1 - 科学するペーパークラフトの創成と理科授業への

科学するペーパークラフトの創成と理科授業への導入
兵庫県立尼崎北高等学校
吉 田 英 一
21年前、阪神淡路大震災に見舞われ、昼間神戸の避難所で働き、夜、定時制で勤務する生活を2ヵ月間続けた。
全国から救援の人々が集まり、「日本のボランティア元年」と呼ばれた年、私もまた、自分が世の中のためにでき
ることは何かと考えた。その直後、復興事業を兼ねて「青少年のための科学の祭典」兵庫大会が始まり、やがて、
授業のために創ったペーパークラフトを投入するようになる。科学教育のために自分ができることを考えたい。
Ⅰ.おもなペーパークラフト
(1) 組立分解DNA模型(2000年・2002年・2010年・2016年)
20世紀の定番だった市販型紙と違い、中心軸(針金・竹串)とスペー
サー(ストロー)が不要で、紙だけで作れる。
階段状だった螺旋を滑らかなスロープにし、上からしか
見えなかった塩基記号も、ほとんどの方向から見える。
塩基対の間を差込式にし、塩基配列が変更できる遊び心
をプラス。生徒達は、「遺伝子組換えごっこ」と称して、ク
ラス全員で長くつなげたり、テロメア(TTAGGGの繰
り返し)などを作って遊んでいた。
直径6cmで作ると500mLペットボトル、7cmだとテニスボー
ルケースを、廃品利用の美しい陳列ケースにして飾れる。
授業の目的に応じ、標準型(塩基対A-T、G-Cは接続済)、
四塩基分離型(A、T、G、Cの完全分解可能・逆平行や主溝副溝を再現)、簡易型(ケースがなくて
も自立可能・30分完成)などの派生型を開発。必要に応じて、糖・リン酸・塩基の形・水素結合などを印字できる。
(2) 組立分解分子模型システム(1997年・1999年・2006年・2011年)
自作分子模型の定番は発泡スチ
ロール製だが、実際の分子形状に
近い反面、結合が示せない。そこ
で、原子球と結合手を差込式にす
ることで、紙だけで組立分解可能
という夢のスペックを実現した。
市販の樹脂製に比べて大きいため、視認性が高く、造形美をもち、授業での説明用に効
果的だった。特に巨大なフラーレンやダイヤモンド、氷の結晶には、生徒が驚き、目を輝
かせた。特殊部品の設計も容易で、番号付原子球を用いたダイオキシンなどを、必要に応
じて作った。結合手にストローを用いて強度と実用性を高めた、分子模型PSも開発した。
(3) 紙飛行機博物館シリーズ(1999年~・2001年~)
定時制高校の市民対象の
公開講座用に、「老人と孫が
一緒に作って飛ばせる」と
いうコンセプトで設計。
空き箱と輪ゴムを使った
発射台(兼格納庫)の上に置
き、尾部をつまんで引いて離せば、老人や3歳児でも飛ばせる。
おもりには、考えた末、入手が容易で質量が一定な1円玉(外部の工作教室ではカットしたゴムシート)を利用。
世にあふれる「よく飛ぶ」と謳われる紙飛行機に対して、15m飛べば十分とする代わりに、構造が単純で部品数
が極端に少なく、簡単な機種は幼稚園児でも10分でできる。フロッピーの10Pケースに入る規格の小さくかわい
いデザインで、新機種の開発も容易。約200機種の型紙を公開し、航空機の歴史を学べるコレクションとした。
構造が簡単なので、方眼を印刷した厚手の紙を渡すと、翼形、翼面積、重心
位置、尾翼面積、発射速度などを自分で考えて設計→実験→考察→改良という
過程を手軽に実現でき、自由研究に最適だ。研究をアシストするため、1円玉
を分銅に、機体の質量を0.1g単位で測れるやじろべえゼロワンも開発した。
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(4) CD分光かたつむり(1998年・2004年)
当時、世に知られていたCD分光器は、単なる箱の中にCDを斜め
に取り付ける不格好なものだった。このため、物理に興味のない高校
生や子供が作りたいと思うように「かわいい」デザインにし、目玉もつ
けた。型紙はB4用紙1枚に収まり、ホチキスで6ヵ所とめるだけで、
幼稚園児でも10分で簡単に完成。紙で作る箱は弱いが、CDに構造材
と持ち手を兼ねさせて箱と一体化して、強度と持ちやすさを得た。
(5) 原子ブロック(1980年代~)・糖類組立分解模型(1980年代~)
差込式の構造式パズル。縮合反応を示すメカなど特殊パーツも開発。
(6) フラーレン簡易模型(1996年)
当時、32面体を示す模型しかなく、面ではなく、辺=結合を表現する
モデルを設計。C60以外のフラーレンや、カーボンナノチューブも製作。
