新しい症状

新しい症状
最新の設備を誇る病院があった。どこが最新なのかというと、大きく精巧なコンピューターが導入され、そ
れが活躍しているのだ。
それが患者を診察し、たくわえられている各種のデータとの照合を自動的にやり、たちまちのうちに診断が
下される。それは正確で、人間の医者の場合に起こりうる、不注意や先入観による診断違いなど、まったくな
くなった。
患者はおおぜい押しかけるが、スピーディに処理されるので、待たされるという不満はない。そひて、適切
な治療を受け、薬の処方をもらい、時には入院し、健康にもどる。申し分ない成果をあげている。
きょうも、ひとりの女が、男の手を引っ張って病院の受付にやってきた。
「この人をお願いしますわ。あたしの亭主なんですけど、持病がますます重くなるようですの。入院させ
て治療してください。一週間したら迎えに来ます。その時に全快してなかったら、あたし離婚することにす
るわ」
「まあまあ、離婚だなんて、おだやかじゃありません*1 。安心してお任せください。なにしろ当病院は、最
新最高です。いかなる病気でもぴたりと*2 診断し、すっきりと治療して差し上げます」
病院は男を引き取った。男は「気分が悪い、胸が苦しい」などわめいて*3 いたが、病院はそんなことにおか
まいなく、患者用のコンベアー*4 に乗せて送り込んだ。
すべてコンピューターに任せるのがここの方針なのだ。
まず電子装置により、体温、脈、血圧などが測定される。血圧が採取され、それは検査装置のほうへ自動的
に運ばれていった。排泄物も採取され、それもまた同様。
「おれは胸が苦しいんだ。。。」
まったん
男は叫んでいる。しかし、コンピューターの 末端
装置は冷静にその仕事をつづける。男の口にむりやりバリ
ウムを押し込み、レントゲン写真が撮影される。胃の具合が調査されたのだ。ついでに肺に異常があるかどう
かも調べられた。
それらをもとに、コンピューターはすぐ中間結果をつげた。胃と肺は正常だと。青いランプが点滋し、男は
別の部屋に移動させられた。
「おれはここが苦しいんだ。。。」
男はまだ胸をかきむしって*5 いる。次の部屋では心電図がとられた。また、アルコールや麻薬の中毒かどう
かも検査された。これらもまた正常だった。青ランプが点滅。
「はやくなんとかしてくれ。。。」
男は依然としてわめきつづけている。ただならぬ*6 ようすだ。しかし、コンピューターはプログラムどおり
に診察をつづける。
つぎには脳波の測定がなされた。精神的な具常があるかどうかの診察。ここではいくらか時間がかかった。
*1
你要冷静点
=ぴったりと
*3 喚く
*2
*4
conveyor
*5
毟る
ただごとではない、昔通ではない
*6
1
さらに突っ込んだ*7 試験がなされた。うそ発見機に回路が接続し、同時に前のスクリーンにさまざまな映像が
現れる。
美人の顔が現れてウインクをする映像だ。ある程度の反応を示すのは、男性として当然。だが、極端な反応
を示すと、こいつは女狂いという病気の傾向があると判明する。
けいば
マージャン
だの 競馬
麻雀
だのの映像もうつる。それに極端な反応を示すと、患者は勝負事きちがいという、やっかいな
病気だとわかるのだ。
その男は、これらの検査も青ランプの明滅とともに通過した。具常なしなのだ。さらに各種の精密検査をす
ませる。すべてが終了したが、コンピューターは沈黙したまま。総合的な診断の答えが出てこないのだ。
そのため、この病院では異例の、再診察ということになった。
コンピューターにわからないはずがない。となると、末端装置の故障のせいかもしれない。装置の総合検が
いちじゅん
なされ、そのうえで、男はまた 一巡
させられた。バリウムが飲まされ、血液が取られる。男は「おれは胸がむ
かつく*8 んだ」とわめき、青ざめている。
たいさ
しかし、その結果も 大差
なかった。無理やり答えさせると、コンピューターは診断カードを、欄を空白にし
たまま吐き出した。病名も記入されていず、といって健康との記入もない。最新の性能をもってしても、どこ
が悪いのか判断できないと示しているのだ。
病院の関係者たちは弱り、会議を開いた。
「あの男の病気は、なんなのだろう。さっぱりわからん。このままだと、当病院の信用にかかわる」
「あとで医者たちが、くわしく診察しなおしたが、やはり不明だ」
「あの患者、いまどうしている」
「とりあえず入院させ、いま病室にいれてある。鎮静剤のせいか、よく眠っている。あのようすを見ると、
病気とは思えないがな」
みな首をかしげるばかりだった。
けびょう
「 仮病
じゃないのかな」
「仮病となると、コンピューターには発見できにくいな。しかし、あの胸のかきむしりかたは、芝居とも思
えん*9 。また、心理学専門医が調べなおしたが、あの男はべつに仮病ではないらしい」
「脳波測定によると、狂ってもいない。無意識的な仮病ということはないかな。社会が複雑になると、いや
な仕事をさけるため、無意識のうちに仮病になる。それによって、精神の狂うのが防止されているという考え
方はどうだろう。。。」
ありうることで、専門医が動員され、その診察もなされた。しかし、その結果もやはり白*10 だった。
めんどくさいとばかり、患者はまたもコンピューター診断のルートを一巡させられた。男は胸かきむしって
くるしみながら、それを通過した。
だが、その結果によっても、やはり病気の正体は不明だった。病院関係者の会議。
「もしかしたら、なにか、これまでになかった新種の病気なのだろうか。それだったら、ここで徹底的に解
明しておかないと、将来のためにならないぞ」
「そのとおりだが、なんにも手がかりがない。病院としては不名誉だが、あの男の夫人に連絡をとるか。彼
女は、亭主を病気と認めてここへ連れてきた。彼女に聞けば、なにかがわかるだろう」
*7
深入的
吐き気がする、むかむかする、
「船酔いで胸がむかつく」
*9 芝居とも思えざるを得ない (編者注:芝居だとは思えない)
*10 しら,知らないこと(編者注:しろ、無実のこと)
*8
2
連絡がなされたが、夫人は留守だった。亭主が入院し、ひまができたので、旅行にでかけたらしいという。
となると、一週間たったら迎えにくるという夫人の言葉をたよりに、それまで待つ以外にはなさそうだ。
病院関係者の待ちかねた一週間がたち、夫人は患者である亭主を引き取りにきた。「どうですの。うちの人、
うまくなおりましたか。なおってもらわないと、先の見込みがないので、あたし離婚しようと。。。」
と言う夫人を控え室*11 に案内し、病院関係者は聞いた。
「じつは、おくさま。はなはだ申し上げにくいことですが、ご主人の病気がどんなものか、まるで見当がつ
かないのです。それさえわかれぱ、手当てのしようもあるのですが。。。」
「あら、あたしお話ししなかったかしら。そうだわ、この病院のかたがあまり自信まんまんなので、あたし
安心して言わなかったのね。質問もされなかったし。。。」
「で、どんな病気なのですか」
「コンピューター・アレルギーらしいの。コンピューターが近くにあったり、それに近寄ったりすると、い
つも胸が苦しくなるという症状なの。本人は自分じゃ気づかないでいるけど、このままだと、これからの社会
で、昇進する見込みがまるでないでしょ。なおらないものなら、いまのうちに離婚したほうがいいという気に
もなるわ。こちらの病院で、なんとか治療していただけたらと思ったわけなんですけど。。。」
*11
waiting room, room for people to wait before seeing the person they have a meeting with
3