【音楽科】 創造性を育成する音楽科の授業 1 研究主題について 要約 ○音楽科における「創造性」とは,音楽から想像したことを基に,子どもがもつ知識や技能の新た な組み合わせを 生み出す働きである。 ○音楽科における「創造性」を発揮することにより,子どもの音楽の捉え方や関わり方に新しさが 生まれ,子どもに とってその音楽が意味のあるものとして捉えられる。 音楽が創り出された原動力について 音楽は,どのようにして発生したか,あるいはどんな形で発生したかということについてはいろ いろな説があるという 1)。木村は,「重要なことは,生活の中で音楽を必要とするような場面があ ったということであり,また感情が高まったり,感動を何らかの形で表現せずにはおられなくなっ たとき,それが音楽や絵画やダンスなどの形式を借りて表現されたということにある。」と述べて いる 2)。つまり,音楽は人間の感情や感動を表現しているものであり,人間がもつ感情や感動を伝 えたいという欲求が原動力となって創り出されたものであるといえる。ランガーは,芸術は感情の 表現であるといい,ことばのようなシンボルでは表現することが不可能な感情を表現するには,芸 術に頼るほかはないと述べている 3)。このことから,人間の内面には「うれしい」とか「悲しい」 とかいう言葉では表せない世界があり,音楽はその世界を表しているともいえる。そして,人間の 内面にある言葉では表せない感情や感動を,私たちは音楽を媒介として伝え合ってきたともいえる のではないだろうか。 普段,子どもが即興的につくったふしを歌いながら踊っている姿や,話し言葉にふしをつけて遊 んでいる姿を見かけることがある。これらは,子どもが遊びの中で無意識にやっていることである が,子どもが自分の感情を表現する手段のひとつとして生活のなかに音楽が存在していることが分 かる。 音楽を理解することについて それでは,人間の感情を伝えるという性質をもつ音楽を私たちが理解するということは,どうい うことなのだろうか。それは,音楽と自分の内面とを相互作用させることによって,音楽によって 喚起されるイメージや感情をもつということである。例えば,ゆったりとした旋律の動きで海の様 子を表す音楽があるとする。そこから,波が大きく打ち寄せたり引いたりしている様子や,穏やか な波の様子をイメージとして膨らませ,のんびりとした落ち着いた感情を想像することで,私たち はその音楽を自分なりに理解することができる。そこには自分自身の生活経験のなかから,海に行 ったときの経験やテレビや絵や写真などで見た海の様子などが引き出され,自分自身がのんびりと しているときや穏やかに過ごしているときの感情を投影することで,その音楽が表す感情に自分の 思いを寄せたり,のんびりした情景を表す音楽の心地よさを味わったりするのである。「海がゆっ たりとしている」という言葉が表す意味を理解するだけでは,私たちはその音楽を理解することは できず,そのよさや美しさを味わうことはできない。音楽を理解することとは,「想像すること」 によって音楽から喚起されるイメージや感情を自分のものとして捉えるということである。このこ とによって,私たちは音楽のよさや美しさを実感することができるのである。 音楽科における「創造性」について 音楽から喚起されるイメージや感情をもつために必要なものとして, 「想像すること」を挙げた。 はじめに述べたとおり,うれしいとか悲しいとかいう言葉では表現することができない,感情を伝 えるのが音楽である。このような性質をもつ音楽を理解するとき,「想像すること」は重要な役割 を果たす。それは,想像することによって,音楽と自分の内面とを相互作用させることができ,音 楽に表されている言葉では表現できない感情を発見し,音楽のよさや美しさを感じ取ることができ るからである。 それでは,「想像すること」によって音楽と自分の内面とを相互作用させるとは,具体的にどの ようなことだろうか。音楽は,人間(主に作曲家と呼ばれる人々)が生み出したものである。それ ぞれの時代,それぞれの文化のなかで,作曲家が自分のイメージや感情を音楽に込めて,作曲家が もつ知識や技能を新たに組み合わせ,創り出したものであるともいえる。