(7) ペパザウルス(古代生物シリーズ・2004年・2013年)
地元で丹波竜が発見されたときは、依頼されてアパトサウルスを設計
し、科学の祭典に投入。番外編のファージ君は生物の授業で活躍した。
※ 「切る」・「折る」・「貼る」は工作の基本であり、少年期の経験が、理系で
の研究にもつながる。「ものづくり入門」として、ペーパークラフトの効果は大きいと思う。
Ⅱ.おもな活動記録
(1) 授業・・・化学、生物、物理、地学、総合学習「紙技」・「環境」、「科学のひろば」を担当。
必要に応じて多種多様な教材を開発・投入し、目的達成のために改良した。
生徒達は、次に何が登場するかを楽しみにするようになり、自分で作って楽しむ生徒もいた。
総合学習「紙技」は、自作ペーパークラフト中心の選択講座で、毎年全ての開講講座中で最も希望者が多かった。
(2) 青少年のための科学の祭典+類似のイベント・・・十数地域、約70日。生徒が補助スタッフ。
来場者の低年齢化に対応して、おもに、紙飛行機(スペースシャトル)と、
CD分光器で参加。ともに5000枚以上の型紙を使用した。科学系のクラブが
なく、補助スタッフは普通の生徒達に頼んだが、子供と接する楽しさから入
り、説明を考え、見本を作るなどの工夫を重ね、毎回他のブースの科学部員
達に負けない対応を見せてくれた。科学の祭典では、来場者からのフィード
バックも多く、初日の声を受けて、翌日に改良型紙を投入したこともある。
数回だが、不人気は承知の上で、「神様のパズル」というタイトルで、
DNA、分子模型、原子ブロックなどを投入。先生方の反応が大きかったが、
少数だが高い興味を示す小学生もいて、易しく楽しいだけではない硬派な出展の重要性も感じた。
(3) 小高連携授業・・・約10回。地元の小中学校に、それぞれの卒業生の生徒を派遣して工作を教えた。
母校に恩返しするとともに、地域の信頼と絆を深め、貴重なボランティア経験を積ませることができた。
(4) 科学館のイベントへの協力・・・神戸市立青少年科学館の特別展「飛べ!大空へ 飛行機の世界」(2005年)
特別展の内容の約8割を担当。希望した普通の生徒達がひとつの企業に感じられるほどの活躍を見せた。
① 紙飛行機博物館シリーズ展示・・・歴史上の名機約150機の紙飛行機を並べ、航空史をたどれるようにした。
② 紙飛行機工作教室・・・幼児から小学生を対象に、生徒が講師として作り方や飛ばし方を教えた。
③ 実物大ライトフライヤー号模型・・・翼幅12m強。学校で製作し、運送会社に運んでもらい、組み立てた。
(5) 県地域貢献事業発表会・・・小高連携授業や科学の祭典の成果をステージ発表(2009年)、パネル展示(2008年)
「科学を広めようサイエンスレンジャー」という題。テーマソングを作詞・作曲し、生徒達が歌って踊って紹介。
(6) 地域公開講座・・・定時制高校の地域貢献事業で、市民対象の授業。
「おみやげに紙飛行機を」という教頭の軽い一言から、後に200機種に及ぶ紙飛行機博物館を企画・開発した。
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(7) 化学教育兵庫サークル・・・兵庫県の高校教師が月1回集まり、研修会を開いている。
震災直後、知り合いに誘われて入会。ペーパークラフトの型紙の拡散は、ここから手渡しで始まった。当初、
敬意を込めて「化学オタク」と呼んだこの会の先生方が、科学の祭典、発表や講師の機会、神戸新聞「理科の散歩道」
のエッセイ原稿執筆など、様々な世界に導いて下さり、貴重な経験をさせていただいた。
(8) ホームページ・・・「S.F.A1(サイエンスファクトリー英一)」 http://www.venus.sannet.ne.jp/eyoshida/
科学の祭典に出展すると、多くの教師から電話や手紙で型紙の請求が来るよう
になり、対応に追われた。そこで、自由にダウンロードしてもらえるようにホー
ムページを開設。世界中の教師、子供、親が、約300種類の型紙をダウンロード
して印刷、製作できるようにした。サイト名は、科学技術を支える町工場の職人
さんへの尊敬と憧れから、「Factory」とした。
ペーパークラフトは実験などと異なり、パソコン(今やスマホでもOK)と数千
円のプリンタと紙さえあれば、世界中どこでも誰でも使え、達人の「神の手」(技
量)も不要で、再現性が高い。青年海外協力隊の方も使用して下さり、途上国の教育にも役だっている。私自身が
何もしなくても、世界中の人々が無限のプログラムを展開してくれるのだ。
