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2011 年 8 月 25 日 両親の故郷ポーランドのワルシャワで、ヤン・リシエツキは、
「ショパ
ンとその友人たち国際フェスティバル」に招かれ、オーギュスタン・デュメイの指揮する
シンフォニア・ヴァルソビアとともに、モーツァルト:ピアノ協奏曲第 20 番 K.466 を演奏
しました。その翌日の朝、インタビューに応えてくれた様子をここにご紹介させていただ
きます。
リサイタルのプログラムはどのように組みますか?また今回のプログラムについて。
リサイタルプログラムを組むことは他のどのプログラムを決めることより自分自身により
多くの事を求められることです。そして非常にパーソナルなものでしょう。たとえば、同じ年
齢であっても、同じ都市で学びそして同じ先生から教えを受けていたとして、同じようなレ
パートリーを持っていたとしても、きっとプログラムは異なるはずです。というのはみんな
それぞれが違うビジョンを持っているからです。私自身の場合で言えばバッハの演奏から
始めることを好みます。バッハが大好きですし、その作品にはいつも魅了されます。またク
ラシック音楽の基礎・原点というような意味合いもあります。みなさまもバッハは好きだと
思いますし、そこから他の作曲家へと拡げていきます。その次には普通聴いたことがない
かもしれない曲、あっても聴く機会が少ないかもしれない作品をおくのが好きなのですが、
それは私の目的ではありません。私のゴールは、音楽的に魅力のある曲、みなさんが好きに
なれる曲で自分自身も演奏を楽しめる曲です。ですので、聴いていてあまりに難解な曲、
演奏する事だけが目的になってしまうような曲は入れないようにしています。今回のリサ
イタルも、やはりバッハからスタートします。そしてまた後半もバッハから演奏します。それ
は、クラシック音楽のルーツに戻ると言う意味合いからです。バッハに続いて、ベートーヴェ
ンを演奏しますが、このソナタはバッハに続いて演奏するのにとてもマッチしていると思い
ます。調性(嬰へ短調から、嬰へ長調)も関連しています。
リストの3つの演奏会用練習曲(エチュード)は、それ自体が非常にコントラストのある作品で
す。それぞれの曲の中でも様々な要素を含んでいます。同じエチュードであっても、それは
ショパンのエチュードとは全く異なります。リストの作品は一つの側面に焦点を充てたもの
ではありません。ショパンのエチュードはそれぞれに主たるアイデアがあり、12 のエチュード
では、それぞれ一つのアイデアがその曲の最後まで貫かれます。リストにおいては、マルチ
プル(複数)なアイデアで曲が構成されています。
今のところ私は、一人の作曲家の作品のみでプログラムを組むことはあまり考えていませ
ん。そして、みなさまも私の事をよりよく知るために同じように思うのではないでしょうか。
たとえばショパンだけのリサイタルの場合、みなさまは、私がショパンをどう理解し演奏す
るかは感じることができても、他の作曲家に対してどう感じているかどう演奏するかとい
う事はわかりません。そして、やはり複数の作曲家を加えることによって、異なるスタイル、
複数のアイデアといった要素が加わり、コントラストを感じていただけるでしょう。色彩感と
もいえるかもしれませんね。
とりわけ好きな作曲家は?
好きな作曲家はたくさんいすぎて・・時代の流れから始めると、バッハがとても好きです。そ
してモーツァルト、ショパンが好きです。でもショパンの時代に戻って考えると、ショパンもバ
ッハ、モーツァルトが好きだったのです。そしてリストですね。
作曲家というくくりでは難しいかもしれません。多かれ少なかれその作曲家の残した作品
の数々を個別に見ればそこにまた好き嫌いはあるでしょう。そして、それぞれの作曲家は
また多様な側面を見せてくれますから、同じ音楽としてくくれるものはないのです。
現代音楽への興味は?
もちろんあります。現代音楽はクラシックのレパートリーとは同じ俎上では語れないかもし
れませんが、音楽は発展を続けていますし、スタイルもますます多様化しています。
モーツァルトの時代にハイドンを見ると、同じとは言いませんが、ある意味共通したスタイル、
似ているスタイルと思えるかもしれません。ですが、今の時代を見ると、音楽は完全に拡が
りきっています。スタイルも新古典主義、新ロマン主義、前衛主義などなど・・・演奏家の私に
とってとても大事なのは、表現者として伝えられる何かがあること、メロディがあるという
ことでしょうか。
メシアンが好きです。もちろん今、彼をモダンとは言わないかもしれませんが、それでも現
代音楽の作曲家といえると思います。私は、メシアンの作品の中に表現として伝えられるも
のを感じます。
現在も活躍中の作曲家たちとの交流は?