私たちが漠然と楽曲を聴 いたり演奏したりしているとすれば,そこで表されている音楽は右から左へと流れている生活音と 変わらない。私たちが音楽と関わるとき,作曲家が音楽に込めたイメージや感情を「想像すること」 によって自分のものとして捉えたとき,私たちは作曲家が込めたイメージや感情を再創造し,その 音楽のよさや美しさを実感することができるのではないだろうか。私たちは,「想像すること」に よって,自分の生活経験や感情から自分とその音楽とのつながりを感じ取り,自分自身の経験から イメージを創り出したり感情を投影したりすることができる。そのことによって,音楽の価値を見 出し,音楽が自分にとって意味のあるものとなるのである。つまり,音楽と自分の内面との相互作 用とは,音楽と自分の生活経験や感情との関わりを発見し,その音楽に関して自分なりのイメージ を投影したり感情を寄せたりすることである。そこには,私たちがすでにもっている知識や技能の 組み合わせを新たに生み出す働きが必要であり,それが音楽科における「創造性」であると考える。 木村は,「創造は,今までになかったものを新しく作り出すことである。また,すでに存在する 要素を,新しい形に組み合わせることである。このような創造には, 想像 や 思考 の働きが 必要である。4)」と述べている。音楽科の授業において,歌唱や器楽演奏,鑑賞の活動で取り扱う 楽曲はすでに存在しているものである。その楽曲に込められたイメージや感情を,子どもが自分の 内面との相互作用によって再創造するとき,その基盤となるのが「想像すること」である。そして, イメージや感情を再創造するために,子どものもつ知識や技能の新たな組み合わせを生み出したり, 自分なりにその音楽の意味を創り出したりする過程は,思考の過程であるといえる。木村は,「何 かを新しく作り出そうとする場合には,想像をはたらかせて,作り出そうとするものや方法につい て,イメージを描いてみなければならない。また一面では こうすればこうなる というような, 論理的な思考を,一歩一歩進めることも必要である。このように想像と思考は,創造的なものを生 み出すための両輪である。」と述べている 5)。そこで本校音楽科では,音楽科における「創造性」 を,音楽が表す感情や内容について理解したことを基に,子どものもつ知識や技能の新たな組み合 わせを生み出す働きであると捉え,音楽が表す感情や内容を理解するために必要な「想像すること」 と,今もつ知識や技能の新たな組み合わせを生み出すために必要な「思考すること」を,音楽科に おける創造性を育成するための両輪であると捉えることとした。そして,音楽のよさや美しさを感 じ取るためには創造性の育成が欠かせないものであると考え,研究主題を「創造性を育成する音楽 科の授業」と設定し,取り組むこととした。 「創造性」を発揮している姿について 音楽科の授業において,音楽から想像したことを基に,子どものもつ知識や技能の新たな組み合 わせを生み出している姿とは,どのような姿だろうか。例えば,音楽づくりの活動では,音のつな がり方を考え,どのようなつながり方がよいのかを判断し,技能を高めながら表現する姿であり, 鑑賞の活動では,音の組み合わせの特徴を捉え,楽曲の背景を関わらせて考え,自分なりに価値判 断し,批評という形で表現する姿であるといえる。歌唱の活動では,音の組み合わせの特徴を捉え, 歌詞が表す情景や楽曲の背景を関わらせながらどのような表し方がよいのかを考え,技能を高めな がら表現する姿である。どの音楽活動においても,音楽科の授業では,音楽から想像することによ って喚起されるイメージや感情を,知識や技能を新たに組み合わせながら追究することで,自分の もつイメージや感情と表現や鑑賞の活動をつなぐことをめざしている。このような活動によって, 子どもの音楽の捉え方や関わり方に新しさが生まれ,子どもにとって音楽を意味のあるものとして 捉えることができる。その姿を,本校音楽科では,音楽科における「創造性」が発揮されている姿 であると捉えることとした。 2 研究の内容について 要約 ○創造性を育成するために,音楽から「想像すること」を重視する。 ○音楽と子ども自身の生活経験や感情とを関わらせながら想像したことを基に, 「思考すること」 を 重視する。 「想像すること」について 子どもに音楽が表す内容や感情を理解させ,音楽から自分なりのイメージや感情を新たに創り出 させるために,音楽から「想像すること」が重要であると捉えた。「想像すること」とは,その音 楽に表されている内容や感情と自分の内面とを相互作用させながら,その音楽に対する自分なりの イメージや感情をもつことである。音楽科の授業において,イメージをもつことなく,偶然に音楽 を表現できるということは有り得ない。仮に偶然表現できたとしたら,それは自分とのつながりの ない,ただの音の羅列であって,そこから感情や感動が生まれることはないだろう。 音楽に込め られた感情を表現するためには,音楽から感じ取ったイメージを頼りに,そのイメージと楽曲を特 徴づける要素とを関わらせながら,イメージを追究する過程が必要である。その意味で,子どもが 音楽から感じ取るイメージは,はじめは直観的な再生や回想としての想像の結果であり,自分自身 の生活経験や感情を思い浮かべながら音楽に浸っている状態であるといえる。その後,イメージを 追究する過程によって整合や発見としての想像へ発展させることで,音楽が表す美しさを自分なり に捉え,その美しさを音楽として自分で創り出していくことができると考える。このように,「想 像すること」を発展させていくことで,音楽の美しさを感じ取り,子どもが自分なりに音楽の美し さを創り出すことができると捉えたのである。 「思考すること」について 「想像すること」を発展させるためには,「思考すること」が必要である。「思考」とは,デュ ーイによると,われわれがしようと試みることと,結果として起こることとの関係の認識であると いう。そして,思考が起こる情況は疑わしい情況であるため,思考は探究の過程であるともいう。 思考は,すでに確証されている知識を新しい関係に導入することであるから,その意味で創造的で あるとも述べている 6)。 子どもは自分のもつ知識や生活経験や感情を材料に,音楽から様々なことを想像するだろう。想 像したことをひとつの作品(表現される音楽)として創り出していくとき,想像したことを分析し たり総合したりする思考活動が必要になる。想像することで拡散的になりがちなイメージは,音楽 が表す美しさという方向に添って分析したり総合したりする思考活動によって,音楽との結びつき を強くしていくといえる。思考する材料は,今もつ知識や技能である。そして,自分がもつ知識や 技能の組み合わせを新たに生み出すことで,音楽から感じ取ったイメージを追究する過程が思考で ある。さらに思考の目的は,音楽が表すイメージや感情を再創造することである。自分の生活経験 や感情と音楽から感じ取ったこととを関係づけながら,自分なりに音楽が表すイメージや感情を創 り出すために,想像することと思考することを繰り返し,その結果,その音楽のよさや美しさを実 感することができると考えるのである。 創造性を育成する音楽科の授業の構想とは ここからは,総論に示された創造性を育成する指導法に沿って,創造性を育成する音楽科の授業 の構想について述べていく。 ①必要感をもてる課題を設定する。 音楽科の授業において必要感とは,音楽と自分とのつながりを感じ取ることであるといえる。自 分とのつながりを感じ取るためには,音楽の表す感情や内容を理解した上で,その感情や内容に自 分の感情を照らし合わせたり,表す情景の中にいる自分を思い浮かべたりするなど,自分自身の生 活経験や感情を引き出す作業が必要である。これが,音楽から「想像すること」である。 そこで,音楽科の授業では,子どもの実態に合わせて,子どもの生活経験や感情を基に「想像す ること」を行うことができるような課題を設定する必要がある。それは,音楽が表す感情や内容が 子どもにとってただ身近な場面であるということではなく,子どもに音楽から具体的なイメージを もたせることが必要であるということである。 そして,音楽科の授業で設定する課題は,子どもの思いや願いを叶えられるものでなければなら ない。