒト幹細胞
1)小林英司:JRD, 48(3): , 2002.
2)前島一淑ら:アニテックス, 3: 618-639, 1991.
3)Saegusa A:Nature, 393: 404, 1998.
4)Manno C, et al.:Nature Med., 12: 342, 2006.
5)Sampaolesi M, et al.:Nature, 444: 574, 2006.
幹細胞
(stem cell)
6)Rogers C S, et al.:Science, 321: 1837-1841, 2008.
7)Tanaka H, et al.:Xenotransplantation, 11: 503-510, 2004.
8)Tanaka H, et al.:Lab. Ani. Sci., 48: 33-38, 2009.
9)Horie M, et al.: Biopharmaceutics & Drug Disposition, in
足場
(scaffold)
図3
増殖因子
(growth factor)
press.
臓器を発生させるための3要素
Vol.5 No.2 2009
9
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