はい。先日会ったカナダの若い作曲家とは友達ですし、ペンデレツキももちろん知っていま
す。昨日の演奏会にも来てくれましたよね。クラシック音楽の世界は狭いので、何らかのか
たちで知り合いになれるチャンスは多いかもしれません。
クラシック音楽以外の音楽への興味は?
ジャズを聴くのが好きです。特にこれという好みはないのですが、全てのスタイルのジャズ
どれでもです。私にとってジャズは大変興味深い音楽のフォームです。
そして、他には、ピンク・フロイドが好きです。これは父の影響でしょう。子供の時聴く機会が
多かったことにもよります。音楽に対してはどのジャンルという事なく私はとてもオープン
です。多くの要素がクラシック音楽からポップスへまたその逆もあり、何らかの関連がある
のです。ある種の音楽は理解できないものもあります。ですが、それぞれみんな好みがあ
るということで否定はしません。私には、他のジャンルの音楽を聴くことはとてもハッピー
なことです。
ただ、ジャズは好きとは言っても演奏することはありません。いくつかそのスタイルを取り
入れて作曲をしてみたことはありますが・・・私はクラシック音楽に満足していますし、この
世界にとどまっていたいのです。ですので、他のみなさんが演奏するジャズを楽しみます。
国籍について。ポーランド人の両親をもちカナダ国籍ですが、何かその 2 国間での想いは
ありますか?
カナダにはヨーロッパのような歴史はありません。本当の意味でのカナダ人というのは非
常に少数で、ほとんどかどこからか来たカナダ人という事になります。マルチカルチャーな
国であり、だれも、あなたがどこから来たかという事など気にもないと言う感じが私は大
好きです。とても人々にあたたかい国でみんな優しいのです。ポーランドは音楽だけを見て
もショパンを始め、たくさんの作曲家をあげるまでもなく歴史のある国です。ポーランドに
は豊かな文化があります。歴史的にその国が分断され地図から消えると言う時期はあって
も、つねに抵抗してきて復権をなした国民性がポーランド人にはあります。私はポーランド
語も話します。両親はカナダ、祖父はポーランドで暮らしていますのでその両方を知ること
ができます。人々は、ショパンを演奏するにあたってポーランド人であることで演奏に違い
があるか?という質問をします。そして、みなさんは YES という答えを期待していると思い
ます。ですが、答えは、YES でもあり NO でもあります。
ポーランド人であると言う事がすべてではないのです。私は、この国の事を知っています。
ショパンが書き残したこと。私はその風景を知っています。ショパンはある時期パリで過ご
しポーランドを離れていました。そのことは作品にも影響しています。それらのことを知る
と言うこと。これは演奏に違いを生みます。ですが、ポーランド人としての血が、影響すると
は信じていません。私はよりよくポーランドの事を知ろうと思いますが、それは血によるも
のではありません。
ショパンは大好きです。でもこれは私がポーランド人の血を引くからではなく、偉大な作曲
家だからです。
カナダ人はカナダ人であることを意識するのをちょっと面白い方法でしているかもしれま
せん。唯一みんながカナダ人であることを誇るのは 7 月 1 日のカナダデーです。
それ以外の日は、自分たちは国旗を愛し、国を愛しつつも、大声で、おれたちはカナダ人だ、
行け行けカナダ!と叫ぶことはありません。そういう意味では静かにカナダ人であること
を楽しんでいるともいえます。イタリア人が母国を誇る、そのような感じではありません。カ
ナダはマルチカルチャーの国で、いろんな国の社会が存在します。その交流はありますが、
絶対ではない、そういう意味ではリベラルな国です。
ポーランドへは産まれてすぐのころに初めて訪れ、すでに何度も行き帰しています。
祖父が暮らしていますので。
4 年前に初めてポーランドで演奏したのですが、それはやはり特別な想い出です。
そこに祖父もいて演奏をすることができたと言うのはとてもうれしいことでした。
言葉はカナダでは英語を話しますが、ポーランド語とそしてフランス語も話すことができま
す。日本語もいつか加えてみたいと思います。見る字が美しいこと、そして響きがジェント
ルで心地よいところが素敵です。
今年の夏について。
今年の夏は特別でした。旅をしては演奏という日々でした。もちろん毎年予定は違いますし、