音楽から想像したことを,子ども自身が音楽で創り出すために何が必要なのか,何について 思考しなければならないのか,について指導者が分析した上で設定していくものとする。 ②課題解決の方法を試したり確かめたりする活動を設定する。 ここでの活動が,音楽について「思考すること」を行う場である。「思考すること」の具体的な 姿を,「比べること」と「試すこと」と「確かめること」を行っている姿であると捉えた。子ども は音楽から想像するイメージや感情を自分で表現するために,「この音のつながりを,どのように 捉えたらいいかな」,「この音楽の気分を,どのように表したらいいかな」と音楽の捉え方や表し 方を考えるとき,比べることによって,自分が想像したことを具体化させたり,音楽が表すイメー ジや感情と音楽との結びつきを強くすることができる。また,「比べること」はそれぞれの捉え方 や表し方の違いに気付かせるために,有効な方法であると考える。子どもは,「比べること」によ って,複数の捉え方や表し方の中からその音楽の美しさに合った音楽との関わり方を判断すること ができるのである。 「比べること」によって,音楽との関わり方を判断することができたら,実際にその捉え方や表 し方を「試すこと」が必要である。それは,はじめに述べたとおり,音楽は言葉では表せない感情 を表現するという性質をもつため,その微妙な雰囲気や感情は実際に表出してみないと,自分が想 像したり思考したりしたことと一致しているかどうかを確かめたり,実感したりすることができな いからである。音楽科の授業では,自分の内面と音楽との相互作用によって生み出したイメージや 感情を音楽で創り出すことが目的であるため,何度も試し,音楽が表すイメージや感情に近づけて いく活動が欠かせないといえる。 「試すこと」は「確かめること」と一体になることで,その活動で経験したことが子どもにとっ て学びになるといえる。「この表し方で,思いが伝わったかな」,「(自分が)音楽から感じ取っ たことを表すことができているかな」と試した結果を確かめることで,自分の創り出した音楽とそ の音楽から想像したこととのつながりを発見することができる。この発見によって,子どもは自分 のもつ知識や技能の新たな組み合わせを生み出すことができ,子どもが音楽から想像したことは確 かなものとして発展していくといえる。 このように,音楽が表す感情や内容を理解し,音楽から想像したイメージや感情を再創造す るために,「比べること」と「試すこと」と「確かめること」を一連の活動として捉え,これらを つなぐのが「思考すること」であると捉えた。 ③学習の手応えを実感する課題解決へ導く。 音楽科の授業で課題を解決するとは,音楽について「想像すること」と「思考すること」を経て 自分自身で音楽を再創造し相手に伝えるということである。音楽から想像したことと自分とのつな がりが強いほど,思考の過程で比べたり試したり確かめたりすることをくり返すほど,再創造した 音楽は自分の思いや願いが込められたものになる。そして,そのよさや美しさを他者に伝えること ができたとき,子どもは学習の手応えを実感することができるだろう。 このとき,音楽科の授業では表現や鑑賞の技能が大きく関わることになる。思いや意図をもって 歌ったり演奏したりする能力や工夫して音楽をつくる経験を通して得られる能力,音楽を全体的に 味わう能力などは,直接的な体験を通して身に付けることが大切であり,子ども自身の「伝えたい」 という思いが原動力となって身に付くものである。そこで,本校音楽科では,子どもの実態を踏ま え,共通事項を切り口にしながらつながりのある学習活動を設定していくことで,音楽活動の基礎 的な能力を育み,どの子どもも学習の手応えが実感できるように導いていく。 注 1)木村信之著(1976)『創造性と音楽教育』,音楽之友社,p.21 2)同上,p.22 3)ランガー著 池上・矢野訳(1967)『芸術とは何か』,岩波書店 4)木村信之著(1976)『創造性と音楽教育』,音楽之友社,p.168 5)同上 6)デューイ著 松野安男訳(2008)『民主主義と教育(上)』,岩波文庫,p.230
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