オレオサイエンス 第 14 巻第 12 号(2014) 521 巻 頭 言 チョコレートのおいしさは何できまるか Factors determining deliciousness of chocolate 公益社団法人 日本油化学会 食品油脂機能構造部会 部会長 佐 藤 清 隆 「お菓子の王様」と言われるチョコレートが人々に愛 チョコレートの保存状態 されるのは, そのおいしさにある。室温でパリッと割れ, ここに上げた 19 の要因が独立に働くとして,それぞ 口に入れるとスーッと融けて甘さと苦味が口いっぱいに れの要因を極端に 2 種類に限定しただけでも,全部で 広がり,独特の「チョコレートの香り」が心も体も癒し 19 2 =524,288 通りとなる。しかしながら,読者諸氏はす てくれる。 ぐにお分かりのように,それぞれの要因はさらに細かく しかしあらためて「チョコレートのおいしさを決める 分けられる。たとえばカカオ豆の種類は,よく知られた 要因は何か」と問われると,チョコレートを作っている フォラステロ,クリオロ,トリニタリオ以外にも多くが 専門家の間でもたくさんの異なる意見が出るであろう。 あり,産地もアフリカ,中南米,東南アジアなどに散ら ここでは最も人気の高いミルクチョコレートを例にとっ ばる。カカオ豆の発酵はポッドから豆を取り出した直後 て考えるが,そのためにはチョコレートの原料であるカ に行われるが,発酵に関与する微生物群の種類,発酵方 カオを育ててから,人々の口に入るまでのすべてのプロ 式,温度・湿度,発酵時間などにより発酵の仕方は千差 セスを考慮しなければならない。 万別である。工場における製造工程でも,油脂のブレン 熱帯雨林地方で育てたカカオの木の実 (カカオポッド) ディング,ロースト,微粒化,コンチングなどはチョコ から取りだしたカカオ豆を発酵させた後で乾燥し,船で レート会社の技術者やショコラティエの腕の見せ所であ 工場まで輸送される。工場で豆が選別され,さまざまな る。さらに最後に消費者が食する場合でも,おいしく食 種類の豆をブレンドした後で焙炒し,豆の中身(ニブ) べる最適温度や,保存条件を誤った場合のファットブ を摩砕し,ココアバターを加えてカカオマスを作る。そ ルームや香りの消失などの問題は無視できない。 こに,固体粉末の砂糖と粉乳を加えた後に微粒化し,練 したがって,チョコレートのおいしさを決める要因は り上げ,テンパリング後に型に入れてココアバターを結 文字通りに「無限」という結論になる。だからこそ,あ 晶化させる。その後に型から抜いて包装し, 熟成させて, ちこちのチョコレートを比較して味わう楽しみが生まれ 店頭に並べられる。消費者はチョコレートを購入後に, てくるのである。 時代とともにチョコレートに対する消費者の要望も変 さまざまな環境で食することになる。この一連の流れの 化し,それに応えるためのサイエンスが求められている。 中で, 「おいしさを決める 19 の要因」を列記したい。 (1)カカオ豆 現在の大きな問題は「健康志向」で,カカオ豆に含まれ カカオの木の種類,産地の気候と土壌,カカオポッド るさまざまな成分の栄養・生理機能の研究が盛んである。 の熟度,豆の発酵,豆の乾燥,豆の輸送管理(温度・湿 また最近の話題として, 「飽和脂肪酸の含量を減らして 度) ,製造国でのカカオ豆の貯蔵期間(豆の鮮度) もスナップ性を失わないチョコレートの物性を発現する (2)砂糖と粉乳 こと」がある。筆者には異論があるが,「飽和酸忌避」 の動きは無視できない。融点の高い飽和脂肪酸を低減す 種類と産地,粒径,配合 (3)製造工程 れば室温でパリッと割れるチョコレートを作るのは至難 油脂のブレンディング,ロースト,微粒化,コンチン の業であるが,それも一つの技術的チャレンジととらえ る必要があろう。 グ,結晶化(テンパリングと冷却) ,熟成 (4)摂取条件 チョコレート製品の形と大きさ,食べるときの温度, ― 1 ― (広島大学名誉教授)
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