特にDNA模型はGoogle検索で13年間1位を続け、海外の中学、高校でも多く使用され、作り方の解説サイト
や、無許可で製品化した中国語型紙まで出現。現在までに、数千の学校、東京大学医科学研究所、理研、国立天
文台、科学技術館、自衛隊など、百以上の研究機関や科学館、企業から使用許可願いがあり、授業や実験工作教
室などで使用していただいている。恐らく、現在世界で最も多く作られているDNA模型だと思う。
また、ランキングサイトで過去に数年間、ペーパークラフトのサイト全体で1位を続けていたこともある。
全国の先生方と、メールで実践報告を受けたり、情報交換、意見交換をするのが日課になっていいる。
(9) 書籍
自分で書いた本はないが、「新・観察実験大事典・物理編」(東京書籍)をはじめ、数冊の単行本に収録された。
「進研ゼミ・サイエンスクラフトBOOK」(ベネッセ)に分子模型の型紙が型抜き印刷で掲載された際は、「接着剤
のない家もあるだろう」と、話を受けてから急遽、差し込むだけで作れる派生型を開発した。
高校教科書「生物基礎」・「生物」(数研出版)の巻末付録に、DNA四塩基分離型の厚紙の型紙が収録された。
「教育応援vol.10」(リバネス)にDNA簡易型の型紙が収録されるなど、数冊の雑誌や紹介サイトにも載った。
(10) 研究会の講師・発表・・・約10回。教材開発ノウハウを(若手)教師らに伝承。
概ね好評だったようで、唯一結果が手元にある、東海地区高校化学教育セミナー(名古屋大学・2008年)の実習・
講演後の集計は、「とてもよかった」と「よかった」が100%で、「ふつう」以下の回答はなかった。
生物部会で講演・実験したとき、分光器で葉緑体の吸光を観察できたことなど、こちらも勉強させていただいた。
(11) ペーパークラフトを超えて・・・型紙置き場だったホームページが多様な発信源に。
自分としては、化学でなくても、理科でなくても、ペーパークラフトでなくても、科学する心があれば何でも
いい。ホームページ、化学サークル、科学の祭典、出版などで生まれた人とのつながりが、表現を広げてくれた。
教室ジェットコースターは、2000年に文化祭で作った本格的なものをホームページで紹介し、メールで資料を
送り、技術・安全面の相談に丁寧に乗っている。気をつけていることは完全な設計図を渡さないことで、これは、
何も考えずに作ることに危険を感じるからだ。約700校で製作されたが、1校1000人が製作・搭乗・目撃したとして
も、70万人が「ものづくり」の感動を味わったことになり、全国の先生方の熱い報告を受けている。昨年は資料提
供が100校にもおよび、15年かけて文化祭の定番になりつつあるようだ。対応はたいへんだが、続けてゆきたい。
質量による中和滴定は、質量測定が難しかった時代に発達し、入試にも欠かせないビュレット、ピペット、メ
スフラスコによる滴定を、家庭用電子秤だけでやってしまおうという革命。初任の頃から試していたが、一昨年
に県で発表、昨年は武田科学振興財団の助成も受け、生徒達と操作の研究と世界への発信計画をスタートした。
モル計算フォーメーションは、高校時代に描いた落書
きで、化学計算を矢印で考えながら進んでゆこうという
もの。初任の頃から使用し、化学サークルや生徒の学習
塾経由で少しずつ拡散していたが、2007年に、ほとんど
の高校に見本が配られる分野別の問題集に、ほぼそのま
まのデザインで載せていただいてから、同様のフォーメーションが様々な教科書や問題集で使われるようになり、
モル法をそのまま当てはめられることもあって、この方法で教える先生が急増している。
生徒との対話から様々なものが生まれ、昨年からは、環境保全ソングを作詞・作曲して、軽音楽部の生徒達と市
の「環境フェスタ」に参加。ペーパークラフトで示した、「ないものは自分で作る」という精神を広げている。
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Ⅲ.科学教育への思い
(1) 居心地のよい環境で進化した生物はいない
定時制、学力が学区で一番低い2校など、平均より学力が低い高校で、30年間教員をしてきた。
専門の化学以外を教えることが多く、生物、物理、地学、総合学習「紙技」・「環境」、「科学のひろば」を担当した。
川に逃れた魚、樹上に逃れた猿がそこで進化したように、専門外を教える苦しみの中で、様々な教材が生まれ
た。特に、定時制時代の昼間の時間講師では、他校の実験室を自由に使うわけにもいかず、紙だけでできるペー
パークラフトに活路を求めた。進化の方向は必然だった。