また当然ながら音楽家の生活においては安定というものはなく変化していくものです・・・
私は、変化していくことが好きです。今年の夏はそう意味でもめまぐるしい夏でした。ベル
ヴィエ音楽祭、ラロック・ダンテロンピアノフェスティバル、カナダ、アメリカ、旅続きでしたが
演奏することは大好きですし、素晴らしい夏で、それはまだまだ続いています。(注記:この
後、パリ管弦楽団のシーズンオープニングのソリストという大役が控えていた。パーヴォ・ヤ
ルヴィの指揮でモーツァルトの協奏曲第 20 番を演奏。パリっ子達を熱狂させる大成功を収
めた)
いくつかのエピソードを。
ラロック・ダンテロンなど、野外での演奏会もありました。空調の効いた部屋にあったピアノ
を野外に持ち出すのは環境変化があまりに激しく、湿気の差や温度の差等の影響もあり、
調律師にとっては大変なことでしたが、私は野外での演奏も好きです。自然を愛していま
すから。蚊や虫が出たりもしますが、それは私たちの生活の一部ですから、問題ではありま
せん。鳥たちが演奏中に一緒に歌ったり・・・そう、私はカナリアを飼っています。旅続きの生
活なので、犬や猫を飼う事は難しいのです。そのカナリアはとりわけモーツァルトが好きな
んですよ。
ベルヴィエは、残念ながら演奏会の前日の深夜に到着し、朝の演奏会が終わって、午後の 1
時には、出発という非常に短い滞在でした。とても美しいところで楽しい経験でした。残念
ながら街や風景を楽しむ時間はありませんでしたが、すでに来年再度呼ばれることが決ま
り、7 日間滞在する予定ですので、それを楽しみにしています。
これからの夢について
それは私にはタフな質問です。私はいわゆる、ドリーマー(夢想家)ではないのです。過去
についてはいろいろあっても、まさに今現在がハッピーなことなのです。私は、旅をしつつ
演奏をしています。そのことがこれからも続いていけば本当に幸せなことです。それが私
の夢なのかもしれませんね。
夢を達成するのに必要なのは?
普通にしていては、何も起こりません。小さな子供たちに良く言う事があります。もしあな
たに夢があるならそれに向けて何かする事。そうすればきっと何かが実現できると。夢が
実現しないのはしないなりに、その背後には何か必ず理由があるものだと思います。理由
がなくおこることなんてないのです。そして悪い事を数えて行くより、何かをしていくこと
の方がずっと良いですよね。その意味では私の場合は非常に多くのことがありました。私
の家系は音楽一家という訳ではありません。ですので、私たち家族のみんなにとって全て
が新しく発見していくことの連続なのです。お互いにおきていくことから学び続けて、決定
をしていかなくてはなりません。それが私たちなのです。新鮮で豊かに向かって行きたい
ものです。
コンサートの準備はどのように?
旅の続く生活なのですが、レパートリーの勉強や準備は自宅にいる間に可能な限りやるよ
うにしています。私は、旅が好きですし、また訪れる街ではその街をもっと知りたいと思っ
ています。ですので、各地のホールではすでに準備が出来ている状態であるように努め
ています。またそれは、ピアニストの場合はどこへでも楽器を持っていくことができないど
こででも練習出来るわけではないと言う事にも関係しているかもしれません。
今後のレパートリーについて。
ベートーヴェンにまず取り組みたいです。そしてショパンのまだ演奏していない曲、バッハ、
そしてリストでしょうか。リストについてはどのピアニストも一緒かけても全てを学ぶことは
不可能だと思いますが、新しい曲、レパートリーを学んでいく作業はエキサイティングです。
協奏曲についてはシューマンを準備していますし、ベートーヴェンの 4 番もプランに入って
います。そして、ドイツ・グラモフォンへの録音のためにモーツァルトの 20 番、21 番の準備を
続けています。
インタビュー後記
演奏会翌日の朝というのに、全ての質問に真摯にそして真正面から答えてくれたヤン・リ
シエツキ。16 歳という年齢が信じられないほど、しっかりとした考えの持ち主でした。
その一方で、ふと、インタビューの話題を離れると、まだまだ少年のあどけなさや、無
邪気さを見せてもくれました。今後の成長が本当に楽しみなピアニスト。みなさんでそ
の成長を是非見守ってゆきましょう。 ヤン・リシエツキピアノリサイタルはもう間もな
くです。