勉強が苦手な生徒達を教える苦闘。地域の住民に愛されない学校の苦悩。・・・。何かを作りたかったわけではな
く、授業を聞いてもらうため、生徒達に自信と誇りを持たせるために、教材を開発し、地域貢献活動に奔走した。
SSHやコースの後ろ盾もなく、理系が少ないか全くない学校で、科学系の部活もなく、運動部の主顧問+文
化部顧問を続け、生徒指導に身を削る。研究や発表からは遠い世界。たぶん全国で半数の教師は同じ境遇で科学
教育と向き合っている。表に出ないそうした声もまた、生かされてほしいと願う。
(2) 裾野からの科学教育
昔は誰もが紙飛行機やプラモデルを組立て、その辺のおっちゃんが宇宙や科学について学者のように語ってく
れた。こうした裾野からの「ものづくり」や科学する心が、この国の「科学技術立国」を支えていたように思う。だ
が、そうした文化は消え去り、理科離れも深刻化している。SSHや進学エリートなどの頂点も大事だが、元来
我が国の強みであった裾野の拡大も大切に思える。「みんなはノーベル賞を取れないかもしれないけど、ノーベル
賞学者の親や先生になるかもしれない。」 そう語りながら、生徒達を教えてきた。
(3) 隙間産業
実験の改良、ICT教育の実践、・・・。多くの天才達が群がるように研究し、発表している。だが、科学のペー
パークラフトになんて目を向ける人はいない。その隙間を埋めることが世の中のためになると生徒に伝えている。
(4) 科学は真実ではなく近似
複雑な自然現象の一部を、物理は数式、化学はモデルという近似を用いて示す。運動方程式やボーアモデルで
全ての現象を説明することはできないが、高校理科には十分かつ適切だ。
何かを説明するために必要最小限の単純なモデル。ペーパークラフトにも、それを求めている。
(5) 神様のパズル
高校時代、見えない原子や分子が、まるで「神様のパズル」のように振る舞うことに、化学の魅力を感じた。
DNA模型、分子模型、原子ブロック、・・・。組立分解という遊び心は、そこに原点があり、こだわりがある。
化学以外を担当し、別の知識を教えても、根本にあるのは「化学の視点」で、開発にはそれが役だった。
(6) 最高の解を与えることは最低の教育かもしれない
設計・製作したモノが美しく見えないとき、それはまだ完成形ではないと思う。そして、美しく見えたとき、そ
の機能美に、神が作らせたのではないかと思い上がってしまう。だが、最適化した工作や実験、型紙というキッ
トを与えるのではなく、「空き箱の不格好なCD分光器」を生徒が自分で作ることが、本当は最高なのだろう。
(7) ものづくりの魂・時代へのメッセージ
「時代を変えないか!?」 事あるごとに生徒達にこう問いかける。「そんなことできるはずない」
間髪入れずに声
が返る。工作や実験の小さな工夫で、競い合う気はない。それは自分がしなくても、いずれ誰かがやるだろう。
小さくていい、今までの常識を根底から覆すもの、誰も考えないようなものを創りたいと思わないかと訴える。
紙だけで組立分解できるDNAや分子模型。かわいい物理教材。新しいコンセプトの紙飛行機。本格的教室ジ
ェットコースター。10mの大人形。モル計算のフォーメーション。質量による中和滴定。・・・。
自分達が創った物に人々が驚き、笑顔になれる。そこに「ものづくりの魂」があり、理系の真髄がある。
昨年の文化祭で、郷土の英雄を偲び、10mの桂米朝大人形を作った。落語を知らない世代が苦難を乗り越えて
作り上げ、地域の人々とともに文化を再確認した。製作には、理科はもちろん、教育がいっぱい詰まっていた。
震災ボランティアで物資を運んでいた21年前。その後、年齢とともに社会貢献の形は、科学の祭典などでペー
パークラフトを提供することに変わっていった。次は、教材を与えるだけではなく、次の世代の高校生や、小・中
・高の若い先生方に、教材開発、「ものづくりの魂」そのものを伝えることができればと思う。
次に何を作るかは、授業で生じた必要性や、生徒達との日常の雑談の中で生まれる。
新たなペーパークラフトの開発、質量による中和滴定とモル計算フォーメーションの普及、ホームページの英
語化、環境フェスタでのメッセージソング。・・・。ここにいる生徒達と挑戦し続けてゆければと思う。
彼らは、ノーベル賞を取ることはできないかもしれない。だが、時代を変えることはできる。
SSHでも、理系コースでも、進学校でも、科学部でもない。普通の高校生との挑戦、時代へのメッセージだ。
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